ルームメイトとジョゼフィーヌ
彼女の話をしましょうか。
掃除が得意で、心が広くて、愚痴が多い。
これは、そんな彼女の物語。
・
朝、軽い衝撃と痒みを感じたと思ったら、血の香りがした。
「んん……」
「あ、おはようセイディ!先にキミをいただいてるよ!」
「ああ……」
ぼんやりと目を開けてみれば、ビューティフルドラゴンはその虹色に輝く白い鱗が煌めかせながら、己の分身を食べていた。
起き上がって周囲を確認すると、ベッドとビューティフルドラゴンの口の周りがべっとりと真っ赤になっている。
……あら、私の分身、既に三分の二くらい食べられちゃってるわね。
分身なのか先程までの己なのか、どっちかは不明だが。
まあ時々ふと気になるコトはあれど、考えたってどうしようも無いコトだから深く考える必要は無いだろう。
……意識も記憶も共有されてるから不便も無いもの。
痒みはあるが痛みは無いし、無事な方が本体となるのが己なのだ。
どうせ何らかの衝撃などで分身する際は魔力や構築要素などが二分割され、それを周囲の魔力で補填するのでどちらも本体であるコトに変わりない。
……要素的には同じだものね。
重要なのは無事か無事じゃないかだけだ。
無事じゃない方は大体助からないコトも多いからこそ、無事な方がメインの本体となる。
……ここまでの怪我じゃなければ、無事なこちらの私をメインにして一体に戻ったりもできるのだけど……。
思考している間にもビューティフルドラゴンにバリボリ食べられている分身は、もう片足しか残っていない。
二分の一状態である現在、ダメージを負った片方を取り込み一体化すると怪我まで一体化してしまう。
……一つに戻った時、一応怪我も二分の一状態になるとはいえ、流石に片足は無理ね。
かすり傷程度なら戻っても問題無いが、四肢の内一つだけしかない分身と一体化しても体への負担が大き過ぎる。
そう思っているとビューティフルドラゴンはその残っていた片足をボリボリと食べ切り、口元を真っ赤にしたままとても満足げな笑みを浮かべた。
「いやあ朝から最高に美味しかったよセイディ!もう少し意識が覚醒している方が食べる時に味覚として感じる感情がハッキリしているからそっちの方が好きだけど、朝だからね!
朝だからこそ意識がぼんやりしていて感情がハッキリしていないサッパリ系の味は、朝食にピッタリだ!」
「ビューティフルドラゴンは朝から元気ね」
「まあね!」
腕を伸ばしてその頭を撫でると、ビューティフルドラゴンはニパッと笑った。
とても可愛らしくて、その笑顔を見るとほわっとした気分になる。
……にしても、ベッドが悲惨だわ。
腕を伸ばす際に身動きを取ったら、シーツに染み込んでしまっている血がぐちゃりと音を立てた。
よくよく見れば、寝間着も大分真っ赤に染まってしまっているし。
……どうしようかしら。
己は分身が出来る瞬間、服ごと分身するタイプ。
しかしこうして一度汚れてしまっては、再び分身しても汚れた寝間着状態のままだ。
……綺麗な状態の寝間着に、とはならないのが面倒よね。
とりあえずベッドから降りて伸びをして、さてどうしようかとベッドを見る。
己は掃除系の魔法があまり得意ではない。
……最近は多少出来るようになりはしたけど……。
ジョゼにちゃんと自力でやるよう、口を酸っぱくして言われまくったので頑張った。
実際来年はジョゼと同じ部屋では無くなるのだから、頼り切っていても良くないだろう。
……将来のコトを考えると、大事よね。
自分だって朝血塗れにしてバリバリになったベッドで夜眠る、なんてコトはしたくない。
普通に不潔。
……でもどうしても苦手だからどうしようもないわ。
掃除こそ出来るが、染み抜きが苦手なのだ。
上手く行かなくてピンク色になってしまう。
……白色が好きだからそうしてたけど、いっそピンク色にしちゃうべきなのかしら。
そう思い、着替えもせずに血塗れの寝間着を着たまま血塗れのベッドを見ていると、扉が開いた。
「セイディ、アナタそろそろ起きなさいな。このままじゃ遅刻で食いっぱぐれますわよ。わたくしはもう食べたから…………」
すっかり身嗜みを整え、朝食を済ませたらしいジョゼは己と己のベッドの惨状を見て、無言で静かに頭を抱えた。
「……幻覚であって欲しかったですわー……」
扉越しでも透視出来るだろうし、このくらいは毎朝のコトだ。
なのにどうして頭を抱えたのかと思ったが、この光景を幻覚だと信じたかったらしい。
……残念ながら、現実なのよね。
「というかナンで突っ立ってんですの?」
「ベッドを綺麗にしないといけないわね、って思って」
「綺麗にしないとって思ってんならソッコで行動に移しなさいな。つかこのままだと朝食食いっぱぐれるって言ってるでしょうがもう。とりあえず寝間着脱いでベッドに投げて。一緒に綺麗にしちゃいますわ」
「ごめんなさいね」
「謝罪は結構」
「んむむ」
そう言いながらジョゼは血でべっとりしていたビューティフルドラゴンの口元をハンカチで拭っていた。
既に乾いていて上手く拭えなかったのか、魔法で水を出して濡らしたハンカチでしっかりと拭う。
「んじゃ次はセイディ。ハイ腕伸ばして」
寝間着を脱げば、ジョゼはソッコで着替えを用意してくれていた。
ソレを当然のように着せてくれる。
「ハイ、ハイ、ハイ」
チャッチャッチャッ、と着替えが完了した。
ジョゼはそのまま流れるように魔法を使用してベッドと寝間着を綺麗にし、己を椅子に座らせる。
「じゃ、ささっと髪整えちゃいますから大人しく座っててくださいな」
「そのままでも大丈夫じゃないかしら」
「んなワケ無いでしょう。思いっきり髪跳ねてますわよアナタ」
「あら」
手鏡を渡されたので見てみれば、確かに髪が随分主張強めに跳ねていた。
ジョゼは慣れたように櫛を使い、すいすい髪を梳かし始める。
「……ジョゼってこう、慣れてるわよね」
「好きで慣れてるワケじゃありませんのよ?ただこう、誰かと一緒の生活ももう七年目となると、手慣れるというか」
「それでも普通は手慣れないんじゃないかしら」
「確かにそうだね。僕もセイディの意見に賛成かな」
のそりと動き、己を食べるコトで出会った時よりも少し大きくなったビューティフルドラゴンは己の膝の上に顎を乗せた。
撫でてと雄弁に語る上目遣いに逆らえず、ついついその頭を撫でてしまう。
……まあ、食べられている時もよく撫でているから、別に頭を撫でちゃ駄目ってコトは無いのだけど。
ただ着替えやら身嗜みやらをジョゼに任せておいてこうものんびりした気分で良いのか、とはちょっぴり思わなくもない。
「……こういう時に手を貸しちゃうから良くないのかもしれませんわね。もう少し様子を見るようにすべきでしょうか」
「あ、やっぱり今の発言取り消して良いかしら。七年生の間はジョゼに頼る気なのにソレは困るわ」
「うーん正直が過ぎますわセイディ。つか頼んなっつってんですのよわたくしは」
「そう言いながらもジョゼフィーヌはセイディの面倒を見るよね。愚痴りながらもしっかりと」
「どうしてもこう、見てられないんですのよね。このまま放っといて食いっぱぐれたら可哀想だとか、授業に遅れて誰かに迷惑を掛けたりしたら、とかを考えちゃいますもの」
「お陰で今年はとっても助かってるわ」
「助けられないよう積極的に自力でこなして欲しいんですのよわたくしは」
手鏡越しにイヤそうな顔で溜め息を吐かれてしまった。
しかし正論なのでナニも言い返せない。
そう思っていると、ジョゼは今度、己の頭の上の寝ぐせを見ながら眉を顰める。
「んん、この寝ぐせやたらと頑固ですわね。全然落ち着かないとかどんだけはしゃいでんですのよ寝ぐせなのに。もういっそ結んで誤魔化しちゃおうと思いますけれど、よろしくて?」
「任せるわ」
「了解ですわ。んじゃアナタの金髪に似合う色合いの髪留めを使うとして……んー、欲しい髪留めあるならソレ使いますわよ」
「エ?」
今ナニかおかしかったような。
髪留めなどが仕舞われている小物入れの中身をこちらに見せながら、ジョゼは不思議そうに首を傾げていた。
「欲しい髪留めって、使いたい髪留め、じゃないの?」
「わたくしソコまでモノに執着しませんもの。貰い物ならともかく、自分で買ったモンでも他のヒトの方が似合ってんならソレあげますわ」
「……私の身嗜みを整えてくれた辺りとか、貴族の娘じゃなくて貴族の娘に仕えてたヒトなんじゃないのかしらってちょっと思ってたけど、そういうトコ貴族よね」
「普段のわたくしどんだけ貴族オーラ無いんですのよちょっと。自覚はありますけれど」
ジョゼはハァ、と溜め息を吐き、小物入れからさっと髪留めを手に取った。
「もう、勝手にこちらで選びましたわ。ホラ後ろ向いて。ちゃちゃっと纏めますわよ」
「お願いするわね」
「ええ」
慣れたようにジョゼの手が動き、するすると己の髪が整えられている。
「……そういえばジョゼ」
「ナンですの?」
「パートナーって見つかった?」
「見つかってませんわよヒトの地雷の上でブレイクダンスでもしたいんですのアナタ」
手鏡越しに結構な睨みを受けてしまった。
リスのようにくりっとした目なのに普通に圧があって怖い。
「いえ、そういうつもりでは無いのだけど」
「前に多少、パートナーなんだろう運命の相手の情報がどうとかって言ってたよね」
「ああ、成る程そういう」
ジョゼは納得したように、いつも通りの表情に戻った。
「別にそう大した情報はゲット出来てませんわ。ただパートナーになれるのは運命の相手とだけで、運命の相手以外だと破局する、という情報があるんですのよ」
「まあ」
「つまり僕とセイディは運命の相手、ってコトなのかな?」
「多分そうなんだと思いますわ。ただそうなると、パートナーになるのは誰でも良い、とはなりませんの」
「でもジョゼの場合、誰とでもパートナーになっても良い場合だったとしても、しっかりとその辺見極めるわよね?」
「当然ですわよ。ずっと一緒に居るパートナーを適当に決めて泣きたかありませんもの。面倒臭ェ感情抱え込んで泣くよりか、孤独を愚痴りながら見極める方がずっとマシですわ」
「まあ実際運命の相手とじゃないと長続きしないなら、その発想で正しいんだろうけどさ」
喉の下を撫でている為、撫でられたビューティフルドラゴンは気持ち良さげに目を細め、クルル、と小さく鳴きながらそう言った。
「でも前、もう少し状況が進展したみたいなコトを言ってなかったかい?」
「言ってたわね」
「記憶にありませんわねー」
ビューティフルドラゴンは己の膝の上から、己は手鏡越しにジョゼを見つめた結果、知らんぷりを続行しようとしていたジョゼは溜め息を吐いた。
「……ホント、ちょっぴりしかわかってないんですのよ。相手はどうもわたくしが赤ん坊の頃に、この視力を与えてくれた存在。恐らく、というかほぼ確実にどっかの神でしょうね」
「高位?」
「んー、どうなんでしょう。ここまで出会えないとなると、土地神とかそういう系統かもしれませんわ。土地神の場合、その土地を担当しているからソコまでフットワーク軽くありませんし」
「そう思うとこの学園の生徒のパートナーしてる神々、フットワーク軽いわよね」
「フットワーク軽い以前の問題な気もしますわ」
「確かに、この学園内だけで神が飽和状態だよね、既に」
「両手の指が埋まらないだけ良い、のかしら?」
「ええ、まだセーフですの。色々多感な少年少女が通う学園にああも神が存在してるのはどうかと思いますけれど、まあ皆分霊だからソコまでの影響力は無いでしょうし」
「ちなみに分霊じゃなかったらどのくらいの影響があるの?」
「んー、戦争?」
「戦争!?」
「善意であれ悪意であれ、強過ぎる力があると戦争勃発しがちですもの。しかし分霊であり、パートナーを大事にしている。
つまりパートナー関係以外で人間達のアレコレに介入する気は無く、そしてパートナーに手を出せば滅ぼす、という主張ですわね」
「……医療の女神、時々口出ししてるわよね?」
「アレは職務を全うしてるだけですのよ。パートナーとしての神はパートナーを大事にしますけれど、担当しているモノがある神の場合、その神である以上その職務を全うしますわ。
要するに専門外の部分に手出しはしない、ってコトですわね」
「成る程……」
色々と興味深い話に、ふんふんと頷く。
頷いていると、ビューティフルドラゴンがジト目でジョゼを見上げていた。
「で?進展については?」
「チッ」
「あっ、今のって話を逸らそうとしてたのね!?」
「いえ、そんなつもりはありませんでしたのよ?ただ話してたら何か都合が良い感じに丸く収まったからもう良いか、と思っていただけで」
つまり結果的に話を逸らそうとしていたというコトなのではないだろうか。
「……まーとにかく、お相手は恐らく土地神の可能性が高いから、卒業後に探しに行くくらいしないと出会えないんじゃないか、ってコトですわよ」
「ここまで引き伸ばしてそれだけの情報しかないの?」
「ビューティフルドラゴン、アナタ結構ぐいぐい聞いてきますわね」
「イヤなら泣き叫ぶ系であるキミの肉をちょっぴり食べさせてくれても構わないんだぜ?」
「アナタ前にわたくしが紙でうっかり指先切った時にその血を舐めて「うっわクソマズ」って言いましたわよね。忘れてませんわよあの屈辱」
「ああ、アレはね、ホント酷い味だった。泣き叫ぶ系だからか痛いって感情が強くて味に影響出まくりだったよ。ん?でも屈辱っていうのならリベンジとしてちょっぴり」
「お断りっつってんでしょうがコラ。ナンでクソマズって言った肉をお代わりしたがるんですのよ」
「もう一回飲んだらマシになってないかなって」
「なるわきゃ無いでしょう」
「で、ジョゼ?結局他に情報は無いの?」
「アナタもアナタで忘れませんわね、セイディ……」
「だって誰かのノロケを聞くコトが多くても、ジョゼがこういうのを語るコトってないじゃない」
「そりゃ相手居ませんし」
「だから折角のチャンス、出来るだけ引き伸ばすわよ?」
「……つまり諦めないと長引くってコトですわよね」
ジョゼは全てを悟ったような表情で、深い深い溜め息を吐いた。
「今んトコわかってんのは、恐らく狐の神だってコトくらいですわ。そしてわたくしが異様な程お金に困らないのは、その神の加護だと思われる、という程度」
「視力もそうだって言ってたけど、狐の神って視力向上の効果あったかしら」
「あるらしいですわよ。金の神曰く」
「あの守銭奴系神様に聞いたの?」
「ビューティフルドラゴン、天使相手に神をそういう言い方すんのはアウトですわ。今日のトコは見逃しますけれど。……あと、ちゃんと有料で情報をいただきましたのよ」
やっぱり守銭奴系神様で合ってるわよねと思うものの、呑み込んでおく。
見えてる地雷は避けるに限る。
「さて、恋バナトークは以上で終了」
「あら、もう?」
「もっと話せば良いのに」
「コレ以上駄弁ってたらセイディの食事時間が無くなりますわ。あとマジでこれ以上提示出来る情報もありませんし。というワケで、完成」
ポン、と分身しない程度に軽く頭に手を置かれた。
「ありがとう、ジョゼ……って、この髪型」
手鏡で確認してみれば、己の髪はジョゼとお揃いの髪型になっていた。
しかも使用されている髪留めは、小物入れを見た時に少し気になっていた髪留め。
……ちょっと値段が高そうだから欲しがるには図々し過ぎるわね、って思ってたのに……。
「ふふ、お揃いですのよ」
「でもこの髪留め……良いの?」
「わたくしの銀髪よりもアナタの金髪の方が映えますし、ソレが気になってたんじゃないんですの?視線の動かし方とかからそうだと思ったんですけれど」
いや神に優れた視力を貰ったとはいえ使いこなしっぷりが尋常じゃない。
「確かにこの髪留め、綺麗だし、私じゃ買えないだろうからって思って気になってはいたけど……」
「なら良いじゃありませんの。それなりに大事にしてくれりゃわたくしとしてはオッケーですわ」
ふ、とジョゼは優しく微笑む。
「んじゃとっとと立ち上がって食堂へダッシュ。ぶつかったりヒトの迷惑にならない程度に、ですけれどね。そうすれば多少食べるのに時間掛かる系のでも余裕を持って食べられますわ」
「……軽めのにするつもりだから、そう慌てる必要も無いわよ」
「あら、それは良かった」
二人でクスクスと笑い合えば、つられたようにビューティフルドラゴンが緩く尻尾を揺らしていた。
私が語り部の物語は、これにて終了。
ジョゼフィーヌ
三つ編みハーフアップにしている七年生。
友人達への対応がどんどん雑になっている。