分身少女とビューティフルドラゴン
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼女の話をしよう。
ルームメイトで、遺伝で分身するコトが出来て、痛覚が鈍い。
これは、そんな彼女の物語。
・
異世界である地球には森の中でクマに出会う童謡があるらしいが、その時の主人公の恐怖はさぞや相当なモノだっただろう。
現在進行形で、害魔認定されていないだけの、人肉を主食とするとびきりヤベェ魔物と森の中で出会ってしまった己にはよくわかる。
「……ワー、ビューティフルドラゴン……」
「うん?」
木陰から差し込む日の光に、七色に輝く白い鱗をキラキラさせていたビューティフルドラゴンがこちらを向いた。
最高レベルと称されるその美しさに見惚れてしまうが、しかしこの魔物は色々と複雑な魔物なので、凄く微妙な気分。
……や、でも、まだ成体じゃないっぽいだけマシ、かもしれませんわね。
泰西風のドラゴンだが、その体は大型犬かそれより一回り大きいかくらい。
つまりまだ子供なのだろう。
……成長期って考えると、場合によっちゃ成体の方がマシな気もしますけれど。
要するに個体差の性格部分だ。
このビューティフルドラゴンはまだ成長期っぽいから純粋なのだろう。
それはまだセーフと言えるが、良くない成長をしたビューティフルドラゴンと出会わなかった幸運に感謝すべきか、良い成長をした安全なビューティフルドラゴンではなかった不運に嘆くべきか、さてどっちだろう。
「やあ、人間」
ビューティフルドラゴンはにっこりした笑顔で言う。
「僕はお腹が空いてるんだけど、僕はキミを食べても良いかな?」
「駄目ですわ」
「えー、どうしてだい?」
きょとんとした、拗ねたような表情でビューティフルドラゴンは首を傾げた。
「だってわたくし、普通に痛みがありますもの。腕が新しく生えたりとかもしませんし。万が一食われでもしたら、わたくしは激痛に泣き叫びますわよ」
「あ、ソレ僕の母が絶対に食べちゃ駄目って言ってたタイプの人間だね。うん?でもどうして駄目なのかな?母がナニか言っていた気がするけれど、忘れちゃったや。ねえキミ、知ってる?」
「一応は」
「なら教えてくれよ。僕はどうしてキミを、そして泣き叫ぶ肉を食べちゃいけないんだい?」
人間を人間と呼ぶのは良いが、肉扱いは止めて欲しい。
いや肉なのは事実だが、己は食用肉では無い。
……にしても、思った以上に幼いビューティフルドラゴンですわね。
まだ人肉を食ったコトがあるかどうかもわからないレベルで幼いのがわかる。
だがまあ、ソレは幸いなコトだろう。
……うっかり泣き叫ぶ人間の肉食ってたら、もう完全にアウトでしたわ!
セーフであるコトを神に感謝。
正直言うとそもそも、素晴らしい美しさを持っていようがなんだろうが会いたくは無かったのでソレに関しては物申したくはあるが、視える目を持っているのだからこそもう少し注意しておけば良かったのも事実。
こっちに害が無さそうならとスルーしてたのが仇になったので、自業自得と言えるだろう。
「どうして泣き叫ぶ肉を、ってか人間を食べちゃいけないかってのは、アナタは人肉を主食とするでしょう?」
「うん」
「そして食べた肉から、その肉の感情を察知する」
生きたまま食われれば、その時の感情が。
肉になっていたとしても、肉になる時の感情が。
「だからもしビューティフルドラゴンが泣き叫んだり、絶望したり、嫌がっていたりする肉を食うと、その感情を覚え、自分が食う肉はこういう感情を有するモノだ、って認識になりかねないんですのよね」
「つまり?」
「泣き叫ぶ系の感情オンリーな肉ばっか食ってると、そういう反応する人間を食いモンと認識するようになるってコトですわ。そうなるともう、害魔として討伐案件ですの」
「うーん、よくわからないな。僕はお腹が空いているし、僕達種族は人肉を食べないコトには成体になれない。空腹のままじゃ栄養が足りなくて、鱗の輝きもくすんじゃうしね」
「あー、まあ、そうなんですけれど」
その鱗の輝きが為政者を魅了した結果、厄介なコトになった前例がある。
というかモイセス歴史教師が授業で教えてくれた。
……ビューティフルドラゴンを飼って、奴隷とかを食わせて輝きを維持させてた、んですのよね。
当時痛覚無しで再生能力高めな存在などほぼ皆無だったし、いたとしてもソレを隠していただろう。
つまり普通に痛みを感じ、手足が再生したりはせず、恐怖という感情を感じ、死ぬ時は死ぬ人間達が餌として食われたのだ。
……んでもって結果的に、泣き叫んで拒絶する人間を食いモンだと認識、ってか刷り込まれてしまったせいで、そのビューティフルドラゴンは為政者達まで食らい、国一つを崩壊させたんですのよねー……。
過去視の魔眼を有するモイセス歴史教師曰く、ビューティフルドラゴンは手加減や常識を知らず、手を出して良い人間と駄目な人間とを区別出来なかったらしい。
その結果遊びのつもりで為政者の腕を食い、為政者が悲鳴をあげ、あっ食いモンだと認識され食われた、という感じだったそうだ。
……だからこそ、気を付けないと駄目なんですのよね。
ちゃんと提供してオッケーだよ、みたいな肉ならば良い。
現在人肉を主食とする魔物用に提供されている人肉などは、殆どが痛覚無しの再生能力者の肉だ。
つまり嫌悪も無く、痛みも無く、怯えも無い。
……そういう肉を食わせさえすれば、そういうの以外は食わないビューティフルドラゴンに成長するんですけれど。
要するに肉のタイプによって、安全度が変化する、というコトだ。
雑に言うならしつけちゃんとしないとヒト殺しかねん噛み癖のある子になる、みたいな。
「……例えばアナタが泣き叫ぶ系の肉を食って育つとするでしょう?」
「うん」
「そうすると、アナタは泣き叫ぶ系の肉を主食と認識しますわよね。全然良いよーって感じでケラケラ笑ってる感じの肉を見ても、きっと自分の食いモンとは認識出来ない」
「あー、確かにそうかも」
「ただしこの世の中で食べてもオッケーとされてるのは、全然良いよーって感じで提供されてる肉ですの。泣き叫ぶ系の肉は、食った瞬間に害があると判断されて始末される可能性が限りなく高いですわ」
「だから母は絶対食うなって言っていたのか」
「良いお母様ですわね。命の恩魔ですわよ」
「だねえ」
ビューティフルドラゴンはうんうんと頷く。
「でも提供されてるって言っても、鮮度は?僕時間が経った肉はちょっと」
「ああ、ビューティフルドラゴンって鮮度高めが好きですものね。まあでも一応ウチの学園の食堂なら新鮮な腕やら内臓やらを提供してくれるでしょうけれど……」
生徒がパートナーならばともかく、野生でしかない魔物を学園に置くワケにもいくまい。
普通にお兄様に連絡を入れるなりして、兵士に保護してもらおう。
……兵士なら再生能力が高い方も結構居ますしね。
ビューティフルドラゴンは成長期の際、そばに居る人間の性格に影響を受けるコトも多い。
そう考えると誰か丁度良いフリーのヒト、それも優しくて駄目を駄目だと言ってくれて再生能力高いヒトがパートナーになってくれれば安心なのだが、期待はしないでおこう。
引き取ってもらえるなら幸運、くらいの気持ちの方が色々楽だ。
「……とりあえず、食堂行きます?お腹空いてるんですのよね?」
「ソコに居る人間は食べても良いの?」
「人間の踊り食いは本人に許可取って、本人がオッケー出した場合のみなら」
「やったー」
我ながらどういう狂った会話だろう。
しかし痛覚無しで再生能力高めな友人達を思い出すと、普通にオッケー出しそうなのも事実なので仕方が無い。
「ただし先に兵士に連絡入れますわ」
「連絡?」
「アナタの保護ですわよ。野生でいても、運が良くないと食わせてくれる肉になんざ出会えませんわ。なら保護してくれて、ちゃんとした人肉を提供してくれる場所に行った方が良いでしょう?」
「んー、よくわからないけど、そうすれば肉が食べれて飢えずに済むってコト?」
「ですわね。だからその間、とりあえずわたくしの部屋で待機ですわ」
アルティメットレベルの狂人の場合、色々頓着しないから怖いのだ。
腕一本くらいならあげるから記念に鱗一枚ちょうだい、とか言いかねないトコロがある。
……んでもって、ソレがあり得る美しさなのが問題なんですのよねー。
だからこそ、国が滅んだりしたんだろうが。
神と女神に対し本能的に忠誠を誓っているお陰で惑わされない己のブレなさに感謝しておこう。
いや、この場合は遺伝元である父に感謝すべきだろうか。
「連絡したら食堂から肉貰ってきてあげますから、大人しく出来ますわね?」
「うんうん、任せてくれたまえ!」
ビューティフルドラゴンはご機嫌に尻尾を揺らしながら、ニコニコと頷いた。
・
とりあえずエマヌエーレに依頼して、兄に連絡してもらった。
その後に食堂で人肉を受け取って自室の方へと歩いていると、歌が聞こえた。
「人間ってなんだろな
不思議な生き物 それが人間
二本足なら人間なのかな
ううんそれなら鳥も人間」
……童謡ですわね。
「毛が無い生き物 それが人間
あれれおかしい 毛は生えている
ならば喋る生き物なのかな
他にも沢山喋ってる」
いまいちウケが悪くてマイナーな童謡なのだが、歌い慣れているようだった。
「羽無い生き物 それが人間
確かにそうだ けれども他にも
羽が無いのは沢山いるよ
結局ナニが人間なんだ」
……てかこの声、セイディの声ですわね。
「頭が良いよ 他にもいるね
指先器用 他にもいるね
炎を使える 他にもいるね
愛を知ってる 他にもいるね」
その歌声は、自室から聞こえていた。
「群れを作るよ 他にもいるね
孤独に生きる 他にもいるね
子供育てる 他にもいるね
矛盾がいっぱい 他にもいるね」
……一応防音のハズなんですけれど、ねー……。
「それが人間 不思議な生き物
よくわからない生き物だ」
よく見れば、自室の戸が少し開いているのが見えた。
「とっても未知に溢れてる
この世の不思議の象徴だ」
……戸締りちゃんとしなさいって言ってるんですけれど、ね。
そう思いながら歌が終わると同時に戸を開けると、室内が悲惨なコトになっていた。
血溜まりが出来、ソコに倒れているルームメイトのセイディ。
そんなセイディの腹を食い千切り、七色に輝く白い鱗を血に濡らしながら食べているビューティフルドラゴン。
そして、その様子を歌いながら眺めているもう一人のセイディが居た。
……うーん、地獄絵図ですわねー。
「……セイディ、ナニやってんですの?」
「あら、ジョゼ」
ベッドの上に腰掛けて、セイディは自分の死体が食われているのを笑顔で眺めていた。
こちらに向けるその笑顔は、普通にニコニコした愛らしい笑顔だ。
「それがね?部屋に帰ってきたらこのビューティフルドラゴンって子が居るじゃない?しかもお腹空いたから人肉食べて良い?って聞いて来たから、別に良いわよって食べさせてあげたの」
「あー、うん、成る程」
鮮やかな金髪を揺らして笑みを浮かべているセイディは、混血だ。
遺伝により分身が出来る、という混血である。
……また分身がぽんっと出来るんですのよね。
軽く押す程度の衝撃で、ところてんのようにセイディからもう一人のセイディがずるんと出るのだ。
ちなみに両方共本人らしい。
……一つを二つに分割して、足りない部分は周辺にある魔力で補填するコトで肉体的に問題無い仕様になってますしね。
意識が共有されている為、どれだけ分身しようとも全てが本物。
うっかり分身しても、強めに手を握るなどの強い接触で一人に戻れるのが彼女だ。
……んでもって親である魔物が、身代わり系ですものね。
要するにセイディは痛覚が鈍いらしい。
もう一人のセイディは死体というか、微妙にまだ意識があるらしいが、腸を食われながらも笑みを浮かべている。
……完全にホラーですけれど、アレって単純にくすぐったがってるだけなのがまたホラーですわ。
内臓を食い千切られる程度は、内臓がくすぐった痒い、程度の感覚らしい。
意識が共有されている分痛みも共有されているハズなのだが、そのせいか片方が食われていても双方笑顔だ。
……まあセイディ本人、この体質でずっと生きてますしね。
ちょっと怪我をすると、その瞬間怪我をしたセイディから無傷のセイディが出現するのだ。
そして無傷のセイディメインで元に戻ると、怪我が無くなる。
痛覚もほぼ無いコトから今までずっとそうやって来た為、食われるとか肉体を提供するとかに抵抗が無い。
……実際、腕切り落としたらその衝撃で無傷のセイディが出現するから、抵抗なんざ無いでしょうしね。
「……うん、まあ、セイディなら喜んでオッケー出すタイプの肉だからセーフですわね」
「あら、ジョゼったら。ソコはちゃんと人間って言ってちょうだい。混血だから生粋の人間では無いけれど、ちゃんとした人間よ」
「混血ならわたくしだってそうですわよ。というかビューティフルドラゴンに肉提供してくれたのは助かるんですけれど、この血溜まりどうすんですの?」
「肉って言わないでったら。私は肉じゃなくて私を提供してるのよ?もう」
「ああ、うん、ソレは失礼しましたわね。で、掃除は」
「私掃除魔法って苦手なのよね。イメージがちゃんと出来ないからか、血を吸ったカーペットとかはどうしようも出来ないわ。血の匂いをどうにかするなら出来なくもないけど」
「つまりわたくしがやるんですのね……」
まあ己の帰りが遅かったせいだと考えると仕方あるまい。
「んん~!はぁ、セイディ、キミの肉はとっても美味しいね!食べて良いよという気持ちに満ちていて、食べるごとにお腹も心も満たされていくようだ!って、アレ、ジョゼフィーヌじゃないか。いつ帰って来たの?」
「ワリとさっきから帰って来てましたのよ」
顔を上げたビューティフルドラゴンの口元はとんでもなく真っ赤になっていたが、人肉を摂取したお陰か鱗の輝きがより一層増している。
アンバランスさが凄いが、これもまた美しいのだろう。
……常識人だと、こういうの見て常識から外れたアンバランスさ、けれど絶対的なまでの美しさに狂うのかもしれませんわね。
そう考えると、かつてビューティフルドラゴンを飼っていたという王は常識人だったのが駄目な方向に狂ってしまった結果だったのかもしれない。
最初っからネジ飛んでてよくある感じに狂ってるお陰でそうならなくて良かった良かった。
……ええ、イージーレベルとはいえ狂人だったお陰で助かりましたわ!
そう考えると、今年の同室がセイディだったのも幸いだったと言えるだろう。
自室の床に血溜まりが出来ていてルームメイトの死体が落ちているのが幸いなのかはわからないが、まあもう一人のセイディが笑顔浮かべている以上は多分きっとモーマンタイ。
・
コレはその後の話になるが、ビューティフルドラゴンはセイディのパートナーになった。
兄からの連絡によると、付近に再生能力持ちで痛覚無しな兵士はそれなりに居るが、パートナーが既に存在している兵士ばかりだったそうだ。
保護だけなら出来ると言われたが、セイディもビューティフルドラゴンもお互いを気に入っていたし、相性も良い。
……なにせビューティフルドラゴンは幼いからか素直にセイディに懐いてますし、セイディは嫌がったりもせず自分の分身を食料として提供してますし、ねえ。
ビューティフルドラゴンが好むのは新鮮な、それこそ踊り食いレベルで新鮮な肉を好む。
なので生肉というか、生きている状態のセイディを食えるというのは大きかったのだろう。
本人も本魔も可能ならパートナーになりたい感じだったっぽいので、とりあえず保護は保留になり、セイディとビューティフルドラゴンはパートナー関係になった。
……うん、まあ、ソレは良いんですけれど。
「んー、美味い!やはり新鮮な人肉こそが至高の味だね!脈動する内臓の噛めば噛む程増す味もまた至高!これはもう、満足感のあまり僕の鱗が輝きに輝いちゃう気がするよ!」
……幸せそうに食べてますわねー。
食われながらビューティフルドラゴンの頭を撫でるセイディと、ソレを見守る無傷のセイディ。
そしてまた血溜まりの掃除をしなくてはならんのかと目が死ぬ己。
……ホント、コレさえどうにかなりゃ助かるんですけれど。
せめてシャワールームでやってくれと言ったのだが、断られた。
お風呂ご飯はちょっと、という理由だ。
……気持ちはわからんでもないから、納得するしかありませんでしたわね。
「んふふふふ、こうして美味しい肉が食べれて、パートナーであるセイディに頭を撫でて貰えて、これはもう僕、最高に幸せな魔物なんじゃないかな!」
「そう思って貰えてるなら良かったわ」
無傷な方のセイディがそう言って笑った。
食われている方のセイディは笑顔でビューティフルドラゴンを撫でているが、内臓を食われたせいで声が出せないのか、口から血を流しながらニコニコ笑顔を浮かべている。
……完全にホラーですけれど、コレが日常だからもう慣れるしかありませんわね。
というか年々イロモノ系の同級生がルームメイトになっている気がする。
もしや自分、大体の同級生と仲良くやってるから任せよう、みたいなノリで押し付けられているんではないだろうか。
……ま、多少面倒ってだけだから問題は無いし、良いとしましょう。
少なくとも翻訳作業やらの邪魔をしてこないなら、己にとっては大した問題でも無い。
面倒なだけで。
「ねえねえ、ところでジョゼフィーヌの肉も少しくれない?僕って基本的にセイディの肉を食べてるし、提供されている肉ばっかりだろ?泣き叫ぶ系の肉もちょっと試食してみたいんだ!」
「わたくしマジで再生しないし痛覚ガッツリあるタイプなんでお断りですわ」
ビューティフルドラゴンの今後の為にも己の為にも、しっかりキッチリ断った。
セイディ
遺伝により少しの衝撃でぽろっと分身が生まれる体質であり、半分割状態で片方が死んでも残ってる方は周囲の魔力などで補填されている為、特に問題は無い。
痛覚が限りなく鈍いので、腹を食われていようと笑顔でビューティフルドラゴンの頭を撫でれる。
ビューティフルドラゴン
見た目が凄く美しいドラゴンだが人肉を食べないと成体になれず、更に人肉を食べないとその美しさを維持出来ない魔物。
食べた人肉から味として感情を認識する為、食わせる人肉を間違えると人を食い散らかす害魔になる。