伏し目少女とソードマン
彼女の話をしよう。
大体を目視するコトが可能な魔眼を有していて、しかしそのせいで視界に酔いがちで、常に伏し目な。
これは、そんな彼女の物語。
・
同級生であるカトリナは自分と同じような目を有している。
とはいえ自分のように後天的かつ遠隔的に付与されたモノとは違い、生まれつきの魔眼だが。
……でも、だからこそ大変そうなんですのよね。
自分の場合は見ている視界を少し意識から切り離すコトで折り合いをつけており、精神的にダメージを負うコトは無い。
コレは自分にこの視界を与えてくれた誰かの気遣い、または異世界の記憶がINしたコトによる良い副作用的なモノだろう。
……カタリナの場合はそういうのが無いせいで、得る情報全てを認識してしまうのが難点ですわ。
腹の中で動く内臓が、消化されている食べ物が、細かく脈打つ血管が、爪のほんの僅かな乱れが、神経の動きが、生態的な動きが、ソレら全てが視えてしまう。
いや視えるのは自分も同じなのだが、その調整が上手く出来ていないのが問題なのだ。
……一応オンオフは出来るようですけれど、すぐにオンになるようですし。
つまりカトリナは強弱の調整を苦手としているのである。
強弱の調整が出来ないというコトは、トゲを抜こうとして注視するとうっかり細胞が視えるレベルで拡大してしまう、というコト。
「すまないな、ジョゼ」
「構いませんわ」
目を伏せながら、申し訳なさそうにそう言うのはカトリナだ。
魔眼なのだから魔眼封じの目隠しを使用すれば良いのだろうが、カトリナは自分でコントロール出来るようになりたいというコトでソレを使用していないのである。
……まあ、他の魔眼系の子は目隠ししないとヤバい系の魔眼だから使用してる、っていうのが多いですしね。
なのでカトリナは目を伏せ、瞼越しの視界にするコトで魔眼の能力を弱に調整しているのだ。
目を伏せていれば、普通の視界に壁一枚か二枚分の透視と、魔力の流れくらいに留めるコトが可能だから。
……コレ、普通の視界のヒトからすると留めるの範疇じゃない気もしますわね。
だが視える側からすると壁一枚や二枚程度しか透視出来ず、その上顕微鏡並みの拡大をせずに済むというのは大きい。
誰だって綺麗な花をよく見ようと思った結果紫外線やら花粉やらまでハッキリと目視するのはちょっと、と思うモノだろう。
「にしてもシルヴァン剣術教師も、普通女子生徒に頼むコトでしょうか。男子生徒に頼めば良いコトでしょうに」
「仕方がない、私が近くに居たからな。あと私のような目を重要視したんだろう」
「あー」
成る程、と頷く。
どういうコトかと言えば、シルヴァン剣術教師に頼まれたのだ。
……もうそろそろ寿命の武器を選別しておいてほしい、でしたっけ。
シルヴァン剣術教師の武器保管部屋には沢山の武器が仕舞われているのだが、ソレらは授業の際に使用される。
生徒によって得意が違うので、生徒に合わせた武器を使用する為だ。
ただし武器は当然寿命がある、というか使用限界というモノがある為、自分達のような目を有している誰かによって選別する必要がある。
……まあ、頼まれたのはカトリナだけですけれど。
魔眼かそうじゃないかの違いはあれど、同じような目なのだから良いだろう。
カトリナの負担は少なくて済むし、時間も短縮可能だし。
ちなみに何故選別をするのかというと、寿命ギリギリの武器を授業で使用すると生徒が怪我をする危険性があるからだ。
……多少なら魔法で治したりも可能ですけれど。
混血や特殊体質が多い生徒を相手にしていると考えると、そういうのを徹底するのは大事なのだろう。
まあソレはソレとして、選別した寿命武器はわかるように別のトコへ移動させておいてくれという頼みなので、男子生徒の一人くらいは付き添わせてくれても良かったと思う。
……中には重い武器もありますのに。
もっとも自分は剣と弓と槍と鞭とナイフならどんな重量でも持てるので、その枠内ならどうにかなるから良いか。
その枠に収まっていないのがあったら、その時はもう紙に寿命と書いて武器に貼っておくだけだ。
・
シルヴァン剣術教師の武器保管部屋に入ると、ソッコであちこちに収納されている武器達が視界に入った。
「……相変わらず、ギッチギチに武器がある部屋ですわね」
「そうだな。では、早速選別をしようか。終わればバイト代が貰えるから、頑張らなくては」
「ええ、頑張りましょう」
そう言って、それぞれ部屋の中の武器を視る。
「あ、終わったらシルヴァン剣術教師にわたくしが手伝ったコトを伝えて、代金を倍にしてもらうんですのよ?」
「モチロン、わかっている」
「で、わたくしの分のそのお金はカトリナが受け取ってくださいな」
「……待て、ソレはオカシイのではないか?」
「おかしくないおかしくない。元々一人でやるコトになってた可能性が高いんですから、妥当なバイト料ですわ。
ついでにわたくしはシルヴァン剣術教師に依頼されたから請け負ったんじゃなく、カトリナの手伝いとして来てるんですもの」
「ジョゼ……」
「友人にちょっと手伝いするくらいでお金取ったりする銭ゲバじゃありませんのよ、わたくし」
「……では今度、一緒にカフェに行かないか?この間ジョゼが紹介してくれたカフェは空間が隔離されているようなモノだからか、居心地が良くてな。手伝いの礼に奢らせてもらおう」
「あら、ソレは嬉しい」
手伝いのお礼としてお金を貰うのはアレだが、お礼として奢ってもらえるなら折角だし奢ってもらおう。
あのカフェはリーズナブルなお値段なので、紅茶とケーキのセットがこの手伝いの適正値段、くらいのハズだ。
「と、コレはもう一発ここに衝撃加われば割れますわね」
傘立てのような剣立てから、寿命の剣を抜き取って部屋の真ん中に移動させる。
特にドコへ置くとかの指示は無かったらしいので、とりあえずわかりやすい位置に移動させておけば良いだろう。
「……凄いな、この辺りの武器は」
「ああ、その辺は色々曰く付きの武器だから気を付けてくださいね。闇オークションで落とされたモンが殆どですわよ」
「ソレを早く言ってくれジョゼ!というか何故学園に闇オークションで競り落としたモノがあるんだ!」
「エ、そりゃまあシルヴァン剣術教師が競り落としてゲットしたからだと思いますけれど」
「そうだが!そうなんだろうが!そうではなく!」
「もしかして経費がどうかってトコですの?大丈夫、オークション関係は自費らしいからセーフですわ。流石にオークションでバカバカ経費使用すんのはアダーモ学園長がお断りしたらしくて」
「……まったくもってそういう話では無いんだが、まあ、そうだな」
ふぅ、とカトリナは諦めたように溜め息を吐いた。
「飲酒しながら授業する教師も居れば毒を盛る保険医助手も居るのだから、教師が闇オークションで競り落としたモノを所持していてもおかしくはないか」
おかしさしかないと思う。
だがソレを指摘してもナニか解決するワケでは無いので、ぐっと飲み込む。
……闇オークション程度なら、優しいモノですしね。
ホントにヤベェヤツはもっとヤベェので、武器の売買ならまだセーフ枠だ。
そう思っていると、溜め息を吐いたカトリナが剣立てに少し触れた瞬間、上に飾られていた剣がぐらついたのが視えた。
「カトリナ!」
「!」
カトリナは伏し目にして瞼越しに視るコトで視力を低下させているとはいえ、自分と同じような視界を有している。
つまり前を向きながらも、上の光景の視界内に入っていたりするのだ。
要するには、剣がぐらついているのも視えている。
だが、カトリナは動かなかった。
「……大丈夫ですか?」
正確には動けなかった。
より正確に言うならば、カトリナより先に動いたモノが居たから、だ。
「えっと……」
「ドコか、怪我でも?」
伏し目のまま困ったように眉を顰めるカトリナを片腕で抱き締めるようにして支えながら、男は落ちてきていた剣をもう片手でキャッチして仕舞い直す。
そう、いつのまにか居た緑目の男が、カトリナを助けたのだ。
……まあいつの間にかってか、最初から居たんですけれどね。
自分はシルヴァン剣術教師に頼まれるコトが、というか基本的に教師達に頼まれまくっているのでここに来るコトが多く、つまり彼のコトも知っている。
迅速に行動して人助けとは、そういうのが魂にでも刻まれているんだろうか。
「……怪我は、無い。すまない、助けられたな」
「いえ、怪我が無いのでしたらなによりです。今の剣はまだ魔物化こそしていませんが、根本的に少々気性の荒い性格のようで、見慣れないモノにちょっかいを掛けたがるのですよ」
そう言って男は苦笑し、ふと自分がカトリナの腰に腕を回していたコトに気付いたらしい。
ぶわり、と顔が赤く染まった。
「す、すみません!女性の腰に腕を回してしまうなど……」
「ハ?あ、いや、別に構わないが。助ける為、咄嗟に回したのだろう?」
「すみません……」
……あー、すれ違い起こしてますわねーコレ。
彼は少々価値観が古い為、異性とも言える相手の腰に腕を回してしまったコトを気にしているのだ。
当時の女性からすると、異性によって腰に腕を回されるなど、そう気分の良いモノではないだろうから。
……ただ、カトリナは現代人なんですのよねー。
つまり性欲が無い為、そういう嫌悪感も理解出来ない。
流石に性的な目で見られた上で接触されようモノなら生理的嫌悪感が爆発するだろうが、今のは完全に救助目的だったし、彼にもそういう下心が無かった。
なのでただ、不思議なコトに謝罪する男だなあ、という感じの心境なのだろう。
……カトリナの顔に、完全にそう書かれてますものね。
まあ無事なら万事オッケーオールオッケーというコトで。
「ところで、どちら様だろうか」
「ウエッ!?」
そう言われ、彼はおろおろと手を彷徨わせてから、目を逸らして小さく呟く。
「……し、シルバーソードと……」
「明らかに偽名としか思えない動きをしていたようだが、まあ良い。助かったのは事実だ。私はカトリナと言う」
「カトリナ、ですか。この部屋にはナンの用で?」
「寿命が来ている武器の選別に、だな。そういうのを授業で使用すると怪我人が出かねない」
「ああ、成る程。……もしよろしければ、手伝いましょうか?」
「……男手は助かるが、良いのか?」
「ええ」
シルバーソードと名乗った緑目の彼は、ニコリと安心するような優しい笑みを浮かべた。
「アナタのような儚い方の華奢な手には合わぬ武器が多いでしょう。私ならばソレらを移動させるコトも容易いので、是非」
「儚くは無いと思うが、助かる」
……確かに、カトリナは別に儚くはありませんわね。
伏し目だし淡い金髪だしで、一見すると確かに儚いように見えるかもしれないが、ワリと中身は骨太系だ。
性格に骨太という表現が合っているかは知らないが。
……というか、カトリナと同じ女子生徒なわたくしもここに居るんですけれど。
完全に眼中に無しか。
別に良いが。
自分の場合何度かここに来ているし、さっきからひょいひょいと大きい剣を移動させているからそういう気遣いは無用と判断されたのかもしれない。
・
選別を終え、報告に行くカトリナを見送った。
そして室内にある椅子に腰掛け、目の前に居る自称シルバーソードな魔物、ソードマンに向き合う。
「……やっぱ正義の味方の武器ですのねえ、アナタ」
「どういう意味ですか」
「今までヒト型になんてなるもんか、って感じでしたのに。そう、ソレはもう元カレに振られて傷心し、次の恋なんてしない!と言う女性のような」
「確かに私は無機物系魔物で厳密には性別なんてあって無いようなモノではありますが、その例えはちょっと……」
例えで女扱いされたのがイヤだったのか、元カレ云々の例えがイヤだったのか、どちらだろう。
まあどちらでも良いか。
「でもアナタ、実際今までは傷心したヒトのように剣の姿のままだったじゃありませんの」
「必要を感じなかったからです」
剣らしく、ソードマンはスパッとそう言い切った。
「私は元々剣なんです。こうしてヒトの姿になる時は、持ち主のトコロまで移動する時などが殆どでした。つまり、持ち主亡き今はその必要も無いというコト」
「と言いながらヒト型になりましたわね」
今もヒト型だし。
「先程のは、ああしないと彼女に当たっていたでしょう。……目が見えていないようでしたし」
「エ?」
「そうでなければ、私の目を見てもああも当然のように対応するコトは無いでしょうからね」
「……あー……」
成る程、しばらく剣の姿のままで引きこもっていたせいで価値観が随分と古いらしい。
確かに魔物の目はカラフルで、ヒトの目は茶色オンリーだ。
なのでカラフルな目は魔物として警戒されるコトもあるが、ソレは魔物と敵対していた頃の話。
……魔物がその辺うろついて共存してる現代からすりゃ、目の色が違うヒトが居てもヒト型の魔物なんだなってだけで終わるんですのよねー……。
だがソレを知らず、そしてカトリナが魔眼制御の為に目を伏せていたのも相まって盲目と勘違いしているようだ。
「そもそも、剣というのは戦争の為のモノ以前に、愛するモノを守る為のモノ。特に私は片手剣ですし。
片手剣がどうして片手で持てるようになっているか、わかりますか?」
「盾を持つ為。攻守両立」
「空いている片腕で愛するモノを守りながら、もう片方の腕で剣を持って敵と戦う為ですよ」
ロマンチックか。
「ですから、私が誰かを守ろうとするのは当然です。そういうモノとして作られているのですから」
「元の持ち主の影響ではなく?」
「さあ。私は不義の、そして不忠の剣ですからね」
「不義で不忠……って言っても、仕方ないコトだと思いますけれどね」
彼は元々は英雄の持ち物だった、銀の剣だ。
しかしある時戦いの最中に剣を弾かれ、その挙句敵によって遠くへと捨てられる。
だが彼はソードマン、つまり剣とヒト型という二つの姿になれる魔物だった。
……だからソードマンは、持ち主の下へ戻ろうとヒト型になって旅をし始めた、と本には書かれていましたが……。
ソードマンが戻る前に、持ち主である英雄は死んでいた。
ソレを知ったソードマンは剣の姿に戻り、長い眠りにつき、そのまま年月が経過し、闇オークションやらを経由してシルヴァン剣術教師の下へとやってきた。
……それまでに大分時間が経過していたからか、一応起きては居たみたいなんですのよね。
なのでここに来ると、時々話し相手になるコトがあった。
もっともソレでもヒトの姿にはもうなりたくないと言っていたハズだが、英雄の持ち物だからか素の性格なのか、誰かを助けようとする本能があるらしい。
……もうなる気は無いハズの姿になってまで、ですわね。
「ところでジョゼフィーヌ」
「ハイ?」
「私が魔物であるコトは、彼女には伝えないでいてくれませんか」
「……ハイ?」
「魔物……ソレも、ヒトに成りすませる武器の魔物となると、怯えられるかもしれませんから」
いや既に魔物だというコトはバレているのだが。
そして基本的に魔物はその辺に居るし、魔物との混血も沢山居るし、武器の魔物もその辺に居るし、害魔で無ければワリとセーフ枠だったりもするのだが。
……まあ、価値観が古いままですしねぇ……。
「どうして怯えられたくないんですの?」
「女性を怯えさせたくはありません。特に私のような剣は、怯えられがちですからね。私は守る為の剣だというのに」
「でも別に彼女はここ来ないと思うので、その辺気にしなくても良いと思いますけれど……」
なにせカトリナは剣術の授業を受けていない。
今日は完全なる偶然、かつシルヴァン剣術教師がちょっと空腹で不機嫌だったせいで頼まれただけなのだ。
「…………会うかもしれないじゃないですか」
「でも剣術の授業受けてないから来る用事ありませんわよ」
「今日とか」
「寿命来てる武器の選別なので、しばらくは不要でしょうねえ」
事実を告げると、ソードマンは少しむすっとした表情で言う。
「……外で偶然、会う可能性があるでしょう」
「外」
ソレはつまり、ソードマンがカトリナに会いたいが為に自ら外へ出る、というコトだろうか。
先程からカトリナの誤解やらを解こうかどうしようか考えていたのだが、もしそうなら言わないでおこう。
……折角引きこもりじゃなくなりそうで、友人に春が訪れる可能性があるというのなら、本人と本魔で勝手に誤解が解けるのを待った方が良いですわよね。
そっちの方がドラマチックだ。
ロマンチックな思考らしい剣の魔物には、そっちの方が良いだろう。
・
カトリナに相談をされた。
「私はシルバーソードに信用されていないのだろうか」
「ふむ」
相談があるとカトリナの自室に呼ばれ、出された紅茶を飲んでいたら開口一番にそう言われた。
「まずどうしてそうなったんですの?」
「実はアレからちょくちょく、シルバーソードに会っているんだ。中庭とかでよく会う」
中庭とかでちょくちょく会う男が人間のワケ無いだろうに、バカなんだろうかあの男。
いやまあ単純に知らないだけだろうが。
……ソレにしたって、カトリナがシルバーソード呼びをしてるってコトは、まだ魔物だってカミングアウトをしてないってコトですわよね。
カミングアウト以前に、この学園に部外者が居る時点で目を見なくともほぼ魔物で確定なのだが、ずっと引きこもっていたからソードマンは知らないのだろう。
このセキュリティが高い学園内に教師でも警備員でも生徒でも無い男が居るとか、普通に考えて普通に居るコト自体がオカシイだろうに。
……まあ、魔物だってわかってるから普通にスルーしてますけれどね。
そうして指摘しないからこそ誤解が解けないままなのだろうか。
カトリナは、少し寂しげな気配を纏わせながら言う。
「……結構話をしたりして、仲良くなれたと思う。時々一緒にお菓子を食べるくらいには、仲良くなれた」
「充分仲良いですわねソレ」
「だが、シルバーソードはまだ本当の種族名を教えてくれないのだ。
名乗った時や私が名前を呼ぶ時の反応からして確実にシルバーソードという種族名では無いのに、ソレを撤回しようとしない」
「指摘すりゃ一発じゃありませんの?」
「どうも知られたくないらしい。実際にソレを言ったコトは無いが、反応を視ていれば大体わかる」
「でしょうねえ」
同じような視界を有しているので、視えるモノがわかる。
生き物のようなボディを持っている以上は生態的な反応がある為、嘘や焦りなどが視えるのだ。
「……シルバーソードはとても優しくて、いつも気遣ってくれて、私の手を引いてくれて、足元の石ころにすら注意を払ってくれる」
ソレはカトリナが盲目だと思っているからだ。
いやまあ、あの魔物の場合は素で紳士的という可能性も高いが。
「私の場合、死角くらいしか見えないモノがないからこそ、そんな心配をされるコトはほぼ無いというのに」
だから盲目だと誤解されているからなのだが、その誤解すらも解けていないのか。
恐らくソードマンは盲目なヒト相手に直球でアナタは盲目ですかと聞くワケには、となったのだろうが。
……ここまで誤解が長引くとは思いませんでしたわ。
絶対次に会話する時には発覚するだろうと思っていたのに。
恐らくソードマンがカトリナのコトを盲目だと誤解し、さり気なく紳士的にエスコートしながらサポートしているくらいに留まっているからこそ、ソレが発覚しなかったのだろう。
花とかの色をやたら細かく言うようなら流石に発覚するかもしれないが、カトリナがソードマンはそういうのを細かく指摘するタイプと認識したらそれまでだ。
……というか、引きこもってたソードマンがヒト型になって外に出る程カトリナに好意を寄せていて、一方カトリナもソードマンがシルバーソードを自称したままなのをわたくしに相談するくらいには好意を寄せてる、んですのよね。
そうじゃなかったらわざわざ友人にそんなコトを相談しないだろう。
こんな、恋に悩む乙女のような表情で。
「……とりあえず、カトリナがソードマンに好意を寄せていて、だから向こうにも歩み寄って欲しいと思ってるコトはわかりましたわ」
「た、確かにその通りではあるが、ジョゼはもう少しオブラートというモノをだな……」
そう言うカトリナの顔は真っ赤になっていた。
「まーまー、オブラートなんてあっても腹の足しにもなりませんわ。それより」
「待てジョゼ、今の発言はそれよりという言葉であっさり捨てて良いモノなのか?」
腹の足しにもならないから捨てて良いモノだろう、多分。
「それより、シルバーソードなんですけれど」
「無視か」
「とりあえずシルバーソードは色々誤解しているようなので、もうちょい踏み込んで話をしてみるのをオススメしますわ。
場所はシルヴァン剣術教師の武器保管部屋がベストですわね。アソコならシルバーソードの居場所である分、逃げ道を無くせますし」
「に、逃げ道があったら逃げる級の踏み込みになるのか?私の考えているコトは」
「向こうがただ難しく考え過ぎてるだけですのよ。あと誤解」
「その、さっきから言っている誤解というのは」
「実際話し合ってりゃすぐに矛盾や違和感がわかると思うから大丈夫ですわよ」
そう言うと、カトリナは諦めたように溜め息を吐き、苦笑した。
「……ジョゼは、一回面倒臭いと思った瞬間にそういう、やたら雑になるトコロがあるな」
どういう意味だ。
いやまあ、ぐうの音も出ない程その通りではあるが。
・
コレはその後の話になるが、シルヴァン剣術教師に許可を貰った上でソードマンが居る武器保管部屋にカトリナを放り込み、ソードマンが逃げないよう軽くカギを閉めてみたトコロ、逃げられないと悟ったのか色々と話し合いが始まった。
カギを閉めるのは軽いのかと自分でも一瞬思ったがそれはさておき、少し話し合った辺りでソードマンの誤解は解けた。
「騙すつもりは無かった……と言えば、嘘になるのでしょうね。カトリナに嫌われるのが、恐怖されるのがイヤで、私は魔物ではないと偽ったのですから」
「……つまりシルバーソードは人名のつもりだったのか……」
カトリナの呟きは小声だったのでソードマン本魔には聞こえていないようだが、字幕として視えているこちらとしてはうっかり吹き出さないようにするのが大変だった。
「しかし騙しているつもりでも、まさか騙されていなかったとは」
「この学園のセキュリティ的に、部外者が居るハズが無いからな。そして目の色が茶色ではない以上、ソレは魔物だ。まあ害魔では無いようだったから気にしていなかったが……」
ふぅ、とカトリナが溜め息を吐く。
「まさか人間と思っている、と誤解されていたとはな。いや正直言って、盲目と誤解されていた方が衝撃だったが」
「ソレは、すみません」
「明らかに目が視えているモノの動きだったハズなのだが」
「私が腰に提げられていた当時は、盲目の存在が生きれるような時代ではありませんでしたから。なので、盲目のヒトの動きかどうかもわからなかったのです」
「……盲目だと思っていたから、私の手を引いたのか?」
「いいえ」
ソードマンはソッコで首を横に振った。
「私がアナタの手を引きたいと思ったから、手を引いたのです。なにせ私は片手剣ですから。
剣はヒトに持たれる為のモノであり、ヒトを守る為のモノ。守りたいと思う愛しい相手の手に触れ、そして守れる位置に居たいと思うのは自然でしょう」
「………………」
当然のようにそう言うソードマンの言葉に、カトリナが無言のまま顔を真っ赤にしたのが扉越しに視えた。
「そ、れよりもだな、シルバー……ではなく、ソードマン。お前はどうして私に名乗るコトに恐怖を抱いたんだ?私が魔物化しかけている剣に攻撃されかけていたから、武器系魔物に恐怖を抱いていると?」
「いいえ」
ソードマンは首を横に振る。
「私は古い剣です。ヒトと魔物が結ばれるのは一般的でない時代を生きた、剣なのですよ。ヒトと魔物が敵対しているような、そんな時代の」
……戦争よりも、ずっと古い頃ですわね。
「故に私の価値観からすると、私が剣の魔物と発覚すれば、嫌悪して怯えられると思ったのです。価値観というか、正確には経験上ですが」
「ジョゼには魔物であるコトを伝えていたようだが」
「彼女には剣の姿のまま話し掛けていましたからね、最初から」
確かに。
「そもそも経験上……私を嫌悪したりしなかったのは、剣士だけだったのですよ。私に恐怖せず扱えるのは一流の剣士ばかりでした。
だから、剣士としての才覚がある彼女は大丈夫だろう、と。彼女の場合は別に嫌悪されても特にナンとも思いませんし」
ここで聞いていると知らないからかもしれないが、一言多い。
あと剣士の才覚では無く、単純に戦闘系天使としての遺伝があるだけだ。
「ですが私は、カトリナに嫌悪されるのは、怯えられるのはイヤだと思いました。……まあ、こうして話すと怯えていたのは私の方だったようですがね」
「まったくだ」
緩く微笑むソードマンに、ク、とカトリナは喉で笑って返す。
笑い方が男女逆じゃないかと思うが、まあ今の時代同性だろうと子は作れるので、そう気にするようなコトでも無い。
「ソードマンがもう少しぐいぐい来る性格であれば、私では駄目なのだろうかと不安がるコトも無かっただろうに」
「エ?ソレは……」
扉越しにカトリナがチラリと一瞬こちらを見たので、音を立てないように扉のカギを開けてこっそりとその場を去る。
あの視線は確実に、ここから先は閲覧禁止、というアレだろう。
まあアレだけ語ればあとはもう告白だけ、寧ろ告白が必要なのかというレベルで相思相愛なのは発覚したので、放っておけば良い方に進むハズだ。
カトリナ
ジョゼフィーヌと同じような視力を持つが、こちらは魔眼。
ただしその視力に酔ってしまう為常に伏し目状態だったのだが、まさかソレで盲目と間違われるとは思ってなかった。
ソードマン
ジェネレーションギャップが強い世間知らずな魔物だが、カトリナが盲目という誤解が解けた後も変わらぬ紳士対応をするレベルで紳士。
実はソードゴーストの生前がかつての持ち主でありその後必然的に顔を合わすが、お互いにパートナーが居るのを知って祝福した為、再会時の会話が完全に恋バナみたいになった。