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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
七年生
208/300

本屋店主と乗っ取りおべべ



 彼の話をしよう。

 王都の本屋の店主で、おっとりしていて、よくパートナーに体を貸している。

 これは、そんな彼の物語。





 新刊を買いに本屋に入ると、エリク店主が柔らかい笑顔で出迎えてくれた。



「おや、ジョゼフィーヌ。いらっしゃいませ」


「いらっしゃい」



 続くように、エリク店主が羽織っている乗っ取りおべべもまたそう迎えてくれた。

 乗っ取りおべべは着物として着用すると乗っ取るタイプなので、今のエリク店主がしているように羽織るだけならセーフなのである。



「ハァイ、エリク店主、乗っ取りおべべ。今日は良い新刊があるんじゃないかと思って来たんですけれど」


「ジョゼフィーヌは良い子ですねえ」



 エリク店主によしよしと頭を撫でられた。

 既に結構な身長になっている上に甘えられる側なので、こうして撫でられるとむずむずしてしまう。



「ええと、わたくしただ新刊買いに来ただけですの、よ?」


「ソレが良い子なのですよ。本屋的に」


「ヴェアリアスレイス学園には図書室があるでしょう?ウチから入荷してくれてるとはいえ、沢山の生徒が無料で読めるようなものだもの。そこで読めば良いやってなって、買ってくれる子は意外と少ないのよね」


「あー」



 確かに図書室の品揃えはとても良いのでわからなくもない。

 あの図書室は空間拡張系の魔法が掛けられているコトもあって、ほぼ無限に収納可能だからこそ本の処分などもしない。


 ……間違いがあるとかで回収になったりした本とかもあるから、中々に凄いですわよね、あそこ。


 残しておいた方が、ずっと先の未来のヒトが助かるだろうから、という理由でゲープハルトが空間拡張をしてくれたんだそうだ。

 確かに昔のコトを知るには当時の資料などがあると助かるのも事実であり、何故回収されたのか、改変されたのかがわかれば時代背景などを理解するコトが可能。


 ……多分長年生きてるからこそ色々聞かれたんでしょうね、ゲープハルト……。


 恐らくだが、ソレが煩わしいから自分に聞かなくてもわかるように、と残させているのだろう。

 お陰で改変前と改変後を読み比べたり出来るので、こちらとしてはありがたいが。


 ……モノによっちゃ内容が完全に変化してるのもあるから結構面白いんですのよね。



「まあ無料って言っても図書室の使用料は学費分に含まれてるんでしょうし、私達も大量に入荷してもらえて助かってるけど、やっぱり、どうしてもね」


「俺もあの学園の生徒として世話になった身ですし、どちらにしろジョゼフィーヌのような生徒が買ってくださるのを思えば充分な収入ですが」


「そう言って珍しい本を買いあさるじゃない、アナタは」


「ハハハ、俺は本好きだからこそ本屋を開いたワケですからね。収入を趣味に費やすくらいは良いではありませんか」


「もう!趣味に費やすからこそ収入を気にしてるのよ?」


「あ、ならここの本屋には世話になってますので、この先もお願いしますというコトで投資しますわよ?」


「ソレはちょっと」


「キチンと働いて得たいし、学園に通ってる生徒からそんなお金を受け取る程飢えても無いわ」


「そう言わず、わたくしを助けると思って。無駄にお金が余ってて困ってんですのよ」


「凄いセリフですね」



 エリク店主は白いメッシュが入った淡い青色の髪を揺らして首を傾げ、困ったように苦笑した。



「とはいえキチンと働いての報酬ならばともかく、そういうのは受け取れません。せめてそれ相応のお値段な本を注文するなりしていただかなくては」


「うー……お値段高めな本って言っても、お値段どころじゃないレベルの本をゲープハルトが持って来て翻訳するコトになってるから、色々とアレなんですのよね……」


「大変ですね」


「私達本屋としては、ジョゼフィーヌの翻訳した本が売れるからありがたいコトだけど、確かに大変よね。読んだけど、翻訳元ってほぼ伝説扱いな本だったりもするワケだし」


「ああ、アレは驚きましたね。現代では文字が掠れた一ページしか残っていないと言われていた歴史的な本が、まさか一ページの破損も無くゲープハルトの手元にあったとは」


「ソレを普通の本みたいなテンションで持って来られて「んじゃ翻訳よろしくねー」って任されたわたくしの気持ち、わかります?」


「お疲れ様です」


「ドンマイ」


「アッハッハ……」



 同情した目で背中にポンと手を置かれた。

 つまりそのレベルだったというコトか。


 ……一応アダーモ学園長からも注意してもらえたみたいですけれど、ゲープハルトからの依頼はいつも通りにやべえのばっかりなんですのよね。


 まあ古過ぎて逆に新鮮だったり新発見だったりする書物を読めるのはありがたいので、良いというコトにしておくが。

 そういうのを翻訳しまくったお陰で、翻訳家達にも認められているみたいだし。


 ……普通の翻訳家達が数年掛かりでやるようなのを、この目でチート気味にどうにかしてるのはアウトなんじゃと思ってましたけれど。


 翻訳しているだけあって本好きなヒトが多かった為、わかりやすく正確に翻訳されてるのが読めるからオッケー、みたいな感じの扱いをされている。

 あと自分達でもそんな歴史的なの扱うの怖いし責任問題も怖いからありがとう人柱、という感じの扱いでもある気がする。


 ……ええ、まあ、天使ってそういうモンですけれどね畜生!


 基本的に貧乏くじを引かされているとはいえ働くコト自体は好きだし、やれば出来てしまうのが天使だ。

 そして役に立つという本能があるせいで、役立っているならまあ良いか、となってしまうのもまた事実。


 ……気にする方が負けってヤツですわよね、多分。



「……まあでも、お金はどうぞするよかキチンと対価として支払った方が良いのも事実ですし」



 家族に渡そうにも、上限が決められているせいで渡すに渡せない。

 姉は結構放浪しているので旅費として受け取ってくれるのではと思ったが、あのヒトは放浪するのが好きだからというコトで受け取ってくれない。


 ……つかソレ以前に、ドコに居るのかという情報もほぼ皆無ですものね。


 一応ダークストーンが移動する度にお土産送らせたり手紙送らせたりしてくれているお陰で無事なのはわかるが、相変わらずあちこちで面倒事に巻き込まれているらしい。

 本人まったく意に介さずケロリとしながら力業でどうにかしてるっぽいので、まあ大丈夫なんだろうが。



「よし、んじゃナニかオススメの本とか教えてくださいな」


「ではこちらの新刊などはいかがですか?ジョゼフィーヌが定期購読している作品の新刊です」


「凄く準備が良いんですのね」


「買いに来るだろうとは思っていましたからね」


「じゃあついでに、わたくしが好きそうなのがあるかも聞いてよろしくて?」


「条件は?」


「中古でも構いませんから、わたくしが興味を持ちそうで、かつ高いヤツを」



 そう伝えると、エリク店主が羽織っている乗っ取りおべべがクスクスと笑う。



「本当にお金を使いたいのね」


「身に余る金なんざ持ってても内臓縮み上がるだけですわ。過ぎたモノを持ってても仕方ありませんもの。パートナーが居るんならまだそっちの為に使用出来ますけれど、悲しいコトに独り身ですし」


「ふふふ、昔からそう言ってたのを思い出すわ。揺らがず独り身のままなのは可哀想だから、卒業するまでには良いパートナーに出会えるよう祈ってあげる」


「助かりますわ」



 実際言霊や念というのはシャレにならないので、そういう素敵な言葉を言ってもらえるのはありがたい。

 現実的に効果があろうがなかろうが、メンタル的には素晴らしい効果だ。


 ……分類的に乗っ取りおべべは付喪神系統だと考えると、ワリと言霊効果はありそうですけれど、ね。



「ううん、ジョゼフィーヌが好きそうで高いのはこの辺りですね。浮世絵という、極東のモノです。歴史的なモノだからと高値なんですが、どうでしょうか」


「ワオ。ソレもう遺産ですわよね」


「うーん、どうなんでしょう。元々は包み紙代わりだったそうなので。よくわからない文字だからか、ウチに流れてきたんですよね」


「コレ浮世絵の中でも春画の部類ですけれど……相当にレアっぽいのに売って良いんですの?」


「俺は本が好きなだけですから。イラスト単体はあんまりなんです。なのでこう、積極的に売ろうとも思えないので、ここで引き取ってもらえると」


「ならありがたく買わせていただきますわ。極東の生徒も結構居ますから、文字の部分を翻訳して提供すれば喜んでくれそうですし」



 春画なので、トイロ辺りに渡すのが良いだろう。

 参考文献だとか言って喜んでくれそうで、良いモノが買えた。





 コレはその後の話になるが、そういえばエリク店主と乗っ取りおべべの出会いを聞いたコトが無いなと思い出した。



「あの、ちょっと気になった、というか参考にお聞かせ願いたいんですけれど」


「はい?」



 浮世絵を丁寧に包装しながら、乗っ取りおべべを羽織っているエリク店主は首を傾げた。



「エリク店主と乗っ取りおべべってどういう出会いだったんですの?」


「そう大した出会いじゃないけど、気になるの?」


「参考にしたいっていうのと、あとここ本屋なのに着物の魔物と出会うってどういう起承転結があったのかが気になって」


「確かに、本屋と着物の魔物だと考えると出会いそうにないパターンですね。本屋と本なら結構色んな作品でありますが」


「そうは言っても、本当に大した出会いじゃないのよ?」


「乗っ取りおべべにとっては大した出会いでは無いかもしれませんが、その前に大変な思いをしていたでしょう。その辺りから話してみては?」


「面白くも無いけど……ジョゼフィーヌはお得意様だしね。どうする?聞くのかしら?」


「聞かせていただけるのであれば、聞きたいですわ」


「オッケー、わかったわ」



 クスクスと笑い声をさせながら、乗っ取りおべべは話し始める。



「まず私って、呪いの着物扱いだったのよね。相当昔から魔物化してたから。で、泰西の方に押し付けられたの。曰く付きでも、結構ウケは良かったみたい」


「あー」



 確かにそういうのを好む傾向にあるヒトはいつの時代も一定数居るのでわからんでもない。



「ただまあ乗っ取るは乗っとるワケだし、私も体乗っ取れたらそりゃ好きに動くでしょう?」


「まさかヒトを(あや)めでも?」


「まっさか。私がそんな意味の無いコトをするワケ無いじゃない。単純に、私がエリクの体を借りてやるようなコトをしてただけ」


「……ああ、成る程。許可を取ったワケでも無かったからこそ、持ち主が突然メイクして女言葉になって、っていうのが問題になったんですのね?」


「そういうコト。私を着るのが女なら特に問題は無かったんだけど、基本的に意識や記憶は共有してないから、乗っ取られてる側は寝てるような夢心地のような、って感じなの。

だからまあ、女を乗っ取っても普通にオカシイって発覚して手放されたりしてね」


「たらい回しにされたんですのねえ」


「そ。闇オークションとかにも売られたけど、最終的に私は質屋に売られたわ。流石に疲れたからもう休もうかと思ってたら、エリクに購入されたの」


「女性ものだったワケですが、着物は着物。羽織りとして使えそうでしたし、この紫色と柄が気に入ってしまったので、つい購入してしまったのですよ」


「で、即日に私を着て乗っ取られたの」



 乗っ取る側がそう説明するのも不思議な話だ。



「ただまあ、私って別に悪さはしないのよね。ただちょっとメイクして女の仕草と女口調になって、ちょっと現代の文化を見学するだけ」


「ヒトによっちゃそれだけで悪さでしょうね」


「ホント、ソレで手放されまくったわ。もっとも私も手放され慣れちゃったから、まあ良いかと思って好きにここの本読んだりしてね。で、そしたらお客が来たから普通に接客したの」


「あっ、ソコ普通に接したんですのね」


「ええ。客も明らかに色々エリクと違うし、目の色も違うからってコトで私には気付いてたみたいだけど、まあ良いかってスルーしてくれて。で、その日は代わりに店番して、自分から着物を脱いで乗っ取り解除」



 そこでさらっとスルーしている客のメンタルが中々強いように思うが、しかし狂人なんだろうと考えるとまあそうなるかとも思う。

 多分己も、初見だったとしても害魔じゃ無さそうならまあ良いかとスルーしていただろうし。



「そしたらエリクったら、代わりに店番してくれたしちゃんと接客してもくれたみたいだし、どういうヒトがどの本買ったかもちゃんと書いておいてくれたから、代わりに店番とかしてくれるなら乗っ取って良いよって言ってくれたのよ!」


「モチロン連日は無理ですけどね」


「もーそんな風に言ってくれたヒト初めてだったし、そもそも私って喋れるだけで自立移動無理なタイプでしょう?

下手に喋れるのがわかると本気で燃やされかねないしって思ってそれまでは喋らなかったんだけど、そんな嬉しいコトを言われたものだからつい喋っちゃって!」


「素敵ですわね」


「でしょう!それから定期的に体を乗っ取らせてもらってるの!普段もこうして羽織りとして使ってくれてるから、本当にエリク様様よ!だって私、着物だもの!」


「あー」



 確かに無機物系魔物の場合、そういう本能が備わっているコトが多い。

 ペンならペンとして使われたいという本能があると考えると、着物は己を着て欲しい、という本能があるのだろう。


 ……そう思うと、恐らく曰く付きとして認識されていたからこそ、普通に着るどころか触れてもらうコトすら無かったでしょうね。


 あったとしても、観賞用として飾られるくらいだろう。

 そういうのを嫌がり最早嫌悪レベルになっているゴールデンクロスを思い出すと、その歯がゆさは相当なモノだったハズだ。



「体が使えて、こうして一緒に店番をしたりも出来て……私、とっても幸せよ」


「お祝いにお金とか」


「要らない」



 幸せそうな雰囲気に乗じて押し付けられないかと思ったが、駄目だった。

 やはり己がお金を渡しても大丈夫だろうと思えるヒトは、大丈夫だろうと思える程に自制心がしっかりしている分、隙が無い。


 ……かといって金寄越せばっか言うような生きる価値無しの愚か者にくれてやる金では無いからこそ、面倒ですわよねえ。



「まあ、エリクと私の出会いはそんな感じ。楽しめたかしら?」


「ええ、とっても。参考になるかどうかはちょっとこう、個人差がありそうでしたけれど」


「そりゃそうでしょうね」



 己の言葉が相当ツボに入ったのか、乗っ取りおべべはとてもおかしそうにクスクス笑った。




エリク

おっとりのんびりした本好きであり、本関係で欲しいのがある時はここに来れば良いと言われるくらい顔が広い。

乗っ取りおべべに乗っ取られてメイクされたり女口調になったりするも、別に害は無いから、と流してる。


乗っ取りおべべ

着物として着ると乗っ取るコトが出来、羽織りのように羽織るだけだと乗っ取るコトは出来ない魔物。

実は綺麗な着物を着たかったけれど着るコトが出来なかった女性達の念で着物が魔物化した存在な為、自分(乗っ取り対象)を着飾るのは譲れない。


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