透過少年とアドヒーシブスライム
彼の話をしよう。
透視の魔眼を有していて、遺伝で肩までならすり抜けるコトが可能で、機械の修復が得意な。
これは、そんな彼の物語。
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ラザールパティシエがアップルパイをくれたのでフェリシア機械教師の研究室に差し入れに来たのだが、中には部屋の主であるフェリシア機械教師と同級生のロマンしか居なかった。
「あら、二人だけですの?」
「なんすか、その言い方。私達二人じゃ問題でも?」
「問題はありませんけれど、アップルパイを貰ったので差し入れに来たんですの。
ロマンって甘いの平気でしたっけ?」
「俺か?」
透視の魔眼と透過能力を活用して、解体せずに機械の内部を弄っていたロマンがこちらに振り返る。
その際に揺れた淡い薄緑色の髪は、邪魔にならないようにか一つに括られていた。
「俺は特に好き嫌い無いから普通に食えるぜ」
「なら良かった」
「エメラルド、私にはソレ聞かないんすかー?」
「だってフェリシア機械教師はいつも普通に食べてるじゃありませんの。
今更聞いてどうすんですのよそんなの」
「まーそりゃそうだな」
フェリシア機械教師のパートナーであるアイアンハンドツールがケラケラと笑いながらそう肯定した。
彼は現在ドッグタグの見た目でフェリシア機械教師の首に提げられている為、フェリシア機械教師はじっとりとした視線を胸元に送っている。
……まあ、フランカ魔物教師みたいに指で弾かないだけ良いコトですわよね、多分。
もっとも無機物系魔物は基本的に痛覚が備わっていないコトが殆どなので、弾かれても痛みは感じないだろうが。
「しっかしエメラルド、いつも差し入れ持って来させちまって悪ぃな」
「いえ、わたくしの場合は一人で処理するにはちょっと多い時とかにここに持ち込んでるだけですから、わたくしも助かってますのよ?」
「そうか?なら良いけどよ。…………実際助かってるし」
「ん?アイアンハンドツールは飯食わねぇじゃねえっすか。どう助かってるんすか?」
「お前が言うかフェリシア!?機械弄りに夢中になって飲食そっちのけにするお前のせいであるはずのない胃が締め付けられるようにギリギリしてんだよこっちは!
エメラルドが差し入れしに来ると機械弄り中断して差し入れ食うからどうにかメンタルギリギリセーフなだけで!」
「……アイアンハンドツール、胃なんてあったんすか?」
「無いけどまるであるかのようなストレスが!あるって話をしてるんですよ!」
相変わらずアイアンハンドツールは苦労性らしい。
まあ正直現代においては魔物の方が常識的思考だったりするので、必然的にそうなりがちなのだが。
「……フェリシア機械教師とアイアンハンドツールはまた長くなりそうですし、先に食べちゃいましょうか」
「だな」
アイアンハンドツールがフェリシア機械教師への心配からくる愚痴を言い始めるのはよくあるコトだ。
つまりいつものコトなので、一人と一つを無視してアップルパイを切り分けてそれぞれ好きなのを取る。
「お、美味いなコレ」
「ん、確かに。シナモンを新しくしたそうですけれど、前より味に深みがありますわね」
「そういやアップルパイってアイス乗っけても美味いんじゃなかったか?」
「ああ、アレ美味しいですわよね」
「ジョゼフィーヌ、アイスって」
「流石にアイスはありませんわよ。食べたかったら今度食堂でデザートにアイス乗せアップルパイ頼みなさいな」
「まあそりゃそうだよな。また食いたくなった時とかに頼んでみるか」
そう言いながら、ロマンはもくもくとアップルパイを消費していく。
「……ロマンもあっという間に、ここに馴染みましたわよね」
「ハ?俺ってそんなに学園で浮いてたのか?」
「ナンでそうなるんですの」
馴染んだよねという会話からどうしてイコールで浮いているとなるのか。
「学園には初っ端から馴染んでましたし、そもそも学園に云々じゃなくて、この空間に、ですわ」
「ああ、機械好きメンバーに、ってコトか」
「そうそう」
アップルパイを頬張りながらうんうんと頷く。
「最初機械系にソコまで興味ありませんでしたわよね?」
「まあな。どっちかというと魔物とか植物とかの生物系の方が興味あったんだが、談話室でセリーナがオルゴールと会話しててよ」
「談話室で同級生がオルゴールと会話してるって中々の言葉ですわよね」
事実なので仕方がないが。
「「ドコが痛いんだい?」とか聞いてたから軽く透視して視たら、歯車が少しずれてるのが視えてな。
そんで指先をこう、透過出来るようにして解体せずにちょいちょいっと直したら」
「目をつけられたと」
「ああ、その日からめちゃくちゃ勧誘された」
「まあセリーナからしたら、腹を裂かずに手術出来る名医を発見したようなモノでしょうしね」
「実際そういう感じだったらしくて、気付いたらレンカやハンヌにも勧誘されてよ。
その三人から逃げても後輩であるカイに誘われ、ソレからも逃げたらフェリシア先生が直々に勧誘しに来たからじゃあもう良いか、って」
「随分と諦めが早い」
「元々機械に関しての授業が嫌いってワケじゃなかったからな。
凄い勢いで勧誘されるのが怖かったから逃げてただけだし」
確かに結構ぐいぐい来る系なのでたじろぐ気持ちはわかる。
まあこの学園の生徒の殆どはぐいぐい来る系な気はするが。
「……でも、機械関係で透視や透過が可能というのは強みですわよね」
「よく言われる。解体しなくても視えるし、手ぇ突っ込んで直せるし、透過だから指を挟まれたりとかもしねえし」
「実際は?」
「タイミングミスると時々挟まれ掛ける」
「一応完全には挟まれてないんですのね」
「やっべと思ったら手を透過状態にしてるからな。
指一本くらいなら魔法で生やしても問題無いだろうし、感覚か見た目がアウトっぽかったら義手つーか、義指?つければ良いんだろうが……相当な痛みがあるだろうと思うとよ」
「挟まれたら一発アウトで指チョンパなんです、の……?」
「流れに逆らわず慌てず騒がず透過すればセーフだろうが、無理に引き抜こうとしたら多分こう、ハンカチを両側から凄い力で引っ張った末路みたいになるだろうな」
「千切る系の痛みはヤベェレベルの激痛らしいってモイセス歴史教師が言ってたから、相当ヤベェコトになりますわね」
「ああ、本当に透過能力が遺伝してくれてて良かったと思うぜ」
モイセス歴史教師は生粋の人間でありながらも生粋の不老不死だった為、かつてはよく過激な方法で体を調べられたりしたらしい。
再生の具合を見る為や痛覚の感覚を知る為に拷問されたコトも頻繁にあったと言っていたので、そういうブラックなネタの信用性は高い。
……ただ、その分歴史の授業はかなーり闇が深い部分を掘り下げてんですのよ、ね……。
もっともモイセス歴史教師は痛覚が無いタイプの不老不死なので、実際に痛みを体験したコトは無いらしいが。
なので実行して観察する側の方が痛そうな顔をしていたから、という感じで、その際の表情などで痛みレベルを分類しているそうだ。
……つまり、実行して観察する側がヤベェレベルの痛そうな顔をするレベルで千切る系の痛みはヤベェってコトですのよねー……。
「まあ客観的な意見を言わせてもらうと普通に動き止めさせてから弄れば良いのではと思いますけれど」
「ソレは言うな」
一応自分が危険なコトをしている自覚はあるらしい。
と、そんな風に会話をしていたらアイアンハンドツールによるお説教が終わったのか、フェリシア機械教師が疲れた様子でアップルパイを手に取った。
「二人共、教師の一人を助けるくらいはしても良いんじゃないっすかね。
別に大の大人を担いで害魔から逃げろって言ってんじゃねえんすから」
アップルパイを齧りながらもごもごとそう言われても困る。
「恨めしそうに言われても、いつものコトじゃありませんの」
「フェリシア先生の自業自得っぽいトコもあるしな」
「仮にも教師に酷くないっすか?ここの場所とか材料費とか諸々提供してるの自分なんすけど」
「元を辿ると提供してるのはアダーモ学園長ですわよ」
「エメラルド、ちょっとクール過ぎねっすか?」
「わたくしただ差し入れしに顔出してるだけの部外者ですので……」
つまりそのくらいの距離があるというコトだ。
別に時々買い出しに付き合わされてこの目で掘り出し物探しをさせられたり、手が足りないからと思いパーツを持たされたりしているのを根に持っているなどほんのちょっとくらいしかない。
……ええ、そう、六割くらいしか根に持ってませんわ!
十割じゃないから実質ほんのちょっとと言ってもセーフのハズだ。
こういう割り合いに大してどう認識するかは個人差がありますというアレ。
「ところで、さっきロマンが弄ってたのはナンなんですの?」
「ああ、アレか?ジョゼフィーヌが言ってたパソコン」
「パソコン」
確かに異世界にどういう機械があるのかと聞かれて答えた覚えはあるが、マジか。
「私達でとりあえず思いつく限りの機能足して作ってみたんすよ。
つってもまあいまいち上手くはいってねーんすけどね」
「いっそ一旦魔道具に加工してその異世界のパソコンっていうのに繋げて、ちゃんとした作り方についてを調べるとかした方が良いのかもしれねえな」
「確かにエメラルドの話からすると、パソコンってのはボックスダイスみたいな検索が出来るらしいっすからね。
先に答え知っといた方が良いかもしれねえっす」
「…………とりあえず、掲示板系のサイトに書き込んだりはしないで自力で検索してくださいましね」
異世界のパソコンからの書き込みなど、IDや文字がどうなるかわかったもんじゃない。
心霊現象やら都市伝説扱い止まりならともかく、ソコからおかしなウイルスが誕生するという可能性を考えると、出来るだけ爪痕を残さない干渉の仕方をして欲しいものだ。
・
コレはその後の話になるが、フェリシア機械教師の研究室へ顔を出すと、知らない間にロマンにパートナーが出来ていた。
「いつの間に……」
「ついこないだよ」
レンカはぐうぐう寝ている消音ハリネズミを膝の上に乗せ、よくわからない細かい機械を弄りながらそう言った。
「ロマンの一目惚れで、彼女を口説き落としたんですって」
「こんなにも魅力的な相手だぞ!?一目惚れもするし一刻も早く口説き落とさねえとってなるだろ!?」
「や、わたくし今んトコそういうラブストーリーが始まってないのでわかりませんわ」
初恋すらまだである。
なのに友人達が成立していくのを見届けまくっているという現実よ。
「ところでそちらは……」
「初めまして」
ロマンに抱き上げられているスライムは、お辞儀をするように揺れた。
「私はアドヒーシブスライム、と申します」
「ああ、成る程……ご丁寧にありがとう。わたくしはジョゼフィーヌ・エメラルドですわ」
通りで普通のスライムに比べてドロドロしているなと思ったワケだ。
アドヒーシブスライムとは要するに接着剤系スライムなのである。
体液が強力な接着剤となっており、その体液は建築や家具などに使用されているコトも多い。
……任意で体液のタイプを変えられますしね。
水で落ちる接着剤にも、水で落ちない接着剤にも出来るという体液。
そしてふと、初等部の頃にロマンから聞いたコトがある好みを思い出した。
「……そういえばロマン、アナタとろろ食べる時とかドキドキするって言ってましたものね」
「いきなりナンだ。というかいつの話だソレ」
「初等部の頃ですわよ。透視の魔眼があるとやっぱりヒトの内臓の中とか視えちゃったりします?ってわたくしが聞いたら、「いやヒト型は好みじゃないからわざわざ視ようとは思わねえんだよな」って」
「…………そういやそんな会話した気がするな」
「そりゃしましたもの」
自分の視界だとすぐに骨だの筋肉だの内臓だのが視えてしまうので、同意を求めての会話だったのだが、返答はそういったモノだった。
「ソレを聞いて、じゃあどういうのが好みなんですの?って聞いたら、「粘液っぽくてヒト型じゃないヤツとか好みだな。とろろ食う時とか結構ドキドキするぜ」っていう」
「あー、あー、ナンかぼんやり思い出して来たような……」
「……とろろ食べてドキドキするってナニよ」
食べ物に対する情熱が凄くて結構守備範囲がとんでもないという極東人のレンカが引くとは相当なのだろうか。
「だからまあ、一目惚れっていうのも納得ですわ。
スライムでヒト型じゃありませんし、中身が接着剤だからか普通よりドロドロしてますし……好みにドンピシャだったんですのねえ」
「ああ、見た瞬間に電撃が走って心臓が矢で射抜かれたと思ったら抉られたかのような衝撃だった」
「凄い衝撃ですわねソレ」
マジでやられたらワンチャンも無く即死なレベル。
「私としてはいきなりでしたし、開口一番に「パートナーになってくれ」だったので困惑しましたが……接着剤目当てでは無く、私の見た目に一目惚れしたと言われましたからね」
アドヒーシブスライムはクスクスと笑う。
「接着剤目当てなら多少の体液を渡すくらいでサヨナラのつもりでしたが、接着剤目当てではありませんでしたし。
詳しく聞いたら接着剤をよく使用するらしいのに、その部分をまったく気にしていないというか、ナンというか」
「完全なる一目惚れだったから、どういう魔物かとかも完全に意識の外に行っててよ。
もう完全に、こんな好みど真ん中の相手は今逃したら絶対に出会えない!今しかない!今申し込んで頷いてもらわねえと!って」
「で、パートナーになったと」
「ふふふ、アレだけ熱烈に求められては断れません」
「感情駄々洩れで愛してます一目惚れしましたを連呼した甲斐があった」
ロマンはグッと親指を立てた。
ソレでオッケーを出してくれる性格の相手で良かったな、と思う。
ぐいぐい系を嫌う性格の個体も居るだろうコトを考えると、相性が良かったようでなによりだ。
「……ところで、あの、ロマン?」
「ん?」
「そろそろ下ろしても良いのではないでしょうか。基本的に液体なので重いでしょうし」
「愛の前に重さなんてねえけど?」
「ロマン、結構腕力あるからそのくらい余裕でしょうしね」
「そもそもロマンの愛自体が重そうですから、愛する相手の重みイコール愛と認識してその重さを脳が認識してない可能性ありますわ」
「今俺物凄く酷いコトを言われてる気がするんだが」
「気のせいよ」
「気のせいですわ」
「そうか」
レンカと二人で気のせいだと主張すれば、ロマンは素直に納得した。
チョロ過ぎやしないかとは思うが、まあ良いか。
「あの、ですが、あまり私に触れるというのは……」
「イヤなのか?」
ロマンはわかりやすくしょんぼりした表情でそう言った。
その言葉と表情に、アドヒーシブスライムは慌てて否定する。
「いえ、そうではありません!密着がイヤというコトはなくですね、その、私がこうして密着されるのに喜んだりしていると、うっかり気が緩んで私の中にロマンの手とかを取り込んでしまう恐れがあるというか……」
「アドヒーシブスライムが食いたいなら片腕くらいやるぜ?」
「最近の義手は高性能ですものね」
「そうそう」
「そ、ソレはいけません!ロマンの手で触れられるのが嬉しいのですし、義手の場合は折角の透過能力が無効になってしまうかもしれません!」
「ア、ソレはちょっと困るわね。片腕だと作業し辛いだろうし」
「レンカ、今俺アドヒーシブスライムからの可愛らしい愛の言葉にときめいてるからちょっと黙っててくれ」
「今度人気ケーキ店のケーキ五品ね」
「わかった」
凄いぼったくりな取り引きに思えるが、良いんだろうか。
いやまあ本人達がその取り引きに納得しているなら第三者である自分が口出しするコトでは無いので良いんだろうが。
「でもよ、別にアドヒーシブスライムが俺の手を取り込んだとしても、アドヒーシブスライムが吸収しなければセーフなんじゃねえの?」
「確かに私は人肉を主食とするタイプでは無いので吸収しないようにも出来ますが……その」
アドヒーシブスライムはぐにぐにと動きながら、恥ずかしそうな声色で言う。
「……た、体液のせいでロマンと私を接着しかねないという問題が……!」
「どんと来い」
「ど、どんと来いじゃありません!イヤがるトコですよコレは!」
「いや、どんと来い」
ロマンは真顔だった。
「……真顔ね」
「真顔ですわねー」
相思相愛でラブラブなのは良いコトだ。
そう思いながら、フェリシア機械教師が作ったらしいミニ扇風機のスイッチを入れて研究室内の熱気を散らす。
ラブラブなのは良いコトだが、暑いくらいに温度が上がるのは困ったものだ。
ロマン
透視の魔眼を有し、遺伝で手だけではあるものの、物体をすり抜けたりするコトが可能。
その為解体が難しいモノをそのまま修理したりが多い。
アドヒーシブスライム
接着剤系のスライムであり、スポイトのように一滴垂らすコトも、自分の這った跡全部に体液を付着させるコトも可能。
「接着剤の」スライムとして認識されるコトが多かった為、接着剤の「スライム」として認識されたのが嬉しかった。