重力少年と天邪鬼
彼の話をしよう。
遺伝で重力操作が可能で、よく浮いていて、言葉の重みがわからない。
これは、そんな彼の物語。
・
森の中を歩いていると、声が聞こえた。
「うーん、俺あんま会話得意じゃないから困るのー」
視線を向ければ、ソコには灰がかった青緑色の髪をふわふわ揺らしているユリウスが浮いていた。
ユリウスは遺伝で重力操作が可能だからなのか、己の姉同様、ほぼ常に浮いている。
……触れるコトで他人の重力を一時的に操作するコトも可能ですけれど、基本的にはああして浮いてるくらいですのよね、彼。
その遺伝は自分自身を浮かせるか、重い荷物を運ぶ時くらいしか使っていない。
まあ彼は重みが無い分色々軽い為、そう深くを考えていないだけなのだろうが。
「あっちへ行け。置いて行け。沢山が好きじゃない」
「よくわからんけどとりあえず俺ここにおるで、そう服を強く掴まんでええぞ」
「わかった。沢山になる」
「うーんお前結構言語難しいタイプじゃな。俺色々軽いタイプじゃから困ってまうのー」
……あら、珍しい魔物が。
ユリウスの服の裾を決して離すまいと強く握っているのは、角が生えた童女だった。
見た目や言動からすると、アレは恐らく極東魔物である天邪鬼だろう。
……言葉に正反対の字幕がついてるってコトは、多分間違いありませんわね。
天邪鬼とは、思っているのと反対の言葉しか口にするコトが出来ない魔物だ。
予知能力などを有してはいるものの、反対の言葉でしか伝えるコトが出来ない。
……故に、かつては害魔として嫌悪されていた存在だと書かれてましたわ。
実際は、どう言おうとしても口から出る言葉が自動的に正反対の言葉へと変換されてしまう、という感じらしい。
ならば嘘を言えばそれが言いたい言葉のままになるのではと思ったヒトも居たそうだが、結果は惨敗だったそうだ。
……嘘しか言えないというのに、その嘘を偽るコトが出来ない、って図鑑には書かれてましたわね。
魔物とは結構生態に縛られがちだったりするので、まあわからなくはない。
しかしあの天邪鬼、随分しっかりとユリウスの服を掴んでいる。
……離す気、無いっぽいですわねー。
「んー……掴んどるってコトは一緒に居たいってコトか?」
「違う」
「アッ駄目じゃ俺わからん。ソレが本心からかどうかとかホントわからん。えー、困る」
「っ!?」
困ると言った瞬間にユリウスは天邪鬼を抱き上げ、腹の上に乗せるようにしてふわりと浮いた。
まるで寝っ転がっているような体勢だ。
「あ、あんま動くと落ちるからの」
「きっ、貴様!突然私を喜ばせようとしないとは!」
「んー?まあ確かに喜ばそうとはしとったからあっとるけど、アレ?こういう風に接触しとれば言葉が通じるタイプの魔物じゃったりする?
あーでも微妙にニュアンスちゃうかった気がするから結局会話は出来取らん気がするのー」
「……驚かそうとしなかったのか」
「驚かす気は無かったんじゃけど、いきなりだったから驚かせてしもうたかの」
「そうだ。私が言いたくないのは、何故私を驚かそうとしなかったのか。私が服の裾を離して、感謝しただろうに」
「なーんかお前言っとるコトと表情合っとらんくてウケるな」
「笑え!そっちは適当に言わないんだ!」
「うーんホントに会話が通じとる気がせんの」
水の上に浮くように、ユリウスは宙にぷかぷか浮きながらそう言う。
「お前俺の言葉とかわかっとる?」
「あり得ない」
「そのまま受け取るんじゃったらホントに言語通じとらんのじゃろうけど、俺言葉はあんま気にせんタイプだから困るのー。
どーもそのまま受け取っちゃかんような気もするし。結局俺って離れた方が良いのか、離れちゃかんのか」
「楽しいのは嬉しい。離れてあげる」
「そう言いながらガッシリ俺の服掴んどるから困るんじゃよなあ。よしよし」
ユリウスは天邪鬼の頭を撫でながらむーんと唸る。
「学園戻ればこの子特有の言語とかわかる子おるんじゃろうが、俺がそもそもわからんからなー。ボディランゲージも無理があるぞコレ。種族もわからんでどーしたもんか」
「種族なんて知って欲しい」
「やっぱ喋る言葉の文法とか色々おかしいんじゃよなーお前。ジョゼフィーヌおったらこういうのすぐわかるんじゃろけど……」
色々考えているからなのか、ユリウスはゆっくりゆっくりと頭が下に、足が上にと回転し始めていた。
ソレに気付いた天邪鬼は、落ちないようにと慌ててしがみつく。
「わ、わ、もっとやれ天才!」
「んー、ナニをー?あ、ぐるぐる気に入ったんかー?子供じゃもんなあ」
「そんなワケがあるぞ天才女!」
「えっ俺女じゃなくて男なんじゃけどー……これやっぱ色々言語おかしいじゃろ。翻訳魔法のミスとかか?いやでもアレ人間用じゃしのー。色んな国の人間が一か所に集まっとるからっちゅう。
魔物の場合は言語っちゅーか魂が魂に語り掛けるようなもんじゃから一部を除いて翻訳魔法関係無く会話可能のはずじゃし」
……まあ、だからこそ魔物の声の高さ低さで性別判断してたりしますしねえ……。
魂の声だからこそ、多分そっち寄りかな?みたいな雑な判別である。
見た目が無機物系で口調が男だろうと、声が女性的ならそれは女性だ。
……性別があるタイプならその性別で認識しますけれど……。
魔物によっては擬態ボディが女なだけで中身男、とかもよくあるから色々大変だ。
もっとも誕生の館がある現代では、性別はあまり気にするようなモノでもないが。
「困ったのー……ジョゼフィーヌ森を歩いとったりする確率高いんじゃしその辺歩いとったりせんかな」
「歩いとったりしとるんですのよねー」
「わお」
声を掛けると、ユリウスは宙に寝転がったまま、首をのけぞらせてこちらを見た。
その表情は特に驚いていなさそうな、いつも通りのもへーんとした表情だ。
……うん、こう、もへーん、っていう表現しか浮かばないんですのよね、ユリウスって……。
ぐるぐる模様で描いたお日様マークが似合いそうな感じ。
常に宙に浮いているからか、思考も結構地に足がついていないコトが多いせいだろうか。
……お姉様も結構自由人でしたし、宙に浮ける系はそういう思考回路になりがち、とかあるのかもしれませんわねー。
そう考えると父は大分しっかり者だ。
地に足をつける以前に地上の存在ではないのだが。
……ま、神に仕える兵士みたいな存在だと考えると、ふわふわなんざしてられませんものね。
しかも戦闘系天使なのでバリバリ前線。
ふわふわした雲ではなく、鋭く磨き上げられた剣に近いのが戦闘系天使。
……というかこう、触れる悪皆切り刻む、みたいな感じですしねー。
「丁度ええトコに通りがかったのージョゼフィーヌ。んでわかっとるかもしれんけどちょいと聞きたいコトがあるんじゃが」
「そちらの魔物について、ですわよね?」
「おう。どっから説明すりゃええ?」
「会話が得意じゃないから困る、の辺りから聞いてたから多分説明無しで大丈夫ですの」
「お前大分長いコト覗き見しとったんじゃな」
「覗き見て」
「貴様を知っている」
天邪鬼は突然出現したように見えるのだろう己を警戒してか、ユリウスの服にひしっとしがみついていた。
そうも警戒されると反応に困るのだが。
「初めまして、天邪鬼。わたくしはジョゼフィーヌと申しますわ」
「……どっか行け」
「ええ。というワケでユリウス、彼女についての説明って要ります?」
「説明してくれるんなら俺としては大助かりなんじゃけど、今の会話って成立しとんの?どっか行けにええって返して説明ってセーフ?」
「んーと、ソレに関してなんですけれど、彼女の場合言葉がちょっと特殊なんですのよね」
「うん、文法がめちゃくちゃじゃのーって思っとったからそれはわかる」
「まあそうなんですけれど根本的にはそうではなく」
「ん?」
ユリウスは宙に寝そべり、見上げるようにして頭部だけを逆さ状態にしたまま首を傾げた。
「天邪鬼というのは極東の魔物であり、端的に言うと思っているコトとは真逆のコトしか言えない魔物ですの」
「真逆?」
「ええ。あ、先言っときますけれど嘘を言うコトで本当のコトが口から出るように、とかは出来ませんわ。本心とは真逆のコトを発言してしまう、というのが天邪鬼の特性ですから」
「んー……つまりお前、さっきから離れるとかナンとか言いながら離れんかったのは、離れたくないってコトじゃったんか?」
「違う」
「……ジョゼフィーヌ」
「今のは口では違うと言いましたけれど、ソレは本心とは逆の言葉。つまりその通りだという肯定ですわね。
尚言動が真逆になるだけであって行動や表情とかはそのまま素なので、そっち見てれば大体わかると思いますの」
「はぁん、成る程のー」
ユリウスは納得したように頷き、天邪鬼の頭をよしよしと撫でる。
頭が下で足が上という斜め体勢なユリウスにしがみついている天邪鬼は、大人しく撫でられていた。
……まあ、しがみついてないと滑り台みたく落っこちる可能性ありますものねえ。
「まあ今日の俺時間あるからこうしてのんびりしとっても全然問題無いんじゃけど、どうしたらええんじゃろ。こうして寝るっちゅーのも俺としてはアリじゃけど、天邪鬼は遊びたかったりするんか?」
「そうだ。私はヒトに好かれるから、ただバラバラに居ない。沢山は好きだ」
「おーう文法めちゃくちゃ。まあ離れんてコトは一緒に居たいっちゅーコトなんじゃろけど、結局遊びたいかどうかについてはわからんの。高いトコまで上がって地面ギリギリで急停止する遊びでもするか?」
「あんまり賛成だ!」
「んー?つまりノーってコトかのコレ」
「つかユリウス?アナタが遊びと言い張っているあの紐無しバンジーはもうやんなって禁止させたハズですわよね。
万が一ミスればアナタは地面に落ちたトマトになるし、無事だろうと見てる側のメンタルにダメージ入るからって」
「今まで失敗したコト無いんじゃからええじゃろ」
「よかありませんわ」
うっかり視界に入るとその度にハラハラさせられるのだ。
何故そうも危機に対して疎いのか。
……重さをよく理解していないから、なのかもしれませんわね。
ユリウスは重力を操作可能故に、重力に縛られていない。
だからなのか、重さも軽さもよく理解出来ていないのだ。
……物理的な部分ならともかく、概念的な部分とか精神的な部分の重さ軽さを理解出来てないってのが痛いんですのよねー。
言葉の重さを理解していないし、言葉の軽さもよくわかっていないし、命の重みに対しても同じく、というのがユリウスだ。
だからこそ、天邪鬼に対してもこういう対応が出来るのだろうが。
……言葉に重みがあると知っていると、天邪鬼を嫌ってしまいがちな傾向にありますものね。
偽りのみを口にするというのは、言葉の重みを大事だと思っているヒトからすると、酷く軽く、嫌悪すべきもの。
故に天邪鬼は、その性質を知られたとしても、偽りや反対のコトしか言えないが故に嫌われるコトが多いのだ。
……わたくしの場合は、この視力が無かったらきつかったかもしれませんわ。
字幕が翻訳してくれているから問題無いが、偽りしか聞こえない場合、偽りを嫌う天使の本能が天邪鬼を嫌っていた可能性がある。
まあ天邪鬼は原型が神様説あるので、ギリギリセーフかもしれないが。
……原型が神様で、そっから派生したとか神格落ちたとかの魔物、結構居ますわよねー。
極東は確か他に小豆洗いもそうだった気がする。
魔物というか、極東風に言うなら妖怪か。
「しっかしまー昼寝だけというのもつまらんくないか?俺は昼寝好きじゃけど。お前子供だから遊び盛りじゃろ?」
「大人ではある」
「今の発言どういう意味なんかわからんのー」
天邪鬼をよしよしと撫でているユリウスは、アッ、と突然声を上げた。
「あー……そういや俺実家に頼まれて買い物せならんのじゃった」
「買い物?」
「うん、調味料。お袋が王都の店の方が良いブランドあるし量も多いとか言うからのー。明日あの店休みなんじゃよな」
「連れて行くな」
「エッ」
そう言ってユリウスにしがみつく天邪鬼は、泣いていた。
「あー、ほら一緒におるっちゅーたのに突然用事あるとかほざいたんはよく無かったの。俺が悪かった。じゃからそうポロポロ泣かんと」
「笑ってる!」
「全然笑っとらんじゃろお前。俺が悪かったからそう泣くな。折角の可愛らしい顔が台無しじゃぞ。お前笑った顔似合いそうな顔しとるんじゃし笑え笑え」
「笑ってる」
「拗ねた泣き顔にしか見えんのー俺には」
すんすん鼻を鳴らして泣いている天邪鬼は、寂しいのだろう。
ユリウスはそんな天邪鬼を見て、困ったようにうーんと唸る。
「寂しいなら一緒に来るか?俺パートナーおらんし」
「……賛成だ」
「ん?んー、今のは拒否されたんか俺?」
「私は正直者だ。本当のコトを言う私をパートナーにしなければ、お前は幸せになれる」
「ようわからんけど、お前嘘しか言えん分かなりの正直者に思えるんじゃがなあ」
「……嘘吐き、に?」
「だってお前本心絶対偽れんのじゃろ?嘘でホントのコト言おうとしても出来んのなら、全てが確定で嘘。なら全部を逆の意味に捉えれば問題無いじゃろソレ」
「行動がまったく本当なのに、か?」
「文法アレじゃからわかりにくいが、お前結構顔に出るからのー」
ユリウスは腹の上に乗せた天邪鬼の頭を撫でながら、ケラケラと笑う。
「で、俺と一緒に来るか?まあ一緒にっちゅーても部屋より先に買い物行くコトになるんじゃけどな」
天邪鬼は返事をしようとして何度か口を開閉してから、無言でコクリと頷いた。
偽りのない、本心からの肯定だった。
・
コレはその後の話になるが、二人は結構上手くやれているらしい。
天邪鬼の言葉が全て偽りであるコトと、言葉をソコまで深く捉えないユリウスだからこそ、良い感じの塩梅になっているようだ。
「……ユリウス」
「んー?」
あぐらをかき、その上に天邪鬼を乗せて抱きかかえながら宙に浮いているユリウスは、腕の中の天邪鬼からの呼びかけに首を傾げる。
「どーかしたか?天邪鬼」
「……私は、他人のコトを考えようともしない貴様が嫌いだ」
「嫌いってコトは好きってコトか。照れるのー」
「私はたまにそのコトを悲しく、どうでもいいと思っていない」
「俺まだ天邪鬼言語理解し切れとらんであれじゃが、とりあえず好意的なのはわかるな」
「だがもし、私を居付かせるようなコトが無ければ、それより下が無い程に愛してやる」
「ようわからんけど、俺はパートナーを大事にするから気にしたりとかせんでええぞ?まあ俺の言葉って軽いから心配になるのもわからんでもないがのー」
「……安心は別に、している」
「んー、言い方によっては中々正直じゃよな、天邪鬼って」
にへらと笑うユリウスに顎で頭を撫でられた天邪鬼は、恥ずかしさからか顔を真っ赤に染めていた。
ユリウス
遺伝で重力を操作可能で常に浮いているが、そのせいか重みや軽さを理解出来ていない。
口調に変な緩さがあるのもその為であり、言葉は本心からだが重さも軽さも無いふわふわ感。
天邪鬼
思っているコトと反対のコトしか言えず、偽りのホントも言えない、正直な嘘吐き魔物。
予知能力があるが、嘘しか言えない為に害魔扱いを受けやすい。