お針子少女とギャンブルファイアフライ
オリジナル歌詞が作中で出ます。
彼女の話をしよう。
お針子で、貧乏で、歌がとても上手な。
これは、そんな彼女の物語。
・
ふと、気付いた。
愛用しているハンカチが少し破れている。
……森に行った時に引っ掛けたみたいですわね。
破れている箇所を視て、そう判断する。
お小遣いもバイトのお金もあるのでハンカチを新しいのにするのは全然構わないのだが、コレは母から入学祝いに、と貰ったモノだ。
……カティヤ手芸教師の授業も受けてるので直せはしますが……。
この学園では、授業は選択制だ。
様々な教科があり、そして生徒達も様々な体質がある。
なので最低三つの教科を選択し、あとは他の教科のキホン授業だけ受ければ、最低三つの授業で済む。
生徒によっては、自分にとって重要な教科を受け、空いた時間にバイトをしてお金を稼ぐ子も多い。
……まあ、キホン皆学びに来てるので、最低数である三つの授業しか受けない生徒は本当にお金に困ってる生徒くらいですけれど。
さておき、ハンカチだ。
カティヤ手芸教師の授業も受けてるので、細かい刺繍は無理でも修復くらいは出来る。
が、折角だ。
「ララに頼みましょうか」
ついでに刺繍も頼んでしまおう。
・
黒い髪を揺らしながら、ララは中庭のベンチで鼻歌混じりに刺繍をしていた。
「こんにちは、ララ。お隣、よろしくて?」
「あ、ジョゼ。ええ、構いませんよ」
こちらの言葉にララはふわりと微笑み、横に置いていた裁縫道具を少し退けてくれた。
「……お仕事ですの?」
「はい。こういう空いた時間にウチの仕事をしておけば、家計の助けになりますから」
ララは自分の手元から目を逸らさず、そう受け答えながらも手は休めない。
あっという間に、上着と思われる布に刺繍をし終えた。
「こんなに細かいのに、あっという間に……」
「そんな、貴族であるジョゼの目で見たらそんな細かくもありませんよ」
「いえ、わたくしの目で視ても充分に細かい刺繍ですわよ」
葉っぱなどに視える葉脈のように細かい刺繍は、充分過ぎる程に細かいだろう。
「あ、ところでお仕事中に申し訳ないんですけれど、追加でお仕事、頼めます?」
「追加?」
「ええ」
キュロットスカートのポケットから破れたハンカチを出し、ララに見せる。
「コレ、破れてしまいましたの。修復と、ついでに刺繍も頼めないかと思って」
ララはハンカチを受け取って確認してから、クスリと微笑む。
「有料ですよ?」
「モチロン、そのつもりで頼んでますわ」
「了解です。じゃ、ソッコでやりますね」
「あら、ありがとうございます」
どうやら他のを後回しにしてハンカチの修復と刺繍をしてもらえるらしいので、隣でその作業を見る。
「……やっぱり早いですわねー」
あっという間に破れた部分がわからなくなった。
自分もそれなりに出来るとは思うが、あくまで平均レベルだ。
流石本職と言うべきか、手の動きに無駄が無いのが視える。
「そんなコトはありませんよ」
手元から目は逸らさないまま、ララは照れ臭そうに笑った。
「で、刺繍のデザインは?細かい程値段は上がりますが、個人的にはそっちの方が家計的に助かります」
「正直ですわねー」
ララの家は全員お針子であり、貧乏らしい。前に本人から聞いた。
「では、シンプルに見えるけど細かい刺繍でお願いしますわ」
「毎度ありがとうございます」
自分がバイトなどもやってお金を稼いでいるのは、お金を貯める為では無く、お金を好きに使う為だ。
モチロン自分に豪遊する気などは皆無だが、自分で稼いだお金の方が使う時に躊躇わずに済む。
……自分で稼いだお金だからこそ、自分でお金を使用するのに納得してる分、使いやすいんですのよね。
そして自分は誰かの為にそういうのを使うのも好きだ。
ヒモのようにタカられるのはごめんだが、こうやって頑張っている子には、キチンと仕事を頼んで、その上で渡す。
頑張っている子はお金イコール仕事をして貰うモノという認識なので、その分仕事に妥協しない。
つまり、お金の分だけ良い仕事をしてくれるコトだ。
……そういうの、大事ですわよね。
「……私はアナタのコトが好き、よ」
チクチクと空色のハンカチに針を通しながら、ララはそうポツリと歌い始めた。
「自信の無い アナタ
控えめな アナタ」
……ノッてますわね、ララ。
「そんなアナタではあるけれど
とても優しいのを知っている」
ララは針仕事をする時、歌い始めるコトが多い。
その方が針もノるのか、手元のスピードが上がり、ハンカチに刺繍の花が咲き始める。
「デートの時は 荷物を持って
馬車が来たなら そちらに立って」
歌うのが好きなんだろう、と思う。
何せとても綺麗な歌声だし、ララと友人になったのは図書室で劇団関係の本を探すのを手伝って欲しいと頼まれたのがキッカケだからだ。
「疲れてきたら 休ませてくれて
そんな素敵な 優しいアナタ」
今ララが歌っているのは、最近の流行りの歌だ。
控えめだけど優しい恋人を想う歌詞で、女子人気が高い。
「前髪長くて 服適当で
なのに私の変化に気付いてくれる
新しい服を褒めてくれるの」
優しく、しかしハッキリと通る歌声。
「お腹が空いたら 食事をしよう
寄りたいのなら ドコでも寄ろう」
刺繍の花が咲いたハンカチに、刺繍の蝶が増えていく。
「退屈かも知れないと言えば
楽しそうな顔が見たいと微笑んでくれた
アナタ意外と ヒトたらしなのね」
……歌うお仕事探したら、良いと思うんですけれど。
「優しいアナタ 素敵なアナタ」
歌うのも好きなようだし、劇団の本を読む時や語る時の表情からしても、憧れはあるのだと思う。
が、お金に関するコトや、自信の無さが問題だ。
自分は貴族として劇団を観に行ったコトもあるので合うと思うのだが、ララは自分の歌声にソコまで自信が無いらしい。
「そんなアナタだからこそ
私はアナタが好きなのよ」
……充分に上手だと思いますけれど。
「これからも 一緒に居てね」
歌い終わると同時に、ハンカチの刺繍も終わった。
破れていたハンカチは見事に修復され、あちこちに花が咲き、蝶が飛んでいる刺繍が施されている。
普通ならゴテゴテした見た目になりそうなモノだが、細やかな刺繍の為、シンプルかつ美しいという繊細な仕上がりになっていた。
「……流石、本職ですわね。完璧ですわ」
「そ、そうですか?」
ララは照れ臭そうにそう返しながらも、ハンカチを受け取ると共に渡した修復と刺繍分の代金が入った袋はしっかりと抱えた。
そして中を覗いて金額を数え、キチンと金額通りのお金が入っているコトを確認し、満足そうに笑みを浮かべた。
「はい、確かに金額通り。ありがとうございます、ジョゼ。コレでウチの家計が助かります」
「いいえ、仕事に見合うだけの代金ですから、ソレはアナタの頑張りの結果ですのよ?」
クスクスと笑ってララの言葉にそう返す。
「……ところで、ララ。アナタ、劇団に入って歌手を目指したりとか、しないんですの?」
「………………そう、ですね」
お金をポケットに仕舞い、ララは苦笑する。
「目指したいな、とは思いますけど、だからってどうしたら良いのかって感じです。劇団に入らせてくださいと言う勇気もありませんし……入れない可能性も高いですし、入れても歌唱力が足りなかったらした働きになるかもしれませんし、そうなると収入が……」
……成る程、思考がネガティブな方に突き進んじゃうんですのね。
「劇団を実際に観賞したコトがあるわたくしからすれば、充分だと思いますわよ?ララの歌声」
「えっ!?」
その言葉に、ララは凄く驚いたような、恥ずかしそうな表情になった。
「わ、私、ジョゼに歌を披露したコトなんてありましたっけ……?」
「え、アレ無意識だったんですの?」
口をパクパクと開閉するララの表情を視れば、ソレが本当のコトだとわかる。
……無意識であんだけ伸びやかな歌声出せるんですのね。
「刺繍する時、歌ってましたわよ。最近流行りの控えめだけど優しい恋人の歌」
「うあああぁあぁぁぁぁ……」
呻き声を上げ、ララは顔を真っ赤にして、その顔を手で覆う。
「……は、恥ずかしい……」
「いえ、上手でしたわよ」
「せやせや、伸びやかでホンマうっとりしてまう歌声やったで!」
「で、でも、無意識で歌ってしまうなんて……」
「針仕事も大事ですけれど、本心では歌が好きだから、ではありませんの?我慢してても無意識で歌ってしまうのであれば、開き直った方が良いと思いますわ」
「ワイもそー思うわ。あんだけ綺麗な歌声やったら、毎日でも聞きたいくらいやしな!」
……誰ですのさっきから。
会話に混ざってくる男の声に、ララも戸惑ったように周囲を見渡す。
「……あ」
ふとベンチの上を視ると、ララの裁縫道具の隣に、ホタルが居た。
「お、やっと気付いてくれたん?ソコのおじょーちゃんがキレーな声で歌っとる時からここにおったんやけど」
「そうだったんですか……気付かなくて申し訳ありません」
「ええよ、別に」
ケラケラと笑いながら、ホタルは気にしなくて良いと言うように小さな手を動かした。
「ソレよかおじょーちゃん、歌に惹かれてついつい話聞いてもーたんやけど、歌あんだけ上手で劇団に憧れとるっちゅうコトは、おじょーちゃんは歌手になりたいんか?」
「おじょーちゃんじゃなくて、ララですよ」
「おん、すまんなララちゃん。……ほんで、どないやのん?」
ホタルの問いに、ララは憧れを想うかのように、遠くを見た。
「……なれたらな、とは思いますよ。やっぱり。でも自信も無ければ、キッカケもありませんし」
「自信なんてあの歌声やったら有り余るくらいやろ!ホンマうっとり聞き惚れてまうくらいやったで!」
「ありがとうございます」
ニッコリとした笑顔だったが、その表情は視なくても社交辞令だとわかる笑みだった。
「……本気にしとらんのが伝わってくるわ……」
肩があるようには見えないが、ホタルはガックリと肩を落としたような声色でそう言った。
「ほんなら!」
が、すぐにララの顔の近くへと飛び上がり、大きな声で言う。
「ワイをララちゃんのパートナーにしてんか!?」
「え、いや、初対面なのでパートナーになるのは流石に心の準備が」
ホタルの気合入った告白に対し、ララは真っ当かつクールな返答をした。
その返事に落ち込んだのか、ホタルはさっきよりも高度が少し下がっている。
「……ほ、ほんならお試し!ちょっとの間一緒に過ごさせてーな!ワイはララちゃんの可愛さと歌声に惚れてん!な!な!後悔はさせへんからー!」
「わ、わ、わ……!」
ヒュンヒュンと目が回る勢いで、ホタルはララの周りを飛び始めた。
そういえば地球知識曰く、ホタルのオスはじっとしているメスの周囲を飛び回って求愛するらしい。
……コレも、求愛行動の一種なのかもしれませんわね。
だが、ララにはソコまで伝わっていない。
周囲を飛び回られ、好きだと叫ばれ、ララは困惑と照れから目を回して顔を真っ赤にしている。
「わ、わ、わかりました!わかりましたから!ちょ、ちょっとの間だけなら……!」
「ホンマか!?おおきにー!」
ホタルの熱烈なアタックに、ララの方が折れた。
礼を言ってようやく飛び回るのを止めたホタルに、ララが人差し指を差し出す。
「……あの、じゃあ、私はアナタをナンて呼べば良いのでしょうか。ホタルさんと呼ぶのもナンですし……」
「ああ、ソレもそやなあ」
ララの人差し指にとまり、昼なので見えにくいがお尻の部分を光らせてホタルは言う。
「ワイはギャンブルファイアフライっちゅう魔物やねん。ララちゃんにデッカイ幸福を運び込んだるさかい、楽しみにしといてや!」
……ギャンブルファイアフライ?
見た目はホタルでしかなく、どのホタル系魔物かわからなかったが、確かにお尻の光はギャンブルファイアフライが放つと書かれていた通り、青い光だ。
しかし、ギャンブルファイアフライとは……。
「……シー」
こちらが気付いたコトに気付いたのか、ギャンブルファイアフライはララにも聞こえないような小声でそう言った。
・
ギャンブルファイアフライの説明をしよう。
ギャンブルファイアフライは、要するに博打ホタルという意味だ。
殆どが勝手に押し掛けてきて、気付いたらパートナーになっているという前例が多い、押し掛け女房ならぬ押し掛け魔物。
そのギャンブルファイアフライの能力は、奇跡。
正確には、奇跡に限りなく近いキッカケの提供。
押し掛ける対象が善人であれば、善いコトへのキッカケが。押し掛ける対象が悪人であれば、悪いコトへのキッカケが発生する。
つまり善人にはシンデレラが王子の前で靴を落とすというような幸福へのキッカケが発生し、悪人には兵士に捕まるような証拠を落としてしまうという、悪人にとって悪いコトになるキッカケが生じる。
ただし、この能力は奇跡染みている分、対価も大きい。
まずこの能力を発動するには、あの青い光を発してから、対象の近くに居る必要がある。
そして、一度能力を使用すると、二度と能力は使用出来なくなる。
……要するに、一度きりの使いきりアイテムみたいな感じなんですのよね。
ギャンブルファイアフライはそうやって押し掛けた相手に能力を使用し、力を失う。
だが、ただ普通のホタルの魔物になるだけであって、会話も出来るままだし生命力が失われるワケでもない。
けれどギャンブルファイアフライ当魔からすると自分の価値が無くなったと思うのか、能力を使用して対象にそのキッカケが発生したのを見届けると、そのまま水に飛び込んで自殺する前例が多数ある。
……多分、あのギャンブルファイアフライもそのつもりでしたわよね。
ララに知らせないようにと言うようなあの口止めは、そのつもりがあるからだろう。
そうで無ければ、自分がララにギャンブルファイアフライの生態を伝えようとするのを止めはしまい。
……魔物の生態に口出しするのは、憚られますし……。
自殺はしないようにと言いたいが、ほぼそういう生態のようなモノなのだ。
猫が毛玉を吐くように、ウサギが糞を食べるように、第三者が言ってどうにかなるコトでも無い。
……水に飛び込む前に、ララがギャンブルファイアフライの自殺を食い止めるのを期待、ですわね。
第三者でしかない自分には、そう願うしかない。
・
コレはその後の話になるが、あの後の帰宅時、ララには奇跡が起きたらしい。
どうも偶然が重なった結果歌声を劇団のヒトに聞かれ、歌手にスカウトされたとか。
最初は自信の無さから拒否しようとしたらしいが、ギャンブルファイアフライの押しもあり、話だけでも聞くコトになったらしい。
そして劇団員達の雰囲気も良く、お給料もしっかりしており、ララはそのスカウトの話を受けるコトにしたそうだ。
……報告してくれた時の笑顔、ホント輝いてましたわね。
劇団関係の本を読む時、憧れと共に諦めが含まれた表情が多かったので、友人としても実に喜ばしい。
で、ギャンブルファイアフライだが。
「今日もまたララちゃんの歌声はピカイチやな!」
無事、自殺は食い止められたらしい。
というかそもそも、自殺しようとする前に、ララから言われたそうだ。
「あの……ありがとうございます。劇団に入って歌手になりたいって、ずっと思ってましたけど……まさか、本当に、あんな風に声を掛けてもらえるなんて、思っていなかったので……。
思わず断りそうになった私を止めて、積極的に押してくれて……その、ホントは舞台とか、緊張とか恐怖があるので、ソレもあって断ろうと思ったんですけど……ギャンブルファイアフライの応援があれば、私、自分に自信が持てそうです」
そんな言葉を、あの大輪の花のような笑みと共に言われたらしい。
惚れた相手にコレからも応援して欲しいとまで言われては、自殺癖があるとされるギャンブルファイアフライであろうと、自殺しようという考えを破棄するしかないだろう。
「……ララちゃん、ホンマにええの?ワイ、言っちゃナンやけど、奇跡みたいなキッカケ起こすしか能力無いで?ソレも使ってもーたさかい、正直他の魔物パートナーにした方がメリットある思うで?」
「私は、魔物の能力というより……私の歌声と、私を好きになってくれたギャンブルファイアフライの言葉の方が嬉しいんです。能力が目的で一緒に居たいんじゃなくて、アナタからの応援が欲しい」
……実際は、そういうやり取りもあったようですけれど。
しかしギャンブルファイアフライの本心からの応援で、ララからギャンブルファイアフライへの好感度もどんどん高くなっているのが視なくてもわかる。
センスはあるがネガティブ気味のララに対し、そのセンスある部分を肯定した上でポジティブな方へと引っ張ってくれるギャンブルファイアフライ。
ララ曰く、もうすぐデビュー曲も発表されるらしく、色々お世話になったからとデビューライブのチケットを貰った。
正直自分はただ隣に居ただけだが、チケットはキチンと代金を払った上で受け取った。
ララのデビューライブの日が、今から楽しみだ。
ララ
私服は古着を自分でリメイクして着てるくらいには貧乏。
でもギャンブルファイアフライが提供してくれたキッカケと自前の歌声により歌手デビューした為、家計がかなり安定した。
ギャンブルファイアフライ
関西弁っぽい口調で種族的に自殺癖がある魔物。
自分の応援が必要と言われたので自殺しようという思考はソッコで捨てた。