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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
五年生
151/300

独特王女とグルームドール

オリジナル歌詞が作中で出ます。



 彼女の話をしよう。

 ルームメイトで、この国の第一王女で、かなり独特な自分ワールドを有している。

 これは、そんな彼女の物語。





 深い眠りから、ふ、と意識が浮上する。



「夢など見れぬ 理不尽な世界

 強者溢れる世界の中

 弱い自分が大嫌いで

 世界を呪って喚いてた」



 まだ脳が少し眠っているのかぼんやりとする意識の中、すぐ近くから歌が聞こえた。



「けれど世界は素知らぬ振りで

 こちらを見てすらいなくって

 生きてる我らを認識もせず

 滅べと言われているようで」



 ……コレ、明らかに朝っぱらから歌うような曲じゃありませんわよね。



「明日にも死ぬよな我らだが

 必ずその首取ってやる

 小さく弱いが強者を屠る

 そんな存在になってやろう」



 ゆっくりと、意識が浮上し思考がハッキリとクリアになっていく。



「理不尽蔓延るこの世界

 無関係なモノが死にゆく世界

 我ら嘆いて住処を追われ

 なのに強者が笑うは何故か」



 瞼を閉じたまま()えたのは雲一つ無い青空で、うっかり天井を通し越して透視してしまったコトに気付き、瞼を閉じたまま視力を調整。



「泥水啜って落ちぶれようと

 心の牙を研いでいる

 笑って肥えた強者の首を

 食い千切ろうと殺意を秘めて」



 ……この曲って、革命の歌でしたわよね、確か。



「とうとう来たぞ 我らの出番が

 貴様ら屠る弱者の時代

 強者に我らは見つけられまい

 見えぬからこそ我らは弱者」



 そう、確かこの曲は弱いと虐げられたヒト達はまるで幽霊であるかのように存在しないモノとして扱われ、しかしだからこそソレを逆手に取り革命を成し遂げたヒト達の歌だった。



「水の下から引きずり落とし

 強者も弱者も全て無くして

 こんな世界を作り直そう

 滅んだ世界を作り直そう」



 ……要するに、シロアリに気付けなければ取り返しがつかないくらいに土台が崩れていたり、ネズミの大繁殖に気付けないと食料を食い荒らされるというようなコト、とモイセス歴史教師が言っていましたわね。



「全ては愛するモノの為

 明日も笑顔で生きる為

 未来を背負う子供の為に

 我ら弱者がひっくり返そう」



 その歌声が終わると同時に、瞼を開く。

 視界の端では、灰がかった紅色の髪がカーテンのように垂れ下がっていた。

 そして目の前には、こちらを真顔で凝視するこの国の第一王女でありルームメイト、ロザリーが居た。



「……おはようございます、ロザリー。んで朝っぱらからナニしてんですの」


「おはようございます、ジョゼ様」



 ロザリーは動揺した様子も無く、真顔のまま身を起こした。

 しかしこちらの顔を凝視するのを止める気は無いらしく、ベッドの横からじっと視線を送ってくる。



「毎晩のコトですがロザリーはジョゼ様に寝物語を語ってもらうコトで眠りにつきます」


「ええ、微妙に寝つき悪いですものね、ロザリー」



 魔法では無く体に流れる魔力の流れを意識するコトで、ロザリーはその筋力を強化するコトが出来る。

 それこそ巨大な剣を爪楊枝であるかのように扱うコトすら出来るレベルだ。


 ……けれど、その分寝つきが悪くなるんですのよね。


 ハイになっているのかは不明だが、寝つきが悪くなるらしいのだ。

 なのでルームメイトになった今年は寝物語を語ってロザリーを寝かせてから寝るというのが定番になっている。



「そしたら昨日は思ったより早く就寝したようでとっても早くに目が覚めてしまいまして。どうせ二度寝は出来ないと思われるのでそのまま起きて身嗜みを整えたのですが、それでもまだ早朝過ぎる時間帯。

ジョゼ様もまだ起きないしかといってそこらをウロウロするのもどうかと思い、ふとジョゼ様の寝顔は結構レアなのでは?となりまして」


「レアでは無いと思いますけれど」


「いいえ、ロザリー的にはレアです。何故ならジョゼ様はロザリーを寝かしつけてから寝ていますし、そして早朝に起床するからこそあまり寝顔を拝見したコトがありませんでした。

つまりコレは大チャンスなのではと思い、こうして起きるまで歌を口ずさみながら寝顔を拝見させていただいていたというワケです」


「拝見ってか、凝視でしたけれどね。とりあえずあんま他のヒトにはやんない方が良いと思いますわよ、ソレ」



 特に害が無いから別に構わないが、ヒトによっては寝顔を凝視されるというのは嫌がるコトだろう。

 それも真顔でただひたすら凝視というのは、最早ホラー枠だ。



「ふむ、そうですか。では他のヒトの寝顔はあまり拝見しないようにいたしましょう。ええ、ロザリーは気遣いのヒトですからそのくらいの気遣いはバッチリですとも」


「本物の気遣いのヒトは自称しないと思いますけれど……あと出来ればわたくしの寝顔もあんま凝視しないようお願いしたいですわ」


「大丈夫です、基本的にロザリーより早起きなジョゼ様であればロザリーが見ようと思っても中々見れるモノではありません」



 ソレは解決していないような。



「それにしても意外でしたね」


「ナニがですの?」


「ジョゼ様は視線や気配に敏感だと思っていたのですが、身じろぎする程度で起きたりはしませんでした。あれ程に近距離かつ歌まで歌っていたというのに」


「ああうん、流石に歌声聞こえた辺りで意識は浮上しましたわよ?ハッキリと意識が覚醒するまでにはタイムラグがありましたけれど」


「ですがジョゼ様なら近付く気配があれば眠っていて意識が無い分、容赦の無い一撃を喉に食らわせてくるのではと思っていたので」


「そんな可能性があると思いながらよくまああんだけ距離詰めましたわね」


「キチンと魔力で筋力強化していたので鉄並みの硬さになっていましたから」


「わたくしの目ならそういう状態であろうともピンポイントな弱点見抜いて貫いてくるって思わなかったんですの?」


「ア」


「まあそもそも、そんな戦闘民族とか暗殺者みたいなスキルありませんけれど」



 くああ、と欠伸を零しながら枕と布団を整える。



「わたくしは()えるから気付いているというだけであって、気配やらに敏感ってワケじゃありませんわ。

敏感なのは悪に対してだけですから悪意や敵意が無く、そして意識が眠っているからこの視力も使えていない状態の場合、普通に気付けませんわよ」


「成る程、だからあれだけの距離を詰めた上での歌声で意識がグッモーニングしたと」


「寝起きにあの歌で一撃キメられた上に近距離凝視という二撃目のせいで良い朝では無い気がするんですけれど……というか、王女が歌うような歌詞ですの?アレ」


「ああ、革命の歌ですからね、アレ」


「革命される側が歌うとか、完全に気まずくなるヤツじゃありませんの」


「ですがジョゼ様が歌うよりは、ロザリーのような王女が歌う方がいっそネタになるのではないでしょうか。

貴族が歌ったり、一般の方が歌うのを貴族が耳にするよりは、いっそ王女が歌っている方が苦笑程度で済むというもの」


「まあ確かに苦笑程度で済むでしょうけれど、随分冷静に分析しますわね……」



 苦笑前提の選曲とかどういう感性だ。



「もっともロザリーはああいう系の曲が好きなので今の理由は完全にその場のでっち上げで、選曲理由はただ単純にロザリーの趣味十割ですが」


「ナンでソコ暴露しますの!?」


「気まずくなられるよりは正直に話して「趣味かよ」という反応になった方が楽ではないかと。しかしロザリー、もしかするとでっち上げの才能があるのかもしれませんね。即興のでっち上げがこうもそれっぽくなるとは」


「めちゃくちゃそれっぽかったから、他のヒトの前で歌ったり言ったりしない方が良いと思いますわ」


「そうですか?兄には「歌が上手ですねー」と笑顔で褒められたのですが」


「メルケルはちょっと大らかが過ぎる性格だからだと思いますわよ」



 それにしたって第一王子が革命の曲にそう朗らかな返しを出来るのもどうかと思うが。

 しかしメルケルは自然の中で日向ぼっこをしているか、街中で売り子やってるのが似合いそうな朗らかさなので仕方がないなとも思う。


 ……それで結構戦闘も出来たりするんですから、世の中不思議ですわよねー。


 まあ不思議というか常に未知がそこかしこに存在しているアンノウンワールドだと考えると、当然のコトでしかないのだが。

 そう思いつつ、いい加減身嗜みを整えようとベッドから立ち上がった。





 授業の一環として遺跡である城の中を歩く。



「あの扉、見えるかい?」



 一番前を歩いているモイセス歴史教師が、遠くにある扉を指差した。

 今日のモイセス歴史教師は老人の一歩手前、というような見た目である。



「あの扉はかつて、お姫様が生活していた部屋への扉だよ」



 モイセス歴史教師は過去視の魔眼を有しており、その魔眼はオンオフが利かないらしく、常に発動状態になっている。

 発動状態である証の魔法陣をその目に光らせながら、モイセス歴史教師は語った。



「明らかにお姫様が生活するような位置では無いのだが、ここの……当時のお姫様は酷く病弱でね。使用人がすぐに駆け付けれるようにというコトでここに部屋があったのさ」



 ふ、とモイセス歴史教師は薄く笑う。



「もっとも今はその部屋もとっくに朽ちてしまって、残っているのは扉だけなんだけどね。扉を開けるとソッコで地面に落ちるから、開けるのは良いけど落ちて死なないようにしたまえ。

俺は知っての通り不死であり痛覚も無いから高いトコロから落ちて潰れたトマトのようになっても再生が可能だが、そうはいかない生徒も多いからな」



 とても楽しそうに笑っているトコロ悪いが、今の言葉には痛覚が無かったり再生が早かったり不死だったりする生徒にしかウケていない。

 というかこちらからすると笑えないジョークだ。


 ……ジョークというか、普通にガチというか。



「さて、お姫様の話をしたトコロでここにある棺の話でもしようか」



 モイセス歴史教師は、城の中に置かれている棺を指差した。



「あの棺の中に入っているのはお姫様、ではなくてその夫になるハズだった魔物だ」



 成る程、今日はその話をする為の校外学習だったのか。

 ゲープハルトの伝記を翻訳したりしていたのでその話は知っているが、知らない生徒達は不思議そうにざわざわとしている。


 ……まあ、お姫様の夫に()()()()()()()()()、ですものね。


 どういうこっちゃと困惑するのが普通の反応だろう。



「まずどうして夫が魔物なのかという点については、あの伝説の魔法使いであるゲープハルトが関わっているから、と言っておこう」



 その一言で、ざわざわしていた生徒達が「あー……」と納得したように静かになった。

 ゲープハルトならナンでもあり得るから、という感じの雰囲気だ。


 ……実際ヒトの部屋に不法侵入したり、数日で新種の魔物作ったりしてましたものね。



「では最初から語るが、ここのお姫様は病弱だった。結婚する前に死ぬだろうと言われる程に、な。

だがそのお姫様の夢はお嫁さんになるコトだった為、当時の王様は夫を用意してやろうと思い、伝説の魔法使いに夫となる存在を用意してくれと言った」


「その王様頭おかしいのではないでしょうか」


「お前のように王族の大半は頭がおかしいぞ」


「ふむ、一理ありますね」



 どういう会話だ。

 王女であるロザリーに対して辛辣な返しをするモイセス歴史教師もモイセス歴史教師だし、辛辣な返しをさらっと受け入れるロザリーもロザリーだと思う。


 ……や、まあ、頭おかしいなら仕方がないです、わね……?



「続けるぞ。王様にお姫様の夫を注文されたゲープハルトは、とりあえずヒト型の方が良いかな?というコトで花婿人形、グルームドールを作成した。

内部で魔力の炎を燃やすコトで活動するという仕様だそうだ」



 しかし、とモイセス歴史教師は言う。



「しかし、その魔力の炎の原動力はグルームドールの感情と設定してしまった。

ゲープハルトと会話したコトがあるモノは知っているだろうが、あの男は人懐っこいように見えてまったく心を許していないというドライなハートを持っている。つまりヒトの心が無いしわからない」


「酷い言いようですね」


「酷い言いようではありますけれど、実際その通りなんですのよね、あの方……」



 ロザリーの呟きに小さくそう返すと、周囲の生徒がざわっとなった。

 どうやら他の生徒よりゲープハルトとの交流が多めな自分が肯定した為、交流がほぼ無い生徒達にもモイセス歴史教師の言葉が真実だとわかったらしい。


 ……あ、コレもしかして肯定してはいけないタイプの事実だったのでは。


 しかしゲープハルトは生きる伝説で未だご存命だし、会えるチャンスは多い。

 つまりソッコでその真実が知れ渡る可能性が高く、わたくし悪くありませんの。


 ……ええ、変なトコでドライなのは事実ですものね!


 具体的には道端で写真撮る許可取れば笑顔でオッケーしてくれるが、無断で盗撮するとマジギレして命狙ってくる感じ。

 基本的に他人に対しての情が薄い分、こちらから頼む時は挨拶して頼み事があると言ってオッケー貰った上で頼まないとアウト判定食らうのだ。


 ……礼儀さえしっかりしてれば友好的ですけれど、そうじゃない時は知り合いだろうが旧知の仲だろうが初対面だろうが、容赦無く屠ろうとするんですのよねー……。


 自分以外を自分以外と認識しているからこそのドライな反応だ。

 まあ向こうから先に頼み事オッケーと提示してくれている時は安全だが、ソレもまた匙加減が面倒なので言わなくても良いだろう。



「要するに、だ。そのグルームドールはゲープハルトが感情の動きやらをあまり理解していなくて、その上でパートナーとして愛し合えるように、と作った結果……」



 モイセス歴史教師はその過去視の魔眼で当時の様子でも()ているのか、遠い目で溜め息を吐きながら言う。



「……愛の部分が、過剰に重かった」


「過剰に」


「異常ではないのですね」


「過剰にだ」



 自分とロザリーの言葉に、モイセス歴史教師は遠い目のままそう答えた。



「その為病弱なお姫様には危険過ぎると判断され、起動させる前に封印、となったワケだ。そしてその起動前に封印されたグルームドールが仕舞われているのが、この棺となっている」



 そういえばこの間メルケルの件で自分の部屋に不法侵入したゲープハルトが、メンタル部分をやり過ぎちゃってお蔵入りになったオーダーメイド魔物が居たと言っていたような。



「あの、わたくしの目からするとマジで棺の中に人形が寝てるんですけれど、コレってヤバいヤツなのでは」


「封印されているから大丈夫だろう、多分。少なくとも俺は死なない」


「本当に少なくともですわねソレ!?」



 そりゃ不老不死なら死なんだろうが、不老不死では無い生徒の方が多いのだが。

 そう思ってツッコんだ瞬間、棺からカタンと音がした。



「………………」


「………………」



 モイセス歴史教師も自分達生徒も無言になる。

 棺からズズズという音が聞こえ、棺の蓋がゆっくりとずれて開き始めているのが()えた。



「……モイセス歴史教師?」


「いや、普通に封印はゲープハルトがやったモノだからそう簡単には解けんハズだ、多分」


「多分ですの?」


「だがゲープハルトだぞ。唯一の懸念があるとすればそのゲープハルトが作り上げた結果暴走していたらしいその「愛」が封印を上回るくらいだが、今まで封印されていたのであれば早々上回りは……」



 そこまで言って、モイセス歴史教師はロザリーを凝視した。



「……そういえば、姫だったな」


「ロザリーですか?ハイ、ロザリーはコレでも第一王女ですがソレがナニか」


「……グルームドールは姫の夫、つまりパートナーになる為に作られたモノであり、ソレが本能のようなモノだ。食用系魔物に近いと言えばわかるか?」


「はあ」


「そして一途になるよう設定……コレはゲープハルトの一途の定義がアレだったせいで病的なレベルらしいが、一途になるよう設定されている。しかしその設定対象が」


「モイセス歴史教師、要約すると?」


「最初に認識した姫をパートナーとして認識する設定になっており、近くに姫の気配を感じたから封印を強引に解除して目覚めた可能性が高い」


「ソレ、ロザリーとばっちりなのではないでしょうか」


「王子は平気だったんだ。思い返すと王女をこの城に連れてきたのはコレが初めてだったが」


「あの、お二方?蓋が開きましたわよ」



 真顔のロザリーと目を逸らすモイセス歴史教師にそう言うと同時、棺の蓋が落ちて周囲に重い音が響いた。



「ああ」



 花婿の格好をした、生きている人形が棺から起き上がった。



「ああ」



 その体の中身は空洞に()えるが、胸の位置で感情なのだろう炎が轟々と燃えているのも()える。



「ああ……」



 グルームドールは首を動かし、ロザリーを見た。



「ああ…………!」



 ロザリーを見た瞬間にグルームドールは恍惚とした、とろけたような表情になり、関節などの繋ぎ目部分からぶわりと炎を吐き出す。


 ……姫を認識し、そこから発生する高揚感や興奮という感情が活動用燃料でもある炎の勢いを増幅させ溢れた、って感じっぽいですわね。


 服は防火仕様になっているのか燃えていないようだが、コレは封印されるのもやむなしだろう。

 だってとっても燃えている。



「お会いしとうございました」



 ぼわりぼわりとあちこちから炎を噴出させながら、グルームドールはうっとりとした表情でロザリーへそう語り掛ける。



「私はアナタの為の私です。花婿です。夫です。旦那です。パートナーです。

アナタという姫を愛する為だけに作られたのが私です。アナタを愛するのが私です。私の名はグルームドール。アナタの為だけの花婿です」


「……お、おう」



 あのロザリーを引かせるとは相当だ。

 グルームドールの怒涛の発言に、ロザリーは一歩下がりつつ冷や汗を掻いてそう答えた。

 無表情なのには変わりないのだが、その微細な変化を()る限り、流石のロザリーも多少焦っているらしい。



「…………?ああ、申し訳ありません、私は少々感情が高ぶると燃え盛ってしまう作りになっておりまして。肉の体であるアナタには熱かったでしょうか?」


「た、多少」


「そうですか、ですが大丈夫ですよ」



 グルームドールはニッコリと微笑む。



「コレは私の愛ですから」


「愛」


「ええ、愛です。愛は全てに勝るのです。痛かろうが熱かろうが、コレは私の愛。私からアナタへの愛。愛ならば受け止められないハズが無い。

ええ、だって私はアナタの為に作られたのですから。アナタの為だけの私なのですから。そんな私の愛を、アナタが受け止められないハズが無い」


「お、おう……」



 ヤベェコトをつらつら語るグルームドールに、ロザリーはだらっだらと冷や汗を流していた。

 どうやら相当焦っているらしい。


 ……というか、グルームドールが思いっきり抱き締めようとする動きをしてますわね、アレ。


 殆どが困惑しているし、ロザリー本人も困惑の真っ只中に居る。

 そして対応出来るだろう狂人達は狂人なので特に干渉する気が無いらしく、どうにか出来るだろうモイセス歴史教師は痛覚無しの不老不死だからか動く様子が見当たらない。


 ……や、このままだと燃え盛ってるグルームドールがロザリーにハグして人間の焼死体が一丁上がりする可能性あるってわかりませんの!?



「耐火防熱火傷無効……!」



 ロザリーに向かってそう魔法を重ね掛けすると同時に、グルームドールがロザリーを抱き締めた。



「ああ、愛しています。ずっとずっと、アナタを。ずっと待っていた。私のパートナーであるアナタを。私がパートナーとなるアナタを。

アナタと顔を合わせるのを、アナタと会話するのを、アナタに触れるのを、アナタを抱き締めるのを、アナタを愛するのを、ずっとずっと待っていた。ずっとずっとずっとずっと……!」


「ッ!?…………む、おや?」



 グルームドールに抱き締められた瞬間、焦ったように目を瞑ったロザリーだったが、その熱や炎に身を焼かれていないコトに気付いたらしく驚いたように周囲を見回した。

 ロザリーがこちらを見たので、グッとサムズアップをしてみせる。



「……!」



 無表情ながらもよくやったと雄弁に語っている目でサムズアップを返された。



「…………そういえば、普通は燃えるんだったな。だからいきなり単語だらけの強力な魔法を掛けたのか」


「ええ、不老不死なモイセス歴史教師はそのコトをド忘れしているのか生徒一人の命の危機を目の前でスルーしそうでしたのでわたくしが」


「トゲのある言い方をするなあ。火傷でヒトは死なないさ。何回か見た」


「ソレ、死んだヒトの方が数多いですわよね」


「……ふむ、言われてみれば」



 やはり年を重ね過ぎるとこういう気遣いが出来なくなるんだろうか。

 そう考えるとかつて彼やゲープハルトとパーティ組んで一緒に旅してたという経験がありながらも生徒をめちゃくちゃ気遣えるアダーモ学園長ホントに凄いな。



「……ええと、ですね」


「ハイ?」



 とりあえず炎が通用しないコトに安心したのか、平常心を取り戻したらしいロザリーが口を開く。



「まず、人違いで」


「ソレはあり得ません」


「す」



 ……言い切る前に笑顔で断言されましたわー!?


 しかもめっちゃ圧が強い笑顔だ。



「だってアナタは姫でしょう?私にはわかります。ええ、私は姫の、アナタのパートナーになる為だけに作られたのですから」


「や、確かに姫ではありますが」


「姫は姫です」



 ……アレですわね、食用系魔物の食べられたいという本能相手じゃナニを言っても通じないとかのアレに近い感じ……。



「それにアナタは私の炎に焼かれなかった。私の炎に、愛に焼かれなかったというコトはアナタは私の炎を、愛を、受け入れたというコト。受け止めるコトが出来たというコト。ええ、まあ、ソレは当然のコトなのですが」



 ふふ、とグルームドールは微笑む。



「だって私もアナタから受けるコトが出来るならナンでも受け止めるコトが出来ますから。ええ、私はアナタの為だけの存在なのですから、それは当然のコト。アナタを否定するコトなど無い」


「人違いだという証言を否定されまくっているように思うのですが」


「?ナニを言っているのですか?」



 グルームドールはニコニコと微笑みながら言う。



「アナタが姫なら私のパートナーであるコトに間違いはありません。私が最初に認識した姫がアナタである以上、間違いなくアナタが私のパートナーなのですから。

私はアナタの夫となるコトは確定している。私はアナタの夫であり、旦那であり、花婿であり、お互いに唯一無二の存在なのですから」


「ホラまた()()()()()()()()()()()()()()を上書きするコトで否定してきましたよ……」


「否定はしていませんよ。私はただ事実を言っているだけですから。黒い鳥を白いと言うのは間違っているから、ソレは正しく伝えなくてはなりません。

ええ、それだけのコトです。間違いを正すのもまた愛ですから。お互いの意見を言い合い尊重し合うのも、愛」


「愛がナンなのかわかんなくなりますなあ」



 色々と諦めたのか、グルームドールのテンションに慣れたのかは不明だが、ロザリーはいつも通りの無表情でそう溜め息を吐いた。

 今だに燃え盛っているグルームドールにハグされたままだが、魔法に守られているからか結構余裕そうだ。



「……ところでモイセス歴史教師、コレどうすんですの?」


「ふむ、目覚めた以上は仕方がないからな。どうしようもない。とりあえず現状ソッコで命の危機というワケでは無さそうだし、問題があるというのであれば学園に戻ってから学園長に報告してくれ。

そしたら多分ゲープハルトが来るから、グルームドールの製作者に相談すれば処理などもしてくれるだろう」


「あの、モイセス歴史教師?現在進行形の方をどうするのかという意味で聞いたんですけれど」


「ああ、死ななければ問題無いし死にはしないだろう。とりあえず話を纏めた方が良いとは思うから、今からグルームドールと話し合って校外学習が終わるまでに結論を出せ」


「どういう結論を出せと言うのでしょうか。現状ロザリーの言葉はいまいち聞き入れてもらえていないようなのですが」


「狂っている相手は会話がドッジボールなだけで相互理解が不可能なワケではないから、頑張れ。ルームメイトとしてエメラルドが付き添いをして、万が一が無いように頼んだぞ」


「エ?」



 突然の巻き込まれに、思わず自分自身を指差した。

 そのジェスチャーを見て、モイセス歴史教師は当然だと言わんばかりの表情で頷く。



「で、残りの生徒はこのまま授業を続行する」



 マジでロザリーと自分とグルームドールを放置して授業を再開された。





 コレはその後の話になるが、話し合った結果グルームドールはただ愛がアレなだけでワリと普通だというコトが発覚した。

 いや愛がとんでもなく重いし、思い込みも激しいので全然普通では無いのだが、しかしまあ理解出来ない程では無かった。


 ……ええ、この程度の狂いっぷりならまだ思考回路が理解出来るだけマシですわ!


 グルームドールの思考回路は愛が全てだ。

 つまりガチで思考回路意味不明レベルに頭オカシイ狂人に比べれば、多少思考の推測も可能。



「まあ、ロザリーはジョゼ様も知っての通りのロザリーですからね。我ながらパートナーは出来るのかと思うレベルでオンリーワンなロザリーですし、立場も立場。

コレはパートナーとか出来ないのではと家族にも不安がられていたレベルのロザリーですから、ここまでのレベルでロザリーを全肯定して愛してくれるというのならばまあコレもまた運命なのではないかと。

……いえまあ全肯定というか結構否定もされますが」



 ロザリーも大体同じ考えであり、以上のような理由でグルームドールを受け入れるコトにしたらしい。

 確かにロザリーレベルで独特な感性、として相当の立場と考えるとパートナーは出来にくいと思われるので、ここまでの優良物件をそう手放すのは惜し……。


 ……果たして優良物件なのか、って感じですけれど……。


 姫のパートナー用だったからかある程度のマナーも出来るし、愛もある。

 炎を扱えるし人間大なのでボディガードのようなコトも可能。

 ただし愛がアレだしその炎はロザリーまでも焼き尽くしかねないという問題もあるが。


 ……や、一応炎とか通用しなくなる魔道具を身に着けるようにしたから魔法掛けなくても大丈夫みたいですけれど、ね……。


 心配がどうにも絶えないが、しかし独特な世界観同士、ドッジボールのような関係でも上手いコトいってはいるらしい。



「ふふふ……愛してます」


「ソレはどうも」



 グルームドールの膝の上に抱きかかえられながら、ロザリーはクールにそう返した。



「愛してます。愛してます。愛してます。愛してます。愛してます。燃える程に。燃やしたい程に。燃え尽くす程に。燃やし尽くしたい程に。ええ、だって、私はアナタを、ロザリーを愛しているのですから」


「相変わらず燃えるような愛ですねえ、グルームドールは」


「ええ、燃えていますから。ロザリーへの愛で常に私は燃えています。私はロザリーへの愛を、想いを、感情を燃やして活動しているのです。常に私は、ロザリーへの愛で燃えているんですよ」


「まあ、さっきからチロチロと炎が見えるのでソレはわかりますが、今ロザリーが読んでる本は燃やさないようにお願いします。図書室からの借り物ですし」


「ふふ、了解しました」



 ……一応、調整は出来るっぽいんですのよねー。


 グルームドールの炎は感情のままに漏れ出るモノかと思いきや、意外と調整やらが可能らしい。

 まあ確かにそうじゃないと攻撃に活用は出来ないだろうが。


 ……調整出来なくても、襲ってくる愚か者相手へ燃やす怒りの炎で焼き尽くしそうな感はありますけれど。


 しかし問題なのは、ロザリー相手の場合のみ調整が利かないという部分だろう。

 ソコは流石というかナンというか、感情部分がわからないからと過剰な愛にしてしまったゲープハルトのせいなのだろうが、過剰が過ぎるのだと思われる。

 なにせ現在も、ベッドや本は無事でもロザリーがめちゃくちゃ燃えているのだ。


 ……魔道具のお陰でロザリー本人は無事とはいえ……。


 グルームドールから漏れている炎で生きながらにして焼き肉にされているかのように見える。



「……愛しています、ロザリー。私はアナタを、アナタだけを、アナタという存在を、愛しているのです。……ええ、生涯唯一のパートナーとして」



 うっとりとした顔で、グルームドールはロザリーの首元に顔を埋めながらそう呟くのが()えた。



「私の生涯唯一のパートナーであるアナタを、愛しています」


「……グルームドールは、ロザリーに愛せとは言いませんね。ロザリーは声が淡々としている上に表情筋も動かないので結構言葉にするよう言われるコトが多いのですが」


「アナタの生涯唯一のパートナーは私ですから」



 顔を上げ、グルームドールはニッコリと微笑む。



「私が愛するのはロザリーだけ。ならばロザリーがパートナーとして愛するのも私だけなのは当然のコトでしょう?わざわざ言葉にするまでもないコトです。だってソレは当然のコトなのですから」


「ふむ、確かにロザリーからグルームドールへの愛はあるっちゃあるので事実ではありますが、中々に思考回路がぶっ飛んでますね」


「そうでしょうか。私の思考回路は常にロザリーへの愛に基づいているので、とてもわかりやすいと思いますよ?


「まあマジで狂っているヒトの思考に比べればその通りではありますな」



 ふむ、と頷いてロザリーは本を閉じ、そのまま後ろに居るグルームドールにもたれ掛かった。

 その動きに、グルームドールの顔がとても嬉しそうに緩む。


 ……仲が良いのは良いコトですけれど。


 独特な世界観を有している組と一緒の空間、結構アウェイ感が強くて居心地が悪い。

 二人を見て自分の目が死んでいくのを感じつつ、どうして自分は独り身なのだろうと誰にともなく心の中で問いかける。

 当然ながら、返事は無かった。




ロザリー

第一王女だが表情筋がニートなせいで真顔固定であり、淡々と早口で語るので距離を取られがち。

グルームドールの圧には最初ドン引きだったが、このレベルで愛をぶつけてくれそうな存在この先居ないだろうなと思い受け入れた。


グルームドール

姫の夫となる為作られた花婿人形なのだが、感情部分の暴走がヤバくて起動前に封印された魔物。

起動後ロザリーを自分の妻となる姫でありパートナーと認識固定した為、全力で燃えるような熱い愛を注いでいる。


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