目玉少年とテンションシャークサッカ
彼の話をしよう。
遺伝で目玉の取り外しが可能で、そのせいで目を見開くとうっかり落とすコトがある為、常に睨むような目つきをしている。
これは、そんな彼の物語。
・
前を歩く同級生がハンカチを落としたのが見えたので、ソレを拾って肩を軽くトントンとする。
「ハイ?」
振り返ると同時に睨まれ、その目つきの悪さに思わず苦笑が零れた。
「リスト、コレ落としましたわよ」
「エッ」
リストは緑色の髪を揺らしながら慌ててポケットを確認し、ハンカチが無いコトに気付いたらしい。
「すみません、ジョゼフィーヌ。助かっちゃいました」
そう言ってリストは申し訳なさそうにへにゃりと笑いながら、ハンカチを受け取った。
「構いませんわ。というか、アナタ相変わらず目つき悪いですわねー。眉間のシワが酷いですわよ」
「わ、わ、グリグリしないでくださいよぉ、もう」
言いながらリストも笑っているので、イヤというワケでは無いのだろう。
「ソレに目つきが悪いのは仕方がないというか……ジョゼフィーヌだって、ハンカチみたいに私の目玉が落ちていたらイヤじゃありませんか?」
「……まあ、イヤというか……踏みそうで怖いなーとは」
「ソレなんですよ、問題は。私もソレが怖いんです」
リストは、ふぅ、と溜め息を零した。
そして左目を手で覆うようにしながら、パッチリと目を開く。
……視える感じからすると、多分こっちの目つきが素なんでしょうね。
ただし目玉が零れ落ちそうな程パッチリしている為か、本当に目玉がずるりと落ちた。
ソレが地面に落ちる前に右手でキャッチしたリストは溜め息を吐き、覆うのを止めた左目はいつも通りの睨んでいるような目つきに戻る。
「この通り、私は遺伝で目が取り外せちゃいますからね」
「アーロの場合は入っているのがリザードアイボールだからこそ、万が一落ちても自分で戻って来るのが可能ですが……リストの場合はそうはいきませんものね」
「ええ。なにせ私の目玉は普通に目玉ですからね。まあ目玉の根っこのような部分が無いからか、こうして目玉を取り外しても視界は共有されているワケですが」
「リスト、ソレ視神経っていう名前があるんですのよ」
「ただ目玉を単体で動かしたりするコトは出来ませんから、ソコが面倒なんですよね。面倒というか、怖い部分と言いますか」
視神経の部分が無いタイプの目玉とはいえ、興味が無いにも程があるレベルで無視された。
「……視界が共有されているからこそ、落とせばすぐに気付きますが……落ちたままうっかり放置してしまうと、足元視点をずっと見るコトになるんですよね」
「あー……」
目玉を手の中で転がしているリストの言葉に、苦笑しながら頷くしかない。
「ソレはもう、いつ踏まれるかわかったモンじゃありませんわね」
「そうなんですよ!すっごく怖いんです!」
「でもいつもソレを気を付けてるからこそ、眉間にシワ刻まれるくらいに睨むような目つきになってるんでしょう?ソレに視界が共有されてるなら落としてもすぐに気付けるんじゃありませんの?ハンカチとは違って」
「……私、ジョゼフィーヌとは違って目を瞑ると普通に見えなくなるタイプなんですよ」
確かに自分は目を瞑っていても瞼を透視して普通に周囲を視認するコトが可能ではあるが。
「なので、こう、眠い時とか、寝ぼけた時とかにうっかり」
「いや、アナタの場合瞼閉じたら見えなくなるとはいえ、目玉落としたらソコに瞼無い分普通にその付近をずっと見るコトになりますわよね?」
「眠くて瞼ほぼ閉じてるせいで、というか、脳がほぼ寝ているせいで同じ視界でもあまりわからなくて……」
「……まあ、確かに寝ぼけてる時って視界がぼやけますけれど」
寝ぼけている時にメモした内容とか、本当に意味わからない言葉の羅列になっているコトがあるくらいだ。
前に寝ぼけた時など「あと、後輩的存在が実は別でちさ」という謎の言葉が書かれていた。
誰だ後輩的存在。
……あの時のわたくし、本当にナニを書きたかったのでしょう……。
「というワケなので、私がうっかり目玉落としてたらお願いしますね」
「どういうワケなのかちょっとわかりませんけれど、視界的には恐怖でしかなさそうですものね。もし発見したらちゃんとお届けしますわ。まあ落とさないのが一番ですけれど」
「わかります」
うんうんと頷きながら、リストは手の中で転がしていた右目を眼孔にはめ込んだ。
「私の場合、落としても痛みはありませんけれど、痛覚が無いワケではないので……」
「というか痛覚あろうがなかろうが、馬車の下敷きになれば再起不可能でしょうしねえ」
「ナンて怖いコトを言うんですか!?ヒトの目玉をクルミみたいに言わないでくださいよ!」
「ああホラホラ、そんな目ぇ見開いたら……」
涙目になっていたせいで涙による滑りがあったのか、目を見開いていたリストの両目がポロリと落ちた。
さっとその両目をキャッチし片手で持ち、ポケットからハンカチを出してリストの目元を拭う。
「もう、怖い話の直後に落としてちゃいけませんわよ。通りすがりに押し目玉にされたらどうすんですの」
「ひ、ヒトの目玉を押し花みたいに言わないでくれませんか……!?」
そうツッコミ出来る辺り、やはりリストは狂人ではない常識人だ。
まあ目玉が取り外し可能な部分は常人では無い気もするが、常識人ならモーマンタイ。
・
自室での翻訳が一段落し、思いっきり伸びをした瞬間に扉が勢いよく開いた。
「ジョゼフィーヌ居ますか!」
「居ますけれど、普通はノックをするモンですわよ」
「ソレよりコレ!この魔物害魔じゃありませんよね!?寄生系とかじゃありませんよね!?」
「ハイ?」
リストの言葉に振り返ると、普段キッチリと制服を着ているハズなのに随分と着崩れていた。
着崩れているというか、上半身の前側がガッツリと開いていた。
しかもその胸から腹にかけて、魔物がピッタリとくっついている。
「……もしかして、テンションシャークサッカ、ですの……?」
「そうだよー!」
「ビチビチしないでくれませんか!?」
そう言うリストは涙目で、うっかり目玉が落ちたりしないよう必死に睨むような目つきになっていた。
「ところでジョゼフィーヌ、この魔物は」
「とりあえず害魔じゃありませんわ。一種の寄生系魔物ではありますけれど、脳みそ乗っ取ったりとかしないタイプだから安心して良いですわよ」
「寄生系魔物の一種である以上安心出来ませんけれど、害魔じゃないなら……」
納得はしていないようだが、リストは大人しくソファに座った。
「というか、どうしてテンションシャークサッカが?」
「コレは良い宿主なんじゃ!?って思ったからだよ!」
「あの、まず私としてはテンションシャークサッカとは?って感じなんですけど……」
おずおずと手を挙げたリストに、まあソレもそうか、と頷く。
「あー、まあ確かにそうもメジャーじゃありませんしね」
「僕がここに居るのにひっどーい」
「ソレはごめんなさい。ハイお詫びのクッキー」
「きゃー!やったやったぁ!しかもクッキー丸々一個!ありがとー!」
「どういたしまして」
そう返してから、さて、と今の内に説明する。
「さて、テンションシャークサッカという魔物ですけれど、要するに生き物の体に張り付いてそのおこぼれを貰うタイプの魔物ですわ」
つまりコバンザメ。
「……おこぼれ?」
「その位置に張り付いてれば食べかすとか食べれる位置、ってコトですわよ」
「私食べこぼすような食べ方しませんけど」
「うん、知ってますわ」
「エエッ!?」
嬉しそうにクッキーを食べていたテンションシャークサッカが、驚愕したように叫んだ。
「ウソ、ウソウソウソ!嘘でしょ!?そんなに目つき悪いのに!?」
「私は睨むような目つきしてないと目玉が落ちるんです」
「森で見つけた時思いっきり制服の前開けてたのに!?」
「森を歩いていたらうっかり泥で転んで泥だらけになったから、水辺で洗ったトコロだったんですよ。サッパリついでに風が気持ちよかったから開けてただけです」
「ウッソォ!そんなにも目つき悪くて制服着崩してるなら絶対不良だと思ったのに!食べる時とかめちゃくちゃ汚い食べ方すると思ったのに!」
「ジョゼフィーヌ、このテンションシャークサッカ酷いコト言ってきます。初対面なのに」
「初対面……面というかナンというか、って感じですけれどね」
張り付いてるワケだし。
見ようによっては二人羽織りチックだ。
「なんで行儀良いの!?」
「初めて言われましたよそんな言葉」
「まあ、リストって目つきを意図的に悪くしてるだけで、まともですしね」
常識人であるコトもそうだが、授業も真面目に受けている。
姿勢もご飯の食べ方も綺麗なので、ちょっと違和感を感じるのは目つきくらいだ。
……目つきも、目玉を落とさない為に必要だからやってるだけですしね。
昔はいっそゴーグルでも装備すれば落ちてもセーフなんじゃと言ったが、落ちた目玉の向きを意図的に固定出来るワケでは無かった為、目玉が転がって視界が安定しないからと却下になった。
まあゴーグル内で目玉がゴロンゴロンしてるビジュアルがかなりヤバかったので、アレはボツになって良かったと思うが。
「ヤダヤダヤダヤダ!困る!ちょっとキミ僕の為に行儀悪くなって!」
「初めて言われましたよそんな言葉!?」
「だってだってー!」
「ちょ、ビチビチするの止めてください!尾びれ!尾びれが!」
「当ててないもん掠ってるだけだもん!」
「掠ってるから痒いんですよ!」
「とりあえず双方落ち着きなさいな」
リストとテンションシャークサッカの口の中にクッキーを放り込んで黙らせる。
ここはヒトの部屋だというのにまったくやかましい。
いや、それだけリラックスしているのなら良いコトなのかもしれないが。
……や、でもリラックスの結果自室の床を血塗れにされたり真珠だらけにされると困るから、あんま良いコトでも無い気がしますわね。
「で、テンションシャークサッカ」
「ふぁい?」
「ナンでリストに……彼に、行儀悪くなってって言うんですの?」
「だって僕おこぼれ貰って生きるタイプだもん!行儀悪くなってくれないとおこぼれ貰えないじゃん!」
「や、アナタ今普通にわたくしからのクッキー食べましたわよね」
「エ?うん、そりゃまあ貰うよ。だって僕達の種族はこうやって張り付いてる以上は離れらんないもん。だからおこぼれが無いと困るんだよ!」
「どうどう」
「んむんむ」
またビチビチしかけていたので、クッキーを一気に二個放り込めば大人しくなった。
「……あの、ジョゼフィーヌ。結局どういうコトなのでしょうか」
「えーと、先に言っとくとテンションシャークサッカの張り付き力は強いので、剥がすコトは出来ませんわ」
「出来ないんですか!?」
「一応皮ごと剥げばイケますけれど、痛いと思いますわよ?」
「どうしていきなりそんな選択肢しかないんですか」
「だって彼女の種族、背中にある吸盤の力が強いんですもの。
無理矢理剥がそうとしたら皮付近の肉ごとベロンチョなる可能性があるとすると、ヨイチ第二保険医に皮ごとやってもらうのが早いですわ」
「怖いし想像するだけで痛い」
一応麻酔あるし、ヨイチ第二保険医の腕ならソコまで痛みも感じないハズだが。
皮剥いだ後もちゃんとした薬を塗ればソッコで治るし。
……肉までベロンチョして抉れると流石に治るのに時間掛かりますけれど、皮くらいならソッコでどうにかなるんですのよね。
「ただコレ、一回張り付いたら離れられないのはテンションシャークサッカも同じなんですのよ。だから行儀の良いリストだとおこぼれが貰えず、飢え死にするんじゃないかとなった」
「そう!ソレ!」
またビチビチしそうになっていたのでクッキーを放り込んでおく。
「ただ今みたく、食べさせれば普通に食べれるんですのよ。食べさせてくれるような存在に寄生するコトが少ないだけで」
「そうなんですか?」
「だっておこぼれ目当てとなると、イコールで食べかすボロボロ零すような相手をターゲットにするってコトですわよ?そんな存在が自分に寄生してる魔物相手に自分の食いモン譲ると思いますの?」
「あー」
「ただまあここ学園なので、テンションシャークサッカの分を注文して食べさせれば問題無いと思いますわ」
「つまり僕おこぼれどころか普通のご飯が食べれるってコト!?わーい!キミに張り付いて良かったよ!ヤッター!」
「手のひら返しが早過ぎませんか」
「手のひら無いからヒレ返しかもしれませんわねー」
「ってそうじゃなくて!ジョゼフィーヌ、つまり私はこのまま彼女を胸に張り付けたままになるってコトですか!?」
「剥がす方法ありませんもの。イヤなら皮剥ぐしかありませんわよ」
「グ」
「流石にわたくし、ソレを痛覚ある友人に対して積極的にオススメ出来る程の狂人じゃありませんわ」
一回伝えりゃ充分な情報だろう。
「……というかソレ、痛覚無かったら普通にオススメするってコトですか?」
「まあ、痛覚無いなら問題ありませんし」
髪にガム付着したならその部分の髪をちょっと切れば良い、と言うのと同じコトだ。
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コレはその後の話になるが、リストはテンションシャークサッカについては諦めたのか、普通に一緒に生活するようになった。
なったというか、ならざるを得なかったのだろうが。
「正直うつ伏せになったり出来ないし、服の前が閉めれないのが困るんですよね」
「またまた~、リストってばいーっつも不満ばっかりなんだから!そんなコト言って、僕の為に前が開いてる制服に新調してもらったクセに!」
「そりゃ着崩した状態でいたくありませんから。なら最初から前が開いたデザインの制服を着るだけです」
「でも結構仲良くやってますわよね」
「やってません」
「うん、やってる!」
意見が正面衝突している。
「……そう言いつつもリスト、アナタ頻繁にテンションシャークサッカに勉強教えてるの見ますわよ?」
「張り付いている以上、一緒に授業を受けてますからね。ソレで予習や復習をしていたら、この問題はナンだアレはどういう意味だったんだとか詳しく聞いてくるから、仕方なくです」
「そう!僕そういうの縁無かったから殆どわかんないの!でもリストわかりやすく教えてくれるからちょっとわかるようになったよ!」
「……まあ、私もそういう相手に教えるお陰で、新しい視点の発見になったり、良い復習になったりもしてますが……」
……あー、コレはもしかして……。
常識人であるリストは、ツンデレっぽい属性も有していたらしい。
少し不満そうに唇を尖らせながらも満更でも無さそうな表情をしている辺り、そうとしか思えない。
まあ、口ではツンとしていようが好意的な関係を結べているのであれば、良いコトだ。
リスト
遺伝で目玉が取り外せるのだが、目がパッチリ系なのでやたらと落としがち。
そうならない為に色々頑張った結果睨むように目を細めるのが一番だったのでやたら目つきが悪いが、真面目な常識人。
テンションシャークサッカ
目を付けた生物の体に背面の吸盤をくっつけるコトで密着し、その食べ残しを食って生きる魔物。
一度くっつくと人力で剥がすのは不可能というか、一応可能だが実際やると肉ごと皮がベロンチョとなる。




