桃少女とヘルゲート
彼女の話をしよう。
極東からの留学生で、遺伝で生態が桃に近く、そのせいで命を狙われがちな。
これは、そんな彼女の物語。
・
ふわりと桃の香りがした方に視線を向ければ、タオファがフルーツの盛り合わせを食べていた。
「タオファ、おやつですの?」
「あ、ジョゼ。うん、そうだよ」
タオファは真っ赤な紅色の髪を揺らし、にへらと笑う。
「結構量あるし、良かったらジョゼも食べる?」
「あら、良いんですの?」
「もっちろん!」
「ではご相伴にあずかりますわ」
タオファの向かいに座り、テーブルに置かれているフォークを取ってフルーツを摘まむ。
「ん、美味しいですわね」
「だよね」
ニコニコと笑いながら頷き、タオファは桃を頬張った。
「ん~~!はあ、本当にこの学園に入学出来て良かった!」
「食事美味しいですものね」
「ソレもある」
タオファはうんうんと頷く。
「でもソレよりも、ここに居れば命の保証されるから、っていうのもあるかな」
「命の保証?」
「話してなかったっけ?私ね、故郷じゃ命狙われてたの」
「ワオ」
初耳なのだが、どういう突然のカミングアウトだ。
しかもカミングアウトするにしたって命狙われてるとか相当な内容では。
「エ、どういうナニがあれば命を狙われるんですの?ヤベェモンでも盗りましたの?」
「盗んでない盗んでない。私をどういうプロだと思ってるワケ?」
「いえ、だって命を狙われるって……あとはもう、実家がとんでもないレベルで位が高いとか、体の一部が宝石だとかくらいしか」
実際に命を狙われた友人の事情を思い出すと、そういうのしか思いつかない。
しかしタオファは別に体の一部、例えば髪とか腕とかが宝石だったりはしないようだが。
……視えるからこそ、別にそうも狙われるようには見えませんけれど。
「んー、まあ、実家というか、親とか……あと体を狙われてるっていうのも正解ではあるかな」
「体って人肉的な?それともまさか、無理矢理性的な意味で狙われるとか……」
「いや流石にそうだったらもっと大変そうに話すというか、そもそも実際に被害が出て無かったとしてもトラウマになって絶対に語るコトは出来ないと思う!」
「ア、確かに」
「あと命狙われてたっていうのは人肉的な意味で狙われてたから、ってコトね」
「あー」
成る程、と頷く。
ソレなら体を狙われる、イコールで命を狙われているというのも納得だ。
「でもどうしてそうも狙われるんですの?周辺に住んでる方が人肉を主食としてる方だとか?」
「うーん、私の場合は極東の中でもワリとそういう文化があるトコだから……」
ナニそれ怖い。
「あ、いや、人肉が主食ってワケじゃないよ!?ただ、食品として人肉もカウントしてるっていうか……」
「?ソレは普通のコトじゃありませんの?」
「えーと……人肉を主食としていないハズの生粋の人間とかが人肉も食品として認識していて、よっぽどの非常時以外でも別に普通に食べれる、みたいな」
「あー、あー、あー……」
そういう感じか。
まあ人肉を食べる民族はその辺に結構居たりするし、人間を養殖して味を調整して食う、というのは結構ある話だ。
……もっとも、そういう系の話って相当昔のモノで、現代の文化的にはほぼ無くなったハズなんですけれど……。
「んー、というコトはタオファくらいの年齢の女の子が人肉カウントされる、と?」
「じゃなくて、私って桃の植物系魔物との混血なワケで」
「ですわね」
「その結果生態がかなり桃で、水と日光と果物とジュースが主食でしょ?」
「ハイ」
「香りも桃だし、体液も桃の果汁で」
「体術の授業の時とかに汗掻いてると大分甘い香りだしベタついてるしでよくハンカチ貸しましたわね」
「……で、故郷で桃の扱いは魔除けでもあり邪気払いでもあり、そして不老長寿の妙薬材料って感じで」
「アッ」
「しかも体臭が桃で体液も桃の果汁のように甘い、桃娘っていう伝説上の存在が居てね……?」
「アッ、アッ」
「その肉や体液を食ったり飲んだりするコトで、不老長寿になるという伝説が故郷にはある」
「あっちゃぁ~……」
もう頭を抱えるしかない。
生態がその伝説上の存在と被っている上に、人肉を食うコトにソコまで躊躇わないらしい文化。
そしていつの世も不老長寿を求めるヒトは居るモノで、要するに完全アウトだ。
……この学園の生徒だと不老長寿はソコまで憧れるモノではないとわかりますし、実際の不老長寿勢が凄くイヤだった経験とかをよく語るのでそういう欲があっても皆無になるモノですが……。
しかしソレを知らないヒトからすると、不老長寿は憧れかつ希望の星みたいなモノなのだろう。
学園の不老長寿勢によるイヤだったコトをランキング形式で聞いたりした時など、「不老長寿薬の材料になるかも☆既に不老長寿ならもう人間じゃないだろうから非人道的な行為をしても問題無いよね☆よっしとりあえず肉と血液提供しよっか☆」という感じで狙われた、とかが必ず上がっていたし。
……いやホント、材料扱いはヤベェですわよね。
混血がほぼ居なかった時代だからだろうが、ソレにしたって同じ人間を人外扱いして材料にしようというのは自分達以上に脳みそ狂ってんじゃなかろうか。
ちなみにヘンモ警備員は万が一があったらベイビィユニバースの悪影響になるからと必死で逃げたし、既に混血云々が出始めていたので、狙われたコトはあっても被害には遭っていないらしい。
……まあ、アダーモ学園長とかモイセス歴史教師は被害に遭ったコトがあるそうですけれどね。
アダーモ学園長に関してはパートナーが助けてくれるコトが殆どだったし大体は捕まってもソッコで逃げるコトが多かったそうだが、モイセス歴史教師はかなり被害に遭ったらしい。
よく授業でこの国はこれこれこういうコトをしてきた、とか実際の経験から補足してくるのでリアルに怖い。
……そう考えると、ゲープハルトはそういうの完全に避けてるから凄いですわよね。
もっともあの伝説の魔法使いの場合、ヒトに心をまったく許してないからこそ敵意を感じたり自分に害があると判断した瞬間に普段と同じテンションで敵を消し去っているからだろうが。
ゲープハルト本人に伝記の翻訳を頼まれた結果そんな実録を知ってしまった時は本当に困ったものだ。
まあゲープハルトの伝記はゲープハルトの知り合いが書いたモノだし、ゲープハルト本人は誰にナニ言われてようと気にしない性質だからまあ良いか、となったが。
「……ええと、纏めるとつまり、不老長寿の材料として命と肉と体液を狙われていた、と……?」
「その通り。ひっどいと思わない!?」
「思いますわ」
ソレは流石にドン引きだ。
「まあ幸いにも親が……あ、魔物の方ね?が、桃の魔物なワケじゃない」
「ですわね」
「で、桃は邪気払いとかの効果があるってさっき言ったでしょ?
親もそういうタイプだったから、悪意があったりそういう……私を材料にしよう!とか思ってるヤツは、大概私に近付く前に謎の事故とかが発生してて、お陰で私は無事だったんだけど」
「ああ、ソレは良かった……いや、不幸中の幸いだと考えると不幸が起きてるのは良くありませんわね」
この場合の不幸は愚か者が怪我をした部分では無く、タオファが愚か者に狙われた、という部分である。
悪である愚か者に対する同情は無い。
「そう、狙われてるのには変わりないの。実害が無いってだけで視線は感じるしで凄くイヤでね?
ソレで、他国だし桃娘の伝説はあまり普及していないだろうし、なにより混血への理解が深いこの学園に行くコトが出来れば!ってなったんだ」
「この学園なら寮制ですし、長期休暇での帰還は任意、セキュリティも高いし……学費も良心的で、しかも九年間は安全が保障されるも同然となると、そりゃそうですわね」
「でしょでしょ!?ありがたいコトに混血だから入学しないかってスカウトもあって、もう親も全力で行きなさい!って!」
「帰ってこいとも言えなさそうですわね、その状況かつ環境だと」
「うん。両親共に「身の守り方を覚える、または頼りになるパートナーを得て大丈夫だと思ったら帰ってきなさい。大丈夫だと思えないならこちらから会いに行くから、無理に戻ろうとしないように」って」
「良いご両親ですわね」
「うん!」
会いたい時は向こうがこちらに来る、というのも素晴らしいコトだ。
生徒が実家に帰るならともかく、親がこちらへ来るなら自費となるので結構なお値段だろうに。
しかしそうしてでも故郷に娘を食い物にされたくないのだろうと考えると、そうするしかないのだろうなとも思う。
……故郷だと危険でも、こちらの国ならただの混血として認識されますものね。
それなら命や体を狙われる心配の無い他国に避難させておくのが賢明だろう。
「そんなワケで、私はこの学園に入学出来て本当に良かった!ってね」
「成る程。アダーモ学園長が混血だったりする子を優先的にスカウトしてたから良かったですわ」
まあアダーモ学園長の場合、混血の子がそういう材料的な理由で狙われるコトをわかっているからこそ、優先的にスカウトしているのだろうが。
なにせ様々な歴史を生きて見てきたヒトなので、実際に起きた痛ましい事件などをリアルタイムで知っている。
だからこそ迫害やらナンやらが無いように早めにスカウトし、自分や彼ら彼女らが生活しやすく、そして卒業後に苦労しないよう生活出来るようにしてくれているのだろう。
……歴史の授業で闇の部分を語るコトが多いのも、ソレを知っておくコトでそうならないように、というコトなのでしょうね。
生徒達の安全やこれからを考えてくれているのがよくわかる。
本当、ありがたいコトだ。
・
自室で本を読んでいると、扉がノックされた。
今年のルームメイトがルームメイトなので今までに比べて自室への来客数が減っていた為、珍しいなと思いつつ扉の方を見る。
扉の向こう側を視れば、ソコにはタオファが立っていた。
「タオファ?どうしたんですの?」
「ジョゼ、えっと……ルームメイトの」
「彼女なら今は留守ですけれど」
そう伝えると、タオファは安堵したように息を吐いた。
「実はちょっとよくわからなくて困ってて、ジョゼに聞きたいなっていうか相談したいコトがあって……今、大丈夫?」
「ええ、構いませんわ」
既に読んだコトのある本を読み返していただけなので問題は無い。
そう頷いてどうぞと促せば、タオファはゆっくりと扉を開け、部屋の中に自分のルームメイトが本当に居ないかを確認してから安心したように入ってきた。
……そ、そうも警戒しなくて良いと思いますけれど……。
まあ緊張するのは仕方がない相手なので仕方がないか、とは思うが。
「ソレで、相談って?」
「実は、森でふらふらしてたらこの魔物を拾ったんだけど……」
そう言ってタオファが見せるのは、手の平の上に乗せられた小さい置物、のような魔物だった。
手の平サイズだが凄まじく凝った意匠のソレは、あの世関係の色々を読んだ時にちょいちょい見るアレそのままな見た目をしている。
ソレは、地獄の門をそのまま小さくしたような魔物だった。
……このレベルの細工をされたモノが魔物化したというよりは、元々魔物としてこういうカタチだった、って感じがしますわね……。
というかリーパーの時のような感じがする。
天使と同じように神の下の立場であり、あの世の存在であり、仕事をしに来たっぽい感じがする。
……コレ、同属だからこそみたいなセンサーなのでしょうか。
「……ふむ、天使か?」
思った以上に低い声で、小さい門の魔物はそう言った。
「あ、いえ、わたくしは天使の娘、ですわ。混血ですの」
「そうか」
「ところで、アナタは?」
「我か?」
タオファの手の上で、あの世を連想するような気配を纏いながら門の魔物は言う。
「我はヘルゲート。現在は本体では無く、こちらに来る為のミニサイズボディを使用している」
「え、ソレ本体じゃないの?」
「うむ。本体とは別の……操り人形や指人形、パペットなどに近いと言えばわかるか?」
「成る程」
タオファと共に納得して頷く。
「我の場合、本体があの世……というかあの世の中にある地獄の入り口として存在している為、移動が出来ぬのだ。あと大き過ぎるのでな」
移動は今のボディでも出来なさそうだが。
「しかしここのトコロ、悪であり既に死んでいるというのに、この世に留まっているゴーストの数が増えている」
「悪じゃないゴーストなら結構同級生のパートナーになってるけど」
「生者のパートナーになっているのであれば、別に構わぬ。その生者の死後にちゃんとあの世に来るのであれば問題は無い。もっとも我の担当は地獄落ち確定な悪だがな」
ふむ、仲良くなれそうな気がしてきた。
主に悪への容赦の無さ的な部分で。
「えーと……ソレで、ヘルゲートはつまり、基本的には地獄の入り口で待機してる魔物ってコトですわよね?」
「極東風に言うなら獄卒の一種に近いが、まあそうだ」
「そんなヘルゲートが小さいボディを使用してまでこの世に来た理由は、端的に言うと?」
「端的に言うと、死亡済みである悪がゴーストになったりしてこの世に留まっているようならば、見つけ次第この我が門を開け、地獄へ直通させるというコトだ」
「あらまあ」
「片道地獄逝きかー」
「まあ正確には地獄では無く、地獄の入り口である我の本体の元へ放り込むだけだがな。
その後地獄で適切な裁判があり、有罪か無罪か、有罪であればどの地獄に叩き込まれるか、が決まってからの地獄シュートとなる」
「地獄シュート」
「そんなシュート決められたら肉抉れそうですわね」
「まあそのシュートを決められた時点で地獄で肉やら心やらを抉られるのは確定だから間違ってはおらんな」
やはり悪は良くないコトなのだろう。
こういう話を聞くと、本当悪いコトはしちゃいかんなという気分になる。
……アレですわよね、一時の欲望に身を任せたらその後全ての人生が狂う、みたいな。
生きている間に逃げ切れたとしても、死後には地獄が待っているのだ。
逃げられない責め苦が、既に死んでいるから死によって逃げるコトも出来ない地獄が待っている。
……やー、ホント、悪いコトはするもんじゃありませんわねー。
「だが今の時点では性質があの世に近く、この世に干渉しにくい。故に我はパートナーを必要としている」
「ああ、存在を安定させるだか干渉出来るようにするとか……でしたっけ」
「その通りだ」
リーパーの時もそんな感じだった気がする。
「そして、とりあえず我の望むような相手が居そうなこの学園の森へこのボディを落とした」
「望むような相手?」
「パートナーがまだ居らず、あの世に対する理解があり、悪であるゴーストが放つような瘴気や邪気に対抗するコトが出来るような体質であるコトだ。一番見つけやすそうなのがここだった」
わかる。
「…………というコトは、タオファがそのパートナー候補だと?」
「エッ私!?」
「うむ、その通り」
「エッ!?」
タオファは凄まじく驚いているようだが、ヘルゲートを拾っている時点でそのフラグがバリバリ立っている。
「故に彼女に声を掛けたのだ」
「た、確かに声を掛けられて、難しい内容だったからとりあえず拾ってここに来たワケだけど……えー……?」
「でもまあ、納得ですわ」
「どの辺りが!?私そういうのまったくわかってないんだけど、具体的にはどの辺りが納得だったの!?」
……イヤって感じじゃなさそうですけれど、理由がわからなくて困惑してる、って感じっぽいですわねー。
「んーと、まずタオファは桃系の混血ですわよね」
「うん」
「で、邪気払い系だから悪に操られたりとか、悪の影響を受けたりとかが無い」
「あの世でも桃というのは聖なるモノだからな。悪を退けたりするコトが出来たり、悪から身を守ったりというのは桃の特性だ」
桃太郎が鬼退治出来たのも、そういうコトなのだろうか。
アレ実際は桃から生まれたのでは無く、桃を食べて若返ったお爺さんお婆さん夫婦が性行為をした結果誕生した子供だそうだが。
「悪である死人からすれば、ヘルゲートは地獄への直通便ですわ。
そんなのに引きずり込まれそうになったら当然のように抵抗しますわよね?」
「うん、すると思う」
「ですがタオファなら、親からの遺伝である邪気払い効果でほぼ影響が皆無だと考えられますの。
ソレが無かったら多分謎の不幸により悲しいコトになる可能性がありますわ」
「ソレ遠回しに言ってるけど死んでない!?」
特に遠回しに言ったつもりはない。
「死ぬ可能性があるんですのよ。相手は既に死んでるし、悪人であるならその辺気にしない可能性が高いし。
あと邪気とか瘴気というのはヒトの正気を狂わせて自殺に追い込む可能性がありますわね」
「この学園の生徒、大体狂人だけど」
「あー、そっちの狂うじゃありませんわ。
えっと、自分は死ななくてはという強迫観念系の方向性で頭がイカれる、と言うとわかります?」
「あー、成る程、そっちね」
「そうそう」
「どういう会話だ」
いや、狂人に囲まれていると頭狂うの意味が重複するので必要な会話なのだ。
「そしてまあ、タオファ曰く、桃娘というのは不老長寿の材料になるという伝説があるんですのよね?」
「うん」
「愚かな死人であれば、その血肉があれば生き返れるかもしれない、と思うかもしれませんわ。
まあ要するに安全でありながらも囮を兼ねるコトも可能かも、という」
「エ、でも不老長寿と蘇生は違くない?
不老長寿は要するに保存食品みたいな感じで、蘇生は腐った腐肉を食べれる肉に巻き戻す、みたいなコトじゃ」
「ソレがわからない低能だから悪という愚か極まりないモノに成り下がるんですのよ」
「ワー、ジョゼ結構言うー……」
はて、オブラートは確かに在庫切れを起こしているが、そうもスパイス強めに効かせただろうか。
「……うむ、ソコの天使の混血があらかた話したが、要するにそういうコトだ。
囮に関しては実に申し訳ないが、よっぽどの悪人であれば生きたまま地獄に引きずり落とすコトも可能なので安心して欲しい」
「あ、いや、その辺は別に安全っぽいから良いんだけど……日常的に狙われてるのは事実だから今更だし」
「エ、タオファってこっちでも狙われてるんですの?」
「故郷の馬鹿……ん、んっんん、ジョゼ達の毒が伝染ったかな……」
毒て。
「えーと、故郷のその……私を材料的な目で見てたば、んん、げど、んー……まあ、そういうヒト達?がね、私をとっ捕まえたら賞金出すよーっていうのを裏に依頼してるみたいで」
「ウッワ」
「大体は私が認識する前に自滅してるから正直知らなかったんだけど、一応自衛の為にもって兵士にソレを知らされたんだ」
「つまり王都であっても日常的に狙われてるは狙われてる、と……」
「でも周辺のヒト全員が狙ってくるよりもずっとマシだよ?こっちだと私を狙ってる悪党以外は味方してくれるワケだし」
「そりゃヒトの命より金優先するような外道よりも、桃の香りがする乙女の方の味方しますわよ」
「後半嬉しいけど前半の毒凄いね」
……正直今のは大分薄めたつもりだったんですけれど……。
「……ふむ、結局のところ、どうだ?お主は我のパートナーになってくれるのだろうか」
「私としては全然構わないんだけど……地獄の門がパートナーってなると大分身の安全保障されそうだし」
確かに。
狙っている相手のパートナーが地獄の門となると、愚か者は自分の命を優先して尻尾巻いて逃げるだろう。
愚か者の生態的に、他人の命はどうでも良くても自分の命はなにより大事にする特徴があるようだし。
「でも私はこう……ナニかした方が良い、とかあるの?」
「特に無いな」
「無いんだ」
「あくまで我がこちらに干渉する為のキーとして必要であり、そうだな、後はこう……身の安全の為、かつ悪のゴースト探しの為に我を連れて適当にその辺を歩いてくれれば良い」
「ああ、成る程、囮でもあるもんね」
「ソレもあるが、我が相手を認識せんと引きずり込めんのだ。あとお主を狙う悪の面を拝んでソレを記憶し、あの世の裁判で不利にしてやろうかと」
「そういう有利不利ってあるんだ」
「基本的に悪行は隠せんので地獄落ちは変わらんのだが、裁判なのでな。恨みを買っている数……要するにその悪に対する悪行の証言が多い程罪が重くなる」
「でもソレだと無駄に罪を重くしようって思うヒト出ない?
ホラ、自分の言葉を不特定多数の言葉であるかのように大げさに言うヒトとか、ほぼ無関係なのに困っているヒトは立ち上がれないだろうから私が代わりに声をあげよう、みたいな」
「あまりに目に余るようならそういう輩も地獄に落ちているが、まあそういうのはすぐにわかるから問題無い。言葉の重みが違うからな。ソレの度が過ぎるようならそやつも地獄に落ちかねんだけだ」
「あ、ああ、地獄にギリ落ちなかったようでも、死後の身の振り方次第で地獄落ちの可能性もあると……」
「度が過ぎれば、な」
確かにそういうタイプのヒトは他人の言葉を代弁しているという体なので、自分は安全圏に居ながら無関係のヒトにそう言ったという事実を擦り付けるようなモノ。
つまりは虚言であり罪の擦り付けなので、妥当だろうなとも思う。
ところであの世についての話をするのは興味深い内容もあるので構わないのだが、そろそろルームメイトが戻ってくる頃だというのをどう伝えようか。
・
コレはその後の話になるが、タオファのパートナーになったヘルゲートはちょいちょい悪のゴーストを地獄の入り口である本体へシュートしているらしい。
シュートする度に門が開いてその中へ悪のゴーストが吸い込まれるので、毎回タオファが報告しに来るのだ。
別に報告する意味も義務も無いので、報告してくれなくても良いのだが。
……悪のゴーストが地獄にシュートされたからといって、そんな終わったコトについてどういう感想をすれば良いのかわかりませんし。
まあ本人は興奮気味の時が多いから、舞台を見に行く度に興奮して感想を語る、みたいなモノだろうが。
「良いか?獄卒というのは死後を担当するモノであり、悪ではない。生き物はソレを恐れ怯えるコトも多いが、悪行をなしてさえいなければ我らも敵対はせん」
「ああ、ジョゼみたいな……」
「その通り。ジョゼフィーヌのように、悪行をなしてさえいなければ我らも良い関係を築ける、というコトだ。あの世への行き方がわからなくて彷徨っているようなら迎えに行ったり、とかな」
「成る程」
「まあそういうコトで……万物には終わりがあり、獄卒は終わった後を担当する。そして我の場合、後片付け担当というコトだな。
立つ鳥跡を濁さずという言葉があるが、ソレとは真逆の動きをする悪を適切な場所へとシュートするのが我の仕事だ」
「つまり、あの世の兵士的な?」
「獄卒はあの世の兵士に近いから、そうなるな」
確かに公務員的な立ち位置ではある。
「でも前にも思ったんだけど、死後の……えっと、裁判?アレでこう、冤罪で死んだヒトとかはどうなるの?冤罪でも罪を償わされたりする?」
「ソレはせん。嘘と本当がわかるというか、全て見通すコトも出来るからな。人生全てが書かれた書などもあるので、濡れ衣による冤罪かどうかはすぐにわかる」
「おおー」
「そもそもこの世とあの世では罪となる部分が微妙に違うのでな。
この世ではヒトの作った法律的に動く必要があるが、あの世では神の定めた原始的なルールの部分だ。要するに「絶対にやってはいけないコト」と言うべきか」
「うーん……?」
「ヒトは軽く見積もっていても、あの世では重い罪であるコトがある、というコトだ。まあ地獄も鬼では……いや鬼が居る場所ではあるのだが、しかし情状酌量の余地も当然ある」
「具体的には?」
「善行だな。悪行と善行の……この場合は比重で判断するコトが多い。例えばヒト一人を欲望の為に殺したという一つの罪があるとして、ソレが十回のゴミ拾いで免除されるかというとそうではない、というようなモノだ」
「確かに、ソレは対等じゃないから……悪行よりも善行の度合いが上回っていれば、っていう?」
「その通り。もっとも思っているコトも採点基準になるから、打算やらコレをしとけば良いんだろうというような舐め腐った態度での善行ならマイナス点になるがな」
「ううん……殺人でも、殺した側の事情によって罪の重さが変わる、みたいなモノ?やむを得ない事情のヒトとか、単純に遊び感覚でヒトの命を軽んじてるヒトとか」
「ああ。例えばナンの罪も無い親が殺されたその復讐だというならば、ソコで復讐に走った以上無罪にはならんが、多少の情状酌量はある。あと本人の生きた時代によっての価値観次第だったりもするな」
「成る程ー」
ヘルゲートに問題が無い程度に細工を施し、彼をブローチとして胸元に着けているタオファはソファにもたれ掛かった。
「ナンというか、あの世も色々大変なんだね」
「その通り。しかしあの世についての色々を聞きたいとは、あの世に興味があるのか?」
「あるというか、いずれ行く先だしというか……あと、そういうのの知識があった方が、ヘルゲートといざこざ起こしたりしなくて済むかなって」
「ああ、文化の違いはすれ違いによる誤解、からの嫌悪を抱きかねんトコロがあるか。ふむ、積極的にその辺りを気にしてくれるというのはありがたい」
「だって、ヘルゲートもよくこっちの文化について聞いてくるから」
「ソレは地獄での刑罰に採用出来そうなモノはあるかというのだったりもするのだが、しかしその結果歩み寄ろうとしてくれたなら嬉しいコトだ」
ヘルゲートは嬉しそうな声色で言う。
「そういう優しい心があるタオファが我のパートナーで、良かったと思うぞ」
「い、いきなりのデレは心臓に悪いんだけど!?」
そう言うタオファの顔は髪の色と同化してるんじゃと思う程に真っ赤だった。
……微笑ましいですわね。
しかしタオファもヘルゲートも、ここが談話室であるコトを忘れているのだろうか。
殆どの生徒が気にしていないとはいえ、談話室の一角で地獄やらあの世やらの話をし、その上で甘い空気を漂わせるとは。
興味深い話だと思って聞き耳を立てていたせいで、ヘルゲートの言葉の甘さに無関係のこちらが砂糖を吐きそうだ。
いや、聞き耳を立てていたこちらの自業自得ではあるのだが。
タオファ
名前は漢字で書くと桃花。
遺伝で体の大半が桃な為、伝説の桃娘なのではと肉を狙われていたので留学した。
ヘルゲート
ミニサイズなマジモンの地獄の門。
あの世の入り口までの直行ゲートな為、悪ゴーストが抗った際にパートナーに害が及ぶ可能性があるのを心配していたが、幸運度カンストしてるタオファを見つけて彼女だ!となった。