足技少年と太陽の女神
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼の話をしよう。
生粋の人間で、蹴るコトで地脈を動かせて、頭がおかしい。
これは、そんな彼の物語。
・
学園の裏手にある森について、ランベルト管理人からの相談を受けた。
「……成る程、こいつぁちょいと酷いコトになってますわね」
「ああ、酷いコトになってしまった」
森を視ながら言う己に、ランベルト管理人は神妙な顔で頷く。
学園の裏手にある森の一部。
ソコがナンと、枯れかけているのだ。
……わたくし一生徒だから頼りにされるにはちょっとこう、力不足だと思うんですけれど……。
しかしこの森にお世話になっているのは事実だし、このまま森全体に広がられても困る。
色々と視れるこの目に期待されているのだから、頑張ろう。
……ランベルト管理人には日頃お世話になってますしね。
主に迷子になった友人の保護などで。
己の場合はこの目があるので、保護された友人を引き取りに行く時の思い出の方が強い。
……わたくしはこの目で地形やらが大体視えるお陰で、迷子になったコトありませんし、ね。
「まだ一部しか弱ってないみたいですけれど……植物達がコレ、眠ってますわね」
「理由はわかるか?」
「一応ですけれど……多分コレ、地面の底、地脈部分からの魔力供給が滞ってるのかと」
「ああ、そういうコトか……」
ランベルト管理人は理解したのか、困ったように髪をグシャグシャと搔き乱した。
「この森は土地からの魔力供給が強く、濃度が高い。しかし普通ならその影響を受けて人間の子供が熱を発症したりするが、木々がその魔力を吸収しているが故に無害なリフレッシュ空間と化している」
「ソレに木々そのものに魔力が結構満ちてるから、スワローみたいな魔物達も結構居心地良いんだよねここ!」
「恐らくその分、魔力供給が減るとキツイんでしょうね。得ていた栄養がかなり減りますもの」
「魔力供給が滞った原因はわかるか?エメラルド」
「んー……」
じ、と地面を視る。
「多分こう、血管が狭くなって血流が滞る、みたいなアレですわねコレ」
「地脈の管か……どうしたものか」
「ランベルト管理人って代々この森の管理人やってるんですのよね?こういう時用の攻略法みたいなのありませんの?」
「どうにか出来る生徒が一人は二人は居るだろうからそちらに頼むか、無理そうなら学園長。その二択だな」
「他力本願ですわねって言いたいですけれど、実際ソレがベストな気もしますのよね……」
その方が話が早いし、確実性も高い。
生徒が駄目でも学園長ならばなんとか出来るだろうし。
……下手に自力でどうにかしようと試行錯誤の四苦八苦状態になるよりは、効率的かつ確実な方法ですわよねー……。
「ところでエメラルド、地脈の滞りをどうにか出来る生徒に心当たりってあったりしないかな?」
「ありますわ」
「あるんだ!?」
「あるんですのよー」
驚くスワローにそう返す。
「ただ彼ってちょっとアレなんですけれど……まあ、基本的に敵意やら害やらが無ければ無害ですしね。度が過ぎてるのは駄目でもある程度のお願いは請け負ってくれますし」
「エメラルドがそう言うと不穏な気がするのだが……」
「まー大丈夫ですわよ多分。悪が攻撃すればわたくしでも「ウッワ」って思うような反撃カマしますけれど、そういうのさえ無ければ基本的には温厚ですもの」
温厚であって、残虐性が無いワケでも、淡泊過ぎないワケでも無いのだが。
つまり彼は色々と淡泊で、根っこ部分に残虐性があるというコトだ。
……ホント、彼にナニかしらの害が無い限りは無害なんですけれど……!
「じゃ、ちょっくら呼んできますわ」
「すまんな、頼む」
申し訳なさそうなランベルト管理人に手を振って、己はパートリックを呼びに学園へと戻った。
・
パートリックはまともを自称しているが、実際はアルティメットレベルの狂人である。
悪では無いが狂ってる感じ。
……敵対さえしなけりゃ無害なんですけれど、ね。
そんなパートリックは、生粋の人間でありながら足技が凄い。
普通の攻撃タイプな足技では無く、足音を消したり、速度を錯覚させたり、視線を足元に集中させたりという足技を得意としている。
……しかも、つま先で地面を叩く、またはジャンプで地面を蹴るっていう動きで地震を起こせるんだからとんでもありませんわ。
本人曰く、アレはただ地脈をピンポイントで揺らすから結果的に地震になるだけ、だそうだが。
普通なら出来ないだろうそんなコトをしておきながらも「僕は小手先ならぬ、つま先が器用な男ですからね」と微笑んで終わるのがパートリックだ。
「じゃあとりあえずジャンプしながら森を起こそうと思うので、ジョゼフィーヌは音楽をお願いしますね」
「音楽、要ります……?」
己は何故か持たされたギターを持ちながらパートリックに問う。
パートリックは紫みのある柔らかい青色の髪を揺らし、当然だと言わんばかりの表情で首を傾げた。
「楽しくて大きい音があれば、皆目を覚ましますよね?」
「や、うん、まあ、そうでしょうけれどねー……」
ソコで何故己がギターやらにゃいかんのかという部分についてだ。
まあランベルト管理人は完全に見学モードなので、己がやるしかないのだが。
……でも別に、わたくし要らないと思うんですけれど!
「ではジョゼフィーヌ、アレお願いします」
「どの曲ですのよもう……言っておきますけれど、わたくしが弾けるのなんてそうありませんわよ」
というかギター自体専門じゃない。
一番駄目なのはラッパなので、ソレに比べればマシだが。
……ラッパは天使が吹いちゃ駄目な楽器ですものね。
天使がラッパを吹く時は世界の終わり、その時だけだ。
「知ってるハズですよ?ホラ、あの、森で寝て起きて生き抜く歌です。森が歌っている彼らを助けるヤツ」
「ああ、アレですわね」
というかアレは目覚ましに向かない曲だと思うのだが、まあ良いか。
そう思い近くの岩に腰掛け、足で軽くリズムを取りながらギターを弾き始める。
……んー、正直この曲歌ってるヒトの喉なら視てましたけれど、ギターの弾き方のトコはそこまで注視してなかったんですのよねー。
まあソレでも指の動きの順番くらいは覚えているし、音自体も覚えている。
ギターのドコをどう引けばどんな音が出るかもわかっているので、問題無くスタートした。
「日の光の下 枝葉で出来た自然の日除け
木漏れ日の中で寝転びながら
辺りを見渡し微笑み零す」
パートリックは静かに歌い始める。
「包み込むように優しい日差し
ふわり受け止める柔らかさ
我ら受け止める草の寝床よ」
曲調に合わせた静かな歌声と共に、パートリックはつま先で軽く地面を蹴った。
「気分を変えたきゃ枝の上
バランス大事なハンモック
森に守られ眠るのさ」
パートリックがトン、トン、と軽く地面を蹴る度に、小さい縦揺れの地震が起きる。
「ああ我らは嫌われモノ
同じヒトというモノに追われ
この地まで逃げて来た罪あり人」
……この辺から曲調が変わるんですのよねー、この曲って。
「誰も信じれぬ我らだが
そんな我らを受け入れた
誰より優しき森の全てよ
ああどうか罪無き我らを救い給え」
この曲は冤罪に追われ、森に逃げ込んだ誰かの歌。
「小鳥の囀り聞きながら
ああ朝が来たと目を覚ます」
パートリックが音にタイミングを合わせてジャンプすると同時、周囲がドゴンと音を立てて揺れる。
「あちらに誰が こちらに誰が
そんな鳥達の噂話
ただの物珍しさだろうが
それが我らの命を救う」
コレは誰にも助けてもらえなかったが、森だけは受け入れ、守り、隠し、助けてくれた歌。
「喉が渇けば水があり
腹が空いたなら木の実を食べる
日差しが強ければ葉っぱに隠れ」
……でもやっぱり、コレって目覚ましには向いてない曲ですわよね。
「雨が降ったなら木陰の下に
大事なモノは土に隠して
追手が来たなら木の上に」
最初ゆったり、途中から軍歌かナニかか、みたいなコトになるのがこの曲だ。
「我らの味方の森がある
我らの味方な森がある
だから我らはこうやって
望み失わず 今日を生きる
望み持って 今日を生きる」
最後にクレーターでも出来たんじゃないかと思わせるような、ドゴグァン、という音を立て、パートリックはジャンプした。
歌が終わる。
「よし、こんな感じでどうですか?」
「駄目ですわ」
「あれ?」
首を傾げるパートリックに、己に視えたままの全てを伝える。
「そもそもコレ、アナタは森関係だからチョイスしたのかもしれませんけれど、目覚ましには向いてない曲ですわよ。起こすならもうちょっと、楽しい曲じゃないと」
「コレ結構楽しくありません?僕、後半の固い感じの音が好きなんですよ」
「固い感じの音って言ってる辺り楽しい曲調じゃないと思いますのよー?」
個人の趣味なのか、パートリックが狂っているからその辺の基準が曖昧なのか、さてどっちだろう。
まあどちらであれ、この森が目覚めていないコトに変化は無いのだが。
「視た感じ地脈の滞りはどうにかなったみたいですけれど、基本的に自然って反応がのんびり屋なんですのよね。だから一発音楽で起こすっていうのはアリなんですけれど、曲が……」
「ううん、困りましたね。今のが僕の十八番だったんですけれど」
「他にレパートリーありませんの?」
「ロザリーが好んでよく歌っている革命の歌なんかも得意ですよ」
「アナタの場合下手するとマジでシャレにならんので歌うのは却下ですわ」
「残念ですね」
いつも通りの笑顔を浮かべている辺り、ソコまで残念とは思っていなさそうだ。
というかいつも通りの笑顔と言っても、かなり薄い表情だが。
……基本的に表情が無に近いというか、感情は普通にあるのに表面に中々出ないというか……。
そして人間である証拠の茶色い目には基本的にハイライトが無く、奥の方が濁っている。
だからなのか、そもそもの言動がちょいちょいアレだからか、彼は友人が殆ど居ない。
……多少会話する相手とかは居るっぽいんですけれど、ねー……。
表情から察するのが難しい為、ある程度の突飛な言動に慣れがあり、相手の心情やらを察せるヒトくらいしかまともに接していない気がする。
他の生徒達があまり彼に話しかけないのは、恐らくアルティメットレベル狂人である彼の狂気を察知してのコトだろう、多分。
……アルティメットレベルの狂人って、一見すると普通な上に自分で自分のコトをまともな常識人枠だって思ってるのが厄介で面倒なんですのよね。
怪力である自覚が無い赤ん坊みたいなモノだ。
自覚が無いまま破壊し始めるヤベェヤツ。
……ええ、基本的には無害なんですけれど!
「アッハ!」
そう思っていると、頭上から声がした。
頭上というか、空からだ。
……というか、ナンか、急激に天使としての本能がざわめいているというか、女神の気配がするんですけれど……!?
慌てて天を見上げれば、ソコには喜色満面の笑みを浮かべた女性が降臨していた。
艶やかな黒く長い髪に、人間にはあり得ない黒々とした目に、踊り子のようにアレンジされた和服ドレス。
……全体的にオレンジ色を身に纏ってて、太陽を背にしている辺り、というか太陽と同じにしか視えないというコトはつまりこの方って……!
動揺する己には興味が無いのか完全に無視し、舞い降りて来た女神はご機嫌に「アッハ!」と笑い、袖や裾をヒラヒラさせながらくるくると舞い、パートリックの前へと降り立つ。
降り立つというか、地面に足はつけず、パートリックを見下ろすように浮いているのだが。
「アナタってば、歌のチョイスが下手くそなのね!」
女神はそう言って笑った。
「……下手くそでしたか」
「ええ、とっても酷い!だってアタシがそう思うくらいよ?このアタシが!基本的に全てを平等に見つめて見守っているこのアタシが言うんだから相当よね!アハ!」
楽しげにくるくる回りながら、女神は切れ味鋭くそう言う。
「アタシって踊りとか歌とか、そういう宴っぽいのが好きなの!
だから突然の大きな音と歌声に惹かれてちょっと確認してみたら、顔が良い子が歌ってたからつい来ちゃった!地脈の流れを正常に整えてるのも面白かったしね!」
「はあ……というかアナタはどちら様ですか?」
「あら、見てわからないの?アタシは女神よ」
女神は天を、太陽を指差し、薄く微笑む。
「アレがアタシ。アタシが太陽で太陽がアタシ。アタシこそが太陽の女神!いつでもどこでも昼間のように明るく!座標指定によってはドコであろうとピンポイントでその場所に太陽光線射出可能!
あと岩落としたりその岩の中にアタシの許可が出るまでは外からも中からも開けられない状態で閉じ込めるコトだって可能よ!ええ、だってアタシだもの!」
太陽の女神と名乗った彼女は、黒い髪と服の裾を揺らしながらリズムを取るようにくるくる回る。
「ああ、でも正確にはアタシの許可が出るまでは、とか関係無いわね。外からと中から、息を合わせれば開けられるんだから。まあそんなコトはどうでも良いわね。ええ、だって関係無いのだもの。アッハ!」
ニッコリ、と太陽の女神は笑みを浮かべて豊満な胸を張る。
「とにかく、この偉大なるアタシを敬いなさいってコトよ!良いわね!?」
「よくわかりませんが、確かに太陽は大事ですもんね。わかりましたー」
機嫌を損ねれば一発アウトだろう太陽の女神相手にパートリックがそう返すと、太陽の女神は合格だと言わんばかりに笑みを深める。
「ええ、良い返答!下手にへりくだり過ぎても面倒だもの!さてところでアタシは太陽が見ている全てを認識しているワケだけれど、この森を起こしたいっていうのが望みなのよね?」
「ハイ」
動揺した様子など無く、パートリックは通常運転で頷いた。
こっちは突然の太陽の女神に大分縮こまっているというのに。
……ランベルト管理人とアクティブスワローなんて、一瞬でかなりの距離取りましたしね……。
恐らく反射的な動きなんだろうが、可能なら己も引っ張って行って欲しかった。
距離がある上にこちらの方が太陽の女神に近い位置なので、無理なのはわかるが。
「ならアタシが歌ってあげるわ!」
「え」
「だってアタシも歌と踊りは好きだもの!ソレに植物を起こすのは太陽って相場が決まってるでしょう?まあ、植物以外も叩き起こすのが太陽なんだけど!」
アッハ!と、太陽の女神は笑う。
楽しくて仕方が無いという笑顔だ。
「というワケでアンタはジャンプしてまた足音ドガドガ鳴らしてなさい。タイミングはどうにかなるでしょ?良い感じに盛り上げてちょいだいね。
植物って太鼓みたいな、ああいう、そうね、人間的に言うなら腹の底に響くような音を好む傾向にあるワケだし丁度良いわ!アハ、植物的に言うなら根っこの付け根に響く音なんだけど!」
で!と太陽の女神はコレまで完全スルーだったこちらに振り向いた。
ぐるんっと勢い良く振り向いているのに、先程から彼女がノッているリズムがまったく崩れていないのが凄い。
……まあでも極東神話では歌と踊りに誘われて引きこもり終了したらしいですし、あり得る話ではあるんですのよね……。
アレは確か新しい神が生まれたという嘘を気にしてチラ見した結果一本釣りされたとかだったハズだが、こうして太陽の女神を見ていると単純に歌と踊りに誘われて出てきたんじゃないかと思える。
今もこうして大きい音と歌に誘われて降臨したワケだし。
「お前はギター鳴らしなさい。アタシの歌に合わせてね!アンタ戦闘系天使の混血でしょう?
楽器演奏する系の天使とは色々違うでしょうけれど、女神であるアタシが欲しい音を的確に察知して弾くくらいは出来るわよね?」
「で、出来るとは思いますけれど、混血だから半分人間が混ざってますわ。正確性がちょっとアレというか……そもそもわたくし楽器は専門じゃないので」
「アタシがやれって言ってるんだからやれるでしょう?天使なんだから」
「出来ますけれど……!」
神の期待に応えるのが天使の生態。
というか元々、神の望む手足として作られたのが天使なのだ。
……だからまあ、天使って基本的に神の望みを最低限でも叶えられるよう基本的にオールマイティーな器用貧乏って感じですけれど……!
「でもその、せめてナンの曲なのかを先に教えてくださいまし。じゃないと弾くに弾けませんわ」
「あらそう?天使ならアタシのリズムを見てどの音が良いかくらい察知すると思うんだけど……まあ、戦闘系天使の場合は歌と踊りより雄叫びと斬り合いみたいなトコあるものね」
否定したいが否定出来ない。
一応、好きでやってるワケではないのだが。
「ソレに人間混ざってたらそんなモンか。まあ良いわ!今からアタシが歌う曲、地上のアンタ達に合わせてこっちの曲にするつもりだったし!ああ、安心なさい、ちゃんと最近の曲だから」
アッハ!と太陽の女神は笑う。
「女神だから古い曲を歌うと思った?残念、アタシはいつでも下界を見下ろし見守る太陽!だからワリと人間達の細かい動きとかも認識してるのよね!
特にこの学園は屋上でライブしてくれるから良いわ!屋根の下じゃアタシからだといまいち見えにくいんだもの!もうちょっと窓を作るべきよねアタシの為に!まあアタシからよく見えるってコトはイコールで日差しがキッツくなっちゃうんだけど!」
「で、結局ナンの曲なんですか?」
パートリックがさらっとそう問い掛けたコトに、己は背中に悪寒を感じた。
ご機嫌な女神相手に口挟むとか正気か。
……アルティメットレベルの狂人、ですものね……。
恐る恐る太陽の女神の機嫌を窺うと、彼女は相変わらずご機嫌な笑みを浮かべたまま、くるくると回っていた。
「アハ、良いわねアンタ!アタシ相手に委縮せず、雑にズケズケ聞いてくるその感じ!ええ、不敬だけど面白いからオッケーってコトにしといてあげるわ!
まあ普通にアタシを下に見てこようとしてたなら岩で圧死させてたトコだけど!アンタそういう感じ無いから不問にしてあげる!」
「ソレはどうも」
「で、曲?ああ曲ね。曲はアンタ達と同じ学年でよく屋上でライブしてる子の曲よ。あったでしょう?学園が楽しい!っていう最新曲!」
「あ、ララの曲ですの!?」
しかも学園が楽しい!という感じの曲というコトはガチで最新曲。
流行りに二周くらい遅れるコトが多い神だが、やはり女性である女神系はその辺詳しいんだろうか。
……まあ実際、流行りに結構ノりますものねえ……。
「というワケでホラさっさと曲流す!ここの森を起こすんでしょう?
この森って昔から存在している分、かなり安定しちゃってるのよね。だからこそ一回寝ると中々起きないから、さっさと起こさないと面倒よ?あ、ソコのアナタは手拍子参加ね!」
「若者の曲にはあまり詳しく無いのだが、まあ、手拍子ならナンとかなるか……」
「スワローは手じゃなくて翼だから普通に無理!頑張ってねランベルト!」
「よっ」
前触れも無くパートリックがジャンプし、ドゴンと派手に縦揺れが起きる。
……あー、このタイミングですのね。
スタートの合図に、ノり始める太陽の女神。
どちらかというと太陽の女神が音を求めているという部分に対し本能的に反応し、悪と対峙した時のように、しかしあれ程の強制力は無いような緩やかな感覚で、指が勝手に動き始める。
……バーサクモードが身動き取れない激流なら、コレはやろうと思えば流れに逆らえる優しい流れの川、って感じですわねー。
まあ、逆らう気など毛頭無いが。
そう思いつつ、アップテンポな曲を弾く。
「青々とした緑にオハヨー
今日も朝がやって来た
昨日の夜更かし引きずって
ぐったり体は重いけど」
ドゴン、と地面が揺れる。
「目がチカチカする太陽睨んで
それでもどうにか体動かし
制服着替え ご飯を食べて
今日も始まる 今日が始まる」
……太陽の女神が太陽睨む歌を歌ってるの、シュールですわよねー。
「楽しい授業 退屈授業
得意な授業 苦手な授業
わくわくどっきりうきうきどんより
そんな空気に 満ちた教室」
まあ、太陽の女神は普通に楽しそうにくるくる舞い踊りながら歌っているので良いんだろうが。
「ノートに落書き 変なの書いて
友達見せあい くすくす笑い
先生注意 そんな日常」
くるりと動き踊る度、太陽の女神の袖や裾がまるで金魚のヒレのようにヒラヒラと舞う。
「お昼休みはちょっぴり長めで
好きな食事を頼んで食べるの
時々中庭 行ったりしてね」
……この曲、ララが自分で作詞した曲なんですのよねー。
「持ち運びできるお弁当
皆で囲んで食べるんだ
色んな料理を分け合いつつき
楽しく話せばあっという間で」
曰く、楽しい曲をという注文だったので、楽しい学園生活についてを書いたらしい。
「素敵な授業 うんざり授業
好みの授業 嫌いな授業
どきどきぎょぎょぎょるんるんぐったり
そんな空気に 満ちてる教室」
太陽の女神が踊りながら歌う度、パートリックがジャンプして地面を揺らす度に、眠っていた森がゆっくりと目覚め始めているのが視えた。
「授業で当てられ どうしよ困って
友達こっそり 教えてくれた
先生笑って そんな日常」
記憶しているまま、そして太陽の女神が望むように時々タイミングを合わせたりアレンジを効かせながら己はギターを弾き鳴らす。
「放課後皆で町に出て
あちこち巡って遊び回るの
雑貨屋行って カフェでお茶して
本屋を見たり 武器屋を覗く」
ざわりざわりと木々の葉が音を立て、目覚めた木々が増えていく。
「行けてない場所 沢山あるけど
今度はそこに行こうねと
約束したから寂しくないよ
楽しい気分でまた来れるって
そう思いながら皆で帰るの」
クライマックスに太陽の女神が指を鳴らせば、周辺一帯に、強く、しかし熱くも眩しくも無い太陽の光が降り注いだ。
「それが私の 楽しい日常」
アップテンポな歌に、太陽の光。
曲が終わり顔を上げれば、太陽の光を受けた木々がしっかりすっかり目を覚ましていた。
「ハァイ!」
太陽の女神がパンと手を叩けば、降り注いでいた太陽光は瞬時に普通レベルの光に戻る。
「コレで森も目がハッキリと覚めたわね!まあ目が無いから覚醒したのは意識とかでしょうけどまあ良いわ!アッハ!中々良いじゃないアンタもアナタもソコのお前も!
特にソコのアンタ、ジャンプするタイミングを的確に見極めてたのとアタシの歌を殺さない程度の音に調整してたのもグッドよ!ソレでいて衝撃を殺したりっていう妥協もしなかったしね!」
「ソレは良かったです」
「太陽の女神たるこのアタシが褒めてるんだからもっと喜びなさい少年!あ、あとソコの天使も良かったわよ!専門じゃないのにちゃんとアタシの好きなようにアレンジしてたもの!
随分と神や女神の対応に慣れてるのね、なーんて、アハッ!アタシは太陽だから、いつだって全てを見てて、だからアンタが沢山の神や女神に対応してたりするのも知ってるんだけど!」
太陽の女神は上機嫌でそう語りながら、太陽の光を浴びて枝葉を伸ばす木々をバックにして、楽しそうにくるくると舞い踊っていた。
・
コレはその後の話になるが、太陽の女神はこちらに居るコトにしたらしい。
というか、パートリックを気に入ったんだとか。
……楽しそうだから、まあ、良いんですけれど。
どうもパートリックの雑な、しかしちゃんと対応する辺りを気に入ったそうだ。
踊れば足音をタイミングに合わせてリズムを取ってくれて、歌えば楽器を鳴らしてくれて、欲しいと言えばソレをくれるし、構えと言えば構うし、太陽を信仰しているかというと微妙なのにちゃんと答える辺りが良い、らしい。
……ま、わたくしは女神が満足してるんならソレで良し、って感じですわね。
あと太陽の女神曰く、パートリックの顔も好みだとか。
表情薄いし目の奥に深淵飼ってるようにしか見えないが確かに全体的に見ると顔は良いし、女神は面食いが多いのでわからんでもない。
……正直その理由聞いた時、成る程顔!って一気に納得しちゃいましたのよ、ねー……。
「アハ、良いわ、ノッてきた!オンステージよー!」
そう言って笑った太陽の女神は空にある太陽をスポットライトのように使い、屋上を照らす。
今日は特にライブの予定は無かったハズだが、どうやら中庭であるここから見上げて視えた感じ、屋上で軽くリズムを取ってたらノッてきたらしい。
……ちょいちょいマジでゲリラライブしてんですのよねー、あの方。
かなり歌と踊りが好きなのか、ノッてくると抑えられないようだ。
まあ、女神の歌と踊りは素晴らしいので良いコトだが。
……歌詞とか関係無く、女神が楽しく歌って踊ってるっていう事実だけで加護が発生しますものね。
植物の成長促進やら不調改善やらその他諸々。
神や女神は言霊が強いし、そもそも影響力が強いからこそ、そういうコトが発生するのだろう。
「ねえちょっとパートリック、アタシ今から歌って踊るからアンタ音寄越しなさい音」
「楽器無いですよ」
「屋上からでも地面揺らせるじゃないのアンタ。まあでもアタシは心が広い女神だからライブ中くらいなら負担してあげる!ハイ!」
太陽の女神が軽く指を鳴らせば、パートリックの手の中にギターが出現していた。
どうやらゼロから創造したらしい。
……神や女神って、創造が出来ますものねえ……。
「さあいくわよ歌うわよ踊るわよ!アンタ達もアタシの歌、踊り、神気を感じなさい!
人間的に言えば魔力ってコトになるのかしら?アハ、神と魔物は全然違うんだけどまあ良いわ!ええ、許してあげる!だってアタシ太陽だから!」
……理由になってんのかよくわかりませんわー……。
まあ全てを見守っている太陽だからと考えるとわからないでもないようなそうでもないようなうーん。
「さておきソレらを聞いて見て感じてノッて覚えなさい!アタシの歌と踊りって好き勝手やってても勝手に術式みたいになってるから!
というかそもそも歌も踊りも神への奉納なんだかソコに力が秘められてるのは当然なんだけど!」
アッハ!と太陽の女神はくるくると舞う。
「とにかく覚えておけば魔法使う時とかに便利よー!新しい魔法を考えたり、新しい方法見つけたりする時にもね!
まあ魔力、っていうか神気を目視出来ないと理解し切れないかもしれないけどその辺は自分でどうにかしなさい!ここまでアタシが教えてあげてるだけで奇跡よ奇跡!」
太陽の女神の突発的ゲリラライブ宣言に、その言葉。
生徒も教師も結構な人数が、太陽の女神が居る屋上に集まっているのが視えた。
……んー、わたくしはここで待機してるとしましょうか。
あまり近くに居ると女神の力という圧にくらくらするし。
神気などに鈍い人間が半分入っているとはいえ、それでも影響は受けやすい。
「アハ、まあ、頑張ってそういうのを察知しようとしても、アタシの歌と踊りに夢中になり過ぎちゃうかもしれないけどね!」
太陽の女神がそう言った瞬間、建物が縦にドォンと揺れた。
パートリックが蹴ったのだ。
……完全に地震なのに、建物に衝撃走ってないの意味わかりませんわー……。
建物を介さず地脈を蹴飛ばしているだけだとかナンとか言っていたが、よくわからん。
視える感じだと、どうも衝撃やらを水のように流すコトでどうにかしているようではあるが。
「光あれば 闇もあるって?
ソコで輝く のがアタシ!」
太陽をスポットライトに、太陽の女神は歌い始める。
「星が煌めく夜の空
空に居るのはアタシの妹
夜の旅人 照らす月
眠るヒト達 癒す月
魔物達を 見つめる月」
そう、太陽の女神は月の女神の姉神らしい。
とはいえ彼女達は太陽と月である分それなりに関わりがあるのか、感動の再会というようなコトも無かったが。
「さあソコで朝よコケコッコー!」
……始まりましたわ!
「アタシの時間よ魔物達!って、ヤダ今の時代じゃ神のアタシも人外な魔物ね!?
それじゃあ言い換えて、アタシの時間よ太陽に弱い魔物達!
夜闇に紛れて人間食ったりしてるからアタシの光に弱いのよ、アッハ!」
太陽の女神は歌う最中に語るコトが多い。
というか多分、喋るコト自体が好きなのだろうが。
「朝が来て 目覚めるヒト達
ヒトの気配 生きている音
命の匂いに 魔物は眠る」
……基本的に歌の最中に多少語るコトはあってもここまで喋ったりするのは無いから、珍しさもあってやたらとリズムにノッちゃうんですのよね……!
「まあ眠るっていうか、逃げ隠れるって感じだけど!」
アッハ!と太陽の女神は笑う。
「起きて 食べて 自分を整え
それぞれ役目 果たしに行くの
学校行って 職場に行って」
トントン、と己の足が音につられてリズムを刻む。
「あら、あの二人はデートかしら?それじゃあ行き先で寝てる雨雲、起こさなくっちゃね、アハ!
だってそうしないと退いてくれないでしょ?うんうん、優しさと愛に満ちたこのアタシに感謝して良いのよー!」
リズムに合わせてパートリックが跳ね、周囲が揺れる。
「遊ぶ子供 働く大人 まどろむ老人」
嫌な感じが無い、楽しくなってくる揺れだ。
「良いわね、ええ!だって皆が皆、生きてるって感じだもの!」
ノッているのか、スポットライトをしている太陽の光が強さを増す。
「日が落ちれば 家に帰って
今日の出来事 話しているのね
アタシの下で 遊んだ喜び
アタシの下で 働いた知らせ
アタシの下で 休んだ微笑み」
調整されているのか、降り注ぐ強い太陽の光は熱くなく、ほど良い。
太陽を苦手とする混血や魔物も、彼女自身が調整してくれているお陰か太陽の女神とすれ違っても平気そうにしていたのを思い出す。
「それらを見ながらアタシは妹にハイタッチでバトンタッチよ!
そして見た全てを思い出しながら、今日も人間達は必死で全力で生きているのねって思いながらまどろむの。
ソレがアタシの、贅沢な時間!」
アハ、と太陽の女神は笑う。
「ランランラララ ランランラン
ランラルラララ ランランラ
ラルラルラララ ラララ
ランラルラララ……」
そして静かに、曲は終わった。
次の瞬間、太陽の女神は爆音で叫ぶ。
「さあアタシの持ち歌終わったから次行くわよ次ー!次からは最近流行りの曲行こうじゃないのそうねよしソコのお前リクエストしなさい好きに言って良いわよ!楽しくなってきたから五曲くらい歌っちゃうわー!」
どうやら今日の太陽の女神は相当にご機嫌らしい。
コレは今日の夜が来るのは遅くなりそうだと思いながら、中庭のベンチから立ち上がる。
さて、折角だから己も屋上へ向かうとしよう。
多少の圧はまあ、女神がご機嫌ならセーフだろう、多分。
パートリック
自称まともだが生粋の人間でありながら地脈まで蹴り飛ばせるなど普通とは程遠い。
ちなみに悪に対する敵意は戦闘系天使並みかそれ以上に高く、害があると判断した瞬間に人体の壊れちゃいけない部分を壊しにかかる。
太陽の女神
常にハイテンションではっちゃけてて、歌とダンスと人間達が大好きで、基本的に加護とかを大盤振る舞いしてくれる系女神。
ただしキレた時はソッコで大岩落としてくるのでやっぱり危険。