体術教師と変身餅
彼の話をしよう。
体術教師で、遺伝で見た目が小人で、どんな動きでも対応可能な。
これは、そんな彼の物語。
・
ヨゼフ体術教師は遺伝で小人な為、一年生くらいの身長しかない。
見た目は普通に年齢通りなので異世界の自分は違和感を感じるようだが、見た目に違和感があるのはよくあるコトなのがこのアンノウンワールド。
……学園長だって二十代の若者ビジュアルでありながら数千年は余裕で生きてますし。
さておきヨゼフ体術教師は背が低い為、体術を教えるにはいささか問題がある。
いささかというか結構な問題がある。
……組手、対小人用オンリーになっちゃいますものね。
一応座学もあるが、基本的には実践形式。
ただしそのまま組手をしては対小人用の戦い方しか学べないし、かといって生徒同士でやるには心配がある。
……もっともヨゼフ体術教師の場合、パートナーである変身餅のお陰でその心配はありませんけれど。
「頑張ってちょうだぁい」
臼の中から上半身を出して真っ白い手を振っているのは、変身餅だ。
彼女は臼の中にいる白い餅だが、餅だからなのかヒト型にもなれるタイプ。
……ま、全身作るのは面倒だからってコトで基本的に上半身だけにしてるみたいですけれど。
尚何故臼の中なのかというと、餅だからである。
餅単体で持ち運びはキツイ。
「よし、行くぞエメラルド!」
正面向かって来るのは、変身餅の餅を食べたコトで六本腕の成人男性に変身したヨゼフ体術教師。
なりたい姿を想像しながら食べるコトで、一定時間でこそあるが、その姿に変身可能なのが変身餅だ。
……お陰で色んなタイプとの戦闘を体験できるのはありがたいですわね。
現代は混血が多い為、どんなタイプが悪になるかわからない。
関節が無かったり首が伸びたり多腕だったりなど序の口なので、こうして実戦出来るのは嬉しいコトだ。
「よい、しょっ!」
まずはヨゼフ体術教師の頭上まで飛んで頭を掴もうとするが、やはり六本腕なだけはあり、一本の腕に手首を掴まれた。
続いて他の腕が迫ってきたのでその腕を蹴り飛ばし、掴まれていない方の手で己の手首を掴んでいるヨゼフ体術教師の手首を強く掴み、捻る。
「う、ぎぃ……っ!」
宙に浮いた己の体重により無茶な方向に曲げられたその痛みにヨゼフ体術教師は顔を顰めた。
そのまま着地し、腰を落とした安定感のある体勢になり、ヨゼフ体術教師の体を遠心力で地面に向かい叩きつける。
「そうは、行くか!」
……流石六本腕、厄介ですわね。
残り五本の腕で衝撃を吸収し普通に着地されてしまった。
仕方が無い。
「失礼いたしますわね」
低い体勢から一気に距離を詰め、相手の脇の下をくぐって腕を肩部分から捻ってゴキャリ。
「ぎゃうっ!?」
痛みで一瞬動きが鈍るも、相手はヨゼフ体術教師。
追撃でもう一本潰すよりも早く復活し、足払いで体勢を崩された。
……うげ。
そのまま首根っこを掴まれ、ポーンと高くに飛ばされる。
回転するなりすれば軌道を逸らせるが、飛ぶのは不利だ。
……わたくし、自由に空中を移動したりとか出来ませんしね。
姉なら出来るが、己は出来ない。
故にこのまま落ちればヨゼフ体術教師の想定範囲内の位置に落ちるコトになるだろう。
さてどの方向に軌道をずらそうかと思っていると、変身餅が叫ぶ。
「終了よ!」
終わった。
元々時間制限ありだったが、もうそんなに時間が経過していたのか。
下のヨゼフ体術教師も落ちてきたら入れていたのだろう一発用の拳を下ろしたので、己は普通に回転して着地した。
……そのまま着地するよか、回転して衝撃を殺した方が楽なんですのよねー……。
・
時間切れで元の姿に戻ったヨゼフ体術教師は、小さい体でよいせと座る。
「うむ、中々に良かったぞエメラルド!」
鈍い金髪を揺らし、ヨゼフ体術教師はご機嫌にそう言った。
「前から思っておったが、お主は体術を随分と得意としているようではないか!」
「一応、お父様の種族的に剣と槍と弓と鞭とナイフも得意なんですけれど、まあ、そうですわね。基本的に徒手空拳の方が致命傷を与えずに済むからそちらを利用しがちなのは事実ですわ」
「しかし変身餅で変身しておったからまだ良かったが、もし怪我が変身後もそのままだったら儂は普通に腕へし折れているのではないか?アレ」
……変身餅の餅で変身すれば、その時負ったダメージは元の姿に戻った時に引きずったりしない素敵仕様ですけれど、まあ確かに。
「でも六本腕の一本だと考えると、仮に戻った時にダメージが残ってたとしても三分の一捻りくらいになりそうですわよね」
「その場合、儂が六本腕になっているあの姿は腕が三分割になっておるというコトだと思うのだが」
「あのねえ」
臼の中から、変身餅が頬杖をついて溜め息混じりに言う。
「そんなもしもを話してたって、そんなコトはあり得ないんだから意味は無いでしょうに。私を食べるコトで姿を変える。一時的だからこそ、六本腕だとか、高身長だとか、そういう無茶が出来るのよ」
「まあ確かに、長時間変身可能なタイプだともう少し骨やら肉やらを変質させて安定させる必要があるパターンが多いのも事実。短時間だからこそ自在に変身出来、様々な戦い方が出来るというのは実に素晴らしいな!」
「というか結局、エメラルドがアナタの腕をへし折っていたのはスルーなのかしら」
「いやいやいや、へし折ってまではいませんのよ?」
肩をゴキャリと脱臼させただけだ。
折るのは流石に、あまりやりたくない。
……脱臼ならはめ込んで無理矢理治すコトは出来ますけれど、骨折の場合は魔法か時間経過じゃないとキッツイですものね。
異世界の自分になにやらドン引きされた気がするがまあ良いだろう。
基本的に戦う敵は悪と認識しているからこそ、うっかり殺しかねない攻撃はしたくないのだ。
……ええ、出来るだけ致命傷を避けないとわたくしマジでやらかしかねませんもの!
戦闘系天使の性。
「ソレにまあ、エメラルドには出来るだけ本気で来るようにと言ってあるからな。本気になりつつも殺さないように、と。多少の痛みなら慣れているから問題は無い」
そう言ってヨゼフ体術教師はニッと笑った。
「さて、ソレで今日の特別授業だが、やはりエメラルドは悪以外への反応が鈍いな」
「うん、わかりきってるヤツですわね」
「わかりきってはいるが、こうして儂の能力視の魔眼で視ると、その差が酷い」
眉を顰めるヨゼフ体術教師のその目には、魔法陣が浮かんでいた。
「儂の魔眼は偏りがあるのか戦闘関係しか視れぬが、それにしてもふり幅があり過ぎるな」
ヨゼフ体術教師の魔眼は、相手のステータスやパラメータなどが目視出来るモノだそうだ。
伸びしろもわかるし長所も短所も弱点もわかる。
……ま、本人の言う通り、戦闘関係のみのようですけれどね。
それでも体術教師という立場だと考えると、生徒からするととても適確な鍛え方をしてくれる存在なのでとてもありがたい。
「でも、ふり幅ってそうも……ありますわね」
「自覚があるの?」
「ありまくりですわ。悪が相手なら体が勝手に反応するんですけれど」
「うむ、悪に対する時のみやたらとステータスが上昇しておる。的確に相手の急所を狙い無力化させようとする圧も強い」
「圧」
「だが惜しむらくは、通常時はその半分以下になるコトだな」
「あら、半分以下には思えない程動けていたように見えたけれど。私の気のせいだったのかしら?」
「否、平均に比べれば十二分に動けているとも。だがエメラルドの場合、父親が戦闘系天使。戦闘に特化した存在だと考えると、戦争用の兵器系魔物に近いと言える」
「間違っちゃいませんけれど……」
魔物と一緒にされると不機嫌になる父が聞いたら反論しそうだ。
ソコでキレて攻撃カマそうとしない辺りが父である。
……ヨゼフ体術教師が悪なら攻撃カマすでしょうけれど、悪じゃない相手に手をあげる理由がありませんものね。
まあ神の使いであるコトにプライドがある天使からすると、魔物と同列扱いされるコト自体結構な侮辱だそうだが。
しかし現代では基本的に人外イコール魔物みたいなモンなので仕方が無い。
……ええ、お父様の前でそういうコト言わなけりゃセーフですし。
尚神も女神も魔物と同列にされると大分不愉快らしいので、天使以上に気を付けた方が良い。
天使はまだ自制が出来るが、神と女神は侮辱に対してガチで怒るのでアウトだ。
……最悪国が沈みますわね。
もっとも皆ソレは暗黙のルールのように理解しているし、本能的にアウトだと察しているので言わないが。
少なくとも真正面から言いさえしなければ見逃してくれるだけ神と女神は温情に満ちている。
……天使の贔屓目が入っている気もしますけれど、ほぼ事実なのでまあ良いでしょう、多分。
「故に悪との戦闘時は本当に、混血とはいえ人間にあり得てはならぬのではないかと思う程のステータスになっているぞ。関節完全に無視した動きもしておるしな」
「うーん、自覚はありますわね」
「あるの?」
「結構」
完全にオートで動いているとはいえ、冷静な己がドン引きするような動きをするのがバーサクモードのボディだ。
あの時はもう完全に肉体と魂が分離していると思う。
……肉体と魂というより、天使の肉体と魂に対し、人間であるわたくしの精神が切り離されてるような感じにも思えますけれど、ね。
まあ己が完全に人間メンタルかと問われると微妙だが。
結構天使寄りメンタルである自覚はそれなりにある。
「しかし今日は中々に良かったぞ!突然特別授業として組手を頼まれた時はどうしたのかと思ったが、六本腕にもしっかり対処出来ていたではないか!」
「ちょっと授業以外であんま体動かしていない気がしたので運動したかっただけなんですけれど……あと、六本腕にはそうも対処出来ていませんでしたわよ?腕一本しか潰せませんでしたもの」
「……ヨゼフ、普通って一本潰せれば充分なのではないかしら」
「うむ」
変身餅とヨゼフ体術教師に真顔で言われてしまった。
「でも六本腕ですのよ?普通の二本腕と仮定すると、手首の先を動かせなくした程度のダメージしか負わせるコトが出来ていませんわ」
「十六歳でさらっとソレをやられる方が儂としては色々思うところがあるからそのくらいの方がありがたいのだがな」
「というか、エメラルドはどのレベルに到達したいの?」
「バーサクモードではない通常モードでも一撃で行動不能にさせれるくらいになれれば、とは」
「既に結構出来ているという報告を聞いたが?」
「んー、バーサクモードなら出来ますけれど、通常モードだとそうも出来ないんですのよね。バーサクモードは本当、殺すつもりな本能を理性で必死に抑えつけて殺さないように、って。
ただ通常モードの場合、やろうと思えばさらっと手加減出来る分いつもより加減しちゃって、一撃で仕留めるには少々弱いというか……」
「言っているコトが完全に戦闘民族に思えるわ」
「まあ戦闘系天使の娘と考えると、半分は戦闘種族。そういう発想になるのもわからんでもない」
だが、とヨゼフ体術教師は言う。
「だが、まずは色んな体格の相手との戦い方を学べ。
これからは混血と魔物との間に生まれる子が増え、もっと複雑化していくだろうからな。最低限でも今あり得る体格との戦い方を叩きこんでおけば、ソレを応用可能であろう」
「……いずれ出現するだろう悪と戦えるように、ですわね」
「その通り」
悪は滅んで欲しいし全力で根絶やしにしたいが、雑草をどれだけ抜いても僅かな雑草は存在し続けているように、そう簡単には根絶やしに出来ないモノ。
ならば未来の悪に対抗すべく、学ぶべき。
……うん、とても重要なコトですわね。
「少なくとも六本腕の内一本を潰せていた以上、多腕系にもそれなりに対処が出来ていたと言って良い。
腕を掴まれようとソレを利用し、追撃してきた他の腕を踏み台にしたのも高得点だ。戦い慣れしていない多腕なら制圧出来るだろうな」
「……そう思うと、及第点ってトコでしょうか」
「合格点だよ。ただ折るのは良かったが、投げ飛ばすのはもう少し腕を潰してからの方が良かったな」
「成る程」
「授業の話をしてるとは到底思えない会話よね」
変身餅はふふ、と笑いながらそう言った。
普通の会話のつもりだったが、そう言われてみると確かに中々過激な会話だったかもしれない。
・
コレはその後の話になるが、そういえば己はヨゼフ体術教師と変身餅の馴れ初めを聞いたコトが無かったコトに気が付いた。
「変身餅って極東の魔物ですわよね」
「ええ、そうよ」
「ヨゼフ体術教師とはどういう馴れ初めでパートナーになったんですの?」
「口説かれたの」
「ほほう」
「エメラルド、話せという圧でこっちを見るのはやめぬか。お主の目結構な圧があるのだぞ」
リスのようにぐりぐりした目なのでわからんでもない。
それでも気になるのでじっと見つめると、ヨゼフ体術教師は観念したように溜め息を吐いた。
「まず、儂が体術教師にスカウトされた時からなのだがな」
「ハイ」
「儂は遺伝で小人であるが故に、体術を教えるには少々厳しいのでは、と思った。組手をするにも対小人用の戦い方しか教えるコトが出来ぬし、生徒同士で組手をさせては可能性が狭まってしまう」
「生徒も混血多いですわよ?」
「多いが、ソレはその癖で覚えてしまう危険性があるからな。同じような混血である同級生は蹴りを入れる前に一歩下がるからその動きをした時に、とか考えるようになってはまずかろう?」
「成る程」
確かに、そういうモノだとインプットされるとキツイかもしれない。
「故にどうしたものかと思い、軽く気分転換に極東へ行き、ソコで変身餅の噂を聞いた」
「噂?」
「望む姿になれると唆して己を食わせ、化かす魔物だ、とな」
「うふふ、私を食べるコトでの変身には時間制限があるでしょう?永遠の変身だと期待して食べて変身しても、夢幻のようにすぐ解けてしまう。そうして落ち込むヒトを見て笑っていたのが私よ」
「わお」
変身餅が意外と性格悪子さんだったとは初耳だった。
ただの餅では味のバリエーションが無くて飽きるかもしれないから、と醤油を飲んだり黄な粉を食べたりして違う味の餅にもなれるようにしていたりする努力家だとばかり。
……まあ、極東の魔物って結構ヒトを化かす系多いそうですし、そんなモンかもしれませんわね。
狐系の混血なヨウコもよくヒトを化かして遊んでいたのでわからんでもない。
もっともヨウコは泰西人にそこまで心を開き切っていないからか、親しい相手くらいにしか化かしをしていないようだが。
「だが儂としてはとても素敵な魔物に思えた。何せ儂はこの体に対し、特に不満が無かったからな。ただちょっと指導側としては厳しいだけで」
「だから、「時間制限があるというその能力はとても好ましい。是非儂にそなたを食わせてはくれぬか」って、開口一番にそう言ったのよ、ヨゼフったら」
「このままでは体術教師なのに座学中心になってしまうのでは、と思っていたのでな」
「ちなみに変身餅の反応は?」
「元々私を食べるのは、今の自分に不満があるヒトばかりだったのよね。でもヨゼフにはソレが無かったから、面白いかもしれない、と思って」
「まあ最初は、海を渡る程の距離がある場所へ連れて行くのならばもっと最適な言葉があるだろう、と断られたが」
「そしたら少し考えて、「儂のパートナーになってはくれぬか」って言ったのよ」
「で、オッケーしたんですの?」
「ええ!そもそも食用系魔物である以上、理解した上で食べる為に求められるのは嬉しいコトだもの」
成る程、そんな馴れ初めがあったのか。
「その後も色々あったわね。私が体の一部である餅を渡す時とかに」
「どういうコトですの?」
「私がヨゼフに餅を渡す時って、口の中で餅を私から一旦切り離して、口の中でカタチを整えてから渡してるでしょう?」
「ですわね」
視ているのでわかる。
口の中に手を突っ込んで差し出すまでがワンセットだ。
……最初に見た時は驚きましたわね。
まあ色んな混血や魔物を見てきたこの七年を思うと、その程度は序の口だったワケだが。
尚変身餅は餅なので、口の中から餅を出そうと唾液塗れになっていたりはしない。
……そもそも餅自体、変身餅の体の一部ですしね。
人間で言うなら肉の破片のようなモノだ。
「とりあえず丸めた方が食べやすい……というか、変身する前に死なずに済むと思ってやっていたの」
「ああ、極東では餅って結構な頻度で死因になる食べ物でしたっけ、確か」
「そう。だから私としては丸めるコトが出来るならソレで良いし、取り出す位置にもこだわりは無いわ。ただ、耳だと小さいのしか作れないし、目玉として丸めたのを渡そうとしたら全力で拒絶されちゃって」
「儂はそれなりに常識がある側なのでな」
「あー」
狂人ならその辺気にせず食べるだろうが、常識人だと確かにその辺キッツイだろう。
まあイージーレベルである狂人の己もまあまあ「わお」くらいは思うので、常識寄りにはさぞ厳しかったと思われる。
「だからソレから、口の中で丸めるようになったのよね」
「他に比べれば幾分かマシだ」
「で、そういう色々があって、現在に至る、と」
「うむ」
「ふふふ、パートナー作りの参考の為なのでしょう?馴れ初めに関する聞き込みの理由は」
「聞いてる感じ結構人それぞれ感強いので、参考に出来るかは不明ですけれどね」
「違いない」
己が苦笑しながら言うと、ヨゼフ体術教師は頷きながら笑っていた。
ヨゼフ
遺伝により見た目が小人だが戦闘能力が高く、どんな体格に変身しようと問題無く戦闘可能。
能力視の魔眼を活用して生徒達の伸びしろを視て、適格に才能を伸ばしてる。
変身餅
臼の中から上半身が生えてるように見える餅の魔物。
極東に居た時は詐欺のような謳い文句に夢を見たヒトが悲しんだりする姿を見て笑ってたくらいには性格が悪い。