僕の彼女は氷の女王様
「いいわよ。その日はちょうど空いているから」
テーブルの上でパタンと手帳を閉じ、瑠々はじっと僕の目を見た。
学園の女王様と呼ばれている瑠々が僕の彼女になったのは、昨日のことである。
「私に選ばれたことに感激しなさい」という、まさに女王様な告白だった。
恋人となったからにはデートだ。僕は初デートの日を決めるべく、瑠々を誘って学園内のカフェにいた。
「行きたい所とかありますか?」
同級生なのに敬語を使ってしまう。彼女の雰囲気にのまれてしまっている。
「別に無いわ。貴方のお好きな所で」
絹糸のような黒髪をさらりと掻き上げ、瑠々はメニューを手に取った。
うっ……女王様のお気に召すデートスポットとかあるのか?
頭を悩ませていると、瑠々がメニューを差し出してきた。
「早く決めなさい」
「は、はいっ。すみません……」
手を挙げて店員を呼ぶ。足早にやってきた店員は、恭しく頭を下げると入力パッドを開く。
「カフェオレとハンバーガー。瑠々さんは……」
「私は紅茶とサンドイッチをお願いするわ」
注文を受けた店員は手早く入力を済ませ、再び恭しく頭を下げ去って行った。
「あんなに丁寧な店員っているんですね」
感心しながら僕が言う。
「当たり前でしょう。私たちは客なんだから」
瑠々はきっぱり言い切った。
「そ、そうですね」
僕もその内、「彼氏なのだから当然でしょう」とか言われるのか?
「では改めて……」
気を取り直して、僕は口を開いた。
「映画とかどうです? その後、テレビでやってたパンケーキの店に行くというのは」
「どちらも気が進まないわ」
あっけなく却下された。
「じ、じゃあ……」
必死に頭を回転させる。
「御待たせ致しました」
ショート寸前で、タイミング良く店員が品を持ってきた。
僕の前には湯気が立つカフェオレとハンバーガー。瑠々の前には同じく湯気が立つ紅茶と、紅茶と同じぐらい湯気が立っているサンドイッチ……
「へ?」
サンドイッチって常温ものだよな?
「いただきます」
瑠々は白い手を合わせ一礼すると、サンドイッチを一口齧った。
ポリッ。ポリポリ。
音が! 音が硬い! パンの音じゃない!!
続けてカップを手に取り、湯気の立つそれを冷ますことなく飲んだ。熱くないのか?
じっと見ていると、あることに気付いた。
カップに結露のような水滴が付いている。僕のカップには何も起こっていない。何故瑠々のにだけ?
「どうかしたの?」
僕の視線に気付いた瑠々が首を傾げる。
「いや、それ……」
カップを指さすと、瑠々は「ああ」と頷く。
「これを入れると、更に美味しくなるわ」
細かな装飾が施された銀の小瓶。その蓋を開けると、中の液体を紅茶とサンドイッチにかけた。激しく湯気が立ち上り……
「え? 何ですか、これ。冷たい?」
「我が国で改良された液体窒素よ。どんな食物に使用しても、瞬時に冷やしてくれるわ」
「冷たい物が好きなのよ」と、小瓶を揺らしながら微笑む。
「液体窒素? 我が国?」
頭が混乱している僕の隣に先ほどの店員が立ち、これまた恭しく一礼して口を開いた。
「ルールー様が治める国、アイスブランドランドは氷と雪に覆われております。住民は冷たい物しか食べず、外に出た時の為にアイスソース、こちらでは液体窒素と言いますかな、を持ち歩いております」
「そうだ。初デートは我が国に来てもらおう」
瑠々はにっこりと僕を見て微笑んだ。
「ルールー様、よろしいのですか? 本当に彼で」
ルールー。瑠々。もしかして……
「うむ。国民にも早めに知らせておいた方がよかろう。王となる者だからな」
そう言うと、瑠々は冷気の立つ紅茶を一口飲んだ。