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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
五年生
140/300

船酔い少女とベッドシェル



 彼女の話をしよう。

 遺伝で風向きを操るコトが出来て、海が好きで、しかし船酔いが酷い。

 これは、そんな彼女の物語。





 五年生になってすっかり背が伸び、一年の頃を思い出すとこの臨海学習での光景も目線が随分と変化したなと思う。

 臨海学習でお世話になるこの海は学園の所有している海らしく、だからこそ毎年来るコトが出来る。


 ……毎年、ですものね。


 こうして一年の頃に海を眺めた場所から見ると、色々と変化しているモノだ。

 自分の身長もそうだが、海で遊んでいる同級生達も変化が多い。

 随分と身長が伸びた生徒や、健康的になった生徒、海に大分慣れた生徒に、そんな生徒達と一緒に遊んでいたりするパートナーの魔物。


 ……はー、何故わたくしは独り身なのでしょう。


 切実に出会いが欲しい。

 何故自分は友人達のパートナー成立を見届けまくっているんだ。

 独身でありながら他のヒトの結婚事情を気にしてお見合いをオススメしまくるヒトじゃあるまいに。


 ……アレですわね、わたくしの場合は独り身でも生きていけそうなトコが駄目なのかもしれませんわ。


 戦闘系天使としての遺伝が強いのが駄目なのだろうか。

 別に悪でさえ無ければ急所狙いで攻撃したりなどしないのだが。



「……ん?」



 そんなコトを思いながら海を眺めていると、ミハエラが海から上がってフラフラとこちらに来た。



「ミハエラ、どうかし……顔真っ青ですわねアナタ」


「ジョゼ……ウッ」



 ミハエラは真っ青な顔で口元を押さえた。



「……吐きそう」



 その言葉にさっきまでミハエラが居た位置を見れば、ロープで桟橋に繋がれているボートがぷかぷかと浮いていた。



「あー……いつものヤツですわね?」


「お願いします」


「ハァイ」



 ミハエラは船酔いをする体質だ。

 しかし彼女は将来海に出て、海路であちこちを旅したいという夢がある。


 ……遺伝で風向きを操れるから、船での移動には凄く向いてるっちゃ向いてるんですけれど、ね。


 だがどうしようもなく船酔いする。

 三半規管を強化する魔法を使用したり船酔いを防ぐ魔法を使用したりもしているハズなのだが、船の上に居るという事実だけで脳が酔いを認識してしまうのか、毎回こうなってしまうのだ。


 ……またミハエラはミハエラで克服しようとしてるから、毎年毎年グロッキーに……。


 そんなミハエラを回収して寝かせたり、吐いてるミハエラの背中を擦ったり、吐きそうなミハエラに酔い止め魔法を使用したりというのは自分の役目だ。

 正直言ってそんな役目に就任した覚えは毛頭無いのだが、何故かそういう位置になっていた。


 ……いやホント、何故なんですの?



「……ぐるりと狂う腹の中、ピタリ治まり落ち着きなさいな」



 そう呪文を唱えれば、真っ青だったミハエラの顔がほんの少し落ち着いた。

 顔色にはまだ青白さがあるが、先程よりは余裕のある表情だ。



「どうですの?」


「……うん、大分回復しました!ありがとうございます、ジョゼ!……ウッ」


「ああもう、まだ酔い止めの魔法を使用したばっかりなのに大声出すからですわよ」



 いつものコトなので、とりあえずミハエラの背中を撫でておく。

 少しの間そうしていれば、ミハエラは大分落ち着いたらしい。



「よし、全快!」


「ソレはなにより」


「じゃあもう一回ボートチャレンジしてきますね!じゃ!」


「こらこらこら」



 じゃ!と言ってそのまま海に戻りそうだったミハエラの首根っこを掴んで一旦持ち上げ、隣に下ろす。

 ミハエラの身長が自分より低いからこそ出来る芸当だ。


 ……我ながら、自分より背が低い女の子とはいえ、同級生を片腕で持ち上げれるとかどうかしてますわねー……。


 父は戦闘系天使であり、要するに戦闘系の遺伝があるからそういうコトも出来るのだろうが、ソレにしたってどうよと思う腕力だ。

 コレでも普通に腕は細いのだが。


 ……や、まあ、細くてもいまいち柔らかさが無いんですけど、ね……。



「ミハエラ、アナタはソッコでやり過ぎなんですのよ。もう少し時間が経ってからチャレンジしなさいな。酔いがソッコでぶり返しますわよ」


「でも今年こそ船酔いを克服したいんです!」


「アナタの場合、多分船酔いじゃなくて船に乗るコトで脳が酔いを誤認した結果の酔いだと思いますけれど」


「だからこそ何度も乗って脳みそを慣れさせるんです!」



 どっちかというと慣れの結果脳が反射的な感じに覚えてしまったのか年々ダウンするまでが早くなっている気がするのだが、コレは流石に言わないでおこう。



「……ア」


「?」



 そう思っていると、頭上を飛んでいた鳥の魔物がそのクチバシに咥えていたモノを落とすのが()えた。

 しかもこのままだとミハエラの脳天に直撃する。

 ソコまで重そうでは無いので当たっても問題は無いだろうが、硬そうなのでダメージはそれなりに受けそうなのが良くない。


 ……ソコを移動した方が良いですわよって言ったら、意味を認識するのに時間が掛かりそうですし。


 というかこの思考時間で大分距離が近付いてしまっている。



「ええと……衝撃よ、触れる前に散らばりなさいな」


「ナニがです、かっ!?」



 結構高い位置から落とされたソレが脳天に直撃したミハエラは一瞬動きを止めたが、しかしすぐに当たった位置を押さえながら周囲を見渡した。



「な、ナンですか今の?ジョゼの魔法のお陰か防具でも身に着けてるかのような感じの他人事みたいな衝撃レベルでしたけど、アレ私に直撃してましたよね!?」


「してましたわね」



 ……あ、というかさっきみたいに普通に首根っこ掴むなりして動かせば良かったのでは。


 今更ソコに気付いてしまった。

 その程度にも気付けなかったとは、頭のネジが幾つか緩んでいたらしい。


 ……まあ、イージーレベルな狂人である以上、元々無いネジが幾つかある気はしますけれど、ね。



「本当にさっきのは一体ナニ……アッ」



 地面に落ちているソレを拾い上げ、ミハエラは怪訝そうに眉を顰めた。



「……コレ、でしょうか」


「ですわね」


「貝?」



 そう、ソレは貝だった。

 ヒトが一番にイメージするような、びらびらがしっかりした貝。

 もっともサイズは手の平サイズだったが。



「ってコトは魔物……あ、でも既に中身が食べられてたら貝殻ですよね」


「キミはいきなり怖いコトを言うね」


「キャッ!?」


「危なっ!?」



 いきなり喋った貝の魔物に驚き、ミハエラは思わずといった様子で貝を手から落とした。

 その動きが()えていたので、再び砂の上に落ちる前に慌ててキャッチする。



「ミハエラ、驚いたのはわかりますけれどいきなりポイ捨てはいけませんわ」


「ご、ごめんなさい。つい驚いて……」


「ソレは構わないが、僕をゴミと同列に扱うのは勘弁して欲しいかな」


「すみません」



 確かにポイ捨て扱いは良くなかった。



「ところで、アナタは?貝の魔物、ですよね?」


「ああ、その通り。僕はベッドシェルという貝の魔物だよ」


「ベッドシェル?って、確か授業で……」



 うーん、と唸ってから、ミハエラは思い出したように手を打った。



「食用じゃない魔物!だから中身を食べられずに咥えられて空を泳ぐコトになったんですね!」


「ミハエラ、ソレ聞く側によっては大分アレですわよ……」



 食えんから空中というフィールド外に出された上に身動き取れん場所から落っことされた、という意味になるだろうソレ。



「……うん、まあ、悪意無いみたいだからいっか」


「アナタが良いなら良いんですけれど……」



 ドコかぽへぇっとした雰囲気のベッドシェルと、天然真面目真っ直ぐ系のミハエラ。

 コレは常識枠でもある自分がやたらとツッコミを入れなくてはいけない感じのアレではなかろうか。


 ……いえまあ、わたくし常識寄りな狂人ですけれどね。


 ちなみにベッドシェルという魔物は、中身がふわふわのベッドになっている魔物である。

 要するに中で寝れるのだ。

 もっとも今現在のベッドシェルは手の平サイズなのだが、しかし生態的に水を吸収して大きくなるコトが出来るので人間も利用が可能である。



「ええと、ところでベッドシェルはどうして空から?というか、どうして鳥に咥えられてたんですの?」


「うーん、僕のコトを知っているなら知っていると思うけど、僕は水を吸ったら膨らんで、乾くと縮む生態なんだ。今は乾いてて縮んでる」


「ハイ!」



 ミハエラが元気に手を挙げた。



「先生が授業で教えてくれたので知ってます!」


「わたくしも存じてますわ」


「なら良かった。で、まあそういうワケで……うん、ホラ、僕って見ての通りに自分での移動が出来なくて」


「ですね」


「波は思う通りに動いてくれないモノで」


「私は風向きを操作出来るから波も多少は思い通りに出来ますが……基本的にはそうですね」


「その結果海からザッパーンとね、なったんだよね」


「あ、ああー……」



 成る程、水揚げ状態になってしまった、と。

 自力で動けないタイプでありながらも波によって陸に打ち上げられては、もう乾くしか無くなってしまう。

 辛うじて大雨が降れば大きくなれるし、場合によってはその重さと雨によって海側に戻れる可能性もあるし、そうでなくても海が荒れれば戻れる可能性もある。


 ……でもここ数日、良い天気でしたものね。


 というか臨海学習の期間は必ず快晴なのだ。

 誰かのパートナーの力なのか、魔法なのか、偶然なのか、そういう時期を狙っているのかは完全に不明だが、自分達としては海で遊べるのでありがたい。

 しかしベッドシェルからするとかなりキツかっただろう。


 ……あまり乾燥状態が続くと、そのまま干からびてこの世からサヨナラですものね。


 多少なら持つが、ソレが続くとミイラ化する、というようなモノだ。



「はーあ、本当に酷い目に遭ったよ。このまま完全に陸地へ連れていかれたら一生の終わりだったね」


「……ソレ、多分一巻の終わりですわ」


「ああうん、ソレソレ」



 やっぱりナンだかぽわわんとした性格の魔物らしい。



「ええと、それじゃあつまり、海に返してあげれば良いんでしょうか?」


「お願い出来るかな?」


「ソレはモチロン」



 ここでソレを断ったらただの魔物殺しになってしまう。





 浅瀬からではまた陸地に戻ってしまう可能性があるので、桟橋からベッドシェルを海に戻した。

 瞬間、スポンジが水を吸うようにベッドシェルがむくむくと膨れ上がる。


 ……コレ、成人男性も余裕で寝れるスペースありますわねー。


 ベッドになっているシェルだからか大きいサイズでありながらも、その巨体は沈まない。

 浮き輪のようにぷかぷかと浮いている。



「おおー、ホントは随分と大きかったんですね!」


「うん、ホントは僕、随分と大きかったんだよ」



 どういう会話だ。



「わー、中の身もホントにふわふわしてる……アッ、思いっきり触っちゃったけど大丈夫ですか!?コレって性的な云々的パーツを触ったみたいなコトになっちゃったりします!?」


「フフ、ハハハ!流石にその部分が性的なアレコレとかはあり得ないよ!ソコは普通に僕の身だけど、ベッド部分でもあるんだ。触るくらいは全然構わないさ」


「まあ、ソコにヒトが寝れますものね」


「そういうコト。良かったら乗ってみる?助けてくれたお礼に寝てくれても全然良いんだよ。僕としてはその方が嬉しいし」


「でしょうね」


「どういうコトですか?」


「えー、っと」



 首を傾げるミハエラに、頭の中で説明の仕方をある程度構築してから説明する。



「要するに、食用系魔物のベッドバージョン、と考えると早いですわね」


「自分の中で寝て欲しいっていう本能があるってコトですか?」


「うん、そう。あと海の上で漂っててもヒトは寝てくれたりしないから、折角だしこのチャンスに寝てもらいたい」



 ベッドな貝殻が寝てもらいたいと言うのは普通だと思うが、異世界の自分からすると相当意味が分からない状況らしい。

 そんなにも不思議なコトだろうか。


 ……アンノウンワールドだと、もっと意味不明で不可思議で頭痛くなるようなのは日常的だと思うんですけれどね。



「漁師さんとか、寝てくれたりしないんですか?」


「日帰りのヒトも多いからね。そして日帰りじゃない船の場合は大体寝れるようになってるから、わざわざ僕のトコまで来てくれないんだ。

でも僕達ベッドシェルという種族は僕達の中で寝てもらうのがなにより嬉しいコトだから、うん、まあ、そういう感じでちょっとお試ししてみない?」



 怪しいセールスみたいになっている。



「んー、船と同じ感じに揺れてるっていうのもありますからね……。

いえ、ですが船ではありませんし。もしかしたらベッドシェルの上ならセーフかもしれないし、そのふわふわベッドは是非全身で試したいというのも事実!」



 ……後でミハエラには高いツボとか買わないようにとキツく言っといた方が良さそうですわねー……。


 軽い現実逃避がしたくなり空を見上げると、とても綺麗な青空が広がっていた。

 自分の目でも()えないが、きっとあの空の向こうに神や女神がわんさかと居るのだろう。



「では失礼します!」


「ハイ、どうぞ」



 ミハエラは桟橋からベッドシェルへと移った。



「あ、わ……すっごい!ふわふわ!ふわふわですよふわっふわ!コレ寝れますよ!」


「そりゃベッドシェルですから、寝れると思いますわ」


「しかもコレ、手足伸ばして寝転がれます!」


「サイズ的にも成人男性が余裕で寝れそうですものね」


「あと酔いません!」


「多分魔物だからじゃありませんの?」



 船酔いが酷いミハエラだが、酔い止めの薬や魔法が効かないトコロを見ると恐らく脳の認識部分が問題だ。

 プラシーボ効果の真逆というか、要するに脳が「船に乗ったら酔う」と認識しているせいで酔ってしまう、というような。

 だが今乗っているのはベッドシェルであり、船では無い。


 ……生き物っていうのも良いのかもしれませんわね。



「凄い!ベッドシェルって凄いですね!?ベッドシェルと一緒だったら私の夢も叶うかも……!」


「夢?」


「ハイ!」


「僕としても僕で眠ってくれるヒトが居たら嬉しいから、ちょっと気になるな。どんな夢?」


「あのですね」



 ベッドシェルの問いに、ミハエラは答える。



「海路であちこちを旅するっていうのが夢なんです!」



 その表情は、船酔いなど微塵も起こっていない良い笑顔だった。





 コレはその後の話になるが、ミハエラと将来についてを日暮れ近くまで語り合うコトになったベッドシェルは、ミハエラのパートナーになった。

 卒業後に旅に出るというコトで、ソレまではどういう旅にするかを共に決めよう、というコトに決まったのである。



「……ソレで陸にまで来たんだから、ベッドとしての本能が強いですわよね、アナタ」


「まあね」



 ミハエラの首から提げられたネックレスの先、小さく縮んだベッドシェルがそう返した。

 そう、卒業まではこういうカタチでそばに居るコトにしたらしい。

 ちなみに貝殻部分に穴開けてネックレスのヒモを通しているワケでは無く、ネックレスのヒモでぐるぐるっと結ぶコトで固定されている。



「でも僕としては、陸でもソコまで問題じゃないんだよ。別に海水じゃなくても水があれば平気だしね」


「ちゃんと毎日水を吸収させてるから健康状態にも問題は無いって第一保健室の保険医さんが言ってくれました!」


「カルラ第一保険医がそう言うなら安心ですわね」



 あのヒトは見た目がタトゥーだらけだし一見すると不真面目だし正直過ぎるしヘビースモーカーだしという感じで色々とアレなのだが、魔物や混血相手でも適格な診断が出来るヒトだ。

 信用性は高い。



「でも、そうも毎日ドコで水を吸収させてるんですの?水を吸収させたら大きくなりますわよね?」


「確かに大きくなるけど、僕らベッドシェルはコップ一杯分くらいの水を毎日吸収するコトさえ出来れば生きるコトが出来るんだ。ちなみにその場合はぬいぐるみサイズ」


「ああ、成る程」


「もっとも僕の場合は、普通にどーんと大きくなってるけどね」


「ですね!」


「エ?」



 部屋でもそんなスペースはギリギリ作れるか作れないかだろうにと首を傾げると、ミハエラはにっこりとした笑みを浮かべた。



「ベッドを撤去して、ベッドシェルの中で寝るコトにしたんです!」


「っあ~~、成る程!」



 確かにその手があった、と納得した。

 そういえばそもそもベッドシェルはベッドになれるのだから、不要な方のベッドを撤去すればその分のスペースも確保出来る。

 そしてベッドシェルとしては水が吸収出来るし中でミハエラが寝てくれるし、ミハエラとしてはベッドシェルに水を吸収させれるしふわふわのベッドで寝るコトが出来る。

 成る程、両方にとってもベストな案だ。




ミハエラ

風向きを操るコトが出来るし海が好きなので将来は海に出たいのだが、船酔いが酷い。

しかし魔物として認識していて船とは認識していないからかベッドシェルなら平気な為、将来は一緒に海に出るつもり。


ベッドシェル

寝床系魔物なので、自分の上で誰かに寝てもらうのがとても嬉しいという本能がある。

将来的にミハエラと海に出たら、航海中はずっと自分の上に居てもらえるなと思うとワクワクが止まらない。


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