制服作成者とシェイプメモリークロス
彼女の話をしよう。
学園の制服作成を担当していて、教師のようなそうじゃないような学園関係者で、生徒達からすると救いの存在。
これは、そんな彼女の物語。
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シャルル制服作成者は、与えられている作業室に大体居る。
ソコでパートナーであるシェイプメモリークロスと会話をしながら、来年の新入生用の制服デザインを考え、作っているのだ。
「……いつも思いますけれど」
「ナンだ」
「シャルル制服作成者が居なかったらわたくし達大分不便でしたわよね」
「アァ?」
暗く濃い紫色の髪を揺らし、シャルル制服作成者は怪訝そうに首を傾げる。
「俺はそこまではしてねえぞ。あくまでサポートだ」
「サポートっつっても、服が自然に修復されたり、汚れが残らなかったりするってだけで最高ですのよ?その上防火だったり防水だったりと色々機能あるじゃありませんの」
「そりゃこんだけ細かいアンケート取ってりゃな」
そう言い、シャルル制服作成者は紅茶を飲みながらテーブルの上に広げていたアンケート用紙を手に取ってヒラヒラ揺らした。
ヒラヒラというか、分厚さのせいで効果音をつけるならベゴンベゴンという感じだったが。
「体質やら身長体重、色々ある。だが俺がここに通ってた時は、生徒によっちゃ私服で貧富の差が大分見えちまってたからな。中等部や高等部に上がる頃には皆平等が根付いてたとはいえ、初等部はそうでもない」
「……いじめ、ですの?」
「多少な。つってもエメラルドみたいなヤツが自分のお古くれてやったりしてたから、いじめてるバカよりもいじめられてた子の方が良いモン着るコトになったり、っつーのがあってアレは面白かった」
「あー」
想像出来る。
「まあそもそもこの学園は学ぶ為の場所であって、いじめをして優越感に浸る為の施設じゃねえ。
実際授業を真面目に受けてりゃ世間がどんだけ厳しいかがわかるから、中等部や高等部の頃には皆大人しくなってるモンだ」
「主にモイセス歴史教師の授業とかヤベェですものね」
葬られたハズの歴史の闇を授業で詳しく説明してくれるので、歴史の裏側にとても詳しくなれるのだ。
同時に知りたくなかった真実を知る為、生徒達は身を守る術を身に着けよう、となるワケだが。
……歴史の闇を知った上で、自分より弱いヤツを虐げて優越感に浸ろうなんざ考えれるアホはいませんわよねえ。
優越感に浸る暇があったら己を磨く。
じゃないとあっという間に葬られる側だ。
「……とはいえ、私服で貧富の差どうこうよりも、混血だからこそ困ってるヤツも沢山居たけどな」
「まあ、でしょうね」
炎系の混血だと、服が燃えてしまうだろうし。
背中に羽が生えているだけでも穴を開ける必要がある。
「いや、多分だがエメラルドが思っているよりも沢山困ってたぞ」
「エ?」
「良いか?今でこそ服屋は混血向けの服も多数ある。わかるな?」
「え、ええ。多腕用の服とか置いてたりしますわよね」
置かれているとはいえ、買うのはその服が合うヒトだけだが。
体型云々以前に、いやある意味体型なのかもしれないが、多腕だけでも種類があるのだ。
……四つ腕、六つ腕とありますのよね。
その上、腕の位置が違うコトが多い。
肩の位置で複数の腕が生えている場合や、腕のすぐ下にもう一本腕が生えている場合、そして脇腹辺りから腕が生えているコトもある。
……だから基本的に、店員に頼んで採寸してもらって作ってもらうのが主流ですわね、そういう方の場合。
「だが昔はまだ混血の数が少なかった。混血が普通になり始めたのもエメラルド達の世代になった頃からだろう?」
「確かに、お母様が学園に通ってた時はまだ微妙だったとは聞きましたわ」
「そういうコトだ。混血の数が少ないというコトは、混血向けの服が無いコトで困る存在も少ないというコト。
今でこそ混血が主流になっているから混血向けの店も多いが、当時は本当に無かったからな。特注になるせいで無駄に金額が掛かったものだ」
「うわー」
「で、私と一緒に学園に制服とかどうかしら?って売り込んだワケ!」
くるくると宙に浮きながらそう言うのは、シェイプメモリークロスだ。
男の声なので分類的には男なのだろうが、まあ基本的にこういう無機物系魔物は性別という括りの外側なので、どっちでも問題は無いだろう。
「そういえばその辺詳しく聞いたコトありませんでしたわね」
「あら、そうだったかしら?」
「エメラルドはよくここに来るからすっかり言ったつもりだったが……」
「よく来るっつったって、制服のデザインを変更したいっていう友人の付き添いがメインですのよ?あとは他の教師からのお使い。
しかもそういう時はついでにコレ頼むって頼まれるせいでゆっくり話す時間なんてそう無いじゃありませんの」
「言われてみると、こうしてゆっくりお茶をするコトはあまり無かったな。大体がエメラルド付き添いの生徒の意見を聞いて、その場でザガザガッと作って、という感じだったし」
「そうねえ」
シェイプメモリークロスは頷くように揺れる。
「んー、ここで制服を作るコトになったコトについては最初から話した方が良いんじゃないかしら」
「最初から、となると……エメラルド、お前は俺が家出してこの学園に保護されたっつーのは知ってるか?」
「思いっきり初耳ですわ」
「ならソコから話そう」
フ、とシャルル制服作成者は笑った。
「まず俺の実家だが、クソだった」
「クソ」
「男だ女だのにうるさい前時代の遺物的な価値観の家でな。女ならばこうあれ、とかやかましいんだ。俺はあの家に居た時、食べるモノも着るモノも部屋の家具も、ペン一つに至るまで、俺が選んだモノは無かった」
「うっわ」
「うっわだろ?まあ俺の趣味が男っぽいからというのもあったんだろうが、女ならばこういうのを好むべき、みたいなのを押し付けられた。ソレがあまりに息苦しくて気持ち悪くて、限界が来て家出」
「ソコで私と出会ったのよ」
クスクスと笑いながら、シェイプメモリークロスは布であるその体を広げ、シャルル制服作成者を抱き締めた。
「寒空の下、彼女は震えてたわ。だから少しでも寒くないようにって思ってこうして抱き締めたら、シャルルったら何て言ったと思う?」
「ナンて言ったんですの?」
問うと、シャルル制服作成者が笑みを浮かべながら口を開いた。
「ナンか俺達の口調、お互いが入れ替わってるみたいじゃないか?」
「そんなコト言われて微笑まれたら、もう惚れるしかないわよね!だってそんなの、まるで運命みたいじゃない!」
「成る程」
チョロない?と思わなくも無いが、今までパートナーとしてやってきているというコトは運命の相手だった、というコトだろう。
運命の相手であるならば、理由などナンでも良いのだ。
……胸がときめけば、ソレが全てですわよね。
「そしてパートナーになって欲しい、って頼んだの。ホラ私の場合、布を消費しても魔力があれば回復出来るじゃない?柄こそ無地だけど、条件付きで無限の布っていうのは利点だし。
ある程度の長さで切って売って、ってすればお金を稼ぐコトは出来るんじゃないかしら、ってアピールしたりしてね」
「まあ俺は頷かなかったけどな。迷惑ばかり掛けるつもりは無かったから、一緒に居るコトが出来て、当分の身の安全や衣食住が保障される場所がある、っつってこの学園に来たんだ。幸い俺にはこの魔眼があったしよ」
「付与の魔眼、でしたわよね」
「そ」
シャルル制服作成者は紅茶を飲みながら頷いた。
「弱いのか単純に相性なのかは知らねえが、俺が色々を付与出来るのは布オンリーだけどな。
まあしかし魔眼があるっつーだけで、この学園にスカウトされる条件は満たしてる。いや、この学園特に条件らしい条件ねえけど、当時の俺からしたら、な」
「成る程」
当時のシャルル制服作成者からすれば、条件を満たしていれば助けて貰えるんじゃないか、となったワケか。
「ん、というか魔眼持ちなら優先的にスカウトされるハズですけれど、されませんでしたの?」
「女は家のコトをやるべきだ、学ぶなどとんでもない。ソレが実家の考え」
「あらまあクズですわねー」
「だろ」
うんうん、と二人で頷いた。
「んでここに入学して、当分は学園長が学費を負担してくれた。まずは学んで、将来働けるようになれってな。その後に返してくれれば良いってよ」
「で、制服を作ろうってなったんですの?」
「服装自由っつーのは良いが、ヒトによっちゃ厳しいだろうからな。
貴族だの庶民だの関係無いから、っつーコトでソッコでオッケーが出た。幸い女としての嗜みっつって手芸系は全般叩き込まれてたから服作るくらいは出来たし」
その結果誕生したのがこの制服というワケか。
シェイプメモリークロスの布は形状記憶タイプの為、破れようが燃えようが自動で修復される仕様。
……まあ、魔力を多少消費はしますけれど、本当に多少ですしね。
お陰でシワにもならないし、伸びてダルンともならない。
更にシャルル制服作成者が付与の魔眼で防火やら防水やらを付与してくれるので、正直言って私服よりも便利と言えるのがこの制服だ。
……とはいえ、私服は私服で着たりしますけれど、ね。
「だが制服とはいえ、ヒトによっては色々変わる。下半身馬の場合ズボンとか色々考える必要があるだろ?上半身の半分キノコが生えてるとか」
「だからこうしてデザインから考えてるんですのね」
「基本の型があるから、アレンジするだけな分楽だ。とはいえ二百人前後の生徒だし、シェイプメモリークロスの布を使うにしても魔力を渡して回復させる必要があるだろ?」
「ありますわね」
「私の場合、任意で色が変更出来るだけ良いわよね。そうじゃなかったら他の布を使うから付与するモノが増えちゃうし、色を変える魔法を連発するワケにも行かないし」
「色を変える魔法って色が使用者のイメージに依存するせいで、集中力切れると突然マーブル模様になりますわよねえ、アレ」
「ああ、アレは戻すのもまた辛い。そう思うと、シェイプメモリークロスが任意で色変え出来るのには本当に助けられてるよ」
「あらヤダ、照れるコト言ってくれるわね」
微笑むシャルル制服作成者に撫でられ、シェイプメモリークロスはクスクス笑った。
「さておきだからこうして一年掛けて来年の新入生用の制服を手掛けてるワケだが……そんな感じで制服を作るようになり、数が多いし殆どオーダーメイドになってるんだからこの学園に居た方が良いだろ、と言ってくれた学園長のお陰でここに住み込み状態だ。実際成長と共にデザイン変更するコトも多いしな」
「パートナーが出来てデザイン変更、とかもありますわよね」
「あるある。そして混血の子に多いが、私服も作ってもらえないかと言ってくれたりするから嬉しいぜ。
制服作成に関してはありがたいコトに学園長からお給金が出るが、生徒とのそういう個人的なやり取りがあると、かつて学ぶコトすら許されなかった俺は今生徒に認められる程の一人前になれたんだ、と思えるし」
「実際皆、そうやって臨機応変に対応してくれて、私服まで作ってくれるのはとても助かってるみたいですしね。ズームォとか」
「ああ、自殺して呪う子か。死ぬ度にリセットされるとはいえ、蘇生時に素っ裸になるからそうならないよう付与した結果、蘇生時に制服着てる状態だから助かる、と言ってくれてたな」
「中々の言い方だけど、事実なのがこの学園の凄いところよね」
「ですわね」
パワーワードだらけにも程がある。
・
コレはその後の話になるが、シャルル制服作成者は中々作業室の外に出ない。
「自室にすら帰ってませんわよね、シャルル制服作成者」
「戻る暇があったら寝る」
「シャルルってば、仕事人間っていうか……まあ、こういうのが好きだからっていうのもあるんでしょうけれど」
シェイプメモリークロスは苦笑するように言う。
「いっつも仕事のコト考えてて、全然休んでくれないのよね。無理に休ませようとする方が無理しちゃうから毎回休ませるのが大変なのよ」
「ソコまで根詰めてるワケじゃねえハズなんだが」
「では聞きますけれど、最後に外出したのは?あ、学園の外にですわよ」
「…………ひぃ、ふぅ、みぃ?」
「ちなみにその指、単位は?」
「年」
「三年学園の外に出てないんですの!?」
「出る必要が無かったからな。図書室行けば最近の流行は大体わかるし、生徒に聞けばどうにかなるし。なにより俺はウィンドウショッピングが合わないタイプだから店をはしご出来ねえんだよ」
「すぐグロッキーになるのよね」
「そんな仕事人間をシェイプメモリークロスはどうやって休ませてんですの?」
「正直言って最初は放置してたんだけど、学園長が「流石にソレは俺がブラック認定されるからちょっと」って言ってね。
で、とりあえずノルマ決めるコトにしたの。これをクリアしたら今日の仕事終了だから絶対に休むように!って」
「ノルマって本来ここまで終わらせる、という感じだったハズなんですけれど」
「シャルルの場合、ソコまで終わったら本日の業務終了!って意味で使われるわね。じゃないと休まないんだもの」
「今はノルマがあるから休んでるだろ。仕事をだらだらやる気はねえからソッコでノルマクリアできるしよ」
「ちなみに聞いておきたいんですけれど、ノルマが無かったら?」
「そりゃ出来るだけの仕事終わらせるけど」
「シェイプメモリークロス、アナタとっても大変ですのね」
「わかってくれて嬉しいわ、エメラルド」
シェイプメモリークロスをポンと叩けば、そう返された。
自分自身への扱いが雑なフェリシア機械教師を思い出す。
彼女もまた自分のコトに無頓着過ぎた為、パートナーであるアイアンハンドツールが色々管理していた。
……まあ、この学園の教師陣って殆どが研究者気質だからそんなモンなのかもしれませんけれど……。
心配してくれるパートナーの為にも、もう少し自分に頓着しても良いんじゃないだろうか。
シャルル
実家の束縛から解放された反動ではなく、元々素で男らしい性格。
かなりの仕事人間なのでノルマという終わりが無いと、ひたすらにやり続けてやり遂げて倒れて余裕が出来た日数分寝込む。
シェイプメモリークロス
どれだけ布を消費しようと魔力を得るコトで回復出来る上に、色も厚さも質も任意で変更可能という布の魔物。
形状記憶タイプの布であり破れようが伸びようがすぐ元通りになる為、生徒達の制服に用いられている。