放浪少年とウィングハウス
彼の話をしよう。
性行為によって産まれ、しかし親族や周辺に疎まれ、入学するまでホームレスだった。
これは、そんな彼の物語。
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このアンノウンワールドにおいて子供の誕生は、基本的に誕生の館で行われる。
ヒトと魔物の場合は生態的にも誕生の館を利用する以外に無いので当然だが、しかしヒト同士の夫婦であっても子を作る際は誕生の館を利用する。
何故かといえば、母体への負担が大きいから、だ。
……性教育、徹底してますものねー……。
恥ずかしいだのエロだのは無く、とにかく事実だけを伝えるのがこの世界の性教育だ。
コレはアレでソレはこうで、と生態的な部分を教える。
そして同時に性行為をした際のデメリット、例えば性病になった際はどうなるかなどを詳しく、とても詳しく教えられる。
……またダグラス保健体育教師のパートナーが、そういうのを体験したヒトの記憶があるからとリアルな説明してくるんですのよねー……。
具体的過ぎる説明なので、聞いているだけで痛みを感じるような気がするレベルだ。
まあそういう感じで性行為によるデメリットのヤバさが周知されているので、性欲皆無な現代人はほぼ誕生の館で子供を作る。
……一部愛する相手と性行為に及ぶヒトも居ないでもありませんけれど、そういう場合は手順があるくらいですものね。
まずお互いにその意思があるかを確認した後、家族や周辺のヒトに性行為をしますという報告をする。
コレは性行為から逃げないようにという覚悟を決める為のモノと表現されるコトも多いが、実際は全然違う。
何故周辺のヒトに報告するのかと言えば、万が一があったら大変だから、である。
……うん、まあ、性行為による血圧上昇とかの、ええ、いわゆる腹上死とかいうのの前例を細かく授業で教えられたりしますものね……。
なので今日の何時頃に性行為をする予定なので、明日の昼頃になっても出てこないようなら家の、または部屋の戸を叩いてください、と頼むのである。
そして返事が無かったら万が一の可能性があるので、中へ入ってきてもらい適切な対処をしてもらう。
だからこそ、親族や周辺のヒト、お金持ちの場合は使用人などに性行為前の通達はとても大事だとされている。
……対処が早ければセーフかもしれませんしね。
まあ実際アウトな状態になっていたという前例は無いのだが、こういうのを徹底しているからだろうな、とは思う。
あと相手の種族やら体質、そして性癖にもよるが、現代人の殆どは性欲が死んでいるから、というのも理由としては大きそうだ。
……要するにナニが言いたいのかと言えば、彼のように性行為で産まれた子は現代では超レアだ、というコトなんですけれど。
そう思いつつ、談話室のソファでうつ伏せになって伸びているザームエルをソファの背もたれに腕を置きながら見下ろす。
「ソコの鮮やかな赤紫色の髪したザームエルー?」
「お呼びかーい」
「ええ、そうもぐったりしてどうかしたんですの?」
「将来考えてどうしたもんかなーってね」
そう言い、ザームエルはゴロンと寝返りを打って仰向けになった。
「まだわたくし達四年生なのに、もう将来のコト考えてんですの?」
「そう言うジョゼフィーヌが考える将来は?」
「まあ、翻訳家やってると思いますわ」
「ホーラ。皆ジョゼフィーヌみたいに既に将来の方向性が決まってるんだ」
自虐気味な笑みを浮かべながら、ザームエルは起き上がってソファの上で胡坐をかいて座った。
「知り合いに聞いても友人に聞いても、初めて会話するような相手に聞いても、まだ早いんじゃないかって言うヤツはみぃんな既に将来の方向性が決まってるんだ。
そういうのが決まっていないヤツだけだよ、僕と同じように将来を心配しているのは」
「アナタ頻繁にバイトしてるじゃありませんの」
「そうじゃないと死ぬからね」
ザームエルはさらっとそう言い、談話室に置いてあるジュースを持ってきて再び座る。
「僕が人間同士の性行為で産まれたって話はしたっけ?」
「ええ、ソレは聞きましたわ」
「じゃあ父親が貴族で、母親は妾で、僕を産んだ結果母親が死んだっていうのは」
「聞きましたわ」
「妾の子だからって疎まれてたけどしきたりがあったから五歳までは普通に生かしてもらえたし、辛うじて下っ端みたいな扱いには留まれてたから働き方を知ってて、そのお陰でしきたりに守られる年齢じゃなくなる時に家から逃げてあちこちをバイトしながら渡り歩いてたっていうのは言ったっけ?」
「ええ」
そう、ザームエルは血の繋がった父親にすら疎まれていたらしい。
だからなのか、ザームエルは自分の出生に関してを「人間同士の性行為」という記号的な言い方をする。
……まあ、ザームエルからすればとんでもない痛みに耐えて自分を産み落とした母親への好感度しかありませんわよねー。
父親は妊娠中の母親を完全無視だったそうだし。
現代において妊娠中の女性というのは、周囲にとてもとても大事にされ、気遣われ、とにかく心身共に負担が無いようにと世話される立場の存在だ。
そして痛みに耐えて子を産んだ母親は素手でクマを倒した級の偉業を成し遂げたようなものなので、一目置かれるコトが殆どである。
……ザームエルのお母様はお亡くなりになられてしまったそうですけれど、ソレでも産み切っただけ尊敬しますわ。
寧ろ子が産まれる可能性がありながらわざわざ性行為をしておいて、大事にすべき妊婦になってる相手を放置とかその父親は碌な人間ではない。
碌な人間というか、性行為により子が産まれるとか云々についてを教育されなかったんじゃと思えるレベルだ。
……もっとも既にザームエルの父親の地位は失墜、更に他界もしてますけれど。
どうも性欲があるタイプだったらしく、通行人の女性相手に無理矢理コトに及ぼうとしたとか。
しかし貴族だろうがナンだろうが現代の常識で考えると無理矢理の性行為は重罪であり、無理矢理性行為を迫っていると兵士に認識された瞬間頭をパァンされても文句を言えないレベルの愚行である。
つまりはそういう感じのアレがあり、ザームエルの父親は頭パァンされたワケだ。
ちなみに被害者女性は上に着ていた服が犠牲になっただけで無事だったそうだが、メンタルカウンセリングが必要なレベルでメンタルにダメージを負っていたらしい。
……狂人だらけなこの世界ですけれど、性欲が薄い分、無理矢理な性的行為はとんでもない極悪犯罪扱いですものね。
「で、ある程度の家事とかが出来るお陰で宿屋の住み込みバイトとかもさせてもらえて、貯めたお金でどうにかここに入学して衣食住を確保した、っていうのは?」
「ソレも聞きましたわ。この学園は設備が整っている上に学費がお得ですものね」
「うん。……そしてバイトも肯定してるから僕はバイトが出来て、過去の経験から大概のバイトは出来るんだけど……」
ハァ、と溜め息を吐いてザームエルは己を抱き締めるような仕草をする。
「この僕の優れ過ぎた才能のせいでバイトは多種多様、将来はどうしようなんて決められなくて困っちゃうよ」
「つまり器用貧乏だと」
「イヤな言い方しないでほしいなあ」
苦笑されたが、要するにそういうコトだろう。
「というかわたくしとかの場合は得意なコトだから出来るコトだった、ってだけですわ。出来るコトが多いんならそっから好きなコト探せば良いじゃありませんの」
「僕ってば生きるのが最優先事項だったから好き嫌いがあんまり無いんだよね」
「じゃあ将来の夢は?」
「えー?将来の夢はー…………放浪かな!」
「入学前は散々放浪しててほぼ浮浪者だったよーってアレ、愚痴じゃなくて自慢だったんですの?」
「いや愚痴でも自慢でもなく完全にただの事実として語ってたかな、アレは」
そう言ってザームエルはジュースを飲んだ。
「たださあ、こう……アレだよ」
「ドレですの」
「僕って性格的に好きなトコにふらふらーって行くのが合ってると思うんだよね。お金が無いならその辺でバイト募集してるトコに飛び込めば稼げるし、僕なら大概の仕事はこなせるし」
確かにそう言われても反論しようと思えないくらいにはオールマイティーに良い成績を取っているのがザームエルだ。
「でも時には宿が確保出来なかった僕は知ってるんだよ……暑さと寒さはバカに出来ないって!」
「……ああー……」
「特に雨風!アレは辛い!風って結構体温奪いに来るし、雨で濡れると服や体をちゃんと乾かさないと風邪引くし、そもそも濡れたままだと体温奪われて本当シャレにならない!」
「まあ、でしょうね」
「だからどうしようかなーってさ、悩んでるんだよね」
ザームエルは、ハァ、と溜め息を吐いた。
「雨風を凌ぐには定住した方が確実だ。でもそうなると放浪が出来ない。かといって放浪していると宿を確保出来ない可能性も高くて野垂れ死ぬ可能性が高い」
「テントとか準備したらどうですの?」
「あ、そういえばその方向があったか」
本気でその選択肢が発想の中に無かったらしく、ザームエルは心底納得した表情でうんうんと頷いていた。
「アウトな年齢になったらサックリ殺られるかもしれないからって思ってソッコで逃げたから、そういうのを確保するって考えも無かったし、その後も必死だったからその選択肢浮かばなかったなー。
うん、テントなんかの移動してても寝られる感じのを確保するっていうのは良いかもしれない!」
「魔物の中にはテントに変化出来る魔物や、はたまた家そのものな魔物が居たりもするからそういう魔物をパートナーにしても良いと思いますわ」
「家そのものって……そんな魔物居るの?」
「あら?」
ザームエルのその言葉に、思わずきょとんとしてしまった。
「アナタ、森でよくウィングハウスと話したりしてるじゃありませんの」
「うん、そりゃ彼女とは仲良くさせてもらってるけど……でも彼女、翼が生えてるドールハウスだよ?確かに家って言えるかもしれないけど、僕は人間同士の性行為で産まれた生粋の人間だからね。流石に人形サイズにはなれないよ」
混血ならなれるとでもいうような言葉だが、混血の中には実際可能な子が居るのでナンとも言えない。
「んん……ウィングハウスの生態とか、知りませんの?」
「翼が生えてて飛ぶコトが可能な無機物系魔物じゃないのかい?」
「まあそうなんですけれど……」
……彼女とザームエルの会話を視た時のコトを考えると……。
「……うん、ウィングハウスに将来は旅をしたいんだっていうのを伝えると良いと思いますわ」
「ナンで?どういう起承転結?」
「まあ多分良い方に転がりますわよ、多分」
「多分二回言った」
「少なくともわたくしが視た限りだと脈ありですし、アナタの場合は大分受け身のようですし……で、ウィングハウスの特徴からすると……ええ、相性は良いと思いますわ」
「ねえ本当にジョゼフィーヌの中ではどういう計算が行われてるの?」
「多分足し算?」
「また多分……」
ザームエルには苦笑されたが、実際彼女との相性は良いと思うのだ。
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コレはその後の話になるが、ザームエルがウィングハウスに将来の夢を語った結果、ウィングハウスがザームエルのパートナーになった。
やはり思った通りというか、思った以上に思った通り過ぎて流石にビビッた。
「ふふん、成る程。つまりソコまで私を必要としている、というコトだね!」
「エ?アレ?僕は将来は放浪したいって言っただけでそんなコト言ったっけ?」
「ふふ、ふふふふ、キミがソコまで言うなら仕方ないなあ!ああ、仕方ないとも!キミがそうも、ソコまで、どうしてもと言うのであれば!私がこの身を提供してキミに快適な放浪ライフを送らせてあげようじゃないか!」
まあナンか、後日伝えられた話曰く、大体そういう感じの会話があったらしい。
そしてザームエルはウィングハウスから小さいおもちゃのカギを渡されたそうだ。
「まさか、ウィングハウスの中に入れるとは思ってなかったよ。特に僕は誕生の館で親の良い部分をピックアップ!とかも無い産まれだからさ」
「ソコあんま関係無いと思いますけれど……まあ、普通はドールハウスに入れるとは思いませんわよね」
「私は魔物なのだから、入ろうと思えば入れるに決まっているだろう。まあ私が気に入ったモノしか入れる気は無いから、入れないも同然だがね」
クスクスと笑っているような声色でウィングハウスはそう言った。
そう、ウィングハウスはドールハウスの魔物なのだが、ウィングハウスが気に入った人間に渡すというおもちゃのカギを使用するコトで中へ入るコトが出来るのだ。
ちなみに中は広めの一軒家なので複数人で生活するコトすら可能、だと思われる。
……視えた内部の状態からするとかなり広そうですけれど、個体差もあるでしょうし……ソレを聞くと破廉恥扱いされそうですわよねー。
気に入った相手にしか見せない中を覗き視られて普通に受け答えはしてくれないだろう。
なので個体差があるのかどうかが気になるが、ナニも言わないでおくコトにしよう。
「でも食料を中に置いといたりも出来ますし、鳥系魔物ではなく無機物魔物だからこそ睡眠を必要としない……つまりザームエルが寝ている間に少し移動距離を確保しておいてくれたりもするという、旅人に味方な魔物であるウィングハウス……うん、良いと思いますわ」
「ジョゼフィーヌはそういうのを知ってたから僕と相性が良い、って言ってたんだね」
「というか単純にウィングハウスの方から結構矢印向いてるっぽいのに気付いてたから、まあ需要と一致してるしという感じで……あとノリ」
「ノリで僕パートナー出来たんだ」
ノリでパートナーを成立させてしまった。
どうして友人はこうもパートナー成立するのに自分は独り身のままなのだろうか。
いい加減黄昏れたいとも思うが、まだ十三歳なので黄昏れるには早いなとも思う乙女心。
……黄昏れたいって思うのは、果たして乙女心なのでしょうか。
正直乙女心の正反対に位置してそうな気がする。
「でもジョゼフィーヌは良い仕事をしてくれたね!まったく、もし私にナニも言わず旅に出ていたら追いかけて……」
「追いかけて?」
「……まあその時の気分にもよると思うけど、場合によっては私の中に監禁かな」
「そんなコト出来るのかい?」
「出来ないけど気合でやれば多分出来ると思う」
「わあ、そいつは危ない。ジョゼフィーヌの助言が無かったら僕は監禁エンドを迎えるトコだったよ」
ケラケラ笑いながら言うコトだろうか。
アンノウンワールドの狂人達の会話を思い出すとケラケラ笑いながら言うコトだったので今更だった。
「でもお陰で私はザームエルのパートナーになれたから色々と万々歳さ!」
「ああ、僕はソコまで好意を抱かれてたとは思ってなかったから……うん、好意があるってわかったからね。ジョゼフィーヌが言っていた「僕が受け身」って言葉の意味がよくわかったよ」
「アナタ、出生が出生だからかアクティブに見えて消極的なんですもの。積極的にバイトして働いてるから欲しいのでもあるのかと思いきや、「死にたくないから蓄えとかないと」ですものね」
「重要じゃない?」
「重要ですけれど、もう少し娯楽に使ってみるのも良いと思う、って話ですわ」
まあ、ザームエルの過去を考えるとどうしてもまず生存が最優先になるのだろうが。
「まずはナニかを成し遂げたご褒美として欲しいなと思ったものを買ってみるとか、もしくは食べてみたいと思った食べ物を買ってみるとかで娯楽に視線を向けれると良いんですけれど……」
「そういうの興味無いからねえ。生活必需品以外はよくわからないし、食べ物は栄養として摂取出来るだけありがたいし」
「うーん、真理ですけれど人間である以上はもうちょいエンジョイして欲しいと思うんですのよねー」
「わかる」
ウィングハウスの同意を得られたので、自分だけが勝手に抱いてる思いではないようで安心した。
「……ま、最初はウィングハウスが欲しいなと思ったヤツを言うとか良いと思いますわ」
「え、私かい?ソコで私?」
「だって本人に物欲が皆無なんですもの。ならもうパートナーが欲しいのを買うコトで「買う」という行為に慣れさせて、色々なモノを見せた方が良いと思いますわ」
「ジョゼフィーヌってカウンセリングのヒトだったっけ」
「わたくしはアナタの友人であってカウンセラーになった覚えはありませんし、本当のカウンセラーならもっと的確なコト言ってくれると思いますわよ」
よく知らないが。
「んー、でも、そうだね。僕もこのままじゃ器用貧乏の枠から出られないし、買い物で色々学んでもう少し人間的になっても良いかな。
多分すっごく人間的な産まれ方をしてるのに中身は人間的じゃないとか、おっかしいよねー」
「うーん、笑えませんわーソレ」
ケラケラ笑いながら言うザームエルに、苦笑しながらそう返した。
「じゃあそういうコトで、明日授業終わったら丁度時間あるし、一緒に王都でもブラブラしよっかウィングハウス」
「エ、良いのかい?ホントに?」
「うん。ソレで欲しいのあったら教えて。僕あんまりそういうのわからないから、出来ればどうして欲しいと思ったのかとかも一緒に教えて欲しいな。そこから物欲に関してを学ぶから」
「物欲って言われると微妙な気分になるけど……うん、わかったよ」
そう言ってウィングハウスはザームエルの膝の上にポスンと収まる。
「でもキラキラしていて気になったからとか、綺麗な見た目だからとか、そういう抽象的なのが多いと思うよ?」
「うん、そっちの方が感覚的に掴めるから良いよ。バイト先では具体的に教えてくれるヒトと抽象的に教えてくれるヒトも両方居たから、どっちも大体理解出来るし」
笑いながらそう言うザームエルに、本当にハイスペックだなと感心した。
もっともその対価として出生がハードな上、人間的な感性がアレなのが残念だが。
まあパートナーであるウィングハウスが居るのならソレも改善に向かうだろうと思いつつ、食堂でラザールパティシエに貰ったクッキーを齧った。
ザームエル
タイトルではホームレス少年や浮浪少年、妾少年が候補に挙がっていたりした少年。
将来はふらふらしたいというのしか決まっていない為、コレだという強い欲求がいまいち無い。
ウィングハウス
翼が生えてて飛ぶコトが出来るドールハウス。
対象を気に入るコトで自分の中への出入りを許す魔物であり、その中はかなり快適な家なので昔はよく旅人が口説き落とそうと躍起になった種族でもある。