無効化少年とルミナスゴースト
彼の話をしよう。
遺伝で接触した色々を無効化可能で、永続性は無くて、自称普通。
これは、そんな彼の物語。
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中庭でのんびり日向ぼっこをしていると、カールハインツが隣に座った。
「ジョゼフィーヌ」
「んー」
「僕は前から考えていたのですが、色々考えた結果コレはやはり誰かに相談して意見を聞いた方が良いのではという結論に至りました」
「はあ」
「というワケで相談に乗ってはくれませんか、ジョゼフィーヌ」
「ヤですわ」
こちとらのんびり日向ぼっこタイムである。
何故リラックスタイムに他人のセラピーをせねばならんのか。
……どーしてこう、わざわざわたくしに……。
まあ天使は基本的に人間の意見を聞いて神に届けたりするメッセンジャーなので、相談しやすい体質かナニか、なのだろう。
己の場合は混血だし、天使は天使でもメッセンジャーとは少し違う戦闘系天使との混血なのだが。
……ま、究極言えば結局天使であるコトに違いは無いから否定も出来ませんけれど、ね。
「僕は結構、こう、混血なのに普通なのが悩みなんです」
「いやあの、わたくしお断りしましたわよね?」
「懺悔室での独り言みたいなモノなので気にしないでください」
「懺悔室て」
ソレを聞くのは教会関係者であって天使では無いと思う。
いやまあ教会なら天使も聞いていそうだが。
「要するに個性が欲しいんですが、どうしたら良いと思います?」
「知りませんわ」
「そう冷たいコトを言わないでください!同級生達のやたら強くて濃いキャラの中、僕なんてあっという間に埋もれるじゃないですか!」
「埋もれてりゃ良いじゃありませんの。普通っていうまともさはアドバンテージになりますわよ」
「悪に対するバーサクモードが存在している天使を始めとしてキノコ人間毒人間オオカミ人間鬼人間水人間その他諸々個性の闇鍋状態の中で埋もれたらもうアウトですよね」
「うーん否定出来ないラインナップ」
そしてソレがマジだからまた大変だ。
というか今あげられたのはほんの一部であり、しかも同級生というのがヤバい。
……他の学年足したらとんでもないコトになりそうですわよねー。
個性の闇鍋で済む気がしない。
「大体ですねカールハインツ、アナタ個性が欲しいたって、充分に個性あるじゃありませんの」
「ありますか?」
自覚が無いのか、カールハインツは首を傾げて明るく淡い橙色の髪を揺らした。
「アナタ、殆どを触れただけで無効化可能でしょうに」
そう、攻撃されても無効化する為、ダメージが入らない。
ゲームで言うならゼロダメージまたはミス表記みたいなアレ。
……まあ、触れている間だけだからこそ、他人に掛けられた呪いを一時的に無効化は可能でも、解呪が可能というワケでは無かったりしますけれど。
とはいえソレは他人の場合であり、無効化体質であるカールハインツ自身は永続的にほぼ全てを無効化しているワケだが。
尚一時的とはいえ触れるだけで毒などを無効化出来る為、困った時の縋り先みたいな扱いをされているのがカールハインツである。
……わたくしの場合は困った時の相談先とか頼り先って扱いですけれど、カールハインツの場合は正に縋り先、ですわよね。
タッチしている間全てを無効化とか、ここに触っている間バリア張られるから!とか言う鬼ごっこしてる子が脳裏に浮かぶ。
己は基本的に本を読んでばかりなので外で遊んだ記憶はいまいち無いが、異世界の自分は幼少期のみらしいが、一応外で遊んだコトがあるらしく、そういう思い出があったらしい。
……異世界のわたくしは幼少期アウトドアだったインドアで、わたくしは幼少期インドアだったアウトドア派……と言えるのでしょうか。
翻訳作業をしていたり本を読んでいたりが多いとはいえ、積極的に外に出たり森へ行ったりしているのはアウトドアと言っても良いだろう。
異世界の自分もそれはアウトドアでしかないと騒いでいるし。
……ある意味、正反対でバランス取れてる感じですわよね。
「でも触れないと効果無いしビジュアル的に面白みゼロじゃないですか。もっとジョゼフィーヌみたいにヒャッハーしたいです」
「こちとら好きでしてんじゃねーんですのよコラ」
「ごめんなさい」
アイアンクローをカマせば素直に謝ったので解放する。
どうせダメージが無かろうと、ホールド系には弱いのがカールハインツだ。
というかあのバーサクモードは本能的な動きであって、ほんの僅かでありながらも辛うじて主張出来る理性でどうにか致命傷を与えないようにと頑張っている状態。
……愚か者相手とはいえ、うっかり殺さないよう必死ですのよこっちは!
しかもうっかりバーサクモードになりたくないからと出来るだけ見ない振りして避けているというのに、何故か向こうから接触してきたり喧嘩売って来たりするという謎。
そうでなくても友人達によって巻き込まれたりするので、本当どうしたものか。
……天使って、面倒事に巻き込まれる性質でもあるのかもしれませんわね。
実際困っているヒトのトコロへ訪れるのが天使だと考えると、イコールで面倒事が発生している場所へこんにちはしているとも言える。
つまりあり得てしまう。
……うん、今の思考は破棄しましょう!ええ!
ナニも気付かなかったというコトにしておいた方が幾分か楽だ。
主にメンタルが。
「大体、目立つってコトはイコールで面倒事に巻き込まれるってコトですのよ?狙われまくりな同級生見てもそう言えますの?」
「あ、そういえばよく追われてますね……」
王都で追いかけっこしている友人達を思い出しているのか、カールハインツはふむと頷き、ニコリと笑う。
「目立たないって楽で良いですよね!」
「うん、わたくし最初っからそう言ってますのよ」
さらっとそう言える辺り、それなりにレベルの高い狂人だったりするんじゃなかろうか。
・
数日前、ここでそんな会話をしたなあと思いながら、開いたままの本で顔を隠し溜め息を吐く。
「ちょっと!まだアタシの話は終わって無いわよ!?」
「あー、ハイハイ、聞いてますわよ」
真昼間の中庭で叫んでいるのは、ルミナスゴーストだ。
昼間は霊視が可能なヒトにしか視えないが、夜の間だけ普通のヒトも視れるようになるゴースト。
……夜の間だけですけれど、可視化する分干渉力も強いから、結構暴れる個体が多いゴーストでもあるんですのよね。
イタズラ好きなゴーストはルミナスゴーストになりやすい気がする。
もっともルミナスゴーストの場合は、害を為そうとしてポルターガイストを起こす怨霊系と違い、驚かそうとしてのポルターガイストが多い。
……干渉力的に姿が可視化する夜の間くらいしか出来ないそうですけれど、つまり夜に騒ぐってコトでもあるからちょっと厄介なゴーストですわ。
そんなルミナスゴーストが真昼間から何故己に愚痴っているのかと言えば、彼女はどうもカールハインツに取り憑いて安眠妨害をしようとしているらしい。
けれど、騒ごうが攻撃しようが無効化される為、起きる以前に存在にすらまったく気づかれていないんだとか。
……うーん、この子のイタズラ好きな感じ、構ってもらいたい子供みたいな感じですしねえ……。
見た目は少女だし、話を聞く限り内面や性格も年相応っぽい。
ゴーストに年相応と言って良いかはさておこう。
「で、要するにカールハインツの安眠妨害をしたいって話でしたっけ?」
「ソレはそうだけど違うわよ!アタシがしたいのは、攻撃!」
グッと拳を握りながら、ルミナスゴーストはそう言った。
「だってアイツ、アタシがどれだけ攻撃しても通じないんだもん!何度も殴ったり蹴ったりしてるのに!触った瞬間にこう、威力が無くなっちゃうっていうか!」
「攻撃も無効化出来ちゃいますものねえ、カールハインツって」
攻撃が触れた瞬間に無効化するので、拳で殴ろうとしても拳でカールハインツの肌に触れる、みたいな程度になってしまうのだ。
「だから楽器をドンチャカ鳴らしたのに!気持ちよさそうに寝てるのよアイツ!」
「あー、うん、まあ、耳が痛くなるレベルの音は無効化されるから、心地良いくらいの音量になったんでしょうねえ……」
というかそんな騒いでルームメイトは大丈夫なのだろうかと一瞬思ったが、よくよく思い返すとカールハインツの今年のルームメイトはモーリスだったハズなので多分大丈夫。
パートナーが夢の女神である以上、約束された安眠がモーリスに施されているハズだ。
……そして夢の女神は夢の中こそがテリトリーみたいなモンですしね。
モーリスに夢を見せている間はモーリスの夢の中に居るだろうコトを思えば、ルミナスゴーストが騒ぐコトに対してイラついたりもしないのだろう。
というか多分、相手するのが面倒臭いのだと思われる。
……夢の女神からすれば、モーリスに対して被害が出ない限りはわざわざ相手をする程の価値も無い、って感じでしょうし。
神や女神からすればお気に入りではない人間は大体そんなモノだ。
ゴーストだってソレは変わらない。
「……ところで突然愚痴が始まったのでスルーしてましたけれど、ルミナスゴーストはナンでわたくしに愚痴ってんですの?」
「アナタ、アイツの友人じゃない」
「まあそうですけれど」
「あと昼間でもアタシが見えるから」
「まあそうなんですけれど……」
ソレはつまり今の己は周囲からナニも無い空間に話しかけているようにしか見えないのだが。
もっとも他の学年の子はともかく、同級生は己の目について知っているので、問題は特に無いが。
……ナニも無いトコに話しかけてる生徒なんて珍しくもありませんしね。
ゴーストがパートナーだったりする場合はよくあるよくある。
「でもソレなら別にわたくしじゃなくても」
「アナタに伝えて欲しいって要件もあるわ」
「要件?」
「アタシに気付けって!アイツに言ってやって!」
「アッもしかして意図的に無視されてるとかじゃなくてマジで存在に気付かれてないんですの!?」
「そうよ!」
そう叫ぶルミナスゴーストは涙目だった。
いやまさかそこまでマジに気付かれていないとは。
「アイツ!アイツ無駄に早寝なんだもん!アタシが見える時間にはもう寝てるの!」
「うっわ早寝」
「しかも夜明けまで起きないし!夜明けにはアタシ見えないゴーストに戻っちゃうし!
アタシ頑張ってるのに!居るって主張ちゃんとしてるのに!石投げたり足引っ張ってベッドから落とそうとしたりバケツの水寝てる顔にぶちまけたりとかしてるのに!」
「いや思ったより過激なコトやってますのねアナタ」
「なのにアイツには全然通じないし、存在すらも認識されてないんだもん!もうヤダァ!」
「えーと……じゃあ成仏コースでも逝っときます?今なら天使による聖なる属性が付与されたナイフで一瞬ですわよ?」
「ソレもヤダ!」
太ももに装備していたナイフを取り出して見せながら言ったら距離を少し取られた上で全力の拒絶をされてしまった。
悪でさえ無ければ痛みを感じなどしないのだが。
・
コレはその後の話になるが、とりあえずルミナスゴーストの存在だけでも知らせて欲しいとのコトなので、カールハインツが寝ないようにハリセンで叩く係になった。
そうでもしないと眠ると言われ、マジで寝そうになるカールハインツの頭を叩くとかどういう修行だ。
……しかもカールハインツの場合、無効化能力のせいでハリセンの攻撃力ゼロ状態ですし!
もう多少触れるだけで意識覚醒を促す部分を狙うしかない。
そう思いつつやっていると夜になり、ルミナスゴーストは薄ぼんやりとではあるが、霊視を持たない人間にも視える状態へと変化した。
「うわ、ホントに居た。ジョゼフィーヌによる八つ当たりかナニかかと思ってたのに」
「ちょっと」
常日頃ストレスを溜めているとはいえ、流石にこんな八つ当たりはしない。
するにしたってもう少しマシな反応をする子をからかう程度だ。
「で、えーと、ルミナスゴーストでしたっけ。こんばんは」
「そういう挨拶が欲しいんじゃなーーーーい!」
ルミナスゴーストは不満げにそう叫んだ。
「あのね!ゴーストよ!?夜だけ現れるゴースト!ソレを見たらもうちょっと反応があるんじゃないの!?」
「エ?えーと……可愛いですね」
「当たり前でしょ!」
どういうコントだ。
「でもその、ルミナスゴーストは僕を驚かせようとしているとは聞きましたが」
「驚かせるんじゃなくてアナタをぎゃふんって言わせたいのよ」
「ソレで姿を現したら、正体わかってる分あまり怖くなくなるような」
「アナタの場合!アタシをまず認識するトコからだからでしょうが!モノを壊しても「ありゃー」の一言で済まされるアタシの気持ちがわかる!?もっと物欲持ちなさいよ!」
「物欲て」
ルミナスゴーストに胸倉を掴まれながらもカールハインツは通常運転だった。
……まあ実際、物欲ある方なら逆に新しいモノを買おうってなりそうで、結局ダメージは受け無さそうですけれど、ね。
「とにかく!」
ルミナスゴーストはカールハインツの胸倉をペッと捨てるようにして手を離す。
「宣戦布告よ!アタシは絶対に、アンタをぎゃふんと言わせてみせるから!」
「言わないと思います」
「言うの!言わせてみせるんだから絶対に!アタシがアンタに攻撃通すまでアンタから離れてなんてやんないから覚悟しなさい!」
「エッ」
指で差されながらそう言われたカールハインツは、ポ、と頬を染めた。
「そんな、生涯共に居る宣言とか、ちょっと照れます」
「ジョゼフィーヌ!コイツ全然アタシの話聞いてくれないんだけど!」
「わたくしに泣きつかないでいただけます?」
どうしてこういうカオス状態の時だけは存在を忘れ去ってもらえないのだろうか。
カールハインツ
触れた瞬間に色々な物事を無効化する為、己のコトを普通だと思っている。
ルミナスゴーストを認識こそしたが、いつも通りに早寝早起きなのであまり変わらない。
ルミナスゴースト
カールハインツをターゲットにしたばかりに無視され続けて泣いた。
夜中の間ずっと騒いでいるが連敗中。