氷少女とサニーアルマジロ
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼女の話をしよう。
癒しが欲しくて、小動物が好きで、雪女な。
これは、そんな彼女の物語。
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このアンノウンワールドには色んなヒトが居る。
性格や考え方が、ではなく、文字通りの「色んな」ヒトだ。
最近では混血の子が普通になっている為、当然といえば当然なのだが。
そんな中には、親の遺伝で少し困っている子も居たりはする。
「ほらリュシー、そう落ち込まないでくださいな。顔がいつも以上に強張って……というか、凍ってますわ」
「うん……」
学園では無く王都の公園で、自分は同級生であり友人であるリュシーを慰めていた。
リュシーは親が氷系の魔物らしく、溶けない雪女と言っても良いレベルで体温が低い。
そして体温が低いせいか、表情も凍ったように動かないのだ。
……一応、楽しい時なんかは少し緩んでいるんですけどね。
しかしソレは自分のように目が良くないと見抜けないレベルの些細な変化だ。
体温が氷のように低い上、表情は無表情、声も淡々としている。
その結果リュシーは少し遠巻きにされている。
一応自分のように変化に気付けるタイプや、そもそも気にしないタイプとは普通に友人になれているようではあるが。
「……また、怖がられた」
小さくそう呟いて俯いたリュシーのピンクの髪が揺れる。
暖色系の髪色なのでまだ近付きやすいと思うのだが、その髪も体温が低いせいかシャーベットのように凍って見える。
実際触るとヒンヤリしているだけなのだが、恐らく雰囲気自体が氷系なのか、そういう印象を与えがちだ。
「でも、落としたハンカチを拾ってあげたのは良いコトですわ。相手の子だって、ハンカチを拾ってくれたとわかったらお礼を言ってくれてましたし」
「……そうだけど、でも、声掛けた時にビクッてされたし……」
ズーン、という擬音が聞こえそうなくらいリュシーは落ち込んでいた。
つい先程、子供がハンカチを落としたのを見つけリュシーが拾ってあげたのだが、緊張したリュシーの声が強張っていたせいだろう、驚かせてしまったのだ。
……まあわたくし達よりも小さい子でしたから、無表情のリュシーが怖かった、というのもあるかもしれませんわね。
あくまで可能性でしかないし、コレを言うとリュシーが一段と落ち込むかもしれないので言う気は無いが。
「……寂しい」
俯いたまま、リュシーはポツリと呟いた。
「私だって、動物とか小さい子と触れ合ったりしたいのに……。フワフワしてる動物を思いっきり抱き締めたりしたいのに……」
落ち込んでいるせいでリュシーの温度がどんどん下がっているのか、隣に座っている自分も少し肌寒くなってきた。
「……なのに、避けられる……」
「アナタの場合、動物を触ろうとするあまり鬼気迫るオーラ放ってるせいもある気がしますわよ」
冷たいからと動物に避けられた経験があるせいで、リュシーが動物を触ろうとする時は目をカッ開き、まるで相手を捕まえようとしているかのような手の構え方をしているのだ。
例え寒さに耐性があるタイプの魔物だろうが、そんな構えをした上で鬼気迫るナニかを放つ子が居たら、流石に逃げるのも無理はない。
「ソレに、図鑑で一緒に調べた時、氷系の魔物なら平気だってわかってるじゃありませんの。一応氷系かつ動物系の魔物も居るみたいですし」
「冷たいのじゃなくて温かくてフワフワが良い」
「アナタ意外としっかり要求してきますわね」
触れればナンでも良い!と言うのとどっちが良いのだろう。
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先日リュシーと外出した時は結局あの後も落ち込みモードだった為、買い物は無しになってカフェでお茶をするだけに終わった。
本来は買い物の予定だったが、リュシーと一緒に外出する際はよくあるコトなのでまあ良いというコトにしておこう。
そう思いつつ、図書室で借りた好きな小説の画集をペラリと捲る。
「ジョゼ!」
……はーい、本日の読書タイムもまたもや終了のお時間ですわねー……。
画集を閉じて、息を切らしているリュシーへと視線を向ける。
リュシーは走って来たらしく、その結果体温が上がったのか、珍しく表情がいつもよりも顕著に現れていた。
「リュシー、どうしたんですの?」
「も、森、森でね、今」
「とりあえず落ち着いてくださいな」
喋ろうとしているようだが、息を切らしているせいで要領を得ない。
いつもよりハッキリしている表情からすると焦っているようだが、ナニかあったのだろうか。
「森で、ナニかあったんですの?」
「あの、魔物、小さい魔物が、ボロボロで、気絶してて、保険室、保険室に連れて行きたくて……」
「大体理解しましたわ」
つまり森で小さい魔物が気絶したのを発見して、保険室に連れて行こうと思ったものの、倒れている相手に自分の低過ぎる体温は毒かもしれないと思い、こうして誰かに助けを求めようと走って来た、というコトだろう。
「要するに魔物の保護ってコトですわよね?」
「そう……!」
「モチロンソレは構いませんけれど、ランベルト管理人に助けを求めれば良かったのではなくて?あ、もしかして不在でした?」
「………………アッ」
どうやら慌て過ぎたせいで、森を管理しているランベルト管理人に助けを求めるという選択肢が浮かばなかったらしい。
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リュシーの案内で森の中、件の気絶している魔物を見つけた。
「……確かに、随分とボロボロですけれど、外傷は無さそうですわ」
「そ、っか……良かった」
自分の言葉に、リュシーはホッと安堵の息を吐いた。
そんなリュシーに笑みを零しつつも、自分は気絶しているアルマジロをじっと視る。
「怪我、というより衰弱ですわね。ソレと疲労。汚れは単純に泥が毛についてるだけで、怪我は無し。とりあえず保険室に運び込んで綺麗にしてもらって、少し休ませれば大丈夫だと思いますわ」
「……流石、保険室で患者を視てるだけあって的確ね」
「いや、視てるというか、単純に診断前後の時とかやるコトが無いので暇潰しのように視てるだけですけど……」
だがその経験のお陰で衰弱や疲労の度合いもわかるようになったので、良いコトだと思っておこう。
「ソレにしても……」
うつ伏せ状態で倒れているアルマジロを抱き上げ、仰向けにする。
気絶していようとポカポカした温かさのアルマジロの腹には、太陽のようなマークがあった。
「やっぱりこの子、サニーアルマジロですわね」
「サニーアルマジロ?」
「ええ」
頷き、リュシーにサニーアルマジロをパスして抱かせる。
「きゃっ、えっ、ちょっ……ジョゼ!?わ、私、体温低いから……」
「その子なら大丈夫ですわ」
そう言い、戻る方の道へと移動する。
「その子は温かさと腹にあるマークから、サニーアルマジロに間違いありませんもの。常に体温高めで寒さに震えるコトは無く、そもそも寒さを感じるコトも無い太陽系の魔物」
森の出口の方へと歩きながらそう説明する。
この世界の魔物は氷系だ太陽系だと結構表現の種類が多いのだ。
ふと反応が無いのに気付き一旦振り返ると、リュシーはまだオロオロしていた。
苦笑し、こっちにおいでと手招くと、リュシーは不安そうにしながらもしっかりとサニーアルマジロを抱いたまま歩き始めた。
「で、でも、私結構怖がられるのに……だ、大丈夫かな?」
「アナタの場合、触ろうとする時の仕草と纏うオーラが怖いだけだと思いますわよ?だからまあ、既に触ってれば多分セーフだと思いますわ」
「多分って言った!」
カイロのように暖かいサニーアルマジロを抱いて体温が上がっているのか、リュシーはいつもより感情的になっているようだった。
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保険室で手当てをしてもらい、サニーアルマジロは発見者であるリュシーが保護するコトになった。
そして目覚めたサニーアルマジロに対しリュシーは緩んでいた表情筋を緊張から凍らせてしまい、いつも通りの無表情になってしまった。
「君が助けてくれたんだね!ありがとう!」
だが心配は杞憂だったというか、サニーアルマジロは友好的な性格だった。
ニコニコとした笑みを浮かべるサニーアルマジロに、リュシーは恥ずかしそうに目を逸らす。
「私は助けた、というか、その……」
誰かのパートナーである魔物ならともかく、野生の魔物にこうも好意的に話し掛けられたコトが無いせいか、リュシーはもごもごと黙ってしまった。
仕方が無いので、代わりに説明する。
「ええ、そうなんですの。彼女はリュシーで、わたくしはジョゼフィーヌ。気絶していたアナタを見つけたのも、助けようとしたのも彼女。わたくしはただの付き添い人ですわ」
「そっか!」
流石サニーアルマジロと言うべきか、その笑顔はまるで太陽のように明るい。
「えっと、リュシー?助けてくれて本当にありがとう!僕、一匹で旅をしてたんだけど、うっかり迷子になっちゃったせいで倒れちゃったんだ」
エヘヘ、とサニーアルマジロは照れ臭そうに微笑む。
「だから、ありがとう。リュシーは僕の命の恩人だね!」
「そ、んな……私はただ、慌ててただけで……殆どはジョゼが……」
語尾になるにつれ小声になっていくリュシーに、サニーアルマジロは言う。
「ナニかお礼をしたいんだけど、僕にナニか出来るコトはないかな?」
「抱っこして撫でたい!」
……欲望に忠実ですわねー。
欲望というか、夢というか。
反射的に即答したリュシーに対しサニーアルマジロは一瞬キョトンとした顔をしたが、すぐにソレは笑みへと変わった。
「うん、モチロン!そのくらいだったらいくらでも!」
「ほ、ホントに?私、遺伝で凄く体温低いから、風邪とか引いちゃうかもしれないけど……」
「僕はサニーアルマジロだから大丈夫さ!」
「じゃ、じゃあ……」
先程も抱き上げていたのだがサニーアルマジロが起きたコトでリセットされたのか、リュシーは恐る恐るサニーアルマジロに手を伸ばす。
「っ……」
一瞬指先が触れ、冷たかったんじゃないだろうかという心配が篭もった目でリュシーはサニーアルマジロを見た。
しかしサニーアルマジロが尚もニコニコしているのを見て安心したように息を吐き、抱き締めた。
「……温かいし、フワフワね」
「リュシーは抱っこの仕方が優しいね!僕は全然寒くないから、もっと強く抱き締めても大丈夫だよ!」
「え、っと……こ、このくらい?」
「うん!」
リュシーに抱き締められ、撫でられたサニーアルマジロは、とても嬉しそうに顔を緩ませる。
「エヘヘ、僕、君に撫でられるの好きだな!幸せな感じがする!」
「……うん、私も、幸せ」
……リュシーもサニーアルマジロも、同じ空間内にわたくしが居るの、忘れてますわね……。
・
コレはその後の話になるが、サニーアルマジロはリュシーのトコロへ居付いた。
「僕は元々、素敵なヒトを探す為に旅をしてただけだからね!ソレにリュシーは沢山僕を抱き締めてくれるから!」
サニーアルマジロが言うには、そういうコトらしい。
一方リュシーだが、リュシーもサニーアルマジロが居付くのには賛成のようだった。
「温かいし、フワフワだし……私の体温のせいで無理をさせたりはしたくないから、無理させずに抱き締めるコトが出来るのが、嬉しいのよね」
そう嬉しそうに微笑むリュシーを見たら、友人としては応援するしかないだろう。
一人と一匹はまだパートナーというワケでは無いらしいが、ソレも秒読みだと思われる。
「ぽかぽか ごきげん 太陽さん
うとうとしちゃう 陽気だね」
今日もまた、リュシーはサニーアルマジロを抱き上げていた。
「ぽかぽか ぬくぬく してきたら
うとうとしたまま 寝ちゃおうか」
中庭のベンチで日向ぼっこをしながら、温もりで表情が緩んでいるリュシーは柔らかい笑みを浮かべている。
「あったか空気に 包まれて
優しい光に 夢の中」
サニーアルマジロはどうやら歌うコトが好きらしく、ゆったりした時間などによく歌っているのを見かける。
今日もまた、サニーアルマジロの歌声が聞こえた。
「わたがし キャンディ 時々ジュース
楽しい夢に 包まれよう」
子供向けの童謡はサニーアルマジロの幼い声によく合っており、聞いていると眠気が襲ってくる。
「ぽかぽか ごきげん 太陽さん
うとうとしちゃう 陽気だね」
こうしてのんびり過ごしている一人と一匹を見ていると、既にパートナーなのではと思えてきてしまう。
実際、直にパートナーになるのだろうが。
「ぽかぽか ぬくぬく してきたら
うとうとしたまま 寝ちゃおうよ」
ご機嫌で歌うサニーアルマジロの頭を撫でながら、リュシーが小さく欠伸を零したのが視えた。
否、よく視れば周囲、童謡が聞こえているだろう生徒達も何人かが眠そうだ。
一部などはすでに眠っている。
「ぐっすり眠って 元気になったら
お日様の下で また遊ぼうね」
そう歌は締め括られたものの、眠気は限界に達し、リュシーや自分を含めた何人かが中庭で寝落ちした。
リュシー
基本的にテンション低めで落ち込みがちだが、体温が上昇すればテンションは少し上がる。
なのでサニーアルマジロと一緒に行動するようになってからは接しやすくなった。
サニーアルマジロ
ヒトと接するのは元々好きだが、リュシーの反応は今まで見た中で一番可愛かったので一緒に居たくなった。
歌声はとても安心する音程なので寝落ちする生徒が続出する。