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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
四年生
124/300

地獄耳少女とリッスンソード



 彼女の話をしよう。

 電気系魔物との混血で、遺伝により聴覚が優れ過ぎていて、耳栓でも防げない為常にグロッキーな。

 これは、そんな彼女の物語。





 王都の公園で、真っ青な顔で蹲っていたジェニファーを介抱した。

 とはいっても吐きそうな彼女を抱き上げてトイレで吐くだけ吐かせてから、公園のベンチで横にしただけだが。



「……うう、ごめんねジョゼ」


「構いませんわ」



 膝枕をしながら、濡らしたハンカチがジェニファーの顔から落ちかけていたので位置を直しておく。



「というか、アナタの場合王都に出るとか相当キッツいんじゃありませんの?」


「うん……」



 腕を動かせるくらいには回復したのか、ハンカチで目元を押さえながらジェニファーは深い溜め息を吐いた。



「……ジョゼも知ってると思うけど、まあ、その通り私の耳がアレで……」


「うん、わかってるから大体伝わりますけれど、前提知識が無いとナニ言ってんのかわかんないですわその言い方。まだ意識が朦朧としてるんなら喋らない方が良いと思いますわよ」


「喋ってる方が気が紛れるから……」


「そうですの?なら良いんですけれど……」



 そう言ってジェニファーの淡い薄緑色の髪が引っ張られたりしないようにと軽く整える。

 自分で自分の髪を下敷きにして引っ張られる痛みは出来るだけ感じたくはないものだろう。



「……電気って、どうして音を通すんだろうね」


「む、難しいコト言いますわね……というかアナタの場合、電気というか電気信号って感じですけれど……」



 そう、ジェニファーは電気系魔物との混血だ。

 だからなのか聴覚部分の電気信号が凄まじいというか、電気的なアレで周囲の音の殆どを拾い上げてしまうらしい。

 だがソレは常に周囲の息遣いや心音、脈拍に内臓の蠢き、服が擦れる音や椅子を動かした音、空気の動きに水の流れる音まで全て細かく聞こえるというコトである。


 ……わたくしも()ようと思えば、というか()ようと思わなくても()えますけれど……。


 幸い自分の場合は()ないぞ!と思っていればどうにかなる。

 どうにかなるというか、一か所に視点を集中させるコトで他をぼやけさせているのだが。


 ……ボケッとしてると服の下どころか細胞の動きまで()えちゃうから、アレなんですのよねー……。


 まあ一番幸いなのは、自前ではなくどこかの誰かがこの視力を提供してくれたからか、脳が処理し切れず容量オーバーからのオーバーヒートを起こさない、という点だが。

 普通は自前だろうが自前じゃなかろうがオーバーヒートになる可能性が高いらしいが、どうも自分にこの視力をくれたどこかの誰かがその辺を上手に調整してくれているらしく、実にありがたいコトだ。


 ……だからこそ、こうして自分の能力によってグロッキーになってる子は見捨てられませんのよね。


 まあ友人が吐きそうな顔で蹲っていたら誰だって見捨てはしないと思うが。



「……というか、ジェニファーはどうして王都に出たんですの?学園内でも結構キツそうですのに、王都はもっとヒトが多くてアレですわよ?」


「うん、もう去年の私じゃないんだ!って思って頑張ってみたら普通に学園内とはまったく違う音で死ぬかと思ったよね……。生活音ヤバい……」


「そりゃそうでしょう」


「ううー……今日こそはこの聴覚をどうにかするナニかがないかと思ったのに……」


「聴覚を?」


「ホラ、私の聴覚は電気信号的なアレで音を認識し過ぎちゃうから、耳栓を付けてても……」


「ああ、効果無いんでしたわね」



 ちなみに魔道具でも駄目だったらしい。

 内部の魔力の流れとかが聞こえてしまい、その独特の音に酔ってしまうんだとか。



「……にしても、普通に歩いてるだけでグロッキーになりがちなのに、その状態で聴覚をどうにかするナニかを探すとかただの自殺行為ですわよね」


「うん、私もちょっとそう思う……」



 ちょっとドコロでは無いと思う。

 ナニかを探すのであればまずそういうナニかがあるかどうかの情報を仕入れる必要があり、そうなると様々なヒトと会話しなくてはいけなかったり、色々な店を巡らなくてはいけない。

 つまりヒト気が多い場所に行くコトになり、ヒト気が多ければ多い程ジェニファーの優れた聴覚には負担が凄まじいコトになってしまう。



「ドコソコに行こう、みたいなのとかはあったんですの?」


「適当にブラブラしてたら見つからないかなーって」


「完全に自殺行為ですわね、ソレ……」



 体質的に考えてもう少し具体的に目的地を設定した方が良いと思う。

 危うく行き倒れる可能性すらあったという事実に背筋がヒンヤリした。



「ジョゼはどうかな?私の聴覚をどうにか出来そうなモノに心当たりとかない?」



 大分落ち着いてきたのか、ジェニファーは顔に掛かっていたハンカチを手に取った。

 その顔色は先程までと違い安定しているように()えたので、まあ多少なら動けるか、と考える。



「一応、ありますわ」


「ドコ!?ナニ!?」


「あぶっ、ちょ、落ち着きなさいな!」


「……うえ、ちょっと脳が揺れた……」


「自業自得ですわよソレ……」



 興奮気味に飛び起きたせいで、急な動きに今まで全力で休んでいた脳が反応出来なかったのだろう。

 ジェニファーの脳は聞き取った音を認識するのに忙しいようなので、そうなるのは当然だ。


 ……というか、危うくジェニファーの頭とわたくしの顎がぶつかるトコでしたわ。


 ()えていたお陰で手でガードしつつ避けれたから良かったものの、危うくこちらの脳まで揺れるトコロだった。



「とりあえず、武器屋に行くのが最善だと思いますわ」


「武器屋?」


「ええ」



 ゆっくりと起き上がってそう問いかけてくるジェニファーに、頷きを返す。



「武器屋のバート店主は情報屋もやってるんですの。かなりレベルが高い選択肢の魔眼を有してもいるので、大概のコトは知ってますわ」


「エ、でも情報屋ってコトは有料ってコトじゃないの?そういうのって高くない?」


「あのヒトは子供好きな上、ウチの学園の生徒には特に甘いからほぼ無料にしてくれますのよね。気になるようならその辺の店でナニか土産を買えば確実に無料にしてくれますわよ」


「情報屋なのにソレで良いのかな?」


「バート店主の場合、会話するだけで選択肢の魔眼によるシミュレートから得られるだけの情報を得るトコがありますから……多分、充分な程の情報を得てるんだと思いますわ」



 要するに選択肢の魔眼のレベルが高い為、無限ともいえる選択肢を選ぶコトが出来るのだ。

 しかもその選択肢を選んだ場合の未来を細かくシミュレート可能という未来視も少し混ざっているっぽい魔眼であり、つまりは相手の持っている情報をバート店主の中で勝手に得るコトが出来るのだ。

 シミュレートなので多少荒っぽい手段に出て情報を得たとしても現実でソレが起こっているワケではない為、生徒達からの好感度も高い。


 ……ま、シミュレートの中でナニされてたとしても現実のわたくし達にはわかりませんものね。


 だからこそ相手の中でどういう情報の引き抜き方をしているのかが不明で怖いのだが、まあ現実でナニかをしてきたりはしないだけ良いだろう、と思う。

 少なくともあのヒトにバーサクスイッチは入らないので悪ではないし。



「?」



 そう思いつつ、意味がよくわからないと言わんばかりに首を傾げるジェニファーに少しほっこりした。

 ヒトを疑うコトで到達する思考なので、理解出来ないならその方が良い。





 途中でまた具合が悪くなったらしいジェニファーを背負いながら武器屋に入れば、頭にバンダナを巻いているバート店主がにんまりとした笑顔で迎えてくれた。



「よく来た、ジョゼフィーヌとジェニファー。いらっしゃーい、と言っておこう。

まあ目的は武器では無く情報だというコトを俺は既に知っているが、しかし結果的に俺が武器屋として接するコトになるだろう未来に変わりはないだろうからな」


「どうも、バート店主。相変わらずフルスロットルですわね」


「ハハハ、まあな」



 どうしてバート店主が初めてこの店に来たのだろうジェニファーの名を知っていたのかは特に不思議でもない。

 既に選択肢の魔眼で自分達が来るのを()ていたのかもしれないし、前に自分が来た時に友人達の名を全て聞き出したからかもしれない。

 無限の選択肢がバート店主の魔眼に広がっている以上、どうやって知ったかの可能性もまた無限である。


 ……まあ要するに、気にするだけ無駄ってコトですけれどね。


 情報屋として頼る分には頼もしいので、情報が抜かれるのを承知で接した方が気が楽だ。



「さてソレでご用件は」



 バート店主がそう言った一瞬、彼の目に魔法陣が浮かんだ。

 ほんの一瞬だったが、直後にバート店主はニッコリと微笑む。



「ああ、言わなくてもわかっているとも。キミが背負っている彼女の聴覚をどうにかするナニかがあれば、と言うんだろう?既に何百回と聞いた言葉だ」


「でしょうねえ」



 彼の中では何百回もの会話パターンを実行したのだろう。

 ゲーム的に言うなら無限に等しい選択肢を片っ端から選択してはロード、を繰り返したようなものなのだから。



「それよりもバート」



 バート店主がつけている頭のバンダナ、を留めているブローチから声がした。



「まずは既に用意した椅子にお二人を案内するのが良いのではないでしょうか」


「ああ、そうだった。ありがとうベストメモリーデータ、助かった」



 そう、ブローチの見た目をした彼女は魔物であり、バート店主のパートナーである。



「さてではジョゼフィーヌにジェニファー、ソコの椅子に座ると良い。

ジェニファーはグロッキー状態、そしてジョゼフィーヌは背負っている為体力を消耗しているからな。休んでいる方が会話がスムーズに進むのはわかっている」


「ではお言葉に甘えさせていただきますわ。……椅子の前に置かれているテーブルの上の水はいただいてもよろしくて?」


「モチロン。何パターンか会話した結果ジェニファーはどうやら音酔いをしているらしいとわかったからな。

酔い止め効果のある薬を混ぜてあるから安心すると良い。ああ、お代は請求しないから安心したまえ。何故なら俺は」


「スムーズに話を進ませるのが最優先だから、でしょう?」


「ソレと子供相手には甘いから、も入る」



 そう言ってバート店主はニヤニヤと笑った。

 相変わらず底知れない雰囲気のヒトだが、底知れないのがわかっている分わかりやすいので問題は無い。


 ……底知れないってわかってれば、わざわざ知ろうとして精神すり減らす必要ありませんものね。


 要するに身も蓋もない言い方をすれば理解不能な相手はスルーに限るというコトだが。



「……じょ、ジョゼ?ナンかこのヒト、喋る隙が無いんだけど……」


「そういうヒトなんですのよ」



 酔い止め入りの水を飲んで落ち着いたらしいジェニファーの背をポンと叩く。

 彼の中では無限の会話パターンを経験しているようなものなので会話をすっ飛ばしがちなのだ。

 ゲーム的に言うならスキップ機能。


 ……まあ、現実的に言うと会話をすっ飛ばしてるだけなんですけれど。



「さてソレでジェニファーの欲している情報は聴覚をどうにかするナニか、だったな。ああ、情報料は取らないから心配は不要だ。

既にキミと俺は充分過ぎる程に語り合い、可能な限りの情報を渡してくれた。そう考えればこの程度の情報は無料で与えて構わないとも」


「語ってないよね!?私さっき初めて喋ったハズなんだけど!ここに来てから!」


「まーまーまー。このヒトの中では散々会話して仲良くなった感覚なんですのよ。友人くらいのノリで接してれば問題ありませんわ」


「ええー……」



 ジェニファーは引き攣った笑みを浮かべた。



「……まあ、学園の皆を思い出すと、まあ……うん、良いか」



 表情はまだ引き攣ったままだが、どうやらジェニファーの中では納得出来たらしい。

 まああの学園の狂人率を考えれば多少会話が成立しないくらいは優しいモノだろう。


 ……改めてとんでもないですわね、あの学園。



「やあ、待たせたな。いやコレでも最速で持ってこれるようにしたからそうも時間は掛かっていないと思うが、と」



 そう言って、いつの間にか席を外していたバート店主は宝石で出来ている剣をテーブルに置いた。


 ……あ、いえ、コレ魔物ですわね。



「お望みの聴覚をどうにかするナニかだが」


「フハハハハハ!」



 バート店主が言い切る前に、宝石で出来ている剣の魔物が高笑いした。



「話は持ち運びの最中に聞かせてもらったぞ!」


「要点をかいつまみつつ、移動時間内で全てを説明したから安心すると良い」


「いやまったく大変だったようだな少女よ!大きな音、どころかソレに混じる小さな音すらも聞こえてしまうとは、貴様にはさぞや負担が大きく苦痛だったコトだろう!しかし安心しろ!」


「声が大きい……」



 バート店主並みのマシンガントーク、の上に大声で剣の魔物は叫んだ。

 あまりの大声にジェニファーは顔を顰めて小声で呟いていたが、多分彼本魔の大声にかき消されてあちらには聞こえていないだろう。



「この俺の名はリッスンソード!持ち主の聴力を高め必要な音のみを聞けるようにするという能力を有しているのがこの俺だ!」


「いや聴力を高めるのはちょっと」


「そう、必要な音のみを聞けるようにするのがこの俺、つまりは不要な音を遮断出来るというコトでもある!」


「エ」


「わかるか少女よ!この俺が貴様のそばにいれば、貴様が騒がしさに苦しめられるコトは無くなるというコトだ!」



 成る程、この魔物はリッスンソードだったか。

 アイオライトで作られた剣であり、持ち主の聴力を高め必要な音のみをピックアップするコトで相手の急所などを聞き分けれるようにしてくれたりする魔物、と本で読んだコトがある。


 ……ソレにしては騒がしい……。



「どうやら貴様は優れた聴覚を持っているが故にコントロールが効かず、聞き分けれてしまう程の容量があるがそのせいで音に酔う!

しかしこの!この俺が居るコトにより!貴様の聴力はコントロールされ、他より少し耳が良い程度にまで収まるというコトだ!」


「本当に……!?」



 理想ど真ん中を貫いてくる魔物だったからか、ジェニファーは久々に見る心底嬉しそうな表情を見せた。

 瞳などキラッキラだ。


 ……最近はこうも表情を明るくさせてるのを見れなかったから、良かったですわ。



「まあ、問題は俺自身の騒がしさはどうにもならんという部分だがな!」


「あ、自覚あったんだ……」


「当然あるとも!俺はこの通り剣の魔物だが自分で移動するのが不可能なタイプ!故に飾られたら誰かが動かしてくれない限りは飾られっぱなしだ!

そんなのもう話せるのを活かして!ひたすら喋る以外に無いだろう!暇だし会話していれば退屈ではなくなるのだから!」


「な、成る程ー……」



 キラキラしていたハズのジェニファーの表情は、あけっぴろげに全てを暴露するリッスンソードの言葉に引き攣っていた。

 というよりも苦笑していた。



「もっともそのせいで騒がしいと言われあちこちをたらい回しにされこの店に流れ、挙句に倉庫に放置されたがな!」


「近所迷惑になって苦情が入るのがわかったから隔離しただけだけであり、当然の処置だと思うがな」



 リッスンソードの言葉に、バート店主はケロリとした表情でそう答えた。



「自力で動けないタイプの魔物を放置する方がよくないから武器屋に置き、相性が良い相手がパートナーに選ぶ、または相性が良いと思った相手をパートナーに選んだりするのは当然のコトだが……ソレはソレとして俺の店に苦情を寄越すのは許せんコトだ」


「たかが夜中に高笑いしようとしただけだというのに!」


「充分ではないか?ソレ。だから防音設備も完備されている倉庫に隔離されるんだ、お前は」


「ジョゼ、コレって今度は私が騒音で苦情入れられるってコトかな?」


「え、う、うーん……」



 完全に蚊帳の外だったのでいきなり会話に入れられると対応に困ってしまう。

 とりあえずリッスンソードの能力がジェニファーの要望と一致していて、ジェニファー的にはリッスンソードを引き取るコトに乗り気らしい。

 だが確かにこの大声は懸念事項だ。


 ……今まで騒音に悩まされていたのがジェニファーだからこそ、騒音を発する側になるのは色々とアレでしょうしね。



「まあ分類としては無機物系魔物でもあり、睡眠を必要としない分夜に活動可能で、でも行動が出来ないから騒ぐ、というのはあり得ますから……昼間なら多少騒いでも今みたいに苦笑いで済むでしょうし、寝ている間だけ防音のナニかに突っ込んどけばイケると思いますわ」


「成る程ー!ソレなら魔道具……ううん、機械の先生に頼った方が良いかな?」


「一応分類的には無機物系魔物の前に武器系魔物ですから、シルヴァン剣術教師に入れ物の形状とか質問するのが先だと思いますわ。ついでにどっちの方が良いか聞けば答えてくれると思いますし」


「よし、じゃあ学園に戻ったら聞いてみよう」



 ジェニファーはグッと小さく握り拳を作ってそう言った。

 酔い止めの水が効いているのかリッスンソードという希望が見つかったお陰なのかはわからないが、ジェニファーの状態が安定しているようで良いコトだ。

 グロッキー状態では声を出すのすら碌に出来ない状態なので、こうして普通かつ元気に喋れているのを見ると安心する。



「……ところでバート店主?」


「ナン……ああ、成る程」



 ナンだと言いかけたようだが、バート店主はすぐに納得したように頷いた。

 恐らく今この瞬間に無限に等しい選択肢分岐を確認し、自分の言いたいコトを脳内シミュレートの中で聞いたのだろう。



「うむ、普通にあげよう」


「あの、バート店主?多分バート店主の中ではわたくしが言おうとしてたコトを何回も聞いたんだと思いますし、ベストメモリーデータもその情報を整理してるハズなので理解出来てると思いますけれど、その言い方だとジェニファー達が理解出来ないと思いますの」


「ああ、どういう会話があったのかまったく不明、というか店主のやたらと会話を端折るクセは一体どういうナニだ!」



 ……あ、リッスンソードはバート店主の魔眼を知らないんですの、ねー……。



「ふむ、確かに説明は必要だろうが俺が言うのは面倒だ。任せた」


「ハァーイ……」



 任せられても困るが、しかしバート店主の中では何百回も繰り返されているのだから、飽きているのだろうなとも思う。

 飽きた説明をするのは流石にモヤッとするのだろう。


 ……そう思って説明役を担うわたくしもわたくしですわねー。


 現実である自分達の視点で見ると何度繰り返したのかなどわからないのに、深読みして請け負う辺りが自分の良くないトコロだと思う。

 もう少し気楽に生きたいものだが、コレが天使の性なのでどうしようもないという悲しみよ。



「ええと、まずリッスンソードですけれど、バート店主が要望と一致するからと持ってきてくれたのはそうなんですけれど、ソレって持ってきてくれただけであって売ってくれるのか、と思ったのでソレを質問しようとしてましたの」


「ア」



 連れて帰る気満々だったジェニファーはたった今ソレに気付いたのか、ぽかんと口を開けた。



「まあリッスンソードとしては結構乗り気のようなので」


「当然だ!あの倉庫の中で退屈な思いをするくらいならばこの少女と共に行くに決まっているだろう!この俺の能力で救われるというならば尚のコト!

誰かの能力を底上げするコトはあれどまさかこの能力で人助けをするコトになるとはな!いや人助けのようなコトはしてきたがこの能力で病を治すかのような使い方をするのはという」


「リッスンソード、ちょっとシャラップ」


「ッ!?」



 剣先に指を滑らせれば、リッスンソードは怯えたように無言になった。

 うん、察しが良いようでナニよりだ。



「エ、ジョゼ今ナニしたの?」


「いえホラ、わたくしシルヴァン剣術教師に武器の急所となる一点を見抜いて突くコトで武器を破壊するという技を教わっているでしょう?」


「うん、よくやってるよね」


「で、人間は首などの急所を押さえられたら本能的に怯えたり黙ったりしますわよね?」


「う、うん……?」


「つまり急所を押さえるコトで首絞められたような心境にさせたってコトですわ」



 生殺与奪を握られれば大人しくならざるをえまい。



「……ジョゼって、結構手段選ばないよね」


「そうでもしないと黙ってくれそうにありませんでしたもの」



 実際に砕いたワケでは無いのだからセーフのハズだ、多分。



「さておきええと……そう、リッスンソードは乗り気のようなのでお互いの意思的に問題は無いと思われますけれど、魔物は基本的に売買不可能。

まあ彼のように自力で動けない魔物の場合はパートナー探しとして非売品状態で店に置かれるコトは多々ありますけれど、結局のトコロどういう感じで引き渡すのか、というか……引き渡す気があるのかどうか、ですわね」


「ソレを魔眼で何度も聞いたのでな。故に普通にあげると言ったのだ。売買可能な魔物は一部のみであり、リッスンソードは売買不可能魔物。そもそも非売品という扱いだ。

そして騒音の問題もあったし学園の生徒の悩み事は解決するしで俺としては良いコト尽くめだな」



 改めて理由を聞くと、バート店主は本当にヴェアリアスレイス学園の生徒に対して対応が甘い。

 まあこちらとしてはありがたい限りだが。



「な、成る程ー……というか、ジョゼはジョゼでそんなに色々考えてたんだ」


「そりゃまあ、友人がグロッキーにならずに済むかもしれないコトですし」



 赤の他人かつ自分が関わっていないのであればソッコで目を逸らしてスルーしている。

 可能ならこんな面倒なコトを考えるのはごめんなのだから。





 コレはその後の話になるが、リッスンソードのお陰でジェニファーは音によるグロッキー状態にはならなくなった。



「風が騒がしくないし呼吸音が煩わしくも無い!私自身の心音で頭が割れそうになって自殺を思い浮かぶコトも無い!ありがとうリッスンソード!そして出会わせてくれたジョゼも!最高!」


「ちょちょちょ、待ちなさいなジェニファー。自殺考えるレベルってソコまでだったんですの?」


「毎日毎日脳の奥に響く心音に気が滅入らないヒトは狂人だと思う」


「この俺のお陰で聴覚が落ち着いたから、今までは具合が悪すぎて出来なかった本格的な診察をしようというコトになったのだ!

その結果、音のせいで大分メンタルがやられていたコトがわかったぞ!まあ俺が聴覚をコントロールして不要な音を遮断している限りは安定しているだろうがな!」


「あっぶな」



 まさかソコまで精神的にやられていたとは知らなかった。

 まあ今までは音が駄目だった上に自然の音すらも騒がしく聞こえるせいで落ち着けなかっただろうから、そうなってしまっていたのも仕方がない気はするが。



「でも本当凄いよジョゼ!リッスンソード最高!王都に出てもざわざわしてるくらいでうるさくないの!」


「メンタル安定してるというか見慣れないはしゃぎっぷりに逆に大丈夫かってなりますけど……うん、まあ、コレで落ち着いてるというか、コレがジェニファーの素なんですのねー……」



 ()えるジェニファーの様子からすると、今まではグロッキー過ぎてはしゃぐコトすら出来なかったのだろう。

 そしてようやく自分を出せるようになったからはしゃいでいる、というコトだ。


 ……感覚的には多分、久々の休みだから好きなトコ行くぞわーい、みたいな感じなのでしょうね。



「そうだ!ねえねえジョゼ、劇って今やってるかな?良いのやってるかな?」


「劇?」


「今までは途中で退席するの失礼かなって思って行けなかったんだ。ホラ、リッスンソードと会う前は確実に途中で音にやられちゃうし」


「あ、ああー……」


「ソレに聞こえ過ぎるせいで会話や音から大体内容もわかっちゃって……でも全部聞く前に立つコトすら出来ず保護されるのが毎回で……」


「ドンマイですわ」



 死んだ目で乾いた笑みを浮かべるジェニファーの背をポンと叩いた。

 今までは相当キツかったのがよくわかる。



「まあ、そうですわね。見れるようになったから見に行く、というのは良いコトですわ。で、ええと、劇となると……ララの所属している劇団が今やってるのは、悲恋モノでしたわね」


「うーん、悲恋かあ……リッスンソードは悲恋モノ見たい?」


「む、俺は別に興味は無いな!どちらかというとバトル系が良い!何故なら俺は武器系魔物だからな!もしくは悪党が倒されてスカッとするモノが好ましい!」


「あー、悪いヒトが倒されるのは確かに面白いよね」


「勧善懲悪モノですわね。ソレならララが所属してるのとは別の劇団でやってたハズですわ」


「ホント!?」


「ええ」



 わくわくした表情のジェニファーに頷きを返し、場所を教える。

 当日購入可能なチケットもあるから多分見れるだろうし、アソコの劇団もまた素敵な演技をするのでオススメだ。

 今までとは違ってようやく色々楽しめるようになったのだから、是非とも楽しんで欲しい。




ジェニファー

遺伝により聴覚系が凄まじく優れており、常に音酔いでグロッキー状態に陥っていた。

現在はリッスンソードのお陰で音に悩まされなくなった為、生来の明るさを取り戻している。


リッスンソード

アイオライトで作られた美しい剣であり、持ち主の聴覚を高めてくれるという優れた剣の魔物。

ただし自他共に認める騒音レベルの騒がしさの為にたらい回しにされていた。


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