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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
六年生
171/300

義手足少年とアロマドッグ



 彼の話をしよう。

 昔事故で左腕と両足と内臓を無くし、機械の義手と義足をつけていて、幻肢痛に悩まされている。

 これは、そんな彼の物語。





 雨の日に廊下を歩いていたら、廊下の隅で蹲って喉の奥から「キュゥゥウウゥ」だか「ンニィィイイ」みたいな異様な音を発しているのを見つけたのが、十分前。



「大丈夫ですの?」


「俺ショック」


「ナニが」



 どうやら動けないらしいし脂汗酷いしでどっこいしょと担いで彼の自室まで連れてきたというのに何故顔を覆われにゃならんのか。

 しかし本人的には本気でショックだったのか、ジャソネは生まれつきの右手と機械で作られた義手の左手で顔を覆ってさめざめと泣いている。



「確かに……確かに雨の日に部屋の外に出て動けなくなった俺は間抜けだったけど……まさか、まさか女の子に軽く担がれるなんて……」


「わたくし一般女子より背ぇ高めですもの」


「俺も平均より身長高めな男だもん!しかも義手と義足が機械だから普通より重いんだよ!?」


「雑用をやたらとやらされて早数年、平均より重い程度の同級生男子を余裕で担げる筋力くらいつきますわ」


「死んだ目をしたいのは俺なのに……」



 知らない内にうっかり死んだ目になっていたらしい。

 ジャソネの潤んだ目に反射している自分の目は確かに濁っていたので、とりあえず目元を揉んで和らげておく。



「にしてもジャソネ、アナタどうして雨の日に出歩くなんて自殺行為したんですの」



 この学園に入学する前、ジャソネは雨の日の事故で体の半分くらいを失った。

 そのトラウマがあるのか、雨の日は痛みとフラッシュバックが酷いと言っていたのに。



「……俺は、雨の日の事故で失った」


「知ってますわ」



 前に聞いた。

 雨による土砂崩れにより馬車の下敷きにされ、四肢の内三つが潰れたと。

 内臓も殆どが駄目になっていたそうだ。


 ……一応、内臓は見えない位置にあるモノだからこそ、機能重視で魔法による構築が可能でしたけれど。


 しかし手足はそうはいかない。

 魔法で生やすコトが可能でも、見た目に力を注げば動作などに違和感が生まれ、動作を問題無い仕様にすれば見た目に違和感が生まれる。

 なので手足は基本的に生やしたりはせず、義手や義足などを使用するコトになっている。


 ……見た目同じでも動作に違和感があればソレは不安を発生させるし、動作に違和感が無くとも見た目が違えば拒絶や嫌悪感が発生するんですのよね。


 その分見た目を気にしなくて良い箇所だからこそ、内臓は魔法で治せるのだが。

 もっとも自分のように()えるモノからすると、結構違和感のあるパーツに()えるが、性能に問題が無いなら良いだろう。


 ……ええ、ちょっと内臓にしては色合いおかしくても普通のヒトに見えていない以上、問題はありませんわ!



「だからなのか、ずっと痛い。無いハズの腕が、足が。機械になっている義手と義足の向こう側が、痛い」


「んん……」



 つまりは幻肢痛だ。

 ジャソネは雨の日に、古傷の痛みと共に幻肢痛にも襲われている。



「ソレがわかってて、どうして出歩くんですのよ」


「ずっと痛いから」


「ソレはわかりますけれど」


「ずっと痛くて、今までよりもずっと痛い」


「……もしかしてソレ、今に至るまで痛覚が反応してるって意味じゃなくて、今までよりも痛覚が過敏になってるって方の「ずっと」ですの?」


「うん」


「わかりにくい!」



 せめてもう少しわかりやすい言葉をチョイスして欲しかった。



「エ、というコトはアナタ、どんどん幻肢痛が悪化してると?」


「古傷もジクジク痛むよ」


「…………」



 ジャソネの言葉に、こちらは顔を顰めるしか出来ない。

 何故なら、ジャソネの古傷はもうすっかり治されているからだ。


 ……普通の医者が相手ならともかく、この学園の保険医は性格に多少難アリだとしても、仕事は完璧ですものね。


 なので入学してから古傷とされる部分は綺麗に治されたのだが、どうしても雨の日は傷むらしい。

 つまり幻肢痛に加え、もう無いハズの場所も痛んでいるのだ。



「……いっそ痛覚無くしてみます?」


「ヤダ」



 ジャソネは子供染みた動作で首を横に振る。



「俺不死身じゃないからうっかり死んじゃうよ、ソレ」


「まあ確かに、痛覚って死なない為のセンサーですものね」


「ソレに無いハズの痛みを感じてるってコトは、脳が誤認してるんだよね?その状態で痛覚を無くしても」


「脳が痛覚を誤認している以上、本来気付くべき怪我に痛覚が反応せず、ありもしない痛みに無いハズの痛覚を誤認するという可能性が……」


「俺そんなコトになるの絶対ヤダ!」


「ですわねえ」



 ジャソネの濃い茶髪を梳くように撫で、ふぅ、と溜め息を吐く。



「ソレでつまり、ジャソネは克服しようっていうリハビリ気分で頑張って外に出てみたんですのね?」


「うん。結局駄目で雨の音によるフラッシュバックとか痛みとかで動けなくなって、ジョゼフィーヌに軽く担がれたけど」


「あら、プリンセスホールドをお望みでしたの?」


「そっちの方がヤダ!」


「なら担がれたくらいで騒がないでくださいな。極東じゃ米俵だってああ持つそうなんですから、そう気にするコトでもありませんわ」


「米俵扱いって、ソレつまり食用の扱いってコトになるから気にするコトじゃないのかな」


「大丈夫、わたくしは人肉食べませんもの。ジャソネの四肢、三つ機械で出来てますし」


「食用部分の否定をして欲しかったのにいまいち否定してくれてないよねソレ!?」



 なんのコトやら。



「……にしてもその義足、また新しいのに変わったんですの?」


「あ、うん。フェリシア先生が軽量化に成功したからって。前の方がデザイン気に入ってたんだけどね」


「ソレ、言えば良いんじゃありませんこと?」


「一応言ったけど、多分しばらくは性能重視だと思う」


「モニター、ですものね」


「うん。俺あんまお金無いから」



 ジャソネの義手と義足は、フェリシア機械教師を始めとする機械好きメンバーにより作られた機械の義手と義足だ。

 現状あまり機械が普及されていないのでマイナー扱いではあるが。


 ……基本的な義手や義足は、木製ですものね。


 魔法を仕込んで思い通りに動く義手や義足にするも良し、特にナニもせず普通の木のままでも良し、というのが木製だ。

 つまりそっちがあるから良いじゃんという感じなので、機械の義手と義足はいまいちモニターになってくれる存在が居なかったのである。


 ……そして高性能な義手や義足は必然的に高値になるんですのよね。


 というワケで、ジャソネはモニターを頼まれ、こうして機械の義手と義足の試作品をつけているのだ。

 ちなみに機能はまだ未熟だが安全面は完全にしてある為、今のトコロ安全面的な問題は発生していない。


 ……まあ、万が一発生しそうでも今はギヤリングが居ますしね。


 反転させるコトが可能な彼女なら、「危険」だから「安全」にするくらいは可能だろう。

 もっともあのメンツはそういうのに頼らず、自分達の力でどうにかしたい派のようなので、そういう未熟な品を作ったりはしないだろうが。



「…………幻肢痛が厄介ですわよね、アナタ」


「うん?」


「対処が難しいんですもの。いっそヨウコとかに化かしてもらって痛覚誤魔化すとか出来ると良いんですけれど……」


「ヨウコって?」


「前にルームメイトだったコトがある友人ですわ。極東からの留学生で化け狐系の混血。同級生ですわよ?」


「あのね、誰もがジョゼフィーヌみたいに同級生全員と友人じゃないんだよ」



 まあそりゃそうだ。



「でも確かに、この痛みはどうにかしたいかな。そのヨウコって子の化かしってどういうの?」


「要するに脳を錯覚させるコトによる幻覚ですわね」


「思ったより怖いヤツだ!」


「怖くない怖くない」



 後遺症が残ったりはしないので怖くない方の幻覚だ。

 まあ化かされた結果肥溜めをお風呂と思って飛び込んで大変なコトになったという逸話もあるらしいので、危険っちゃ危険だが。



「ジョゼフィーヌ、俺はこの痛みをどうにかはしたいけど、幻覚はヤダ」


「じゃあ……」


「痛覚を弄るのもヤダ」


「んなコト言う気ありませんわ」


「さっき言ってたもん」


「だからもう言う気はありませんのよ」



 流石に相手が嫌がる選択肢をしつこく提示する気は無い。



「んー……とりあえずの対処なら、カラーパンサーみたいに心を和らげてくれるタイプが良いですわよね」


「イネスにも時々お世話になってるよ」


「ああ、アロマ」



 それなら良いお店を知っている。

 そう思い、さっとメモを取り出した。



「確か王都にもありましたわ。アロマのお店で、野生のアロマドッグ達を雇ってる店なんですの」


「アロマドッグ?」


「相手のメンタルに適した……まあ、落ち着かせたりするアロマの香りがするという犬の魔物ですわ。相手の味覚に合わせて味が変化するヒューマノイドパンみたいなモンですわね」


「好きなドリンク出してくれるドリンクフォーシットみたいな?」


「そうそう」



 微妙に違う気もするが齟齬程度の違いだし、広義的に考えれば多分間違っていないので良いだろう。

 そう思いながらメモに店名と簡単な地図を書き、ジャソネに渡す。



「アロマドッグには精神的に疲労している相手に寄り添い癒すという本能があるんですの。

ハーブティーも美味しいので、一回行ってみるのをオススメしますわ」


「……ジョゼフィーヌも、心を癒す為に行ったコトがあるの?」


「わたくしソコまで心弱くないので、単純にハーブティー目当てですわよ」


「その一言はいらなかったと思う」



 ちなみにこの店は、異世界である地球で言うトコロの里親探しも兼ねた猫カフェ的な店でもあるのだ。

 つまり働いているアロマドッグはパートナー探しをしている魔物でもあるので、良い相手が居れば良いのだが。

 雨の日の度に友人が苦しむのは、あまり良い気分ではない。





 コレはその後の話になるが、あの後店に通うようになったジャソネはアロマドッグとパートナーになったらしい。

 アロマドッグのお陰か最近は雨の日でも少し移動するくらいは大丈夫になったようで、良いコトだ。



「あら、ジャソネにアロマドッグ」


「あ、ジョゼフィーヌ」


「こんにちは」


「ええ、こんにちは」



 ペコリと頭を下げて挨拶してくれたアロマドッグに、こちらもペコリと頭を下げる。

 緑色のゴールデンレトリーバーという見た目なので彼女を見る度に異世界の自分がやかましいが、こういう色合いなのだからそうやいのやいの騒がなくても良いだろうに。


 ……異世界である地球と異なるカラーリングだとか、今更ですわ。


 まあ身近かつよく目撃する存在が明らかに異様なカラーリングだと考えると、そういう反応になるのも仕方が無いかもしれないが。



「……大丈夫ですの?」


「ナニが?」


「いや、アナタが」



 雨が降っているからか、ジャソネはアロマドッグを足の間に挟むようにして抱き締めていた。



「大丈夫。痛くないから」



 不安を抱いているのが目に()えるから心配なのだが、ふ、と微笑んだその表情に嘘が無いのもまた事実だ。

 トラウマによる不安や恐怖があるだけで、痛みは実際無いのだろう。


 ……常識人って、こういう時に不便ですわよね。


 いっそ頭がおかしい狂人であれば、トラウマに苦しまずに済んだだろうに。

 なにせそういうのに苦しまないからこその狂人なのだから。



「それにこうしてれば良い香りがして、落ち着くんだ」


「今ジャソネが感じているのは、ジャスミンの香りですね。恐れや不安、悩みを和らげて落ち着かせてくれる香りですよ」


「そっかー」


「ふふ」



 アロマドッグの長い毛に顔を埋めるようにしたジャソネの動きに、アロマドッグはくすぐったそうに微笑んだ。



「……ごめんね、アロマドッグ」


「ハイ?ナニがでしょうか?」


「雨の日の度にこんなにくっつくから」


「私達アロマドッグは本能的に、メンタルが弱っているヒトがわかり、そのヒトに寄り添い癒そうとするのですよ?そんなコトを気にする必要はありません」



 ぐり、とアロマドッグは首を動かし、自分の毛の中に顔を埋めているジャソネの頭に顔を擦り付ける。

 ソレはまるでマーキングのような動きだった。



「アナタが今苦しんでいる。私からすれば、その方が重要です。私を気遣ってくださるのは嬉しいですが、それよりもまず、アナタの回復が最優先事項ですよ」


「……うん」



 ジャソネは顔を埋めたまま、静かに頷いた。



「まあ、ジャソネは充分回復してきてると思いますけれどね。

アロマドッグに癒される前は幻肢痛やら古傷の痛みやらが酷くて、呻きながら蹲ってたくらいですし」


「なんと、ソレは初耳です。かなり良くなったとは本人から聞いていましたが、まさかソコまで酷かったとは……ああいえ、確かに初対面の頃は大分疲弊していたような」


「雨の日の度に悪化する幻肢痛でしたもの。アロマドッグのお陰で痛みを感じなくなったというのは、良いコトですわね」



 トラウマを完全に払拭するコトは出来ずとも、痛みを感じないだけでも充分だろう。



「友人として、ジャソネのパートナーになってくれたコトに感謝いたしますわ。あのままだと狂人とは違う方向に気が狂いかねませんでしたし」


「もしかして、ジョゼフィーヌがやたらと俺を心配してたのって」


「ただの狂人ならその辺に溢れてますけれど、流石にメンタルぶっ壊れた方の狂人になるのはちょっと、って思いますわよ、わたくしだって」


「ただの狂人って、パワーワードだなあ」



 顔を埋めたままクスクスと笑うジャソネに、こちらも思わず笑みが零れる。

 雨の日にジャソネが笑う日が来るとは思っていなかったので、良い傾向だ。



「ジャソネも大丈夫そうですし、わたくしはコレで」



 わしゃ、と軽くアロマドッグの頭を撫でる。

 彼女からふわりと香ったのは、マジョラムの香りだった。


 ……ふむ、今のわたくしにはマジョラムの香りがおススメなんですのね。


 翻訳の仕事で少し肩がこった気がしていたので、ソレかもしれない。



「あ、でもジャソネが移動無理そうになったら男子生徒かわたくしに言うんですのよ?アロマドッグ。自分で無理に運ぼうとせず、頼ってくださいな」


「ソコ、ジョゼフィーヌに頼っても良いのですか?」


「わたくしジャソネくらいなら担げますもの」


「思い出したくない」


「まあ」



 ジャソネの反応で事実だとわかったのか、アロマドッグは驚いたようにそう言った。

 そんなに不思議なコトだろうか。




ジャソネ

昔の事故で四肢の内三つと内臓を失い幻肢痛に悩まされるも、元気に生きてはいる。

狂人では無い常識人なので、普通にトラウマに苦しめられるタイプ。


アロマドッグ

心を癒すアロマの香りが安堵を誘う魔物であり、アロマドッグ自身にもヒトの心を癒すという本能がある。

抱き締められながら体温と香りを感じさせつつ、アロマの説明をするコトで安心させ、ジャソネが雨に意識を取られないようにセラピーしてる。


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