パティシエとドリンクフォーシット
彼の話をしよう。
学園のパティシエで、よく新しいデザートを試作していて、お菓子に対する情熱が凄い。
これは、そんな彼の物語。
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チョコレートのパウンドケーキを食べつつ、ラザールパティシエに感想を言う。
「うん、美味しいですわ」
「そうか?なら良かった!」
ラザールパティシエは抹茶色の髪を揺らし、ニカッと笑った。
「今回のはいつもと違うチョコだから問題ないかどうかが気になってよ。エメラルドはその辺しっかりしてっから頼りになるぜ!」
「お陰様で、入学前よりも舌が肥えましたわよ」
クスクスと笑いながらそう返す。
元々ケーキなどを食べるのは好きだったし、成分が視えるのでソコから味覚を合わせて行き、結果的に舌が肥えていた。
だが学園に入ってからは普段食べないような外国の料理も沢山あるし、こうして試作品を試食したりというコトも多かったので、入学前よりも細かい味の判別がつくようになった。
……ま、良いコトですわよね。
その特技を活かす場があるのかと言われると、将来的に翻訳家になるつもりだからほぼ皆無だとも思うが、まあ今こうして役立っているのならソレで良いだろう。
「……にしても」
「うん?」
チョコ味のパウンドケーキを食べながら、ふと思ったコトを告げる。
「ラザールパティシエって、一人でこの学園の生徒全員分のデザート作ってるから凄いですわよね」
その上で新作を考えたりもしているので本当に凄い。
この学園、一学年に二百人くらい居るのに。
「俺はそうも凄いとは思わねえけどな」
しかしラザールパティシエは当然のようにそう言って、自分の向かいの席にどかりと座った。
「そうなんですの?」
「おう。というか大前提として、甘いモノがソコまで得意じゃないヤツも多いだろ?」
「ですわね」
「そうすると意外と作る量が減るんだ」
「成る程」
確かにソレはわかる。
「ソレよりも料理人メンバーのが大変だと思うぜ?
なにせ学園全員分のが必要だし、人肉料理とか毒料理とかも手掛ける必要があるし、この学園のヤツは大食いが多いし、生徒のパートナーである魔物達の分も作る必要がある」
「あー……」
「なのに料理長とリーディアとポールだけだからな、料理人」
「三人でこの学園の食堂回して、かつ満足させるってそう考えるとすっごいですわね……」
一学年二百人前後であり、この学園は全部で九学年ある。
そして教師達はまあ誤差範囲だとしても、生徒達のパートナーの分まで作る必要があると考えると本当にかなり凄まじいコトなのではなかろうか。
「まあ、リーディアはアレだしポールもアレだからほぼ料理長が頑張ってるが」
「リーディア料理人、料理上手だし作るスピードも速いんですけれど、ね……」
「あと毒物料理やら人肉料理やらが一番上手なんだが、だからこそ……な」
二人でナンとも言えない空気になる。
あのヒトは本当に、才能はあるのに欲望のまま無駄にするタイプのヒトだ。
「そしてポールは酔わせないと戦力にならないっつーのが面倒なんだよな」
「素面の時に作る料理も、美味しいっちゃ美味しいんですけれど……見た目が食欲そそらないってのが問題ですわよね」
「ああ、ソレが最大の問題だ」
「最大というか、正直言って原材料から想像も出来ない味、そして食べ物じゃないだろう形状なのも全部が全部問題ですわ」
「味からすると食えるっちゃ食えるんだけどな……やたらパッキリした色合いなモンだから」
「生肉の方がまだ優しい色合いですわよね、アレ」
「わかる」
うんうん、と二人で頷き合った。
「そう考えると、本当にバジーリオ料理長には感謝しか……と」
紅茶を飲もうとしたら、既に飲み終えていたらしい。
視えてはいたハズだが、話に夢中過ぎて気付かなかった。
「ドリンクフォーシット、紅茶のおかわりいただけます?」
「はいはーい!たっだいまー!」
厨房の方から文字通り飛んで来たのは、蛇口の見た目をした魔物だ。
ビジュアルは完全に蛇口単体でしかない彼女は、向かいに座っているラザールパティシエのパートナーである。
「えっへへへー、エメラルドの魔力って天使が混ざってるコトによる清廉さとまろやかさ、そして戦闘系だからこそかと思われるピリリとスパイス効いた味が美味しいんですよねー!」
「その味はわかりませんけれど、こちらとしても美味しい紅茶がいただけるのでありがたいですわね」
そう言って、ドリンクフォーシットの蛇口を捻る。
蛇口単体でありドコにも繋がっては居ないのだが、捻った瞬間に少し魔力を持っていかれた感覚の直後、蛇口から紅茶が出た。
丁度良い量になった辺りで、蛇口を逆方向に捻って止める。
「んふー、いやあ流石エメラルド!今年入学した弟さんも美味しいですが、エメラルドの場合はスパイスが強めって感じですね!」
「その辺はよくわかりませんけれど……まあ、美味しいならよかったですわ」
ドリンクフォーシットとは、対象の魔力を食べるという魔物である。
ただし自分という蛇口を捻った相手の魔力しか食べられないので、害魔では無い。
なによりドリンクフォーシットは捻ったヒトが飲みたいと思っているドリンクを、魔力の対価として出してくれる魔物なのだ。
……害魔とは程遠い魔物ですわよねー。
普通のドリンクもあるっちゃあるが、基本的には彼女が出してくれるドリンクを飲ませてもらっている生徒が多い。
多少の魔力で美味しいドリンクが飲めるのが良い、というコトだろう。
……わたくしも、ドリンクフォーシットのお世話になるコトが多いですしね。
「ええと、ソレで……ナンの話でしたっけ」
「俺が一人でここのデザートを担当してるって話じゃなかったか?」
「ああ、そうそう。ソレでバジーリオ料理長の負担が凄いという話になったんでしたわね」
「うん?そうなんですか?」
ドリンクフォーシットは不思議そうな声色でそう言った。
「エ、だってほぼ一人でこの学園全員分の食事を作ってるんでしょう?」
「まあそうですけど、一応時々生徒がバイトで手伝ってますよ?」
「あとは魔道具とかも結構」
「あ、そう言われてみるとそんなのを視たような……」
話のノリで普通に作っていると思い込んでしまっていたが、そういえばそういうのを頻繁に目撃していたのだった。
「そういや他にも魔法とかバンバン使ってましたわね」
「そうそう。俺も結構魔法使ってるから、多少人数が多くても問題はねぇんだよ。大量に生産可能なヤツを積極的に考えてたりするしな!」
「ラザールはお菓子やスイーツやデザート関係にだけ、凄まじい才能を発揮しますからねー」
お菓子もスイーツもデザートも意味は結局甘いモノなので同じコトなのではと思うが、まあツッコまないでおこう。
「そんなに凄いんですの?」
「というより、他があんまりなんですよ。料理は多少出来ますがこう……飾り気が無くて、可もなく不可もなく、美味しいという程ではないが不味くもない、という絶妙な感じになるらしいです」
「ドリンクフォーシット、ソレは言わなくても良いヤツじゃねえか!?」
「ちなみにドリンクフォーシットさんは見ての通りに蛇口なので魔力を栄養としてるんで実際にその料理を食べたコトは無いんですけど、戦力になるんじゃというコトで試しに作らせて試食した料理長がそう言ってました!」
「バジーリオ料理長がそう言うって相当では……」
あのヒトの食事への熱量は凄い。
だというのにラザールパティシエが料理を手伝ったりしておらず、しても下拵え止まりというコトは、あのバジーリオ料理長に諦めさせるレベルの腕だったというコトだ。
……なのにケーキは美味しいんですのね。
チョコのパウンドケーキはふんわりしながらもしっとりしていて重量があり、チョコチップが良い感じに食感を楽しくしてくれている。
そしてなによりとても美味しい。
「まあでも、魔法とかでどうにかしてるっていうのはわかりましたわ。だから料理人三人、パティシエ一人でも回せるんですのね」
「回せるっつーか回してるっつー感じだけどな」
「もっとも料理人が、料理に対してガチなヒト、ヤベェ感じの料理を作るヒト、ヤベェ感じのアレンジを施すヒト、って感じですからねー。
だからソッコで出せるようにってあらかじめ色々セットされてたりするんですよー」
「成る程」
確かに先に準備をしておけば、致命傷にはならないだろう。
というかそうやって分けられると、本当にバジーリオ料理長一人への負担が酷い気がする。
・
コレはその後の話になるが、一人で食べるには少し多めだったパウンドケーキを食べ終わり、ドリンクフォーシットにもう一杯淹れてもらった紅茶を飲んで口の中を落ち着かせる。
「……そういえばちょっと聞きたいんですけれど」
「ん?」
ラザールパティシエはドリンクフォーシットに淹れてもらったメロンソーダを飲みながら不思議そうに首を傾げた。
「ナンだ?」
「ラザールパティシエとドリンクフォーシットの馴れ初めってどんな感じなんですの?」
「普通だと思うけどよ……そんなに気になるようなコトか?」
「気になるというか、ラザールパティシエで厨房組の馴れ初めコンプですの」
「どういうコレクションだよ」
馴れ初めコレクションというゲームがあったら、リア充ほほえま派とリア充爆発しろ派で賛否両論になりそうだ。
まあ正直に言うとポール料理人とマッドリカーの馴れ初めはいまいちよくわからなかったのだが、後日ポール料理人に聞いてもよくわからなかったのでまあ良いか、というコトにした。
……素面状態の時のポール料理人、無口なんですのよねー。
なのであまり長い文章を喋ってくれないのだ。
酔っぱらっている時ならまあよく喋ってはくれるのだが、会話が成立するかと言われると微妙だし、本人がソコまで深く考えられない状態になっているせいで詳しく聞いても要領を得ない。
……ナンか色々あってパートナーになってたのさ!としか言ってくれないんですのよね。
「んー、でも実際ドリンクフォーシットさん達の馴れ初めってそう大して面白くありませんよー?」
「わたくしとしては起承転結があれば充分ですわ」
「今までどんな馴れ初めを聞いてきたんだ、エメラルド」
「起承転結がどうなってんだって感じの馴れ初めが結構あって……」
いや普通にまともな馴れ初めも多いのだが、起承転結がおかしい馴れ初めのインパクトが強くて他が霞んでしまっている。
「起承転結って言われてもなあ……どっちかっつーと簡潔に完結する感じだしな、俺ら」
「ですねー。お菓子作りの材料になるし、お菓子とかの甘いモノに合うからってコトでドリンクフォーシットさんがラザールに口説かれて」
「ドリンクフォーシットはご飯でもある魔力が貰えるなら、っつー感じだったな」
「なにせ学園ですからね!しかも生徒達相手!一学年に二百人前後が九学年分ですよ!?それぞれ遺伝子が違うように魔力の味も質も変わりますから、もーホンットーに最高ですよこの学園は!」
ドリンクフォーシットは、顔があれば喜色満面の笑みを浮かべていたであろう声色で言う。
「毎日毎日、違う魔力を味わえるこの環境!しかも混血や魔眼持ちやらちょっと特殊なアレやコレやらの事情がある生徒が多いから、普通なら絶対味わえないと思われる魔力まで多種多様!
ソコらの原っぱとかに居たら天使の混血の魔力とか絶対味わえませんからね!」
「ソコらの原っぱに居たんですの?」
「ピクニックとかしに来るヒトが居るので、ジュースはいかがですかーという感じに売り込んで魔力をいただいてたんですよねー」
「ソレを聞いて、俺が口説きに」
ソコはスカウトじゃなく口説きなのか。
「いやもう、コレは本当にドリンクフォーシットさん、超幸福な魔物生を謳歌しているのではないでしょうか!完全勝利!ってヤツですね!」
「確かに、そうですわね」
クスクスと笑いながら、ドリンクフォーシットの言葉に賛同する。
毎日沢山、それも多種多様な魔力を得るコトが出来て毎年の入学や卒業でその魔力も変化すると考えると、毎日が日替わりフルコースのようなモノだ。
完全勝利な魔物生という言葉に、頷くしかない。
ラザール
学園の食堂でスイーツ系を作っていて、よく試作品を大量生産したりするパティシエ。
お菓子などに関してのみステータスがカンストするが、それ以外では並み以下。
ドリンクフォーシット
ちょっとの魔力でお気軽に色んなドリンクを飲めるというコトで、低学年に人気の魔物。
特に貧乏な生徒辺りは、魔力さえあればジュース飲み放題というコトで拝んでる。