カフェ店主とスペースウルフ
彼女の話をしよう。
カフェの店主で、遺伝で腕が四本あって、フレンドリー。
これは、そんな彼女の物語。
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休日、新刊を買えたので、いつものカフェでゆっくり読もうと思い扉を開ける。
このカフェは店主のパートナーであるスペースウルフの能力で、扉の向こうが異空間へと繋がっているのだ。
……外観からすると絶対狭いのに、中は広々としてるから凄いんですのよね。
しかも異空間の為、扉の表側裏側の間に位置するとも言える場所。
窓から覗いても見るコトが出来ないというのは、中々にリラックス出来る空間でもある。
「こんにちは……って、あら」
「あら、ジョゼフィーヌ?いらっしゃい」
上下左右がわからないような宇宙的空間。
暗闇の中に小さく光る点が沢山存在している店内。
このカフェの店主であるカルメン店主は、四本ある腕でテーブルとイスを同時進行で拭いていた。
……相変わらず慣れてないとふらつきそうになる空間ですけれど、テーブルとイスがこうして普通に置かれているお陰で、そういう内装って認識出来るから良いですわよね。
実際肉眼での目視が出来ないだけで、この空間を作ったスペースウルフによって上下左右やらはちゃんと固定されている。
だからこう、レベルの高い壁紙みたいなモノなのだ。
……わたくしの場合、肉眼で目視するのは難しい床とかも目視出来ているから、他のヒトに比べて大分イージーモードですし、ね。
「ごめんなさいね、まだ開店してないのよ。昨日終わってから掃除する時に気付けなかった汚れがあって、ソレにてこずってたから……」
「ああいえ、わたくしも早くに来ちゃいましたもの」
「んー……」
カルメン店主は鮮やかな青色の髪を揺らし、店内にある時計に視線を向ける。
「いえ、開店時間にはなってるから、ジョゼフィーヌが謝るようなコトじゃないわ。こっちのミス。本当にごめんなさい。
横でテーブル拭いてたりしてても良いのなら好きな席に座ってちょうだいね。お詫びになるかわからないけれど、ケーキセットくらいならご馳走出来るから」
「あら、ソレは嬉しい」
ここのケーキはくど過ぎないので好きなのだ。
そう思い、既に掃除が終わっているらしいテーブルに今日買った本を置く。
「もし良かったら掃除を手伝いますわよ、カルメン店主。学園ではやたらと雑用頼まれるから慣れてますし」
「本当?四本腕とはいえ更に二本増えた方が効率良いから助かっちゃうわ。あ、でもお客さんなのに良いのかしら」
「既に長い付き合いなのだから、私は良いと思うがな」
いつの間にか厨房の方からこちらに来ていたらしい、スペースウルフがそう言った。
彼はカルメン店主のパートナーであり、見た目は銀色のオオカミである。
……でもスペースウルフはそれぞれ、自分だけの異空間を所有している、んですのよね。
扉に自分だけのサインのような特殊なひっかき傷をつけるコトで、その扉を己の異空間へと繋がる扉に出来る。
このカフェの場合は扉の表側裏側にひっかき傷をつけている為、外からの客はこのカフェへ、中のキッチンから扉を開けてもやはりカフェへ、となっているらしい。
基本的にスペースウルフの異空間は暗闇オンリーかつ無限に広がる空間が多いそうだが、一応任意で内装デザインの変更が出来るからか、この店内は宇宙っぽい空間にテーブルとイスが置かれている。
……床があるか心配になる程に宇宙空間チックですけれど、スペースウルフが設定してくれているお陰で、普通に安定感ある床なんですのよね。
「本人自ら言ってくれたのだから、ありがたく手伝ってもらった方が良い。喜ばしいコトにこのカフェは中々に人気がある為、テーブルとイスの数も多いワケだしな」
「……ソレもそうね。ジョゼフィーヌ、頼んでも良い?」
「ええ、モチロン。報酬はケーキセットでお願いしますわ。で、テーブル拭きと椅子拭きは?」
「コレを使え」
「どうも」
スペースウルフから渡された布巾を持ち、まだ拭かれていないテーブルをちゃっちゃかと拭く。
この目なら汚れを見落としたりもしないから、飲食店のバイトだったらさぞ役に立っただろう。
……ええまあ、わたくし貴族の娘ですし、翻訳家やってるから飲食店でのバイトはしませんけれど!
しかしこういうのも結構性に合っている気がするので、とことん魂が庶民なのがわかる。
そもそも上に存在している神に仕える天使としての側面が強めなので、上に立つのが向いていないのだろう。
……まあわたくし上に立ったコトもそうそうありませんけれどね。
大体困った時の頼り先扱いをされている。
己は何でも屋ではなく貴族の娘であり翻訳家なだけの一般人なのだが。
……うーん、我ながら一般人を自称するには色々と無理がある気がしますわね。
「…………随分と手慣れてるのね?ジョゼフィーヌ。貴族の子ってそういうの苦手なイメージがあるんだけど……」
「わたくし雑用を頼まれるコトが多いんですのよね」
あと後片付けを苦手としている友人も多い為、自然と得意になった。
やれば出来るならやるだけだ。
……ええ!やれば出来るのにやらない友人ばっかりだからという気もしますけれど!
ソコでやれと言わずに無言でさらっとやってしまうのが己の良くないトコロだろう。
自覚はあるが天使の性分なのでどうにもならん。
「それにカルメン、確かジョゼフィーヌはあのエメラルド家の娘だったハズだぞ」
「あ、そういえばそうだったわね。ふふ、完全に馴染みの常連さんになってたから忘れちゃってたわ」
「エメラルド家は確かにそれなりの上流貴族ですけれど……あの、って言われる程では無いと思いますわよ?」
「ああいえ、違うのよ。あのエメラルド家っていうのは、サミュエルの、って意味」
「お兄様の?」
「彼、私の後輩だったから」
「そういえばこのお店、わたくしが入学した頃に開店してましたものね。そう考えると時系列的には、うん、納得ですわ」
「納得もナニも事実だからな」
「ごもっとも」
スペースウルフの正論にそう返すしかない。
というかスペースウルフ、ナチュラルに机拭いてて凄いな。
……骨格とか普通にオオカミと同じハズなんですけれど。
机に手をついて立ち上がり、そのまま肉球のある手でテーブルを拭いている。
動きを視た感じ手慣れているようなので、いつもやっているのだろう。
「……あれ?というかこのカフェ空間ってスペースウルフが作り出した空間なんですのよね?」
「ええ、そうよ。私の手持ちのお金じゃソコまで大きいお店を借りられなかったんだけど、スペースウルフのお陰で素敵なカフェ空間が出来ちゃった」
「この空間が無いと、扉の向こうはソッコで厨房、という状態だがな」
「まあこのカフェ空間の客許容量を考えるとそうなりそうですわね」
結構な人数の客も受け入れ可能だと考えると、それなりにせっせこ食事を作る必要があるだろう。
昔は比較的客が少なかったが、今は結構人気の店だし。
……ちょいちょい友人達にオススメの店だと紹介していたのが理由の一端な気もしますけれど、ええ、悪いコトしてませんしあくまで一端だと思われるのでモーマンタイのハズですの!
友人への口コミは悪では無いので問題無い。
店としては繁盛した方が良いし、悪即滅派な己が常連なのでそうそう悪もやってこないし。
……悪が来たらソッコでアッパーカマして通報してますし。
尚この空間内はスペースウルフの思いのままに動かせるので、己が居なくても普通に自衛は完璧だったりする。
愚か者の足元に落とし穴なりを作って腰なり頭なりを強打させれば無効化可能、だそうだ。
……段差があるかどうかもわからないレベルの宇宙空間な内装だからこその利点ですわね。
まあ客が怪我をするといけないので、普段はまったいらな床になっているが。
「で、ジョゼフィーヌはナニを疑問に思った?」
「いえ、スペースウルフが作り出した空間なら、テーブルを清潔な状態に出来るんじゃないか、と。この机や椅子もそうやって出したモノですわよね?」
「ああ、そういえばジョゼフィーヌはそういうのも見えるんだったな。成分が他とは違ったか?」
「成分というか構築要素というか素材というか……まあ、大体そうですわ」
「ふふふ、懐かしいわね」
カルメン店主は昔を思い出すかのように微笑む。
「私達も昔、ソレが出来たら良いわねって話したコトがあるのよ」
「そうなんですの?」
しかしテーブル拭きなどは手作業で行われている。
というコトは。
「出来なかったんですのね?」
「やれば出来ないコトは無いが、この空間内で消したり構築したりというのはそれなりに負荷がかかるからな」
「まあ」
初耳だ。
「負荷なんてあったんですの?」
「基本的にはほぼ皆無だが、消したり構築したり、というのに消耗する。質が良いモノや繊細な装飾などがそういうタイプだ」
「あー」
「故にこういうテーブルを消して再び出して、というのを毎日やるのはキツくてな。月一で新しいのに変えてはいるが、それ以外ではこうして手作業だ」
「成る程」
通りで月末と月初めでは違和感があるワケだ。
構築しているのがスペースウルフなので時間経過や細かい傷くらいしか違いが無いし、そもそもあまり気にしていなかったが、納得した。
……だから手っ取り早い方はやんないんですのね。
愚か者を迎撃する際に内装をほんの少し弄ったりしているのを見るに、迎撃用に節約している、というコトでもあるのだろう。
確かに店側の楽よりもお客の安全を優先すべきなので、適切な判断だと思う。
「そういえば、ちょっと聞きたいんですけれど」
「ナニかしら?」
テーブルを二本腕で持ち上げ、近くの椅子を一本の腕で持ち上げ、残りの一本でモップを掛けているカルメン店主はこちらを振り向きながら首を傾げた。
「カルメン店主とスペースウルフってどういう馴れ初めなんですの?」
「んー、普通?」
「普通、だな」
「具体的に教えてくださいまし」
「そんなに気になるの?本当に普通よ?」
「……わたくし、パートナー願望は一年の頃からあるのに、気付けば独り身のまま七年生」
「あらら」
「…………まあ、女というのは幾つになってもそういう話題が好きな生き物だからな。大して面白くも無いだろうが、語る分には問題も無いだろう」
カルメン店主には困ったような苦笑をされ、スペースウルフには同情したような目で気遣われた。
……いえ、まあ、事実しか言っていませんしソレで話してくれるなら良いんですけれど、良いんですけれど!
腑に落ちないのは何故だろう。
「そうねえ、馴れ初め……って言えるかは微妙なんだけど、まず私は昔から、こういう自分の店を、カフェを持ちたかったの」
「まあ」
つまり夢を叶えたというコトか。
そう思っていると、カルメン店主は手で口元を隠しながら恥ずかしそうに笑う。
「元々料理を作るのが好きで、軽食やスイーツが得意だったから。でももし経営するならしっかりしたキッチンが欲しい、っていうのは譲れなくて、でもそうなると結構な広さのお店が必要で」
「お金が掛かると」
「そうなのよ!ただでさえキッチンの設備で相当なお金が飛ぶから、どうしたら良いのかしら、って学生時代から思ってたのよね」
「ソレで、スペースウルフを見つけ出してパートナーに?」
「いや、順序が逆だな」
「エ?」
「まず大前提として、私は狩りが苦手で、要するによく飢えていた」
「あらまあ」
初耳だった。
今日は随分と沢山の新情報が出現している。
「学園の裏手の森に行きついたは良いが、狩りの腕前が上達するワケでもなくて飢えていてな。そうしたら通りすがりのカルメンが、「試食用だから自分で食べるつもりだったけど、良かったら」と分けてくれた」
「だってあの時のスペースウルフったら、行き倒れてたんだもの」
「それからちょくちょく、試食品を差し入れされるようになってな」
「私は私で参考になる意見が貰えるのが嬉しいし、結構な頻度で相談に乗ってもらってたから。料理は試食半分、相談のお礼半分ね」
「当時からよく、将来持ちたい店についての愚痴を言っていた。そして不動産情報を見てはその金額にぴいぴい泣いて縋りついて来て」
「スペースウルフ、ソレはちょっと言わないでちょうだい……!」
恥ずかしかったのか、カルメン店主は四つの手でガッツリ顔を隠していた。
ソレでも己の目では手の向こうで真っ赤になっている顔が視えているのだが、まあ指摘はしないでおこう。
「さておき、カルメンが卒業する少し前にな、パートナーになってくれと言われたんだ。その時まだ私は自分の種族を明かしていなかったから、スペースウルフだと知らなかったのに」
「知らないで交流してたんですの?」
「害が無いなら、種族はソコまで重要でも無いでしょう?アウトなコトがあるなら先に言ってもらえば良い話だもの」
「ふむ……確かにそうですわね」
実際相手の種族を知らないで仲良く魔物とやり取りしてた友人をそれなりに知っているので、大体そんなモンなのだろう。
「ちなみにカルメンの告白だがな、「成功するかもわからないし、子供の頃からの夢ってだけだから考え方だって甘いだろうけど、それでも一緒に生きてくれるかしら」という」
「~~~~っ!」
「あの、スペースウルフ?カルメン店主、とうとう耳まで塞いじゃいましたわよ?」
「付き合いも長年になると慣れのせいで中々照れる姿を拝めないからな」
「成る程」
つまりノロケであり己をダシにしたというコトだろうが、キッカケは己発信なのでナニも言えん。
「で、そんな熱烈な告白を受け、私は頷くと共に種族を明かした。この能力を利用すれば、お前の苦労を幾らか私が負担出来るだろう、とな」
「イケメンな返しですわねえ」
「惚れた女に格好良いと思われたいのはオスの本能だろう」
「や、わたくし女なのでその辺はちょっと理解しきれませんわ」
神に役立ったと褒めてもらいたい云々であれば天使的に理解出来たのだが。
・
コレはその後の話になるが、手伝いを終えた後のケーキセットはとても美味しかった。
「んー!このイチゴタルト、とっても美味しいですわ!」
「ソレは良かったわ」
羞恥から復活したカルメン店主は、いつも通りの笑顔でそう言う。
どうやら恥ずかしさのあまり、先程のやり取りの記憶は意図的に封じたらしい。
……意図的に封じてても多分仕事終わってお風呂とかでリラックスしてる時に思い出しそうですけれど……。
まあ思い出し赤面をするのは己ではないので良いとしよう。
「ついでに新商品の試食もしていくか?」
「あら、良いんですの?」
「ええ、ジョゼフィーヌには色々とお世話になったし、なっているもの」
「お世話になってるのは客であるこちらだと思いますわよ?」
「ふふふ、開店したての頃にオススメのカフェだってお友達に紹介してくれたり、お友達を連れてきてくれたりしたでしょう?結構人気が出たのはそのお陰だと思ってるから、そのお礼でもあるのよ」
「うーん……ソコまでのコトはしてないと思うんですけれど」
「あとジョゼフィーヌって結構舌が肥えてて的確にアドバイスしてくれるもの。しかも相手を傷付けるような辛口評価でも無いし」
「アハ、その辺結構相手によりますのよ?」
相手が辛口評価を望むならそれなりに辛口に評価させてもらっている。
「でも、ありがたいコトですわね。新商品ってこのパイですの?」
「ああ」
「いただきますわ」
スペースウルフの背中から腹に掛けてベルトがされており、その背中にはお盆が固定されている。
そのお盆の上に乗っているパイを受けとり、一口。
……あら、ミックスベリー。
「美味しいですわね、コレ」
「新商品としてどうかしら?」
「良いと思いますわ。ただもう少し甘さ足した方が良いかもしれませんわね」
「甘さが苦手なヒトだとキツくない?」
「そもそも甘いの苦手なヒトは頼まないと思いますの」
「……ソレもそうね」
「なのでいっそ甘いのが好きなヒト用に振り切った方が良いと思いますし、逆に甘いのが苦手なヒト用におかず系のパイを作ってみるとか」
「おかず系?」
「クレープの屋台でもおかず系があったりするでしょう?ああいう感じで」
「ミートパイみたいなモノかしら。……そうね、ちょっと考えてみるわ。ありがとう、ジョゼフィーヌ」
「いえいえ、美味しいモノをいただけたんですから、当然ですわ」
カルメン店主の料理は己の好みと一致するので、ありがたい。
カルメン
四つ腕の店主であり、幼い頃からカフェに憧れていた為、スイーツや軽食類を作るのが得意。
正直店が流行ってるお陰でちゃんとしたお店を借りるコトも出来るくらいにはお金が貯まったのだが、常連さんが一見狭いのに中だけ広いという隠れ家的な今の店を気に入ってくれているから、と保留にしている。
スペースウルフ
狩りがとんでもなく下手くそな為行き倒れていたが、当時学園の生徒だったカルメンに試食品を貰い、その後よく食べさせてもらうようになった。
スペースウルフの異空間は悪用された前例もあるのでその能力や正体を隠しがちだが、それでも告白してくれたカルメンに応えたいが為に自分の正体を告白した。