邪神少女とレッドストロベリー
彼女の話をしよう。
邪神の娘で、主食が人肉で、しかし肉料理が苦手。
これは、そんな彼女の物語。
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自室で先日買ったばかりの本を読んでいたら、マリーナが来た。
相談があると言われたのでどうぞと部屋に入れたのは自分だが、ソレはソレとして何故自分はマリーナに膝枕をしているのだろうか。
……いえまあ、本を読める体勢なだけ良いですけれど……。
「……どうかしたんですの?マリーナ」
「ジョゼ、マリーナちゃんに対して対応が冷たくありませんか?」
マリーナはこちらを見上げながら、ムゥッと頬を膨らませた。
「マリーナちゃん、コレでも邪神の娘なので一応は半分神が入ってるんですけど」
「アナタ自分で言った通りに「邪神」の娘じゃありませんの。わたくしの父が仕えてるのは神であって邪神じゃありませんのよ」
「広義的には同じ神じゃないですか!邪入ってたらそんなにもクールに無理判定出されちゃうんですか!?」
「その邪、めちゃくちゃデカい要素だと思いますわよー……?」
苦笑しながら、自分の膝の上にある紫みのある赤毛を手で梳くようにして整える。
「というかわたくしの対応がクールでナニが悪いんですの」
「悪くはありませんけれど、マリーナちゃんが困っている様子で相談に来たんだからもうちょっと慌てた様子で「どうしたんですの!?わたくしで力になれるならナンでも言ってくださいまし!」くらい言って欲しかったです!」
「言いませんわよんなコト」
天使はそんな奉仕をしない。
結果的にそうなるだけであって、口では常に拒否の姿勢を貫いているのが天使である。
……どう拒否しても、結果的に奉仕してるというオチになるのも天使ですけど、ね……。
「ジョゼ、目が死んでますよ」
「だーれのせいだと思ってんですのー?」
「あたたたたたた!ちょ、ソコってお腹ピーピーになっちゃうツボじゃありませんか!?」
「自律神経整えるツボをちゃんと押してますわよ。わたくしの目で視ればそのくらい見分けつきますわ」
「あ、そっか。確かにジョゼがそう言うなら安心ですね。嘘吐きませんし」
というか頭のてっぺんのツボは下痢になるのではなく、下痢を止める効果があるツボだ。
もしそこを押して下痢になるのであればプラシーボ効果、要するに通信簿とかで「少々思い込みが激しいようです」とか書かれるタイプ。
……まあこの学園に通信簿はありませんし、異世界のわたくしはそんな風に書かれたコトが無いそうなのでホントに書かれるかは知りませんけれど。
異世界の自分は大体「自分の世界がしっかりとしているようです」と書かれていたらしい。
要するに孤立型ぼっちという意味ではないかと思うが、モノは言いよう。
「……でもジョゼ、さっきのマリーナちゃんの言葉ですけど」
「嘘吐かない?」
「確かに言いましたけどそっちじゃなく、言ってくれるんじゃないかって期待してた方ですよ!」
「ああアレ。絶対言わないセリフでしたわよね」
「でも相手が女神だったら?」
「悩みがあるのであれば天使として聞きますわ、くらいは言うでしょうね。
もっとも女神の悩みを一介の天使が……というか天使との混血でしかないわたくしが解決出来るとは思えないので、話を聞くコトで万が一感情の暴発が起こったりしないように防衛線張るくらいですけれど」
女神のフラストレーションが溜まると最悪全世界の火山が一斉噴火とかしかねない。
またソレがあり得るから怖いのだ。
「じゃあ相手が神だったら?」
「女神と同じように言うと思いますわ。ただ神は本気でキレた時が恐ろしいだけであって、基本は大木のような気長さがあるから話聞かなくてもちょっと置いとけば勝手に機嫌戻ってるコトがあるとお父様は言ってましたわね」
「ちょっと置いとく」
「置いとくと好きなモノに意識向けたり、気分転換したり、酒飲んだりして意識を変えるらしいんですの。
もっとも女神の場合は感情が強い分、そうやって意識を変えるコトが難しいようなので、ええ、まあ、爆発しかねないから女神相手の時はソッコで相談に乗らないとですけれど……」
「天使も大変なんですねー」
半分しか天使要素がない自分ですらそんだけ色々考えているので、生粋の天使である父の場合はもっと色々大変だろう。
まあ父は戦闘系天使なので基本外回りだった分、あまり相談役になったコトは無いそうだが。
「で、相手が邪神だったら?」
「わざわざ関わりにはなりませんわ」
「酷い!」
「キャッ」
ガバッと勢い良く腹に抱き着かれた。
「酷い酷い酷いひーどーいーでーすー!」
「ちょ、足をバタバタさせるの止めてくださいな。週一で掃除したり魔法で綺麗にしたりはしてますけれど、埃はいつでも舞い上がってるんですのよ」
「埃よりマリーナちゃんを気にしてくれません!?というかジョゼ意外とお腹硬い!」
「色々手伝わされたり授業全部受けてたりやたら友人にもたれかかられたり自力で歩けない状態になった友人を背負ったり抱き上げたり膝に乗せたりしてたら知らん内に鍛わってたんですの」
体術と剣術の授業を取っているとはいえ、ここまで筋肉がつくとは思わなかった。
幸いなのは服を着れば隠れるタイプの細い筋肉のつき方だったコトだろう。
……プロレスラーのようなムキムキマッチョタイプのような筋肉のつき方したら、服で誤魔化せませんものねー……。
いやしかしまだ腹筋が割れたりはしていないのでセーフだと思う。
ちょっと触った時に硬いな程度止まりなのでセーフ、きっとセーフ、多分セーフ。
「ソレで結局、相談ってナンなんですの?」
「ああ、そうでした。ソレなんですけれど」
マリーナはむくりと起き上がり、真剣な顔で言う。
「マリーナちゃんは邪神との混血で、知っての通り主食が人肉です。ジュースよりも血を飲むタイプ」
「ああ、確かアナタの親って食料として人間を生贄に求めるタイプなんでしたっけ」
「そう、だからマリーナちゃんは基本的に人肉から栄養を取るタイプ……なん!です!が!」
叫びながらバシバシとヒトのベッドを叩かないで欲しい。
一応魔法での修復も可能っちゃ可能とはいえ、ヒトのベッドのスプリングにナンの恨みがあるのだ。
「マリーナちゃん、肉が嫌いなんですよ!」
「知ってますわ」
「でしょうね!だって食堂でマリーナちゃん肉料理食べてませんし!でも人肉食べないと栄養摂取が出来ないから血液多めに飲んで血で煮込んだ野菜とか食べてますけど……血肉が!足り!ない!」
「こらこらこら」
半分とはいえ邪神が入っている混血の力でそうもベッドを攻撃されるとスプリングさんが二階級特進しかねないのでマリーナの手を握るようにして止める。
コレで相手が悪なら手首を捻る、もしくは場合によって手首をパキッと外すのだが、マリーナは邪神の混血とはいえ悪ではないので優しく押さえる程度の力で握った。
「というか今までは平気だったんじゃりませんの?」
「いえ、ワリと平気じゃなくて……ジョゼとか友達とか見てるだけでつい涎が垂れそうになるコトが何度か」
そう言われてみると何度かそんな状態のマリーナを目撃したコトがあるような。
「だからジョゼに聞きたいんです!お肉じゃないけど血肉食べたみたいな感じで栄養摂取可能な食べ物知りませんか!?」
「そりゃまあ魔物で良いなら幾つか知ってますけれど」
「教えてください!」
「待って待って待って」
ぐいぐい距離を詰められたので手で距離を取りつつ、マリーナに問いかける。
「教えるのは良いんですけれど、本当にお肉じゃ駄目なんですの?血液が飲めるなら肉だって大体はイケると思いますのに」
「マリーナちゃん、お肉噛んだ時の感触とかが嫌いなんです。だから正直言って魚も微妙です。
肉程じゃないのでどうしようもないレベルで友達に涎が垂れるようになったら魚の血液煮込みで乗り切ってました」
「非常食扱いなんですのね……」
肉と魚が嫌いなのに肉か魚を食べないと栄養が取れないというのは大変だ。
「……多分、アナタにピッタリなのはレッドストロベリーだと思いますわ」
「レッドストロベリー?」
「真っ赤なイチゴを生らせる植物系の魔物ですの。そのイチゴの果汁は血であり、果肉はジューシーな生肉の味、だそうですわよ」
自分は血や生肉を食べるタイプではないので実食したコトは無いが。
「食感自体はイチゴそのままだそうですし、血肉を主食とする方にはイチゴらしい甘さも感じるようでデザートとして人気が高いと図鑑には書かれてましたわ」
要するに血肉を主食としないヒトからすると鉄臭くて甘さなど一切感じないというコトでもある。
だが血肉を主食とするヒトからすると血肉系デザートはあまり無い為、イチゴ系の調理をすれば美味しいブラッドデザートになるというコトでレッドストロベリーはかなり重宝されているらしい。
「……そんな魔物が居るなんて、初めて知りました」
「人肉料理店では普通にメニューに載っているそうですけれど?」
「マリーナちゃんは肉が嫌いなので人肉料理店には行かないんです。行っても血液しか飲まない、というか飲めませんし」
「あー」
一応付き添いのヒト用に人肉料理以外の料理もあるが、感覚的にはアレルギーで食べれない好物が人気の店、みたいな感じなのだろう、多分。
他のヒトが美味しそうに食べているのに自分は食べれないとなると、マリーナが拗ねた表情になるのもわかる気がする。
「でも人肉を主食とするモノ用にレッドストロベリーの種とか花屋で取り扱ってたハズですから……種から育てるというのもアリかもしれませんわね」
「種から……ジョゼ、育て方ってわかります?」
「いやソコでナンでわたくしに聞くんですの?ドコで売ってるかも含めてケイト植物教師に聞きなさいな」
専門家であり本職だから最適解だろうに。
「ケイト植物教師なら種を持ってる可能性もありますしね」
「ちょっと行ってきますね!」
勢い良く立ち上がって扉を開けようとしたマリーナだったが、あ、と言って扉に手を掛けた状態でくるりとこちらに振り返った。
「ジョゼ、ちょっとだけ献血してくれる気とかってありませんか?喉乾いちゃいました」
「お断りですわ。食堂で注文しなさいな」
食品扱いの血液が飲める場所があるのだからそんな横着をしないで欲しい。
消毒液取りに行くの面倒だから舐めて済ませるようなモノだろうソレは。
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コレはその後の話になるが、ケイト植物教師は丁度知り合いからレッドストロベリーを貰い持て余していたらしく、種どころか既に実が採取可能なくらいに育っているレッドストロベリーがマリーナに譲渡された。
「ハァ~、美味しいです♡」
食堂でコップに入った血液を飲みながら、マリーナはうっとりした笑顔でレッドストロベリーの実を取って摘まんでいた。
「ああこの果汁、血液でありながら甘味があってもうとろけちゃいそうですよ!
果肉も食感はイチゴでありながらほぼ肉だから栄養も摂取出来るし……そしてまた血液と一緒に食べると実の甘さが際立って、ハァ……♡」
「うーん、うっとりしてくれるくらいに僕の実を好んでくれるのは嬉しいけど、そんなにも実にばっか夢中になってたら嫉妬しちゃうぜ?」
そんなマリーナに、テーブルの上に鉢植えごと置かれているレッドストロベリーがケラケラ笑いながらそう言った。
「あれあれ?でも実だってレッドストロベリーの一部でしょう?」
「あのねえマリーナ、キミだって僕がキミの手が好きだって言い続けていたら自分の手だけが好きなのかなって思うだろう?」
「マリーナちゃんは全てにおいて魅力的な女の子だから手だけに好意を抱かれるなんてあり得ませんよ」
「ワー自信家。いやまあそういうトコも好きだし実際魅力的だから良いけどさあ」
「ソレにレッドストロベリーは食用系魔物でもあるようなモノなんですから、食べられる方が嬉しくないですか?」
「うーんごもっとも、その通り」
レッドストロベリーはそう言って、まるで肩をすくめるかのようにワサリと蔦を動かした。
「確かに食べられないよりは食べられる方が嬉しいけど、ソレでもキミの場合はちょっと食欲が凄いイメージが強いんだよね。初対面の時覚えてる?」
「ケイト先生がくれました」
「いやそうじゃなくてさあ……多分僕の実の香りって血の香りがするからだと思うけど、ソレに誘われてなのか僕を見るキミの目、すっごいギラギラしてたからね!?ソレはもう飢えた獣かと思うくらいに!」
「飢えた邪神の娘ですよ?」
「ソレもっと怖くない?」
確かに。
「栄養が足りてないからか顔色悪いのに、興奮した様子で涎垂らしてさ。間近で見られてた時はとってもハラハラしてたんだぜ?あ、ヤバい今生ってる実全部食われる!ってね」
「ちゃんと二割は残しましたよ!ソレに水とか肥料とかもしっかり与えてるからすぐにまた生るじゃないですか!」
「いやあ、ソレはそうなんだけどあの圧は凄かったよ。まあそうは言っても可愛らしい女の子に全部を食われるっていうのはある意味オスとして本望な気はするけどね!」
「そういえばレッドストロベリーのコトは声や口調から暫定的にオスだと思ってますけど、実際に性別とかあるんですか?」
「うん?無いよ?」
レッドストロベリーはきょとんとした声でさらっと答えた。
「というよりは僕って結局植物であり花みたいなモノだから、どっちでもあるっていうのが正確かな。でもどっちだったとしても人間であるキミからしたら雌雄の区別とかつかなくない?」
「普通に無理ですねー」
確かに植物の雌雄を区別するなど、ヒヨコの雌雄よりも難題だ。
「だから暫定的で良いのさ、そんなのは。僕そういうの気にしないし、性別だの性格だので細かく分類するのなんて面倒だろうし。
そんなの言い始めたら無機物系魔物とか性別無いってなって色々思考がごちゃごちゃしちゃわない?」
「あー、確かにそうかもしれませんね」
「ね。だから僕としては、僕を美味しく食べてくれたらソレで良いよ」
「食べ過ぎは嫌がるのに?」
「食べ過ぎた結果全部食べちゃったら実が生るまでの間に我慢するコトになるのはマリーナだぜ?」
「むぅ」
そのレッドストロベリーの言葉に納得したのか、実際に我慢をするコトになったコトがあるのかはわからないが、マリーナは拗ねたように唇を尖らせながらも納得したように手を下ろした。
ちなみに会話の最中も実を食べられていた為、レッドストロベリーに生っている実は気付けば三割程度だ。
味覚的にも食感的にも栄養的にも相性的にも良いようで、なによりである。
マリーナ
生贄を食う系の邪神との混血だが、肉や魚の食感が嫌いなので常に空腹感を感じていた。
現在は血の味が濃くて甘いレッドストロベリーの実がある為、友人に涎を垂らすコトは無くなった。
レッドストロベリー
果汁が血の味という、肉食系の種族に大人気の植物系であり食用系魔物。
水と栄養になるナニか(残飯など)を吸収するコトで凄く早いスパンで実を生らすコトが可能。