爪牙少年とボディフルーイドネイル
彼の話をしよう。
遺伝で爪と牙が鋭く、自在に伸びるし生え変わるタイプで、意外となされるがままな。
これは、そんな彼の物語。
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談話室で本を読んでいると、ケネトに声を掛けられた。
「ジョゼフィーヌ、少し良いでしょうか?」
「現在ジョゼフィーヌ・エメラルドは読書中の為対応するコトが出来ません。ピーッという発信音の後にご用件をどうぞ。ピーッ」
「頭大丈夫ですか?」
「本気で心配してる声色でそう言われると大分ハートが傷つきますわね」
まあ確かに今のは自分でもちょっと頭おかしいんじゃないかとは思ったが。
そう思いつつ、本をパタンと閉じる。
「で、ケネトはナンか用でもあるんですの?」
「そうそう、僕の牙についてなのですが」
ケネトはあんぐりと口を開いた。
その口の中は鋭い牙が生えていて、その牙を指差す指には鋭い爪が生えている。
「僕の牙は折れると生え変わる仕様なのはご存知ですよね」
「遺伝でしたわよね」
ケネトは混血であり、遺伝で折れた牙などはすぐに生え変わる。
ちなみに爪は伸び縮みする仕様なので、見ている側からするととても便利そうだった。
……まあ見てる側としては便利そうってだけで、本人からすると爪や牙を構成する成分が必要となるから、結構大変だそうですけれど。
食べて補給する必要があるのが難点だ。
もっとも好き嫌いは特に無いようなので、そこまで困ってはいないらしいが。
「というワケでこちらが折れた牙です」
「三分で完成させるクッキングじゃないんですから……」
そう言いつつも、渡された牙を受け取る。
根元付近で折れたのか、牙部分と根元部分の二つだった。
「で、コレがどうかしたんですの?」
「いえ、今までは正直使い道も無いので捨てていまして」
「ハイ」
「ですがこの学園では人肉や人骨を食らう混血の方も居るので、まあ牙は流石に色々気まずいかと思い渡していませんが、折れた爪などはおやつにどうかと提供して」
「ハイ」
「要するに有効活用出来そうな方法を知らないかと聞きに来ました」
「ソコでわたくしをチョイスせずに教師に聞くって手があると思いますの。アダーモ学園長とかその辺の廊下歩いてたりしますし、あのヒトそういうのに詳しいから良い感じに教えてくれると思いますわよ?」
「確かにその辺を歩いていたりもしますが、あれでかなりの量の仕事をこなしてるじゃないですか、アダーモ学園長は」
「まあ、そうですわね。普通の人間なら過労死待った無しのレベルで働いてますわ」
本人は「もーこういう細かいのとか全部俺の仕事だもんなー全部。クッソゥ。でもドバーンって感じの仕事が出来ないのも事実。地味男とは俺のコトだ……」とか言っていたが。
あのヒトは自覚が無いから困る。
……派手なコトはゲープハルト担当みたいなトコは確かにありますけれど、誰よりもヒトのコト想ってるのはアダーモ学園長なんですけれど、ね。
ヴェアリアスレイス学園といい誕生の館といい、誰かの為の場所だ。
それも長年ヒトを助けるコトが出来て、人々の未来の為を想う施設。
……対するゲープハルトは実際人間の役に立つ魔物を作ったりはしてますけれど、殆どが戦争用だったり、またはオーダーメイドだったり、ですものね。
まあゲープハルトの場合は自分好みのを作るというよりも、そういう要望があったから、というのが多いようだが。
さておきアダーモ学園長は確かに派手系では無いものの、地道にコツコツとやっていく土台系のを得意としている。
……要するに手助けとかチュートリアル的なのを得意とするサポート特化タイプだからこそ、自覚が薄いのかもしれませんけれど。
「うん、わたくしの方に聞いた理由はわかりましたわ。でもこの牙の使い道って言われても……ケネトの体の一部だったワケですし、エゴール魔道具教師に加工でもしてもらったら良いんじゃありませんこと?
世の中にはサメの牙をネックレスにしたりもするようですから、オシャレな仕上がりに頼めば良い感じのバフになると思いますわよ」
「ジョゼフィーヌ、ソレはかなり適当に言ってますね」
「わりと。正直そんなコト相談されたってピンと来る発想なんざ出ませんもの」
「まあソレは確かに。僕もジョゼフィーヌに、バーサクモードな状態をどう利用したものかと言われても返答に困るのが目に見えていますから。強いて言うならもう正体を隠して悪人を暗殺してはどうか、と言うくらいですね」
「いや過激過ぎるし色々諦めてるからんなコト言ったりはしませんのよ?あと暗殺推奨するの止めてくださいな」
「あ、なら目の方ですか?その視力を活かす方面で」
「そっちは今現在活用して翻訳家やってますわよ。つか思いっきり脱線してますけれど、スタートはアナタのこの牙に関するコトでしょう?」
「…………そういえば」
本気で忘れていたらしいケネトに、牙を返す。
「とりあえず加工とかしたいんならエゴール魔道具教師がオススメですわ。ああ、あと歯は硬さが水晶と同じくらいだそうですから、やろうと思えば宝石の代わりに義魔眼が作れるかも。
そういう意味ではローザリンデ魔眼教師に声を掛けるのもアリだと思いますわ。まああの方なら既にやってそうですけれどね」
「確かにローザリンデ先生なら既にやっていそうですが、宝石を原材料に使っているというコトは歯や牙は使えない、というコトではないのでしょうか」
「原材料としてゲットしにくいから、ってのがあるかもしれませんわよ。
例えば虫歯になってたらアウトとかの条件があるかもしれませんし、そもそも普通の人間の歯は一回生え変わるだけ。ケネトみたく折れたそばからニョキニョキ生えて元通り、とはなりませんわ」
「……成る程。ではとりあえず先にローザリンデ先生に聞いて、特に牙が材料に仕えそうにないならエゴール先生、ですかね」
「いってらっしゃーい」
実際どうなのかはよくわからないが、まあ悪いコトにはならないだろう。
虫歯云々に関しては、ケネトの場合牙がすぐ生え変わるのでその心配もないワケだし。
・
後日報告されて知ったが、歯でも義魔眼は作れるらしい。
ただし出来る義魔眼の能力が微妙になるから、あまり用いないだけ、のようだ。
……まあ確かに、この学園の生徒には歯くらい幾らでも生え変わる子居るから、原材料が云々で悩んだりとかしませんものね。
死んでもソッコで再生する不死身系がゴロゴロ居る。
なのに原材料として歯などを求めていないというコトは、そこまで必要としていない、というコトなのだろう。
ちなみにケネトの牙は、結局エゴール魔道具教師に加工してもらったらしい。
細かい装飾が凄いから部屋に飾っていると言っていたが、ソレは身に着ける系の魔道具としてどうなんだろう。
……うん、まあ、本人がソレで良いなら良いですわよね、多分。
元々体の一部であり、そして持ち主であるケネトが良いなら良いとしよう。
そう思いながら図書室から借りた本を胸に抱きながら歩いていると、ケネトに呼び止められた。
「ジョゼフィーヌ!ジョゼフィーヌは確か失せ者探しが得意でしたよね?」
「はあ、まあ、一応」
「では逆に、失せ者から持ち主を探すのは」
「出来るっちゃ出来ますわよ。わたくし指紋とかも目視出来ますし」
「良かった」
ケネトはホ、と胸を撫でおろしてから、手に持っている物を見せた。
「彼女の持ち主を探してはくれませんか?」
そう言うケネトの手の上にあるのは、ガラス瓶に入ったネイルだった。
「いや、だから私、別に迷子じゃ」
「大丈夫ですよ、すぐに見つかりますからね」
「だから違うって言ってるでしょ!」
そして会話がいまいち成立していない様子だった。
「……えーっと、持ち主探しをしてくれとのコトですけれど、彼女が探してくれと言ったんですの?」
「言ってないわよ!」
「言っていませんが、中身の量からすると使用されていたようですから。持ち主の方が困っているのではないか、と」
「ソレは否定しないけど、私は家出してきたの!あんなトコ戻りたくないんだからお断り!」
……うーん、ケネトがちょっと思い込みモード入ってますわね。
ケネトは基本的に流されやすいタイプなのだが、時々思い込みモードに入る。
そういう時はいまいち他人の言葉を聞き入れてくれないので、その思い込みの矛盾点に細かくツッコミを入れてヒビを作り壊す、というのが必要なのだ。
……要するに面倒極まりないんですけれど、彼女が帰りたくないと言っているのは本心からっぽいですし。
ならまあ、彼女から詳しく話を聞けばどうにかなるだろう、多分。
「よし、とりあえずケネトは一旦シャラップ。喋ったら足踏みますわ」
「エッ」
「今のはノーカンにしといてあげますわね。で、アナタの方なんですけれど……」
ネイルである魔物を見て、ふむ、と頷く。
「ふむ、ボディフルーイドネイルですわね?」
「あら、知ってるのね。そうよ」
頷くような声色で、ボディフルーイドネイルはそう言った。
「………………」
「理解してないっぽいケネトに説明しますと、彼女はネイルの魔物ですわ。ただしネイル……液体部分は体液ですの。わたくし達からすると血とかその辺ですわね。で、ガラス瓶の方が本体でありボディですわ」
「そうなのですか!?」
「今のは反射っぽいですけれど一応軽めに踏んどきますわね」
「グッ、言う程軽くない……!」
ハイヒールやピンヒールで踏まないだけ良かっただろうに。
己が靴を通常のままで履いているのに感謝して欲しいくらいだ。
……ええ、靴もデザイン変更可能ですものね。
中に鉄板仕込んでる子も居たりするので、通常のままである己は大分優しいと思う。
まあ鉄板仕込んでようが仕込んでなかろうが、己の場合はピンポイントで痛い箇所を狙うワケだが。
「ちなみに体液カラーは基本的に任意で変更可能なので、今は赤色ですけれど変化しますわ。で、最大の特徴ですけれど、対象にネイルを施すコトで潜在能力を引き出すコトが可能なんですの」
「ソコが問題だったのよね」
ボディフルーイドネイルはハァ、と溜め息を吐いた。
「私の持ち主はソレ目当てだったらしいんだけど、乱用しまくるのよ私を!ネイルは要するに私の体液だから、一日一人くらいが限度だってのに!日数経過しないと体液回復しないのに次のネイル施せってうるさいし!だから逃げてきたの!」
「ナンと……ソレは要らないお節介でしたね。無理に持ち主を探そうとして申し訳ありませんでした」
「わかってくれたなら良いわ」
……んー、まあ、とりあえず誤解とけたんなら足踏みは良いとしましょうか。
足を踏むという脅しに関しては、誤解が解けるまで下手に口出しするな、という意味だったワケだし。
誤解したまま口を挟まれると厄介だからこその処置なので、誤解が解けた以上は踏まなくても良いだろう。
「まあ、私は自立移動が可能なタイプだから逃げれたのは幸いよね。出来れば体液回復させたいって思ってたトコロを善意で連れ戻されそうになったのには驚いたけど」
「すみません」
「別に良いわ」
ボディフルーイドネイルはサッパリしている性格なのか、本当に気にしていないようだった。
「それよりも、気にしてるんだったら一時的に宿を借りさせてくれないかしら。特に場所は取らないから」
「構いませんが……宿?」
「回復したいのよ」
「ああ、成る程。ではお詫びとして好きなだけどうぞ。僕はネイルに興味ありませんから」
「ア゛?」
「ご安心、を……?」
ケネトが言い切る前に、ボディフルーイドネイルからドスの効いた声がした。
「ネイルに?興味が?無い?」
「え、ええ、まあ。僕の場合爪はすぐに伸びるので、オシャレ的な意味でも爪の保護的な意味でも必要性が感じられませんし……ソレにその方がボディフルーイドネイルとしては安心なのでは」
「ふっざけんなちょっとソコ座んなさい!」
「アッハイ」
宙に浮いたボディフルーイドネイルに怒鳴られ、ケネトは素直に座った。
極東式の正座座りだ。
「私はナンの魔物か言ってみなさい」
「ネイルの魔物です、ね……?」
「そう、ネイルの魔物よ。そして食用系魔物が食べられるのを本能としているように、私はネイルを施すのが本能なの。
乱用されたり、能力だけを求められるのが嫌だったから逃げただけ。ネイルを施すコト自体は好きだしデザイン考えるのも好きだし、施すコトで喜んでもらえるのも好き。わかる?」
「た、多分……」
「ならば爪を出す!今すぐアンタの爪を素敵カラーに染めてやるわ!その暗い紫色の髪に似合う色にね!」
「ジョゼフィーヌ助けてくださいこのボディフルーイドネイル話を聞いてくれません!」
「さっきまでのアナタも大概そんなんでしたし、別に命取られるワケじゃないんだから良いんじゃありませんこと?」
「味方がいない!」
……まあ、さっきの言い方は、フォロー出来ませんしねえ……。
ネイルに興味が無い宣言は、乱用されたボディフルーイドネイルを安心させる為の言葉だろう。
だがその発言は、顔に自信のある子に対して顔には興味が無いと言うようなモノ。
カチンと来るのも仕方がない言動だったので、とりあえず見捨てさせてもらおう。
命の危険は無いから大丈夫だ。
・
コレはその後の話になるが、ボディフルーイドネイルの体液とケネトの爪の相性は最高だったらしい。
「ヤダすっごくノリが良いじゃない!」
ネイルを施しながら、ボディフルーイドネイルはそう言っていた。
恐らく爪を伸ばしたり縮めたり斬り落としたりしているからこそ、表面が綺麗だったのだろう。
……肌で言うなら常にもち肌、みたいなモンでしょうしね。
しかもケネトの爪が伸ばせると知ったボディフルーイドネイルはめちゃくちゃはしゃいだ。
「伸ばせるの!?ちょっと、ソレってつまり幾らでもデザインの練習が出来るってコトじゃない!他の色が合うかどうかも確認出来るし!じゃあちょっと今すぐ伸ばしてくれる!?他のデザインやるから!」
「待って待って待ってください流石にソレ以上体液を消耗するのはアウトです!」
……うん、まあ、ボディフルーイドネイルが結構なはしゃぎっぷりでしたわね。
色々とストレスが溜まっていたのだろう。
そして体液が減っててヤバいのは事実だったので、とりあえず、しばらく休んで体液が回復したら、というコトになった。
……結果言質取られたみたいなコトになって住み着いて練習するようになり、現状殆どパートナーですけれど。
「ねえねえ!ちょっと新作のアイデア浮かんだから爪伸ばしてくれないかしら!」
「またですか?昨日の分は?」
「切っちゃって良いわよ。じゃないと今日の塗れないじゃない」
「うう……体液が回復したら好きなだけ、と言いさえしなければ……」
「ドンマイですわ」
「証人になってるジョゼフィーヌが言いますか」
「まあネイルくらい良いじゃありませんの。確かに毎日施されるのはちょっとアレかもしれませんけれど、お陰で潜在能力が開花したんでしょう?」
「確かに大声での咆哮で衝撃波みたいなのが出せるようにはなりましたけど……」
そう言いながら、ケネトはグググと爪を伸ばし、昨日施されたらしいネイルが輝く部分を切り落とした。
「ハイ、ボディフルーイドネイル」
「ええ、ありがとう。今日のは新発想を試すから凄いわよ~?」
「新発想?」
「ホラ、私のコレって体液でしょう?そして任意で色も変更可能。ってコトは固めて飾りみたいにするコトも可能だと思うのよね!まあやってみないとわからないけど!」
「飾りって普通に邪魔になるだけじゃ」
「ネイルはオシャレ、オシャレは我慢よ」
「うう…………」
ケネトはガックリと肩を落とし、ボディフルーイドネイルによってその爪を彩られ始めた。
しかしネイルを好んでいないような言動をしながらも、ネイルを施している時のボディフルーイドネイルがご機嫌なのが好みなのか、ケネトはその間じっとボディフルーイドネイルを見つめている。
……んー、無意識っぽいから、指摘するのもなんですわよね。
普段なら指摘くらいするところだが、言質やらナニやらでアレなので、これ以上メンタルに攻撃カマすワケにもいくまい。
ほぼパートナーみたいな状態なのだから、その内自覚するだろう、多分。
ケネト
遺伝で爪と牙が生え変わるので、その二つの扱いが結構雑。
思い込みが激しい時もあるが基本的にはされるがままの流されタイプなので、大人しくボディフルーイドネイルの練習台になっている。
ボディフルーイドネイル
乱用されて逃げて来たがネイル自体は好きであり、ケネトの爪はノリが良いので毎日新しいデザインを試してる。
尚乱用してきた悪人はジョゼフィーヌが通報してくれたので、お礼として時々ジョゼフィーヌにもネイルを施している。