回復少年とワイルドリィウィンドミル
彼の話をしよう。
遺伝で血液に凄まじい回復能力があり、その為ほぼ不死身で、他人を回復させるコトも可能な。
コレは、そんな彼の物語。
・
談話室で本を読みながら、膝の上にある薄いピンク色の髪を見下ろす。
「……エルネスト、いい加減足痺れそうなんですけれど」
「ジョゼフィーヌ、お前足以外と硬いな」
「エルネストー?わたくし今立ち上がってアナタの頭を床に落としても良いんですのよー?」
「わりぃ」
「ハイ、よろしい」
ポンポン、と軽くエルネストの頭を叩いた。
「で、今日はナンでそうぐったりしてんですのよ」
「十分くらいこうしてんのに今更聞くのかソレ」
「十分経過しても起き上がる気配が無いから聞いてんですの」
「いや、普通はもっと早くに聞くだろ」
「やたら膝の上に頭置かれるコト多いから慣れましたわ。というか最早諦めてますし」
「そういやしょっちゅう誰かに膝枕してんな」
本当に何故だろう。
筋肉がある分硬い硬い言われているのに、何故皆自分の膝に頭を乗せに来るのか。
……単純に、わたくしなら心配してくれそう、みたいな感じの理由っぽいですわよねー……。
「……で?エルネストが本日ぐったりしている理由は?」
「二年生が怪我してたから、軽く俺様の血液くれてやったんだよ」
「あー」
エルネストは遺伝で血液に凄まじい回復能力があり、ソレはエルネストはモチロン、他人にも効果がある。
その為エルネストは怪我をしても血液の力によりソッコで回復するし、誰かに血液提供をしても血液が流れている、つまり血液が傷口に触れている、というコトで怪我もソッコで修復される。
……要するに、不死身に近い再生能力なんですのよね。
血液の量も回復するし、血液が触れている部分が回復するのだ。
当然、多少の致命傷では死なないくらいに回復能力が高い。
……まあ、問題は痛覚があるって部分ですわね。
毒などの場合は血液に混ざって致命傷となるのが普通だが、エルネストの場合は血液自体に回復能力がある為、毒が入った場合は血液の力で無効化される。
ただし痛覚が普通にある為、回復するにしても痛みなどはあるのだ。
「……アナタ、また誰かの為にって血液提供してグロッキーになってんですのね」
「うっせえ」
「エルネストってば痛覚あるせいで自傷駄目ですのに」
「駄目じゃねえよ。ソッコで治るしな。ただ俺様には自傷するような癖はねえってだけだ」
「そう言いながら怪我人見つけたらソッコで自傷して血液垂らすクセに」
「うっせえよ!俺様だって好きでやってんじゃねえ!
ただ俺様の場合は痛みを感じてもすぐ治るから、痛みが長続きしねえんだよ。でも他のヤツはそうじゃねえだろ」
「他の子が自分より長く痛みに苦しむのがイヤだからって一時的に自分が痛みを覚える方を選んで、結果こうなる、と」
「……うっせえ。俺様は怪我とかあんま得意じゃねえんだから仕方ねえだろ」
そう、エルネストは痛覚があるからか、ソッコで回復するとはいえ怪我を見たりするのが苦手だ。
当然、自分が怪我をするのも。
……でも誰かの為にって自分で怪我して血をプレゼントしてるんですのよねー。
本人曰く、自分は多少の痛みには慣れてるから、だそうだが、痛みが平気というワケでも無いのに。
実際エルネストは自傷によく用いるからか、最近では刃物を見るだけで内臓がヒュンとするらしい。
「というかいい加減起きてくださいな。ホントに足痺れそう」
「痺れたら俺様の血掛けてやるよ」
「アナタの血って血流の滞りが解消されたコトにより発生する痺れとかにも効くんですの?」
「知らね」
「ああもう……」
いまいち起きてくれる気が無いようなので、仕方が無いと手に持っていた本をエルネストの頭の上に置いた。
「……おい、今俺様にナニした?つか現在進行形でナニしてやがる」
「アナタの頭を本置きにしてますわ。わたくしの足を痺れさせようとしてるんですから、このくらいは」
「お前他のヤツに膝枕する時こういうコトしねぇだろ」
「や、まあ、健気だったり可愛らしかったり、普段から頑張ってるような子相手ならよしよし撫でますけれど、そうじゃないのはちょっと……こちらとしても面倒臭ぇなあって感じで雑に接させてもらいますわよ?そりゃ」
「お前そういうトコあるよな……」
「どういうトコですの」
「相手によって明らかに態度変えるトコ」
確かに心がタフそうな相手には雑に接しているので、納得した。
・
良い天気だったので、中庭でヨウコにオススメされた本を読む。
極東の漫画だが、当時を生きた極東魔物による原作、つまり妖怪の実録本だ。
……コレ、中々面白いですわね。
ハードな内容ではあるが、わかりやすく描かれているので読みやすい。
しかも当時の極東文化についての注釈も細かくあるので、生粋の泰西人も楽しめそうだ。
……わたくしの場合は、異世界のわたくしが極東人だと考えると生粋の泰西人ってワケじゃありませんものね。
まあ異世界の自分とはほぼ分離していて、理性と本能のイメージ図みたいなアレの状態になっているが。
そう思いながらページを捲っていると、エルネストがやってきた。
「お、ジョゼフィーヌ。丁度良いトコに。お前女泣き止ませるの得意か?」
「ナンですのそのピンポイントな質問。別に得意じゃありませんわ」
「つまり苦手ってワケでもねえんだな。じゃあ頼む」
そう言ってエルネストが前に出した手には、血で赤黒く染まっている風車があった。
しかもその風車は魔物なのか、えぐえぐと泣いている。
「う、うう、うぅ…………ごめんなさい、本当に、本当に、っう、申し訳……」
「だから俺様は良いっつってんだろっての」
「うう~~~~~!」
涙声なその叫びに、エルネストは居心地悪そうに頭を掻いた。
「さっきからコイツが泣き止まなくて泣き止まなくて困ってんだ。どうにかしてくれ」
「どうにかったって……」
赤ん坊を泣き止ますとかならともかく、風車を泣き止ますなんて経験は無い。
「……まず、ナニがあったんですの?その風車はワイルドリィウィンドミル、ですわよね」
「おう」
「血塗れみたいですけれど」
「俺様の血」
「でしょうね」
血液の細胞的に視てもエルネストの血だろう。
「まあお前ならわかるだろうが、端的に言うと暴走してたんだよ」
「あー…………」
ワイルドリィウィンドミルは、強風に当たるコトで狂暴化する魔物だ。
狂暴化というか、正確には暴走なのだが。
「そういえば、ここんトコ強風が多かったですものね」
通常時は普通かつ平和的な魔物なのだが、風の強さに比例し暴走レベルがヤベェコトになるのが特徴だ。
そして棒の先は尖ってるし、回る部分も鋭い為かなりの切れ味。
……つまり、ほぼ切り裂き通り魔なんですのよね。
普段は平和的だが暴走時がシャレにならないレベルでヤバい為、害魔認定するかしないかが議論されてたりする魔物である。
基本的には風の障害になる木々が多い森などで、余分な木の枝を切り落としたりしながら生息しているハズなのだが。
……いやまあ、学園の裏手の森も森だと考えると、ソコで遭遇したっぽいですわね。
エルネストの靴の底をじっとよく視れば、森に生えている草の汁が微量だが付着している。
つまり、森から戻ってきたばかり、というコトだろう。
「……でもワイルドリィウィンドミルって、一回暴走すると落ち着くまでかなり時間掛かるハズですけれど……」
「ああ、ナンか暴走してヒャッハーって感じで突っ込んできたから鷲掴んだ。正確にはアッハハハハ!って感じだったけど」
「ソレ確実に指がサヨナラしませんこと?」
ワイルドリィウィンドミルの切れ味は、刃物で作られた扇風機並みだ。
「生えたから問題はねえよ」
「つまりサヨナラしたんですのね」
「そうなんです……!」
えぐえぐと泣いていたワイルドリィウィンドミルが、涙声のまま同意する。
「わた、私、また暴走してしまって……そしたら、彼が私を止めてくださいました。でも、でも、その時掴まれて、そのせいで、指、指が、指がバツンってなって、ボトボトってえ!」
「おおよしよし」
「うえええええええん!」
生物系魔物では無い為涙は出ていないが、泣いているらしいワイルドリィウィンドミルの背中、と思われる棒の部分をよしよしと撫でる。
くるくる回る羽の部分は最悪指が切れてより一層泣かせるコトになりかねないので却下だ。
……ソレにわたくし瞬時の再生能力無いし痛覚あるしで、指千切れるとか普通に勘弁ですわ!
「自分のせいで指がボトボト落ちたらそりゃショックですわよね」
「私、私、そんなつもりは、ヒトを、ヒトを傷付けるつもりは、うっ、ひうっ」
「だから俺様は傷ついてもソッコで治るから気にしなくて良いって言ってんだろうが」
「アナタ痛覚あるクセに……」
「治るから良いんだよ」
そう言ってエルネストは、完全に治っている手をヒラヒラと振った。
エルネストだって自分の出血で具合悪くなったりしがちだろうに、どうやら自分よりパニックになってる誰かが居ると冷静になる、みたいな感じになっているらしい。
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コレはその後の話になるが、ワイルドリィウィンドミルはエルネストにくっついて行動するようになった。
曰く、責任を取りたいらしい。
……まあ、意味としてはお詫びとしてエルネストの役に立ちたい、ってコトらしいですけれどね。
「……だからって、無理にエルネストのお願いを聞く必要は無いんですのよ?」
「大丈夫です」
ワイルドリィウィンドミルは羽をカラカラと回しながら、苦笑しているかのような声色で言う。
「お詫びですし、エルネストのお願いですし、私も多少慣れ、慣れ、慣れ」
「慣れてませんわね」
「だってエルネストを切るだなんて!」
「表面ちょっと切るだけだろ」
頬杖をついているエルネストはナンでも無いコトのようにそう言った。
「まあでも、酷いコトだと思いますわ。怪我させたからお詫びするって言ってる相手に、じゃあ怪我をさせてくれって頼むだなんて」
「おいコラ誤解を生むような言い方すんじゃねえ。んな言い方したらまるで俺様が痛みに快感覚えるタイプみてえじゃねえか」
「ほぼそんな感じでしょうに」
「ち!が!う!俺様はただ誰かが怪我してた時に、この俺様の回復に特化した血液をくれてやれるように協力しろっつっただけだ!」
「で、自分の肌を切らせて出血」
「おう」
「ワイルドリィウィンドミルにやらせず自分でやりなさいなそのくらいの自傷」
「自傷言うな。あと俺様正直刃物持つとヒュッてなるから無理」
「ハァ……」
エルネストの言葉に、こちらは頭を抱えるしかない。
刃物を見るだけで内臓が縮むレベルで苦手意識があるエルネストは、当然刃物を持つコトも苦手としている。
……とはいえ、誰かが怪我している時は刃物持って自傷して血液垂らして治してましたけれど。
しかし苦手は苦手だからと、刃物並みに鋭い切れ味なだけで刃物では無い、つまり心境的にセーフ枠であるワイルドリィウィンドミルに出血の手伝いをさせているのだ。
確かに切れ味鋭いし、恐怖に震えるエルネスト自身がやるよりは痛みも無く済むだろうが、彼女にやらせるコトだろうか、とも思う。
……まあわたくし、完全にただの第三者でしかないから、本人と本魔がソレで納得してる以上は口出しできないんですのよねー……。
エルネスト自身の頼みであり、ワイルドリィウィンドミルが嫌々だろうと受け入れている以上、自分が外野から言うのはタブーだ。
ルール違反はしてはいけない。
「……ホントに大丈夫なんですの?ワイルドリィウィンドミル」
「どうにか……ですね。実際、エルネストは私が強風についうっかり暴走しかける度に止めてくださるので、恩が山積みで……。
というか正直に言いますと、暴走した時の惨状を思うとまだ皮膚の表面を軽く切るくらいはイージーと言いますか……」
「暴走する度に俺様の指分離してっからな」
「本当に、本当に大変申し訳なく……!」
「まあ俺様ちょっと痛えなって思うくらいで気にしてねえし」
そう言ってエルネストは、五指全部ちゃんと生えている手をヒラヒラと振った。
「寧ろいい加減、他の止め方考えるべきかなーとは流石の俺様も思ってる。最近のワイルドリィウィンドミル、大分俺様の血に染まっちまってるからな」
「……私、エルネストの血でかなり赤黒くなってますものね……」
……確かに、血が染み込んでますわね。
というか短期間でこんなに染み込むレベルでエルネストが出血したのかと思うと、頭が痛くなりそうだ。
いやまあエルネストの場合は血液に回復効果があるというコトで保健室に血液を提供しており、その際にも出血させているのかもしれないが。
……や、他にも穏便な血抜き方法はあ、ある、ある……。
仕事は真面目でも変なトコ雑だったり変だったりする保険医や保険医助手を思い出すと、時間短縮というコトで腕くらい切り落としかねない。
実際そうした方が素早く大量の血を確保出来るのも事実なワケだし。
……保健室メンバーの良心であるヨイチ第二保険医に期待、ですわね。
あのヒトはあのヒトで過去がブラックな為、死ななきゃセーフみたいなトコがあるのが不安だが。
「なあジョゼフィーヌ」
「ハイ?」
「ワイルドリィウィンドミルから血のシミを抜くコトって出来たりしねえか?」
「血のシミ……ですか」
「……エルネスト?どうしてそんなコトを……」
「お前、最近独り言で「私、随分赤黒くなって……今はコレが最大の悩み事ですね」っつってたろ」
「き、聞いていたのですか!?」
「まあ同じ部屋で生活してる以上、普通にな」
「だ、大丈夫です大丈夫ですからねジョゼフィーヌ!この先のコトを考えるといっそ染まってた方が気にならないでしょうし、元の色に戻ってもすぐに染まるでしょうから!すぐ慣れます!」
「あ、ハイ」
よくわからないが、ワイルドリィウィンドミル本魔が良いと言うなら良いのだろう。
実際やれそうな心当たりがほぼ皆無だったし、出来そうなイェルチェはエメラルド家のメイドだ。
仮に可能だったとしてもその後の頻度が心配だったので、ワイルドリィウィンドミル本魔が問題無いなら良かった良かった。
エルネスト
血液に凄まじい回復能力があるものの、痛覚がある為最近は刃物を見るだけで具合が悪くなる。
保健室などに血液を提供する際は、緊急時以外はちゃんと痛くないよう気遣われている。
ワイルドリィウィンドミル
子供が持ってるタイプの風車であり、強風に当たると風になるぜヒャッハーみたいなメンタルになる害魔一歩手前魔物。
ただし強風に当たりさえしなければ、平和的かつ穏やかな種族。