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ヒトと魔物のキューピッド  作者:
四年生
105/300

物語少年と月の女神



 彼の話をしよう。

 可愛らしくて、おとぎ話や神話が好きで、そういうモノに憧れている。

 これは、そんな彼の物語。





 図書室に新しい同人誌が入荷されていたので、図書室でソレを読む。

 借りても良いが同人誌は薄いのでここで読み切れる量なのだ。


 ……あとまあ、同人誌に関しては熱狂的なファンが居たりもしますものね。


 新刊は大体極東語のままなので読むのは殆どが極東人だが、彼ら彼女らからしたら垂涎モノだと思われる。

 自国に居るならともかく、遠い異国であるこのペルハイネンに居ては同人誌を手に入れるコトはほぼ不可能だろうから。

 さておき、一冊完結ではあるがシリーズ物でもある新刊を読む。

 日用品全てが突然魔物化しててんやわんや、というタイプの同人誌だが、巻数が進むにつれてどんどんキャラが増えるので面白いのだ。


 ……異世界である地球では擬人化するそうですけれど、アンノウンワールドだと魔物化が主流ですわねー。


 なのでこういった作品ではビジュアルが結構そのままというコトも多い。

 無機物系魔物ともパートナーになれるという常識があるからこそ、わざわざヒト型にしなくても違和感が無いのだろう。

 異世界である地球的にはそういうのは無いっぽいので、擬人化しないと感情移入がしにくいのだと思う、多分。


 ……あー、でも異世界のわたくし知識からすると、日用品の中身が異性で取り合いをされたり想いを告げられたりとかって展開は同じっぽいですわね。


 違うのはビジュアルだけだが、異世界の自分はソコが一番重要だと叫んでいるのでそういうモノなのだろう。

 自分からするといまいちよくわからないが。



「……あの、ジョゼフィーヌ。すみません」


「ハイ?」



 トントンと肩を軽く叩かれ振り返ると、レオンスが居た。

 彼は上級生向けだと思われる神話の本を胸に抱き締めながら、こちらの手元にある同人誌と周辺の本棚をチラチラと見る。



「あの、少々お聞きしたいコトがありまして……」


「ええ、構いませんわよ」



 既に読み終わってからの、改めて発見があるかもという二周目の最中だったので問題無い。

 流石にソレを言う気は無いが、既に読み終わっているからと同人誌を閉じる。

 ちなみにこの同人誌は全年齢対象のほのぼの日常ラブコメなので中身を見られても大丈夫だ。


 ……エロ系だったらちょっとアレですものねー……。


 まあエロ系同人誌は保健体育系の教科書みたいな扱いであり、マニアックな内容系も魔物相手ならあり得るよね、みたいな感じで普通に教科書扱いなのだが。

 問題は異世界の自分が叫びながら内心ローリングしていっそ殺せと叫ぶコトだ。


 ……好きなら好きで良いんじゃありませんの?


 異世界の自分に、ならスカートがめくれた時にはしたないと言うのはナンでだと言われたような気がするが、衣服が乱れているのは見苦しいからに決まっているだろうに。

 そう考えた瞬間に異世界の自分が静かになったので、納得してもらえたらしいと思いつつレオンスに隣の席を示す。

 素直に隣に座ったレオンスは、あの、と再び言いながら胸に抱いていた本をこちらに見せた。



「この本なのですが、僕が知りたい伝承や神話などが詳しく書かれている本をボックスダイスに聞いたらコレが最適らしいのです。ですが言語が……」


「あー……ちょっと見せていただけます?」


「ハイ」



 貸してもらった本を開いてみれば、コレは確かに読みにくい。

 現在使用されている文字と現在は使用されていない文字が混在しているし、当時は普通でも現代から見ればかなりの癖字だ。



「んん……コレはレオンスからするとほぼ読めませんわね」


「ハイ、ソレで困っていて……」


「あと正直内容は細かいですけれど、この内容でしたら他の本でも補完可能ですわ。複数冊読んですり合わせて、というのが必要になるでしょうから、最適だというコトには間違いありませんが」



 そう言うと、レオンスはパチクリと目を瞬かせた。



「ソコまでわかるのですか?」


「読めば、まあ。というか既に一回読んでるんですのよね、コレ」



 神話や伝承も一種の魔物図鑑のようなモノなので、こういうのは結構馬鹿に出来ない。

 ドラッグスキュラだって伝承では腹から犬の上半身が六つ生えてるとか書かれていて、どういうこっちゃと思いきやマジだったりするのだから。

 もっとも実際はタトゥーであり、必要な時だけ実体化するというタイプだったが。



「希望するなら時間は少しいただきますけれど、翻訳しますわよ?」


「本当ですか!?」


「シー」


「あ、おっと」



 図書室だから静かにするようにジェスチャーすると、レオンスは慌てて口を塞いだ。



「ええと、ソレで、本当ですか?」


「ええ。出版されたのかなり昔ですし、現在使用されていない文字が使用されている以上、普通の方じゃ内容がわかりませんもの」


「ハイ、わかりませんでした」



 レオンスは真面目な顔でうんうんと頷き、その紺色の髪が揺れた。



「ですがジョゼフィーヌは翻訳の仕事をしていましたよね?」


「本職は学生ですから、あくまでアルバイトみたいな位置ですわよ?まあ、ナンかわたくしにお願いする方は結構居てくれてありがたいコトですけれどね」



 特に極東人は独特な感性と表現を有しているのでお得意様だ。

 表現が難しいエロ系同人誌の翻訳はモチロン、歴史小説から推理モノまで幅広く頼んでくれてありがたい。

 出所不明とはいえ字幕を付けてくれたりするこの目に感謝だ。


 ……まあ、その分見ちゃ駄目なアレコレも()えちゃうんですけれどね。



「……翻訳を仕事にしているのに、僕が友人だからと無償で頼むのは駄目じゃないですか?」


「まあソレは駄目ですけれど、そういう時は本の状態から……例えば出版された時からどれくらい経っているかとか、需要とか、文字とか……そういう色々で判断した上で翻訳が必要そうならアダーモ学園長に報告するコトになってるんですの」


「学園長に?」


「ええ。で、確かに必要だとアダーモ学園長が判断されたらアダーモ学園長が依頼人になってくれますわ。そうするコトでコレの翻訳版が本屋に並んだりするので他の方も読めますし、わたくしもお金が稼げるんですのよ」


「成る程……!」



 小声で話しているからか、レオンスは言葉の代わりとでも言うようにコクコクと頷いていた。



「ソレなら是非翻訳をお願いしたいのですが、ただすぐに知りたいのがありまして……」


「一話分くらいなら小声でも良ければ音読しますわ。ドレですの?」



 この本は一話完結タイプの伝承が沢山書かれているタイプの本だ。

 わかりやすく言うなら短編集かアンソロジー。

 なので一話くらいなら良いだろうと判断し、目次を開く。



「月のお話、ですね。昔絵本で読んで、凄く好きだったのですが……挿絵を少し覚えているくらいで、内容がほぼ抜けてしまって」


「ああ、そういうコトってありますわよね」



 記憶の中にあるモノは更新しないと埃が積もるように埋もれていくものだ。



「あ、コレですの?月の女神の恋のお話」


「多分ソレです」


「ええと……あ、コレ後半長いですわね。ん、あら?」



 コレは正確には伝承というよりも伝承の解説書のようなモノなので、よく読めば注釈があった。



「レオンスが知ってるのって絵本でしたっけ?」


「そうです」


「なら前半だけで間に合いそうですわ。ここに注釈があるんですけれど、絵本はこの前半までだそうですわよ」


「え、そうなのですか?」


「どうもそうっぽいですわね」



 そして後半に続く部分のエンディングは、前半で終わらせる為に改変されているコトも多いらしい。

 恐らく完結させる為だろうが、後半が色々ヤバめな戦争話になっているからという可能性もありそうだ。


 ……まあ、絵本に書かれてたらしい前半しか知らないレオンスに後半は戦争だなんて伝えない方が良いですわよね。



「じゃあ短くざっと話しますけれど……ある日女の子と見間違うような程に可愛らしい少年が夜に起きると、周囲がとても明るく照らされておりました。窓を見ると、とても大きな満月がすぐ近くにありました」


「あ、そうそう、挿絵でも凄く大きな月で、そのシーンの時にわぁってなったんですよね」



 絵本のワンシーンを思い出してか、レオンスが嬉しそうに微笑みながら頷く。



「少年がその満月を近くで見ようと外に出ると、満月からこの世の存在とは思えぬ美女が現れました。少年を連れて行こうとする美女に、少年はこっちで一緒に暮らそうよと言いました。少年と美女はそのまま地上で末永く暮らしました。おしまい」


「そうそう、そんな話でした!ん?でもソコまで短かったですっけ?」


「会話端折ってますもの。ソレにコレって解説書の方だから、絵本版と多分会話が微妙に違うんですのよね。そっちの方が混乱しませんこと?」


「ああ、確かに」



 本当のコトを言うと美女は女神で、少年を見初めた女神が私のモノになりなさいと月へ連れ去ろうとする、つまりはパートナーにしようとする、という話である。

 ちなみに絵本ではハッピーエンドが多いが、原作では少年が断り、その返答にブチ切れた女神によって周辺国で数十年続く戦争が起きたりする。


 ……流石にコレは話せませんわ。


 翻訳は仕事というのもあって正確にやるつもりだから結局は知るコトになるだろうが、ハッピーエンドのみの知識のままでいる期間をほんの少し伸ばすくらいは良いだろう。

 知り過ぎるとショッキングな事実に行きついてしまうというのは、目が良すぎる自分がよく知っている。

 というかこの視界によって常にショッキングな事実を目撃しているので、他の子にはもう少し平和的なままでいて欲しい。



「でも素敵ですよね、この話」


「エ……と、そうですの?」



 いけない、後半の戦争話に意識が向いていたせいでレオンスの言葉に「エ?」と返しそうになった。



「だって月から現れた美女とずっと一緒なんですよ?」



 原作ではお断りした結果大戦争でめっちゃ人が死ぬ。



「僕、おとぎ話などが昔から好きで……空飛ぶ絨毯や魔人の指輪、ネズミのお姫様にお爺さんにされた王子様、オオカミに食われても生還したヤギに櫛や腰紐やリンゴで殺されても復活するお姫様……そんな存在が本当に居たらなあ、とよく思うんです」



 不死身属性なヤギや姫はマジで居そうだが、ソレに対しそうもぽわぽわとした幸せそうな笑みを浮かべるのは合っているのだろうか。

 いやまあ、少女漫画などを読んでこんな恋愛してみたーいみたいなアレかもしれないが。



「そうですわね、青髭という物語から生まれた魔物であるバルブブルーや極東のお話である竜宮城伝説で出てくる亀説が高いエアタートルが実在するワケですから、居てもおかしくありませんわ」



 大中小の三匹セットで活動するヤギの魔物も存在するらしいので、あり得る話だ。



「ですよね!」



 レオンスはとても嬉しそうな顔でそう言い、図書室であるコトを思い出したのかすぐに口を塞いでいた。



「……その、僕結構そういうのが好きだから、物語で出てきた食事とかを食べたくなったりしてしまうんですよ」


「ああ、ソレわたくしもありますわ。小麦のパンとかアレずるいですわよね」


「ですよね、クッキーとか」


「あと童話でチョーク飲んで声変えるとかあって、チョークが黒板に書く為のモノだって知らなかった時は飴かナニかだと思ってましたわ」


「わかります……!」



 自分の場合は前世に相当する異世界の自分の実体験だ。

 異世界である地球にある日本という極東の国では千歳飴というチョークそっくりな飴があるらしく、ソレもあって小学校に入学するまでは誤解が解けなかったらしい。



「さっきの月の美女のお話も、満月が見たくなってしまうんですよね。まあ昔は満月の日がいつかわからなかったし、すぐに寝てしまうので全然見れませんでしたが」


「あー」



 あるあるだ。



「あら、でもソレなら今日とか丁度満月ですわよ」


「エッ!?」


「屋上からなら近くて綺麗に見えると思いますわ」



 そう告げると、レオンスは真顔になった。



「……ジョゼフィーヌ、一緒に今夜屋上へ行きませんか?」


「アンセルム生活指導に見つかりたくないんですのね?」


「バレましたか」


「バレバレですわよ。まあでもわたくしも月見の気分になりましたから、構いませんわ」



 天使の娘ではあるが、自分は品行方正で生真面目過ぎるタイプというワケでも無いのだ。

 非行に走る気は一切無いが、多少の夜更かしと夜歩きくらいは許してほしい。





 夜、月が綺麗に出た頃にルームメイトに一応ちょっと出ると伝えてから部屋を出て待ち合わせ場所の談話室でレオンスと合流し、屋上へ移動した。



「おお、満月……!」


「今日は一際綺麗ですわねー」



 屋上に置いてあるベンチに座りながら、空に浮かぶ満月を見上げる。



「大きくて、キラキラと輝いていて……そしてあの月から美女が現れたら最高ですね!」


「やー、んー、ええ、まあ、そうです、わね?」


「返答が曖昧ですね」


「天使の事情が……」



 女神は要するに神枠であり、天使は神に仕えているので逆らえない。

 しかも天使としての特性とこの視界のせいで生粋の人間や他の混血のように鈍感にもなれないという事実からくる心労があるのだ。

 夢の女神と話す時もホントにキツイ。


 ……美しいし、オブラートが無いだけであって言ってるコトは真理だし、怒らせさえしなければ普通に話せるんですけれど……。


 怒らせた瞬間デッドエンドという高難易度だけは勘弁してほしいものだ。

 正直夢の女神と他の生徒が会話しているのを見るだけでハラハラするし、天変地異だけは勘弁してくださいと天に祈ってしまう。

 神はキレると最高惑星破壊、最低でも大体死人が出るので出来るだけ怒ってほしくはないのだ。



「あ!」



 神系のヤベェあれやこれやを考えていると、満月を見つめていたレオンスが声を上げた。

 同時に、視界に入ってきた情報によって天使の本能がめちゃくちゃアラームを鳴らし始める。



「……わあー、お……」



 気のせいであってくれと現実逃避のように願いつつ空を見上げれば、満月から伸びている見えない階段を下りるような軽快な動きで、美女がこちらへと降りてきていた。


 ……ガチモンですわー……。


 そして天使の本能的にあの美女は完全確実に女神。

 何故だ。



「ハァイ、こんばんは」


「こんばんは!」


「……こんばんは」



 微笑みながらの女神の挨拶にレオンスは素直に返し、自分はここで返さない方が怖いなと考えつつ返した。

 いや立場的に天使とは臣下とか部下とかの立場なので、上司からの挨拶があった時に返さなかった時の方が怖いのである。



「……うふふ、アナタ、とっても私のコトを見つめてくれていたわね」



 うっとりとするような声でそう言いながら、女神はレオンスの顔に手を伸ばし、その頬を指で軽く撫でた。



「え?ええと……美女さんは月の化身なのですか?」


「あら、美女だなんて。当然の事実ですけれど、良い子ね」



 機嫌良さげにクスクスと微笑みながら、女神はレオンスの頬を優しく揉むように手を動かした。



「けれど月の化身、というのは少し違うわ。私は月の女神であり、月は私と同じモノ。どちらかというと、月が私の化身、といった方が正しいわ」


「……ジョゼフィーヌ、そうなのですか?」



 ……天使相手に女神の言葉を再確認しないで欲しいっていうか、そもそもわたくしを女神との会話に巻き込まないで欲しいですわー!


 女神や神に仕えるのが天使なので使われたりするのには違和感を感じないし、話し相手になるのも構わない。

 種族的に天の属性が同じなので居心地も良いし。

 だがソレはソレとして神の色恋関係に首突っ込むと天使だろうと容赦なく消される可能性があるのが怖いのだ。

 神程恋に盲目な種族は居ない。



「え、ええと、まあそうですわね。女神というのは生まれた瞬間に属性が決まっているモノですから、んん……月の女神が存在しているから月が存在する、という感じですわ。そう考えると月は月の女神の化身、というのも真実ですわね」



 要するに親機と子機のようなモノであり、本体とそのサポート用みたいな違いはあるがセット、みたいなコトだろう、多分。



「ふぅん……流石は半分とはいえ天使なだけあるようね。ええ、私をイラつかせない良い説明だったわ」



 月の女神はニッコリと満月のように美しい笑みを浮かべながらそう言った。



「良かったですわー……」



 月の女神イラつかせたらどうなるんだろう。

 自分は常識があるイージーレベルの狂人なので普通に超怖い。



「まあソレよりも、本題よね」



 そう言って視線をレオンスへと戻し、月の女神は笑みを浮かべながら目を細める。



「その夜空のような紺色の髪、天使の羽を思わせるような白い肌、くりんとした宝石のようなその瞳……そしてナニよりも、その幼い顔が良いわ」



 十三歳なのでそりゃ幼いのは当然なのだが、レオンスは他の子よりもちょっぴり幼めな顔つきだったりする。

 言うなら可愛らしい系の顔だ。



「ねぇ、私と一緒に月へ来る気はないかしら?私の眷属にして、可愛がってあげるわよ?」



 月の女神はとても美しい笑みを浮かべながら、そう言った。


 ……あー、神って幼めな美少年も結構好みだったりしますものねー……。


 そう考えるとあの伝承でも見初められてた少年は美少年だった気がする。



「え、え、えっと……」



 対する女神の美しさを真正面で見ながら眷属スカウトされたレオンスは夢見ていたままの展開に、そう例えるなら少女漫画のイケメン転校生に告白された主人公のような表情をしていた。

 具体的に言うならちょっとうっとりした表情で頬を染めていた。



「……あの、地上で一緒に過ごす、は駄目ですか?」



 ……絵本バージョン!


 ここで断ると戦争が勃発するので賢い選択だと言えるが、しかし絵本バージョンの返答でハッピーエンドルートに入れるかどうかが不明なのが問題だ。

 さてどう答えると存在感を出来るだけ空気に紛れ込ませつつ月の女神の様子を窺う。



「モチロン、構わないわよ!」



 そう言って、月の女神は笑顔でレオンスを抱き締めた。


 ……ハッピーエンドルート入りましたわー!


 ホントにハッピーになるかは不明だが、少なくとも戦争勃発は避けられたハズだ。

 あっさりとオッケーを出してくれた月の女神に胸を撫でおろしつつ、パートナーとして成立した二人にパチパチと拍手を贈る。

 いや本当に、良い月が出ている日で終わって良かった。


 ……戦争が始まった日にならなくて、良かったですわー。





 コレはその後の話になるが、月が出ていない間は省エネモードというコトで、月の女神は真っ白いコマドリの姿になっている。

 省エネモードが必要無い神も多いそうだが、彼女や夢の女神は省エネモードが必要というタイプらしい。



「にしても、月の女神もよくアソコでああもあっさり頷きましたわね」


「ああ、絵本の内容そのままだったってトコかしら?」



 キイチゴをつつきながら、コマドリ姿の月の女神はさらっとそう言った。



「やっぱ知ってたんですのね」


「当然でしょう?月も私の一部なのですから、月が見ていれば私にも見えていると同義です」



 まあごもっとも。

 自分の場合で考えると、死角以外は視界に入っているからその全てが見える、みたいなコトだろう。


 ……やっぱわたくしにこの視力を与えた方、神系っぽいですわねー。



「まあ私は女神ですから、もしただ絵本をなぞりたいだけでそう言ったなら命くらいは奪っていた可能性があるけれど……」



 神のそういう、あるか無しかみたいなトコどうにかしてほしい。



「でも、レオンスが本気であの言葉を言ったコトくらいはわかるもの。本気で私の美しさに一目惚れをしたコトも、ね?」


「お恥ずかしい……」



 レオンスは赤くなった顔を誤魔化すように、アイスティーを呷った。



「ふふ、私が見初めただけあって、レオンスは素晴らしいわ。私に見惚れ、私に尽くし、ナニかあれば私に嘘偽りなく報告する……。

ええ、私を少しでも裏切ればその瞬間に親族諸共滅ぼすくらいはするつもりだけれど、今のところその必要どころか心配すらも不要そうで、良いコトね」



 ふふ、と再び月の女神は微笑んだ。



「月の女神は美しいし可愛らしいからつい尽くしたくなってしまって……ただ、あまりやり過ぎても過干渉で嫌がられるのではと思っていたらジョゼフィーヌが色々と教えてくれましたからね」


「ああ、教えましたわね……」



 神は結構他人を巻き込んでくるコトも多いので、自衛の為にも神のパートナーであるレオンスには全力で神を相手にする際の知識を蓄えさせたのだ。



「色んな神話や、出会いのキッカケになった本の翻訳版など……ソレらを読んで、尽くしたいなら好きなだけ尽くせば良いと学びました!」



 よっしゃ尽くそうという終着点に至ったのは不思議だが、まあ女神とは生粋の女王みたいなモノなのでそう思わせるナニかがあるのだろう。



「ソレに月の女神は寝る前によく昔話をしてくれたりもするのですよ!とある地方でのみ語り継がれている民話や実際にあったという伝承なども……惜しむらくは、月の女神の声があまりに心地よ過ぎて全てを聞き終える前に寝てしまうコトでしょうか」


「寝かしつけてるんだから、寝てもらわないと困るわよ?」



 あははうふふと楽しそうに会話している一人と一羽を見ながら、今度知られていない民話や伝承についての話を聞こうと心の予定帳に書きこんでおいた。




レオンス

おとぎ話や伝承、逸話や神話が大好きでそういうのに憧れている少年。

見た目は神話に出てくるプリティタイプの美少年フェイス。


月の女神

満月の日に自分(月)を見上げる中に好みの顔が居たら姿を現してスカウトするクセがある。

頷けば眷属の一人になり、断れば大戦争が勃発という地雷のような、しかし夜を照らしてくれる月そのものなので人間が逆らうコトは許されないのが当然、というレベルの位置にいる女神。


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