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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
五年生
146/300

水少女とウォーターエレファント



 彼女の話をしよう。

 遺伝により体が水で構築されていて、故に常に湿っていて、水分が減ると縮んでしまう。

 これは、そんな彼女の物語。





 この学園の中庭には、噴水がある。

 何故かと言えば見栄えの為と思うかもしれないが、コレは一部生徒や魔物の命綱的設備でもあるのだ。


 ……水系の魔物や混血の場合、水気が無いとヤベェってタイプが結構居ますものね。


 なので湿気確保の為だったり、水分確保の為に存在しているのだ。

 そんな回復兼セーブポイントみたいな噴水のトコに腰掛けながら食用系魔物についての専門書を読んでいると、噴水の水がパシャンと跳ねた。

 そして、水の中から水っぽい手が自分の腰に伸びてきているのが()える。



「……イアサント、わたくし相手にドッキリは通用しませんわよ?」


「あら、うふふ」



 笑い声と共に、イアサントはザパンと音を立てて噴水の中から起き上がった。

 そしてその下半身は噴水の中に浸したまま、上半身を噴水の縁の部分に預ける。

 水に濡れた鈍い朱色の髪から落ちる水滴が噴水の縁を染めようとしているが、その前に上半身から滴った水分で既に自分の隣はべちょべちょだ。


 ……制服が防水だから良いですけれど、そうじゃなかったらお隣に座るのは勘弁してほしい感じですわねー。


 まあ座るというかもたれ掛かるというか、という体勢だが。



「ジョゼ、どうして私が噴水の中から驚かそうとしたのがわかったのですか?ちゃんと噴水の中に体を溶かしていましたから、普通なら見抜けないと思うのですけれど……」


「わたくしの目からすれば余裕で噴水の水と違う水分だってのがわかりますわ」



 DNAすらも()えてしまうのがこの目なのだから。



「というかアナタの制服、防水ではあっても別に形状記憶タイプの水溶性ってワケじゃないでしょう?

アナタのボディと同じように水に溶けては再構築が可能なら同化するコトくらい出来たと思いますけれど、噴水の中に青い制服が浮かんでたら普通に違和感に気付きますわ」


「制服の中では一番水に近い色だと思いますのに」


「色がいくら近くても制服は制服ですし、テーマカラーが青ってだけで普通に他の色もありますのよ?」



 まあテーマカラー以外はほぼ白と黒だが。



「むぅ、極東出身の子は結構驚いてくださったのですが……」


「極東系ホラーは水場から出現する系が多いから、まあ、わからなくはありませんわね」



 川とお風呂場は極東ホラーの常連だと思う。



「まったくもって残念です。…………ところで、ジョゼは先程からナニを読んでいるのですか?」


「食用系魔物についての専門書ですわ。一応予習をしておこうと思って。まあ、結構知っている知識も多いので復習も兼ねてる感じになってますけれどね」


「ああ、もうすぐ牧場見学ですものね。美味しい食用系魔物が食べれると良いのですけれど……」


「学園がお世話になってる牧場ですから、食べれると思いますわよ。牧場経営をキチンと出来ているだけで凄いコトですから、相当な努力をされているでしょうし」


「つまり?」


「つまり、そう簡単に自殺させないよう頑張っているだろうから食べ頃の食用系魔物をピンポイントで出してくれる可能性が高いんですの」


「まあ、ソレは楽しみですね!」



 ふふふ、とイアサントは水に顔を濡らしたまま、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 まあ彼女の場合は常に濡れているのでデフォルトだが。


 ……親、スライム系魔物だそうですしね。


 その遺伝で、イアサントの体は水で構築されている。

 もっともスライムのようなムニムニボディでは無く、水っぽいパチャパチャボディ。

 だからこそ乾燥に弱いらしく、彼女はよくこうして水に浸かっている。


 ……授業中も、水入りバケツに足突っ込んだりして乾燥しないように気を付けてますものね。


 乾燥はイコールで水分の蒸発であり、ボディが水で構築されている彼女からすると体積が減るという大惨事になってしまう。

 ダイエットになるなら良いが、全体的な体積が減るので小人みたいになってしまうのだ。

 もっとも子供サイズの小人ならまだ良いのだが、うっかり乾燥した土の上でコケたりした時は本当に悲惨なコトになってしまう。


 ……土が水を吸収するから、本当に命の危機レベルで小さくなったりしますものね。


 サイズに合わせて可変タイプな制服だったから良かったものの、あの時は焦った。

 思わず魔法で出した水をぶっ掛けてしまったし。


 ……幸いにも、魔力がある水を吸収するコトでナンらかの副作用とかが出たりはほぼしませんでしたけれど……。


 万が一を考えると浅慮だった。

 現れた異変としてはイアサントの髪が伸びたくらいで済んだのは幸いだった、と言えるだろう。


 ……というか水を吸収しても体積ごと大きくって感じなのに、魔力多めの水だと髪が伸びるのは何故なのでしょうか。


 まあ髪には魔力が宿ると言うし、髪は女の命とも言う。

 そう考えると過剰な魔力分が髪になったというコトであり得ないコトは無いだろう。



「食用系魔物の牧場……一体どんな感じなのでしょうか」


「本で読む限り、牧場主はめちゃくちゃ大変そうですわよ」


「そうなのですか?」


「言うならこう……ドチャクソメガメガバリバリメガッサヤベェってレベル、みたいな」


「めがっさってどのくらいヤバいのでしょう」


「めちゃくちゃ重量がある感じでヤベェ、ってくらいには」


「ソレはヤバいですね」



 イアサントは真面目な顔で成る程、と頷いた。



「あとはそうですわね……ソッコで食べれる魔物から、加工する必要がある魔物とか……まあ、色々居るっぽいですわ」


「加工する必要がある魔物とは?」


「単純に焼かないと駄目な生肉ってコトですの。ソッコで食べれる系はチーズで出来てるとかパンで出来てるとかそういう系ですわよ」


「ああ、成る程。ヒューマノイドパンのような感じというコトですね」


「そうそう」



 あとはケーキバトラー辺りもソッコで食べれるタイプの食用魔物だ。

 しかし肉系の魔物の場合、加熱処理などが必要なのでトマトみたいにその場でソッコの試食、とはいかないのである。


 ……まあ、食用なので生肉でも美味しく食べれるっちゃ食べれるんですけれどね。


 ただ加工した方が美味しいので、生肉のまま食べるのは生肉が主食だったり、生肉が好物だったりする子くらいだ。

 自分は生肉に耐えれるような頑丈な内臓では無いという自覚があるので、大人しくちゃんと加熱処理された肉を食べようと思う。


 ……もっとも今現在の段階では試食させてもらえるかどうかもほぼ全部不明なんですけれどね。



「……ところでイアサント、いい加減噴水から上がりませんこと?」


「一回水に浸かると、出るのが億劫になるのですよね……」



 お風呂に入るのが面倒だからと毎回「入るぞ!」と気合を入れなくてはいけないならまだわかるが、出るのが億劫とはどういうコトだ。

 ソレは噴水であってベッドでは無いのだが。





 さて、困った。

 気分転換に森へ来たは良いが、まさかイアサントも来ていたとは。

 しかもコケてかなりの水分が周囲の土や植物に吸収された結果手乗りサイズになるレベルで縮んでいるとは。



「ふぅ、お陰様でどうにか幼児サイズまで戻りましたね」


「肝が冷えましたわよ……わたくしが水筒を持ってなかったらどうすんですの」


「持っていたお陰で無事一命を取り留めたのですから良いではありませんか」


「や、今話してんのアナタの命に関するコトですのよ?せめて自分で水持ち歩くくらいの対策を」


「チョコとかのお菓子を持ってたらついつい魔が差して食べちゃいません?」


「イアサント、体が水だからか液体以外は全部吐き出すじゃありませんの。スライムみたいに吸収も出来ないからってスープとかも基本具材無しの汁オンリーですし」


「例えですよ、た、と、え。要するに水筒を持っていてもすぐに飲み干しちゃうんです」


「……まあ、アナタいっつも水場見かける度に給水してますものね」


「ちょっとの油断が命取りになりますからね」


「ちょっとの油断の結果コケてマジで命が無くなりかけただけあって凄い説得力ですわー……」



 というかのんびり会話しているが、別に危機を脱したワケでも無い。

 またコケでもしたら本気で絶命の可能性があるレベルでピンチなので、さっさと水場へダイブさせて回復させなくては。



「じゃあとりあえず水場に行くとして……イアサント、自分で歩けます?」


「体積縮んでるせいで歩幅もかなり縮んでいるんですよね……。この体躯だと木の根っこに足も取られやすいでしょうし」


「ハイハイ、わたくしが担げば良いってコトですわね」


「ありがとうございます♡」



 ニッコリと可愛らしい笑みだが、ソレを見ても溜め息しか出ない。



「でも担ぐのでは無く、おんぶか抱っこでお願い出来ますか?」


「ソコ要求してくんですの……?まあ構いませんけれど。とりあえず抱っこするとして、一番近くの水場は……」



 イアサントを抱き上げつつ周囲を見渡せば、ソコまででも無い距離に水場があるのが()えた。

 しかし、問題も()える。



「…………んー」


「どうされました?」


「近くに水場見つけましたけれど、デカい岩があるので迂回した方が良さそうですわね」


「ぴょーんとひとっ飛び出来ませんか?」


「子供サイズとはいえヒト一人抱き上げさせて大ジャンプまで要求しますの?あとわたくしお姉様みたいに飛べるワケじゃないし、お父様のような翼も無いので普通に飛べませんわ」


「ですが剣術の授業の際は結構な飛距離を出しているコトも」


「アレはバーサクモードになってて肉体の限界超えてる時だから今の通常モードなわたくしには普通に無理な所業なんですのよー!」



 そしてバーサクモードになっている時の自分はコントロールが聞いていないのであまり話題にしないで欲しい。

 寝言についてを言われているに等しい恥ずかしさがある。



「もう、今の水分量的に充分持つんですから大人しく」


「今水の気配がいたしました!」


「大人しくって言った直後にナンで動くんですの!?」



 今ここで自分がイアサントを落としたら、終わるのはイアサントだ。

 イアサントの水ボディが弾けて地面に吸収されて最悪マジで人生終了という可能性があるのだから、自分の命の為にも大人しくしていて欲しかったのだが。



「というか、水の気配って」


「僕のコトかなー?」



 イアサントが反応した方向から、そんな声が聞こえた。

 魔物が居るのは気付いていたが、改めてちゃんとその見た目や種族を確認し、成る程と頷く。



「ウォーターエレファントが居たんですのね」



 ウォーターエレファントとは、ぬいぐるみサイズのゾウの魔物だ。

 その耳でパタパタと飛び、長い鼻から真水を出すという魔物であり、水辺などによく居たりする。


 ……見た目ゾウですけれど、飛び方とかからするとほぼ鳥に近いですわよね。



「ナンかヒトの声がするなーって来てみたんだけど、ナニしてるの?」


「水辺までの移動を……しようと思ってたんですけれど、良かったらアナタの水を分けていただけませんコト?」


「水?うん、そのくらいは別に全然良いよ!じゃあ早速!」


「エ」



 待ったを掛ける間もなく、というか詳しい説明をする間すら無く、ジョウロのようにその鼻から放たれた水が頭上から思いっきり降り注ぐ。

 その水を吸収したイアサントの体が、水分を含んだ乾燥ワカメのようにむくむくと膨らむのがわかった。



「んー!全!回!復!いたしましたー!」


「おおー!ナンかよくわかんないけどおっきくなって元気になったみたいで良かったね!パンパカパーン!」


「ありがとうございます、通りすがりのウォーターエレファント!お陰で命の危機から無事脱するコトが出来ました!」


「エ、命の危機だったの!?ビックリ!でもそっか、役立てたんなら良かったー!」


「あの」



 謎の共鳴を起こして既に仲良くなったらしい二人に、イアサントを抱えていない方の手で濡れた前髪を掻き上げながら言う。



「わたくしは濡らさなくて良いし、イアサントはイアサントで戻ったなら自主的に下りてくれると助かるんですけれど……」



 平均身長へと戻った同級生を片腕で抱き上げながらびしょ濡れとか、どういう状況だ。

 髪の量が多い上にウェーブしているせいで水を多分に含んだ髪を持ち上げつつ、後で絞らないといけないな、と溜め息を吐いた。





 コレはその後の話になるが、すぐに髪を絞って水を抜いて魔法で乾かしたお陰で髪が痛むコトは無かった。

 ではなくウォーターエレファントだが、種族的に人懐っこい魔物だからなのか自分の水に凄く感謝してくれたのが嬉しかったのか、イアサントについて来た。

 イアサントはイアサントで、ノリが結構合ってる上に給水まで出来るなら言うコト無し!と言わんばかりにソレを大歓迎していた。



「ねぇねぇ、イアサント」


「どうかしましたか?ウォーターエレファント」


「水要る?要る?要るよね?要るって思わない?」


「今はまだ大丈夫ですよ。先程も思いっきり給水してもらったばかりですし、というか今思いっきりお茶をいただいていますから」


「えー、別に水分多くても困らないんだから良いじゃーん」


「うふふ、ソレは確かにそうですけれど……そんなにも水分補給をさせたいのですか?」



 初めて植物を育てるコトになって水やりをしたくてしたくて堪らない子みたいだ。



「んー、ナンかね、僕の水でキミが元気になるのを見るとすっごくわくわくするっていうか、ぎゅんぎゅんするっていうか……どういう感情だと思う?コレ」


「興奮でしょうか?」


「わかんないけど、多分ソレかソレに近いナニかだと思う!」



 どういう会話だ。



「で、ソレを僕自身が理解して認識?っていうかこう、掴む?には、反復行動しかない!ってなったんだよ!こないだ体術の先生も何度も生徒転がして受け身の取り方を覚えろって言ってたし!」


「確かにヨゼフ先生はそう言っていましたけれど……」


「ってコトで、ホラホラお水欲しくなーいー?」


「残念ながら、っと」


「ワッ」



 イアサントは嵌めていた防水手袋を取って、濡れている素手でウォーターエレファントを掴んで膝の上に抱き上げた。

 そして先程まで飛ぶ為にパタパタさせていたその耳を揉むようにしながら、イアサントは微笑む。



「コレ以上の水分を含んでしまうと、いつも以上の湿気を放つコトになってしまいますから。乾燥するのは良くないコトですけれど、過度な湿気もよくありません」



 談話室に居る生徒達の中で、湿気が多い国の子や梅雨という季節がある極東人が頷いた。



「迷惑を掛けたくありませんし、今は充分に水気があるから大丈夫なのですよ」


「ちぇー……って、アハハ!ソコくすぐったいよイアサント!」


「うふふふふ」



 イアサントは、とても楽しげに笑いながらウォーターエレファントをくすぐり始めた。


 ……イアサント、見た目大人しいのに驚かしたりするのが好きだったりしますものね。


 子供っぽいウォーターエレファントに、おしとやかそうに見えて結構子供っぽいトコロがあるイアサント。

 そして水を必要とするイアサントに水を出すコトが出来るウォーターエレファントと考えると、かなり相性が良さそうで良いコトだ。

 もっともお互い子供っぽい部分があるので、安心出来るかと言われると微妙なのだけが難点だが。




イアサント

遺伝により体が水で構築されている為、水分が蒸発したり無くなったりすると物理的に減って縮むがあまり気にしてない。

ウォーターエレファントがパートナーになってからは長距離移動が可能になったので、お出かけが楽しい。


ウォーターエレファント

空飛ぶ耳とか水出したりとか象らしくないがとても象っぽくもある魔物。

幾らでも水を出せる為、現在はイアサントの生命線として大活躍している。


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