出会いは銃声
風がふく、崖の縁。鼻につく、潮の香り。果てしなく続く、怖いほどに澄んだ空。目が痛くなるほど輝く太陽。ただなにも考えたくなくて、この場所に来た。周りから向けられる哀れんだ目も、罵詈雑言を振り撒き当たり散らす醜い父親も、一時でも忘れたくてここに来た。綺麗な景色は、いつでも心を和やかにしてくれる。はずなのに…
「…」
全てが嫌になって。全てを投げ捨てたくなって。酷く悲しいのに、涙を流せるほどの感情が無くなってしまった。全てを諦めた瞳で、ただ目の前の景色を眺めていたとき、彼と出会った…
第1章 出会いは銃撃
ある日、本当に突然だったんです。いつも通りに学校に行き、いつも通りに席に座ったんです。そしていつも通りに、同級生の女子数名に髪を掴まれ、椅子から落とされたんです。いつも通りに私を罵り嘲り、蹴って殴って笑ったんです。そう、私はいわゆるいじめられっ子。これは日常で、もう2年も続いています。最初は、反撃してたんです。でも、疲れちゃって、今では従順なペット。その日も、そうなる、はず、だったんです。
「月宮、電話だ」
突然、担任にそう呼ばれて、電話を受け取って繋がってたさきは実家だった。そして、言われたんです。
「母さんが、死んだ」
受話器の先で、父がそう言ったのです。そこからは、あまり覚えてません。荷物をもって家に帰って、病院に向かって、呆然と立ちすくんで、気付いたら葬式の最中だった。
「まだお若いのに」
「どうするのかしらね、あんな大きな子」
「育てられるのかしらね」
周りの哀れんだ声が、酷く耳にさわった。母は、私の唯一の支えだったんです。酷く辛いときに、いつも支えてくれたんです。父は昔に会社をリストラされてから働かず、お酒を飲んでは荒れて、手がつけられなくなったりしました。それでも母は、私達のために頑張って働いて、稼いでいました。そんな母が、私の誇りだったんです。受け止めたくない現実を前に、私はただただ呆然としていました。すると、父が突然私を人気のない場所に呼んで、あり得ないことを言い出したんです。
「母さんが死んでちょうど良かった。少し前から決めていたんだが、俺は再婚することにした。2つ上の女性でな。小学生の子供がいるんだ。母さんの遺産は少しやろう。だから、出ていってくれ」
父の声は無機質で、母さんが死んだことになにも感じていないことがよくわかった。あぁ、私は理解してしまったんです。母がいなくなった今、私は必要無いんだって。それを理解してしまった私は、すぐに荷物をまとめて家を出ました。家を出るとき、父の怒る声が聞こえてきて、物が壊れる音が聞こえてきました。父の怒鳴り声を背に、私はただ宛もなく歩きました。バイトで貯めたお金を使って、なるべく遠くまで。ただ遠い場所へ向かって、お金が尽きてしまって、気付いたら自殺の名所と呼ばれる、美しい景色の崖っぷちに立っていました。
「…」
もう、いいや。そう思い、足を踏み出そうとしたとき
「お前、死にたいのか?」
突然の男の声にふりかえれば、黒いスーツに身を包んだ短い髪の男の人が立っていた。
「死にに来たのか、こんな場所に」
黒いスーツにキラリと光る金のバッチ。男の人の後ろには、黒いベンツに黒いスーツの厳つい男の人達。どう見ても、その筋の人。
「…」
でも、だからと言ってなにかあるわけでもない。この人にとって、たまたま偶然に死のうとしてる人間が視界に入っただけで、興味があったわけではない。でも、無視もよくはない。だから、挨拶だけしたんです。
「…こんにちは」
「………」
そしたら、なぜか目を丸くして、お腹を押さえて笑いだしたんです。
「あはははははっおまっこのタイミングで挨拶って、可笑しいだろ!」
目に涙をためて、本当に楽しそうに豪快に笑ったんです。後ろにいる人達も、なにがなんだかわからなくて困っていました。
「あー、笑った笑った。なぁ、お前さ、死にに来たんだろ?」
「…死にたい、のですかね。もぉ、よくわかんないんです」
男の人はふぅんっと言っただけで、特に責める様子もなかった。だから、でしょうか。私は海を見ながら、男の人に全て話してしまっていたんです。
「…私は、なんなんですかね」
「…」
男の人はただ黙って、話を聞いてくれた。今までこんなことなかったのに、不思議です。でも、すごく楽になれたんです。
「なぁ、お前さ、俺んとこ来るか?」
「…え」
男の人は、突然変なことを言い出しました。俺んとこ来るって、どうして?たまたま出会って、会ってそうそうに死のうとしている人に、何を言ってるんだろう?男の人を見て、どういうことですかって聞こうとしたら、黒いベンツの後ろのほうの森に、キラリと光る物を持った人が立っていたんです。その人が何をしようとしてるのか、すぐにわかりました。私は、反射的に男の人を庇うように立ちはだかりました。その直後、鈍い銃声が響きました。
「っ若!」
「!?」
お腹の辺りが、熱くなるのを、感じました。痛い、感覚より、熱くて寒い感覚がとても鮮明でした。
「おい!しっかりしろ!」
だんだんと、意識が遠くなるのを感じました。ああ、これで終わりかって思いました。いい思い出はないけれど、最後に、1つだけ
「わ、たし…やくに、たてましたか?」
霞む視界の先に写る男の人の顔。とても恐くて、だけど心配そうに私を支えてくれているのがわかりました。なぜ、そんな顔をするのか。会ったばかりの私を、どうして心配してくれるのか。だから、聞きたかったのに、言葉は別のことを聞いていて
「っな…ばか……し…」
彼の答えも、聞き取れなくて。それだけが、本当に心残りで。私は、目を閉じました…