雑貨屋店主とアッシュドッグ
彼の話をしよう。
王都の雑貨屋の店主で、怪力で、娘を溺愛し過ぎている部分以外はまともな。
これは、そんな彼の物語。
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雑貨屋に入ると、いつも通りにタデオ店主と、そのパートナーであるアッシュドッグが出迎えてくれた。
「やあ、ジョゼフィーヌか」
「いらっしゃいませ!」
濃い金髪を揺らして微笑むタデオ店主と、ニコニコ笑顔で迎えてくれる白い毛並みのアッシュドッグ。
この王都では珍しくまともっぽい店主に見えるが、実際はそうでもないのがアンノウンワールドの狂人率の高さを物語っていると思う。
……良いヒト、ではあるんですけれどね。
タデオ店主は雑貨屋らしく多種多様な品物を取り扱っていて、足腰や力が弱いお客さんの時は代わりに運んでくれたりもする力持ち。
その上、お金の少ない学生が相手の時は出世払いの無利子でツケといてくれるという聖人っぷりだ。
……ただ、娘馬鹿なのがアレなんですのよねー。
しかも過剰なレベルで娘馬鹿なので、パートナー持ちじゃない同級生男子からすると鬼門な店とも言える。
タデオ店主の娘であるメイテが同級生だからこそ、色々警戒してしまうのだろうが。
……まあ幸いここは定着してる客が多いのとイベント系多いから結構繁盛してますし、男子達もパートナー出来るまでは学園の購買利用してたりしますしね。
つまりお互い特に問題は無い。
ただ油断してパートナー持ちじゃない男子がこの店に来ると理不尽な警戒をされ、鉄球くらいなら砕く怪力持ちのタデオ店主がめちゃくちゃ敵視してくるだけだ。
……アッシュドッグが止めてくれるから、特に問題起きてないだけ良いコトですけれど。
生粋の人間でありながらあの怪力を有しているのは、中々に凄いと思う。
「ナニかお求めですか?」
「んー、お求めというかナンというか……」
アッシュドッグにそう答えてから、ヘラリと笑ってみせる。
「いつも通りの、お支払いですわ」
「またジョゼフィーヌが払うのか?」
「だってあまりツケててもアレじゃありませんの。友人の親の店に負担強いるのはちょっと。ここにはわたくしも結構お世話になってますし」
「だが、私達がツケで良いと言った相手のツケをジョゼフィーヌが払うというのは」
「今更今更。結構お金溜まってるから使いたい気分なんですのよ。というワケでハイ」
「……毎度」
タデオ店主は溜め息を吐きながら、渋々とお金を受け取ってくれた。
「……というか前から思っていたんだが、このツケの支払いに関してはちゃんと本人に伝えているのか?」
「ヤですわねー、伝えてるワケ無いじゃありませんの」
「だろうとは思ったが……ウチの店は特に困窮していないのだから、彼らの出世払いで構わないというのに」
「その通りです」
一度体を灰にし、カウンターの上に乗ったアッシュドッグもうんうんと頷く。
彼女は白い毛並みの犬であり、体を灰に変化させるコトが出来る魔物だ。
……多分、花咲かじいさんに出てきた犬ってアッシュドッグがモデルですわよね。
もしくはバルブブルーのように、物語から生まれた一種の概念的魔物。
そんなアッシュドッグは、心配そうな目でこちらを見た。
「私達としては支払っていただけるのはありがたいコトですが、ソレではアナタが損をするだけなのではありませんか?」
「翻訳でお金稼いでるから問題ありませんわ」
ゲープハルトがやたらとレアだったり古過ぎるレベルの本やらの翻訳を頼んでくる上に、この目のお陰で普通の翻訳家よりもスピードがかなり速いからか、結構な収入が入っているのだ。
今ではゲープハルトや教師達が持ってくる依頼よりも、一般のヒトから翻訳を依頼されるコトも多い。
……そしてわたくし、あんま使いませんのよね。
友人にプレゼントしたり買い食いしたりで浪費はしているものの、元々あまり物欲が無い。
そして高いよりも安くて良いモノを買いがちなので、お金が貯まっていく一方なのだ。
……良いコト、ではありますけれど。
あり過ぎても困るので、こうして使える時に使いたい。
気分は余ったパンの耳を無料でどうぞする感じ。
「……けれど、ツケをした彼ら彼女らが支払うとなった時、アナタが払ってくれたので大丈夫ですよ、と伝えた時、どういう反応をされるかとか……」
「多分、マジかアイツって反応をされると思いますわ」
申し訳ないコトをした、なんてウダウダするようなメンタルではやっていけまい。
つまり、ツケを支払える頃には大分頑強なメンタルになっているだろうから、多分こちらのコトをアホ扱いして終わる。
……ソレはソレで不愉快ですわね。
だが彼らに現金を渡しても中々受け取ってくれないので、仕事を紹介するくらいしか己が手伝えるコトが無いのも事実。
ならこうやって勝手に支払うくらいしかない。
「まあ誰も気にしないと思うので大丈夫ですわよ、多分」
「ホントにそう思うのか?」
「気にする子も居るかもしれませんけれど、そん時ゃわたくしが翻訳した作品なりをその金で買うなりしてくれりゃソレで良い、って伝えといてくださいな」
「そうすれば自分の収入になるから、と納得させつつ相手に知識を蓄えさせる為、か?」
「ノーコメント」
「まあ、ソレで良いならソレで良いが」
「というかもーホント、お金をどうにか使いたいってのが本音なんですのよわたくしの場合。無駄にお金があって怖い」
「貴族の娘が言うコトか?」
「貴族の娘だから言ってんですのよ。こちとら貴族の娘だからこそ、金のある無しにより発生するクソ面倒臭ぇアレコレ知っちゃってるんですから」
「相変わらず口が悪いな。一応言っとくがウチの娘にその口の悪さを伝染したら、娘の友人で女だろうが容赦なく敵と認識するぞ」
「んなコト言われても困りますわ。そっちでわたくしの口調を真似ないよう言っといてくださいな」
こっちの口調にどうこう言われる筋合いはない。
「……ともかく、お金を使いたいんですのよこっちは。でも使い道が無くて困ってんですの」
「学園にでも寄付したらどうなんだ」
「そうですね、アソコはかなり学費が安くてこちらとしてはとても助かっていますが、経営的に大丈夫なのかと思う程に安いですから」
「あー、まあ、そうなんですけれど」
確かに凄い安い学費で、あれだけの設備を整えていて、食費やら生活費やらが学費に含まれていると考えると、かなりの出費になるだろう。
教師達も結構好きに自分の専門分野に関して色々やっているワケだし。
……しかも、食堂の利用は学費に含まれてるからってコトで好きなだけ食べれますしね。
保健室利用も無料なので重病だろうが体質的に色々問題があろうが、学費さえ払っていればかなりしっかりとした対応をされる。
学費には魔眼封じ分も入っているし、特注の制服分だって入っているというのに、安い。
「…………前に、アダーモ学園長に聞いたコトあるんですのよ。学費かなり安いですけれど、コレ損してんじゃありませんの?って」
ただでさえ教師達が結構経費で色々と落としているというのに、生徒にバイト代出すからと言って雑用を頼むコトも多い。
主に掃除なんかがそういうのだし、自分の翻訳業に関しても、アダーモ学園長が依頼人になってくれるというのが多かった。
「よく本人相手に直球で聞いたな」
「今まで多種多様な狂人の相手をしたであろうアダーモ学園長だと考えると、まどろっこしい遠回りよりも直球の方が早いかと思ったんですの」
「わからなくはありませんが……学園長は、ナンと答えたんですか?」
「俺は昔四人組で旅をしてて、そん時に世界救ったり財宝見つけたり世界救ったり宝貰ったり世界救ったりしたんだよ、と」
「三回くらい世界を救っているな」
「まあ、学園長はあの伝説のパーティでリーダー的存在だったそうですから、逸話を考えると最低三回は世界を救っているのも事実でしょうね」
……うん、色んな逸話とかを確認すると最低でも三回、平均的に十二回、多くて二十三回は世界救ってるっぽいんですのよね、あのヒト達……。
最低から最高の振れ幅デカくないかと思わんでもないが、時が流れ過ぎているからそのくらいのムラがあるのは仕方ないだろう。
ご存命である当人達は、適当に旅してたら勝手に世界救ったコトにされてて、説明を聞いたらマジで知らない内に世界救ってて驚いた、って感じの反応だったが。
……んでもってアダーモ学園長がリーダーやってた理由も、他のメンバーは統率に一切向いてなかったから貧乏くじ引かされる感じで押し付けられた、って言ってましたわねー……。
夢を見ているヒトに申し訳ないので、この事実は言いふらさないでおこう。
「えーと、ソレでその、その時とかにゲットした財宝とかなんですけれど、結構な回数結構な量のお宝を見つけたので、総資産がとんでもねえコトになったらしくて」
「ソレがあるから大丈夫、と?」
「ええ」
正確には、「本来なら四人で分割だろうに面倒臭ぇから任せたって全部任されて、使い切るコトも出来なくて困ってたから学園で使う機会が出来て正直助かった」と言っていたが、まあうん、夢は大事だ。
ちなみにソレと同じ感じで土地とか金山とかが結構な数アダーモ学園長のモノとして所有されているらしく、お金にはまったく困らないんだとか。
……だからこそ、バイト代出すからって言って生徒に働く機会を与えて、一人でもやっていけるようにしてくれてるって感じですわよねー。
「ちなみにアダーモ学園長曰く、不老不死が豪遊する人生を七回送っても余裕なレベル、だそうですわ」
「流石というか、凄いな……」
「なので本人としては学費が安い方が困ってるヒトも色々学べるし、そうすれば世界がもっと向上するし、アダーモ学園長はその多過ぎる資産を使えるし、という感じらしいですの」
「不老不死が豪遊して七回転生、って不老不死ですら使い切れない可能性があるというコトですもんね」
「そう、だから学園関係で自腹すんのは問題無いそうですわ」
もっとも好き勝手使うのはアウトなのか、教師がオークション用の金を経費で落とすのは駄目らしいが。
まあソレは誰でもアウト判定出すと思うので、当然だろう。
「というワケで寄付するどころか寄付されそうになったので、こうやって外でお金渡すしか消費出来ないんですの」
「お金に困るヒトが居る世の中だというのに、お金の消費に困るヒトが居るモノなんだな……」
「そう、困ってんですのよ。なのに友人達は直でお金渡そうとしても受け取ってくれないから、プレゼントなりこうしてこっそりツケを払うなり、あとはもう外食の時に奢るしかないという」
「実家に渡すというのは駄目なのでしょうか?」
「過剰な金を持つと駄目になるという考えがあるので、渡しても全部が領地の為に使用されますわ。というか既に仕送りしてるんですけれど、ソレでもお金が貯まるんですのよ。…………困る」
「最後に本音が出たな」
実際、本当に困るのだ。
過剰な金を貯めるというのは経済的では無いから消費して経済を回したい。
でも回す程欲しいモノが無いというジレンマ。
「正直言って、ツケ云々じゃなく寄付というカタチで財布ごと置いていきたいくらいですわ」
「止めろ」
「こちらとしても理由無く、いえ理由があるのはわかりますが、対価も無しにそんな大金をいただくワケにはいきませんから」
「ホラ皆そう言うんですのよ!もう!受け取ってくれない!」
「受け取ってくれそうなあくどいヤツに渡……すのは無理だな」
「ええ」
悪に対しては金では無く死を与えそうになるので却下だ。
というか悪がのさばる原因になりかねんので、そんな肥料をくれてやるつもりなど無い。
……だからこそ、善だと思える相手に渡したいんですけれど……。
善人は善人だからこそ、まったく受け取ってくれないのだ。
もうこうなったら将来自分で新しく仕事始める友人に出資するという名目でお金を渡すという手段でも考えておこう。
・
コレはその後の話になるが、配達で出ていたらしいメイテが帰って来て、どんな話をしていたのか聞かれたので答えたら笑われた。
「アハハ!もう、ジョゼったら本当に面白いのね!お金があるコトに悩むだなんて!」
「こっちとしてはワリと切実な悩みなんですのよ?」
「そうは言っても、一般人なアタシからしたら冗談にしか聞こえないわよ?まあ、ジョゼのコトだから本気なのはわかるけれど」
メイテはそう言ってクスクスと微笑む。
「ああ、見ろアッシュドッグ。流石は私達の娘なだけあって微笑む姿もまた可愛らしいな」
「そうですねー」
「しかし髪が昨日に比べて三ミリ程伸びているようだから、目に入る前に整えなくては」
「三日前に整えたばかりだから大丈夫ですよ、タデオ」
「だが目に入ると痛みを、いやしかし最高の状態を維持させるのは当然とはいえ、その状態を見た他の男達がメイテに惚れないとも限らない……クッ、今すぐにでも学園へ向かい、パートナーの居ない男の目玉を抉るか!?」
「落ち着いてください、タデオ」
アッシュドッグはその体をぶわりと灰状にして、暴走しかけたタデオ店主の体を拘束した。
「そんなコトがあると思うからあるように思うんです。無いと思っていれば大丈夫ですよ」
「だが私達のメイテの愛らしさを考えると」
「大丈夫です。というかそもそも、生徒の親であるだけの部外者である以上、学園には立ち入れないじゃないですか」
「私は卒業生だから入れる!」
「卒業生も入れないようになっていると私に教えてくれたのはアナタでしょう、もう……」
娘馬鹿が弱発動したタデオ店主を拘束しながら、アッシュドッグは溜め息を吐く。
「……タデオ店主、相変わらずというか……メイテも大変ですわね」
「あら、そう?うふふ、ジョゼから見たらそう見えるのね。でもアタシからするといつもこんな感じだから、大変って思うよりも楽しいわ。
ええ、だって日常ってコトだもの。日常っていうのは異常が無いというコトでもあるから、素敵よね!」
「…………ですわね!」
つまり日常的に異常というコトなのではと思ったが、メイテの微笑みを崩すつもりはないので頷いておく。
王都の店主達は皆、まともな感じに狂っているのがデフォルトなんだろうか。
タデオ
コンビニと百均とホームセンターがミックスしたみたいな雑貨屋の店主。
やたら怪力だが優しい、と思いきや親バカなので娘関係で暴走しがち。
アッシュドッグ
見た目は白い犬だが灰になるコトが可能で、よく灰の姿になって暴走するタデオを止めている。
実はパートナーが善人だとナニか奇跡を起こせるのだが、公表する気は無いのでタデオにしか伝えていない。