ルームメイトとジョゼフィーヌ
彼女の話をいたしましょう。
一緒に居て楽しくて、悪に対して容赦が無くて、神に対して絶対服従な。
これは、そんな彼女の物語。
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読み終わった本をパタリと閉じ、ふぅ、と息を吐く。
流石ジョゼがオススメしてくれただけあって面白い小説だった。
……極東人が読みやすい本だったのも助かりました。
極東語で書かれている上に、ノリや世界観が極東なのでとても読みやすかった。
しかもその上でファンタジーが練り込まれていて、実に引き込まれる文章。
……作者、チェックしておきましょう。
この学園にある図書室の蔵書数は凄いものの、凄過ぎてハードルが高い。
丁度良い本を探すのが難しいし、特に読みたいモノが決まっていない状態でボックスダイスに聞くワケにもいかないのだから。
……曖昧な表現だとボックスダイスを困らせてしまいますし、かといって人気の小説を、と頼んでも私の好みと合わない可能性がありますからね。
一応今まで好きになった本のタイトルを伝えればソレらから嗜好を探って好みに一致するタイトルを検索してくれたりはするが、しかし気に入ったタイトルを全て覚えていられる程こちら側の記憶力が良いワケでも無い。
しかしジョゼは目が良いからか他のヒトが読んでいる本のタイトルをよく見ているし、頻繁に本を読んでいるからこそなオススメの仕方をしてくれる。
「あの小説とか読んでるならこっちの小説も好きだと思いますわ、主に場面の表現とか。あとあの作者押さえてるならこっちの作者のもオススメですわよ」
そんな風にオススメしてくれるので、とても読みやすい。
ただ人気なだけでは読むのに勇気が要るし、ページを捲る手が重かったりするのでそういうのがあるのはとても大事だと思う。
「……む、本は読み終わったのか?」
ふと、眠っていたらしいシルバーカトラリーがそう言った。
ジョゼから借りた本だったので、とりあえずジョゼの方のテーブルに置いた動きで起こしてしまったらしい。
「ハイ、読み終わりましたよ」
「そうか。随分と夢中で読んでいたようだが、好みに一致していたのか?」
「ええ、とっても!」
「ソレは良いコトだ」
シルバーカトラリーはカミソリの姿でうんうんと頷くように動いた。
「……ところでヨウコ、貴様はもうそろそろこちらの魔物に慣れても良いのではないか?」
「聞こえませーん!」
「コラ耳を伏せるな押さえるな!僕の言葉が正論だからと往生際が悪いぞ!」
「だって泰西の魔物は未知が多くてよくわからなくて怖そうなんですもの!」
「だからソレらを知って恐怖心を拭う為にジョゼフィーヌに本を借りたのではなかったのか!?」
「……普通に好みのオススメ借りました」
「ヨウコ……」
「ちゃ、ちゃんと魔物が載ってるヤツでしたよ!?」
失望したかのような悲しみの視線を送られるのは辛い。
いや見た目カミソリなので視線というか目すら無いのだが、ナンとなくそういう感情を向けられているのは察せるのだ。
「ちなみにストーリーは?」
「極東生まれ極東育ちの主人公が泰西からやってきて極東を侵略しようとしてくる害魔と戦うお話でした」
「貴様ソレ泰西の魔物へのヘイト溜めかねんヤツではないか!」
「そ、ソコまででもないですよ!?確かに大体敵なので腹立つ言動が多くて、極東にナニをしてくれてるんだって思うような問題行為が目立って、同じ泰西から来た弱い魔物を虐げたりという行動には苛立ちを覚えましたが……うん」
こうして口に出して整理すると確かに泰西の魔物に対するヘイトが溜まっている。
言いながらソレに気付き、自分でもちょっとどうかと思うレベル。
「……ヨウコ、もう少し泰西の魔物と交流したらどうだ?僕は魔除けも兼ねているが、あくまで対害魔用だ。普通の魔物と接触して理解を深めた方が良いと思うぞ」
「子供と久々に話す父親のような距離感で気遣わないでください……!」
「いやその例えは僕にはまったくわからんが」
確かに刃物な魔物であるシルバーカトラリーに対して親で例えるのは伝わりにくいと思う。
コレはこちらの選択ミスだ。
「大体な、貴様は一体どういう偏見を持って魔物を認識しているんだ?」
「偏見、ですか?」
「そうも泰西の魔物を警戒するというコトは、それなりの理由があるハズだ。
まあ生理的云々があるから理由が無い可能性もあるが、僕がパートナーとして存在していても平気であるようなら恐らく理由ありきの方だろう」
「そう言われましても……」
具体的に言葉にするとなると難しい。
「こう……こちらの魔物はよくわからないから、不安になるんです」
「どういう風にだ?」
「こう、例えば朗らかに談笑しながらもヒトに馬糞を牡丹餅に見えるような幻覚を見せてソレを食わせる魔物かもしれません」
「牡丹餅はよくわからぬが、ソレは確か前にヨウコから聞いた貴様ら化け狐系魔物がやるヤツではなかったか?」
「ミミズを蕎麦に見せかけて食わせるかもしれないし」
「ソレも貴様らがやるような化かしだな」
「美女かと思えば正体はまったく違う姿の魔物かも」
「化け系がやるヤツだと前に聞いた」
「田んぼに石を放り込むような魔物という可能性だってあります!」
「完全に貴様ら化け系が面白半分にやらかした逸話のヤツではないか」
具体的に言うのが難しいのでネタに走った結果だったのだが、思った通りの良いツッコミのお陰で楽しかった。
テンポが丁度良い。
「……ふざけるのではなく、もう少し真剣にだな」
「確かに今のはネタというか、ツッコミ待ちのボケでしたが……大体そういう感じですよ?極東のは意味不明な魔物が多いから、こちらもそういう、油断したらコケさせてくるような魔物なのでは、と……」
「油断させたらコケさせてくるとかどういう魔物だ」
「猫の見た目してて、足に纏わりついてきてやたらヒトを転ばすという」
「本当にどういう魔物なのだソレは」
ジョゼが教えてくれる泰西の魔物情報からするとこちらの魔物も意味不明な能力を有しているコトが多いそうだが、ソレらに詳しいであろうシルバーカトラリーからしても理解不能なのか、極東魔物。
極東人からしても極東の魔物はナニその生態とツッコミたい魔物が多いのだが、やはり海を渡ってもそう思うようだった。
……足を洗えと言う大きな足が天井から生えて来たりする魔物とか、いますからね……。
故郷に対して言う言葉ではないと思うが、本当に極東頭おかしいのではないだろうか。
まあ泰西は泰西で狂人だらけのクレイジーフィーバーな感じだが。
・
そんないつも通りの日常的な会話の後、シルバーカトラリーと共に王都を歩く。
結局のトコロああやって話していてもナニか解決するワケではないので、特訓としてこうして王都を散歩するようにしているのだ。
「……でも、こうして歩いていてもやっぱり怖いは怖いですね」
「警戒では無く、か?」
「だって王都であっても治安が悪いトコは悪いのでしょう?」
「まあ僕も違法な売買があったからこそ保護されたようなモノだからな……他にもギリギリ合法な売買は見逃されていたりするようだから、ソレは事実だ」
「あんまり聞きたくない事実ですね、ソレ……」
思わず耳がペタンと伏せてしまったのがわかる。
尻尾もペショリと下がり気味だ。
「まあそういったモノには路地裏に入りさえしなければ関わらずに済むだろう」
「万が一関わり合いになったら?」
「その時は僕が攻撃的になるだけだ。相手の外道さを判断した上での攻撃にしないといけない点はあるがな」
「ナンですか、ソレ」
「被害者が攻撃的過ぎると、加害者の方が被害者扱いになるだろう?だから「コレに対してはそのくらいしても仕方がないな」程度に抑えるのが被害者になるコツだ」
「そのコツ、あんまり覚えたくありませんね……ん?」
ふと、背後から悲鳴が聞こえた。
振り返って見れば悲鳴を上げたらしき女性、その女性が持っていたのだろう女性用バッグを持って走って逃げる男、ざわざわとしているその他、という状態になっているのが即座にわかった。
「……シルバーカトラリー」
「向こうから来たモノに対する愚痴を俺に言うな」
「というかこっちに向かってきているようですが、コレって応戦すべきでしょうか」
「いや、授業ではいざという時だけにしろと言われているだろう?無理に対応して怪我をして逃げられるよりは、ここで逃がして有能な兵士に任せるのが」
「いけませんわ」
「ん」
「ん?」
ふと背後から聞こえた聞き覚えのある声に反応するや否や、背後から飛び出した影がひったくりに向かって走って行った。
下ろしてある、緩やかなウェーブが強い銀髪の髪。
「いけませんわ」
そしてすれ違う時の真顔な横顔にそのセリフとなると、そっくりさんでは無く本物のジョゼだというコトがよくわかった。
「いけませんわ」
そう言いながら、ジョゼは真顔のままひったくりの真正面から突っ込んだ。
ひったくりは慌てたようにジョゼの顔面狙いで拳を振るったが、ジョゼは上半身をぐにゃりと曲げてソレを避け、そのままひったくりの腕を両手でホールド。
「いけませんわ」
そしてホールドしたまま鉄棒の逆上がりをするようにぐるんと回転し、ひったくりの肩からゴギンという鈍くてイヤな音が響く。
「イッタそうな音が……」
「……いや、痛くは無いのだろうな」
「エ?」
「見ろ」
シルバーカトラリーに言われるがまま視線を戻せば、ひったくりは一旦距離を取ったジョゼに蹴りを放っていた。
ジョゼはひょいひょいっと軽業師のような動きで避けているので無事だが、先程聞こえた音からすると確実に脱臼で、蹴りとはいえあんな動きをしていたらかなりの激痛を感じるハズなのに。
「いけませんわ」
放たれた蹴りを避けつつ、その足を下から抱き締めるようにしてジョゼはひったくりの動きを止めた。
そのまま左手で足を固定しつつ、右手で膝の関節を真逆に曲げた。
ゴボンという音から膝の関節も外れたのがわかったが、ジョゼはそのまま右手を動かし続け、ひったくりの足からバギャンという音が響く。
「い、今の音って」
「折れたな」
比較的犯罪が少ないとか言われている極東でも軽犯罪は多い。
ソレはつまりひったくりもそれなりにあるというコトなのだが、泰西ではこのレベルの重罪扱いされているとは知らなかった。
……やっぱ、犯罪って良くないんですね……。
しかし、ひったくりは立ち上がる。
痛みなど感じていないような表情で立ち上がり、バッグを脇に挟みながら脱臼していない方の手で脱臼している方の肩を掴み、バキンとはめ込んだような音がした。
その後に膝も同じようにはめ込んだ音がした後、気付けば折られたハズの膝下部分は元通りの足になっている。
「……痛覚無し、かつ再生能力高めな混血、でしょうか」
「恐らくは」
「いけませんわ」
ジョゼは相変わらずの真顔のまま、ひったくりに攻撃をしている。
対するひったくりも痛覚が無いせいでドコか狂っているのか、ジョゼを倒そうと躍起になっているようだ。
……ジョゼを避けて逃げようとか、思わないのでしょうか。
まあ逃げようとしてもジョゼならソレを見抜いて妨害するくらいはしそうだが。
しかしジョゼは先程から足止めを諦めたのか、ひったくりの攻撃を受け止めては雑巾を絞るかのようにねじって回復速度を遅めている。
動きからするとバッグを取り返すのを先に行おうとしているようなのだが、自分の痛みや致命傷などをものともしないタイプだからか、ひったくりがソレを全力で防御しているのだ。
「……あのバッグ、そんなに大事なモノが入っているのでしょうか?」
「いや、どちらかというと引けば負け、というような精神状態になっているだけだと思うぞ」
アホなのだろうか。
「なあ、ちょっと良いか?」
「エッ!?」
突然声を掛けられたので思わずブワリと尻尾の毛を膨らませてしまったが、振り向けば居たのは同級生だった。
褐色肌に薄い藍色の髪、そしてパステルカラーなネズミを連れているというコトは、モーリス、という名前だったハズだ。
ジョゼと同室になった際、そのネズミは彼のパートナーであり夢の女神だから怒らせないようにと忠告されたから知っている。
……あんまり、喋ったコトはありませんが。
というか女神がパートナーである男にわざわざ積極的に接する理由が無い。
女神の地位が揺らがないのは確定だが、女神というのは結構嫉妬深いモノなのだ。
そんな女神に嫉妬でもされたら、その瞬間に人生終了が確定するレベルで悲惨なコトになってしまう。
……この間、月の女神が女神であるコトを信じなかった同級生、アレなコトになりましたしね。
まあアレは完全に同級生に非があったし、月の女神はかなり控えめな罰しか与えなかったのだが。
普通なら親族どころか関係者皆殺し級の暴言だったので、あの程度で済ませるとは随分と心が広いなと感心したものだ。
……罰と言いながら、与えたのは加護でしたしね。
もっとも加護と言う名の罰であり、呪いではなく加護だからこそ解除不可能なシロモノだったが。
改めて思い返すと、加護という名でありながらもアレは呪いよりも性質が悪いモノなのではないだろうか。
「ええ、っと……」
ソレはさておき、女神のパートナーに声を掛けられて無視をするのは不味い。
「ナンでしょう?」
「アレは一体、どういうナニがあってああなったんだ?」
そう言うモーリスが指差すのは、当然ながらひったくりと戦うジョゼだ。
「え、えっと……」
「単純に言うのであれば、ひったくりが出たせいでジョゼフィーヌが突撃し、ひったくりはジョゼフィーヌに攻撃しようとし、ジョゼフィーヌはソレに反撃し、だがひったくりが痛覚無しの再生タイプだったせいで泥沼バトルになっている、という感じだな」
「うわあ、ソレは泥沼……」
シルバーカトラリーの説明に、モーリスは引き攣った笑みを浮かべた。
自分も苦笑している自覚があるのでその気持ちはわかる。
「いい加減止めた方が良いと思いますし、アレでは兵士が来ても両方の動きを止めるような能力が無ければ厳しそうで……」
「アナタはナニか止めたりとか出来ませんの?」
「ゥエッ!?」
まさか夢の女神に声を掛けられるとは思わなかったので、思わぬ奇声を発してしまった。
神系はお気に入り以外に興味を示すコトはほぼあり得ず、ジョゼのように天使が混ざっていたりするなら会話くらいはする、というレベルだ。
なので自分のような、混血とはいえ人間でしかない相手を個体として認識し、あまつさえ話し掛けられるとは。
……し、心臓縮むかと思いました……!
そんなこちらの気持ちには気付いていないのか、夢の女神は愛らしく首を傾げる。
「その耳や尻尾からすると混血なんですのよね?モーリスは生粋の人間なので期待は出来ませんが、混血ならナンらかの遺伝があるのではなくて?」
「あ、あります、というかこう、幻覚を見せたりという化かしは出来るんですけれど……」
「ジョゼフィーヌに幻覚は通用しないから、ジョゼフィーヌを化かそうとしても意味は無いだろう」
「そう、シルバーカトラリーの言う通りです。ひったくりの方なら化かせるかもしれませんが、そうするとジョゼの攻撃が思いっきりヒットして致命傷を負うコトになるのではないかと……」
「既に致命傷を負わせているように見えるけどな」
モーリスの言葉通り、ジョゼの攻撃はどんどんエグさを増しているように見える。
ひったくりの再生タイプは体が再生すると共に、ソレまで流れた血などが蒸発して消えるタイプらしいのでジョゼに返り血がついていないのだけが目に優しい。
ソレ以外はもう目が追い付けないくらいに忙しない。
「……死なないみたいですし、もうひったくりの方を化かした方が良いかもしれませんね」
「…………ふぅん?」
夢の女神は面白そうに目を細めながら言う。
「つまり、ジョゼフィーヌの動きを止めさえすればアナタがあっちの人間を止めるコトが出来るというコトなんですのね?」
「は、ハイ」
「ならわたくしが止めますから、その隙にジョゼフィーヌが攻撃を受けないように化かしなさい。出来ますわね?」
「ハイ!」
出来ないと言ったら生きる価値無しと定められるのではと思うような目だったので、思わず反射的に頷いてしまった。
化け狐系の混血だからなのか、女神の圧がとてもわかりやすくてさっきから耳と尻尾の毛が逆立ち続けてしまっている。
……帰ったら丁寧にブラッシングしないと、変なクセがつきそうですね……。
「では」
夢の女神が息を吸ったのを確認し、自分はさっと葉っぱを構えて魔力を込める。
「……ソレは汝が手を下す必要は無いモノ」
「!」
パステルカラーなネズミから放たれたとは思えない冷たい声に呼応するように、ジョゼの動きがビタリと止まった。
まるで時間を止められたかのようだ。
……と、今の内!
動きが止まったジョゼに攻撃しようとしたひったくりの前に魔力を込めた葉っぱを苦無のように鋭く投げ、化かすコトでひったくりの方の動きを止める。
「戦闘系天使の娘、ジョゼフィーヌ」
夢の女神は威圧感が凄まじい声で、静かに命じた。
「下がれ」
「女神がそう仰るのであれば」
いけませんわと呟く時同様、無機質な声でジョゼはそう言って後ろにジャンプするような動きでひったくりから距離を取る。
その表情は真顔のままで、まるで意識が無い人形のようだ。
……そういえば前に、ジョゼから聞きましたっけ。
天使とは神の使いであり、仕えるモノであり、作り物だと。
だから神の命令が絶対であり、その中は空っぽな仕様になっているのだ、と。
……一応空っぽでも意思はあり、ジョゼの場合は半分人間が入っているお陰で完全に空っぽではない、と笑っていましたが……。
こうも無機質な表情を見ると、本当にそうなのだろうかと心配になってしまう。
というか全然ジョゼが動かないのだがアレは大丈夫なのだろうか。
「……どうも、天使モードのままわたくしという女神が命令したせいで、コントロールが戻らなくなってるみたいですわね」
「エ、ソレは大丈夫なのか?」
「多少の衝撃でも与えれば目が覚めるように意識が覚醒すると思うわ。でも面倒ですから……」
すぅ、と夢の女神は息を吸った。
「寝ろ」
その言葉が放たれると同時に、ジョゼは糸が切れた操り人形を連想させるようにバタンと倒れた。
受け身もナニも無い倒れ方で普通なら痛みで意識が覚醒しそうなモノだというのに、遠目から見ても完全に眠っているのがわかる。
……この場合、恐れるべきは神の命令に絶対服従な天使の生態か、命令を放つ側の神なのか……。
恐れるというか畏れ敬うのなら神なので、多分神を恐れるべきなのだろうが。
「…………なあ、ヨウコ」
「どうかしましたか?シルバーカトラリー。今はナニよりもジョゼを保護しないと」
ナニせ思いっきり倒れて寝ているのだ。
兵士の事情聴取も無理そうだし、目撃者多数なので帰るのは許されるだろう。
……あ、でもジョゼって細くて優しげな雰囲気だからわかりにくいですけど、アレで結構筋肉あるんですよね……。
ジョゼは同級生を簡単そうにひょいっと持ち上げたりしているが、自分の筋力は平均値なのでジョゼを持ち上げられる気がしない。
しかもジョゼの場合、筋肉を差し引いたとしても高身長なのだ。
流石に成長が早い系の混血や身長が高い系の混血に比べれば低い方だが、同年代の平均身長からすると高身長。
……しかも寝ているというコトはジョゼ曰くほぼ血肉の詰まった袋状態だから、私では到底運べないのでは……。
モーリスに協力要請すべきだろうか。
いや、兵士に頼む方が良いかもしれない。
シルバーカトラリーを紹介してくれたジョゼのお兄さんは兵士だったハズだし、そのヒトが来なかったとしてもジョゼと知り合いだという兵士が来る可能性は高いのだから。
「いや、貴様、おい」
「だからどうかしたのですか?私は今ジョゼの運搬法を色々と考えて……」
「それよりも貴様、あのひったくりにどういう幻覚を見せたのだ?アソコまでのショックを与えるような幻覚、僕には思いつかんのでまったく見当がつかなくて恐ろしいのだが」
「エ?」
「泡を吹いて気絶してるな……」
シルバーカトラリーの言葉、そしてモーリスの苦笑混じりの言葉にひったくりの方を向けば、ひったくりは確かに泡を吹いて気絶していた。
尚バッグは持ち主の女性が既に取り返している。
泡吹いて気絶している相手からバッグを取り返せるとは流石王都住まいなだけはある狂人だな、と思わず感心してしまった。
……というかこのカオス過ぎる状況でも普通に野次馬してる時点で、今現在のこの周辺、狂人しか居なさそうですよね……。
「で、ヨウコ。どういう幻覚を見せた」
「いえ、その……幻覚って要するに脳を錯覚させるモノで、痛覚って感覚ですけれど脳を錯覚させれば痛みを感じさせるコトは出来るワケですよ。ホラ、幻肢痛とかのように」
「で?」
「ですから、その……」
ちょっと過激過ぎる幻覚だっただろうかと思いつつ、両手の指先をクルクル回しながら目を逸らし、言葉をぼかしながら告げる。
「腕を折られたりという事象と一致する痛みを脳にぶち込んだので、そして多分生まれつき痛覚を知らなかったと思うので、多分きっと恐らく思った以上の痛み、というか衝撃に脳が意識を落としたのではないかと……」
「ソレは痛覚を知らないヤツからしたら相当ショッキングなモノじゃないか……?」
「流石の僕もその幻覚はどうかと思うぞ、ヨウコ。コレからはその幻覚は誰にも見せないよう封じておけ」
男達にドン引きされてしまった。
「あら、中々に過激な夢を見せるのですね」
しかし、夢の女神はクスクスと笑ってそう言う。
ヒトや魔物からするとアウトだったようだが、女神的には微笑む余裕がある程度にはセーフだったらしい。
「……コレは一体、ナニがどういう感じでこうなったのでしょうか……」
ようやく、というか既に呼ばれてはいたが手出しが出来なかったのか、ジョゼのお兄さんとその同僚らしい兵士も来たのでジョゼの運搬についても、気絶したひったくりについてもコレで安心だ。
現場を見たジョゼのお兄さんは現場のカオスっぷりに困惑を極めているようだが、ソレに関しては後でキチンと説明するので許してほしい。
私が語り手の物語は、これにて終了。
ジョゼフィーヌ
髪を下ろしてる四年生。
バーサクしててもしてなくても悪に対する反応はヤバいくらいにヤバクレイジーであり、通常時は神相手に普通に接するコトが可能だがバーサク時は神の命令に全力で応えてしまう為、ああなる。