攻撃少年とオフェンスオアディフェンス
彼の話をしよう。
遺伝で一点のみ特化していて、特化している部分以外がまったく駄目で、兵士志望。
これは、そんな彼の物語。
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談話室で、ジョルダーノに相談された。
「防御力の強いパートナーが欲しいのだが」
「いやいきなりナンの話ですの?」
開口一番に言うセリフじゃないと思う。
だがジョルダーノはそれがよくわかっていないのか、不思議そうに首を傾げてその薄い緑色の髪を揺らした。
「私はナニかおかしいコトを言っただろうか」
「言葉自体はおかしくありませんけれど、順序省き過ぎですわ。まず相談があるというのを伝え、どうしてそんな悩みを持つかに至った起承転結を説明、その上で本題に入ってくれると助かりますの」
いやまあ出来れば相談を受けたりはしたくないが。
面倒事は出来る限りお断りである。
「成る程」
だがジョルダーノは、己の説明に納得したように頷いた。
「それは確かにすまなかった。私は少々そういうトコロに頭が回らなくて、申し訳ない」
「いえ、ソレは特に。アナタの場合は遺伝による体質みたいなモンですし」
「そうなのだが……私の相談は、言ってしまえばその体質についてなのだ」
「?」
「ジョゼフィーヌも知っての通り、私は遺伝で、こう、一点にのみ特化しているだろう?」
「ですわね」
事実なので頷きを返す。
ジョルダーノは言葉通り、遺伝で一点のみ特化しているタイプだ。
……一点である攻撃力は申し分ないんですけれど、ねー……。
攻撃に関する部分は良いのだが、ソレ以外がてんで駄目なのが彼である。
授業態度は真面目だし、キチンと説明すれば理解も出来るのだが、成績が殆ど中の下止まり。
……特に防御力がヤバいくらいに紙なのが心配ですわ。
鍛えているから筋肉はあるハズなのに、それがまったく防御の役に立っていない。
というか防御がゼロ状態で固定されているらしく、防具を纏わせたとしてもダイレクトにダメージが入るのだ。
……ホント、攻撃は完璧だしかなり強いんですけれど。
ただ攻撃に特化し過ぎている上に、防御が意味をなさない。
故に防御を捨てて攻撃する動きなのだが、一撃でも入ればソッコで気絶するのがジョルダーノの耐久度だ。
……結果、剣術でも体術でも、成績があんま芳しくないんですのよね。
しかもコレに関しては、親である魔物からの遺伝なのでどうしようもない。
己の悪への暴走が自動でスイッチ入るように、ジョルダーノの紙過ぎる防御力もまたコントロール不可能なのだから。
「だが私は、兵士を目指しているのだ」
「無理だと思いますわ」
「ああ、先生達にもそう言われた」
わかりきっている返答だったのか、ジョルダーノは真顔で頷いた。
「実際、わかってはいる。私は攻撃力こそあれど、他が駄目だからな。攻撃を一発でも食らえば戦闘不能になる耐久度では、兵士として働くのは厳しいのではないか、と」
「見た目は防御力硬そうなんですけどねえ」
「よく言われるが、単純に体力を強化した結果付随しただけのものだ。
防御力がゼロの上に体力まで無いのでは本当に役立たずなのでな。だが体力が上がり筋力が上がり見た目の防御力が上がり攻撃力が上がっても、悲しいコトに私の防御力は水に濡れたちり紙以下だ」
「実際否定出来ないレベルなのが困りものですわ」
少しちょんと指でつついただけでも破れるのが濡れたちり紙だ。
ソレと同等と自他共に認めるレベルでジョルダーノの防御力が低いのはよく知っている。
……だからもう、シルヴァン剣術教師もヨゼフ体術教師も防御力は捨てて攻撃だけ鍛えさせてますものね。
沢山の生徒を相手にしているだけあって、あのヒト達の判断は迅速だった。
攻撃を受けるのに慣れさせても意味が無いのがわかっているからこそ、ソッコで防御法を捨てて攻撃法だけを叩きこみ始めたのだから。
……実際、攻撃受けると気絶するからこそ、とにかく攻撃の種類を増やした方が良いのも事実ですしね。
攻撃を防御として用いるしかないというのが、ジョルダーノの現状だ。
「このままでは、私は兵士になれないだろう。というよりも、下手をすると普通に生きるコトすらままならない可能性すらもある。
今は学園という空間の中で、ジョゼフィーヌ達同級生がフォローをしてくれているからどうにかなっているようなものだ」
「そうもわたくし手助けしてませんけれど」
「コケて頭を打つだけで気絶する私だから、とよく助けてくれるだろう。当たるだろう位置から私を誘導したり、物理的にずらしたり、落ちてきたモノをキャッチしたり」
「まあ、手が届く範囲でしたらそりゃやりますわ」
視えているのに動かないのは少々納得いかないので当然だ。
まあ時々うっかりそのまま最後まで見てしまって、助けるのが手遅れになるコトもあるが。
「……で、つまり兵士になりたいが防御力の無さがコンプレックスだから、防御力に自信のあるパートナーが居れば二人三脚というか、そういう補い合うようにしてイケるんじゃないか、ってコトですわね?」
「つまりそういうコトだ」
ジョルダーノはうんうんと頷いて肯定した。
「例えば足が美しいブリジットのパートナーは、片目だったり片足だったりしているだろう?」
「成る程、比翼の鳥からそうやって補い合えば良いとなったと」
「ああ」
確かに比翼の鳥は二羽で一羽な魔物である。
目も足も翼も片方ずつしかないから、お互いで足りない部分を補い、身を寄せて一つの魔物として生きている。
……そう考えると、攻撃力のみに特化してるジョルダーノに対し、防御力が凄い特化してる魔物が居ればバランスが取れるのでは、ってなるのはわからんでもありませんわね。
「とは言っても、確かにわたくしは魔物の知識が多いですけれど、あんま役に立てるとは思いませんわよ?知識があるだけであって、生息地が不明な魔物に関してはどうしようもありませんし。
やたらと色んな魔物が生息してる裏手の森に居るならラッキーくらいのモンですわ」
「そのくらいで構わん。遺伝であるが故に自力ではどうにもならぬ部分なのだから、多少解決策の手がかりになるのならソレで良いのだ」
「…………そーゆーコト言いながらも、ジョルダーノって自分の防御力の紙さを嘆いたりとかしませんわよね」
「お陰で攻撃力が高いようなモノだし、この一点にのみ特化しているというのは親からの遺伝であり、贈り物のようなもの。ソレを疎ましくは思うまい。
そもそも嘆いたトコロでナニか解決するワケでも無いのだから、嘆くような時間があれば、こうして打開策を考える方が得策だろう」
「まったくもって同意見ですわ」
しかしまともそうだが、言動からするとイージーレベルな狂人な気がして来た。
常識人は常識があるが故に他人と己を比べて色々と内側で要らんコトをぐだぐだ悩みがちなトコロがあるが、ジョルダーノはソレが無い。
……ま、どうしようもねぇコトで愚痴られても面倒臭ぇとしか返せませんし、そういう淡泊さがある方が楽なのも事実ですわね。
「とはいえわたくしが魔物の情報を伝えるよりかは、実際にパートナーになってくれそうで、防御力強めな魔物を探して見つけた方が早いと思いますの」
「ジョゼフィーヌの目ならソッコで特定して見つけ出せるのか?」
「いやソレは普通に無理ですわ。わたくしのはあくまで視るコトに特化しているだけであって、探すのに特化してるのとは違いますのよ」
まあ優れた嗅覚で得れるだろうほんの僅かな情報なども視覚的に視るコトが出来ると考えると、探すのも苦手というワケでは無いが。
寧ろ僅かな痕跡も目視出来る為、どちらかというと得意な方だ。
……ただ基本的に痕跡を辿るとかが得意なだけだからこそ、不特定多数の中から特に決まっていない特定の存在を見つけ出すとかは普通に無理なんですのよね!
「端的に言うと、ちょっくら情報屋に頼んで教えてもらうコトにしましょう」
「武器屋のバート店主か?」
「あら、ご存知ですのね」
「攻撃に関しては大体出来るからな。様々な武器を見て、持たせてもらったりして感覚を養った方が良いと言われているから、多少の交流はある」
「なら一人でも」
「だが私一人で説明が出来るとは思えないから、ジョゼフィーヌも来てくれ」
「あのヒトなら選択肢の魔眼があるから、ジョルダーノからすれば話す前から理解してくれますわよ」
「そうは言っても、私達の知らない間に選択肢の魔眼でシミュレートをしているからだろう?
彼の中では何百通り、何千通りものシミュレートがなされている。そう思うと、私のつたない説明で彼の中で感じる時間を増やしてしまうというのは申し訳ない」
「ソレ気遣えるんなら、まずわたくしにその時間があるかどうかを先に確認取ってくださいます?」
別にナニも予定無いから良いし、そういう雑な扱いをされているのにも慣れているが、ソレはソレとしてこっちも気遣えくらいは思う。
まあ実際、己がダイジェストで伝える一回の手間と、バート店主が長い説明を無限に近い回数体験するのではという懸念を考えれば、誰だって説明役を連れて行くのを選ぶだろうが。
・
店内に入ると、バート店主が開口一番にこう言った。
「残念ながら、俺の店の在庫にお望みの魔物は居ない」
「まだ挨拶すらしてないんですけれど」
「まあそう言うな。いい加減律儀に挨拶をするのにも飽きた。今ジョゼフィーヌとジョルダーノが入ってくる瞬間を三万六千飛んで八十二回シミュレートしたのだからな」
「あらまあ、お疲れ様です」
「ジョゼフィーヌ、その反応で合っているのか?」
「そういうジョルダーノは今みたいなコト言われたらどう返すんですの?」
「無駄にパターンが多かったようで申し訳ない、と」
そういう発想と言動になる辺り、やはりイージーレベルの狂人だろう。
常識はあるが思考が通常とずれている感じ。
「パターンが多かったのとは違う。単純に俺が根掘り葉掘り可能な限り問い掛けただけだ。しかしそれでもお前達は俺に慣れているから、どの選択肢でもソッコで洗いざらい話してくれるから助かる」
「そりゃまあ、魔眼によるシミュレート内とはいえ、架空のわたくしが拷問でもされちゃ堪りませんもの。少なくともバート店主が情報を得るだけであって、ソレが公表されるわけでもありませんし」
「ジョゼフィーヌに同じく」
「俺はそうやって得た情報を売る情報屋なわけだが、まあ良い。お前達も俺が学園の生徒に甘いのをわかった上でそう言っているのはわかっているからな」
そう言い、バート店主は微笑む。
「さて本題の防御力が強くてジョルダーノのパートナーになってくれそうな魔物だが、生憎と俺の店にそういう魔物は居ない。
倉庫には結構な魔物が眠っていたりするのだが、ジョルダーノのパートナーには合わない魔物ばかりでな。しかしジョルダーノが望む魔物についてを俺は知っている」
「その魔物は?」
「オフェンスオアディフェンスだ。端的に言うとトゲが生えている盾の魔物だな。持ち主の攻撃力を防御力に、防御力を攻撃力へ反転させるコトが任意で可能という魔物。
ただしどちらか一方に偏らせるというタイプなので攻撃力を強めていると防御力が紙になるワケだが、それは今のジョルダーノとそう大して変わらない。つまりその欠点は欠点とも言えないワケだ」
「確かに、今ある欠点と変わらないのであれば、ナニも問題は無いな」
「故に利点として、オフェンスオアディフェンスが任意でそれらを偏らせるコトが出来るという部分が上がる。普通ならばソレは欠点になり得るモノだが、ジョルダーノからすればソレはデフォルト。
寧ろソレを最大限利用し呼吸を合わせタイミングを計れるようになれば、攻撃を受ける瞬間だけ防御力を強め、攻撃する瞬間のみ攻撃力を強める、というコトも出来る」
「ソレは凄くありがたいな!?」
基本的に真顔なジョルダーノの表情が輝いた。
「ちなみにそんなオフェンスオアディフェンスだが、学園の裏手の森に居る。よく生徒が訓練する岩場で出会ったそうだから、ジョルダーノが行けば出会えるだろう」
……未来視が混ざってるからこそ、完全にコレ予言ですわよね。
恐らく選択肢の魔眼によって、オフェンスオアディフェンスと出会いパートナーになったジョルダーノから色々と聞いたのだろう。
故に誰かに聞いたような言い方になっている。
「彼女は欠点として認識されるコトが多いその特性の為に、物置の奥の方に放置されていたようだ。そこから飛び出し家出して、学園の裏手の森で休んでいる。必要とされない、というのが無機物系魔物的に大分メンタルダメージが大きいようだから、真摯に接すれば心を開いてくれるだろう。
放置されていたのがとても辛かったようだから、頷かれなくともせめて磨かせてくれ、と言い磨き、少し会話をするというのを繰り返せば彼女も心を開いてくれるハズだ」
「……もう一回説明頼めるだろうか」
怒涛の勢いで提示された情報に、ジョルダーノは人差し指を立て、真顔ながらもちんぷんかんぷんなのがわかる表情でそう言った。
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コレはその後の話になるが、バート店主の助言というか予言の通りに行動した結果、ジョルダーノは無事にオフェンスオアディフェンスをパートナーに迎えるコトが出来たらしい。
「まったく、あれだけ言ったのに諦めないとは思いませんでした」
自立移動可能なオフェンスオアディフェンスは、そのトゲのついた盾であるボディで談話室のソファに座った。
立てかけてあるような見た目だが、きっと背もたれにもたれ掛かりながら座っている状態、なのだろう、多分。
……無機物系魔物って、この目で視てもあんまよくわかんないんですのよね。
生き物ならば心臓の動きや脈拍、筋肉の伸縮に呼吸に眼球の動きと全てをわかりやすく目に見えるカタチで教えてくれるが、そうじゃないのが無機物系魔物だ。
まあ魔物化していない物質に比べると意思があるのはわかるので、意思の無いソレらに比べればずっとわかりやすいのも事実だが。
「曲がり方を知らないというか、ナンと言うか……」
「酷い言いようだな、オフェンスオアディフェンス」
「粘ったのはアナタでしょう、ジョルダーノ!ヒトに扱われもしない防具にナンの意味があるのかと心を病んでいたというのに、ぐいぐいと話し掛けてきて!」
「駄目だったか」
「……駄目、というワケではありませんが。私は話し掛けられるコトも無く仕舞い込まれていた期間が長かったから、そういうのが恋しくも、まあ、多少はありましたし」
「そうか、ならばぐいぐい押して良かった。オフェンスオアディフェンスとの会話時間を作る為に毎回磨いた甲斐あって、オフェンスオアディフェンスも随分と綺麗になったからな」
「ソレに関しては、感謝しています。正直酷い錆びだった自覚はありますからね」
……既に、信頼関係を築き始めてるみたいですわね。
「結構仲良くもなっているようですし、その調子ならジョルダーノの戦い方を覚えてタイミングを合わせて攻撃力や防御力を操作する、というのもすぐに出来そうな気がしますわね」
「ま、まだソコまで仲良くはなっていませんよ!戦闘となると命を左右するモノでもあるのですから、それに関しては慎重にですね」
「ソコまで、というコトは、多少は仲良くなれたと自惚れても良いというコトか?」
「アナタはどうして人前でそのように恥ずかしいコトを言えるのですか!?」
飛び上がってそう言うオフェンスオアディフェンスに、ジョルダーノは実に不思議そうな表情で首を傾げていた。
ジョルダーノ
遺伝で攻撃のみ特化しており、その他が平均以下。
防御力はとびきり低かったもののオフェンスオアディフェンスのお陰で改善される。
オフェンスオアディフェンス
相性が悪いと持ち主とタイミングが合わず大惨事になってしまう魔物だが、ジョルダーノが攻撃や防御の偏り慣れをしていたので相性は抜群。
最適とする動きの解釈が一致している為、息を合わせやすい。