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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
七年生
219/300

呑気少年とパラスティックバウ



 彼の話をしよう。

 よく森で昼寝をしていて、痛いのが嫌いで、体術の授業の時によく泣き言を言う。

 これは、そんな彼の物語。





 発掘された古文書らしいメモを談話室で翻訳していると、シルビオに後ろからもたれ掛かられた。



「……シルビオ、ナンでわざわざソファの背もたれの間に挟まりに来るんですの?」


「んー、ナンとなく?ですかね?」


「疑問形で返されても」


「でもジョゼフィーヌも避けなかったから良いじゃないですか。共犯です」


「共犯って意味辞書で調べなさいなアナタ」



 鮮やかな赤い髪を揺らしてへにゃへにゃ笑うシルビオの顔を()て、ふぅ、と溜め息を吐く。



「つかナンとなくで挟まらないでくださいまし。わたくしがこの前かがみの体勢止めたらソッコでアナタはプレスされますわよ」


「まだ時間掛かりそうだったから良いじゃないですか。ところでナニやってるんですか?」


「仕事ですわよ仕事」



 古文書をヒラヒラさせて見せる。



「……ナンか、年代物っぽいですね」


「ぽいっていうか年代物ですわ。発掘されたらしい古文書ですの」


「エッ、ソレってそんな普通の紙みたいな扱いして良いんですか?」


「もっとヤベェのの翻訳したコトがある身からすりゃこのくらいの劣化なら問題ありませんわよ。多少荒い扱いをする程度で壊れませんわ。

マジでヤベェ古さのヤツは少し衝撃を加えただけで風化しかねませんもの」


「そんな古いのを翻訳したコトが?」


「ええ、ゲープハルトに「取り扱い注意だからねー」っていう言葉だけで任されましたわ」


「で、やり遂げたんですね?」


「アダーモ学園長に終わってから報告したら「ウッソだろ」ってドン引きされましたわよ。どうも相当に古かったようで」


「うわあ」



 それなりに大らかな狂人だが常識が無いワケじゃないアダーモ学園長は、感性は結構まともだったりする。

 そのアダーモ学園長も慣れがあるのか、多少の奇行やらには動じない。

 だがそのアダーモ学園長がドン引きともなれば、そのヤバさもお察しだ。


 ……いやまあアダーモ学園長、アレで結構昔のパーティ仲間相手になると若々しさが増すというか、現役っぽい反応を見せるコトが多いからよくあるコトっちゃよくあるコトですけれどね。


 どっちにしろアダーモ学園長は常に現役で若々しいが。

 しかしパーティメンバーを相手にした時の色々をあまり知らないのか、シルビオは引いたように口の端を引き攣らせていた。



「ところでジョゼフィーヌ、その古文書にはナンて書いてあるんですか?」


「小麦の粉とミルクと卵。途中ウシ飼ってる家の奥さんにあったら先日のお礼を言うコト」


「……メモ?」


「メモですわね」


「メモの翻訳……」


「わたくし達のノートとかも、五千年くらい後には古文書として翻訳されるんでしょうねえ」



 というか本気でメモの走り書き過ぎる。

 思わず雑な扱いにもなるというものだ。


 ……いやまあ、個人的にはこのくらいの方が気負わなくて良いので助かりますけれどね。


 こういうのも当時の暮らしを知る為の重要な資料の一つなのは事実。

 だが色々ヤッベェ研究資料の翻訳任されるのに比べればこっちの方が良いのもまた事実だ。


 ……とんでもねえ呪いの実行法とかありましたものね!


 あれに関しては触れた瞬間拒絶の余り思わず破きかけた。

 止められたが。


 ……んでやらかさないよう拘束されたまま遠目で読めたのを音読したらこりゃアカンってなって、結局燃やされましたわねー、アレ。


 依頼してきたヒトが良識あるヒトで良かった。

 まあ良識あるだけの狂人だからこそ、ヒトを拘束してでも解明したがったのは事実だが。


 ……ええ、わたくしとしてはこの世から消滅させるコトが出来ただけ良いとしましょう、ええ。


 羽交い絞めにされてまで読まされたのはワリと本気でイラッとしたが。

 悪なら反撃出来たものの、羽交い絞めにしたヒトも依頼したヒトも悪では無い為どうしようもなかった。


 ……紙の内容だけが悪でしたわ。


 今はもうこの世に存在していないから良しとしよう。

 人間の価値観では生きにくい天使の要素が強めに遺伝しているからこそ、こういう時の割り切りは大事だ。



「……つかシルビオ」


「ハーイ?」


「今日の体術、サボったでしょう」


「だって最近どんどんハードル上がってるじゃないですかあ……」


「重い」



 背中にのしかかった状態で体重を掛けないで欲しい。

 己は布団を干す物干し竿になった覚えは無い。



「ハードルっていうか、ヨゼフ体術教師はちゃんと生徒のレベルに合わせてくれてますわよ?」


「僕痛いのはイヤなんですよ」


「ならナンで体術取ったんですの」


「いや、お前はナンか抜けてるトコあるから一応鍛えるだけ鍛えとけって父に言われまして」


「あー」



 確かにシルビオは抜けてるというか、ぽやんとしている。

 生存競争から外れて昼寝してるタイプ。


 ……野生だったら生き残れるか心配になる感じの穏やかさですものね。


 穏やかというか大らかというか、抜けているというか。

 しかし納得した、と頷く。



「納得しないでください」


「アナタ実際抜けてるから納得もしますわ。というか痛いのがイヤって、そうも痛くありませんわよね?受け身さえちゃんと取ればセーフですわよ」


「いや、こう、ちょっとでも痛いともうアウトっていうか。マッサージでぐりぐりってやられると皮膚にその痛みがしばらく残って少し撫でられるだけでも痛い痛いってなりません?」


「んー、わかるようなわからんような、って感じですわね。ソレにどっちにしろソコまで痛くはありませんし」


「僕は痛いんですよ!あと毎回姿変えてくるのナンなんですかヨゼフ先生!大柄になられるとプレッシャー強くて怖い!」


「ヨゼフ体術教師のパートナー、変身餅ですもの。そりゃ姿くらい変わりますわ」



 それにヨゼフ体術教師は遺伝で小人のような見た目だ。

 そんなヨゼフ体術教師のままで組手をすれば、対小人用の動きしか身につかない。


 ……だからこそ、変身餅で頻繁に姿を変えて、ってしてるんですのよね。


 普通の身長から女性、大柄な男から巨人まで。

 そうして色んな体型で生徒に戦い方を教えるコトで、大抵の体型に対応出来るようにしてくれている。


 ……想定出来るかどうかって大切ですし。


 例えば戦いのプロであっても、ソレが二本腕の相手のみを想定していた場合、四本腕の相手が来ると動揺して負ける可能性が高い。

 動揺せずとも、応用するには難しいだろう。


 ……型がハッキリしている分、厳しいですわよね。


 だからこそ、ヨゼフ体術教師は様々な体型に変身するのだ。

 混血が多い今の時代、鍛えるならばどの体型にも対応出来るよう鍛えるのは重要な部分である。



「うー……僕もう今日は森で昼寝してきます」


「ハイハイ。次の授業には出なさいな」


「痛いから無理です」


「シルビオ、痛みは大事ですのよ?優れた再生能力が無い場合は痛覚が無いと怪我に気付けず気付いたら死んでた、ってなるかもしれないんですから」


「死んでたらもう手遅れだと思いますが……」


「まあソレはそうですけれど。でも大柄な男に絡まれて頭殴られるよりは、大柄な男になったヨゼフ体術教師と組手をして躱し方学んだ方が良いと思いますわ」


「……次の授業、考えときます」


「そうしときなさいな」



 シルビオの顔は渋々という感じだったのでまたサボる可能性は高いが、言うだけ言っとくのは大事だろう。

 あとは知らん。





 朝っぱらからシルビオが部屋に訪れたのは別に良い。

 今日は休日なワケだし。

 セイディは「じゃあ私は朝食前に談話室で食べられてくるわねー」と言ってビューティフルドラゴンを連れてってくれたので問題も無い。


 ……冷静になるとその言動に問題しかない気もしますけれど、まあまあまあ。



「んで、ナンの用ですの?」


「見ての通り、右肩から枝が生えたんですよ」


「ホントーに見たままというか……」



 シルビオの右肩から、枝が生えていた。



「コレはパラスティックバウっぽいですけれど……どーしたら寄生されるんですのよ。

ああ、いやでもアナタ森に昼寝しに行ってたりしてましたし、普通なら芽吹く時に気付くけどアナタ絶妙に鈍感ですものねえ……」



 痛みには喚くというのに。



「あ、やっぱりジョゼフィーヌはコレがわかるんですね?寄生系の魔物なんですか?」


「そうですけれど……魔物だとわかって詳細かナンか聞きに来たとかじゃないんですの?朝っぱらから」


「いえ、朝起きたらナンか凄くもぞもぞするなと思って見たら枝が生えてて。ルームメイトであるスタンリーに相談したら、魔物だとは思うがジョゼフィーヌに聞いた方が確実だろう、って」


「スタンリー、さてはウィズダムスケアクロウとの時間優先してわたくしに押し付けましたわね……?」



 ウィズダムスケアクロウに挨拶するのが朝の日課なのだから、ついでに連れて行って聞けば答えてくれただろうに。

 そちらに同行させずこちらに寄越したというコトは、完全にそういうコトだ。



「いや、というかナンで疑問も持たずにわたくしのトコ来てんですのよ。第一保健室行きなさいな」


「あー」


「成る程、わたくしに聞くという選択肢しか浮かばなかったと」



 持病の頭痛が痛い。



「……んで、シルビオ。ソレはパラスティックバウだと思いますけれど、説明は」


「してもらえると助かります」


「りょーかいですわ」



 溜め息を吐いてから、説明する。



「まずパラスティックバウとは寄生タイプの魔物。生き物に種を付着させ、ソコに植わって枝を伸ばす魔物ですわ」



 枝というか、見た目はグリーンカーテンみたいだが。



「ナニかに寄生しないと生きれない魔物であり、寄生先が死んだら死ぬという一蓮托生タイプの魔物でもありますの」



 まあコレは寄生型の魔物にはよくあるコトだ。



「なので寄生する際、寄生先の回復能力……要するに再生能力ですわね。ソレを植物レベルにアップさせますわ」


「具体的には?」


「腕が千切れても三日前後で元通り、みたいな。傷の深さにもよりますけれど、治るまでは蕾が花開こうとするくらいのスピードですわよ。だから過信はしないように」



 まあ他に比べたら時間が掛かるというだけで充分に早い再生なのだが、コレはあまり言わないでおこう。

 生命力も植物並みになっているのでぺちゃんこにされようと生存可能だが、そういうのを言った結果無理をされても困る。



「……あの、僕普通に痛いの無理なのでそんな怖い話されても反応に困るというか」


「あと痛覚も変化して、どんな怪我を負おうと痒み程度にしか感じなくなりますわ」


「パラスティックバウ愛してますありがとう僕に寄生してくれて!」


「いきなりナンだ!?」


「あれっ喋った」



 いきなりの告白に動揺したのか、慌てたようにパラスティックバウが声をあげた。

 不思議そうにパラスティックバウを見るシルビオに、パラスティックバウはチッと舌打ちをする。

 舌は無いが。



「まさかそんな言葉を言われるとはな……呑気な性格のようだから、黙っていればどうにかこのまま押し通せるのではないかと思い無言を維持していたのだが」


「ん?えーっと、つまりどういうコトでしょう」


「パラスティックバウって根っこごと引き抜いて燃やせば死ぬし、そうすれば寄生を外すコトが可能なんですのよね。

だから痛覚ほぼ皆無かつ比較的優れた再生能力を必要とする、切羽詰まってる系の魔物や人間と共生関係を結ぶコトが殆どで」


「……つまり?」


「アナタがのんびりタイプだから寄生魔物とわかったらソッコで処分されるんじゃと思ったんだと思いますわ。燃やされないにしろ、寄生先から引っこ抜かれたら死が確定する種族ですし」


「まさか!そんなコトはしませんよ!だって痛みが痒み程度に収まるなんて最高じゃないですか!離れたいって言っても離す気なんてありません!」


「離れたくても離れられないのが私だからお前が私を引っこ抜きさえしなければ離れるコトは無いが……」



 朝っぱらから突撃されたワリには丸く収まりそうだなと思いつつ、欠伸を零す。



「んじゃ、込み入った話は自室に戻ってしていただけます?どうも問題無いというか、シルビオ的にはありがたいタイプだったようですし」


「あ、ハイ、そうですね!ありがとうございましたジョゼフィーヌ!ご迷惑をおかけしました!」


「まったくですわよ、もう。問題無いなら良いですけれど」



 今日という休日は午前中をだらだら寝て過ごそうと思っていたのに、スタートから予定が狂ってしまった。

 寝直すにも微妙な時間だし、さっさと身嗜みを整えたら散歩にでも行くとしようか。





 コレはその後の話になるが、痛覚が痒み程度にしか認識出来なくなったから、とシルビオは体術の授業に積極的に出るようになった。

 痛みを感じないから全力で取り組めて楽しいらしい。


 ……いや、うん、まあ、結果オーライだし本人がソレで良いなら良いんですけれど、ね。



「パラスティックバウ、シルビオに迷惑掛けられてたりしませんわよね?相談乗りますわよ?」


「ジョゼフィーヌ、ソコで僕の心配じゃなくてパラスティックバウの心配するトコが本当にジョゼフィーヌですよね」


「どういう意味ですのよコラ。あと友人に関しては大丈夫だろうなってのがわかってるからこそ、そのパートナーの心配してるんですの。アナタは心配する必要が無いくらいのんびりしてるから大丈夫ですわ」


「ソレは逆に不安なような」


「……というか、私は特に迷惑を掛けられてはいないぞ。生態的に迷惑を掛けている側だしな」



 パラスティックバウはそう答えた。



「特に服による圧迫は問題無いというのに、シルビオは私を気にして制服デザインを変更してくれた」


「ああ、そういやデザイン変わりましたわよね」


「息苦しいかなって思って思いっきり右肩露出してるデザインにしてもらいました」



 ちなみに休日の朝っぱらに突撃カマした時は上半身タンクトップ一枚だった。



「まあ要するに私からすると恩しかないというコトだ。毎晩寝る前に痛覚をほぼ皆無にしてくれたコトへのお礼を言われておいて、迷惑だなどとは思わない」


「……なら、安心ですわね」


「とはいえ今なら色々出来るんじゃないかと言って無理な動きをした結果足の骨を折ったのは引いたが」


「そういやアレ思い返すと全然安心出来ませんでしたわ」


「アレは驚きました。でもすぐに治ったからセーフですよね」


「アレはカルラ第一保険医がくれた薬で治りを早めたからどうにかなっただけですのよ、シルビオ。

アナタ痛覚が無い分折れた足でそのまま歩こうとするんですもの。もしあのまま歩いてたら治るには時間が掛かるし、優れた再生能力のお陰で治ったとしても歪んだ形で固定されるトコでしたわ」


「あれ?他の再生能力優れた子はそういうの無さそうでしたけど」


「そりゃ再生のスピードが違いますもの」


「瞬時に再生するようなのは歪む暇も無く再生するから良いんだ。しかし私の能力では植物程度の再生力止まり。多少の時間が掛かるからこそ、再生時に歪んでいたらそのまま固まってしまう」


「……つまり?」


「次から気をつけろってコトですわ」


「成る程、気をつけます」



 頷くシルビオはキリッとした表情だが、いまいち信用ならない。

 というか痛みがほぼ無いというコトは、まあ良いかで流しやすいという欠点もあるのだ。


 ……痛みが無いからこそ、ですわよね。


 つまり気付かなかったテヘペロ、ともっかいやらかす可能性が高い。



「……パラスティックバウ、シルビオが無茶した時は頑張って止めてくださいまし。わたくしも力づくで止めれそうなら首根っこ引っ掴んで止めますから」


「ああ、私は物理的に止める力は無いが、シルビオとは一蓮托生の身。長生きしてもらう為の能力が長生きし辛い体を作ってしまうのには反対だからな。出来るだけ引き留めよう」


「ナンかいきなり仲良くなりましたね」


「女ってのは、悩みを共有すると仲良くなりやすいんですのよ」


「へー」



 悩みであるシルビオの顔には、よくわからないと書かれていた。





シルビオ

痛いのが苦手で、よく森で昼寝をしているのんびり系。

痛覚がほぼ皆無なレベルで無くなったのが嬉しくて無理な動きをしがち。


パラスティックバウ

ナニかに寄生しないと生きるコトが出来ない魔物であり、痛覚が鈍くなるからという理由でシルビオに受け入れられたのには安堵した。

だが再生スピードはあくまで植物寄りなので、骨折の際に骨が歪んだカタチで治り固定され長生きし辛い体になるのを避ける為、常にシルビオの体を気にしている。


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