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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
六年生
172/300

自殺少女とイルネスクロー



 彼女の話をしよう。

 自殺教唆の魔眼を有していて、そのせいでトラウマを抱いていて、自分の魔眼がコンプレックスな。

 これは、そんな彼女の物語。





 魔眼には様々な種類がある。

 自分と同じように大体のモノが()えるという魔眼だったり、はたまたヒトを害する邪眼だったり。

 ビームが出たり衝撃のみを与えたり、中には目を合わせるコトで幻覚を見せたり命を奪ったりするようなモノもある。


 ……で、ラリサのは自殺教唆の魔眼、ですものね。


 こちらの膝の上に頭を預け横になりながら、ヒトのスカートに水溜まりを作りそうな程泣いているラリサの、オリーブ色の髪を梳くようにして撫でる。

 頭とスカートの間にハンカチを挟んでいるので、水溜まりが出来そうな程泣いても大丈夫だ。



「よしよし」


「う、う、うううぅぅぅううぅうぅ~~……!」



 魔眼封じの目隠しに覆われた向こうで、ラリサは魔法陣が浮かんでいる目を限界まで潤ませて涙をボロボロと流していた。



「もう、目玉を抉りかける前にメンタルセラピー受けなさいって言いましたのに」


「だって!だって!他にも困っている生徒は居るのだぞ!?なのに我が頻繁に面倒を掛けるワケにはいかぬと思ってだな!」


「そぉーれでアナタがメンタル病んでちゃ駄目でしょうに」



 よしよしと頭を撫でると、ラリサは嗚咽を漏らしながらまた泣き出した。



「ヒック、ヒッ……う、ぅう」


「もー。アナタ常識人だから心の耐久度弱いってわかってるでしょう?」


「わかってはいるが!だが!我は、我はあまり、ヒトと接するというのが……」


「今思いっきり接してるじゃありませんの」


「この体勢ならば良いのだ!その、うっかりヒトと目が合いそうな位置とかがだな!」


「向かい合わせとかが無理だと」


「そうだ。万が一魔眼封じが外れでもしたら、その瞬間、相手が死んでしまいかねんではないか」


「一応多少の猶予はあるんですから、止めれば良いじゃありませんの」



 ラリサの魔眼は邪眼とも言える自殺教唆の魔眼であり、コントロールが利かない為常に発動状態だ。

 だが自殺教唆の魔眼なので、目を合わせた相手が自殺を決行してマジ死にするまでに多少の猶予はある。


 ……ええ、そう、飛び降りようとしたら飛び蹴り食らわせりゃセーフになるハズですわ。


 ラリサの邪眼にやられると、死ななくては、という思考になってしまうので、痛みで正気を戻させるのが一番だ。

 主に手っ取り早さなどが。

 まあ多少後遺症が残って自殺しないとみたいな思考が時々出るコトもあるそうだが、そういうのは「でも明日からあげだから生きよう」くらいのテンションで回避出来るので、そう問題でも無い。


 ……こういう時狂人メンタルだと助かりますわよね。


 能力自体が強力とはいえ、ラリサの魔眼のレベルは低い。

 なので強い自我を持ってさえいれば、抗うコトだって可能なのだ。


 ……まあ、常に発動状態だからこそ数秒置きに自殺するしないの判定が発生してるようなモノなので、目を合わせ続けてて一瞬でも油断するとデカイてるてる坊主が宙ぶらりんになる危険性はありますけれど。


 ちなみにこの魔眼はコントロールしようとすると何故か効果が強まってしまう為、魔眼封じの目隠しで封じるしかなかったのである。



「止めると言ってもだな……ジョゼ、我は赤子時代の記憶があるのだぞ」


「そう、わたくしにはありませんわ」


「普通はそうであろうが、我はトラウマになっているからな」



 涙はまだ流れているようだが、先程よりは落ち着いたらしい。

 目隠しの奥を透視し、少し安心。



「……我の一番最初の記憶は、目を開けた我と目を合わせた母が首を吊ったシーンから始まる」


「ウッワ」



 ……全然安心出来ませんでしたわー!



「幸い父が救出したから良かったものの、翌日父と目が合い、結果父は包丁を喉に向け自殺しようとした。

まあこちらも幸い、不幸を察知するという遺伝の近所のヒトが駆け込んできてくれたお陰で直前に取り押さえられたが」


「グッジョブですわね近所のヒト」


「うむ。そのヒトが両親に聞き込みをし、我の目が邪眼だというコトが発覚したからな。で、ソッコでこうして目隠し生活だ」


「ってコトはギリギリセーフで未遂なのでしょう?」


「まあ未遂ではあるし、両親も「あっぶねー」「危機一髪危機一髪」と笑うくらいにしか受け止めていないのでメンタル的にはセーフだったのだが」



 ご両親、娘の邪眼に殺され掛けたのに随分と楽観的過ぎやしないだろうか。

 いやまあ常識人メンタルな娘からすると、そのくらい頭イカれてる方が普通に家族と生活可能で良いのかもしれないが。



「……我はかつて、猫が好きだった。好きだったから遊んでいた。どの種族かは知らぬが、女同士というコトもあってよく遊んでいたのだ」


「ふむ」



 嫌な予感がする。



「だがある日うっかり目隠しが取れてしまい、その猫は入水自殺をしてしまった」


「オッ…………ウ」



 ……どうコメントしても地雷原でタップダンスからのウィリーからのブレイクダンスですわコレ!


 というか通りでラリサは猫好きなのに苦手そうにしていたワケだ。

 好きではあるが、そういうトラウマがあるせいで近付くコト自体がもうアウトなのだろう。



「だからもーーーーホントに我この目嫌い!イヤ!大体ナンなのだ自殺教唆の魔眼って!目を合わせた相手に発動して!?死ななきゃとか思わせて殺すとかどーーーいう邪眼だ!」


「どうどうどう」


「ジョゼだって思うであろう!?この邪眼役立たないというか無駄でしかないと!」


「まあ戦争の無い現代としては使い道ありませんわよね」



 戦争のある時代なら敵の自殺で戦争終結、という実に狂気的ではあれど被害者が最小限で済みそうなのだが。



「故に我はもー邪魔臭いし一応元々視力ある以上は視覚に接続可能な義眼使用可能だから目玉を抉ろうかと」


「こらこら」


「ホラまた止める!良いではないか我が良いと言っているのだから!義眼でも視覚接続すれば今とナンら変わりない視界であろう!?」


「そうですけれど、下手に抉り出したら痛いですわよ」


「保険医に頼むから問題無い」


「抉り出した目玉は魔物化するからヤベェかもしれませんし」


「そんなモノ我が死んでも同じではないか!寧ろ今の内にグリュンッとやっといた方が良い!絶対良い!」


「うーん、スプーンか指で目ん玉抉ったかのような効果音」



 半玉スイカをスプーンで抉るような感じで目玉を抉られるのは流石にショッキング過ぎるので止めて欲しい。



「ならアレだ、潰す。抉ってから潰す。流石に抉る前に目玉潰すと神経通ってるせいで痛そうだしな」


「アナタ結構なメンタル弱子(よわこ)なのにどーしてそういう時の思い切りが良いんですのよ」


「誰がメンタル弱子だ!」


「ちょいちょいメンタルやられてわたくしの膝に泣きついてんのは誰ですの」


「数分前の我であって今の我では無いので知らんな」


「時間って連続性があるからソレはイコールで現在のラリサってコトになりますわよー」


「知らん!連続性は断絶された!」


「勝手に断絶させないでくださいな」



 ……時間の連続性云々だとかの話すると、クラリッサを思い出しますわねー。


 まあ彼女は時間という概念の外に弾き出され、自分の中にある正しい時間を失ったヒトだが。

 自分の中の正しい時間が無いと、ああして見た目が変化するのだろう。


 ……そう考えると、モイセス歴史教師も似たようなモンですわね。


 あのヒトは死んでもすぐ回復するが、回復の際に元の姿をあまり覚えていないからか、自分のコトに頓着していないからか、回復する度に見た目が変化する。

 まあ見た目というか、クラリッサ同様に見た目年齢が変化する、が正しいが。



「もーヤダ……我頑張って幼少期からこういう口調にしてるのにナンで皆普通に話し掛けてくるのだ」


「まあそのくらいの口調で距離取る理由ありませんし」


「あるだろう普通は!我だったら距離取るぞ!?絵本に出てきた魔王そのままな口調使ってるからな!

なのにまったく気にされぬ!我こんなにも近寄んなアピールしてるのに!」


「話しかけたら普通に返してくれますもの」


「いや普通では無かろう!?この口調だぞ!?というか我の魔眼は普通に公表してるから自殺教唆の魔眼というヤベェ魔眼だってわかっているハズであろうが!」


「自殺教唆の魔眼というヤベェ魔眼だからソレを発動させない為自主的に距離を取ろうとする常識人と、特にナニも問題無い一般人のように見えてヤベェレベルで思考がイっちゃってるヤベェ狂人を比べたらどっちがマシだと思います?」


「常識人」


「つまりそういうコトですわ」


「でも我こういう口調だしすぐ病むしでソコまで常識人では無かろう」


「や、心を病むってのは常識があり、ソレに沿おうとしてるからなるモンですのよ。狂人は他人のルールお構いなしで、罪人にならないレベルで好きにやってるモンですの」


「ジョゼはどのレベルだ」


「わたくしは常識こそあるけどまあ臨機応変に自分の道を自分のペースでザカザカ進んでるタイプなので、イージーレベルの狂人ですわ」


「うむ、ザカザカ進む辺りが狂人感を感じるな」



 どういう意味だ。





 そろそろどうにかしないと、ラリサは本気で目玉を抉りかねない。

 そう思い、前に見かけた魔物に交渉出来ないだろうかと森を歩く。



「あ、良かった。まだここに居たんですのね、イルネスクロー」


「…………」



 猫の魔物であるイルネスクローは、一瞬こちらを見てから目を伏せた。



「あ、ちょっと、寝ないでくださいな。過労死しかけたからって逃亡してたアナタをここまで連れてきたの、わたくしですのよ?」


「確かに、長期休暇だかナンだかで通りがかったからという理由だけで私を救い、この森へ連れてきてくれたコトには感謝している」



 だが、とイルネスクローは鋭い目でこちらを見た。



「だが、私はいつでもお前を苦しませるコトが出来るコトを忘れるな」


「その爪見せられて脅されても、そういう気が無いのが()えてるので怖がれませんわよ」


「……相変わらずやり辛いな、お前は」



 溜め息を吐き、イルネスクローは出していた鋭い爪を引っ込めた。

 彼、というかイルネスクローという魔物は、病気の爪をもつ魔物である。


 ……病気の爪というか、病気を操る爪ですけれどね。


 その爪で引っかかれると、この世に存在する病のどれかを発症する。

 ちなみに発症する病はイルネスクローの任意な為、少し体調を崩すくらいからマジで苦しんで死ぬ級の病まで多種多様。


 ……でも、操れるというコトは発症させるだけでは無く、治療も可能。


 その為イルネスクローは病を治す手伝いをしているコトも多く、だからこそ害魔認定をされるには至っていない魔物だ。

 ただし彼はどうもあまりよろしくない病院に軟禁状態だったらしく、ソコで来る患者来る患者の病を治させられるというブラック勤務。

 待遇も悪いというか、イルネスクロー曰く、彼頼りにしているクセに魔物を見下す傾向にあるトコだったとか。


 ……魔物もヒトも、同じ生き物でしょうにね。


 結果限界になったイルネスクローは脱走し逃亡。

 ソコで丁度学園に戻る途中だった自分が通りすがった為、話を聞いてここの森まで連れてきた、というコトである。

 要するにブラック企業にボロボロにされたから退職したらしいので、じゃあリフレッシュすると良いよ、と自然豊かかつ魔物の安全が保障されている森へリリースした、というのが出会いやらの云々だ。


 ……やー、ホントにリリースした場所付近で活動しててくれて助かりましたわ。


 なにせこの森凄く広いので、移動されていたら探すのに手間取るトコロだった。

 まあソレでも普通に痕跡を()て発見するくらいは可能だが。



「で、ナンの用だ。私はもうヒトの治療をしろと言われるのはごめんなのだが?」


「ああうん、頼みたいのはわたくしの友人のメンタルケアなんですけれど」


「おいコラ」



 イラッとしたような表情と声色で、イルネスクローは起き上がった。



「私はたった今ソレを断っただろうが!メンタルケアだろうが、私はこの爪を使って治療するなぞ御免(こうむ)る!」



 そう、イルネスクローの爪は病を操るコトが可能で、発症させれると同時に治療が可能。

 ソレは心の病気も、だ。


 ……でも、そーいうんじゃないんですのよね。



「爪目当てじゃありませんわ。というか多分使ってもあまり意味無いと思いますし」


「ハ?」



 イルネスクローは怪訝そうな顔をしたが、すぐにどういう意味だという表情で尻尾をくねらせた。

 恐らく続けろ、という意味だろう。



「その子はラリサって言うんですけれど、自殺教唆の魔眼持ちなんですの」


「自殺教唆……邪眼か」


「ええ。ソレで昔、魔眼封じの目隠しが取れた結果仲の良かった猫系魔物を自殺させてしまったらしくて。

ソレがトラウマになっているらしくて、自分の目玉を発作的に抉り出したがるくらいにメンタルが病んじゃってるんですのよね」


「……ジョゼフィーヌ、ソレ私が行ったら悪化するヤツだと思うのだが。絶対猫系魔物がトラウマになっているだろう、ソレ」


「ええ、猫系全般トラウマになってますわ。好きではあるっぽいんですけれど、近付くのが無理みたいで」


「なら無理だ」



 そう言い、イルネスクローは再び寝転がってしまった。



「私のこの爪は病気を治すコトも確かに可能だ。しかし心の病はその人間の思考や価値観から発症しているモノが多い為、治したとしても応急処置でしかない。すぐに復活するコトも多々あるモノだ」


「ですわね」


「そして魔眼だとも言っていたな。確かに魔眼や邪眼も目の疾患のようなモノだから、一時的に効果を無くすくらいは可能だ。

私が魔眼という病を発症させ、一時的に魔眼持ちにさせるコトが可能なようにな」



 魔眼を人工的、というか魔工的?に作れるとなると凄いコトのような気もするが、しかしそのヒトの資質次第で魔眼の種類も変化するので、そうも便利ではない。

 イルネスクローの任意でどうにか出来るのは魔眼化だけであり、種類までは無理らしいのだ。


 ……まあ、その魔眼化も一時的なモノですしね。


 そして魔眼化が一時的であると同様、魔眼を普通の目にするコトが出来るのも一時的だ。

 永久的にどうにかしたいのであれば、やはり目玉を抉るしかない。


 ……アレですわよね、臭いを消す方法があっても臭いの元となるモノがソコにあるとまた臭ってくる、みたいなアレ。



「ソレで?そんな私に対し、一時的で良いから魔眼を使用不可能にして欲しいと頼みに来た、というワケでは無いのだろう?爪目当てでは無いのだから」


「ええ」



 イルネスクローの言葉に頷いて返す。



「ラリサのメンタル状態からすると、一時的に使用不可能状態にしたら、より一層目を抉りかねないんですのよね。目を抉ればこの快適生活が手に入る!みたいなノリで」


「普通はノリで目玉を抉らんだろう」



 ノリかはさておき、実験の為にと自分の片目を抉り出したローザリンデ魔眼教師という前例を知っている身としてはノーコメントで。



「そして目を抉ろうとならなくても、効果が無くなる瞬間にうっかり魔眼封じを外していて、かつ油断していたら誰かが死ぬかもしれないという考えからメンタルがぶっ壊れる恐れもありますの」



 それも実際に発生するコトが無かったとしても、そういう懸念があるだけでメンタル的にトドメになりかねない。



「まあ、私の爪でも沸き上がる罪悪感や自責の念が消えるワケでは無いからな。

病んでいる部分をどうにかしても、また病む可能性がある以上、壊れるという可能性もあり得るはあり得るか」


「でもアナタ、確か病気にならない体質でしたわよね?」


「ああ」



 イルネスクローは病気を操る爪を有しているからか、その身に病気やら毒やらは通用しない。

 マムシが自分の毒にやられたりはしないようなもの、だと思われる。



「つまり、自殺教唆の魔眼も通用しないんじゃないかと思ったんですの」


「……ふむ」



 その発想はアリだったらしく、イルネスクローは興味深そうな表情になり、尻尾をくねらせた。



「確かに、あり得るな。対象を見るコトで殺したり、衝撃を与えたり、攻撃したりする魔眼は普通に無理だ。

しかし、相手の精神的な部分を強制的に病ませるコトで自殺しなくてはという心理に追い込む自殺教唆の魔眼の場合、私に通用しない可能性も高い」


「自殺って要するに心の病の終点、って感じですしね」



 もしくは命をリサイクル用品だと思っている愚か者。

 生き物の命をリサイクル可能なのは神でありヒトでは無いので、無駄にするような行為は出来るだけしてほしくないのだが。

 地縛霊状態になるせいであの世の仕事も滞るらしいし。



「だがその、ラリサだったか。ラリサは猫がトラウマなのだろう?私が接触するコトでフラッシュバックからの状況悪化になったらどうする」


「トラウマでも猫好きなのはそのままですもの。だから多分大丈夫だろうアナタに白羽の矢を立てたんですのよ」


「大丈夫の頭に多分が付いているのが気になるし、白羽の矢は生贄選抜の為の儀式だったハズだが?」


「大丈夫ですわよ、多分。自殺教唆の魔眼のレベル低いらしくて、自我を強く保ってれば拒絶可能ですし」


「……そうか」



 大丈夫の後ろに多分をつけたコトに対して胡乱げな視線を向けられた。

 しかし一応納得は出来たらしく、イルネスクローは溜め息を吐きながら頷く。



「ならまあ、万が一効果があっても大丈夫そうだな」



 まあ数秒ごとに自殺するしないの判定がされるので、連続で無限レベルの回数を判定勝利しないといけないが。

 もっともソレは直に目を合わせるコトで発生するから、大丈夫だろう。

 流石に最初はお互いアレだろうから、まずは魔眼封じ越しに接触自体に慣れるコトから、だ。





 コレはその後の話になるが、イルネスクローにラリサの自殺教唆の魔眼は通じなかった。

 裸眼で見ても猫系の魔物が死ななかったという事実が特効薬として働いたらしく、ラリサのメンタルは無事快調に向かい始めている。


 ……まあ、流石にコレは放っておけないとなったイルネスクローがラリサに付き添って細やかにメンタルケアをしてくれているお陰、という気もしますけれどね。



「安心しろ、ラリサ」


「ふ、ふ、ふぅー……」



 一人と一匹だけのラリサの自室で、魔眼封じを外したラリサは乱れる呼吸を必死に整えていた。

 現在ラリサとイルネスクローは、日課となったトラウマ克服のリハビリ中なのである。



「安心して、私を見ろ、ラリサ」


「あ、う、う、う」


「視線を揺らがせるな。私の目を見ろ」


「だ、が……もし、もし、もし、もし」


「落ち着け」



 言葉をまともに発せないくらいに焦っているらしいラリサの頬を尻尾で撫ぜ、イルネスクローは肉球でぽんぽんとラリサの額を叩いた。



「私はどんな病気にも対応している爪を有する魔物だ。つまり私自身、どんな病相手でも耐性がある」


「…………」


「故にラリサの邪眼による精神病も発症しない。だから、信じろ」


「イルネスクロー……」



 潤んだラリサの目と、真っ直ぐラリサを見つめているイルネスクローの目が合った。

 一秒、二秒と目を合わせたまま時間が経過し、秒数を刻むかのようにイルネスクローの尻尾が動く。



「……も、もう無理だ!」



 バッ、とラリサは両手で目を覆った。



「昨日はあと二秒長かったぞ」


「そうは言ってもだな、私は魔眼封じ越しでしか誰かと目を合わせたコトは無かったのだ!合わせたコトがある時は大体相手が自殺しようとするし!」


「だから大丈夫な私と目を合わせれるようになって、コンプレックスを克服しようとしているのだろう。

少なくとも目を合わせるコトが平気になれば、その目を抉り取ろうという極端は思考には行きつかんだろうからな」



 そう言って、イルネスクローはちょいちょいとラリサの手を下ろさせる。



「よし、ではもう一度行くぞ。今日こそ目覚せ十五秒越え!」


「平均八秒が限界で、頑張っても十秒までしか行ったコトないぞ!?」


「頑張って秒数を数えられない程の馬鹿になれ。そうすれば一瞬だ」


「は、初めてされたぞそんな応援のされ方……」



 ソレは果たして応援なのだろうか。

 そう思いつつ、ラリサの自室から目を逸らす。


 ……トラウマの克服、順調なようで良かったですわ。


 イルネスクローがラリサを心配し、親身になって色々世話を焼いてくれるのも良かったのだろう。

 ちなみに透視越しとはいえ自分がラリサの魔眼による影響を受けないのは、単純に天使の遺伝である。


 ……確かお父様曰く、天使の命は神の管轄内な上に自殺出来ないよう天使作成時に契約されているんですのよね。


 つまり魔眼の効果である自殺教唆の効果は無いし、自殺しようという思考回路にも絶対に行きつかない仕様になっているのだ。

 どうやら混血とはいえ誕生の館のシステムのお陰かその要素はしっかりと自分にも引き継がれているようで、良かった良かった。

 いや、寿命までどんな大怪我をしようが障害があろうが病気になろうが絶対に死ねないという天使の特徴を考えると、あまり良いモノでも無い気はするが。




ラリサ

目を合わせた相手に、自殺をしなくてはと思わせる邪眼な魔眼を有している。

常識人なのでその邪眼のとんでもねえ効果に大分メンタルを病んでいたが、現在は邪眼の効果が通用しないイルネスクローとの特訓で多少メンタルに余裕が出来始めた。


イルネスクロー

どんな病を発症させるコトも、同時にどんな病でも治すコトが出来る爪を持つ猫系魔物。

使い潰され掛けても患者に罪は無いからと限界までブラック病院を脱走しなかったくらいには心優しい為、大分メンタルがヤバいラリサを見捨てられなかった。


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