すり抜け少年とスターリースカイ
彼の話をしよう。
遺伝で物質をすり抜けるコトが出来て、よくすり抜け防止魔法が掛かっている扉に頭をぶつけていて、星空に焦がれている。
これは、そんな彼の物語。
・
廊下を歩いていると、背後でゴヅンという鈍い音がした。
振り返って見てみれば、デニスが実に不思議そうな表情をしながら額を押さえて扉を見つめている。
「……ナニしてんですの?デニス」
「いやァ、ちょいと暇だから中庭にでも行こうかって思ってたらよォ……」
「ぶつけたと」
「おゥ」
デニスは尚も扉をペタペタ触りながら不思議そうにそう言った。
「ナンで通り抜けられなかったんだァ?」
「いや、そりゃすり抜けれないように魔法掛けられてる扉だからだと思いますわ」
「あん?……あ、マジだ。つかコレ保健室への扉じゃねえかィ」
「アナタまた間取り忘れたんです、の……?」
「初等部の時はギリ覚えてたさァ。ただ中等部に上がったからよォ」
「初等部と中等部って間取り変わってませんわよ」
建っている場所が違うだけだ。
「…………まァ良いさ、俺はただ暇してただけだしなァ。そんなワケでジョゼフィーヌ、ちっとばかし話し相手になってくれや」
「えー」
「えーってナンだえーって」
「まあ良いですけれど……デニスってその辺の壁をすり抜けながら話す上に「お前ヒトが話してる時にナニはぐれてんだよ」とか言ってきますもの」
「ウ」
心当たりがある、というか何度か実際にやっているコトだからか、デニスは気まずそうに口を噤んだ。
「……じゃあやらねえように気ィつけらァ。そんなら良いだろ?」
「ま、良いでしょう。とはいっても特に話すネタなんてありませんわよ?」
「ああん?あー……なら好きなモン嫌いなモンとかでも話すか」
「好きなモノ、と言われましても……」
曲がり角で曲がる自分とは違いそのまま直進しようとしているデニスの耳を引っ張って軌道修正。
「イッテェ!?ジョゼフィーヌお前ナニしやがんでィ!」
「すり抜けんなって言いましたわよ」
「あ、そうかコレ曲がり角か」
遺伝で壁などを完全スルーしてすり抜けれるからか、デニスはよく壁というモノの存在を忘れる。
扉の存在もよく忘れているので、さっきのように扉に頭をぶつけて不思議そうにしているのはよくある光景だ。
……すり抜けないようにするコトも出来るらしいですけれど、基本的にはオールすり抜け状態ですものねー……。
流石に二階の床をすり抜けて一階へ、とかはあまりやらないらしいが。
ナンでも重力は普通に存在してるから着地をミスると痛いし、床や地面を下手にすり抜けると地中に埋まるから、だそうだ。
……地中に埋まったが最期って、結構キツイ条件ですわ……。
まあ指だけをすり抜けないようにして二階の床部分を掴むコトでよいしょっと一階に下りたりが可能らしいので、時々やってるっちゃやってるのだが。
見ている側としては大丈夫なのかと心配になるが、本人は本能で扱い方を理解しているっぽいので多分大丈夫だろう、多分。
「でェ?ジョゼフィーヌの好きなモン嫌いなモンは?……正直わかりきってるけどなァ」
ニヤリと笑ったデニスに、こちらも笑みで答える。
「まあ、多分想像通りに好きなモノは善とか白色とか青空とか神とか向上心のあるヒト……ですわね」
「あん?向上心のあるヤツもそうなのかィ?」
「そりゃまあ。向上心が無くて理想だけ話してんならんなモン石像じゃありませんの。そんなのは極東のお地蔵様がやってんだから二番煎じでしかありませんわ」
「お地蔵様?」
「もっともお地蔵様は動けない石像かと思いきやかさじぞうという絵本ではめっちゃ動いて恩人にどっから出現させたのか不明な食糧や金品を渡してましたけれど」
「ナンかめちゃくちゃ面白そうだなその絵本。後で借りて読むかァ」
「極東の絵本って結構凄いんですのよ。畑荒らした狸をお爺さんが捕まえて狸汁にしようとしたけど狸の命乞いにお婆さんが狸の縄を解いてやったら狸がお婆さんを撲殺したり」
「ちょいと待ちやがれ尋常じゃないスピードで置いていかれたぜ!?」
だが事実なので仕方がない。
「つぅかジジイはその間ナニしてやがった!?」
「荒らされた畑を整えてましたわ」
「あー……成る程」
納得がいったのか、デニスは顔を顰めながら黒みのあるグレーの髪をぐしゃぐしゃと乱した。
「ちなみにその後狸はお婆さんの皮を被ってお婆さんにすり替わりお婆さんの肉で作った汁を狸汁だと偽り食わせるんですの」
「ウッワ」
デニスはドン引きした表情になった。
「……エ、そのジジイは人肉主食のタイプか?」
「生粋の人間なので非常時なら食うかもしれませんけれど、少なくとも人肉が主食では無いハズですわ。狸汁食おうとしてましたし」
「だよなァ……つまり愛した相手の肉食わされたっつーゲロゲロなコトを」
「されたってワケですわね」
「ゲロゲロ」
カエルかな。
「んでもって狸は皮を脱いで婆汁食ったやーいやーいっつって逃亡」
「クソじゃねェか」
「お爺さんは仇討ちしたいけど自分じゃ無理だと仲良しのウサギに頼み、必ずや復讐を成し遂げてみせましょうやと頷いたウサギが狸に対してどうしたかというと……こっからは絵本をどうぞ」
「あーずっりい!その手段ずりぃ!めちゃくちゃ内容気になるヤツじゃねェか!」
「ちなみにウサギは全力で三倍返しくらいの仇討ちを成し遂げますわ」
「後で絶対借りる……」
うんうん、極東の絵本は中々にファンキーなのが多いので是非もっと広まって欲しい。
他にも猿カニ合戦などの復讐系は中々に中々だ。
極東特有の「この恨み忘れぬぞ必ず恨みはらさでおくべきか」感は凄いと思う。
「ソレで、デニスの好きなモノは?」
「エ?あ、そういやそんな話だったか……ナンで極東のエグい復讐絵本の話題になってんだァ?」
「さあ」
かさじぞうから流れでそっちにシフトしたのだが、まあ良いだろう。
自分の嫌いなモノは悪一択なワケだし。
「ちなみに極東じゃなくてもエグい絵本はいっぱいありますわよ。白雪姫とか継母である魔女な女王が白雪姫の心臓だか内臓だかを取ってこいって狩人に頼んで、結果イノシシの肝臓持ってきたんですけれど、ソレを白雪姫のマジな内臓だと思って嬉々としてステーキにして食ってたり」
「魔物かソイツは」
「魔女だし積極的に人肉食ってるし魔法とか毒とか使ってるので多分人肉食べるタイプの魔物だったのかもしれませんわねー」
「つかまた脱線してんじゃねェか」
「おっと」
ついうっかり。
「んで、デニスの好きなモノは?」
「星空」
「星空」
意外にもロマンチックな。
「……ジョゼフィーヌ、今俺を見て意外過ぎるくらいロマンチックって思ったんじゃねェだろうなァ」
「よく言われるんですの?」
「ああ」
だろうなと内心頷く。
「つっても星空を好き、っつーか……焦がれるのは仕方ねェこったろうがよ。俺が手を伸ばせねェんだから」
「どういう意味ですの?ソレ」
「俺はすり抜けれるからこういう壁とかの向こうにも腕を突っ込めるワケだ」
「ですわね」
別に実演しなくても良いのだが、まあ彼からすれば普通にピースするのと大して変わらない労力なのだろう。
幸いなのは壁の向こう側に居るヒト達がアンノウンワールド特産の狂人だったお陰で壁から手が生えるくらいで動じなかったコトだ。
「だから大体のモンには手が届くんだが……言っとくが盗みなんてモンをしたコトはねェぞ?」
「ソレは流石にわかりますわよ」
やってたらさっき耳を引っ張ったりなんて出来ない。
触れた瞬間にいけませんわと真顔で連呼しながらバーサクスイッチがオンになって腕の一本くらいは潰している。
「……ま、ジョゼフィーヌだしな」
よくわからん納得をされたが事実そうなのでナニも言えない。
「さておき話を戻すがな、大概のモンには手が届くんだ。しかし星空はどんだけ手を伸ばそうが届かねェ。地底なら死ぬの覚悟な片道前提で根性ひねり出せば届かねェコトもねェだろうが、星空は届かねェんだ」
「でしょうねえ」
重力的な意味でもそりゃそうだ。
「だから星空が好きなんだよ。いつか絶対に触れてやる、ってな」
「焦がれてるんですのね……」
本気で意外なレベルのロマンチックさ。
「……ジョゼフィーヌ、今俺に最高に似合わねェとか思っただろ」
「よくそう言われるんですの?」
「おゥ」
自分は別に他のヒトに話題をずらすコトで自分の意見を明言するのを避けていたりはしない。
・
そんな会話をデニスとして数日後、女性の魔物がデニスに抱き着いていた。
気配としては喜んでいるようにも視えるが、女性の輪郭をしていながらも髪や顔、体に星空を貼ったかのようなビジュアルをしていてよくわからない。
「……えーと、デニス?そちらの女性は……」
「女性?」
首を傾げられた。
「……もしかして、最近時々見える星空っぽい女の影ってゴーストかナニかかァ?」
「あら、ゴーストだなんて……」
デニスの言葉に、女性の魔物が残念そうな声で言う。
「私はゴーストではなく、精霊ですよ。星空の精霊……とは言っても聞こえていないようですしね。……そちらのアナタになら聞こえますか?」
「あ、ハイ、聞こえてますわ。ていうか視えてますわ」
「ナニがだィ?」
「デニスはちょっと静かに。今ちょっとアナタに抱き着いてる星空の精霊……スターリースカイと話してるので」
「待ちやがれ俺関連なのに俺を置いて話しをすんじゃねェ」
「アナタ彼女の姿も視えてないし声も聞こえていないっぽいんじゃ話に加われないじゃありませんの」
「グウッ」
悔しそうなぐうの音が出た。
「ソレで、ええと、スターリースカイはどうしてデニスにくっついてるんですの?」
「……精霊は恋をしやすくて、こちらに焦がれるヒトが居たらついそのヒトのトコロへ行ってしまうのですよ。ソレが例え星空だったとしても、です」
「あー」
「あーってナンだ、おい、ナンの話をしてやがんでィ」
デニスは無視して、成る程と頷く。
確かに精霊はヒトと恋をする前例も多いので納得だ。
更に星空に手を届かせたいと焦がれているデニスというロマンチックさはさぞ精霊の好みにストライクをキメたコトだろう。
「ソレでデニスのトコへ?」
「私を、いえ、星空を夢に見る程焦がれてくれたので……夢の中で話しかけたら掴まれたので、ああコレはもう一緒に居るしかないという大義名分も出来……ええ、まあ、そういう感じでこちらへ」
「大義名分」
「大義名分がナンだ」
「デニスちょっとお口チャックしててくださいまし」
「なァおい、コレ俺の話だよな?俺関連の話だよな?俺がメインのハズじゃねェのかィ?なァ、おい」
そう言われても同時通訳するのは面倒なので後でダイジェストするからソレまで待っていて欲しい。
いや、もう大体わかったし言ってしまうか。
「ええとですね、デニスのトコにスターリースカイという星空のような女性……あ、いえ、女性のような星空?の精霊が居るんですのよ」
「どっちナンだよそりゃあ」
ヒト型の中に星空画像を貼り付けた感じのビジュアルと言いたいが、ソレで通じるかがわからないのでスルーしよう。
あと居るというよりはデニスの首に腕を巻き付けて抱き着いているというのが正解。
「そのスターリースカイ曰く、自分という星空を夢に見る程焦がれてくれたからその夢で声を掛けたら掴まれた、と」
「ハァ?そんなコトは……あ、あー…………」
デニスは最初怪訝そうにしていたが、心当たりがあったらしい表情へと変化した。
「……そういや星空が掴めそうなくらい近い夢を見たから掴んだなァ。その後に時々見慣れねえ星空っぽい女が見えるようになったような……」
「彼は精霊があまり視えないタイプのようで、半透明ですら視えないようなのです」
「あらー」
「待てあらーってナンだジョゼフィーヌ、俺はそんなにヤベェコトをしてたってのかィ?」
「でも時々波長が合うとチラッと視えるようでして」
「成る程、だから時々視えるんですのね。……あ、デニス今のはスターリースカイとの会話ですので気にしないでくださいな」
「置いてかれる側の気持ちを考えたコトはあるか?なァ、ジョゼフィーヌ」
んなモンはパートナー持ちの友人と一緒に居る時に常に感じているが。
というか自分がどんだけ存在を忘れられたと思っているんだ。
具体的に回数数えて教えてやろうか。
「……悪ィ、俺が悪かったからその死んだ目は止めてくんな」
「はあ」
完全に無意識だったのだがデニスの腰を引けさせるレベルの死んだ目になっていたらしい。
「んーと……ソレでスターリースカイとしてはそのままデニスにくっついてる感じですの?」
「そうですね……彼自身の意見も一応聞いた方が良いでしょうか」
「まあソコの確認はしといた方が良いと思いますわ。もし他に目移りして欲しくないなら先に話を付けてしっかりと自覚持たせた方が良いですし」
「やっぱりそうなのでしょうね。私がこちらへ来たのは夢を経由した方法なので夢の中でなら接触や会話が可能でしょうし……今晩、彼と話してパートナーにしてもらおうと思います!」
「ええ、ソレが良いですわ」
「ジョセフィーヌ、ナンの話してんだァ?」
「アナタの将来に関わる話ですわね」
「ナンでジョゼフィーヌと俺に見えないスターリースカイで俺の将来を話してんでィ!?」
「まーまー。今晩にはわかりますわよ」
「将来が早ェな!?」
ツッコミまくりなデニスに、スターリースカイはクスクスと笑い声をさせながらとても愛しそうにデニスの頭を抱き締めるようにしてくっついていた。
・
コレはその後の話になるが、夢の中で話をした結果思っていた以上に星空だったスターリースカイにドッキュンとハートを貫かれたらしいデニスは翌日にはパートナーになっていた。
星空な女性の魔物相手に惚れるコトが出来るとは流石アンノウンワールドの住民だ。
……異世界のわたくし曰く、地球だったら普通恋愛対象として認識しない、だそうですし。
アンノウンワールド的な思考回路からすると星空だろうが太陽だろうが余裕で対象内だと思うのだが、異世界だけあってやはり地球の感性はよくわからない。
ちなみにデニスはスターリースカイからの告白より先にパートナーになってほしいと言ったらしく、聞かされた自分としては「ガッツリ貫かれたんだなー」以外に言葉が無かった。
「スターリースカイはデニスに見えないの、気にしてませんの?」
「そうですね……他のヒトであればまだ私を見るコトが出来ますから、そう考えると殆ど見えないこの状態は多少寂しくはありますが……夢でなら、言葉を交わすコトも出来ますから」
「ふぅん……」
ソレで良いのだろうか。
「一応教師に頼めば良い感じのアイテムとか作ってもらえるかもしれませんわよ?」
「確かにデニスに触れてもらうコトも出来ない魂だけの身ですが……ええ、ソレでも私から彼に触れるコトは出来るから、良いんです」
顔はパーツが存在せず、完全に星空なので表情はまったく窺えないが、しかしその声色は笑みを浮かべているようだった。
「すり抜けはしますが魂には触れる。コレは考えようによっては肉体に触れるよりもずっと近しく……なによりデニスに見えないからこそ、こうして彼にピッタリと抱き着いて私のパートナーだと主張出来るのですよ」
「あー」
成る程。
というか穏やかそうなのでスターリースカイはそういうタイプではないのかと思っていたが、やはり精霊だけあって独占欲などは強いらしい。
「ちなみにあの、魂を人形に込められた方をパートナーにしている教師」
「ゾゾン魔法教師ですの?」
「ええ、確かそのような名前でしたね。彼には「確かにソレもありだな」と言われました」
「ああー……」
あのヒトは狂人の中でもとびきりヤベェ狂人で愛が重いのだが、まあ確かに精霊流の重い愛には賛同しそうだ。
「……あのよォ、ジョゼフィーヌ。さっきからスターリースカイと喋ってんのはわかるんだが、もうちょい俺にもわかりやすく会話してくれても良いんじゃねェかィ?」
納得していたら、スターリースカイに抱き締められながらずっと隣に座っていたデニスが引き攣った苦笑いでそう言った。
「後でダイジェストにして伝えますわ」
「オメェ毎回「大体ノロケだったので夢の中で聞いてくださいな」としか言わねェじゃねェか」
「でもそっから夢の中でノロケ合戦しながら話すって本魔から聞いてますわよ」
「グッウ……!」
本人的には友人にソレを知られるのは恥ずかしかったのか、デニスは顔を真っ赤にして頭を抱えて縮こまってしまった。
でもまあ頭に抱き着いたままのスターリースカイは機嫌が良さそうなままなので、放置していても大丈夫だろう、多分。
デニス
任意で物質をすり抜けるコトが出来るので壁や扉の存在をよく忘れているが、床をすり抜けるコトはほぼ皆無。
特殊な目を有していなくても半透明くらいには見えるハズの精霊を見るコトが出来ない、というか時々しか感知できない。
スターリースカイ
星空そのものに近い精霊であり、ヒト型になるコトは出来てもほぼ星空。
そんな星空(自分)を掴んだデニスに惚れた。