庭師とジュエルローズ
彼の話をしよう。
ずっと昔からエメラルド家の庭師をしていて、パートナーを愛していて、最近になって子供を作った。
これは、そんな彼の物語。
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長期休暇で実家に戻ってきたので、久々にゆっくりと見て回ろうと思い庭を歩く。
いつも見ている庭ではあるが、こうしてゆっくりじっくり見ると今までの記憶とは色々と変化しているトコロも多い。
……庭の変化なのか、わたくしが変化して見方が変わったのか、どちらでしょう。
まあどちらでも新鮮な感覚を味わえるコトに変わりはない。
そう思いつつ歩いていると、半透明な女性の魔物と共に庭の手入れをしているセミョーンが見えた。
……いえまあ、わたくしには半透明じゃなくてクッキリと視えてますけれど。
「おや、ジョゼフィーヌではありませんか」
「む?ああ、本当だ。どうかしたかね、お嬢様」
バラをヒトにしたような華やかな見た目のジュエルローズがまずこちらに気付き、彼女の言葉でセミョーンも気付いてこちらを向いた。
セミョーンは自分が生まれるずっと前からエメラルド家の庭師をしていて、物心ついた頃にはとっくに老人だったからこうして会っても変わったようには見えない。
……でもよく視ればシワの数が増えていて、年月を感じますわね。
「どうかした、というか……久々に庭を歩こうと思ったんですの。長期休暇で戻ってきても部屋で休むか、友人達へのお土産探しばかりでしたから」
「そういえばここ数年はそうだったか」
「ふふ、こうしてセミョーンと向き合うと、ジョゼフィーヌは随分と背が伸びましたね」
ジュエルローズはふわりと浮きながら、自分の頭がある位置で手を平行にしてセミョーンとの身長差を測って微笑む。
「昔はもっとずっと小さくて……というか、思ったより大きいですね」
「わたくし同年代の中でも成長が早いっぽいんですの」
流石に巨人系の混血の子には負けるが、自分は他の子よりも少し背が高めだ。
「ふむ、旦那様も背が高いし、奥様も背が低いワケではないからかもしれないな。きっとスラリとした高身長の美人になるだろう」
「だと嬉しいですわね」
作業用の手袋を外したセミョーンに頭をぐりぐりと撫でられた。
今年は髪を下ろすコトにしているので、こうやって頭を撫でられても髪型が乱れるのを気にしなくても良いのは良いコトだ。
……まあ、結局乱れるのに変わりはないから整えるのは必要ですけれど。
髪を結び直す手間が無いだけ良い。
「身長、ですか」
半透明でありながらもステンドグラスのようにキラキラしているジュエルローズは、うっすらとした笑みを浮かべながらセミョーンの頭を抱き締めるようにして抱き着いた。
「私はどうですか?セミョーン。アナタ好みの身長でしょうか」
「さて、どうだろう。そもそもそうやって浮いているから、今更身長がどうと言われても困る。儂はとっくにジュエルローズを見上げるのに慣れているからな」
「ふふふ、長い付き合いですからね」
年季が入っているのがわかるイチャつき方だった。
「ソレに大前提としてお前の本体は基本的に小さいから、どちらでも、としか思えない。上を見ても下を見てもソコにあるのはジュエルローズだ」
ジュエルローズの頭に手を添えるようにして抱き寄せるセミョーンの声はとても優しくて、甘い。
「……苦いお茶が欲しくなりますわー……」
「ん?ああ、お茶ならすぐに出せるぞ。ウチに来るかね?」
「私の本体もあるからお茶にはオススメですよ。どの花よりも見ていて幸せな気分にさせるコトが出来ると自負しているくらいには美しいですからね!セミョーンのお陰で!」
グッ、とジュエルローズは両手を握り拳のカタチにした。
単純に雰囲気の甘さを中和したかっただけなのだが、久々に間近でジュエルローズの本体を見たいという気持ちもあるのでありがたくお邪魔させてもらおう。
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エメラルド家の庭の中には、庭師用の家がある。
元々は庭師用の物置のつもりだったらしいのだが、こちらの方が落ち着くから、と言ってセミョーンはソコを家にした。
まあ流石に当時の当主は物置で寝かせるのはちょっと、というコトで生活用スペースを増築して少しお高めな一般人用の家、くらいの内装にしたそうだが。
……多分エメラルド家が上流貴族にしてはフランクなのって、先祖から引き継いでる気がしますわねー……。
「古い椅子で悪いが、お嬢様はその椅子を使ってくれ。今お茶を淹れよう」
「ありがとうございます」
古いと言ってはいるが、駄目になった部分をちょいちょい新しい木材で直しているのか、ソコまで古いワケでも無い。
確かに使用感があるので古く見えるかもしれないが、長く使われている分椅子として馴染んでいて、座り心地に問題は無い。
そう思いつつ、目の前のテーブルに目を向ける。
「……相変わらず、ジュエルローズは綺麗ですわね」
「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」
半透明なジュエルローズは自慢げに微笑んだ。
テーブルの上には、とても美しいカラフルな宝石で構築されているバラがある。
コレこそがジュエルローズの本体だ。
半透明な方は要するに思念体であり、存在としては同一だが本体としてはこちらのバラの方が本体なのである。
……分類としては、幽体離脱みたいなモンですわよね。
そんなジュエルローズは酷く繊細な魔物であり、誰かの世話が無くてはすぐに枯れてしまう程だ。
しかしキチンと世話さえすれば周囲の植物が活性化する、という特性を持つ魔物でもある。
……異世界のわたくし的に言うなら、範囲がミニなユグドラシルのバラバージョン、のような。
言っといてナンだがいまいち意味はわからない。
が、まあ確かに周囲の植物のコア的な立ち位置であるコトは確かなので大体合っているのだろう、多分。
「……とはいえ、もうそろそろ寿命ですが」
「エ?……ああ、もうすぐ今年が終わりますものね」
ジュエルローズの寿命は一年間であり、どれだけ大事に世話をしていたとしても一年の終わりには必ず枯れる。
しかしキチンとした世話をしていたのであれば、ジュエルローズは枯れると共に種を一つ残すのだ。
その種からまたジュエルローズは咲き、また一年間咲き続ける。
……その年によって花びらを構築している宝石が変わるんですのよね。
ちなみに半透明の方のジュエルローズも毎年見た目が変わる。
その理由は本体であるバラが生まれ直すから、だろう。
種になる際に今までの記憶が引き継がれるので何度生まれ直そうともジュエルローズはジュエルローズのままなのだが、そうやって見た目が変化していく部分は花らしい。
……というか記憶がそのまま残るという部分は宝石らしくて、一年で終わりまた新しい花を咲かせるのは花らしい、って感じですわね。
見た目だけではなく、生態的にもジュエルローズという名は合っていると思う。
「一年の終わりは毎年寂しいモノだが、来年はどんなジュエルローズになるか楽しみでもある。どうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
セミョーンが淹れてくれたお茶を飲み、ホッと一息。
「来年、来年ですか……来年の私はどんな宝石で咲くのでしょうね」
「さあ。儂はただジュエルローズが枯れぬよう、そして美しく咲けるように世話をするだけだ」
「おやまあ、随分と余裕ですね。昔は必死で私の世話をしていたというのに」
ふふふ、と微笑むジュエルローズに、そういえばセミョーンとジュエルローズの馴れ初めを聞いたコトは無かったな、とふと気付く。
「昔の話、気になりますわ。昔のセミョーンはどんな感じだったんですの?」
「おやおや、気になりますか?昔はソレはもう若々しかったですよ。今でこそ白髪混じりになっていますが、若かりし当時は焦げ茶色の髪に焼けた肌が似合う子でした。
まあ肌が焼けていたのは庭の手入れに関してがまだ未熟だった故に効率が悪かったせいなのですが」
「…………」
セミョーンは気恥ずかしそうに頬を染めながら、居心地悪そうに目を逸らしてお茶を飲んでいた。
止めはしないが語られるのは恥ずかしい、という感じなのだろう。
……まあ、ソレが視えていても普通に聞かせていただきますけれど。
甘いモノと心ときめくモノと恋バナは乙女の好物だ。
「昔のセミョーンは本当にセンスが無く、人目につく部分の世話で精一杯でした。
ですが、ある日ひっそりと庭に咲いている私を見つけ、キチンとした鉢植えに植え替え、必死に世話をして枯れないようにしてくれたのもセミョーンなのです」
「でしょうね」
「ああ、ですがその時の鉢植えはこの鉢植えではありませんよ?当時の鉢植えは経年劣化でバッキリとお亡くなりになりましたから」
「現在の鉢植えは六代目だったか」
そう言ってセミョーンはお茶を啜った。
薄々察してはいたが、どうやらセミョーンとジュエルローズの関係は本気で年季が入っているらしい。
自分が思っていたよりもずっと前に出会い、パートナーになったのだろう。
「ふふ、本当にあの時のセミョーンは可愛らしかったです。今もモチロン魅力的ですし、年を取ったコトで安定感も出て昔とはまた違う感じに素敵ですが」
ジュエルローズはうっとりした笑みでそう語るが、こちらからすると随分糖度が高いノロケでしかない。
「さておき、セミョーンは必死に私の世話をしてくれました。ちゃんと正しい世話の仕方を調べて頑張ってくれていたので、私は私でセミョーンに効率の良い庭の手入れの仕方を教えたりしましたね」
「……ああ。正直昔の儂のセンスが皆無だったり非効率だったのは事実だからな。ジュエルローズが居なかったらクビになる可能性すらあった」
「ここの当主は皆、頑張り屋であるなら結構認めてくれますが……まあ確かに結果を出せないのであれば頑張りの方向性を間違えているから、とクビにする可能性はありますか」
確かにいまいち向上しないようなら見込み無しと判断するだろうなというのはわかる。
「ともあれ人目につかない場所も手が入れられるようになった頃、私は枯れかけ……あの時のセミョーンは流石に可哀想でしたね」
「一年の終わりに枯れるというのを知らなかったからな。自分の世話の仕方が悪かったのかとあの時は本当にショックだった」
「あまりに可哀想だから、コレはただの生態であり、私が残す種を植えて育てればすぐにまた会えますよ、と教えたんでしたね。
ふふふ、今思うとからかっておけば良かったとも思いますが、そうすると残した種を大事な思い出として植えずに取っておきそうですから、言うのが正解だったのでしょう」
「……我ながらまったく同じ考えだ。危うく儂がジュエルローズを殺すトコロだったな」
確かに種を植えるコトで生まれ直すのがジュエルローズの生態なので、植えられないままだと折角次へと引き継がれる記憶も種の中で枯れかねない。
ジュエルローズが一時的な楽しみに揺らいでいたら危うかった。
「そしてセミョーンが種を植え、私が再び生まれ、世話をしてもらい、時々セミョーンに手入れについてを教え、枯れ……ソレを繰り返していたら、パートナーになっていましたね」
「ああ、気付けば、というタイプだったせいで隣に居るのが当然になり過ぎていたからな……」
「ふふ、危うく子供を作るのを忘れるトコロでしたね」
セミョーンは薄く、ジュエルローズは楽しげに笑い合った。
そう、セミョーンは既に結構な高齢なのだが、ジュエルローズとの子供を作ったのはつい最近なのである。
来年学園に入学する弟よりも幼い男の子であり、今は近所の友人と遊びに行っているらしい。
「オーレリアンが生まれてから、そういえば子供を作っていないコトに気が付いて……ふふふ、あの時は数十年ぶりに緊張感がありました」
「流石にこれだけ年を食ってから子供を作るというのはどうなのか、と色々な考えが頭をよぎったからな」
「まあオーレリアンがあまりに可愛らしかったからやっぱ子供を作ろう、って結論に行きつくまでは早かったですが」
「あら、可愛かったのはオーレリアンだけですの?」
「モチロン、ジョゼフィーヌも可愛らしかったですよ」
ジュエルローズにうりうりと頬を揉まれる。
半透明の思念体ではあるが一応触ったりが出来るらしく、しっかりとした感触がある。
「サミュエルもアリエルも……アリエルは頻繁にドコかへ飛んで行って行方不明になるコトがありましたが」
「迷子癖とは違い、とにかく気になる方へ行くという性格だったからな……ソレがわかってから紐で括られるようになっていたのが昨日のコトのようだ」
……お姉様、幼少期から……。
学園を卒業した現在はさぞ自由気ままに飛び回っているのだろう。
「とにかく、四人共可愛らしい子でしたよ。モチロン今も可愛らしいままですが、そんな可愛らしい子が四人も居たらこちらも子供を作りたくなるというものです」
「幸い息子も儂と同じ庭師になる気のようだから、積極的に植物関係の知識を蓄えているし」
「将来が楽しみですね」
「ああ、見た目はジュエルローズに似たから将来はさぞヒトの心を射止める美しさになるだろうな」
「……セミョーン、私は技術的な意味で言ったのですが」
「ん?ジュエルローズが教えてくれているのだから技術的に優れた子になるのは当然だろう?」
「まったくもう……」
あー、砂糖が口から滝のように流れそうなくらいに甘い。
雰囲気も視線も空気も微笑みもナニもかもが甘く、わざわざ淹れてもらった苦いお茶ですら甘さに負けているレベルだ。
コレはもう糖尿病にする気かと思うレベルの糖度だろう。
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コレはその後の話になるが、ジュエルローズは既に後のコトを色々と考えているらしい。
「セミョーンは息子と違って生粋の人間ですからね。まあ混血であっても寿命は避けられない場合が多いでしょうが……ともあれ、セミョーンの死後、私は生まれ直すつもりはありませんよ」
「そうなんですの?」
「ハイ。まあそうは言ってもセミョーンの寿命が尽きるまでにはまだ十年以上ありますし、その頃には息子も大人になっているコトでしょうから。私の娘を世話を出来るようにはなっているハズです」
「……娘?」
「私が記憶を引き継ごうとしなければ、枯れた後に残る種はまっさらな生まれたての子。そう考えると、ソレは私の娘となるハズです」
「成る程、ソレは確かにそうですわね」
現在はジュエルローズが記憶を引き継いでいるからどれだけ生まれ直してもジュエルローズのままだ。
しかし記憶を引き継いでいないのであれば、ソレは新しいジュエルローズとなる。
ゲーム的に言うなら一からのリセット、という感じだろう。
「この庭を美しく咲かせ続けているのはセミョーンの努力。私の特性はほんのちょっぴりの隠し味程度でしかありませんが……ソレでも、私の息子と娘が共に歩めたら、とはやはり思ってしまいますね」
クスクスとジュエルローズは微笑んだ。
「……ジュエルローズのまま生きる気は無いんですの?」
「ふふ、私で無くなってもジュエルローズという種族であるコトに変化はありませんよ」
「そうではなく」
「ええ、わかっています」
ジュエルローズはセミョーンに肩車をされているジュエルローズ似の子を見て、愛おしそうに目を細めた。
「……私は生まれてすぐにセミョーンに保護され、ここまで生きてきました。だから私の生は全てセミョーンと共にあるモノで、セミョーンがそばに居ないのではいずれメンタル的な理由で枯れてしまうでしょう」
確かに、植物系魔物はメンタル的なダメージに弱い。
「一年の終わりに枯れるのであれば種を残せますが、メンタル的な理由で枯れると種を残せない。下手をしたらそんな、トラウマになりそうなコトを息子に経験させるコトになってしまいます」
「あー、ソレは確かにトラウマになりそうな……」
「ですから、私はセミョーンと共に死ぬつもりなのですよ。私が最期に残す娘のコトは息子が世話をしてくれるから、大丈夫です」
ジュエルローズは半透明でありながらも、太陽の光を浴びてキラキラと光りながら微笑んでいた。
「まあ湿っぽいコトを言ってもあと十年以上はセミョーンも余裕で生きているでしょうから、まだまだ先のコトですけれどね」
「そうなんですのよねー」
長年庭師をやっているだけあってセミョーンは結構な元気マッチョお爺さんなので、頑張れば二十年先でも生きていそうだ。
セミョーン
ジョゼフィーヌが生まれる前からエメラルド家の庭師をやっている老人。
家族に限りなく近い保護者とエメラルド四兄弟に認識されている。
ジュエルローズ
宝石で出来ているバラの魔物であり、その思念体。
花びら一枚一枚が違う宝石なのだがソレは毎年変化し、その度に思念体の見た目も変化するが、カラフルなのは変わらない。