ルームメイトとジョゼフィーヌ
彼女の話をするとしましょう。
穏やかで、シビアで、常に対等に接してくれる。
これは、そんな彼女の物語。
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自分は大分頭がオカシイ。
姫としてキチンと教育を施されたハズなのだが、自他共に認める程に言動やらが壊れている。
……ええ、流石のロザリーもソレには幼い頃から自覚があります。
ただでさえ表情筋が仕事放棄しているせいで、感情が読み取りにくいこの顔。
ほんの少し揺らぎはするのだが、無理に笑おうとすると蔑むみたいな笑みになるらしいので無理に作り笑顔をするのは早々に諦めた。
……ロザリー、メンタル割と普通なのでそんな風に正直に言われたら心折れますし。
ソレをジョゼ様に言ったら「嘘こけ」と言いたそうな目で見られたが、事実なので仕方がない。
自分視点と他人視点では見え方が違うモノだ。
さておき、自分の顔は表情筋どころか目も微妙にニートしている。
……いえ、視覚的問題は特にありませんが。
ただちょっと感情が目に乗っていないせいで、死んでは無いけど感情がわかりにくいという欠点があるのだ。
だからこそ表情で感情アピールするのを諦めた自分は出来るだけ自分のコトを伝えようと頑張って喋るようになったのだが、ナニか間違えたらしい。
……ナニか間違えたというか、最初から思考回路がアレだったというか。
思っているコトを全部伝えようと、そして感情も伝えようと思っている結果、淡々と状況説明をする感じになってしまった。
しかも立場のせいで初っ端から遠巻きなのに、一気に自分のコトを伝えようとするせいで会話が成立しないというトラップ。
……自覚はいまいちありませんが、ロザリーはロザリーで独特な世界観を有していると言われますしね。
同じ世界を見ているハズなのに独特の世界観とは遺憾の意。
だがまあこの学園はもっと頭オカシイ生徒とかも居るので問題は無い。
普通に接してくれる生徒も、殆どは頭オカシイからこそ立場気にしないタイプばかりではあるが、まあ居ないわけでも無いし。
……特にルームメイトのジョゼ様は今までのルームメイトの中で一番親密になれました!
最早親友と名乗っても良いレベルで仲良くなれたのではと兄に話したら、兄は何故かジョゼ様と交流した上にパートナーをゲットしていた。
一体どういう経緯があればジョゼ様と会話した後に伝説の魔法使いと出会ってパートナー拵えてもらえるんだと思わなくは無いが、現在自分のパートナーとして共に居るグルームドールもゲープハルト製なので良いとしよう。
……ええ、お兄様のお陰でジョゼ様は自称じゃなくて普通に親友名乗っても良いと思っているコトがわかりましたしね。
さておき、どうして自分がこんなにもぐだぐだ長々と考えているのかと言えば、理由は簡単。
ベッドに寝るしか出来なくて暇だから、である。
「ゲホッ……」
まさか風邪を引くとは思わなかった。
これでも結構頑丈で、多少の毒でも平気なくらいには頑丈なのだが。
……お兄様の方が弱いくらいだというのに、何故風邪を引いてしまったのか……。
「んー、熱はありますけれど緊急性があるレベルの高熱じゃないから大丈夫ですわ。どっちかというと咳と喉の炎症とタンなので、喉から来るタイプなんですのね」
「ジョゼフィーヌ!ロザリーは大丈夫なので」
「大丈夫だっつってるんですのよだから。うるさい」
「叩くなんて酷いではありませんか!」
「アナタうっさいんですのよ。ロザリー心配してるなら小声になさい。どうせ痛みも無いのに騒がないでくださいな」
……頼もしいですね、ジョゼ様。
今朝から具合が悪いと思ったが、普通に大丈夫だろうと思っていた。
しかしソッコで見抜いたジョゼ様により詳しく視られ、風邪というコトが判明して寝かされたのだ。
……どうして風邪などを引いたのか……。
だがソレはソレとして、グルームドールの大声が頭にガンガン響いていたのは事実なので彼にチョップを入れてくれたのは助かった。
無機物系なのでグルームドールに痛覚は無いし、心配しての大声だとはわかっているが、大声が脳に痛みとして響くこちらとしては正に天の助け。
……より正確には天使の助け、ですね。
コレで起き上がれる程元気ならスタンディングオベーションで褒めたたえているトコロだった。
今も咳がアレなだけで立ち上がるくらいは出来るからいっそしようかと思うくらいだが、ソレをやると怒られそうなので大人しく横になっておく。
……ジョゼ様、変なトコで思い切りが良いから急に雑になりますしね。
例えば料理の時など、お菓子作りの際は分量しっかり量った方が美味しいからとキッチリ量るのに、そうじゃない時などは結構雑だ。
お菓子作り以外は雑なくらいがコクが出ると言って雑に作り、しかもソレで実際美味しいのだから凄いと思う。
……ホントに凄いのは、貴族でありながら手慣れた様子で料理が作れるトコですが。
本人にソレを言うと「や、簡単な初心者用料理しか作れませんわよ?」と否定されるが、普通貴族はサンドイッチの作り方すら知らないモノだ。
なのに具がゴロゴロ入ったスープを作れたりする辺り、充分だと思う。
……料理人になるワケじゃないなら、そんだけ出来れば充分でしょうし。
「……ゲホッ」
「ああ、水分ですわね?ハイお水」
「ありが、ェホッ」
「無理して喋んなくて良いですわよ。口パクでもわたくし読めますし、視てれば筋肉の動きから大体察せますから」
表情筋の動きがほぼ皆無なせいでわかりにくいというのが自分の印象のハズなのだが、やはりジョゼ様は凄いヒトだ。
まあ自分以外は大概凄いヒトなのだが。
……ロザリー、生まれが凄いだけで他に出来るのは魔力による筋力強化くらいですからね。
ソレも、パートナーであるグルームドールが抱き着いて来た時に抱き上げて移動するくらいにしか使えない。
行動を制限されるよりかは移動出来る分良いとは思うが、姫という立場のせいで使いどころが無いのが問題だ。
そう思いつつ、ジョゼ様から渡された水を飲んで喉を潤す。
「……どうして」
「ハイ?」
「どうしてロザリーは、風邪を引いたのでしょう……」
「ああ、多分温度ですわね」
「?」
どういうコトだろうか。
「一応ロザリーは耐熱耐火の魔道具身に着けてるからグルームドールの炎も平気ですけれど、この部屋は普通に影響受けますわ。
そしてロザリーの魔道具は耐熱でこそあれど耐寒では無かったので」
詳しく教えてくれているのはわかるが、熱のせいでよくわからない。
「……えーと、高温状態の部屋から出ると普通の温度だけど、体が熱されているせいでソレを冷たいと感じ……要するに部屋と廊下の温度差にやられたんだと思いますわ」
「成る程……」
流石ジョゼ様、病人のクラクラな頭を気遣ってわかりやすい説明をしてくれた。
常に皆の説明係をやっているだけはある。
……ソレ言うと、イヤそうな表情をされますが。
「さてとりあえず問題は咳がメインだから湿気多めにしたいんですけれど……グルームドール」
「ハイ」
「アナタは燃えないように」
「ですがジョゼフィーヌ、私は燃えないと活動停止になりますよ」
「炎が漏れなきゃソレで構いませんわ。ただ、湿気を乾かしかねない部分に注意ですの」
「ウ」
反論出来ないのか、グルームドールは黙った。
自分相手ではお喋りで一直線なグルームドールだが、ジョゼ様相手の時のグルームドールはワリと普通だ。
……というか多分、パートナーとして認識しているロザリーに対してだけ枷が外れるのでしょうが。
ヒトの心がわからないらしい伝説の魔法使い製だからだろうか。
兄もゲープハルト製のパートナーらしいのに大丈夫なのか心配になってくる。
……まあ、パートナーとしてというよりサポートとしての部分をメインに作ったらしいので、グルームドールのように感情部分が暴走したりはしないようですが。
「さて、じゃあとりあえずわたくしは一旦保健室で薬貰ってきて、あと食堂で食べ物貰ってきますわね。ロザリー、食欲は?」
「ありませ、コホッ」
「ならホットワイン」
「それなら……」
「オッケー、ソレ貰ってきますわね。んじゃグルームドール、看病は任せますわ」
「看病……」
「前に色々恋愛小説だの読んでたから最低限はわかりますわよね?」
「ハイ!」
「大声を出さない」
「ハイ……」
しょんぼりしたグルームドールに、よし、と頷いてからジョゼ様は部屋を出ようとする。
が、自分に顔を近づけているグルームドールに気付いたのか扉に手を掛ける前に振り返った。
「ヘイ、ストップ。ナニしてんですのグルームドール」
「苦しそうなので、キスをしようかと」
「病人にサカるとかどうなってんですの無機物系魔物」
「サカってません!」
「声」
「うぐぅ……!」
……ジョゼ様、結構厳しいですね。
まあ自分が絶賛風邪っぴきで弱っているからだろうが。
誰かを助けようとする時のジョゼ様はやたら強い。
「で、ナンでキス」
「看病では、キスをすれば風邪が伝染ると」
「あー……恋愛作品の弊害……」
ジョゼ様は唸りながら頭を抱えた。
「オッケー、わたくしが言った参考にしろは無しにしましょう。ソレは間違い知識ですわ。参考にするなら家庭の医学とかその辺」
「違うのですか?」
「伝染す為にキスとかアホのするコトでしょう。同じ空間に居るだけで免疫無けりゃ勝手に伝染りますわよ。ソレは自分の欲望優先して病人気遣わないバカの所業ですわ」
恋愛作品に対して酷い言い草だ。
ジョゼ様も確かそういう作品に対して「素敵ですわよね」とか言っていたハズなのだが。
「作品は作品、現実は現実。現代ではそうでも無くても、風邪一つで命取りになるコトもありますのよ。
ならすべきはキスでは無くて汗を拭くとか着替えさせるとか湿気確保とかその辺ですの。重要なのは己の欲では無く気遣い」
……貴族って、基本的に使用人に世話をされるからそういう看病系の知識、皆無なハズなのですが。
めちゃくちゃ詳しい上に、ジョゼ様特有の空気なのかその知識を有しているコトにまったく違和感が無い。
エメラルド家はかなりの上流貴族なのだから、ソコの娘が他人の看病に詳しいとか明らかに違和感抱くコトのハズなのに。
「そもそも伝染るもナニも、無機物に風邪が伝染るワケないでしょうに」
「アッ」
……そういえばそうですね。
「でも風邪が伝染らないというのは利点ですわよ。コレでわたくしに伝染ったらロザリー気にしそうですし」
確かに、気にすると思う。
今頼りになるのがジョゼ様だから頼りにしているが、しかしソレでジョゼ様まで倒れてしまうのはいただけない。
姫は民を導く存在であり、民に迷惑を掛ける存在ではないのだから。
……まあロザリーの場合、導くというか目立っているだけであり、迷惑以前に遠巻きにされてますが。
「まあ一応今のわたくしは風邪にならないよう魔法使用してるから大丈夫でしょうけど、念の為に今日は友人の部屋にでも泊まらせてもらうコトにしますわね」
是非そうして欲しい、とベッドの中で頷きを返す。
睡眠を必要としないグルームドール相手に甘えるならともかく、睡眠を必要とするジョゼ様を夜中の咳で起こしてしまうのは忍びない。
「というワケでグルームドール、二人っきりの間はアナタが話し相手になるコト。風邪の時は心細くなるモノですから」
「ハイ!全力で愛を語ります!」
「声」
「すみません……」
……グルームドール、早口か大声が多いですからね。
そして早口は自分に対しての愛の言葉で使用されるコトが多い為、必然的に大声になりやすいのだろう。
だが正直大声は脳天に響きまくるので、その度にジョゼ様が注意してくれているのはありがたい。
「とりあえず愛は保留として、熱出てる以上は頭痛もあるでしょうから、ロザリーをよく観察するコト。
アレで結構表情変化ありますから、アナタなら見分けがつきますわよね?」
「当然です」
「なら喋ってる時に辛そうなら無言になったり、無言で居心地悪そうにしてるようなら喋ったり、と臨機応変に対応。
喉から来るタイプだから喋るの億劫だと思うので、アナタのロザリーへの愛でその辺を察知」
「わかりました」
……ジョゼ様、本当に頼りになりますね。
正直風邪引いたとわかった時、グルームドールが騒がしくして風邪が悪化するのではと思っていたのだが、ジョゼ様が的確な処置をしてくれるお陰で助かった。
ソレにグルームドールを叩いたりチョップしたりして注意してくれるし、指示もしてくれているし。
風邪が治ったらジョゼ様にとてもお世話になったと父に報告して、正式にお礼とかした方が良いかもしれない。
……ああ、でもジョゼ様謙虚だし否定癖があるから、普通に断りそうではありますね。
「……というか、一国の姫が風邪引いてんのに使用人の一人も来たりしませんのね」
「……学園では平等、ですので……。他の国の、ッコホ、王族が来て熱を出しても……使用人を、派遣、ゴホ、しな」
「オーケーオーケーわかりましたわ。つまり他と同じ条件だから自分だけ身内贔屓みたいなコトしてもらうとかはあり得ないってコトですのね。わかったから無理せず寝なさいな」
「ハイ……」
額に添えられたジョゼ様の手がヒンヤリしていて気持ちが良い。
グルームドールの手は硬いし熱いので、あまり冷やすのには向いていないのだ。
……まあ、寒気を感じる時は助かりそうだから、良いでしょう……。
「んじゃグルームドール、とりあえず薬とホットワイン貰ってくるまでロザリー寝かせといてくださいまし」
「エ、私がですか?ですが普段はジョゼフィーヌが寝物語を……」
「アナタも一緒に聞いてんなら語れるでしょう。来年は違うルームメイトになるんですから、アナタが出来るようになりなさいな。じゃ」
サッパリした様子でそう言って、ジョゼ様は部屋を去って行った。
「……ロザリー……」
残されたグルームドールは、炎を噴出させないようにか、もしくは大声を出さないようにか、恐る恐るというような動きでこちらの顔を覗き込む。
「愛ならば幾らでも語れますが……お話ですか……いえ、しかしコレも愛の試練。
ロザリーを眠らせ回復させ健康的な日常ライフをカンバックさせる為にも必要という、ええ、そういうアレなのでしょう」
グルームドールはぶつぶつと呟きながら、こちらを見ていた。
「……ロザリーが寒くて震えているのならベッドの中に入り込んで温めてさしあげるトコロですが、熱を出している時にソレはいけませんね。
無機物でありながら、炎が燃え盛っている私の体温は平均より高めですし」
……グルームドール、常にお風呂並みの体温ですしね。
「……グルームドール」
「ハ…………!……い」
大声で返事をしそうになったが、大声を出さないようにと言われていたのを途中で思い出したらしい返事だった。
「寝物語を……お願い、ケホッ、します」
「と言われましても……私が知っているのは少ないですし。正直うとうとしているロザリーを見つめるのに夢中で特にジョゼフィーヌの声を聞きとっておらずうろ覚えと言いますか……」
「充分です……コホッ」
元々は筋力強化をするとアドレナリンとかがドバドバ出るのか眠れなくなるというモノであり、ソレを落ち着かせる為の寝物語だった。
しかしソレを覚えてしまったのか、寝物語無しでは眠れなくなってしまっているのだ。
……まあ、寝物語無しでしばらく放置すれば勝手に眠れるようになるとは思いますが。
折角、こんな自分を受け入れ、愛し、甘やかしてくれる存在なのだ。
使用人のように仕事だからと応える相手とは違うのだから、全力で甘えるくらいは良いだろう。
「……この間、ェホッ、ジョゼ様が、ゴホッ」
「ロザリー、水を飲んでください。ええ、私が飲ませますから、落ち着いて。
コレはロザリーの看病を任された私の仕事ですから、ロザリーは無理に起き上がろうとせず存分に看病されてくださいな」
すっと差し出されたソレを飲み、喉を潤す。
室温のソレは熱を持っているらしい喉にはひんやりと感じられ、ありがたい。
……ジョゼ様、わざわざ水差しに入れといてくれましたしね。
飲みやすいのでとても助かる。
「…………この間ジョゼ様が語ってくれた、極東の物語とか、聞きたいです」
「極東というと……確か、桃男でしたか」
……ナニか違うような……。
だが確かにそんな感じのタイトルだったような気がするので、多分合ってる。
極東は言葉の意味が多いから微妙に違う可能性もあるが、まあ大体合っていれば問題無いだろう。
「では、ええっと……昔々老婆が川に行くと、上流から桃男がどんぶら~りと流されていました」
……スタート、桃男そのままでしたっけ、あの話。
「老婆は食事になるかもと思い、ソレを一本釣り」
確かに食事になるというコトで拾っていたような気はするが、一本釣りしていただろうか。
話を聞いている途中で寝るコトが多いから、自分の記憶が夢の中とすり替わっていたのかもしれない。
「ソレを老婆が連れ帰ると、老爺が若い男に嫉妬し、ニートはお断りだから鬼でも倒しに行けと追い出します」
まあ確かに老夫婦に食い扶持が一つ増えるのは厳しい。
身元不明暫定的に無職だろう男なワケだし。
「可哀想に思った老婆は、食わせた相手の心を意のままに操れるというアウトっぽい団子を持たせ、手駒を手に入れると良いと見送りました」
そんなヤベェ注釈あっただろうかその団子。
脳内でそう思いつつも、グルームドールによって紡がれる寝物語に意識がうとうとし始める。
「桃男はその団子を用い、犬とゴリラと孔雀を手駒にし、鬼島へどんぶら~りと行きました」
クライマックスが近いというのに、風邪のせいもあってか、その辺りで意識は完全に眠りに落ちた。
ロザリーが語り手の物語は、これにて終了。
ジョゼフィーヌ
後ろで一本の三つ編みにしてる五年生。
ボケのグルームドールとボケにボケを重ねるロザリーが同室の為、大事なツッコミ役を担っていた。