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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
七年生
215/300

蝶少女とハッピードリーム



 彼女の話をしよう。

 遺伝で蝶の特徴が見た目に出ていて、感情が死んでて、理解も出来ない。

 これは、そんな彼女の物語。





 中庭で本を読んでいると、ユーリヤに声を掛けられた。



「やあ、ジョゼ」


「ハァイ、ユーリヤ。ナンか用ですの?」


「用、というか、少々聞きたくてな」



 ユーリヤは遺伝で生えている背中の蝶の羽を畳み、隣に座った。

 畳んだといっても、彼女は邪魔になるからと言って基本的に羽は畳んでいるのだが。

 彼女はいつも通りの無表情のまま、言う。



「恋とは楽しいものなのか?」


「知りませんわ」



 端的に答えた。



「というか脈絡なさ過ぎてビックリなんですけれど、ソレ以上にナンでわたくしに聞いてんですのよんなモン」


「キューピッドとか言われているだろう」


「言われる度に訂正してますけれど、キューピッドは愛の神であって天使とは違いますの。わたくしは戦闘系天使……が半分入ってるだけのぺーぺーですわ。

同一扱いされたら不敬過ぎて最悪仕留められる、または鉄の矢を射られるかもしれないのでホント勘弁してくださいまし」


「鉄の矢?」


「キューピッドが用いる矢の一つですの。鉄の矢を射られると、その対象は愛を遠ざけるようになりますわね。嫌悪する、というか。パートナーも居ない身でんなコトになったら耐えられれませんわ」


「ふむ…………ジョゼに聞くのが手っ取り早いと思ったのだが、結局答えられないというコトか?」


「そーいうコトになりますわね」



 独身相手に結婚生活ってどう思う?と聞くようなモンだ。

 知らんがな以外の返答が無い。



「まあでも個人的な意見だけ聞かせてくれ。私は感情がいまいち理解出来ないからな。感情的じゃない説明の方が理解しやすい」


「アナタ、フィーリングで察する系苦手ですものねえ」


「ボディーランゲージも無理だ。表情と動きで一体ナニを察せというのか。具体的に箇条書きにしてほしい。もしくはハンドサイン」


「ボディーランゲージはハンドサインの大振りバージョンみたいな気もしますけれど、まあ察せないとただのパントマイムもどきなのもまた事実ですわ」


「で、ジョゼの個人的な意見として、恋とはナンだ?」


「幸せな時はまどろみのような夢心地で、そうでは無い時は悪夢の中で足掻いているような焦りがある、っぽい感じだと思いますわ、多分」


「多分なのか」


「聞いた話でしか知りませんもの。まあパートナーになってる以上は基本的に運命の相手らしいので、悪夢みたいな状態になるコトはほぼ皆無っぽいですけれどね。

そもそもそんな生温いメンタルしてるヤツが居ませんの」


「居る場合は?」


「大概片割れがタフなメンタルしてるからどうにかなりますわ。ナンかこう、ポジティブに狂ってるヤツ同士の時もありますし」


「その場合ジョゼの胃にダメージが入りそうだな」


「アハハ、胃はセーフですわよギリギリ。頭痛はもう諦めましたけれど」



 というか何故パートナーの話に己が出るのか。

 友人枠として出番は用意されているだろうが、コマの端っこに映ってると思いきや気付いたらナンか居なくなってる、みたいな立場。


 ……ユーリヤにすら胃にダメージがとか言われるくらい、わたくしパートナー持ちの近くに居るんですの、ね……?


 まあ友人達がどんどこパートナー持ちになっている以上、仕方のないコトだが。

 ホントに何故己は出会いすらも無いのだ。


 ……ま、仕方ないと割り切りましょう。


 友人と話すのは楽しいし、パートナーが居るからといって友人止めるようなつもりもない。

 そもそも友人は止めようとして止めるものでもないワケだし。



「……というか、ユーリヤって感情に対しては面倒臭いって言ってましたわよね?なのに理解しようとするなんて、どういう風の吹き回しですの?それとも単純に風邪引きました?」


「失礼だな」



 溜め息を吐き、ユーリヤはオレンジの髪を揺らして頬杖をついた。

 相変わらず硬そうな指だ。


 ……硬そうっていうか、関節部分が虫っぽいんですのよね。


 なんかこう、泰西風な籠手系の手袋みたいな感じのビジュアル。

 触ると普通に人肌でやらかいのだが、普通に見る分には鉄製のアームカバーチックで硬そうという。



「私は単純に、気になっただけだ。高等部になると、気付けば周囲のパートナー率が凄いコトになっていたし」


「ホント、羨ましいコトですわ」


「その大半にジョゼが関わっているらしいと聞いたが」


「事実無根の根も葉もない噂ですわね」


「火のない所に煙は立たぬとも言うハズだが、心当たりは?」


「第三者として目撃してたり、途中あの魔物は一体!?みたいな感じで種族聞かれたりしてただけですの。フランカ魔物教師大概居ませんし」


「あー」



 ユーリヤは納得したように頷いた。



「だから単純にそこでモブとして存在してただけで、積極的に関わってたりはほぼありませんわ」


「時々ならあるのか」


「時々なら、まあ、多少は。でもわたくしが橋渡しにならなくても、現在パートナーになっている以上は放置してても普通にパートナーになったでしょうけれどね」


「ところで聞きたいのだが」


「突然方向転換してきますわね。ナンですの?」


「感情はどうしたら得られると思う?」


「知りませんけれど……アナタ感情って一喜一憂してクソ面倒臭そうだから無くて良かったって言ってましたのに。どういう心境の変化?」


「気になっただけだ。というか皆を見ていると楽しそうだったから、私も理解してみたくなった。まあ一過性のモノである可能性は高いし、すぐ飽きる可能性も高いし、正直面倒臭さもそれなりにあるが」


「成る程、ここで突き放したら「じゃあまあ良いか」ってなってこの先特に感情への興味を持つコトは無くなるフラグですのね?」


「かもしれないな。同じように色々考えるの面倒臭いから、また気になっても「まあ良いか」となる可能性は高い」



 実際ユーリヤはそれなりに面倒臭がりなので、ここで放ったらマジでもう感情を知ろうとはしないだろう。


 ……ただでさえ、面倒くさがりのあまり感情と表情筋を捨てた疑惑があるくらいですものね。


 折角のチャンスだし、と思わなくもないが、だからといってナニか出来る気もしない。

 よし、諦めよう。



「……うん、感情の得方はわかりませんわ!」


「スッパリ言うな」


「だってわたくし元々ありましたもの。ボールの上に立てるヒトにどうして立てるのか聞いたって、立てるよう頑張れば立てる、ってなるでしょう?

アナタそういう漠然としたの理解出来ないから、わたくしじゃない誰かに聞いた方が良いですわよ」


「他の誰かに聞く程興味も無いから困るんだが……まあ良いか、諦めよう。元々気になっているだけで必要性は感じていなかったワケだしな」



 己が諦めるのも早ければ、ユーリヤ自身が諦めるのも早かった。

 このくらいの切り替えの早さじゃないと色々ついていけないのがアンノウンワールドなので、いつものコトだ。

 異世界の自分が切り替えの早さに困惑している気もするが、コレがアンノウンワールドなのでしゃーなししゃーなし。





 ユーリヤにまた感情についてを聞かれた。



「どうしたら感情を得られると思う?」


「いやだからわかりませんけれど……えっと、お隣のゴーストとは違うっぽい半透明の男性魔物は」


「ハッピードリーム」


「よろしくなー」


「ああ、ハイ、ヨロシク……うん、まず最初っから色々説明してもらってもよろしくて?」



 主に幸せな夢を見せると言われている魔物、ハッピードリームがいるコトについて。



「えっと、ハッピードリームって確か猫の見た目した魔物だったと思うんですけれど。それも夢の中にだけ出現するタイプ」


「ああうん、ソレで合ってるぜ。俺は三毛猫の見た目なんだが、そっちが本体だ。

現実世界だとこっちになるんだよな。この姿って動きにくいし、干渉力弱いし、無駄に消耗するし、甘えにくいから人気無いけど」



 成る程、人気が無いからこそヒト型になれる方は周知されていないというコトか。

 後で一応フランカ魔物教師に伝えておこう。



「とはいってもまあ、この姿も必要不可欠だから仕方ないんだが」


「必要不可欠?」


「俺達ハッピードリームは、基本的に夢の世界の住民だ。こっちの世界への干渉力は低い。

だが俺達の主食は、俺達が楽しい夢を見せるコトにより対象が喜んだ、その感情。要するに幸福感が俺達の主食ってコトだな。わかるか?」


「大体は」


「よし。んで対象に夢を見せる方法だが、キスだ」


「キス」


「まずこの姿になって現実世界に干渉できる状態になってキスをする。まあ額とかその辺でオッケーだが。で、そうすると対象の夢と繋がれる。

繋がったらその夢の世界に入り込んで楽しい夢を見せて遊んだりして、対象を満足させ、俺達ハッピードリームは腹を満たす」


「ふむふむ」


「ただ俺達はハッピードリームという種族名そのままに、幸せな夢という概念に近い魔物だ。要するに満腹感以上に、相手に楽しくて幸せな夢を見て欲しい、というのが本能」


「……あー、ナンか、大体察しましたわ」



 無表情のまま、しかし少し申し訳なさそうな顔をしているユーリヤを見れば一目瞭然だ。

 いやまあ、己の目で()ないとわからないくらいの変化だが。



「つまりユーリヤの夢に入ったは良いものの、感情を理解していないせいでどれだけ楽しい夢を見せようとユーリヤは楽しめなかった、ってコトですのね?」


「その通りだ」


「それでここ連日、私はハッピードリームによって楽しいのだろう夢を見せられているのだが」



 ふぅ、とユーリヤは溜め息を吐く。



「残念ながら、理解出来ん」


「アナタ、見た目蝶っぽいから見た目だけなら誰よりも楽しいの好きそうですのにねえ」


「期待に沿えず申し訳ないが、私は蝶系魔物との混血だからな。妖精との混血であるベネディクタとは違う」


「まあどっちにしろ個人差あるから無理も無い気がしますけれど」



 で、と己は言う。



「で、結局わたくしにまた感情に関してを聞きに来た理由ってのはナンですの?」


「ハッピードリームは夢で私を楽しませたい」


「だが俺では力不足で楽しませるコトが出来ないから、ユーリヤの友人であるジョゼフィーヌに助言でも貰えないか、ってな。だからわざわざこっちのヒト型状態で来たんだぜ」


「成る程」



 確かにハッピードリームの言っていた言葉からすると、夢の世界へ干渉する時くらいしかヒト型にはならないらしい。

 なのにわざわざヒト型になっているのは、こうして干渉するコトで、己と接触を可能にする為だったか。


 ……まー流石のわたくしでも夢の世界に居るハッピードリームを認識とか出来ませんしね。


 物質的、エネルギー的に存在しているならばまだ()えるが、概念的なのはこうして姿を現してくれないと難しい。

 なにせ概念なので、捉えるのは普通に不可能なのだ。


 ……空気ならまだ、めちゃくちゃ頑張れば構成成分とか()れますけれど……。


 正直ホントにめちゃくちゃ頑張る必要があるし、()て楽しいワケでも無いので見る気は無いが。

 見ても意味無いし。



「つってもマジで案出ないので助言するもナニもありませんわ。無理」


「あ、うん、ナンか今ジョゼフィーヌがユーリヤの友人なのがわかった気がする。切り捨てが早い」



 どういう意味だ。





 コレはその後の話になるが、ハッピードリームは地道に毎日ユーリヤに楽しい夢を見せているらしい。



「色々な夢を試してはいるものの、いまいち楽しんでもらえないんだよな……」



 談話室で、向かいのソファに座りながらハッピードリームはそう溜め息を吐いた。



「ソレはもう毎日聞いてますけれど……てかアナタ毎日そうやってヒト型になってますけど、消耗とか大丈夫ですの?」


「幸福感が主食だが、夢の中に入り込んでるだけでも多少は満たされるから問題はない。頻度多いし」


「そりゃ毎日夢見させてりゃ頻度は多いでしょうけれど……」


「少なくとも俺は、迷惑がられない限りは毎日やるぜ」



 キリッとした顔でそう言うハッピードリームの隣に座っているユーリヤは、自分のコトのハズなのに我関せずと言わんばかりにジュースを飲んでいた。

 もう少し気にしてやって欲しい。



「ただこう、もう少し、こう、笑顔とかを見たいんだ」


「らしいですわよ」


「こうか?」



 ユーリヤはニッコリと綺麗に笑顔を作った。



「違う!確かに綺麗だがそうじゃない!俺はちゃんとした、楽しさから生まれる笑顔を見たいんだ!」


「そんな笑顔、生まれてこの方浮かべたコトが無いが」


「幼少期もですの?」


「幼少期からこんなんだったからな。というか幼少期はまさに芋虫チックで手足が無かった。入学する直前にサナギになって、二年生になってからようやくこの見た目になったんだ」


「そういやアナタが一年生の制服着てる記憶ありませんわね」



 一年の頃は同級生の顔や名前を覚えたり、教師の顔と名前と担当を覚えたり、学園内の色んな場所を覚えたりで結構忙しかったので気付かなかった。



「というワケで、私は昔からこうだ。寧ろ芋虫時代の方が無に近かった分、今はまだマシだぞ。少なくとも会話というコミュニケーションをする気はある」


「アナタ入学するまでの十年間どうやって生きてきたんですの?」


「親のお陰で」


「成る程」



 納得した。



「……ジョゼフィーヌ、ユーリヤはいつもこんな感じで、いまいち感情を揺らしてもくれなくてさ。せめてこう、ユーリヤの好きなモノとかに心当たりとかないか?」


「わたくしに聞かず自力で探りなさいな」


「だが本人に聞いても」


「ワリと何でも食べる」


「としか言わないし実際大体食べてるし、俺が見ていても表情の変化にはいまいち気付けなくて。

正直夢の世界での表情変化ならすぐにわかるんだが、現実世界だとどうもな。肉体という物質が理解出来なくてよくわからない」


「あー」



 ハッピードリームからしたら、着ぐるみを着ているようなモノなんだろう、多分。



「……とはいっても……」



 ユーリヤは感情を理解していないので、好き嫌いが無いのは事実だ。


 ……あ、でも最近はそうでもありませんわね。


 少なくともハッピードリームと会話している時は、雰囲気が気持ち穏やかだ。

 表情もいつも通りの無表情でありながら、ほんのりと色味が優しい。


 ……まあコレわたくしレベルの目じゃないと認識出来ないレベルの変化ですけれど!


 つまり言っても信じてもらえる可能性が低い。

 それにこういうのは、本人が気付いた方が良いものだろう。



「…………うん、大丈夫だと思いますわ」


「ナニが?」


「ユーリヤは。今は地道な好感度上げの真っ最中だと思いなさいな。

ユーリヤは感情が無い分上がりにくいとは思いますけれど、地道に日常を重ねていけば自然とほぐれていくハズですの。常温で氷を溶かすイメージで頑張りゃ多分イケますわ」


「氷」


「私は蝶に近いから寒いのは苦手なんだが。いや暑いのも苦手だが」


「だからこその常温解凍ですわよ」


「……つまり、俺はこのまま毎日夢を見せ続ければ良いと?」


「あくまでわたくしの意見ですから、どうするかはお任せしますわ」



 少なくとも、ユーリヤの心は開きかけているように思えるが。

 まあハッピードリームの顔を見る限りやる気っぽいので、心配は不要だろう。




ユーリヤ

見た目は綺麗な蝶系の少女だが、感情を理解していない為相当にクール、というか淡泊。

ハッピードリームが見せる夢には特に感情が動かないが、自分の為に頑張ってくれているハッピードリームには心が動いてるような動いていないような感じ。


ハッピードリーム

夢の中では喋る三毛猫であり、現実世界では半透明な若者だが、猫の方が本来の姿。

ユーリヤに楽しいという感情を理解してほしい。


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