真面目少年とフォスルドラゴン
彼の話をしよう。
貴族の一人息子で、前に出るタイプの家なのでプレッシャーが強く、努力家な。
これは、そんな彼の物語。
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ドリンクフォーシットに出してもらったハーブティを水筒に入れ、中庭のベンチでぐったりと仰向けに寝そべっているコルンバーノの頭に乗せる。
「……ぬくい」
「でしょうねえ」
ホットハーブティだからぬくいのは当然だ。
そう思いクスクス笑っていると、コルンバーノは起き上がる。
「どうかしたのか?」
「特に用は無いんですけれど、どうもお疲れのようなのでハーブティの差し入れを。要ります?」
笑いながら水筒を軽く振って見せれば、コルンバーノはその落ち着いた紫色の髪をグシャグシャにかき乱してから、ヘラリと笑った。
「ソレ、用があるって言うんじゃないか?」
「まあそうとも言いますけれど、用は無いと言えなくもないのでセーフですわ、多分」
「どういう勝負をしているんだ、一体」
「さあ?」
まあコルンバーノの肩の力が抜けたようなのでオッケーだ。
そう頷きつつ、コップにハーブティを注いでコルンバーノに渡す。
「ハイ」
「ありがとう」
ハーブティを飲んだコルンバーノは表情を緩ませ、直後に酷く疲れたような溜め息を吐いて背を丸めた。
「ハア゛ァァ゛ア…………つかれた」
「どうしたんですの、そんな人生に疲れた中年男性みたいな溜め息吐いて」
「その例えはわかりやすいがまだ十五歳の俺としてはあまり言われたくない言葉だな……」
「でも実際そんなレベルでしたわよ」
「わかる」
自分のコトだろうに、そう言ってコルンバーノはうんうんと頷く。
……ま、無理もありませんわね。
コルンバーノは前に出るタイプの貴族、の一人息子なので色々と大変らしい。
しかも生粋の人間であり、魔眼なども有していない。
……本人はソレをコンプレックスだと思ってるみたいですけれど、普通ってだけでこの学園では相当レアって気付いてないんですのよねー……。
常識人でもレアなのに、普通の人間というのも加われば凄まじいレア度だ。
その上、真面目で努力家で自分の力で頑張ろうとする立派なメンタルを有している。
……凄く真っ当だからこそ、ソコ自慢すりゃ良いでしょうに。
まあ本人は自分のその真っ当さがコンプレックスだそうだが。
真面目な子程アウトローに憧れるみたいなアレだろうか。
……アウトローって結局宵越しの金は持たない系ばっかりだから、刺激はあってもすぐ駄目になると思いますけれどね。
長生きする為には真面目かつ安定している方が良いと思うのだが、そう思うのは自分のメンタルが老いているのだろうか。
いや恐らくコルンバーノのメンタルが若々しくて相対的に老けてるみたいな錯覚が発生してるだけでつまりわたくしまだ若人ですの。
「……気を張るの、辛い」
「気ぃ抜きゃ良いじゃありませんの」
「ジョゼフィーヌは気を抜き過ぎだ。そんなにも気を抜いてるから他の生徒達に貴族だってコトを忘れられるんじゃないのか?」
「正直言って、時々自分でもそのコト忘れるんですのよね」
「いやソレは忘れちゃ駄目なヤツだろう」
信じられないモノを見る目で見られたが、事実なので仕方が無い。
というかエメラルド家は大体皆フレンドリー系なのでコレが標準。
……ええ、つまりわたくしレベルが標準なので丁度良いくらいのハズですわ、ええ!
「だが時々、そういうのが羨ましいよ。混血だとか特殊な目だとかは普段から羨ましいが、そうやって羽を休めるコトが出来るっていうのが、な」
「混血によっちゃ色々あるし、魔眼持ちも結構大変そうですけれどねー」
遺伝や魔眼のせいでトラウマ持ってる友人は結構いる。
まあ隣の芝生は青いモノなので、羨ましく思うのは当然なのだろうが。
「…………ジョゼフィーヌ」
「ハイ?」
「どうしたらお前みたいに、広い友人関係を結べるんだ?」
「友人が欲しいんですの?」
「正直今の俺は、家の名に恥じないようにって気を張り詰めているコトが多いからな。見本のようにあらねばというのが最初に出るから、気が狂ってるヤツ相手じゃないと友人らしく話せない」
「うーん、前半の真っ当さと後半の飛躍っぷりのギャップが酷い」
確かに狂人相手なら取り繕っても意味が無い分、素で接するコトが可能ではあるが。
基本的に狂人は相手の立場やらを気にしないタイプでもあるし。
「だからもう少し気を緩める為に、ジョゼフィーヌの感覚を教え」
ベンチから立ち上がったコルンバーノが言い切る前に、鋭い爪と骨で構築された大きな手が地面から生え、コルンバーノを掴み、そのままトプンと地面の中に消える。
コルンバーノと手が消えた地面には、まるで水面のように波紋が波打っていた。
・
普通なら困惑するのだろうが、視えている自分としては動揺もしない。
ただ彼女が学園の下をフラフラ泳いでいるコトはあっても、干渉してくるとは思わなかった。
「ハ?ナ?エ?んん?」
「ハナエ?」
「いやハ?とかナンで?とかの困惑が……エ、何事だ?」
コルンバーノは地面の中で、自分を掴んでいるフォスルドラゴンに対し首を傾げた。
そう、彼女は地面の中に住まう化石のドラゴンなのである。
……基本的に地中泳いでるだけのハズなのに、干渉してくるコトがあるんですのねえ。
「……骨?」
「ドラゴンだ。まあ今の私はフォスルドラゴンと呼ばれているがな」
クク、とフォスルドラゴンは笑った。
地面の中なので声は一切聞こえてこないが、口の動きから自動的に字幕が視える目のお陰で会話がわかるのは助かる。
「フォスルドラゴン……で、俺は今ドコに居るんだ?ドラゴン的な異空間か?」
「異空間は神だろう。かつてドラゴンは神扱いされるコトもあったが、私はそういうタイプではない」
「つまりここは?」
「地中だな」
「生き埋め!?通りでフォスルドラゴン以外茶色に満ちた空間だと!」
「コラ、暴れるな」
「グエッ」
慌てて這い上がろうという動きをしたコルンバーノだったが、フォスルドラゴンにより強めに握られ、動きを止めた。
「周囲が土でも、今の貴様は呼吸が出来ているだろう」
「……確かに」
「私に触れている間は地中であろうと呼吸が可能なんだ。圧も感じない」
「……というコトは、フォスルドラゴンから離れた瞬間に俺は生き埋めになるのか」
「そうなるな。だからあまり動かない方が良いぞ」
「先程飲んだハーブティをうっかりリバースしそうになる強さで握られたのはちょっとアレだったが、俺が生き埋めになるのを回避する為だったんだな。
正直生き埋めにしたのもフォスルドラゴンな気がするが、気遣い、感謝する」
「気にしなくて良い。生き埋めにしたのは事実だしな」
どういう会話だ。
「ソレで、どうして俺を生き埋めにしたんだ?」
「引きずり込んだ、と言って欲しいな」
「あまり意味は変わらない気もするが、そう言うなら従おう。何故俺を引きずり込んだ?」
……納得出来るんですのねー……。
コルンバーノは自分の普通さがコンプレックスのようだが、その普通さは充分にレアだ。
そしてちょっと心配になるくらいのこの素直さもまた、レアだと思う。
……というか一周回って狂ってんじゃないかって気になる素直さですわよね。
現在進行形で生き埋めにされてるのに普通に会話するメンタル、相当だと思う。
まあ学園の生徒の殆どは同じようにケロッとしているだろうが。
……多分、わたくしが引きずり込まれたとしても、悪でさえ無ければ普通に会話するでしょうし、ねー……。
「引きずり込んだ理由は、単純に私が話し相手を欲していたからだ」
「話し相手」
「大昔、私はただのドラゴンだった。そして敗北し、骨になった。まあ骨になってもこうして生きているワケではあるが」
「生きているというか、スケルトン的なアンデッドだと思うが」
「私が生きていると主張すれば生きているというコトになる。重要なのは本魔の主張だ」
「ふむ、まあ確かに」
事実ではあるがそうあっさり納得して良いのだろうか。
いやまあ事実である分、自分も納得したが。
「貴様には見えんだろうが、私は地中から上を観測するコトが出来る。地上をここから見上げるコトも、だ。そして地中から出るコトだって出来る」
「そういえば手を地面から出して俺を引きずり込んでいたな。だが、ソレなら普通に地上に出て話をしないかと声を掛ければ良いだろう」
「このサイズでか?」
「…………成る程」
コルンバーノは表情を硬くして頷いた。
確かにフォスルドラゴンは泰西のドラゴンらしい体格なので、肉が無くなって骨だけの現状でもかなりのサイズがある。
肉落としダイエットをした結果だとしても、背丈的な意味で学園内に居るのはキツそうだ。
……そう考えると、地中の方が伸び伸びと生活出来そうですわよね。
まあ骨であり化石である以上、生きては無くて死んでいるようだが。
けれど障害物みたいな建物が多い地上よりは、地中の方がずっと居心地良い場所だというのも事実だろう、多分。
「だから話し相手に丁度良さそうだと思い、貴様を引きずり込んだのだ」
「話し相手に抜擢されるのは一緒に居たジョゼフィーヌの方が適性あると思うんだが……」
巻き込まないで欲しい。
自分は半分天使だからこそ、地中はあまり好ましく無い。
……体に圧が掛かるの、あまり得意じゃないんですのよね。
自分の意思で上がったり出来る海水浴ならともかく、相手の意思次第な生き埋めはちょっと恐らく確実に無理だ。
「いや、私はお前が適任だと思った。というか前からお前を狙っていた」
「何故」
「暇そうだったからな」
「ソレはまさか気疲れでぐったりしている様子の俺についてを言っているんじゃないだろうな」
「あとドラゴンと普通に話せそうな雰囲気を醸し出していた」
「ソレは恐らく気を張ってピリピリしている時の俺だな」
「だがドラゴンと普通に話せそうだと考えると、いきなり引きずり込もうとしたら抵抗されるかと思ってな。なので隙がある瞬間を狙わせてもらった」
「ハーブティで気が緩んでいたから、だと……」
……ナンか、責任の一端こっちにもありそうで申し訳ありませんわねー……。
まあでも自分のは作戦ではなく単純に気遣いなのでセーフのハズだ。
ソレを作戦に組み込んだフォスルドラゴンが主犯でこっちは利用された側というコトで、ええ、つまりわたくし悪くありませんの。
……というか別に生き埋めになっているだけなので、別に問題はありませんわよね。
ただの生き埋めならアウトだが、呼吸出来ているなら大丈夫だろう。
万が一フォスルドラゴンがコルンバーノをその辺に置いてどっか行ってマジな生き埋めになったとしても、自分がこうして視界に入れているから大丈夫、のハズだ。
万が一があっても掘り返せるからきっと恐らく大丈夫だと良いなあ。
「まあ良いだろう、別に。少し時間を貰うだけで食うワケでも無いのだから」
「確かに、もし害するようなら上に居るだろうジョゼフィーヌが迎撃するだろうから、安全ではあるんだろうが……」
凄い信頼をされているようだが、事実なので否定出来ない。
もし悪だったなら、手を出した瞬間にバーサクスイッチが入って迎撃しているのは確実だ。
……というか皆、わたくしの反応で善悪見極めるの止めて欲しいですわー!
もうちょっと自分で善悪を見極めれるよう頑張って欲しい。
自分が居ない時どうやって判断しているんだ、皆。
「しかし話をすると言っても、俺はまともな友人がいないからな。
俺が愚痴るのを聞き流されるか、気が狂っているとしか思えない言動に相槌を打ちつつツッコミを入れるくらいの会話しかしたコトが無いぞ」
「めちゃくちゃ心配になるなソレは。ドラゴンが心配するレベルだから相当だぞその状況。というか気が狂っているような友人とは手を切れ」
「いや、気が狂っているだけでワリとまともなんだ。狂っていて頭オカシイが、言ってるコトは狂っていながらもまともで」
「そんな死んでる以外は健康みたいなコト言われても知るか」
「死んでる以外健康という言葉が似合うフォスルドラゴンが言うのか」
ツッコミどころしかない会話に頭が痛くなってきた。
事実だから尚のコト頭痛がする。
「……とにかく、別に流行りのコトを話したいとかでは無いんだ。流行りは知らんしな。普通に話せ」
「だから普通がわからないんだ、俺は。貴族の力関係とか次期当主についてなら語れるが、そういう話を求めているワケではないだろう?」
「ああ。ソレは正直聞きたくない」
「だろう。だが他は本当にネタが無いぞ。ありきたりな愚痴くらいしか出来ん」
「なら愚痴っていけば良い」
「……良いのか?」
「ここは地上とは違うからな。無関係な場所というコトで好き勝手言っても良いだろう。どうせ土が音を吸収するし」
「同級生を思い出すと土が音を吸収しようが聞き取れそうなメンバーが何人か居るが、まあ、そうだな。折角の機会だから、好きなだけ愚痴るというのもアリか……」
確かに王様の秘密を知ってしまった床屋も、穴を掘ってソコに叫んでいた。
土の中で叫ぶ、というのはベターなのかもしれない。
……や、まあ、堀った穴に向かって喋るのと、地中で骨のドラゴン相手に愚痴るのは大分違うと思いますけれどね。
言っておいてナンだが、自分が一体ナニを言っているのか意味不明だ。
しかし事実なので仕方が無い。
というか地中でコルンバーノが思いっきり愚痴り始めようとしているが、保険としてここで待機している自分はどうしたら良いのだろう。
……大丈夫そうだから、立ち去っても良いんじゃとは思いますけれど……。
一応保険のつもりなので、大人しく座ってコルンバーノの愚痴を視ていよう。
コルンバーノの友人関係を心配してくれたフォスルドラゴンが彼を地中へポイ捨てして生き埋めにするとは思えないが、一応だ、一応。
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コレはその後の話になるが、フォスルドラゴンは誰かとの会話というより、誰かが近くで話しているのを聞けるだけで満足らしい。
その為コルンバーノの長々したありきたりな愚痴を聞いても、まったくイヤそうにしなかった。
……わたくし、答えが出ない系のヤツは面倒臭いからすぐ雑に対応するコトが多いんですけれど、ちゃんと聞いてましたわね……。
結果心の中のモヤモヤが解消されたのか、無事地上へ返されたコルンバーノの顔はとてもスッキリしていた。
そして現在、コルンバーノはよく地中へ行くようになった。
「前に出るタイプの貴族だから仕方が無いとはいえ、会食だのナンだのと面倒臭い!マナーとかも気にしなくてはいけないし、少しでもミスをするとネチネチネチネチ……!」
「コルンバーノ、貴様は本当によく愚痴りに来るというか……いやまあ、私としては誰かとこうして接するコトが出来るのは喜ばしいコトだが、頻度が高くないか?」
「駄目か」
「駄目では無い。また愚痴りたくなったら私の名を呼べば地中へ引きずり込んでやると言ったのは私だからな」
地中へ引きずり込んでやるとか、凄い言葉だと思う。
言葉だけ聞くと完全に悪役の言うセリフっぽいのに、実際の意味は「愚痴聞くからね」くらいという事実。
……小説とかでドラゴンの言い回しがやたら厳ついパターンが多いなとは思っていましたけれど、もしやこういう感じなのでしょうか……。
ちょっとドラゴンが登場する系の小説を読み返してみよう。
脳内で意訳したら認識の齟齬によるすれ違いがわかりやすく見えて面白いコトになりそうだ。
「しかしコルンバーノ、貴様は頻度が高い。三日に一回レベルじゃないか?貴様」
「残念、二日に一回だ」
「充分だろう」
「俺としては三時間おきに来たいくらいだ」
「乳児か?」
フォスルドラゴンの言葉にうっかり吹いた。
いかん、地中を見ながらいきなり吹き出すとか自分の不審者度がストップ高。
「そう言わないでくれ。俺としては今の頻度も、今までカラーパンサーのトコロにカウンセリングを兼ねて愚痴りに行っていたのと同じ頻度なんだぞ」
「他の生徒の愚痴を聞いたりカウンセリングをしてたりと考えると、そのカラーパンサーとやらは過剰労働なのではないか?」
確かに彼女はめちゃくちゃ働いているので、今度ナニかお土産でも渡そう。
彼女だけに渡すと半分近くアドヴィッグ保険医助手に渡すだろうし、アドヴィッグ保険医助手に渡された分をカルラ第一保険医が強奪する可能性があると考えると、もういっそ第一保健室にって渡した方が早いか。
……めちゃくちゃお世話になってるのは事実ですしね。
「だがここに来るのは愚痴る為だからな。だから二日に一回だけで我慢している」
「我慢出来ているとは思えんが……というか、別に愚痴以外でも来て構わんぞ」
「会話が無い」
「無言であろうと誰かが居るだけで嬉しいモノだ。特に私はとても長い間地中生活だったからな」
確かに化石になるレベルと考えると相当だ。
「だから昼寝しに来るくらいの気安さで呼んでくれて構わんぞ」
「……入り浸っても良いという意味に受け取るが」
「広義的に言えばほぼそうだ。貴様はいつも気を張っているようだから、私と一緒の時は地上では無いという理由で全力でだらけても良いだろう。
地中に居るこの私が許すのだから、地上に居る他の誰に咎められるコトも無い」
「惚れそうだ」
クスクスと笑いながらそう言ったコルンバーノの言葉に、フォスルドラゴンはニヤリと自信ありげに笑う。
「構わん、惚れろ」
「格好良い……」
思わずといったように漏れたコルンバーノのその言葉に、地上からそのやり取りを見ていた自分もうんうんと頷いた。
というかコレ、頷く以外に無いだろう。
コルンバーノ
混血でも無く魔眼持ちでも無く特殊能力も無い生粋の人間であり、常識人という現代においては中々にレアな存在。
ただしまともかつ真面目であるが故にアウトローに憧れるお年頃でもある。
フォスルドラゴン
かつては結構荒れてたドラゴンだが、化石のドラゴンになってからは地中生活が長かったので現在は結構落ち着いたメンタル。
人肌とサイズと生きてる感と声が心地良い為、コルンバーノに名前を呼ばれるのを今か今かと待っているコトが多い。