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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
五年生
156/300

死体少女と蘇生の神



 彼女の話をしよう。

 既に死体で、蘇生の神がパートナーで、死にながら生きている。

 これは、そんな彼女の物語。





 ふと、廊下を歩いていたら気配を感じたので振り返る。



「ジョゼフィーヌ」


「ハイ」



 ソコに居たのは、蘇生の神だった。

 省エネモードでジャッカルの姿になっている蘇生の神は、パートナーであるリューディアを伴いながら言う。



「少し頼みがあるのだが、良いな?」


「なんなりと」


「………………」



 神相手なので体が動くままに頭を下げつつ頷くと、死んだ目をしているリューディアがゆっくりと首を傾げた。

 その動きで淡いオレンジの髪を揺らしながら、リューディアはぼんやりとした、心ここにあらずの表情で口を開く。



「…………ジョゼって、神が相手だと……露骨に態度が違うわよね」


「や、まあ、半分とはいえ天使ですもの」


「………………」



 反射的にそう返すと、リューディアは長い無言の後にクスリと薄く笑った。



「……ふふ。ジョゼ、いつもならもっと……愚痴りながらじゃないと頷かないのに……」


「天使の習性ですのよ、愚痴も含めて」


「………………そう」



 クスクスと微笑むリューディアに、こちらも苦笑して返す。



「ソレで、蘇生の神はわたくしにナンの御用ですの?」


「いつものアレだ」


「ああ、アレ……」



 端的なその言葉に、成る程、と頷く。

 リューディアは死体だ。


 ……生きてはいるし、寝食も必要としているし、成長もしますけれど……死んでるんですのよね。


 かつて生きていた頃のリューディアは、目の前に居る省エネモードなジャッカル姿の蘇生の神を助けたコトがあるらしい。

 その恩があるからと言い、その後しばらくして死んだリューディアを蘇生させたそうなのだ。


 ……死因は知りませんけれど。


 まあとにかく、リューディアは蘇生の神によって蘇生された。

 もっとも蘇生の神はあくまで死人が復活する為の神であり、生き返らせるのはまた別の神の担当なので、彼が蘇生したとしても死人として、だそうだが。

 要するに生き物として生き返らせるコトは出来なかった、というコトだ。


 ……神様ってその辺の縄張りルールがしっかりしてるから、反則とか出来ませんものねー。


 だが死人のままではゾンビでしかないから、というコトで蘇生の神がリューディアのパートナーになり、点滴のように命を与えて成長なども出来る生きた死体にしているのである。

 つまりはマルクス魔法教師とバブルバブルのような関係に近いのだが、蘇生の神は神なので、省エネモードになるだけで済んでいるらしい。


 ……本来はジャッカル頭のヒト型姿だったりするそうですけれどね。


 まあ神は基本的に不定形だったり概念的だったりするコトも多いので、あくまで省エネモードじゃない時になれる姿の一つ、なのだろうが。

 人間が親しみを覚えやすいようにヒト型をメインアバターにしてくれている辺り、神は優しい。


 ……相手に合わせてくれてる、ってコトですものね。


 わかりやすく言うなら、こちらの国の言語で喋ってくれる外国人、みたいな。

 相手が神だと考えると、スケールがとんでもないレベルで桁違いではあるが、まあ大体そんな感じだ。



「とりあえず()るのはオッケーですけれど、ナンか怪我でもしたんですの?」


「コケたのだ」


「ワァオ」



 ソレは危険だ。

 普通ならコケるくらいでは怪我をするかしないか程度だが、死体であるリューディアからするとシャレにならない。


 ……蘇生の神から命を分け与えられているから成長するとはいえ、死体は死体ですものね。


 要するに自然治癒力が皆無なので、怪我をしたらしっぱなしなのである。

 幸いと言うのもおかしいがリューディアは死んでいるからこそ痛覚が無い。

 なので怪我をしても痛みは感じないようなのだが、問題は再生能力が無いのに痛覚が無い部分だ。


 ……再生能力があったり、再生が早かったりするなら痛覚無しは問題ありませんけれど……。


 痛覚無しで再生能力無しの場合、ドコを怪我しているのか本人ですらわからないのだ。

 リューディアの場合は再生能力が無いとはいえ蘇生の神が居る為、特殊な薬草を使った塗り薬やらその他諸々で治すコトが可能だが、治す箇所がわからないのではどうにもならない。


 ……痛みが無いからこそ、骨折れてても本人に自覚が無いんですのよね。


 死体であるからこそ痛みも病気も無く、蘇生の神が命を分け与えてくれているから腐らないし成長するコトも出来る。

 しかし極端に言えばそれでも死体であるコトに変わりはないのだ。


 ……だからこそ、DNAレベルで()るコトが出来て神に逆らうコトが無い天使の娘であるわたくしに診察を頼んでるんでしょうけれど。



「ちなみにコケた時の状況は?その際目に見える箇所に怪我をしたりは?」


「リューディアは少し動きが鈍いからな……そのせいで足を引っかけたらしいのだが、アレだ。いつも通りのコケ方だった」



 ハッキリとは言わない蘇生の神に、頷きを返す。

 アレというのは要するに、リューディアは死体だからこそ、反応が鈍いのだ。

 痛覚が無いというコトは殆どの感覚が鈍っているというコトでもある為、会話も聞き取って認識するまでにタイムラグがある。


 ……ゲームならロード中って画面が出るような感じ、ですわね。


 異世界の自分曰く、そのくらいの間があるらしい。

 そして一定時間のタイムラグがある分、突然の動きに対応出来ないコトが多い。

 死体だからこそ、脳がコケたと認識するまでにかなりの時間が掛かるのだ。


 ……で、死んでるからこそ反射的に受け身を取るとかが出来ず、全身で転ぶんですのよねー……。


 蘇生の神が常にそばに居てそういうのをカバーしてはいるのだが、死体だからこその鈍さがあるせいで、思いもよらないタイミングでコケたりぶつけたりするコトも多い。

 そしてその度に、レントゲン代わりとして自分の目を使用しに来るのだ。


 ……や、まあ、神相手だから不満まったくありませんけれどね。


 寧ろいつも人間から頼まれる時にやたらと不満タラタラになってしまうのは何故だろうと思うくらいに不満が無い。

 コレは天に仕えているのであってヒトに仕えているワケでは無い天使の本能的なモノなのだろうか。


 ……多分本能な気がしますわねー。



「怪我はとりあえず、腕と足と頬に擦り傷。ソレらは既に治したのだが」


「念の為、と」


「ああ。その時は無事でも再生能力が無い状態で放置すると、小さい負荷がゆっくりと掛かるのか、ある日突然骨折するコトもあるからな」


「前に食堂で倒れた時は驚きましたわよね……」



 塵も積もれば山となるとは言うが、出来れば山レベルまで積もらないで欲しいモノだ。



「……あの時は確か、負荷が重なった結果椅子から立ち上がった分の負荷がトドメになって背骨折れたんでしたっけ」


「余は二度とあのような衝撃を味わいたくない」


「………………」



 耳と尾を垂らして本気でイヤそうに言う蘇生の神を見ながら、リューディアは死んだ目のまま薄く微笑む。



「…………アレから、蘇生の神が……食べ物運んだり……食器返したりしてくれるように……なったわよね……」


「当然だ。余はリューディアが健康的かつ幸福に暮らせるよう全力でサポートするつもりなのだからな!」


「死体の健康ってもう意味わかりませんわよねー」



 死体の健康ってナンだろう。

 腐らないコトだろうか。



「さておき、ジョゼフィーヌ。リューディアは問題無いか?」


「えーと、まず……リューディア、体の中の骨とか内臓とか()ますけれど、構いませんわね?」


「………………」



 無言のまま、死んだ目でリューディアはこちらの目をじっと見つめた。



「……ああ、ええ、診察よね?…………私も突然動けなくなるのは……困るから、お願い出来るかしら……」



 ふふ、とリューディアは笑う。



「……ふふ……。ソレに、蘇生の神をあまり……心配させるのは……良くないものね」


「ですわね」



 クスクスと笑い返しながら、リューディアの体内をじっと()る。



「…………まず骨の情報を言いますわよ。いつも通り、問題無しは一で折れてるのは十、という数値で」


「うむ、頼む」


「首負荷レベル五。恐らく頭部にナニか降ってきた際の衝撃と思われるダメージの入り方。そろそろ修復しないと折れる危険性アリ」


「この間森に入った時の木の実か……小さいとはいえ、負荷は重なるからな」


「右肩七。この()え方だとコケた時に下にした方と思われる。おかしな体勢で体重がのしかかったらしく少し歪みあり。骨折より脱臼が心配」


「ああ、確かに右を下にしていたな、そういえば」


「右足の甲九。ヒビ。右足小指十。微細かつ一般的とはいえ骨折」


「普通なら自然治癒だが、死体だからそうはいかんのがな……死体としてしか蘇生出来んのが歯がゆいモノだ」


「右の肘三、負荷の蓄積が()えるがまだ問題無し。頭蓋骨二。少しぶつけたような痕跡が()えるが負荷は首に流れたと判断」



 つらつらとそう口にして、ふぅ、と息を吐く。



「骨は以上ですわね。あ、ちなみに内臓は問題無しですわ。折れた骨が内臓に刺さってたりとかはしてませんでしたわよ」


「そうか、ソレなら良かった。怪我は?」


「殆ど見える箇所だったのか、先程言った骨の周辺くらいですわね」


「うむ、了解した。助かったぞ、ジョゼフィーヌ」


「光栄ですわ」



 蘇生の神からの感謝の言葉に、笑顔でペコリと頭を下げる。



「…………ジョゼ、いつも思うけど……凄いわよね……」


「わたくしが、ですの?」


「………………」



 無言の後、リューディアはコクンと頷く。



「……私自身ですら……自分の体なのにわからないから……」


「や、まあ、ソレは痛覚無いなら仕方ないと……」


「…………だから、見抜いて……わかりやすく説明してくれて……助かるわ……」



 ふふ、とリューディアは微笑んだ。



「……ま、喜んでもらえているのなら良かったですわ」


「余としても、流石にソコまでは見抜けぬからな。とても助かっているぞ」


「ありがたいお言葉ですわね」


「さて」


「………………?」



 くるりと振り返った蘇生の神に、リューディアは不思議そうな表情になってゆっくりと首を傾げた。



「骨を治さなくてはならぬからな。一旦自室に戻るぞ、リューディア」


「………………」



 理解するまでに時間を掛けて、リューディアは頷く。



「……ええ、わかったわ……」


「しかし足の甲にヒビが入っているのなら、あまり歩かせぬ方が良いかもしれぬな。リューディア、余の背に乗るか?」


「………………」



 確かに蘇生の神はジャッカル姿とはいえ大型なので、ヒト一人を乗せるくらいは容易いだろう。

 しかし、リューディアはゆっくりとした動作で首を横に振った。



「……ここ、中等部の廊下だもの……。階段を下りて……少し歩けば、着くから…………そのくらい歩けるわ……」


「そうか?階段こそ心配なのだが……リューディアがそう言うのであれば、仕方あるまい。余としてはリューディアの主張は出来るだけ聞いてやりたいしな」



 そう言って蘇生の神はうんうんと頷き、顔だけでこちらに振り返る。



「では、世話になった」


「…………………………ありがと……助かったわ、ジョゼ……」


「どういたしまして」



 ゆっくりとした動きで手を振るリューディアにこちらも手を振り返しつつ、笑顔でそう返して見送った。

 もっともすぐそこの階段を下りようとしたリューディアがソッコでコケかけたので、慌ててダメージ入らないよう注意しながら首根っこ掴んで確保し、そのまま蘇生の神の背中に乗せるコトになったが。





 コレはその後の話になるが、森に行ったリューディアがまた怪我をしたらしい。

 その為談話室で、蘇生の神が軽く怒りながら治療している。



「まったく、怪我をしたのに気付いていたならば早く言わぬか!まったく、まったく!」



 ……怒ってるけど、あんま怒ってませんわね。


 もー、仕方ないんだから!というレベルだ。

 蘇生の神は神なので怒ると天変地異レベルで恐ろしいのだが、しかし神だからこそ、その度量は存外広い。

 リューディアを故意に傷付けようとするような輩が居ればガチでキレて死体を作り上げるかもしれないが、そんなコトにさえならなければ「プンプン」くらいの怒りで収めてくれるのだ。


 ……うん、ホント、神って接しやすいですわよねー……。


 コレで女神ならもっと火山のように怒っていたコトだろう。

 彼女達の場合も心配から来る怒りなのだろうが、女神は感情の圧が強いのだ。

 なので噴火が小出しされる為、神なら「プンプン」くらいで済ませるようなコトにも本気で怒る。


 ……や、まあ、神は神で小出ししない分、ガチで怒った時はホントにアウトなんですけれど、ねー……。


 ただまあ小出ししないし、小さい怒りやら鬱憤やらはソッコで意識から切り離したりしてくれているお陰で接しやすいのも事実なのだが。

 自分も女神を相手にするよりは気張らなくて良い分、気が楽だ。



「………………表面の……皮膚が少し切れただけ……だったから……」


「確かに軽いモノだが、リューディアの皮膚はくっついたりせぬのだぞ!ホラ手を出す!」


「………………ハイ……」



 リューディアは大人しく怪我をした手を差し出し、治療の為にジャッカル頭のヒト型になっている蘇生の神によって薬を塗り込まれる。



「ハァ、出来るだけすぐに報告しろと言っておるであろうに……。コレは木の枝に引っ掛けたのか?」


「………………さぁ……どうなのかしら……。気付いたら……血が出てたから……」


「ジョゼフィーヌ!」


「多分ソレ葉っぱで切れたんだと思いますわよ。傷口()た感じ、木の枝よりも葉っぱっぽいですし」


「そうか、感謝する」


「いえいえ」



 隣のソファに座りながらそう返し、紅茶を飲む。

 こういうやり取りはよくあるコトだ。



「……リューディア、頼むから次からはキチンと報告してくれ。痛覚が無いのでは危機感を抱くのが難しいのはわかるが、余はリューディアに可能な限り傷ついて欲しくないのだ」


「………………」



 心配そうな表情でそう言った蘇生の神の言葉に、リューディアは死んだ目のまま不思議そうな表情になる。



「…………蘇生の神は、ちゃんと……私を気にしてくれてるわ……。ソレでも避けられなくて……怪我したのは仕方がないから…………気にしなくて、良いのに……」


「気にするに決まっているであろうが!リューディアは!余を助けた!つまり余からすれば恩がある!

なのに若くして、というか七つになる前に死んだから慌てて蘇生させ、ここまで共に生きてきたのだぞ!?いやまあ死んでいるのだが!」



 今のは死人ジョークなんだろうか。


 ……生者が笑ったら不謹慎って言われるネタですわよね、多分。



「ソレはまあ、ソコで死なせずに不便が多い死人として蘇らせてしまったのは少々アレだったやもしれぬが……だからこそ余は出来るだけリューディアが普通に暮らせるように、不便が無いようにしてやりたいのだ!」


「……………………?」


「……ジョゼフィーヌ!代弁!」



 ……ナンでソコでわたくしに振るんですのー!


 いやまあ天使とは基本的に神の言葉をヒトに伝える役目なので、代弁とか通訳とかが種族的な仕事ではあるっちゃあるが。

 だから蘇生の神は自分に代弁させようと思ったのだろうか。



「えーと……つまり蘇生の神は、リューディアが大好きだから大事にしたいし怪我して欲しくない、って言ってるんですのよ。そして出来ればもうちょっと甘えて欲しい、と」


「思ったよりハッキリ言われたが、まあ大体そういうコトだ!」


「………………」



 ふむふむ、とリューディアはゆっくりした動きで頷いた。



「…………私、大事にされてるのね…………嬉しいわ」



 リューディアは幸せそうに、花がほころぶように微笑んだ。

 死体なので目は死んだままだったが




リューディア

死んでいる為痛覚が無く自然治癒力も皆無であり、死体だからか派手に出血もしない為怪我に気付くのが遅れる。

実は元々鈍臭いタイプであり、足を踏み外して坂を転がり落ちた結果ぶつかった岩の当たりどころが悪かったのが死因。


蘇生の神

正確には蘇生の神では無く、蘇生の為に必要な死体保存の神なのだが、人間達に蘇生の神として認識されてるので蘇生の神と名乗るコトにしている。

蘇生では無く死体保存の神だからこそ、死体の修復や管理に特化している。


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