鷹少年とウェイステッドソード
彼の話をしよう。
遺伝で頭部が鷹で、両手が鳥の足のようになっていて、酒に弱い故に絶対に酔わない。
これは、そんな彼の物語。
・
後ろから、オーシプにトントンと軽く肩をつつかれた。
鳥の足のような手であるが故に鋭いその爪は、こちらを傷付けないように気遣われている。
「ナンですの?」
「ん」
振り向くと、オーシプの手からポンっと小さな花が現れた。
「……どうだ?」
「満点だと思いますわよ。随分と上手になりましたわね」
「そうか、ソレは良かった」
オーシプは深紅色の鷹の頭で、満足そうに頷いた。
見る度に鷹っぽくない色の羽根だと思うが、まあアンノウンワールドの鳥は基本的にカラフルな鳥が多いし、なにより髪色のようなモノだと思うとそこまで不思議でもない。
「にしても、どーして毎回わたくしに手品の新ネタ披露に来るんですのよ」
「ジョゼフィーヌはタネが全て見えている分、辛口だからな。だが他のヒト相手なら充分に満足させれるかはしっかりと判断してくれるから、助言などがとても参考になる」
「なら良いんですけれど……マジシャンにでもなる気ですの?」
「いや、ただの趣味だ」
まあ確かに魔法があるこの世界で手品はそこまで需要があるモノでも無いので、趣味くらいが丁度良いモノだろう。
……性格としては真面目でクール系、なんですけれどね。
そんなオーシプだが、結構お茶目というか、ノリが良いトコロがある。
とっつきにくそうに見えて、コレでかなり付き合いが良いのだ。
「ところでジョゼフィーヌ」
「ハイ?」
「良い感じの玉を知らないか?」
「うーん、直前の会話とどういう繋がりがあるかも不明な言動。どういう目的でどういう用途の玉を求めてるかによって返答変わりますわ」
投げる用の玉なのか、お手玉用の玉なのか、玉転がし用の玉なのか、手の動きのリハビリとかで用いられるような玉なのかがまったくもって不明過ぎる。
「……俺は今、言わなかったか?」
「マジシャンになる気かというわたくしの問いにただの趣味だと返してからの、急な「玉くれ」宣言。アナタがもしそんなん言われたらどう思いますの?」
「頭がイカれているのだろうかと心配する」
「うん、ソレがつい先程のわたくしの心境ですわ。そしてわたくしがアナタに抱いた感想でもありますわね」
「成る程」
納得したようにオーシプは頷いた。
……本当、素直だしワリとまともではあるんですけれど、ねー……。
ただちょっと言葉が少なかったり足りなかったりマイペースだったりする為、会話が微妙にしにくいタイプでもあるのだ。
いやまあやたらぐいぐいと自分の話ばかりするタイプが相手だったとしても、会話出来ているとは言えないだろうが。
「俺が聞きたいのは、大きい玉と小さい玉があるかどうかだ」
「雀のお宿じゃないんですから……具体的にどういう用途に用いたくて、どういうサイズなのかを教えてくださいな」
「玉乗りとこう……コレだ」
そう言ってオーシプはナニかを投げてはもう片方の手でキャッチするような動きを見せた。
「成る程お手玉」
「ソレだ」
つまり曲芸とかがやりたいらしい。
実際曲芸と手品は別物な気はするが、誰かを笑顔にさせる為のモノと考えると広義的には似たモノだろう。
……オーシプ、バランス感覚優れてますしね。
鳥の足のような手と違い、オーシプの足は普通に人間らしい足だ。
しかし足の裏に吸盤があるんじゃないかと思うくらいに体幹が凄いので、玉乗りもきっとすぐに出来るだろう。
「お手玉なら、食堂で小豆貰って、カティヤ手芸教師に布貰って中に小豆詰めて縫えば作れますわ」
「俺の手は手芸に向いていないのだが」
「アッ」
言われてみれば、確かに鳥の足のような手では手芸は無理だ。
モノを持つ時も指では無く、殆ど爪で挟むようにして持ったりしているし。
「ならカティヤ手芸教師か、裁縫が得意なヒトに頼むのをオススメしますわ」
「わかった。ところで俺が乗れそうな玉は」
「いや流石にソコまでは知りませんの。自力で探しなさいな」
「わかった」
素直に頷き、オーシプは食堂へと歩いて行った。
恐らく先程言った通り、小豆を貰いに行ったのだろう。
・
オーシプは曲芸の一環として、剣を欲しがっていた。
剣があれば出来る芸の幅が広がるから、だそうだ。
……ええ、まあ、ソレは知っていましたけれど……!
「オーシプ、まさかアナタが、裏路地の露店で封印された状態のまま捨て値で売られている剣を購入する程にアホだったとは知りませんでしたわ」
「酷い言われようだな」
「いや狂人とはいえ常識がある身としては言わせてもらいますわよ!?
裏路地の露店とか明らかにアウトな品ばっか取り扱っている上に、その露店が封印解かずに、捨て値、つまりソッコで手放したいと思うようなモン買うとかアホでしょう!?」
「そうですそうです!私はそういう危険物なんです!わかってくれないこのヒトにもっと言ってやってください!」
「アナタにはアナタで言いたいコトは色々ありますけど、とにかくそういうモノを曲芸用に買うとか頭オカシイんじゃありませんのとしか言えませんわ!」
「ジョゼフィーヌだって狂人だろう」
「わたくしは常識があり自覚もあるイージーレベルの狂人だからちょっと違いますわよ!」
そしてまともな常識人はそのまままともな常識人だが、まともな常識人かと思いきやとんでもねぇレベルでイカれている場合はアルティメットレベルの狂人だ。
つまり最高レベルにヤベェ狂人と言えよう。
……というか、剣の方がわたくしに賛同してるのがまた……。
封印されていたらしい明らかにヤベェ剣が自分の意見に同意するとか、その分だけオーシプの狂人っぷりが強調されるので辛い。
オーシプは現代人に少ない常識人の内の一人だと思っていたのに、まさかアルティメットレベルの狂人だったとは。
……一見すると常識人だからこそ、アルティメットレベルの狂人は怖いんですのよねー……。
通りでちょいちょい会話がかみ合わなかったワケだ。
「……もう、とにかく言うだけ言ったから良いですわ。ええ、ナニも良くありませんけれど、どうせアルティメットレベルの狂人にナニ言ったって聞いてくれないのはわかってますし」
常識人だと思っていた今までならばもう少し粘っていただろうが、話の通じないヤベェ狂人が理解してくれるとは思えないのでもう諦めた。
周囲に被害が無ければソレで良い。
「で、そちらの剣、魔物のようですけれど」
「ああ、箱を開けたら喋った」
「箱自体に封印が施されていましたからね。お陰で私も強制的な深い眠りから目覚めるコトが出来ました」
彼女はどうやら自立移動が不可能なタイプらしく、オーシプの膝の上に置かれたままだ。
普通抜き身の剣、ソレも魔物な剣を膝掛けのように置くかと思うが、まあアルティメット狂人ならそんなモンだろう。
……理解しないようにするのが、一番心を騒がせずに済む方法ですもの、ね……。
つまり臭いモノに蓋をして見ない振りをしているというコトだが、下手に関わって自分だけ損するみたいなコトになりたくないのでやむを得ない。
アルティメットレベルの狂人の場合、下手な善意で関わると面倒なコトになるモノだ。
「だと!言うのに!」
腕があったら机を叩いていただろう声色で、剣の魔物は言う。
「私に触れても余裕で平気とか、どうなってるのですかアナタは!」
「お前はずっとそう言っているが、お前に触れるとナニかあるのが普通なのか?」
「ええそうですとも!ソレが普通!私に触れた瞬間にそのヒトは意識を失い、ただ楽しいという気持ち!快楽!欲望!それらに夢中になってヒャッハー暴れるハズなのに、ふっつーにまとも!」
「いやまあ既に狂ってるコトを考えるとまともじゃないと思いますけれどね」
「双方俺に対して酷く無いか」
「事実でしょう!」
「正直オーシプの毒が勝って彼女の毒を無効化したんじゃと思ってるくらいで、ええ、普通のコトですわ」
「事実と普通が辛辣だな」
そう言ってオーシプは少し拗ねたような表情になったが、視た感じ特にダメージは受けていないようなので放置で良いだろう。
「う、うう……このウェイステッドソードが、持ち主を泥酔させるコトが出来ないだなんて……!」
「……ウェイステッドソード?」
嘆く彼女の言葉に、心当たりが無いらしいオーシプがこちらを見た。
「…………えーと、ウェイステッドソードとは持ち主を泥酔させるという剣の魔物ですわね。
剣を持つだけで前後不覚になり、意識がぼんやりし、敵味方関係無く夢見心地で斬りかかってしまうという呪いの剣の一種ですの」
「なっていないが」
「だからオカシイのですよアナタは!今まで私に触れて泥酔しなかったヒトなんていなかったのに!」
まるで今まで自分に惚れなかった男は居なかったみたいなセリフだが、ウェイステッドソードは実際そのレベルの効果なので否定出来ない。
小説などでも、自分の力量に悩んだ主人公の仲間とかがウェイステッドソードに手を出し、大惨事を引き起こし、主人公によってソレをどうにかしてもらって、手っ取り早く力を手に入れようとするなんて間違っていた、となるトコロまでがテンプレ展開。
……バトル系、かつ自分の力量に悩んでる系の仲間が居る時のお決まりパターンに組み込まれてる魔物ですのよねー、ウェイステッドソードって。
時々ウェイステッドソードじゃない魔物が出て来る時など、そう来たか!と思ってしまうくらいにはテンプレートになっている。
「……でも、ホントに不思議ですわね。オーシプ、アナタ触れててもナンともありませんの?」
「ああ、まったく。長い封印で能力が無くなったのではないか?ジョゼフィーヌも触れて」
「ヤですわ」
「拒絶が早いな」
「あのですね、無事なアナタにはわからないかもしれませんけれど、ウェイステッドソードってマジでヤベェタイプの魔物ですのよ?
ウェイステッドソードの被害に遭った地域限定とはいえ害魔認定されてるレベルなんですから」
「地域限定で害魔認定されるとかあるのか」
「稀ですけれどね」
「そうです!私はそういう本当に危険な魔物なのですよ!よくわかっていますねお嬢さん!さあ、もっとこの無知な鈍感男に私の危険さを教えてやってください!」
……うーん、やりにくい。
オーシプがアルティメットレベルの狂人であるコトと、ウェイステッドソードが悪でないのに自分の悪さを主張しようとしている辺りが、どうにもこうにも。
いっそ全部投げ出してソッコで自室戻って昼寝したいという堕落した自分の悪魔染みた囁きが聞こえる気がするが、ソレは後でやるから今だけ少し頑張ろう。
……ええ、ナニを頑張れば良いのか、わたくし自身も具体的にはまったくわかってませんけれど!
「……ええと、ウェイステッドソードって、普通は持ち主が手を離さない限り、ずっと泥酔状態になるんですの。手を離せば酔いは醒めるんですけれど、逆に言うと離さない限り正気に戻らないのが厄介なんですのよね」
「痛みで正気に戻ったりはしないのか?」
「普通はソレで正気に戻るパターンも多いですけれど、彼女の場合は酔いで脳がボケるから無理なんですのよ。
千鳥足で動きが読みにくいし、痛みに鈍いし、ふらふらしてて倒れるかと思いきや急に鋭く斬りかかってくるしで小説なんかでは本当に面倒な敵役の常連ですわ」
「そう、本来はそのくらいに厄介なのですよ!私は!持ち主を酔わせて私と相手しか居ない深層世界できゃっきゃうふふと楽しませるのが私ですのに!」
ちなみにこの場合のきゃっきゃうふふとはウェイステッドソードにとってのきゃっきゃうふふ、つまり剣としての価値観の為、大分血生臭いきゃっきゃうふふとなる。
人間が想像する浜辺での追いかけっこでは無く、敵味方入り乱れの死体量産パーティーがウェイステッドソード流のきゃっきゃうふふ。
……うん、まあ価値観の相違ってヤツですわよね。
人間ですら地域差でかなり価値観が違ったりするので、種族が違う存在と価値観が一致しないというのはよくあるコトだ。
「うう、どんな人間だろうと泥酔させてめくるめくスイートで血の香りに満ちた官能的な時間を楽しむのが私ですのに、自信を無くしてしまいそうです……」
「でも実際、ホントにどうしてウェイステッドソードが無効化されるのでしょうか」
「俺の場合、頭部と腕くらいしか親の遺伝が出ていないからな。親にも無効化能力などは無かったハズだし」
「他に理由があるとすると……」
「だからジョゼフィーヌが試しに持って泥酔するかどうかを確認」
「犠牲出そうな確認方法は却下ですわ」
ウェイステッドソードを差し出して来たオーシプによって危うく接触するトコロだったが、視えていたのでさっと避けた。
アルティメットレベルの狂人はこういう突飛な動きをするから油断ならない。
「んー、わたくしとしては一個だけ心当たりがありますけれど……」
「ナンだ?」
「ドレですか!?」
「オーシプの背中に彫られてるタトゥーですわ」
「俺の?」
そう、オーシプの背中にはタトゥーが彫られている。
「確かオーシプ、前に言ってましたわよね?昔、親の酒を間違えて飲んだ時に危うく死ぬレベルで酒に弱いコトが判明した、と」
「ああ。だから万が一を懸念した親によってアルコール無効化のタトゥーを彫られた。またうっかりで酒を飲んでポックリ逝ったら大変だからな。……まさか、ソレか?」
「そんな!私のは泥酔させるという効果なだけであってアルコール注入ではありませんから、そんな効果のタトゥーがあっても意味は無いハズです!」
「うん、わたくしもそう思いますわ。でも確かオーシプ、言ってましたわよね。酒が使われている料理は水っぽく感じる、と」
「……言ったな。アルコールは飛んでいるハズだが、酒が入っているのはチョコだろうが煮込み系だろうが水っぽい」
「とすると、そのタトゥーの効果はアルコール無効化では無いのかもしれませんわ」
恐らくオーシプは、酒に酔わなくなる効果のタトゥーだと教わったのかもしれない。
だから、アルコール無効化のタトゥー、と認識した可能性がある。
「可能性としては、酔い全般の無効化」
「た、確かに私の能力は泥酔させるモノですから、酔いを拒絶されてはどうしようもありませんね……」
「酒の味が水に感じるのは?」
「恐らく味覚が酒の味を感じ、脳が誤認して酔う可能性があると思ったのでしょうね。
お酒に弱いヒトは香りだけでも酔うコトがあると言いますから、酒関係のみ味覚が反応しなくなるんだと思いますの」
「成る程、酒に関してだけ味覚がシャットアウトするから俺は酒の味を全て水の味と認識する、と」
「多分ですけれど、だからオーシプは彼女に触れても大丈夫なんだと思いますわ」
「よし、では確認の為にジョゼフィーヌ」
「試しませんわよ」
次もっかい言ったら流石にチョップでもカマそうと思っているのがわかったのか、オーシプはソレ以上言わなかった。
流石アルティメットレベル狂人、引き際をよくわかっている。
・
コレはその後の話になるが、タトゥーの効果とはいえ泥酔させられないというのはウェイステッドソード的に大分プライドが傷付けられるコトらしい。
そしてオーシプはオーシプで、捨て値だったとはいえ自分が買ったモノだから、と彼女を手放す気は無いらしい。
要するに、時々ウェイステッドソードが文句を言いながらも仲良くやっているというコトだ。
「玉の上に乗りながら、紙を撒き」
どうやら自力で見つけたらしい玉乗りサイズの玉に乗りながら、オーシプは小さい紙をバッと撒く。
「剣を一振り」
抜き身のまま腰に提げているウェイステッドソードを持ち、振った。
「あら不思議、紙が弾けて花びらに」
剣圧を受けた紙は、一瞬で花びらのカタチに変化した。
実際に花びらになったのではなく、紙片が花びらのカタチに加工されたのだ。
「……どうだ?ジョゼフィーヌ。この新作は」
「うーん、駄目ですわね」
「具体的には」
「剣をメインにした手品がしたいって言ってたのに、コレじゃメインが花びらになった紙ですもの。剣の圧を受けると花びら型になって散るっていう仕込みをされた紙使ってんのもコレすぐわかりますわ」
「ですよね、ええ、私もそう言ったのですよ」
「イケると思ったのだがな。ジョゼフィーヌのような目を持っていない相手でも見抜けそうか?」
「見抜けなくてもあんま長続きしませんわよ。あと本題は剣メインのハズなのにソコからずれてるコトに変化ありませんし」
「だが剣舞は練習中だから、すぐには無理だ。体幹が鍛わっているお陰で出来なくはなさそうだが……剣でジャグリングするようなのは」
「私そんなポンポン投げられるのなんてお断りさせていただきます!」
「と、いう感じでな」
「まあそりゃそうでしょうし、アレって素人がやっちゃ駄目なヤツだと思いますの」
「剣を飲み込むようなモノも」
「唾液でベトベトなんて!絶対に!イヤです!」
「と言われてな。まあ俺の場合はクチバシのせいでどっちにしろ出来ないだろうが、もう少し剣を使った芸のレパートリーを増やしたい」
「んなコトわたくしに言われても知りませんわよ」
剣を扱えるとはいえ、こちらは悪を仕留めるのに特化しているだけだ。
他人を楽しませたり喜ばせたりする為では無いので、そもそもの感覚が違う。
「とりあえずわたくしとしては本気で案が出ないので、シルヴァン剣術教師とかに聞くのをオススメしますわ」
あのヒトなら武器の扱いに長けている分、武器を用いた芸にも詳しいだろう。
まあ実際武器を用いた芸にまで詳しいかは知らないので、あくまで可能性の話だが。
オーシプ
まともな常識人と思いきやワリとぶっ飛んでるアルティメットレベル狂人。
遺伝で頭部が鷹で手が鳥の足のようだが、それ以外は普通に人間の見た目。
ウェイステッドソード
一部で害魔認定されてるし色んなヒトを泥酔させてヒャッハーさせて血飛沫ぶしゃーさせたがっているが、ソレは本能なので悪とは認識されなかった。
誰かを泥酔させ楽しい気持ちにし、自分は血飛沫などに酔うというのが好きなので、オーシプを酔わせられないコトに不満タラタラ。