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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
七年生
216/300

成功少年とディスペアクロス



 彼の話をしよう。

 失敗らしき失敗をしたコトが無く、努力の分だけ報われて、挫けたコトが無いメンタル。

 これは、そんな彼の物語。





 食堂で、向かいに座って豆のスープを食べているエクトルを見る。



「……エクトルって、ナンかこう、凄いですわよねえ……」


「ナニが?」



 エクトルは明るく薄い紫色の髪を揺らして首を傾げた。



「いやだって、失敗らしい失敗してないじゃありませんの」


「コップの中身零したり、ナニも無いトコでコケたりとかはしてるよ?」


「ナニも無いトコでコケる時、大体アナタの頭の上をナニかが通過してる時ですわよ」


「エッ」


「幸運に愛されてる、ってヤツかもしれませんわねー」



 要するに彼がコケる時は、大体回避の為の動きになっているのだ。

 彼に自覚は無いようだが。



「うーん……まあ、運が良い自覚はあるかな」



 エクトルはスプーンを咥えながらそう言った。



「くじ引きで一等を出したコトは一回だけだけど、ナニ引いても必ず三等から五等のドレかが当たるから残念賞になったコトは無いし」


「あら、良いですわね」



 己の場合はこの目で透視してしまうので自主的にやらないようにしている。

 やるにしても最後の一人枠だ。

 じゃないと反則になってしまう。


 ……普通にしてるだけで反則ですものね。


 まあお陰で遠巻きからのほほんと見守れると考えると、ソレはソレで良いコトなのかもしれないが。



「ソレに残酷なモノを見たりするコトも無いね」


「エッ?」


「うん?」


「あちら、ちょっと、ルック」



 食堂の一角を指差す。

 そちらではロニーがスモークコヨーテに左腕を食わせながらニコニコ笑ってトマトサンドを食べていた。

 その横ではセイディがミルクリゾットを食べながら、ビューティフルドラゴンによって自分の分身が食われているのを笑顔で見つめている。


 ……端的に言って狂気の沙汰みたいな光景ですけれど……。


 しかしコレが日常なのがアンノウンワールドだ。

 そんな残酷極まりない光景を見て、エクトルは頷き、ニッコリと笑う。



「日常かな」


「まあ確かにソレは否定出来ませんけれど」



 事実だし。



「でも残酷なの見たコト無いって言っておきながら、思いっきり見てますわよね?」


「うーん、残酷なのというか、こう、トラウマになるようなのを見たコトが無いっていうのが正解なのかも」


「アレ常識人なら相当にトラウマだと思いますわよ」


「残念ながら僕はソコまで常識人じゃないから。ジョゼフィーヌと同じで」


「つまりイージーレベルの狂人ってコトですわね」



 異常であるという自覚があるだけ良い。

 異常であるという自覚が無く、常識人だと自負している狂人程ヤベェヤツは居ない。



「でも、だからこそちょっとアレなんだけど」


「アレ?」


「平和なのは良いんだけど、コレで良いのかな、っていうのはちょっとある。嫌いがいまいち無いからさ。好き嫌いも無いし、嫌いになるだろう色々は勝手に僕から遠ざかるから認識するコトすらも無い」


「めちゃくちゃ羨ましいコト言ってる自覚あります?」



 接触するとバーサクスイッチ入るからと出来るだけ接触しないようにしているのに、愚か者の方からわざわざ接触してきやがる己に対する自慢かナニかだろうか。

 向こうから遠ざかるとか羨まし過ぎる。


 ……わたくしの場合、何故か近寄られますものね!


 正直言って接触される度に叩き潰しているのだから、いい加減学習して欲しいのだが。

 何故皆自分ならセーフとかアホみたいな発想で喧嘩を売ってくるのかがわからない。


 ……愚か者、ですものね。


 愚か者になる程知能指数が低いアホならその程度のコトを理解出来なくても仕方がないのかもしれない。

 愚か者にだって脳みそというパーツは存在しているハズなのだから、もう少し有効活用すれば良いのに。

 アホな愚か者だから使い方すらもよくわかっていないのだろうか。



「ジョゼフィーヌ、今凄く酷いコト考えてる顔してた。考えてた?」


「エ?いえ、特には。愚か者は頭部ちゃんとあるクセに頭使えてませんわね、くらいのコトしか考えてないので普通ですわよ?」


「通常から結構毒凄いよねジョゼフィーヌって」


「毒っぽくならないように脳内でも結構抑えてるつもりなんですけれど……」



 あんまり度が過ぎるマイナス言葉を用いると天使的にアウトなので、これでもちゃんと抑えられているハズだ。

 暴言などはよろしくないのだから。


 ……ええ、というかそもそも暴言吐くつもりが無いので暴言のボギャブラリーがいまいちありませんしね!


 愚か者に対しては事実しか言っていないのでどうしようもない。

 死ねとかの直接的なよろしくない言葉を用いていないだけ偉いのでつまりわたくし悪くありませんの。



「まあさておき、イヤだなって思ったコトが無いっていう。だから僕の認識している世界は好きなモノで溢れてて平和なんだけど、だからこう」



 スプーンで豆のスープを掬って飲んで、溜め息を吐きながらエクトルは言う。



「……僕、浅いんだよね」


「浅い」


「深みが無いっていう自覚がある。平和で凄く良いとは思うんだけど、酸いも甘いも無いんだよ。ずっと甘いから、それが甘いというのはわかるけど、甘い以外を知らないっていうか」


「知らないでいられるなら、知らない方が良いコトだと思いますけれど」


「でもそんなの、つまんないよ」



 エクトルはそう言って、スプーンでスープをくるくると掻き混ぜた。



「山も谷も無くて、波が無くて……」


「要するに退屈だと」


「ちょっと違う。退屈なのはそうなんだけど、ソレは平和ってコトで、平和じゃないのを願ってるわけじゃないんだ。平和は平和でとても嬉しい。辛いコトを味わいたいワケでも無いし」


「まあそりゃそうですわね」


「ただこう、ホラ、退屈じゃないかなって」



 表情からナニを言いたいのか察し、成る程と頷く。



「つまり、他人から見た自分が退屈な人間に思えるんじゃないか、ってコトですの?」


「そ」



 エクトルはパンを残り少ないスープに浸して食べ始めた。



「自分でも頑張ってるつもりはあるけど、僕は頑張った分だけ報われてる。その分だけ実が結ばれるんだ。劇的に実を結んだりはしないけど、確実な実が。そして挫折したりとか、壁があったりとかはしなくって」


「アナタさては波乱万丈系の実録本読みましたわね?」


「あれ?ナンでわかるの?」


「そりゃわかりますわよ」



 今までそういうのをまったく気にしていなかったのに、急に気にしているとなれば流石に察する。



「別に、生き物である以上個体差なんざ無限にあるんだから気にするようなこっちゃありませんわよ。

波乱万丈っつったって、わたくしみたく友人に巻き込まれて人身売買系の闇オークションの商品として捕まったりしたくはないでしょう?」


「待ってジョゼフィーヌ一体どういう経験してるの?」


「色々」



 トラブルに愛されてはいないが、トラブルに巻き込まれる率がやたらと高い。

 トラブルを発生させたり、トラブルが舞い込んで来たりはしないのだが、残念なコトにトラブルを背負ってる友人が巻き込んでくるのだ。


 ……ま、ソレで友人が無事ならソレで良いんですけれど。


 ただまあ面倒臭いのは事実なので本当勘弁してほしい。

 そう思いつつ、友人に万が一があるのもイヤなので、助けを求められない時は自分から最低限の助けを提供したりはしているが。


 ……要するにトラブルがわたくしの友人に絡みついてくるからヤなんですのよね!ホント!



「まあ要するには人間それぞれ違うんだから気にすんなって話ですわよ。アナタ悪と接触してバーサクモードになったりもしないでしょう?」


「それはまあ、当然」


「つまり個体差だから気にするだけ無駄ですわ。わたくしはバーサクしないようにっていうコントロールが出来ないから、悪と接触してもバーサクしない、なんて夢なんざ見ませんもの。

んなモンはソッコで諦めて出来るだけ素早く悪を潰して平和な時間を増やしゃわたくしの勝ち」


「もしかしてジョゼフィーヌって全てを勝ち負けで判断してたりする?」


「いえ、基本的には善と悪」


「うーん、色々そうハッキリと言い切られると、ナンだか個体差なら仕方がないかなって気になってきたかも……」


「そうそう、しゃーなししゃーなし」


「僕のこの深みの無い浅さも、また僕の特徴、ってコトかな。ジョゼフィーヌが悪にバーサクするのは特徴みたいな感じで」


「あの、色々言っといてナンですけれど、わたくしソレを特徴にした覚えありませんのよ?」



 そりゃ遺伝的にはソレが一番の特徴ではあるだろうが。





 兄からの連絡を受け、どうしようかと悩む。


 ……ディスペアクロスを発掘、って言われても困りますわ……。


 ディスペアクロスは十字架の魔物であり、触れている対象の記憶から絶望的なトラウマなどをフラッシュバックさせる魔物だ。

 基本的に絶滅したんじゃ疑惑がある昔々の魔物なのだが、発掘されたらしい。


 ……学園なら色んな生徒が居るから、ディスペアクロスと一緒に居ても平気そうな生徒は居ないか、って言われても……。


 ディスペアクロスは、昔々にあった宗教戦争の際、改宗させようとして作り出された魔物である。

 リアルタイム感満載の臨場感なので、その十字架に触れているヒトは恐怖に呑まれ、十字架を手放す。


 ……そして十字架イコールそういうトラウマっていうのを植え付ける、んでしたわね。


 そうやって改宗させる、というトラップ染みた魔物である。

 現代では宗教とかその辺が大分緩くて雑になってるし、神自身が結構フリーダムなので戦争とかは発生しない。


 ……ええ、神を怒らせたりさえしなければ、ですわね!


 もっとも宗教家が勝手に戦争発生させた場合の方が神激おこ案件だったりもするが。

 神的には自分の名前使って勝手に喧嘩売るとか神の面に泥塗る気かコラ、という感じらしい。


 ……人間の尻拭いさせられるとか、中々にハードですわよね、神や女神も。


 さておきディスペアクロスだ。

 保護したままというのは兵士達のメンタル的にあまりよろしくないだろう。


 ……触れなければ良いとはいえ、常識人からしたら堪ったモンじゃないでしょうし。


 狂人なら気にもしないだろうが。

 そう思っていると、目の前をエクトルが通った。



「あ、居た」


「うん?って、え、ちょ、ナニどうしたのジョゼフィーヌ力強っ」



 エクトルを逃がすまいと肩を掴んだ。

 動揺させてしまったようだが、フリーだったりトラウマとか無いだろうコトを考えると最高に都合の良い人材と言える。

 コレも運命。



「エクトル、エクトルってトラウマとか絶望とかって味わったコトあります?」


「突然怖い話振ってくるね?知っての通りそんなの無いよ」


「よし!じゃあパートナー候補とかは?」


「ナニがよしなの?」


「パートナー候補とかは」


「居ないよ。というか僕の場合、面白みが無いんだもん。浅い付き合いで隣に座った時とかに話すくらいの友人っぽい相手なら居ても、ハッキリと友人って言い切れるような存在すら」


「ちょいとお見合いする気は」


「ジョゼフィーヌってお見合い斡旋するヒトだったっけ?」



 違うが今だけそうだ。



「端的に説明しますと、ディスペアクロスっていう魔物が発掘されて、お兄様からその魔物と接触しても大丈夫そうな生徒は居ないかって相談されたんですのよね。というワケで」


「ナニも理解出来ないけど……ディスペアクロスってどういう魔物なの?毒系?」


「まあメンタル系には毒ですわね。触れた相手のトラウマとかを蘇らせてしまう魔物ですわ。

保護したは良いけど置いとくのもアレなので、セーフっぽくてパートナーになってくれそうな生徒は居ないか、って手紙が来たんですのよ」


「で、僕に白羽の矢が」


「思いっきり立ちましたわ」


「立っちゃったかー」



 エクトルはヘラッと苦笑した。



「うん、まあ、僕の深みの無さが良い仕事する可能性があるなら良いけど。今日会いに行った方が良いかな?」


「その辺はまあお兄様に連絡してあちらの都合次第ですけれど、そういうさらっとオッケー出してくれるトコ助かりますわ」


「困るようなコトなんて経験してないからね。警戒する理由が僕の人生に無いんだよ」



 苦笑しながらも凄く格好良いセリフだ。

 本人からすれば、コンプレックスなのだろうが。





 コレはその後の話になるが、ディスペアクロスは普通に話せる相手が欲しかったそうだ。

 けれど自分に触れた瞬間トラウマをフラッシュバックさせてしまうので、どうしても嫌悪や恐怖を向けられてしまう。



「……だから、エクトルを紹介してくれて、ありがとうございます。ジョゼフィーヌには感謝しかありませんわね」


「そりゃ良かったですわ」



 ディスペアクロスを首から提げているエクトルはソファに座りながらグースカ寝ている。

 しかし、寝ているからこそディスペアクロスは自分にこうして語ってくれたのだろう。



「まあでも、実際その能力って大変ですわよね。任意でオンオフ出来ませんし」


「威力も常に強いからこそ、とびきり辛いトラウマを呼び起こしてしまいますからね。当時の宗教戦争は、本当に酷いモノでしたから」


「らしいですわね」



 モイセス歴史教師の授業で聞いたコトがある。

 相当ヤバかったらしいし、モイセス歴史教師も異端として処刑されるコトが何度かあったそうだ。


 ……まああのヒト、不老不死かつ痛覚も無いから処刑された後に復活してさっさと逃げたりしてたそうですけれど、ね。


 痛覚があったらさぞや地獄だっただろう。



「……わたくしは、望んでこのような能力を得たワケではありません。好き好んでヒトのトラウマをフラッシュバックさせるような歪んだ趣味もありませんもの」



 エクトルの胸元で、ディスペアクロスは静かに語る。



「ただ、そうあれと作られた、作られてしまった種族。生きている以上、トラウマと無縁でいられるハズは無い。

故にわたくしは、常に嫌われていた。嫌悪されて、恐怖されて。進んでわたくしに触れようとしてくれるヒトは居ませんでしたし、居てもトラウマに呑まれ、わたくしを放り投げました」


「…………ま、ヒトはそう簡単にトラウマを乗り越えられませんものね」


「だからこそ、大事にされている今は幸せです。まるで夢を見ているようで……昔に見た夢のようで」



 ふふ、とディスペアクロスは笑う。



「エクトルのように、トラウマを持たないヒトが居てくれて、本当に良かった」


「そう言ってくれるなら、僕も良かった」



 寝た振りをしていたエクトルがむくりと起き上がってそう言った。



「エクトル!起きてたんですか!?」


「うん、ずっと。黙っててくれてありがとジョゼフィーヌ」


「どういたしまして」


「……黙っていたんですか?」


「口パクで「ディスペアクロスは僕に対してまだ少し遠慮してるみたいだから本音が聞きたい」って言われたら、まあそんくらいなら、と思いまして。

これから長い付き合いになるんならそのくらいの本音は暴露しといた方が楽ですわよ、きっと」


「恥ずかしい……」



 顔と手があったら、赤面した顔を抑えていただろう声でディスペアクロスはそう言った。



「でも、嬉しかったよ」



 エクトルはへにゃりと微笑む。



「僕はトラウマが無いけれど、その分波が無いのも事実だから。面白みが無い自覚がある。そんな僕だから良い、って言ってくれたのは嬉しかった」


「……他にも、ありますよ、理由」


「え?」


「わたくしに優しくしてくれたり、気遣ってくれたり、大事にしてくれたり。わたくしは忌み嫌われるばかりだったので、そうやって優しくしてくれるコトこそが嬉しいんです。

トラウマが無くたって、わたくしを大事にしてくれなかったらそれまででしょう?」



 ディスペアクロスの言葉に、エクトルは口元を手で覆った。



「…………あ、うん、コレ、照れるね」



 そう言うエクトルの顔は真っ赤になっていた。

 片方の眉を上げて、視線を逸らして目を細め、ニヤける口元を手で覆って。

 基本的に軽い笑顔を浮かべ続けているエクトルだと思うと、こうも感情を露わにした表情は珍しい。

 ディスペアクロスから見えないよう隠しているエクトルを見て、思わず己まで笑ってしまった。




エクトル

失敗らしき失敗をしたコトが無いくらいには幸運に愛されている。

山も谷も無く常に上り坂な人生だが、それ故に自分は平坦で面白みが無いという自覚もあった。


ディスペアクロス

改宗の為のトラップとして作られた魔物であり、触れた相手のトラウマをフラッシュバックさせてしまう。

トラウマが無ければセーフだがトラウマと無縁な生き物は早々居なかった為、エクトルが普通に接してくれるコトがとても嬉しい。


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