牧場主とハーディングウルフ
彼の話をしよう。
食用系魔物を育てている牧場主で、学園に食用系魔物の肉を卸してくれていて、鳥瞰の魔眼を有している。
これは、そんな彼の物語。
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牧場主であるバルタザール牧場主の案内に続きながら、牧場を見学する。
今日は牧場見学という校外学習なのだ。
校外学習自体は結構頻繁にあるのだが、こういう牧場などの魔物が深く関わっているタイプの場所には中々来れないので、興味深い。
……基本的な校外学習では、遺跡観光や墓地巡りだったりしますものね。
ちなみに殆どがモイセス歴史教師による歴史の授業の一環である。
なので大体ヤベェ過去話を聞かされたりするのだが、実際にあったコトだし大事なコトなのが辛いトコロだ。
「アレがパージチキンだぞ」
そう言ってバルタザール牧場主が指差した先には、沢山のニワトリが居た。
ボディのあちこちに切り取り線がある、食肉用らしくむちむちしたボディのニワトリ系魔物だ。
「ちなみに何故パージチキンがパージチキンと言うのかというと、一定以上の衝撃であの切り取り線辺りからパーツがパージされるからだ。
なので解体する際は、足を掴んで、こうやるとポンッてクラッカーのように自動で解体される。処理が便利で良いぞ」
ぽやんとした笑みを浮かべながら言うコトが結構ハードな気がするが、コレがデフォルトなので仕方がない。
ハードなのは言葉ではなく常識だろう、多分。
「難点はパージされると当然のように死ぬ、という部分だな。そして食べられたがりな本能も相まって、すぐにナニかに突進して自殺しようとするパージチキンが多い。
まだ世話に慣れていない段階でパージチキンを育てるコトにした結果、翌朝には解体済みなパーツが小屋一面に散らばっていた、というのはよくある話だ」
「要するに、食用系魔物の飼育にある程度慣れていないと手を出せない魔物、というコトです。手を出しても別に問題は無いのですが、手に余りますからね」
バルタザール牧場主に続いてそう補足したのは、彼のパートナーであるハーディングウルフだ。
彼女はこの牧場に居る食用系魔物達を見張ったり、誘導したり、自殺しようとする食用系魔物を止めたり、という作業をする牧羊系魔物のリーダーである。
だからなのか他のハーディングウルフよりも一回り以上大きく、見分けがつきやすい。
「ああ、あとあっちの魔物もよく食べるだろうから紹介しておくか。あっちに見える豚の魔物は、極東で作られた食用系魔物、豚野郎だ」
……何度聞いても凄い名前ですわよね、豚野郎って……。
基本的な豚肉はあの豚野郎という魔物の肉なのだが、種族名が種族名だ。
いやまあ、生態的に納得のネーミングではあるのだが。
「あの豚野郎という魔物は痛みを快感と認識するという特殊な思考回路をしており、痛みを感じれば感じる程に肉の旨味が増す」
「その自覚があるのか、ただ痛みを感じたいだけなのかは不明ですが、ヒトを見かけると凄い勢いで寄って来ては痛めつけてもらおうとする魔物です」
「ただしあまり痛みつけ過ぎると、快感が脳でボンバーするらしく死ぬ。
そうやって死ぬと最高の状態の肉になるので味は良いんだが、こちらとしても予定や肉の付き具合などで色々と考えていたりもするので、痛めつけて欲しいと寄ってこられても勝手に痛めつけたりはしないように」
どういう注意だ。
「もっとも豚野郎は放置していると痛みが足りないと言って近くのモノに突進なりして自傷行為に走るコトもあるので、初心者が飼育するにはオススメ出来ない魔物でもあるな」
「パージチキンもそうですが、基本的に食用系魔物の殆どはとにかく食べてもらいたいという欲求があるので、頻繁に自殺行為をしようとします」
「だからこそ自殺に使用可能そうなモノを出来るだけ減らしたり、私のパートナーであるハーディングウルフのような魔物に協力してもらう、というのが重要だ。他にも…………ん?」
ふと、バルタザール牧場主が喋るのを止めて食用系魔物達の方へと視線を向けた。
最初からずっと発動状態なのか、魔法陣が浮いているその目で彼はドコか遠くを見て眉を顰める。
「ハイスピードホースがまた暴走したか。ハーディングウルフ!」
「了解です、すぐに止めてきます!」
ツーカーの仲というモノなのか、今の会話だけで理解が出来たらしいハーディングウルフは素早い動きであっという間に見えなくなった。
残されたバルタザール牧場主の黒みのある茶髪がたった今発生した風に揺れる。
……いえ、まあ、自分の目からすると普通に視えますけれどね。
普通の肉眼では見えないだろうコトを考えると凄いスピードと言えるだろう。
「えー、ではハーディングウルフがハイスピードホースを止めに行っている間に説明をさせてもらうが、まずハイスピードホースとは食用系魔物である馬の魔物だ。どういう生態かを知っているモノは居るか?」
何故か殆どの生徒が自分に視線を向けてきた。
一斉に二百人前後の目がこっちに向くのはかなりのホラーだと体感した。
したくは無かったが。
「……ハイ」
仕方がないので、特に挙げる予定の無かった右手を挙げる。
「どうぞ」
「ハイスピードホースとは、速く走れば走る程その身が美味しくなるという魔物ですわ。
走れば走る程身が引き締まり、ドライフルーツのようにギュッと旨味が閉じ込められるタイプの肉になると本で読みました」
「その通り。では欠点は知っているか?」
「……ハイスピードホースは殆どがスピード狂であり、よく頭やテンションがハイになって止まるのを忘れてヒャッホウと走り回り、限界を超えても走り回り、結果脳みその血管が切れたり心臓が破裂したりして死ぬ魔物、だと記述されてましたわね」
「大正解」
バルタザール牧場主はニコニコとした笑みを浮かべながら、パチパチと軽い拍手をした。
「肉が美味くなるから走るのは止めないが、自分で止まるコトが出来なくなった場合は強制的に止める必要がある。じゃないと今の彼女の説明のように、大事な線が思いっきり切れて死ぬからだ」
こうして説明を聞くと、本当に食用系魔物を育てる牧場のヒトは大変だ。
休む暇も無いというか、意識的無意識的に自殺しようとする食用系魔物を相手しなくてはいけないのだから。
「しかしまあ、馬だからな。混血によっては追い付いて止めるコトも可能だろうが、基本的には追い付けないからハーディングウルフのような魔物に頼む」
その言葉と同時に、遠くからハーディングウルフが吠えた声が響いた。
「む、吠えたか。今のはハーディングウルフの特性とも言えるモノなのでついでに説明するが、アレは食用系魔物を大人しくさせる効果がある。
本質的に天敵に近いというか、言ってしまうとハーディングウルフは食用系魔物の本能に恐怖を覚えさせるコトが出来るんだ。だからこそ自殺行為を頻繁に行う食用系魔物を統率するのに向いている」
「ヒト相手だと、食べて欲しいという欲求が前面に出るせいで止められないから、でしょうか」
「そうだ」
バルタザール牧場主は笑顔で頷く。
「だからこそ食用系魔物の自殺を止めるコトが出来るのが、彼女のようなタイプの魔物だ。
群れを率いるタイプも多いから食用系魔物の数が多くてもどうにかしてくれて、ハーディングウルフ無しではこの牧場はやっていけないだろうというくらいには助けられている」
……まあ、ヒトだけで食用系魔物の牧場経営は無理ですものね。
理由は先程言った通り、食べてもらいたがりな食用系魔物が止まらないからだ。
ハーディングウルフのような魔物を用意して食用系魔物の食われたい欲を鎮静させないと隙を見て自殺してくる為、彼ら彼女らの存在は必須だと専門書には必ずと言って良い程に書かれている。
「余談だが、私のこの魔眼は鳥瞰の魔眼だ。要するに上空から周囲を一望可能な目、というコトになる。
私はコレで食用系魔物の位置を把握しているから暴走もすぐにわかるが、そうじゃない場合は厄介だぞ」
楽しげな笑みを浮かべながら、バルタザール牧場主は言う。
「広い敷地内が必要なのに暴走する食用系魔物達。気付いた時には時既に遅しというコトも多い食用系魔物。気付いて間に合っても対処が間に合うかどうかというレベルで暴走してくる食用系魔物。
なのでこういう魔眼、または似たような魔道具が無いと本当に面倒臭いコトになる。具体的には大分気を張って食用系魔物達を見ていないといけない」
「食用系魔物の特徴として、一体が自殺すると連鎖的に自殺するというのがあるから、でしょうか?」
「そうだ。一匹が自殺をすると、他の個体もそうすればソッコで食べてもらえると思うらしくてな。一匹死ぬのを許せば五十匹は死ぬ。そして牧場主の目が死ぬ」
そう言うバルタザール牧場主の目は特に死んでいないというか寧ろ笑っているくらいなので、彼はそういった状況に陥ったコトが無いらしい。
まあ鳥瞰の魔眼があり、ハーディングウルフが居るとなるとまあソコまでの事態になるのを許さなさそうなので当然だろうが。
……そう考えると、本当に牧場経営って修羅の世界ですわよね。
一瞬の油断が命取りになり、食用系魔物の大量自殺を許す惨状になりかねないという現実。
コレに関してはまだ自殺願望が無いだけ、異世界である地球の家畜達の方がマシなのではと思うレベルだ。
……いえまあ、自殺云々の前提である食べてもらいたがりな部分は利点だと思うんですけれど、ね……。
ただちょっと度が過ぎるだけで。
アンノウンワールドはそういう、感情が一つに特化し過ぎな部分がある気がする。
「ちなみに私の魔眼はレベルが高めなので脳内でピンを刺すコトで特定の対象も追跡可能であり、脱走してもすぐに見つけるコトが出来る。
だが普通はほぼ不可能だからもし牧場経営を夢見ているなら嗅覚が優れた混血、または魔物を雇うのをオススメするぞ」
バルタザール牧場主がそう言い終わると、ハイスピードホースを大人しくさせたらしいハーディングウルフが戻ってきた。
「ただいま戻りました、バルタザール」
「ああ、お帰り」
すり寄るハーディングウルフに頬を擦り付けて答えながら撫でるバルタザール牧場主の姿は、完全に熟年夫婦の手慣れたソレだった。
同級生の中でも独り身な生徒達が居心地悪そうにしているのがわかる。
……わたくしもその一人ですものねー……。
あー羨ましい。
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コレはその後の話になるが、バルタザール牧場主はヴェアリアスレイス学園の卒業生らしい。
「ちなみに実はこの牧場、学園長が用意してくれたりもした」
「マジですの!?」
「マジだ」
大体の説明が終わったので、それぞれ見学をしたり現地販売のお土産肉などを買いに散らばっている中、バルタザール牧場主に色々と質問していたらそんな衝撃的事実を知らされた。
「エ、ナンで……?」
「元々牧場に憧れていてな。牧場関係の知識を蓄えつつ学園で色々学んでいたら、彼女に出会ったんだ」
そう言って、バルタザール牧場主は膝の上でリラックスしているハーディングウルフの喉を撫でる。
「そして彼女とパートナーになり、さて良い土地はないかと色々探してな。ホラ、牧場をやるなら広大な土地が必要だろう?」
「ですわね」
「そしたら学園長が、長年手付かずで放置していた土地があるから、牧場をやる気ならソコやるぜ、と」
「さらっと土地あげる宣言するトコがヤバいですわね、アダーモ学園長」
「あのヒトは他にも特に使用するでも無い土地を沢山持っているぞ。単純にここが一番牧場に適していたからここをくれただけで、もっとヤバいモノを持ってたりもする」
「ウッワ」
アダーモ学園長だと考えるとシャレにならないというか、普通にバルタザール牧場主の言葉が嘘でないのがわかるのでそのヤバさがひたすら際立つ。
「まあ流石に誰にでもあげるワケでは無いらしいが、私の場合はかなり一直線で牧場主を目指していたからな。
そして鳥瞰の魔眼を有していて、パートナーはハーディングウルフ。これなら途中で挫折もしないだろう、と思ってのプレゼントらしい」
「確かに志半ばで折れるような相手にプレゼントはしないでしょうけれど、それにしたって牧場が出来るレベルの土地をポンッとプレゼントは凄いですわ……しかも一生徒に」
「一応学園長には、従業員になれそうで特に将来が決まっていない子が居たら面接だけでもしてやってほしい、とは言われたからな」
「成る程卒業後の就職先」
学園内だけでも凄まじいまでの設備を整えているというのに、卒業後のアフターケアまで考えているとか凄いなあのヒト。
いやまあ、不老不死で長い人生だからこそ、短い人生である生徒達の将来を想ってくれているのだろうが。
「それとここで確保出来る肉の殆どは学園に卸させてもらっていたりもする」
「あ、ああ、まあ確かに素性とか色々わかってて安全度高いっていうのは大切ですわよね」
生徒には貴族も王族も他国のお偉いさんも居るワケだし。
「学園長としてはそういう考えなんだろうが……私としても、アレはありがたかった。牧場を始めたばかりでは売り出すのも一苦労だから、安定した契約先があるのはとても助かる」
「確かに」
「適正価格だし、既に決まっているコトばかりなお陰で軌道が安定するのも早く、あっという間にこれだけの食用系魔物を飼育するまでに至った」
「ホントに凄いですわよね、この広さ……」
広大にも程があるレベルで大きい牧場だ。
凄いのはコレを管理しているバルタザール牧場主もだが、このレベルの広さの土地をポンッと与えたアダーモ学園長もヤベェくらい凄いと思う。
「……全部、学園長のお陰だ。あの人には本当に、感謝しかない」
そう言うバルタザール牧場主の顔は、とても穏やかな表情だった。
「…………アダーモ学園長に伝えましょうか?」
「や、遠慮しておこう。あのヒトちょいちょい来るから直接言えるしな」
「ア、普通に来てんですのねアダーモ学園長」
「ここでの見学は毎年五年生にやっているからな。その度に挨拶に来るし、それ以外も頻繁に手紙のやり取りをしている。
困った時に相談すると昔ながらの知恵で解決策を教えてくれたり、昔馴染みのヒトを紹介して助けてくれたりと凄くお世話になっているぞ」
「思っていた以上に付き合いがありますわね!?」
下手すると親戚よりも交流がありそうなレベル。
いやまあとても良いコトではあるのだが、卒業した学園の学園長と今も交流がありお世話になっているというのは、相当凄いコトなのではないだろうか。
バルタザール
おおらか過ぎる程おおらかな性格だが、魔眼があるとはいえ多種多様な食用系魔物相手に牧場経営出来るくらいには敏腕。
ただし笑顔でシメるコトも多いので、狂人っちゃ狂人。
ハーディングウルフ
食用系魔物が自殺しないよう叱りつけたり、脱走しようとするのを止めたり、暴走を落ち着かせたりとめちゃくちゃ働いてる。
全ては仕事終了後バルタザールにより行われるパートナー水入らずの時間という名のブラッシングの為。




