心壊少女とディファレントパーソナリティ
彼女の話をしよう。
控えめで、母親に無茶なスケジュールを課せられていて、メンタル的に限界な。
これは、そんな彼女の物語。
・
もうそろそろ長期休暇の時期がやってきた。
このヴェアリアスレイス学園での長期休暇は、基本的に自由だ。
帰る生徒は帰って良いし、帰りたくない生徒は帰らずに授業を受けても良い。
……教師達、殆ど帰りませんしね。
なので帰らなくても特に問題は無いのが長期休暇なのだが、それでも帰らなくてはならない生徒も居る。
「…………」
無言でこちらの腹に抱き着いているのは、ヘレナだ。
腹に顔を埋められているせいで金髪しか見えないが、ヘレナは縋るように自分の背に手をまわしている。
「……ヘレナ、やっぱり帰るんですの?」
「…………帰らないと、怒られちゃいますから」
怯えたように、ヘレナはそう言った。
「帰らなければ怒られるもナニも無いと思いますけれど……」
「……でも、帰らないといけないんです。帰るとずっと怒られるし、ご飯とか寝る時も無いくらいに勉強とかをさせられますけど、それでも」
「うーん……」
ヘレナの母親は、異世界である地球的に言うなら虐待タイプの教育ママだ。
話を聞く限りではどうも暴力などは振るわないらしいが、ヘレナの自由を許可せず、少しの隙間も無いスケジュールを課すらしい。
……毎年長期休暇の度に、どんどん弱ってるから心配なんですのよね……。
長期休暇前の不安そうな表情や、長期休暇後の不安定ながらも安心したような表情から不審に思い事情を聞いてみたら、中々に闇のある家庭事情だった。
どうもヘレナの母親は庶民だったが、貴族であるヘレナの父親に見初められたらしい。
だが娘もまた自分のように金持ちの嫁になれるかはわからないから、金持ちの嫁になるという幸せを掴む為にもこのくらいのコトはやってのけないと!と強制してくるんだそうだ。
……子供を生き物と思ってなくて、第二の自分として認識しているタイプの毒親でもありますわよねー……。
学園に居る間はそのスケジュールから逃れられるらしいが、長期休暇には帰るようにと強制されているらしい。
そして成績チェックで色々言われたりもするんだとか。
……とりあえず勉強教えたり、勉強教えるのが得意な友人に頼んで一緒に教えてもらったりで良い成績を維持はしてますけれど……。
「…………ヘレナ、助けて欲しいならちゃんと言わないと駄目ですのよ?流石にソレ無しの状態だと、助けるコトすら出来ませんもの」
「……大丈夫です」
こちらの腹に顔を埋めてそう言いながらも、ヘレナが苦しそうに表情を歪めているのが視えた。
けれどそれでも、ヘレナは笑っているように聞こえる声色で言う。
「暴力を振るわれたりはしてませんし、母も私の将来を気遣ってのコトですから」
……そー言われると、部外者でしかないわたくしは手出し出来ないんですのよねー……。
本人が本気で拒絶するようなら学園も味方をしてくれるのだが、本人がこう言っている以上はどうにもならない。
自分の目からすると、ヘレナはそう言いながら必死で自分自身を誤魔化しているのも視えているのだが、しかしソレを指摘して心が壊れては元も子も無い。
……助けを求められがちかつ、なあなあで助けてるからこそ、自分から助けを求めない子相手だとどう助ければ良いのかわかりませんのよね。
とりあえずヘレナの母は誰よりも上にあれ!というタイプらしいので、長期休暇の際は頻繁に手紙を出すようにはしているが。
これでも有名なエメラルド家なので、その娘が頻繁に手紙を出すくらいヘレナと親しいとなればヘレナの母親も多少は満足するだろう。
ついでに高過ぎはしないが安くも無い程度のアクセサリーをプレゼントして、ヘレナはこんな値段のモノをプレゼントされるくらいの位置に居ますよ、とアピール。
……その甲斐あってか、昔に比べてまだ理不尽な小言は減ったそうですけれど……。
部外者でしかない現状では、その程度しか出来ないのが歯がゆくて仕方がない。
ヘレナの父親は仕事であちこちを回っていてヘレナのコトをほぼ完全放置だし。
……敵でも無いが味方に引き込めもしない……というかネグレクトだと考えるとほぼほぼそっちも敵ですわよね。
いっそ家と縁を切れば良いのではと思わなくもないが、そう簡単に決めれるモノでもあるまい。
「……ヘレナ、お願いだから、無理は駄目ですのよ」
「えへへ、ジョゼはいつもそう言いますね」
「そりゃ言いますわよ……」
だって無理をしているようにしか視えないのだから。
というかこの程度の心配で心の底から嬉しい、みたいな笑みを見せないで欲しい。
いや自分の腹に顔を埋めているので普通は見えないのだが、それにしたってこの程度で見せるような笑顔ではないだろう。
……喜びのハードルが低いというのは、良いコトではありませんわね。
普通なら良いコトだが、ヘレナの場合は辛いコトが沢山あるからこそソレに反比例して喜びのハードルが下がっているだけだ。
喜びが沢山ある中でも喜びのハードルが低いのが良いコトなので、現状を良しとするワケにはいかない。
「ヘレナ」
「ナンですか?」
「限界前に、助けを求めてくださいね。限界迎えたらアウトですわ」
「まだ大丈夫ですよ。心配性ですね、ジョゼは」
まだ大丈夫だと言うから心配なのだが。
というか現在進行形で帰りたくないから縋るように自分に抱き着いている、という状態なのを忘れているんだろうか。
・
長期休暇が終わってから、すぐにヘレナを探した。
実家に居たら珍しくヘレナからの手紙が来たのだ。
「実家と縁を切った。お前から貰ったらしいアクセサリー類はヘレナが貰ったモンだからと持ってきたが、売って資金にして良いのかがわからねえから、学園に戻ったら教えてくれ」
明らかに異常な手紙だが、しかしこうなるだろうという懸念はあったので、ソコまで驚きはしない。
ただ、助けを求めないまま限界を迎えてしまったんだな、というだけだ。
「……よう、お前がジョゼフィーヌか」
食堂に座ってお茶を飲んでいたヘレナは、そう言ってこちらを見る。
その目は茶色ではなく、人間でない証の真っ赤な色をしていた。
……というか、明らかに声も変わってるからソッコでわかりますわね。
「…………察してはいましたけれど、ディファレントパーソナリティ、ですわね」
「よくわかってんじゃねえか」
ヘレナは、ヘレナらしくない男らしい仕草でニッと笑った。
否、ヘレナでは無いのだろう。
だって目の前に居るのはヘレナの体を使用している、ディファレントパーソナリティなのだから。
「とりあえず、ディファレントパーソナリティが居るというコトはナニがあったか大体お察しな感じですけれど……」
そう言いながら、ディファレントパーソナリティの隣に腰掛けた。
「……ナニがあったのか、一応詳しく聞いてもよろしくて?」
「流石はジョゼフィーヌ。ヘレナの記憶からしてもかなりヘレナのコトを心配してくれてたみてぇだしな。その辺、やはり気になるか」
「ええ、まあ」
ディファレントパーソナリティとは、要するに多重人格の魔物である。
現状を良しとしておらず、逃げたいと心の底で叫んでいるヒトの声に応じる、別人格という姿で現れる魔物だ。
……確か、逃げたいと思うヒトの頭の中で「逃げたいのか」と問いかけ、そのヒトがソレを肯定した瞬間に別人格として覚醒する魔物、でしたわね。
つまり言ってしまうとヒトの内側から発生するただの別人格なのだが、目の色が変わるので魔物扱いされているのだ。
もっとも本体を逃がそうとして覚醒した別人格なので、どんな性格であっても本体の主人格を第一に考える、というのは種族的に共通しているようだが。
「まず、絶縁したそうですけれど」
「年々増える、休む暇すらない過剰なスケジュールにヘレナの心が壊れた。そして俺の問いかけに頷いた」
「やっぱり……」
折れたのではなく、心が壊れたのだ。
だからこそその主人格を守る為にディファレントパーソナリティが生まれかけていたのだろう。
……前からちょいちょい、逃げたいのかって幻聴が聞こえるって言ってましたものね、ヘレナ……。
なので相当メンタル的に追い詰められているのだろうと思っていたのだが、自分の助けでは追い付かなかったらしい。
まあ部外者としてのせめてもの細工程度だったので、仕方無い気もするが。
「そして覚醒直後、ソッコで学園に保護を求める連絡をしてな。連絡後、自室にある金目のモノ……殆どお前からの贈り物だったが、ソレを掴んで来た。
母親には家を出る際に「貴様のせいでヘレナの心が壊れ、俺というディファレントパーソナリティという魔物が生まれたぞ」と言って絶縁状を叩きつけた」
「グッジョブ」
そのくらいはしても良いだろう。
きっと神も許す。
「……というか、ヘレナの部屋は本当に酷かったぞ。勉強をする為だけの部屋という感じで、自分用のモノが殆ど皆無だった。私服すらも、だ」
「学園の寮に全部置いてるからではなく?」
「お前は寮に全て置いていたら、ソレで自室が空になるのか?」
「オーケイ、成る程、理解しましたわ。寮生活で増えた分はあれど、十年間生活していたハズの実家の自室に私物がほぼ皆無だったってコトですのね」
自分の場合、実家の自室にはそれなりに家具がある。
持ってきていない私物などもあるので、部屋の主が居なくても部屋っぽい部屋だ。
けれどヘレナの場合は長期休暇の度に帰っているハズなのにそういう、生活していた痕跡ともいえるプライベート感が無かったというコトなのだろう。
……ディファレントパーソナリティが言うってコトは、相当閑散としてた可能性が高いですわね。
そうじゃなかったらわざわざ言いもしないハズだ。
下手をすると、ソコらの安宿の個室の方がまだ設備が整っている可能性すらあるレベル。
……貴族の娘の部屋がソレって完全アウトじゃありませんの……!
さっさと家庭に乗り込むくらいしとけば良かった。
「正直言って、ヘレナの部屋はお前から贈られたプレゼントくらいしか私物らしいモノが無かったぞ」
「ワァオ……」
「だがその私物の一部は母親だった女に持っていかれていたようだがな」
「あ、ソレはヘレナが特に気にしてないならわたくしも問題ありませんわ。
というか奪われる可能性が限りなく高いと判断した上で、ヘレナを大事にしていれば次があるぞというヘレナの母親へのエサのつもりもちょっとありましたし」
「成る程。実際アレのお陰で母親だった女の理不尽な金切り声が減ってたみてぇで、助かってたらしいぜ」
「ソレはなにより」
ディファレントパーソナリティは主人格と記憶を共有しているから、事実なのだろう。
少なくとも役立てていたようでなによりだ。
……まあ、金目のモノぶら下げて意識逸らさせた程度の、原始的かつ子供騙しなモノでしたけれどね。
「で、ええと……絶縁したのは大体わかりましたけれど、資金というのは?」
「絶縁したから金がねぇ」
「わかりやすく端的」
「実際困ってんだよ、コレには。とりあえず連絡取ったお陰で家出てソッコで保護して貰えて学園に戻れたが、問題は学費だ。
一応今年の分は支払われてるから、絶縁しても今年いっぱいセーフではあるが……」
「来年からが問題になる、と」
「学園長が色々と、俺やヘレナに出来そうな仕事を斡旋してくれるっぽいけどな。今のヘレナは中で療養期間中だからしばらく出てこねぇだろうが」
「心壊れてたらそういう期間、必要ですものね」
メンタルの複雑骨折みたいなモノなのだから、治るまでには骨折が治るのと同じくらいの、もしくはもっと長い時間が掛かるモノだ。
「でもまだディファレントパーソナリティが居るだけ幸い、でしょうね。不幸中の幸いだから結局幸いでも無い気はしますけれど、ヘレナの精神は療養に集中出来ますもの」
「ソレは俺も思ってる。少なくとも俺はヘレナの為の人格であり、魔物だからな。ヘレナの精神が休んでる間に授業受けて仕事して金稼いで、っつーのは俺の仕事だ」
そう言ってディファレントパーソナリティはニヤリと男前に笑う。
ヘレナはいつも控えめな笑みしか浮かべていなかったので、新鮮な表情だ。
「だがソレはソレとして、だな」
「ええ、わかりますわ。学費とは別で個人的に確保出来てる分の資金があると安心ですものね」
「貴族なのによくわかってんじゃねえか」
「うふふ」
貴族だが庶民的なのだ、自分は。
自他共に貴族だったというコトを忘れるレベルで庶民的である。
……エメラルド家、結構上の方の貴族なんですけれどねー……。
「とりあえずアクセサリーについては、ヘレナに似合う似合わないは二の次として、ヘレナの無事を確保する為のプレゼントですの。
重要視していたのは、流行りモノかつ安過ぎず、しかし庶民では手に入らないだろう金額のモノ」
「成る程、通りでヘレナには似合わなそうなモンばっかだったワケだ。母親だった女の好みそうなモンではあったがな」
「その方が相手を満足させれると思ったんですのよ」
どうもヘレナの母親、ヘレナを第二の自分として認識しているタイプっぽかったし。
自分の子を自分の人形として認識するタイプなら、そのヒトが満足するようなモノを渡しておけば勝手に悦に浸ってくれるだろうと思ってのチョイスだ。
「だからヘレナが売っても良いなら売って構いませんわ。というかコレからはヘレナに似合いそうだと思ったアクセサリーをプレゼントするつもりですから不要でしょうし」
「ん、もうあの女から守る必要はねぇぞ?」
「こっちは個人的なプレゼントですわよ。前までの状態だと、ヘレナの好みのアクセサリーは多分ヘレナの母親の好みと一致しないから勝手に捨てられる、または売られる可能性があったでしょう?」
「確実にやるな、あの女は」
「そうするとヘレナのコトだから、申し訳ないとかって気にする可能性があるじゃありませんの。ソレでヘレナの心を追い詰めたら本末転倒ですわ」
「……ジョゼフィーヌ、めちゃくちゃ考えた上で色々やってたんだな」
「まあ、友人ですし」
とはいえ部外者かつ第三者的立ち位置で完全に蚊帳の外だった為、その程度しか出来なかったが。
・
とりあえず、ディファレントパーソナリティが居るならヘレナの精神は大丈夫だろう、と安心した。
ディファレントパーソナリティが居るというコトはつまりヘレナの心が一回壊れたという事実でもあるが、しかし彼は主人格を守ろうという本能がある。
そして彼が表に出ていればヘレナの精神は奥で休むコトが出来るので、安心なのだ。
……少なくとも、ヘレナ一人の人格で全部を背負って昏睡やら鬱やらにならないだけ良いコトですわ。
「…………そういえば、男の人格なんですのね」
「あ?ああ、俺のコトか」
「ええ」
「まあ、俺はな。自分じゃ逆らえねぇ母親に、強く言い返せる自分が理想だったんだろ」
「成る程」
ディファレントパーソナリティという魔物は、主人格と正反対の性格であるコトが多い。
だからこそ我が強くて、男の人格なのだろう。
「……折角なので、ちょっと色々と質問してもよろしくて?」
「そういやジョゼフィーヌは魔物について興味があったんだったか?」
「ええ、ありますの」
「そうか。ま、構わねぇよ。ヘレナも随分と世話になってたしな」
「ソレはありがたいコトですわね」
こういった見返り目的で色々やっていたワケでは無いが、受け取れるありがたいモノは受け取っておこう。
「ではまず、ディファレントパーソナリティが主人格を大事にするコトについてなんですけれど」
「何故なのか、ってか?体を乗っ取ろうと……いや、乗っ取ってはいるが、そのまま主人格に成り代わろうとしねぇのは何故か、っつー辺りか」
「その通り」
「……まず、大前提として俺達は寄生型だ」
「あら、心の奥から発生するモノじゃなく?」
「もしそうならナンで俺らは魔物になってんだ。ただの別人格なら目の色が変わったりなんざしねぇだろ」
そう言われると確かに。
納得し、頷きを返す。
「俺達に体は無い。だから体が、宿主が欲しい。しかし体があれば良いというワケじゃねぇ。宿主も大事な存在だ。
だから俺達は宿主の理想の人格として形成されるし、宿主が満足したら消滅するコトもある」
ふむ、ソレは確かに聞いたコトがある。
ディファレントパーソナリティが居なくなるという前例もあるので、わからない話ではない。
「もしや、最初に「逃げたいのか」と問いかけるのは」
「ソレがノックの部分だな。心の扉をコンコンとノックするようなモノ。拒絶されたらソレまでだが、ソレに頷き肯定したら、扉を開いて迎え入れたと同じなワケだ」
「成る程、だから逃げたいと肯定した瞬間にディファレントパーソナリティが覚醒するんですのね」
心に呼びかける系だから心の内側から発生したモノだと思われていただけだったのか。
コレは知らなかった、とメモを取り出して書き留めておく。
「もっとも俺達が消滅するコトは滅多にねぇけどな。俺達自身宿主にとても気遣っているし、宿主からしたら同じ肉体という部屋を使用しているルームメイトみたいな感覚だ」
「あー……つまり、消滅はその部屋から追い出すようなモノだから、ルームメイトとして不満が無ければ早々そういった現象は発生しない、と」
「その通り。だからまあ、宿主に好きな相手が出来たりすると消滅するコトが多いな。ルームメイトが居る部屋に好きな相手を連れ込んだりはしねぇだろ?」
「うちの学園では二人一部屋なので、パートナー持ちも当然同じ部屋ですわよ」
「ああ、悪い。お前ら人間は性欲がねぇんだったな」
今のは性欲と関係があるモノだったのか。
というか本気で申し訳なさそうな表情で謝られたのだが、コレはそのレベルで謝罪されるようなコトなんだろうか。
「……だがまあ、結局トータルではそれでも消滅しないコトの方が多いか。寧ろ増えるコトもある」
「増えるんですの?」
「俺達が理想の自分だから、な」
「ふむ?」
「わかりやすく言うと、主人格からは俺達の方が優れて見えるのさ。理想の自分なんだから当然なんだが、主人格はソレを内側から見て「こっちの人格の方が求められてるんじゃないか」と思う。
考える時間が無限にあるようなモンだから、尚のコト「自分という人格に価値はあるのか」ってよ」
「……理想の自分……」
「そう。ソレで自分で自分のコンプレックスつついたりするコトもあるワケだ。モチロン俺達は基本的に宿主を優先するから、そういうコトが無いように気を付けてるけどな」
寄生系魔物なのに宿主への配慮が凄い。
寄生するタイプの魔物の中には宿主の体が大変なコトになるタイプも多いのに。
「だがソレでもネガティブになりがちな宿主だと、うっかりコツを掴んでちょっとキッカケがある度に新しい人格が増えるワケだが」
「初耳ですわ」
「そうなのか?」
「ええ。増えるというのは少数ですが前例があるのでギリわからなくはありませんけれど、理想の自分って方が初耳ですわね。
真逆、もしくはまったく違う人格として覚醒するとしか……あ、いえ、そういえばアレは……」
「ナンだ、やっぱあるんじゃねぇか」
「あるというか、アレ絵本でしたのよねー……」
「絵本?」
「ヒーローになりたい少年の絵本ですの。母親に虐待されてる少年は母親を笑顔にするコトが出来るヒーローになりたいと願い、助けて欲しいかという声に頷く。
すると少年はヒーローになるコトが出来た。結果笑顔になった皆を、少年は自分の中から、本を読むかのように見ていたという……」
今思うとアレは完全にディファレントパーソナリティについてを書いていた。
ディファレントパーソナリティが表に出ている間の主人格は、中から映画を見るかのようにこちらを観測しているらしいし。
……まあ、アンノウンワールドに映画はありませんけれど。
「その絵本、続きは?」
「少年は中から見つつ、僕がヒーローになった姿を見たいんじゃなくて僕がヒーローになりたかったんだけどな。って」
「そうじゃなく、展開としての続きだ」
「えーと、確か少年はヒーロー以外にも夢が沢山あって、頭が良くなりたいとかパティシエになりたいとか剣士になりたいとか……。
そして少年の中に沢山の少年が生まれて、ナンでも出来るようになった、と」
「……思いっきり俺達っぽいな」
「ちなみにその絵本の中で自分の必要性を感じなくなった主人格の少年は自分は居て良いのか、消えた方が良いんじゃ、となったけど中に居る他の人格に止められて消滅コースは止めてましたわ。
ただし出番が無いのでずっと自分の中に居る、という感じでしたけれど。しかも外に出れるのは一人ずつだけど少年の中には沢山の少年が居るので寂しくはありませんエンド」
「メリーバッドエンドじゃねぇかソレ」
「今思うと中々の内容ですわよねーアレ」
闇絵本だ。
「だが、その絵本は完全に俺達を書いてるな。クセになるとパカパカ増える辺りが特に俺達染みてやがる」
「というか、ナンでそうも増えますの?分裂で増える系だったり?」
「絵本の通りだよ。少年はなりたいモノが沢山あったんだろ?」
「……まさか、教師になりたいと思ったらその瞬間教師に適した人格が、剣士になりたいと思ったら剣士に適した人格がポンッと生まれるってんじゃ」
「その通りだ」
「あああああ……だーから二重人格超えると一気に人格がポコポコ増えるって前例が多いんですのね……」
納得した。
というかせざるを得ない。
本魔が肯定しているワケだし。
「……ところで、ディファレントパーソナリティ」
「どうした」
「理想の自分やら云々に関しての情報、フランカ魔物教師に報告して公表してもよろしくて?その辺の情報、魔物関係の界隈でも知られてない可能性がありますわ」
結構色々な本を読み漁っている自分ですら、寄生型というコトすら初耳だったのだから。
「……?」
そんな自分の言葉に、ディファレントパーソナリティは怪訝そうに眉を寄せる。
「絵本あんならソレで良いじゃねぇか」
「絵本にしか記述が無いんですのよ!ちゃんとした魔物の本でそんな記述読んだコトありませんわよ!?」
外国にしかなくて自分が読めていない本とかにあるかもしれないが、少なくともこの学園の図書室にある魔物関係の本にそんな記述は無かった。
「マイナー系の魔物について細かく書かれてたりする本にすらそんな記述はありませんでしたわ!」
「違う人格が出現して、ソレが複数になるってコトがわかってりゃソレで問題ねぇだろ。そして俺達が宿主を気遣っているコトについて。重要なのはソコじゃねぇのか?」
「そうですけれど、他の詳しい情報だって重要なんですのよ!リゼットだってそう思いますわよね!?」
「エッ!?私!?う、うんそうだね!?」
「ホラ!」
「おい一般通過生徒巻き込んでんじゃねぇ」
「……あとリゼット、わからないままに頷くモノじゃない。
ジョゼフィーヌなら大丈夫だという信頼があるのはわかるが、そう簡単に流されてはいけないな。重要な役割を担わされているという可能性だってあるのだから」
「ごめーんブルーダック」
場が食堂であるがゆえの一般通過リゼットに声を掛けて賛成票を確保したつもりだったのだが、無効票状態になってしまったか。
というかブルーダック、もう少しこちらを信じてくれても良いんじゃないだろうか。
……いえまあ、リゼットが結構好き勝手動くタイプだから、ブルーダックが警戒しないと危険なんでしょうけれどね。
「……まあ、良い。今のはとりあえず無効だが、公表云々は好きにして構わねぇよ。お前には恩しかねぇみたいだしな。任せた」
「ええ、任されましたわ!ではこの件がホントに知られてなかった場合はお金支払われると思うので、その時は貰った分ちゃんと渡しますわね」
「おう、五割は寄越せよ」
「あら、控えめな提示額ですわね。別にわざわざ言わなくても十割渡しますわよ」
「アァ!?」
「じゃ、わたくしちょっくらフランカ魔物教師のトコ行ってきますわ。居るかわかりませんけど」
「待てジョゼフィーヌ!普通こんな程度の情報じゃこっち三割でも充分過ぎるくらいの額だろうが!発案したのも報告すんのも他色々もやんのはお前で……足速ぇなテメェ!?」
廊下を走ったりするとはしたないので早歩きなのだが、そう言われる程速かっただろうか。
確かに最短コースを通ってソッコで扉の向こうへ移動はしたが。
・
コレはその後の話になるが、ディファレントパーソナリティが基本的に表に出て色々やってくれているお陰で、ヘレナの壊れたメンタルはゆっくりと回復し始めているらしい。
「あ、ジョゼ!」
「あら」
昼食を食べようと食堂へ来たら、ヘレナが席に座っていた。
声を掛けられたし折角なので、と隣に座る。
「今日はヘレナなんですのね」
「いえ、授業中は殆どディファレントパーソナリティが表に出てきててくれたんです。外を観測は出来るんだから、中から見てた方がゆっくり出来るだろって」
「ああ、通りで」
授業中は普通にディファレントパーソナリティに視えていたのは気のせいでは無かったらしい。
まあ目の色も声色も表情も仕草も全部違うので、コレ見間違ってたらヤバいなと思っていたが。
……わたくしの目は正常だったようで良かったですわ。
もっとも視え過ぎる自分の目が正常がどうかはアレだが。
いや、普通でないだけで正常は正常なのだろうか。
「で、食事時はヘレナが出るコトにしたんですの?」
「ちょっとずつ、時々表に出て感覚を忘れないように、って。動いてる感覚はうっすらとあるから忘れたりはしないと思うんですけどね」
眉を下げながら笑うその顔は、ヘレナらしい表情だ。
けれど前はもっと申し訳なさそうな、控えめな笑みだった。
……そう考えると、ディファレントパーソナリティに感謝ですわね。
母親に絶縁状叩きつけて縁を切り、代わりに表に出て色々やってくれているお陰でヘレナが自分らしく笑えるくらいに回復した。
壊れた心が完全回復するにはまだまだ掛かるだろうが、経過は順調なようで良いコトだ。
「あ、コレ」
スープを飲んだヘレナはふわりと微笑む。
「好みの味でしたの?」
「らしいな」
「エ」
突然の声色チェンジに隣を見れば、ヘレナの目は真っ赤に染まっていた。
「……短いヘレナタイムでしたわね」
「まったくだ。もう少しゆっくりと飯を食うくらい…………」
言いながら、ディファレントパーソナリティはむずむずしているような表情になる。
「どうしたんですの?」
「……ヘレナのヤツ、このスープが美味しいから俺にも是非飲んで欲しいってよ……」
「あらまあ」
中で共有されているのだから、食べたモノの味だって共有されているだろうに。
直に食べてこそ!と思ったのだろうか。
……いえ、ヘレナのコトだから、いつも表に出て頑張ってくれてるんだからこういう嬉しいコトはちゃんと共有しないと!って感じでしょうね……。
「ったく、俺は主人格を大事にする魔物だっつーのに……」
ディファレントパーソナリティは、赤くなった顔を手で隠す。
「……主人格にこうも俺を大事にされると、調子が狂う」
そう言いながらスープを飲み始めるディファレントパーソナリティの表情は、満更でも無さそうな顔だった。
食べる前だが、ご馳走様と言いたい気分だ。
ヘレナ
最初タイトルは虐待少女の予定だったが、しっくりこなかったので心壊少女に。
今まで頑張ってきたが限界が来て、ディファレントパーソナリティが絶縁してくれたお陰で大分心が楽になり、現在は中でメンタルの療養中。
ディファレントパーソナリティ
多重人格そのものな魔物であり、宿主をとても大事にするタイプの寄生型魔物。
強く拒絶出来るような自分というヘレナの理想像そのままなので、覚醒後ソッコで母親に絶縁状叩きつけて家を出た。




