フラグ少年と縁切り鋏
彼の話をしよう。
フラグを目視出来る魔眼を有していて、けれどソレに干渉するコトが出来ず、不幸のフラグを折れるようになりたいと願う。
これは、そんな彼の物語。
・
休日に特に目的も無くのろのろと王都を歩いていたら、レオンチーと出会った。
そしてほぼ連行されるようなカタチでカフェへと引きずり込まれた。
「……あの」
注文した紅茶を飲んで喉を潤してから、向かいに座るレオンチーに問う。
「説明が完全に皆無だったのでよくわかんないんですけれど、結局アナタ、わたくしに何か用でもあるんですの?」
「そうやって不思議に思いながらも適応して普通に注文する辺り、ジョゼフィーヌらしいよな」
「放っといてくださいな」
連行された先がよく来るカフェだったから落ち着いているだけだ。
まあ大概の場所にはよく行っているので、路地裏の悪系統の場所でさえ無ければ基本的に余裕だろうが。
……悪系統の場所だと、不安とかより先に本能が騒いじゃうから問題なんですのよね。
落ち着いて話すとかも出来やしない。
そう考えると、このカフェは外の空間と区切られているから相談にも持ってこいな場所だ。
「……用、というよりは、相談だったり?」
「ああ」
レオンチーは生クリームをたっぷりつけたシフォンケーキを頬張りながら頷き、その薄くくすんだ朱色の髪を揺らした。
「しっへほほおり、ほえは」
「……わたくしの目には字幕表示されるから頬張りながらのもごもご喋りでも問題無いとはいえ、マナーは重要ですわよ。
特にアナタはわたくしに相談しようとしてる立場なんですから、もう少しそういうのを気を付けてくださいまし」
「ふはひ?」
「つまり、口ん中のモン食い終わってから喋りなさいな」
「ほーはい」
了解、と言ってレオンチーはもぐもぐとシフォンケーキを食べ、飲み込み、お茶を飲み、もう一口頬張った。
「こらこらこら」
「ふぁ?」
「相談あるっつってんのアナタですわよね?確かに食うか話すかの二者択一迫ったのはわたくしですけれど、そっち優先しますの?」
「ほはへほふはいーはほ」
「食や良いだろって……ま、わたくしの分のタルトがあるのは事実ですものね。面倒事の前に、糖分補給をするコトにしましょうか」
はぁ、と溜め息を吐いてから、目の前にあるリンゴのタルトを食べるコトにした。
「んぐ、さて、本題だが」
もぐもぐと食べ進めていたら、シフォンケーキを食べ終わったレオンチーがそう口を開く。
「俺の相談はまず知っての通り、俺の魔眼についてだ。あ、かぼちゃのパイお願いします」
相談ついでに注文しないで欲しい。
いや別に問題は無いが。
……連行されてまで相談事聞かされる身としては、腑に落ちませんわねー。
リンゴのタルトは腑に落ちるから、まあ良いか。
よくあるよくある。
「俺の魔眼はフラグの魔眼なワケだろ?」
「ですわね」
「だから俺には、様々なフラグが目に視える」
そう言うレオンチーの目には、魔法陣が浮いていた。
レオンチーのフラグの魔眼は常に発動しているオンオフが出来ないタイプらしいのだが、死人が出るようなモノではないから、というコトで目隠しを使用していないのだ。
……フラグが視える分には、良いコトですしね。
目を合わせた相手に散弾を撃たれたような衝撃を与えたり、自殺しなくてはという強迫観念を与えるモノでは無いなら目隠し無しでも問題ない。
「ただし俺の魔眼は、こう……レベルが低いんだ」
「レベルに関しちゃわたくしどーしようも出来ませんわよー」
タルトをもぐもぐと咀嚼してから嚥下し、言う。
「魔眼には確かに効果範囲だとか出来るレベルの差とかがありますけれど、ソレに関しちゃ基本的に生まれつきのモノですもの」
要するにランクみたいなモノであり、ソレは変動しない。
その状態でどこまで使いこなせるか、みたいなモノだ。
……だからまあ、レベルが低い魔眼でも使いこなせてるヒトは、いまいち使いこなせてないヒトのレベル高い魔眼よりも凄いコトが出来たりしますけれどね。
力は生まれつき決まっているからこそ、技術でどうにかなるか、という感じだ。
「ソレは俺だってわかってるっての。この魔眼とは生まれつきだし、鏡視ても成長フラグ無いし」
「どういう判断基準ですのソレ」
「さておき問題は、レベルが低いせいでフラグに干渉出来ないっつー部分だ」
「はあ」
タルトを食べながら曖昧に頷いておく。
「俺にはありとあらゆるフラグが視える。恋愛フラグとか、運命の出会いフラグとか、死亡フラグとか」
「ラストの格差やべぇですわねソレ」
「そう、コレがもんふぁいはんあよ」
「ナンて?」
かぼちゃのパイが来たのは良いが、喋りながら食うな。
眉を顰めてそう睨めば、レオンチーはパイをごくりと飲み込んだ。
「死亡フラグが問題なんだ」
「何事も無かったかのように続けますわねアナタ……」
「視えるっつーコトは、俺からするとそのヒトが死ぬってのがわかってるってコトだ」
「ですわね」
「だが干渉出来ない。俺はフラグに触れられないからな。レベルが高いフラグの魔眼ならフラグに干渉して刺したり折ったりが可能だったらしいんだが」
「フラグ刺すってソレはソレで怖いですわよ?」
……ソレだと死亡フラグを無限に刺せちゃいますわよね。
「ソレを言ったら折るのだって怖いだろ。生存フラグと恋愛フラグを折られたらどうしようもないぜ」
「ちなみに聞きたいんですけれど、わたくしの恋愛フラグって」
「まあ多少脱線したが、要するにそういうコトだ。俺は死亡フラグを見て見ぬ振りは出来ない。
幸い行動で、あっちに行かない方が良いとか忠告すれば回避は可能だってのはわかってる。が、直に良くないフラグを折れた方が良いだろ?」
「ちょっと、わたくしの問いを脱線扱いしないでいただけます?」
「というワケで、フラグをどうにか出来る方法知らね?」
「アナタわたくしの言葉完全に無視しましたわねー……」
まあ慣れているから良いが。
そう思い、溜め息を零した。
「つかんなコト言われましてもどうにも出来ませんわよ。干渉力強い誰かとかに聞きなさいな」
「でもジョゼフィーヌに仲介フラグ立ってるし」
「ナンですのそのフラグ」
「誰かとの出会いを仲介してくれる橋渡し」
「確かに天使って基本的に通訳だったり橋渡しだったりが役目ですけれど……」
人間要素が半分入っている混血とはいえ、天使の遺伝が強いからだろうか。
いや一応誕生の館のシステム的にそれは半分半分になっているハズだが。
……まあ、どっちに寄りがちかと言ったら天使寄りですものねえ、わたくし……。
「んー……フラグってのは要するに、可能性でしたわよね」
「まあ伏線みたいなモンだしな」
「微妙に違う気がしますけれど、まあ広義的には間違っていないので良いとしましょう」
紅茶を飲み、ふぅ、と息を吐く。
「うん、今度極東の縁切り寺だか縁切り神社だかに行けば良いと思いますわ」
「何故」
「死亡フラグというのは、要するに死との縁がある、というコトでしょう?」
「…………ふむ」
口の端の食べかすを舐め取ってから、レオンチーは頷いた。
「不思議な考え方だが、極東の考え方か?」
「らしいですわ。例えば縁切り系なんかは現代ではヒトとヒトとの縁だとか、そういう悪縁を切る場所と認識されてますの。ただし昔だと、病気治癒を願う為に通ったんだとか」
「さっきの死との縁っつー話と合わせて考えると、病気との縁切りを、ってコトか」
「そういうコトですわ」
察しが良くてありがたい。
「アナタが言う死亡フラグを折る、というのは、死との縁を切りたい、というのと同義ですわよね」
「だな」
「というワケで次の長期休暇に極東に行くなりして」
「ちなみに極東の縁切り系ではどうやって縁を切るんだ?やっぱ刀か?」
「チッ、しっかりと聞いてきますわね……」
「舌打ちすんなお嬢」
「ソレちゃんと様付けしてくれないと意味が違って聞こえますのよ」
しかし残念だ。
このまま、じゃあそういうコトで、と去ろうと思っていたのだが。
……察しが良い上にフラグが常に視えていると考えると、逃走フラグが視えてたのかもしれませんわね。
こういう時は少々厄介だ。
まあ説明さえすれば満足してくれるだろうから、良いとしよう。
「基本的に極東で縁というのは糸である、という考えなので、糸切り鋏がメジャーだと思いますわ」
「成る程鋏。でもナンで縁が糸なんだ?」
「んなコトわたくしも知りませんわ。運命の赤い糸とかそういう感じじゃありませんの?多分」
「あー」
レオンチーは納得したように頷いた。
正直今のは適当なのであまり真に受けられても困るのだが、詳しくと言われても困るので納得してくれたならばソレで良い。
「……あ、そういえば」
「よし話せ」
「ちょっと、わたくしまだそういえばって言っただけなんですけれど」
「ナニかを思い出した、または思いついたんだろ?フラグが立ったからわかる。ソレは俺の為になるフラグだ」
凄い見抜いてくるなと思ったが、武器屋兼情報屋なバート店主よりは会話が出来るから良いか、とも思う。
己も結構そうやって色々を省いた発言をするコトがあるのも事実だし。
「思い出したというか、今丁度雑貨屋で極東フェアやってんですの」
「……あの雑貨屋か?」
「知ってますのね」
「ああ、商品の説明をメイテから聞いてたらカウンターを素手で捥いで木材にして振りかぶってきたから」
「とんでもねえコトしてますわねあのヒト」
「パートナーらしい犬の魔物が霧状?になって止めてくれたからそのまま会計して、そっから行ってない」
「その状況で普通に会計して買い物済ませてるの凄いですわね……ちなみにその犬はアッシュドッグと言って、霧では無く灰ですの」
まあ多少のコトに動じないのが狂人だから、そんなモンなのだろう。
「さておき雑貨屋なんですけれど、もうすぐ極東フェアを終えるって言ってたんですのよ。で、売れ残ってるのが結構ありましたわ」
大体が中古の、というか魔力を含んだ極東の古いモノだった。
……売れませんわよねえ、アレは……。
中古なのは良いし、ナンだか歴史を感じるのも問題は無い。
ただコレ魔物じゃない?みたいな雰囲気を漂わせているのが問題なのだ。
……まあわたくしの目だと、無機物系魔物と魔力が含まれてるだけの道具の区別が付かないから実際のトコどうなのかは不明ですけれど。
「その中に古い糸切り鋏があったから、譲ってもらえないか聞いてみたら良いんじゃありませんこと?」
「……確かに、そういうのを所有するのでも結構違うだろうしな。関連がある道具を持つコトで、その道具が力になってくれるコトがあると言う」
「その力を底上げしてくれたり、増幅してくれたりとか結構ありますものね」
ズームォのパートナーである呪い人形とかもそういうタイプだ。
まあ彼女はズームォが作った式神系魔物だが。
・
コレはその後の話になるが、己の思考そのものがフラグだったのか、売れ残っていた糸切り鋏は縁切り鋏という魔物だった。
「……コレ、少し持っても良いか?」
「別に構わないが」
メイテが居ないからか比較的メンタルが安定していたタデオ店主から鋏を受け取ったレオンチーは、その場で切る動作をした。
その瞬間、糸切り鋏、ならぬ縁切り鋏が覚醒した。
「や…………っと!起きれましたーーーー!もうナンなんですかナンなんですかホントにもう!皆私に縁切りを願うのは良いんですけれど、使い方が全然合って無いんですよもう!
なのに縁切りとして私に願うせいで、その縁が私に絡んできますし!縁切り鋏が悪縁に絡まれて身動き取れなくなって長い眠りにつくとか冗談じゃありませんよ!もう!もう!」
本魔曰く、大体そういうコトらしい。
要するに縁切り鋏ではあったものの、前は魔物化直前くらいの縁切り鋏だったそうだ。
その為意志疎通が出来ず、キチンとした扱われ方をしていなかったとか。
……まあ確かに、鋏って切るモノですしね。
彼女を持って悪縁を思い浮かべながら切る動作をするコトで、悪縁を断ち切るコトが出来るらしい。
だが彼女に願いながらただ飾るだけだったせいで、悪縁を切るコトが出来ず、しかもその悪縁が彼女に絡みまくっていたそうだ。
……けれど、レオンチーが切る動作をしたお陰で、ソレらを切るコトが出来た、と。
「俺は特にわかってなかったけど、運命の出会いフラグが立ってるんならやるしかねえだろ。切る動作ってだけなら害無さそうだし」
レオンチー本人としてはそんな感じだったらしいが、その結果無事縁切り鋏は無事、魔物として覚醒した。
魔物というか、分類的には付喪神のような系統なのだろうが。
「まったくもう、ホントにレオンチーが居なかったらどうなっていたコトか!」
レオンチーによってツヤツヤに砥がれた縁切り鋏はそう言ってぷんすこする。
どうやら今まで愚痴れる相手が居なかった為、そういう昔のコトを愚痴りたくて仕方がないらしい。
「私!実用品なんですよ!なのに今までの持ち主はやれ縁を切ってくれ切ってくれと言っては飾って!美味しいご飯を作れるという包丁があるのにソレを飾るヒトが居るのか、っていう話じゃありませんか!?」
「ですわねー」
愚痴る縁切り鋏にうんうんと頷く。
……まさか極東フェアで、二体の魔物に出会うとは思いませんでしたわねー……。
「だから本当、レオンチーには感謝してもし足りませんよ。毎日私を砥いで、切れ味を鈍らせないようにしてくれますから」
「俺としては、縁切り鋏に恩だらけだから当然のコトをしてるんだけなんだが」
ジュースを飲みながら、レオンチーはそう言った。
「縁切り鋏でフラグを切ろうとすれば、綺麗に切れる。フラグを視るだけであって干渉出来ない俺からすれば、死亡フラグや不幸フラグを切ってくれるお前は感謝してもし足りねえ存在だよ」
「ふふふ、ではお互い様、というコトですね」
縁切り鋏は先程愚痴って満足したのか、ご機嫌な様子だった。
「しかし私からの恩だってあるんですよ?例えば、レオンチーは悪縁とされるモノしか切らないとか」
「良いフラグを折るつもりはねーからな」
「縁を自在に切れるとなったら、ソレを切りたいと思うのがヒトですよ」
「多分狂人だからそういう誘惑が無いんだと思いますわ」
「全力で賛成だけどあんま嬉しくねえな、その言い方」
全力で賛成しておきながらナニを言っているのやら。
ただの純然たる事実だろうに。
レオンチー
フラグの魔眼を有していて大体のフラグを認識しているが、フラグ自体に干渉するコトが出来ないタイプ。
しかし縁切り鋏のお陰で干渉可能になったので、怪我フラグや死亡フラグ、病気フラグをチョキチョキしてる。
縁切り鋏
鋏として用いないと本領発揮出来ないのだが、悪縁などを押し付けられるコトで絡まり、しかし縁切り鋏に悪縁が押し付けられているが為にそのヒトから悪縁が遠ざかる、という悪循環の結果眠っていた。
本魔も知らないが、実は縁または縁に準ずるモノを見れる存在でないと扱い切れず、思い通りの縁を切るコトは難しいとされている。