彫刻少年とガラティアスタチュー
彼の話をしよう。
彫刻が趣味で、生粋の人間で、生き物を彫刻すると月が出ている間だけ生きているように動く。
これは、そんな彼の物語。
・
荷物運びを頼まれ美術室にやって来たのだが、部屋の主であるカメーリア美術教師は不在だった。
その代わりに、同級生であるサムリが美術室でナニかを彫刻している。
「ん、ジョゼフィーヌじゃねえか。どうかしたのか?」
「どうかした、というか……ランヴァルド司書に頼まれて、本を持って来たんですのよ」
イラストの資料としてなのか、様々な土地の写真集がメインだ。
一箱なのは良かったが、紙束であるコトに変わりはないのでとても重い。
「まあ不在でも置いときゃ良いですわよね」
「……ジョゼフィーヌ、昔に比べて随分と雑になったよな」
適当に机の上に箱を置いたらそう言われたので、ニッコリと微笑んで返す。
「雑じゃなきゃやってられませんわ」
「コワッ」
ちゃんと笑えていたハズなのにその反応はどういうコトだ。
対悪のような無表情にはなっていないハズなのだが。
「……ところで、サムリはナニしてんですの?」
「見てわかるだろ?彫刻」
そう言うサムリの手は淀みなく動き、ただの木がどんどんカタチを変化させていく。
「今回注文されたのはウサギなんだ。ナンでも、ウサギが好きだけどふわふわ系が駄目らしくってよ」
「あー、成る程。サムリの彫刻なら生きてますしね」
「我ながら不思議だよなあ」
サムリは生粋の人間なのだが、そういう体質なのか生き物を彫刻するとソレが動き出すのだ。
もっとも加護的なナニかなのか、月が出ている間しか動かないが。
……でも昼間動けなくても普通に喋れはする辺り、凄いですわよね。
つまりサムリが生き物を彫刻すると、彫刻の魔物が生まれる、というコトだ。
ちなみにサムリは基本的に依頼を受けてから彫る為、依頼人と仲良く出来るような子だと良いな、と思いながら彫るらしい。
そのお陰か今まで返品やらナンやらというトラブルは発生していないらしく、良いコトだ。
「でもよ、最近ちょっと思うトコはあるんだ」
「ナニを?」
「僕が今まで彫って来たのは、売り物ばっかりだ。もしくは練習作品。僕用に彫ったコトは無い」
「実家が彫刻家ですものね」
「そう、ソレだ。だから一人前に彫れるようになったらソッコで商売始まったんだよ。
いや僕としては収入あるってのは助かるんだけどさぁー、そうじゃなくってさぁー」
語尾を間延びさせて、サムリは駄々をこねるように言う。
「……僕は、僕だけの存在を彫りたいんだよなあ」
「パートナーとして?」
「出来ればな」
言いながら多少恥ずかしさがあったのか、サムリは灰がかった緑の髪を照れ隠しのようにガシガシと掻いた。
「でもなー、ホラさー、僕って理想が高いからさー」
「はあ」
「……もうちょっと聞こうって態度になれない?そんな、あからさまに面倒臭そうな態度されると困るんだけど」
「や、あんま興味無いので……」
「興味を持って!頼むから!もうちょっとさあ!こうさあ!どんな理想!?とかさあ!
テンション上げて僕の気分を盛り上げつつ聞いてくんない!?」
「じゃ、わたくし用は既に終わってるのでこれで」
「待って待って待って待って、わかった僕が悪かった。休憩用のチョコあげるから話聞いて」
「仕方ありませんわね」
雑貨屋に売っているお気に入りのチョコだったので、受け取って椅子に座ってもぐもぐ食べる。
このチョコはお買い得なお値段なのに良い味をしているのだ。
「まあとにかく、僕はパートナーが欲しいワケよ。
ソレも出来れば美女でー、素材も素敵な一級品でー、全身僕が手掛けたいっていうかー」
「ふむ」
「でもさあ、やっぱ一級品の素材をゲットするには足んないワケ。
伝手とかはカメーリア先生に頼みゃあどうにかなるかもしれねえけど、お値段とかはそうもいかないワケじゃん?」
「ですわねえ」
「どうしたら良いと思う?」
「知らんですわよ」
「そう言わず!良い案を!知恵を!プリーズ!」
「あーもう縋らないでくださいな」
伸びてもすぐ戻る仕様の制服だから良いが、あまり引っ張られても困る。
「頼むぜジョゼフィーヌ!ヴェアリアスレイス学園のキューピッド!」
「ナンですのその呼び名」
「パートナー成立の場によく居合わせるから」
「とりあえずキューピッド呼びは止めてくださいな。
わたくし天使の娘であって、愛の神であるキューピッドとは無関係ですのよ」
まあ多神なので愛の神もキューピッドに限らず種類豊富だが。
しかし父は戦闘系天使なので愛の神と無関係であるのも事実であり、つまり勝手にその呼び名使って天罰受けたりとかしたくありませんの。
「んー……とりあえず、ナニで彫りたいんですの?」
「出来れば大理石!」
「サイズは」
「抱き締めれるくらいのサイズとか良くなーい?」
くねくねされても困る。
というか抱き締めれるサイズと言われると範囲が凄く広くなってしまうのだが。
「……うん、わたくしに良い案は浮かびませんわね!」
「そう言わず!」
「あーもー」
縋りつかれても困るというに。
「…………とりあえず、武器屋のバート店主のトコに行きなさいな」
「武器屋?」
「あのヒトなら未来もシミュレート出来るから、最適な方法を教えてくれると思いますわ。
多少会話は通じないトコありますけれど、聞けば答えてくれますから」
「つまり狂人か」
「狂人ではありますけれどまともですわよ。
会話のドッジボールではあっても言えば手加減してくれる感じですし」
「ジョゼフィーヌ、手加減無しのドッジボール会話に慣れ過ぎてねえか?」
「………………否定は出来ませんわね」
ルームメイトであるロザリーがわりとドッジボール系なので本当に否定出来ない。
そのパートナーであるグルームドールもドッジボール系だし。
……や、アレでも一応、ロザリー以外に対してはまともなんですけれど……。
暴走気味ではあるが、一応普通に会話は出来るので問題無い。
ただロザリー関係でやたらと暴走して会話が出来なくなるだけで。
・
サムリはあの後本当にバート店主のトコへ行ったらしい。
そして言われたまま移動し、ゲープハルトに会い、大理石欲しいと頼んだそうだ。
……マジでそんな率直に言ったのか、とは思いますけれど……。
しかしソレがゲープハルト的にウケたらしく、材料をこねて魔法でビャーっとやって大理石を作ってくれたらしい。
作るか普通と思わなくもないが、あのヒトは魔物でさえもお手軽サンドイッチ感覚で作るヒトなので多分本人的には普通なのだろう。
……バート店主の助言があったってコトは、ゲープハルトがオッケー出してくれるちゃんとした頼み方教えてくれてそうですしね。
「……またホントに美女作りましたわねえ」
「だっろー?」
サムリの自室で、完成したらしい大理石の美女、ガラティアスタチューを見せてもらった。
「もー、めちゃくちゃこだわったからな!流れのある髪!風を感じる服!艶やかな肌!美しいライン!
そして最高に僕好みな顔!」
「うふふ、もう、サムリったら」
まだ月が出る時間ではないのでガラティアスタチューの顔はピクリとも動かないが、微笑んでいるような声色だった。
「でも、サムリにそう言われると嬉しいわね。私もサムリが大好きだもの」
「ホラよジョゼフィーヌ聞いたか!?僕のコト大好きだって!いやーもう照れるね!」
「アナタの特性をよく知らないヒトからすると、そう作ったんじゃないのかってツッコまれそうですけれどね」
「うんツッコまれた!だからその辺理解があるジョゼフィーヌに自慢しようと思って!」
成る程。
サムリが彫った生き物の彫刻は意思を持って動く、つまり魔物化するタイプだ。
しかしサムリが可能なのは動かすまでであり、その性格などがどうなるかは不明なのである。
……同じように世話をしても、同じ性格になるとは限らない、みたいなコトですわよね。
ただしソレを知らないヒトからすると、最初からそういう設定で彫ったんじゃないの?となるワケだ。
まあ確かに光源氏計画的なアレが脳裏をよぎるのは仕方のないコトだと思うが。
「ホラホラ、見ろよジョゼフィーヌ!この無駄の無い姿……!
僕の全身全霊全力をもって、そして愛を注いで!完成させた僕の!ガラティアスタチューを!そして美しさを存分に褒めたたえていけ!」
「褒めたたえていけって」
褒めたたえないと帰してもらえないんだろうか。
「というか、ガラティアスタチューはサムリが好きなんでしょう?」
「ええ、そうよ。愛しているわ」
「うっへへ、えへへ……」
サムリが凄いニヤニヤしているのは見ない振りをしておこう。
「ならガラティアスタチューからすると価値があるのはサムリからの褒め言葉だけで、わたくしがどう褒めたとしてもあんま意味ありませんわよね」
「……確かに、そうかもしれないわ。
アナタはナンだか大丈夫に思えるからこうして落ち着いていられるけれど、かといってサムリ以外に褒められて喜ぶかと言われると微妙だし……」
自分で振っといてナンだが、めちゃくちゃハッキリ言われた。
オブラート売り切れの身で言うのもナンだが、もう少しオブラートを被せて欲しい。
「…………うへへぇ、どうしよ、顔がニヤけちゃってニヤけちゃってちょっとコレどうしようもねえわ」
「うわ、ホントに凄い緩んでるじゃありませんの」
「だってガラティアスタチューがソコまで言ってくれたんだぜ~?
そりゃもう顔もニヤけるってモンじゃ~ん」
「ああもう、良いから一旦顔洗って緩んだ表情筋引き締めてきなさいな」
「うん、流石にこのままの顔は我ながら気持ち悪いと思うからそうする。適当にくつろいでてー」
そう言ってサムリはシャワールームの方へと移動した。
シャワールームの手前には洗面所があるので、ソコで顔を洗うつもりなのだろう。
……それはともかく、初対面の彫刻と二人っきりってのは気まずいですわね。
異世界の自分がいや初対面の彫刻ってナンだ、とツッコんでいるような気がするが、事実なので仕方がない。
「ええと……ガラティアスタチュー」
「ナニかしら?」
「そういえばさっき、わたくしを平気だと言ったのはどういう意味ですの?」
「…………ジョゼフィーヌ、だったかしら」
「ええ」
「あのね、ジョゼフィーヌ。私は女なのよ」
「……エ?ええ、まあ、でしょうね?」
「見た目の話じゃなく、内面も。女として作られたから女として生まれたの」
「はあ……」
「つまり嫉妬深いのよ。とっても、とってもね」
「オウ」
成る程そういう意味か。
確かに女性的なメンタルが強めである女神なども結構嫉妬深かったりするので、女として作られたガラティアスタチューのメンタルが嫉妬深い系乙女メンタルでも不思議ではない。
……そう考えると、ある意味ヒトよりヒトっぽいのかもしれませんわね。
感情が強いイコールでヒトっぽい、という式になるかどうかは知らんが。
「ん、あれ?というコトはわたくし、ガラティアスタチュー的にセーフ判定出されたってコトですの?」
「ええ、そうなるわ。私としてはサムリには私だけを見ていて欲しいから、サムリが他の女を話題に出すだけでイヤだけど……アナタはナンだか、大丈夫そうだから」
「ソレ、つまりは戦力外として見てるっていうか、相手にもしてないってコトじゃ」
「ジョゼフィーヌはサムリを恋人にしたいって思うの?」
「や、思いませんわよ。ガラティアスタチュー居ますし」
「でしょう?ソレにアナタ、ナンだか既に……」
「エ?」
「うふふ、いえ、ナンでも無いわ。知らない方がこういうコトは楽しいものね?」
「待って、ちょっと待ってくださいな。ナニ言いかけたのか詳しく聞かせていただけませんこと?
独り身で一人寂しいわたくしからすると凄い重要情報な気がするんですけれどソレ」
「気にしないで。私はただ月の加護で動けるからこそソレをナンとなく察しただけ。
私からすれば、ジョゼフィーヌを敵と認識しない理由、っていうだけよ」
「充分に重大なコトだと思いますわよソレ!?」
「すまん顔が全然ニヤけから回復しなくてようやく戻った!待たせたな!……って、ナニ?仲良くなったの?」
戻ってきたサムリからすると、先程よりも自分とガラティアスタチューの距離が縮まっているように見えたのだろう。
実際は自分が問い詰めようと距離を縮めただけなのだが。
ちなみにガラティアスタチューは、うふふ、と言うだけで詳しくは一切教えてくれなかった。
・
コレはその後の話になるが、ガラティアスタチューが自分で言っていた嫉妬深いというのは事実だったらしい。
ナンとガラティアスタチュー、サムリの両腕を潰した。
「ホント、ナンでサムリの商売道具である両腕を潰したんですの……?」
そしてどうして自分は第一保健室に居るのだろうか。
いやまあ、月が出て動けるようになったガラティアスタチューがサムリの両腕を潰して、突然のスプラッタにビビッたルームメイトのハルユキが咄嗟に助けを求めたのが自分だったから、でファイナルアンサーではあるが。
……ハルユキもまた、どうしてわたくしに……。
鬼系の混血ではあるがハルユキは見た目が鬼寄りなだけで、メンタルは大分常識人だ。
だからこそ混乱したのだろうが、咄嗟の頼り先としては間違っていると思う。
いやまあ流石に事情聞いて放ってはおけないからと部屋に駆けつけて止血したが。
……放っといたら出血多量で危険ですわよ!って言ったらガラティアスタチューが素直に止血させてくれたから助かりましたわ。
彫像だから腕をもぐ感じで潰したのだろうが、人体とは血液が流れているモノなのだ。
流石にその辺の知らない事実に動揺していたらしく、止血してハルユキにサムリを抱きかかえてもらいながら第一保健室まで移動する間は大人しかった。
ちなみにハルユキはスプラッタな惨劇によってメンタルにダメージを負ったからと、アドヴィッグ保険医助手とカラーパンサーによるメンタルセラピーの為に食堂へ移動した。
……ここに居る方がメンタル的にアレでしょうしね。
食堂でホットミルクでも飲ませながら落ち着かせると言っていたので、多分大丈夫のハズだ。
彼には炎の魔眼というパートナーが居る。
それにアドヴィッグ保険医助手はちょっぴりアレなトコはあるがデルク保険医助手よりはマシだし、本気で大変そうな生徒相手には真面目なのでつまりきっと多分大丈夫だと思いますの。
……ええ、メンタルセラピー的にめちゃくちゃ頼りになるカラーパンサーも居ますしね!
「あの、ガラティアスタチュー?」
「……だって」
大理石で作られているガラティアスタチューは、無機質な色合いでありながらも、わかりやすく不機嫌そうに頬を膨らました。
「だって、私以外にも作るかもしれないじゃない」
「……ん?」
「あの腕は好きよ。ええ、大好き。今はもう無いから好きだった、になるのかもしれないけど、確かに好きだったわ。
だって私を作って、私を愛おしそうに撫でてくれる、とても優しくて暖かい手だったんですもの」
「じゃあナンで腕を……って、さっきのが答えですわよね」
「ええ、そう。だからこそ許せなかったのよ。その手に他の誰かが触れるのは許せない。私だけのモノであって欲しい。
けれどソレが無理なのはわかっているわ。ええ、生活には必要なモノだものね」
……ナンか、グルームドールと同じ匂いがしますわねー……。
「必要で、触れずにいるなんて不可能。そういうものだってわかってるわ。わかってる」
だから、とガラティアスタチューは美しく微笑む。
「だから、潰したの。手がある以上は無理だと言うなら、手を無くせば良いのよ。そうすれば新しい女を作るコトは無い。
新しい生き物を、サムリに恋をするかもしれないライバルが生まれるコトは無い。私以上の最高傑作が生まれるコトも無い」
「別に潰さなくてもアナタが最高傑作であるコトは揺らがないと思いますわよ?」
「揺らがなくても私の心は揺らぐのよ!あり得るかもしれない可能性!
ソレを考えるだけで不安になるの!」
ふむ、実に女性的な感性だ。
というかヒト型の無機物系魔物は皆こういうヤンデレタイプなのだろうか。
……いえ、ストーンスタチューはそうでもありませんでしたわね。
こう考えると元が悪魔のハズなのに、あの魔物はまともな精神だったのだなと実感する。
いやしかしカラクリ舞人形などは結構アレだったと考えると、最初からヒト型で作られた無機物系魔物特有の精神性とかその辺なんだろうか。
そう思っていると、カルラ第一保険医と共に、サムリが第一保健室に戻ってきた。
……腕、やっぱありませんわね。
第一保健室に来たものの、物理的なモノだったので結局第二保健室への移動となったのだ。
その際、カルラ第一保険医に詳しく話を聞いておけと言われて二人きりになったのである。
……こうして思うと、偶然とはいえカルラ第一保険医もアドヴィッグ保険医助手も居る時で良かったですわ!
まあ居た方が良いとカラーパンサーが予知したのかもしれないが。
「……腕、切り落としたんですのね」
「潰されていたからな」
カルラ第一保険医はイヤそうに、ハァ、と溜め息を吐く。
「綺麗に斬られていたり、せめて千切られている程度ならヨイチによって縫い合わせるコトが可能だった。
しかし腕そのものがああもぐしゃりと潰されていてはな」
「ヨイチの腕と魔法を組み合わせれば千切れた腕を神経ごと繋げるくらいは出来るが、アレはなあ」
「癪だが、カースタトゥーに同意見だ」
「そうも……いえ、見たから大体わかってますけれど、カルラ第一保険医達からしても完全アウト級のプレスでしたの?」
「ああ、完全にな。そもそもやったのが石っつーのもよくねぇ」
「石は投擲すればヒトの頭を潰せるくらいの強度があるからな。
大理石も一種の石であり、その手に掛かれば成長途中の人間の腕くらいは容易く潰せる」
「押し潰すだけだしな。だがそのせいで、切り落とすしか無かった。
アレじゃ潰れてぶら下がってる分、痛いだけの付着ゴミみてぇなモンだ」
「もしくは服から少し出ている糸くずか」
「あの、仮にも保険医とそのパートナーなんですからそういう言い方はどうかと」
腕潰した本魔と腕潰された本人も居るワケだし。
いやまあ、居なくても言っちゃ駄目なセリフだとは思うが。
「ソレで?エメラルド。結局どういうナニがあってこんな惨状になった」
「あら、本人から聞きませんでしたの?」
「腕潰されて失血死しかねんレベルの重傷だというのに嬉しそうにニヤニヤ笑う人間の証言が当てになると思うのか」
「いやぁ、だってガラティアスタチューがここまで僕を想ってくれてたって思うとナンか嬉しいっていうかさぁ~」
サムリは両腕を無くして包帯をグルグル巻いた姿でありながら、しまりのない笑みを浮かべていた。
コレは確かに信用ならない。
……でも事実っていう現実なんですのよね。
はあ、しょっぱい。
「ええと、ナンというか……ガラティアスタチューが嫉妬深くて、サムリが他の誰かに触れるのが許せなくてつい、だそうですわ」
「ついで両腕を潰したのか。片腕どころか両方とも」
「あと他に女作られたくなかったから、と。最高傑作は自分一体だけ!って感じの想いが暴走したっぽいですわね」
「月はヒトを狂わせる、とは聞くが……」
カルラ第一保険医は疲れたように額に手を当てる。
「魔物も月に狂うのか……」
「月に狂うっつーか、月によって動いてる分最初っから狂ってた可能性もあるっつーか」
カルラ第一保険医の全身に刻まれているタトゥーをぐにゃりと動かし、カースタトゥーはゲラゲラと笑いながらそう言った。
「んなコト言ったらグルームドールだって狂ってますわよ」
「そりゃ確かにそうだな」
「ああクソ、面倒臭い……私はさっさと寝たいというのに、まったく」
「カルラ第一保険医、今ヒトの命がピンチだった場面でその言動はちょっと」
「ヒトの命がピンチになっていなければ私が得られていたハズの睡眠を失ったんだ。愚痴くらいは許せ」
確かに目が凄く眠そうだ。
実際サムリの止血やら手当てやらで大分時間が経っており、既に時間は真夜中と言ってもいい。
つまり眠いのは仕方あるまい。
「というかサムリ」
「ん?」
「よくまあついさっき自分の腕潰した相手に平然と抱き締められるコトが出来ますわね」
静かだなと思って視線を向ければ、サムリはガラティアスタチューの膝の上に抱き上げられていた。
両腕が無く安定していないサムリを安定させる為か、ガラティアスタチューの大理石の腕がサムリの腹に回されている。
「や、僕も流石に平然とはいらんねーぜ?だってガラティアスタチューの膝の上だもん!
もう心臓ドッキドキのバックンバックン!」
「ソレって恋のときめきですの?それとも恐怖?」
「恋のときめきに決まってんじゃーん。ナニ変なコト聞いてんのさジョゼフィーヌ」
「カルラ第一保険医、サムリの頭に異常はありませんでしたの?」
「一応ヨイチに聞いたが、異常無しだそうだ」
「成る程、最初っから頭オカシイんですのね。知ってましたけど」
「両腕無くした同級生相手に辛辣過ぎねえ?」
「普通両腕無くしたらもっと悲惨なメンタルになるモンなんですのよ」
通常通りのメンタルしてる相手をどう励ませと言うのだ。
そもそも落ち込んで無いし。
「……彫刻家が腕無くして、どうする気ですの?」
「うーん、まあ義手つけるかな。多分動く彫刻はもう無理だろうけど、頑張れば卒業までに今までレベルの彫刻作れるくらいにはなると思うし。
卒業に間に合えば食べていけるしなー」
確かに最近の義手は高性能だからそのくらい出来るとは思うが、随分とあっさりしている。
いやまあ狂人ならこんなモンか。
……一応魔法で腕生やすコトは出来ますけれど、見た目か性能かのどっちかに偏りますし。
魔法で体のパーツを再生させようとすると見た目が歪で感覚に違和感無い方か、感覚に違和感あるけど見た目が今まで通りの方か、という二択となる。
ならば高性能な義手の方が良い、というのはわからなくもない。
……それにしたって、商売道具無くしたばかりなのに随分と気楽だとは思いますけれど。
「あら、イヤよ私。折角腕が無くなったのなら、私がサムリのお世話をしたいわ」
「えー、そんな可愛いコト言われたら悩んじゃーう」
果たしてその言葉は可愛いに収まっているのだろうか。
折角腕が無くなったとか言ってるそのガラティアスタチュー、サムリの両腕を潰した超本魔なのだが。
「でも月が出てる間しか動けないと、その間しかお世話出来ないだろ?
となると……月が出てる間だけ義手外してガラティアスタチューにお世話してもらうかな」
「……そうね、確かに月が出ている間しか動けないから仕方がないわ」
そう頷いてから、ガラティアスタチューは嬉しそうに微笑む。
「ふふ……でも、ちゃんとお世話はさせてくれるのね、サムリ」
「そりゃ当然!ガラティアスタチューがそう言ってくれて、しかもやってくれるっていうんなら僕としては断る理由無いし!」
加害者と被害者のハズなのにイチャイチャしている二人を見て、無言のままカルラ第一保険医と視線を合わせる。
「後は若い二人でって言って立ち去ります?もう夜遅いし、眠いし、多分放っといても大丈夫そうですし」
「そうだな、私も眠いしもうそうしよう。大丈夫そうだし。
ただ声掛けるのは面倒だから無言のまま立ち去るぞ」
「賛成ですわ」
無言のアイコンタクトでそう会話し、加害者と被害者なパートナー同士によるイチャラブ空間からそっと立ち去った。
ああ、月がとても高い位置で綺麗に光っているのが廊下から視えるが、その高さの分だけ自分の睡眠時間が削れたと思うと辛い。
主に落ちそうな瞼を必死に持ち上げるのがとても辛い。
サムリ
彫刻狂いな狂人であり、ガラティアスタチューにベタ惚れなので腕を潰されてもヘラヘラしてる。
ただ麻酔も無しに力技で腕潰された時は流石に気絶した。
ガラティアスタチュー
愛する相手として作られたからか愛情が過激であり、嫉妬したりせずに済む幸せな甘々生活の為にサムリの両腕を潰した。
ちなみにサムリの腕を潰した翌日、ルームメイトだったが故にめっちゃ被害を被ったハルユキに対し、流石に謝罪した。