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04

 月曜日になった。

 私は、保育園に行く準備をしながら、隅市さんに謝ることを考えていた。

 金曜日、コンビニ前で何か仕出かしたのかどうかわからなかったが、帰宅後の私の踏み外しようを妻から聞けば、謝るしかないだろうと思った。大声を上げただの、隅市さんに絡んだだの、予想をすれば、冷や汗が出てくる。

 結人の着替えを手伝っていた時、息子が突然、

 「パパ、どうしたの?」

 と声を掛けてきた。

 「え? 何もないよ」

 「だって、しんどそう」

 息子も私の心の動揺を悟ったのか。

 「大丈夫、保育園行こうか」

 手を繋ぎ、結人と保育園を目指す。マンションを出て、朝から気温二十六度の中、滲み出る汗をTシャツの下に感じ歩く。四月、五月はよかった。六月に入ってから、急激に気温が上がった。風のない日は最悪だ。今日はその最悪な日だった。

 マンションと保育園の丁度真ん中に位置する小さな商店街の入り口の前を通り過ぎた頃、保育園が右前方にチラッと見えてきた。さらに進み目を凝らすと、保育園の門に入って行く人影があった。

 「あれは……隅市さん!」

 思わず駈け出した。

 「痛い!」

 「えっ?」

 右手を見ると結人が顔をしかめていた。

 「痛いィ」

 と結人はさらに言った。

 「ごめん」

 屈んで、結人の手をさする。

 結人の機嫌を整え、再び歩き出す。

 走りたいのは山々だったが、息子の歩調に合わせた。ここでまた機嫌を損ねたら、時間が割かれてしまい、下手をすると隅市さんに会えなくなる。

 ようやく門に着いた。いつも朝、門を守衛して下さっている初老の男性に挨拶して、保育園に入った。

 「あっ!」

 もうすでにパンダ組でこの日の用意を整えた隅市さんと将吾くんは手を繋ぎ、運動場に面している渡り廊下を歩いて早朝保育の部屋――遊戯室に向かっていた。

 「隅市さぁん!」

 自分でもびっくりした。大衆の面前で(周囲には、守衛の男性しかいなかったが)大声を出すなんて酔っぱらってもなかったことだ。

 隅市さんは立ち止まり、こちらを向くと手を上げてくれた。

 私は結人とともに運動場を横断して隅市さんの傍に早足で近寄った。

 「おはようございます」

 隅市さんから声をかけてくれた。

 私は、挨拶もせずに

 「隅市さん、金曜日、金曜日ですが、僕何かご迷惑をかけたんじゃ……」

 と気になっていることをまず尋ねた。

 「金曜日? ……ああ、楽しかったですよね。また行きましょう」

 隅市さんは笑顔で答えた。

 「えっ、あの僕、なにか羽目をはずして、隅市さんに迷惑かけたんじゃあ……」

 「迷惑? なんでですかぁ、楽しく喋って飲んだだけでしたよ……。――えっ、まさか出輪さん……」

 「記憶がないんです」

 「ありゃ」

 「あのあと……つまり、カップ酒二杯目からの記憶が曖昧で……」

 「そうですかぁ。私には出輪さんが記憶をなくしているぐらい酩酊しているとは思えなかったけどなぁ」

 「そうですかぁ? 飲んだあと帰宅してからも大声で叫んでいたらしいんですよ、僕」

 「それは、奥さんも大変でしたねぇ――おいおい」

 隅市さんの息子の将吾くんが彼の手を引っ張り、早く遊戯室に行こうと催促する。

 「あっ、すみません隅市さん足止めして。また、飲みの方お願いします」

 「はい、また行きましょう――おい、将吾、強く引っ張るな。――出輪さんまた」

 隅市さんはそう言うと、将吾くんに体を傾けられながら遊戯室の方へと移動していった。

 結人と私はこの日の保育の用意を済ますため、パンダ組に向かった。

 「はぁ、よかったぁ」

 パンダ組で、結人のタオル、着替えを手さげ袋から取り出しながら、思わず口に出た。もちろん、隅市さんに迷惑をかけていないということがわかったから出た言葉だった。

 「何がよかったん?」

 結人が不思議そうに私を見つめる。

 「なんでもないよ」

 私は、そう言うと、『でわゆいと』と書かれた引き出しに彼の着替え、タオルを入れた。

 用意を終え、パンダ組から遊戯室へと移動。

 遊戯室にはもう隅市さんはいなかった。将吾くんは、何人かいる園児の中、一人ブロックで遊んでいた。

 「結人、将吾くんと遊んでおいで」

 結人は、うんと返事して私から離れた。

 登園時間、予定降園時間を書いて、結人の方を見た。楽しそうに結人は将吾くんと遊んでいる。私は、部屋を出た。

 二人いた保育士の先生とは挨拶しなかった。よくあることだが、先生たちは部屋の隅で園児に囲まれ忙しそうに――少なくとも私にはそう見えたので挨拶はもちろん会釈もしなった。でもそれでいいのかと、私は首を傾げる。せめて、結人には、おはようと声かけして欲しい。誰かフリーの先生を配置して欲しい。このことは私が保育園に対して悶々と思う中の一つのことだ。この日は、将吾くんが先にいて、結人も仲良しの友達がいるからということですぐに離れてくれたが、将吾くんの他にも友達がいないときは、中々私の傍から離れないことがある。保育士の先生が自ら声をかけて結人の傍まで来てくれたら彼も行き易いのだろうが、決まった先生しかそういうことはしてくれない。中には見て見ぬふりを決め込む先生もいる――あくまでも私個人の見解だが……。こちらから、大声を出して、結人は来ましたよってアピールした方がいいのかと思う時もある。いや、実際大声で「お願いします!」と言った時もあったが、それでも無視されたこともあった。だからあまり考えないようにした。けれども悶々とする。しかしこの私の思いは保育園には言えない。無職の私には、そんなこと言う権利はない。いや……ないのか?

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