脳筋少年とミートレディ
彼の話をしよう。
脳筋で、生粋の人間でありながら人外染みていて、限界を超える程にバカ。
これは、そんな彼の物語。
・
森の方からヤベェのが走ってこようとしたのが視えたので、丁度よく近くにあった鉄の棒を足でひょいっと持ち上げ、横に放る。
綺麗に通せんぼ用の棒みたく一の字状態になった鉄の棒は、次の瞬間弾け、遅れてパァンという音と共にジェホシュが転がった。
……あーらら、鉄の棒が鉄の欠片に……。
足元にあった小石を散らばる欠片達にぶつけて相殺したから良かったものの、下手したら周辺に散らばっていたところだ。
ほぼ地雷。
「う、ぐ、ぐ……」
地面に仰向けになって転がっているジェホシュは乱れた薄いピンク色の髪を撫でるように押さえつけ、唸りながら起き上がった。
「ナニが起きた!?」
「音速レベルで走って来て鉄の棒に激突して一瞬気絶してたんですのよ、ジェホシュ。よくまあ目覚めてソッコでそんな大声出せますわね」
「ん、ジョゼフィーヌか。ふふん、俺は強いからな。強さはイコールで強さだ!だから俺は多少のコトには負けん!」
「頭脳的な意味では大敗しているような、ある意味一周回って勝ってると言えるような……」
相変わらずのジェホシュに、己は苦笑いするしかない。
ホント、相変わらずの脳筋だ。
「つかアナタ生粋の人間でありながらよくまああんな速度で走れますわね。体とか大丈夫ですの?うっかり指の一本くらい千切れてたりしません?」
「いつも思うが、ジョゼフィーヌは心配しながら凄く恐ろしいコトを言うよな」
「心配してるからこそ、ですわ。というかそういう恐ろしい心配をしなくちゃならないコトしなきゃ良いだけでしょうに」
「だが俺は限界を超えて強くなりたいから多少の無茶はすべきだろう!実際頑張って頑張って頑張った結果、音速の壁は突破した!」
「アナタ、アホさ加減で世界に勝ってるから凄いですわよね……」
「バカにしているのか?」
「や、七割方褒めてますわ」
「四捨五入すれば完全に褒めているな!ならば良し!」
三割方バカにしているというのは広義的に考えると普通にバカにしていると思うのだが、彼本人は気にしていないし、正直言って事実なので仕方がない。
……物理とか一切理解出来ないくらいの馬鹿なせいで、物理限界超えてますものね……。
よくわかんないからめっちゃ頑張ればどうにかなる、というアホな脳筋理論で実際どうにかするバカがジェホシュだ。
片足が沈む前にもう片足を前に出せば水には沈まないとかいうアホみたいな説を、実際にやってのけた辺りがもうアンノウンワールドの人間だな感が凄い。
……世界の法則とか超えてますものね。
未知が無限にある世界とはいえ、出来て良いのかよくわからないが。
まあ理解出来ていないからこそ出来たようなモノだろうと思うとうーん。
……うん、下手に考えると脳みそこんがらがりますわね!
害は無いから放置すれば良いだろう。
もっとも今さっきのは普通に害があるので、注意しなくてはいけないが。
「……で、ジェホシュ?アナタ森から音速でダッシュして中庭まで直行しようとしてましたわよね」
「まあな。何故か前方に浮いていた鉄の棒に通せんぼされて俺自身の勢いのまま弾かれたが」
「さて、ここはドコかわかります?」
「管理人の家前」
「そう、その通り。ヒト気が少ない場所ですわね」
丁度ランベルト管理人は見回り中だし、リンダ管理人はお休み中でとても静かだ。
「で、中庭に行ったらヒトがわんさか居るってコトくらいはわかりますわよね?」
「バカにするなよジョゼフィーヌ!そのくらいはわかる!」
「じゃああのスピードでヒトが多いトコに行ったら風圧やらでどうなるかは?中には体が脆くて弱い生徒も、脆くて弱い魔物だって居ますのよ?」
「俺は強いから大丈夫だ!」
「アナタが強いのと関係ありませんのよコレ。あとあのまま走ってたら確実にブレーキ掛けれなかったと思うんですけれど、どうやって止まる気でしたの?」
「…………まあ、どうにかなるだろう!」
「具体的には」
「ぶつかる」
「ソレで人間に当たってたら普通に肉塊になるんですのよー?」
「あだだだだだだ!すまんすまんすまん!」
アイアンクローをカマせば素直に謝罪したので解放する。
「うぉー……俺強いハズなのにイッテェー……」
「痛い箇所狙って掴みましたもの」
少々どころじゃなくヤンチャな友人達と七年もの間つるんでいればそのくらいは出来るようになる。
色々頼まれるお陰、というか頼まれるせいで握力も強くなっているのでアイアンクローの攻撃力も高めだ。
……ええ、ホントーに貴族の娘が持つスキルじゃ無い気がしますけれどね!
まあ貴族の娘に戦闘系本能が備わっている辺り、今更過ぎる気もするが。
元々貴族に向いていない魂なのだろう。
「だが、肉塊になるといってもそんなコトが起きるハズ無いだろう。たかがぶつかった程度で。今だって俺は鉄の棒にぶつかったが少し気が遠くなっただけだ。そういえばあの通せん棒はどこへ行った?」
「それならアナタに接触した瞬間粉砕されましたわ。周囲に散らばってる鉄の破片がその鉄の棒の哀れな末路ですの」
「鉄って脆いんだな」
「言っときますけれど人体は柔軟性がある分鉄よりも脆かったりしますのよ。鉄ですら粉砕させるスピードで人間にぶつかったらどうなると思ってんですの?」
「コケる」
「人体爆散するのが普通ですのよこの物理法則の外側野郎」
「ソレはもう悪口なのかどうかすらわからないんだが罵倒用語か?」
「罵倒のつもりで使いましたけれど正直言ってただの事実なんですのよね、コレ……」
「事実を罵倒に用いられたらしい俺はどういう反応をすれば良いんだ」
「今後あの速度で走るな」
「ソレは無理だな!」
キッパリと良い笑顔で断られた。
「俺はいつでも限界に挑戦している!拳圧で地面をめり込ませたり、天井に立ったりとかもやり遂げた!」
「アナタちょいちょい天井に立つの止めなさいな。巨人用にこの学園の天井は高くされてるとはいえ、ウルスラが時々ぶつかりそうになってますし」
「基本的にはぶつからないんだが、ウルスラは背が高いからな」
「あと時々落ちて誰かを下敷きにして事故るのも止めなさいな」
「今のトコロ下敷きになったのは頑丈だったり反射神経が凄いヤツばかりだからセーフだ」
「一回わたくしの上から落ちたのは」
「まさか姫抱きされるとは思わなかった」
「わたくしも天井から落ちてきた男のクラスメイトを姫抱きするとは思いませんでしたわ」
どういう会話だと思わなくもないが、実際にあったコトだから困る。
しかしあの時はあのキャッチの仕方が一番被害が少なかったのでつまりわたくし悪くありませんの。
……双方の被害を最小限にするとあのキャッチの仕方がベストだったから、ええ、仕方ありませんわよね!
「まあとりあえず、一旦大浴場で汗流してきなさいな。汗だくですわよ」
「凄く速く走ろうと思って頑張っていたからな!何度か失敗して倒れていたから仕方がない!」
「まさかとは思いますけれど、今日授業に出てなかったのって」
「早起きをしたから少し頑張ろうと思ったらやらかした!」
「あのねえ……」
この学園で授業をサボる生徒は皆無に近い為、欠席が居ると結構目立つのだ。
もっともジェホシュは授業を忘れ、というか時間自体を忘れて没頭するからよくあるコトだが。
……そして教師は教師で、サボりに関してはナニも言いませんのよね。
アンセルム生活指導もサボりはスルーだ。
何故かというと、サボった結果は自己責任だから、らしい。
……アダーモ学園長がそう言ってましたわね……。
サボって学ぶのを怠り、将来生活に苦労するのは本人。
真面目に学んでいれば自分の実になる。
……そして自業自得の自己責任だからこそ、教師は手出しをしない、と……。
留年させてまで学ばせたり、サボりを叱ったりとかはしない。
その結果仕事に就けず飢えても本人の自業自得であり、因果応報。
真面目にやるなら面倒を見るが、そのつもりが無いような、生き残る見込みの無いモノへかける情は無い。
……アダーモ学園長って、コミュ力高めで面倒見良いヒトではありますけれど、見限る時見限りますわよねー……。
主に世間を舐め腐っているヤツとか。
しかし授業態度云々は無視して、逞しく生きれるだろう生徒には優しい。
その為逞しく生き抜けそうなジェホシュは気に入られているので、まあ大丈夫だろうが。
……ナンというか、そういうやたら切り捨てが早いトコは、アダーモ学園長も流石ゲープハルトと同じパーティに居ただけはありますわよね。
まあ狂人は基本的に他人への興味が薄い為、そう他人を心配する方が珍しい。
つまり教師達が変なトコサッパリし過ぎているのは通常というコトだ。
「んー……ま、うん、ジェホシュはバカだけど乗り越える力だけはあるから大丈夫でしょう。真面目に勉強してても理解出来てませんし」
「バカにするなよジョゼフィーヌ。俺は体術の授業では好成績だ」
「他は」
「さて、大浴場に行くかな」
……ジェホシュ、剣術の授業すらも微妙ですものねえ……。
扱えないワケでは無いのだろうが、うっかりで自分の持つ武器で怪我をしがちなのだ。
故にこう、微妙な成績。
「ところでジョゼフィーヌ、廊下は走っても良いと思うか?」
「走らないようにと推奨されていますけれど、まあ他人に迷惑さえかけなければセーフですわね。禁止はされていませんし」
「ならさっきと同じような速度で」
「罪も無い通行生徒を肉塊にして廊下の壁をズタボロにして窓ガラス全部割りたいんですの?その前にアナタを屋上からほり投げますわよ」
「ほり投げられても俺は壁を歩けるから問題は無い」
「アナタ一回習得したらそのまんま使用可能になるのが面倒ですわよね……とりあえず廊下を走るのは却下で」
「ジョゼフィーヌがそう言うなら止めておこう。ジョゼフィーヌは敵に回したくないからな」
「敵にって……わたくし基本的に悪相手でさえなければ中立ですわよ?」
「ジョゼフィーヌの場合、本人がそうでも周囲の友人がそうじゃないだろう。お前に恩があるからといってお前の敵を潰して恩返し、を考えているヤツなんてどれだけいると思ってるんだ」
「居ないと思いますけれど……具体的に名前出せます?」
「ロザリー」
「おっと否定出来ない」
あの王女とはルームメイトだったコトもあり結構仲が良いのだ。
そして通常で結構ぶっ飛んでたりするロザリーなのであり得なくもない。
「あとリナとかコトノとか」
「ストップストップストップ」
まだ続きそうだったジェホシュの口を手で覆い止める。
確かに全てを赤色に染めるリナ、そして血涙刀関係でやたらとノロケてくるコトノとは仲が良いし、あり得なくもないが。
……ワリとガチであり得る人選なのが問題ですわ!
コレ以上名前を聞いたらメンタルがガリゴリ削られそうだ。
「うん、まあ、とにかくソレは置いといて、お陰でアナタが大人しくしてくれるなら幸いというコトで、ええ、纏めましょう」
「俺は廊下を走らないだけで大人しくなるつもりはないが、ジョゼフィーヌがソレで良いなら多分良いと思うぞ」
ニッコニコな笑顔でどうもありがとうと言いたいが、この心労はジェホシュが原因なのを理解しているんだろうか。
理解していない気がする。
・
コレはその後の話になるが、ジェホシュは知らん間にパートナーを作っていた。
ホントに知らん間にパートナーが出来ていて驚いた。
「……あの、ジェホシュ?そちらの方って」
「ミートレディらしい」
「どうもぉ、ミートレディですよぉ」
そう言ってニコニコ微笑んでいるのは美女だが、肉だ。
彼女は食用系魔物であり、見た目は美女だが余すところ無く肉で出来ている魔物である。
……しかも気難しいタイプなのに、よくまあパートナーになってくれましたわね……。
ミートレディは食用系魔物の中でも気難しく、自分が食べられるに値すると判断した相手にしか自分を食わせないタイプだ。
とにかく食え食え迫ってくる食用系魔物の中では珍しい。
……でもその分、美味しいらしいんですのよね。
相手の好む味になるし、魔力を得れば回復が可能。
まあ気難しくプライドが高い相手に一口食べさせて、なんて言って機嫌を損ねたくはないのでそんなコトを言う気は無いが。
女神と会話するコトが多い分、その辺りはわきまえている。
「えっと……馴れ初め、というか……ミートレディはどうしてジェホシュのパートナーに?友人として言わせていただきますけれど、世界の法則を理解出来ないからこそ限界を超えるくらいのアホですわよ」
「ジョゼフィーヌ、酷くないか」
「確かにジェホシュがおバカさんなのは事実ですねぇ。一周回って天才かと思いきや回り過ぎておバカさんよりおバカさん、って言いますかぁ~……」
「ミートレディまで!?」
「だからこそぉ、ソコが良いんですよぉ」
ミートレディはピンク色の目を細め、ニッコリと微笑んだ。
「自分の限界を超えようとしてぇ、限界になって倒れてたりするんですよねぇ、彼ってぇ」
「あー、よくぶっ倒れてますわね」
見かける度に水ぶっ掛けて起こすので知っている。
「そのガッツが良いって思ったのでぇ、倒れている時口に指突っ込んだんですよぉ。そしたらジェホシュってばぁ、私の指をもぐもぐ食べ始めてぇ」
「美味かった」
「でぇ、食べたんだから責任取ってもらいますよぉ、ってパートナーにぃ」
「まさかの押し掛けタイプ……」
まあ自分が認めた相手にしか自分を食べさせないミートレディだと思うと、まさかという程でも無いのか。
プライドが高いとはいえ食用系魔物な為、食べられたいという本能はある。
だからこそ御眼鏡に適う相手が居れば、無理矢理にでもパートナーになり、自分を食べてもらおう、となるのだろう。
「アレは正直驚いたな……倒れていたら口の中に肉の味が広がって思わずガツガツ食ってしまった。そして体力が回復したとか、良い夢だったなとか思って目を開ければ美女が目の前だぞ。正直脳みそ壊れたかと思った」
「アナタの脳みそはいつでもぶっ壊れてるから大丈夫ですわ」
「そうか!……そうか?」
納得しちゃいけないと思うのだが、ジェホシュは納得してから困惑し、まあ良いかとでも言うように頷いた。
まあ本人が納得出来たなら良いとしよう。
「さておき、食ったのならば責任を取れと言われてな。確かに!と思ってパートナーになった」
「確かに!で納得したんですの?」
「食ったのは事実だろう」
「…………まあ、アナタが納得してるんなら良いんですけれど」
相変わらず思考回路が直通過ぎて逆に理解出来ない。
「んふふぅ」
ミートレディはそんなジェホシュの頭を撫でながら、満足そうに微笑んだ。
「ジェホシュはおバカさんですけどぉ、頑張り屋さんですからねぇ。倒れるまで頑張る度に補給として食べてもらうつもりなのでぇ、このくらいおバカさんなままの方が私好みですよぉ」
「ミートレディ、俺に対して酷いコトを言っていないか?」
「事実しか言ってませんよぉ~」
「なら、良い、のか?」
良くは無いと思うが良いとしておこう。
己は追及しないという選択肢を選べる天使。
「ああ、あとジェホシュに言っておきますけどぉ、今日から食べるお肉はぜぇんぶ私のお肉しか食べちゃ駄目ですからねぇ?他のお肉なんて口にしたらぁ、その舌抉って切り落としますからぁ」
「抉ってから切り落とすとか完全にオーバーキルだと思うが……それなら食堂に行って、先にミートレディの肉を提供してコレで作ってくれと頼むしかないな」
「個人的に誰かの手に調理されるのは好きじゃないんですけどぉ、まあ肉単体じゃ味気ないから仕方ありませんねえ。私のお肉の場合は味もありますけどぉ、視覚的な情報も大事ですからぁ」
色々ツッコミどころがあったように思うが、ジェホシュの反応はソレで良いんだろうか。
まあでも会話はともかくとして平和だし、己が巻き込まれているワケでも無いのだから良いとしよう。
そう思い、早くも存在を忘れられたらしい己は読書を再開した。
存在を忘れられるのには慣れている。
ジェホシュ
殴って、戦って、勝って、以上!というレベルで単純な思考をしている。
物理法則を理解していないバカだが、理解出来ないが故にソレを超えようとして実際にやり遂げるという正に常軌を逸したバカ。
ミートレディ
見た目は人間の美女だが目の色がピンク色であり、血などは流れておらず全身ソッコで食べれる肉。
自分が認めた存在にしか食べられる気は無いという、食用魔物の中では珍しいプライド高めなタイプだが、その分一度気に入ると一気に距離を詰めて来る。