毒少年とアンターセラムクレーン
彼の話をしよう。
遺伝で体液が猛毒で、麻酔程度から致死毒になったりと日替わりで、少しの手汗も油断できない。
これは、そんな彼の物語。
・
談話室、向かいのソファに座ったアルフレットに頭を下げられた。
「お願いがあるのです」
「ああ、ハイ。とりあえず頭上げなさいな」
「いえ、願いを聞いてくださると仰られない限りは上げません」
「おいコラ」
それはもうお願いでは無く脅しだろうが。
そう思い、アルフレットの赤い髪をジト目で睨む。
「……わたくし、そういう強制系のお願いは嫌いですのよ。とりあえず頼みを請け負うかどうかは内容聞いてから判断しますから、顔を上げなさいな。じゃないと聞く耳持ちませんわ」
「ジョゼフィーヌならば聞く耳を持たずとも読み取ってくださるでしょう?」
「さっきから頼み事したいのか脅したいのかどっちなんですの?」
「頼み事です」
「なら顔を上げなさいな」
「ハイ……」
しょんぼりした表情で、アルフレットは顔を上げた。
「で、お願いというのは?」
「ジョゼフィーヌもご存知の通り、僕は体液が毒で出来ていますよね」
「ええ」
……それも日替わりなのがまたレアですわよね。
彼は毒系魔物との混血であり、唾液から涙から血液から、全ての体液が猛毒だ。
少しの汗すらも危険というコトで、アルフレットは常に最低限の露出のみの格好をしている。
……まあ、一応日替わりで毒が変化するからか、日によって落差が凄いですけれど。
少し痺れる程度だったり、また別の日は触れた皮膚が焼け爛れたり、油断ならない。
ソレは本人にも言えるコトだからこそ、彼は常に手袋などを身に着けているのだろう。
「日替わりで変化するからこそ、保健室に正規の値段で提供してるのも知ってますわ」
買い取り先は主にデルク保険医助手だ。
お手軽に多種多様な毒が手に入るからなのか、かなり気に入られているらしい。
……個人的にはその毒を盛られるコトもあるから、仲良く話してるのを見るとちょっと喉がギュッてなりますけれど、ねー……。
しかし採取した毒から薬を作ったり、その毒を調べるコトで解毒薬を作ったりしているデルク保険医助手だと思うと、仕方がないかとも思う。
いやまあ絶対に飲まないとはいえ、お茶に毒を盛ってくるコトを許すつもりは無いが。
……予めコレには毒が入っていると伝えてくれるだけ良いですけれど……。
そもそも保険医助手が毒を盛るコト自体おかしいと異世界の自分がツッコミを入れた為、そういえばそうだなと常識が戻ってくる。
よくよく考えれば保険医助手というのは生徒に毒を盛る役職では無かった。
「で、ソレが?」
「その、つまりですね……毒に強い魔物についてをお聞きしたいのです」
「沢山居ますけれど……毒持ちだからこそ耐性があるパターンと、毒とか効かないパターンと、薬系だからこそ毒に対抗出来るパターンのどれをお望みですの?」
「…………僕の」
ポ、とアルフレットは恥ずかしそうに頬を染めた。
「僕のパートナーになってくれそうな魔物についてを」
「ハイ解散」
「お待ちくださいお待ちください。解散なんてそんな殺生な」
ソファから立ち上がって去ろうとしたら、ガッと強い力でスカートを掴まれた。
すぐ修復されるとはいえシワになったり破けたりするのは本意では無いので、溜め息を吐きながらソファへと戻る。
「なーんで皆独り身のわたくしに聞くんですのホントにもう。
同級生相手に見合いセッティングしてるけど自分は独り身みたいなモンですわよ。パートナー欲しいって気持ちが無いわけじゃないんですからホントもう、勘弁してくださいな」
「そう仰らずに!」
「パートナー持ちに聞きなさいな。フランカ魔物教師なら魔物知識に優れてるしパートナーだって居ますわよ」
「パートナーが居ても学園に居ないのですよあのヒト!」
「なら他の友人とかに声掛けたら良いじゃありませんの。アナタ体液が猛毒であまり長く一緒に居ると空気中に蒸発した毒がちょっと危険ってだけで多少話す分は問題ないから、普通に友人多いですし」
「確かにそうなんですが、ジョゼフィーヌに相談すると素敵なパートナーに出会えるというジンクスが」
「ハウス。ゴーホーム。帰れ。わたくしもその噂は目にしましたけれど、確実にわたくし自身のパートナーとの縁を他に持ってかれてる気がしてんですのよソレ。帰れ」
「そう仰らず!」
「ハァ……」
アルフレットはこういう、結構ねばるトコが厄介だ。
いや猛毒な体液も厄介っちゃ厄介だが。
……蒸発して空気中に混ざるとか、どう考えても危険ですものね。
まあアンノウンワールドの住民は結構タフだし細胞すらもゴーイングマイウェイなトコがあるからか、多少の毒くらいなら余裕で対抗出来はするが。
それでもアルフレットには毒が大丈夫だったり毒持ちだったりするルームメイトがあてがわれているコトを思うと、油断は出来ない。
……まあどうせわたくし、天使の仕様的に毒盛られようが病気になろうが死に掛けようが、寿命までは絶対に死にませんけれど。
健康では無く元気でも無い状態であろうと、寿命さえ来ていなければ擦り切れるまで働いてみせる。
それが根っこの部分から社畜として作成されている天使の性質だ。
……改めて考えると、とんでもねぇ仕様ですわよね。
もっとも天使の仕様に謀反というモノが無い為、愚痴を言うだけで特に改善してもらおうとかは思わないが。
いやしてもらえるならしてもらいたいが、今でも問題無く生きてるならまあ良いか、となりがちなのだ。
……そゆトコ、我ながらホントに社畜過ぎますわー……。
「……じゃあ一応問いには答えるとして、さっき言った三パターンのドレを求めてますの?」
「そうですね……僕が素手で触っても問題無いような魔物が、良いですね」
「素手」
「手汗に気付かず、素手でうっかり他人の皮膚に触れてしまったコトがあるのですよ。とはいえ手汗自体、パッと見は掻いていないように見えたんですがね」
「で、相手が死んだと?」
「失礼な!僕は誰かを殺したコトなどありませんよ!僕の毒を買い取った狩人が害魔を討伐したとかはありますけど!」
「うん、今のはわたくしが悪かったですわ」
「エッ、ジョゼフィーヌが非を認めた……?」
「どーいう意味ですのよコラ」
自分だって流石に非のある無しはわかる。
ただトータルで考えて自分に非はないと思ったら一切認めないだけで。
「ええとですね、まあ要するにそういう感じの過去がありまして」
「結局手汗に接触した方の安否が不明なんですけれど」
「ああ、皮膚がちょっと溶けました」
「怖っ」
「肉はセーフだったから四捨五入すればセーフセーフ、って笑ってくださいましたよ。いやあ、あの時は本当にやらかしてしまった感が強くてどうしようかと」
「大事にならなかったのはなによりですけれど、そんなハードな過去を微笑ましい思い出話みたく離されてもリアクションに困りますわ」
まあ狂人同士だったのだろうと考えると納得出来るが。
「というワケで、素手で触ってもセーフな魔物をご存知ではありませんか?」
「沢山居ますけれど、出会いやすい出会いにくいとかありますわよ」
「その辺りはご心配無く。情報さえ教えていただければ、僕はそれで。狩人に毒を提供しているのもあって、狩人から情報集めも可能ですし」
「成る程」
確かに狩人は情報一つで生死が分かれる為、情報をとても大事にしている。
その狩人に聞けるとなれば世界中の狩人に聞けるも同然であり、狩人は害魔を判別する為にプロ並みの魔物知識を有している。
つまり、情報を提供さえすれば後はアルフレットが勝手にやるだろうというコトだ。
・
コレはその後の話になるが、情報を提供したのは己とはいえ、まさか一週間足らずでパートナーを作るとは思わなかった。
しかもアンターセラムクレーンという、分類としてはレア寄りな鶴の魔物を見つけるとは。
「……アルフレット、アナタ、知ってはいましたけどとんでもねえヤツですわね……」
「褒められている気がいまいち致しませんが、それほどでもありませんよ」
「貴様らはその言動で会話が成立しているのか?」
「ああ、お気になさらず、アンターセラムクレーン」
ジト目でこちらを見ながら言うアンターセラムクレーンに、アルフレットは人好きのする笑みを浮かべる。
「会話なんて成立しなくても、意思の疎通が大まかに出来ていればセーフです」
「アウトだろう」
「や、一応セーフですわ。最低限出来てりゃ死にませんし」
「寧ろ最低限出来ていなかった場合死ぬ方が恐ろしいのだが」
……ああ、このアンターセラムクレーン、まともなメンタルなんですのね。
アンターセラムクレーンとは、どんな毒にも対抗可能な抗血清を作れるという魔物だ。
その性質故か、アンターセラムクレーンに毒は効かない。
……緊急時には羽根が使える辺り、医療特化な魔物ですわよね。
抗血清を作る時間が足りない時などは、彼女の羽根を抜いて根本部分を注射器のように刺すコトで対処が可能だ。
もっとも羽根を抜くコトになるので、ホントの緊急時しかやらない措置だそうだが。
……ま、抜かないのアンターセラムクレーンが拒絶するからというより、こちら側が勿体ない!ってなっちゃうんですのよねー。
どういうコトかといえば、アンターセラムクレーンの羽はとても美しいのだ。
極東の物語で鶴が自分の羽根で反物を織ったそうだが、その反物はお偉いさんが賛美するレベルのモノだったという。
きっとその鶴はアンターセラムクレーンのように美しい羽だったのだろうな、と思わせる程の美しさだ。
……というかこれでもわたくし結構美しいモノを見慣れてるハズなんですけれど、ねー……。
友人にもやたら顔が良い子が居るし、友人のパートナーにそれはもう顔が良い魔物が居たりもするワケだし。
それでも慣れるコトが出来ないのだから、美しさというものは凄まじい。
「……ところで気になったんですけれど、アンターセラムクレーンはどうしてアルフレットのパートナーに?その美しさなら引く手数多でしょうに」
「ソレだ」
「ソレ?」
「その引く手数多なのが気に食わん」
ふん、とアンターセラムクレーンは鼻を鳴らした。
「ええとですね、どうやらアンターセラムクレーン、見た目の美しさに寄ってこられるのがイヤだったようなのですよ」
「あらまあ」
美しさに自信のあるアンナベッラや美脚である自覚があるブリジットのナルシストっぷりに慣れていたので、なんだか意外だ。
いやまあ、金の布であるが故に金持ち達のキラキラしい全てが嫌いになったゴールデンクロスという前例も居ると考えると、わからんでもないが。
「まったく、私の特徴といえば抗血清!ただその一点のみ!美しさなどあっても不要の長物!」
「はーいコレは個人というか個魔物の意見なのでステイ、ステイですわよー。お気になさらずー」
ガタガタと立ち上がったナルシストや女神達に声を掛け落ち着かせる。
談話室でなんちゅう発言をするのだこのアンターセラムクレーンは。
女神相手に美しさの否定やらをしたら、女神ではなく美しさのみの否定だったとしても、そしてアンターセラムクレーン自身に関する美しさのみの否定だったとしても、戦争勃発は回避出来んぞ。
……というか普段は皆他人の会話とか知らんぷりですのに、ナンでこういう時だけ聞いてんですのよー!
天使の立場は中間管理職なので普通に居心地が悪い。
「……うん、まあ、とりあえずアンターセラムクレーンにとっては抗血清という部分のみが重要だってのはよくわかりましたわ」
「実際そうだろう?私が美しいとしても、美しさと抗血清があるならば抗血清を選ぶのが普通だ。美しく死ぬより、抗血清で生きる方を選んでこその生き物だろう」
「あー、まあ、それはわからんでもありませんわね」
確かにその二者択一ならば、抗血清だ。
まあヒトによっては美しく散ろうとするのだろうが。
「大体ヒトが私に美しさを求めてどうするというのか。私に求めるのは抗血清だけであれと物申したい。私の美しさに心が安らぐだの言われても、そんなものは他にも多数存在している美しいモノで賄えるだろうに!」
「ああ、うん、美しさっつってもそれぞれ違う感想になったりはしますけれど、極端なコト言うとソレも否定出来ませんわ」
どんな毒などにも効く抗血清というのは、代替がそう簡単ではない。
しかし美しいモノを見て感動するというのは、他にも多数存在する美しいモノでも充分に可能だろう、というコトだ。
「……随分と、美しさが嫌いなんですのね」
「否、嫌いではない。ただ私の美しさが面倒なだけだ。誰だって、美しいという理由だけで剥製にされかけたり、飛ぶコトすら出来ない鳥籠の中に閉じ込められそうになるのはイヤだろう」
「あー、そりゃイヤですわ」
特に天使は有翼タイプなので、拘束を嫌う。
有翼では無い己でもそうなのだから、有翼であるアンターセラムクレーンからしたら反吐が出る行為だろう。
……というか、抗血清作るっていう最大級の特徴部分、剥製にしたら完全に失われますわよね。
美しさしか見ず、アンターセラムクレーンの命とアンターセラムクレーンが救えるであろう命を軽視するというのは、彼女からすればさぞや屈辱だったハズだ。
話した感じからすると、抗血清を作れるというコトにかなりのプライドを持っているようだし。
「そういうワケで私は私自身の美しさに興味が無い、というよりも最早嫌悪に近かったのだが、アルフレットは私の毒耐性と抗血清を求めてくれた」
「いえ、美しさにも見惚れましたよ?」
「見惚れただけであり、貴様が重要視していたのは私の持つ毒耐性だろう。そして、万が一があっても対処可能である抗血清。美しさに見惚れたとしても、その美しさを求めているかといえば、そうでは無い」
「……まあ確かに、毒に耐性があるという部分と抗血清を作れるという部分にのみ注目していましたからね。美しさに関しては完全に二の次だったのは事実です」
「それならば、否、それだからこそ良いのだ」
クク、とアンターセラムクレーンは喉で笑う。
「私はずっと、ソレを求めていたのだからな」
そう言ったアンターセラムクレーンは、アルフレットの手袋をクチバシで外し、その手に触れ、擦り寄る。
今日のアルフレットの毒は触れるだけでかぶれる猛毒なのだが、ソレに触れたアンターセラムクレーンは当然のようにナンの影響も受けず、美しいままだった。
アルフレット
遺伝で体液に毒があり、日替わりで毒が変化するので日によって危険度が変わる。
素手で触れるコトも危険なので、素手で触れるコトが出来るパートナーを求めていた。
アンターセラムクレーン
抗血清が作れる上に、その見た目がとても美しい鶴の魔物。
ただし本魔はその美しさに辟易している為、抗血清が作れるという部分を強く主張している。