峰打ち少女とフュージョンソード
彼女の話をしよう。
剣を扱うのが得意で、兵士を志望していて、けれど常に峰打ちになってしまう。
これは、そんな彼女の物語。
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同級生のアデルに、自衛についてを相談された。
「自衛って、ナンかあったんですの?」
「ナニかがあったというか、ホラ、僕は兵士志望だろう?」
「ですわね」
首を傾げて暗めで濃い赤色の髪を揺らしたアデルに頷く。
「そして僕は剣の扱いにこそ長けているが、その」
「急所を狙えない」
「そう、ソレだ」
アデルはコクコクと頷いた。
相変わらず表情もそうだが、仕草もまた幼い感じのイメージを抱かせる。
「僕がどれだけ急所を狙って攻撃しても、まったく急所に当たらない。いや、ジョゼが協力してくれたお陰で実際は急所に当たってはいたという事実こそ判明したが」
「結局ダメージ与えられないコトに変わりありませんものね」
あまりにも急所に当たらないので確認したら、急所には当たっていた。
ただし、急所に当たれどクリティカルダメージが入らないだけで。
「うーん、わたくしの目はそういうのを見抜けるだけであって、だからどうしたというか、改善する方法がわかるワケじゃないのが申し訳ありませんわ」
そう、見抜けるだけだ。
具体的にはゴーストなどを視るコトが出来る目があったとしても、対処不可能だからやたら絡まれるだけ、みたいな。
……まあわたくしの場合は天使が半分入ってるお陰でそういうのに悩まされたコトはありませんが。
例えだから良いとしよう。
さておき問題はやはり、急所に当たってもダメージを与えられない、という部分だろうか。
「ジョゼは気にしたようだが、僕は色々判明したから安心出来た。
つまり、ええと、気にしなくて良い。ただワガママを言わせてもらえるのであれば、コレをどうにかする方法の発案を手伝ってもらいたい、のだが」
「そりゃ構いませんけれど、わたくしあんま役立たないと思いますわよ。自衛っつったって、わたくしは基本的にアナタと真逆ですし」
「確かにジョゼは、急所に当たっても致命傷が与えられない僕と違って、急所以外に当てても確実に致命傷を与えているからな」
「いや、急所とヒトが認識してないだけでわたくしはちゃんと急所を狙ってますわよ?そのヒトの古傷部分の超絶痛む箇所をピンポイントで抉るとかして」
「だがソレは、針の穴に糸を通すようなコトだろう。そう思うと、その視力があれば僕も致命傷を与えるコトが出来たのだろうかと、つい思ってしまうな」
「視力があってもアナタのアレが特殊体質みたいなモンだったら無理だと思いますわ」
「急に辛辣に言わないでくれジョゼ」
「でも兵士になるんであれば、そっちの方がありがたがられると思いますわよ?」
兵士は愚か者を捕縛するのがお仕事の一つだ。
未遂だろうと性的な犯罪を犯そうとすればソッコで頭パァンだが、しかしそうじゃない愚か者の場合は基本的に捕縛となっている。
……殺さないようにしてても攻撃力が過剰なヒトも結構いると考えると、殺そうというレベルで戦っても絶対に殺さない兵士、というのはかなり有望ですわよね。
相手があまりにも抵抗するようなら、手加減が出来なくなり、その結果致命傷を負わせてしまうという前例もあるっちゃある。
まあ基本的には抗った分だけ罪として加算されるのでしゃーなしみたいな感じではあるが、出来ればそういうのが無い方が良いのも事実。
「わたくしの場合、急所をピンポイントで狙えるとはいえ、本能的にやり過ぎちゃいますもの」
「……確かに、そうだな。いつも授業用のカカシが悲惨なコトになっているのは事実だ」
「ソレに比べて、アナタのは生け捕りにするのに適した能力。まあ、致命傷を与えられないというコトは無力化がし辛いというコトでもあるから面倒でしょうけれどね」
「そう、ソレだ。だから僕は自衛手段を得たいと思っている」
「ハイ?」
「一撃で戦闘不能に追い込めないから、反撃される可能性が極めて高いだろう?その反撃すらもどうにかいなせるようにというか、そういうのをされないようにというか」
「とにかく反撃されても問題無い技術、または威圧感が欲しい、と」
「そう」
「なら一応先に言っときますけれど、アナタに威圧感は無理だと思うからそれはソッコで諦めた方が良いですわよ。アナタ仕草と表情が幼くて可愛らしいんですもの」
「今僕は褒められているのか?」
「褒めてるけど褒めてませんわ」
いっそその幼さを武器にするコトが出来れば良いのかもしれないが、アデルはそういうタイプでも無い。
というかそういうのを意識しないからこその幼さなので、下手に意識しない方が活きる。
……多少情がある愚か者であれば、その幼さにウッとなって動きを止めて大人しく捕縛される可能性もありますし、ね。
情が無い愚か者の場合は反撃するだろうから、今から考えるのが重要になってくるが。
反撃されてもそれを逆に利用して相手を沈めるとかどうだろう。
……うーん、アデルの場合は力じゃなくて技術だからあんまりでしょうし。
急所に当たらないからというコトで技術は凄いのだ。
ただ、戦闘系天使である己が本能かつ力技でやっているような反撃法は教えても役に立たないだろう。
……相手の力を利用するなら技術があればイケるかもしれませんけれど、技術は技術でも剣の技術ですものね。
アデルも体術の授業を受けてはいるが、相手の力を利用して返すというのは微妙だったハズだ。
己の戦闘方法が完全に本能頼りなせいで役に立てず申し訳ない気分になる。
……体が勝手に動くんですのよね。
一応素の状態でも戦えるっちゃ戦えるが、得意かと言われると微妙なのも事実。
我ながら悪を潰す以外の戦闘が不得手過ぎる。
「んー、威圧感が無理だとすると、結局は技術になっちゃいますわよね。でもそうなると、アデルの場合は剣の技術がメインみたいなトコがありますし……」
「つまり、良い剣を持てば良いというコトだろうか」
「ある意味ソレで合ってるっちゃ合ってる気もしますし、ソレでいきましょうか」
「ソレで、とは?」
「良い剣を持って、ソレがどうにかしてくれるのを期待、ですわね」
「武器屋に行けば良いのだろうか」
「それよかシルヴァン剣術教師に先聞いた方が良いと思いますわ。確かに武器屋のバート店主なら適確な答えをくれるでしょうけれど、武器関係であればシルヴァン剣術教師も得意としてますもの」
「……シルヴァン先生に助言を貰うとなると、まずナニか差し入れを持っていった方が良いだろうな」
「ですわね」
あのヒトはやたら燃費が悪く、常に腹を空かせていると言っても過言では無い。
しかも腹を空かせていると不機嫌になるから面倒なのだ。
……不機嫌状態でさえ無ければ、まとも寄りな頼れる教師なんですけれど。
本人自身、不機嫌になりがちな自覚があるから、と生徒に八つ当たりしないよう昼寝しているコトが多いワケだし。
ただしまともな分生徒をよく見ている教師でもあるので、助言を貰うならまずこっちに聞いた方が良いだろう。
……ええ、フランカ魔物教師みたく授業の時間以外は学園外のどっかに居る、みたいなコトにはなりませんしね!
「しかし、僕はシルヴァン先生にナニを聞けば良いのだろうか」
「扱いやすそうな剣でも譲ってくれると良いんですけれど……まあ、事情を説明さえすりゃあちらが判断してくれるでしょう、多分。反撃対策として扱えそうな武器があったら譲ってくれって頼めばワンチャン」
「ん?聞くのではなく、剣を貰うのが目的なのか?」
「出来れば、そうですわね。良い武器の種類を知るのがメインで、可能なら剣をゲット。
そしたらその後はヘルマのパートナーであるソードゴーストに頼んで、本領発揮、ですわね。そうすれば普通よりも有能な護身武器になるでしょうし」
「ソードゴースト?」
「前に貸した英雄譚があったでしょう?あれの主人公……の、元となった人物ですわ。人物ってかゴーストですけれど」
「それって結構有名じゃないか」
「ですけれど、まあ本魔があんま本名呼ばれたくないようなので普通にソードゴースト呼びを希望してますわ。
んでもって死後も能力は使えるっぽいので、作中でやってたように剣に眠っている力を目覚めさせたりが出来ますの」
「……成る程。普通の護身武器を持った方が良いのは事実だし、ソレの扱いに慣れた方が良いのも事実。
だがまず他の武器よりも強い武器を持っていた方が安心感があり、反撃されたとしても余裕を持って迎撃出来る、というコトか」
「大体そういうコトですわ」
上手く行くと良いのだが。
・
コレはその後の話になるが、上手く行かなかった。
上手く行かなかったというか、シルヴァン剣術教師の武器保管部屋に行ったまでは良かったらしいのだが、ソコに置いてあった剣の魔物に一目惚れをされたらしい。
……一目惚れ、された、んですのよねー……。
初っ端から想定外な上、その剣は中々に厄介な性質だった。
しかもその性質を利用し、一目惚れしてからソッコでやらかした。
「まっさかフュージョンソードがアデルに一目惚れ、んでもってソッコで融合するとは思いませんでしたわ」
「ハハハ!私だってこのように素敵な女性が居るとは思っていなかったから驚きさ!」
どこからともなく、というかアデルの体の中から、そんな声がした。
「けれど、こんなに素敵な女性なんだ。そこでサヨナラと別れるだなんて出来るハズが無い!
しかも彼女は他の剣を選ぼうとしていて、その上ソレを魔物化しようとしていたんだろう?ならばそんなコトになる前に、私から行動すべきだろうと思ってね」
「魔物化ではなく本領発揮なのだが」
「まー間違っちゃいませんわね。本領発揮した結果魔物化する剣も居ないではありませんし」
例えばソードマンなどはそのクチだ。
というか彼の元の持ち主こそがソードゴーストなのだが、お互い余生みたいなモノだからか、特にコメントは無いらしい。
……ふっつーに会話してるくらいですものね。
内容は大体パートナーのノロケだし。
ある意味似てる、と言えるのだろうが。
「さておき、そういうワケでね。要するに一目惚れしたから、一緒に死んでほしいとなったんだ。他の誰かと死ぬだなんて許さない。彼女には是非とも、私と一生を共にしてもらわなくては!」
「すまないジョゼ、彼はずっとこう言っているのだが、僕はフュージョンソードについて無知でよくわかっていないんだ。
とりあえず彼が僕の体に融合して溶け込んでしまったらしいコトはわかるんだが、一緒に死ぬとかは比喩か?それともマジか?」
「マジ、ですわね」
「このチョコを贈呈するから説明を頼めるだろうか。シルヴァン先生にはジョゼに聞けと言われてな」
「基本的にそういうの無しで説明するコトが多いから、アナタのそういうトコがやたら律儀に思えますわ……本職の方が説明せずに生徒に丸投げなのはどうかと思いますけれど。でもまあ、ええ、了解ですの」
ありがたくチョコをいただき、一粒口に放り込む。
食べやすい味でとても美味しい。
「まずフュージョンソードとは、その名の通り融合する剣。対象の体に融合し一体化するんですのよ」
「ソレはわかる」
「実際されてますものね」
現在進行形で、アデルの細胞にフュージョンソードが混ざってしまっているのが視える。
最早アデルとフュージョンソードの子だろうかと思うようなレベルで混ざっている。
「ただ一体化しているからこそ、体の一部を剣に変化させるコトも出来るんですの。例えば四肢を拘束されたとしても、舌を剣にすれば口を開けるだけで相手の頭部くらいは潰せますわ」
「ソレ、確実に僕が捕まって拘束されているのを想定している気がするのだが」
「でも実際そうなっても助かるっちゃ助かりますわよ。
ぼそぼそ喋ってりゃ相手が聞こえねえよとか言って顔近付けるでしょうから、その瞬間にサックリと。まあ拘束されたとしても、手足を剣にすれば拘束具くらいは余裕で両断出来そうですけれどね」
「鉄くらいなら余裕だから安心してくれたまえ!」
「安心のような、そもそもの想定が不安なような……」
アデルの言葉に異世界の自分がごもっともと頷いた。
こういうシチュエーションの時に役立つだろうという例のつもりで言っただけなのだが、そうも気にするようなコトだっただろうか。
……あくまで想定であって、実際には起こらないでしょうし。
なにせフュージョンソードという種族は、種族的に愛が重い。
そして任意で剣を生やせるからこそ、そんな状況になる前に相手を仕留めるくらいはやってのけるだろう。
そういう魔物だ。
「ただし問題が一つ」
「問題?」
「いえまあ正直言って問題は一つどころじゃないんですけれど、とびきりヤベェ問題が一個あるんですのよね」
「怖いのだが」
「じゃあ端的に説明しますけれど、体から構築した剣が折れたらアデルは死にますの」
「…………ハ?」
「一蓮托生、ってコトですわね。剣の死というのは折れる時。そしてフュージョンソードとアナタは一つになってしまっている。
その為剣が死ねばフュージョンソードは死ぬ。同時に、フュージョンソードと一つであるアナタも連鎖的に死ぬ」
「……とびきりヤベェとはそういうコトか」
「そういうコトですわ」
納得したように頷くアデルに、こちらも頷いて返した。
「ちなみに一応フュージョンソードを分離して体外に出すコトも出来ますけれど、一回繋がってる以上は繋がったままなので、その場合でもフュージョンソードが折れたらアデルも一緒に死にますの」
「僕の現状がハード過ぎると思うのだが」
「そう言わないでくれ、アデル」
アデルの体の中から、子供をあやすような声色でフュージョンソードがそう言った。
「私はキミに惚れ、共に死にたいと思ったのだよ。その分私はキミの武器となるから、どうか私を受け入れておくれ」
「既に強制的とはいえ受け入れているような状態に思うが」
「ソレは確かに」
「あと武器になると言われても、お前を武器として使い万が一があったら僕は死ぬのだよな」
「共に死ぬのがいつになるのかと思うとわくわくするだろう?」
「いや、僕はそういうのにときめきを覚えるタイプでは無いからあまり」
「そうかい?私が死ねばアデルが死に、アデルが死ねば私が死ぬ。とても素晴らしい図だと思うがね」
「ううん……」
困っているのがわかる表情でアデルは首を傾げた。
「……ちなみにジョゼ、どうにかする方法は」
「呪いとか縁みたいなモンなので、体から分離した上でちょいちょいっとやればまあ一応は。
ただしフュージョンソードは相当に愛がヤベェしクソ重いコトで有名な魔物で、ええ、端的に言うと分離させた直後に共に死のうっつって相手の首落としてから近くのレンガに突撃自殺して、なんというか、そういう感じの前例がありますわ」
「穏便に仲良くしつつ心中するか、無理矢理に心中させられるかの二択というコトか」
「一応は首落とされる前にぶっ壊せばギリセーフですけれど」
「私も居るというコトを忘れていないかいキミ」
「でも魂の執着が凄いのか夢枕に立つっぽいんですのよね。ソレに関しては魔物登録されてないので種族名はありませんが、そうやって対象を衰弱死させるそうですわ」
「害魔じゃないか」
「対象の夢にのみ干渉するからか悪夢扱いになってるコトが多いらしくて、前例もほぼ無いからと登録されてないんですのよね」
「……結局僕はどうすれば良いんだ?」
「まあイヤならぶっ壊してからわたくしが魂ごとあの世にシュートしますわよ?
あまりに押しつけがましいのであり、害があると判断されればわたくしの中で悪判定が出るから本能的に始末するコトになるでしょうし」
「成る程、壊してから魂をシュートするコトで夢枕にも立たせないように、か」
「キミ達、おーい?私が思いっきりここに居るのだが。聞いているんだが」
フュージョンソードがやかましい。
「……ふむ」
アデルは頷いた。
「まあ、止めておこう」
「流石私が愛したアデル!そう言うと思っていたよ!」
「そう好意的過ぎる反応をされるのは慣れていないから困るが、まあ、今のトコロ害は無いからな」
一蓮托生にされたのは害が無いと言って良いのだろうか。
本人が良いなら良いが。
「ただし剣が折れたら死ぬとなると、そうポンポンと出して扱えはしなさそうだ。やはり他の剣を貰った方が」
「なんだって!?駄目だ!アデルには私が相応しく、他の剣を持つなどは許さない!今までの剣達は全て私に出会うまでの繋ぎだったと流すコトは出来るが、私に出会ってから浮気など許しはしないぞ!」
「凄い勢いで喋るなお前……」
……しみじみと感心したように言ってますけれど、アデルの反応はソレで合ってるんでしょうか……。
「だがフュージョンソード、お前を使って万が一があったらどうする気だ。僕が死ぬじゃないか」
「あ、一応ヒビとか入るまでならセーフですわよ。
んでもって一回体内に戻せば勝手に元通りの、言うなれば体力満タン全回復状態みたいな状態になるので、折れたり体から出したまま放置とかしなけりゃワリとどうにかなりますの」
「…………それならまだ、共存の道はありそうだな」
ふむ、とアデルは頷いた。
少し楽しげな表情からすると、折れなければ良いという部分から様々な戦い方を考えているのだろう。
……結局峰打ちに関しちゃどうにもなりませんでしたけれど。
まあ一つになっているとはいえフュージョンソードにその特性が付与されるコトは無いだろうから、頼もしいパートナーになるだろう、多分。
アデル自身結構メンタルがタフなので、思っている程問題などは無さそうだ。
アデル
兵士志望であり剣を扱うのが得意だが、どうしても致命傷を入れられない体質。
生きて捕らえるのに特化しているので兵士としては花丸であり、自衛部分も万が一の時はフュージョンソードが勝手に迎撃してくれるので問題無し。
フュージョンソード
一生一緒で一蓮托生な寄生系の武器系魔物。
対象の細胞と完全に一体化する為、一時的に分離しても完全に分離しているワケではない。