14
週が明け、月曜日。私は結人を保育園へ送り、すぐさま家に戻り洗濯物を干すと、駅へと向かった。もちろん隅市さんの出発を見送るためだ。隅市さんが乗る電車の時間より二十分ぐらい早く着いた私は、暫く、改札口から少し離れたところで彼が来るのを待っていた。通勤ラッシュの時間帯はもう過ぎていると思われたが、それでも、今から電車に乗り込む人、または、電車からおりて出てくる人とが入れ替わり立ち替わり往来していて、改札付近は混雑していた。駅周辺にマンションが開発ラッシュで乱立し、人口が急激に増えたこと、またそれに比例して駅側が改札口を増設しなかったことも混雑の原因と考えられた。私はその出勤のためであろう改札をくぐっていく人々の流れを眺めていた。この駅ではなかったが、私も三年前にはこうして毎日電車に乗って会社に出社していたなぁと感慨深く彼らを見ていた。どうしてできなくなったんだろう。もう少ししたら、また社会に出られるか。少しの時間自問していたが、答えはでない。
そうして一途に思いを巡らせているところに、
「出輪さん」
と私を呼ぶ声がした。
スーツを身に纏った隅市さんだった。すぐ後ろには、奥さんと将吾くんがいた。奥さんのことは、妻から容姿を含め聞いていたが、話し通り、スラっとした背丈で、ファッションモデルを思わせる。なるほど、隅市さんとお似合いである。
「初めまして、隅市の家内です。主人が色々と本当にお世話になりました」
奥さんは長身を折り深々と頭を下げ、私に挨拶してくれた。
「いいえ、こちらこそ……」
と、私も恐縮しながら、頭を下げた。
「ゆいとパパおはよう」
「おはよう将吾くん」
手のひらを振りながら、将吾くんは満面の笑みをこちらに向け挨拶してくれた。
「――じゃあ、先に行ってるね」
奥さんは隅市さんにそう言うと、券売機の方に歩いて行き、切符を買い、将吾くんを伴い改札の中へと入っていった。最後のお別れは二人でと、我々に気を使ってくれたに違いない。
「空港まででしたっけ?」
「うん」
隅市さんの奥さんと将吾くんは、それぞれ、仕事、保育園を休み、この日空港まで隅市さんを見送ることにしていたのだ。その話は、海鮮居酒屋で飲んだとき聞いたものだ。酒量が過ぎたのか、あの日の私の記憶は、冷酒を飲んだ付近から曖昧だったが、その部分は覚えていた。人ごみにまぎれながら、階段を下りてプラットホームに向かう奥さんと将吾くんの姿を見て私は気がついた。
「あとで携帯で連絡するんですか?」
「え?」
言葉足らずな私の発言に、隅市さんは目を見開いた。
「奥さんと将吾くん、ホームのどこで待ってるか、すぐにわからないでしょう?」
「ああ」
隅市さんは笑顔になった。私の質問の意味を理解してくれたのだろう。
「大丈夫ですよ。絶対、先頭車両です。最近将吾のやつ、電車の先頭に乗るんです。運転席のすぐ後ろの窓から前方を眺めて、自分が運転手になった気持ちで乗るんでしょうね」
「へぇ、かわいいなぁ」
そのあとの二、三分の会話は、コンビニ飲みのそれとかわらず、もうすぐに訪れるであろう別れの悲壮感などなしに二人で楽しく話していた。
しかし時間は進む。
「隅市さん……」
私は、改札を抜けた向こうの天井からつり下がっている運行時刻掲示板の横にある時計を見ながら言った。隅市さんの乗る電車の発車時刻が五分ぐらいに迫っていた。
「そうですね」
隅市さんも時計見てそう言うと、両手に持っていた鞄のうち、右手の鞄を床に置き、空いた手を私に差し出した。私は彼の肉厚な手を握った。
「向こうに行ってもお元気で」
「うん。出輪さんも元気で」
隅市さんは手を離すと、屈んで鞄を持ちなおし、
「じゃあ」
と言って、私の前を去り、切符を買ってから、改札に向かった。
「隅市さん!」
私は名残惜しさもあったのか、思わず彼の横面に向けて声を投げてしまった。
「あれ……あれです、今度逢う時は、敬語やめて下さいよ、敬語! 今も敬語でしたよ」
「うん? ……ああぁ、ああ、敬語。はい、わかりました。今度逢う時、敬語よします――いや、今からだ。――じゃあな、出輪!」
彼は、人が行き交うまっただ中で――なかには鬱陶しそうに彼を睨みつける人がいながらも屹然と立ったまま、鞄を持った腕を上げ、それを振った。それから切符を改札に通し、駅中に入っていった。敬語の件は、これもこの前の海鮮居酒屋であがったものであった。彼は私に対していつも敬語口調だったので、年下の自分に敬語はよして下さいと、話の流れで軽く何気なく彼にお願いしたのだ。お願いしたのにも関わらず、すぐに彼は敬語口調で私に話しかけたので二人で大笑いした。そのことを思い出し、彼との別れ際、脳裡によぎった敬語の件を苦し紛れに言ったのだった。最後に彼の放った「じゃあな、出輪!」は、それからしばらく――いや、今でもだが、私の鼓膜に張り付いた。
隅市さんは階段を下る前、もう一度こちらを見た。人の行き来の交差で彼の姿は見え隠れしていたが、やがて、彼は消えた。
私の視界は、彼が改札を通った時ぐらいから滲んでいた。涙のためだった。頬には垂らすまいと、時折、顔を上にあげていたが、嗚咽が漏れそうだったので、急いでその場をあとにした。
マンションに着き、エレベーターに乗り込むと、我慢できず、エレベーター内に設置されてある防犯カメラを背にして咽び泣いた。だが私のおりる階に、エレベーターに乗る人が偶然待っていて、私の顔を見て驚いたようだった。帰宅してからも、コンビニで隅市さんと飲んだ情景などを思い返しながら泣いていた。だが、しばらくすると涙も涸れ、それからはただ単にぼうっとしていた。夕方までなにをするでもなく、窓から見える風景をぼんやり見ていた。しかし遠くの山や近くの建物の影の移り変わりに気がつき、そうだと、胡坐を解き、床からゆっくり立ち上がった。結人の迎えを忘れていた。この時、虚脱感が体を占めており、どうやって結人を迎えに行ったのかよく憶えていない。それぐらい、放心していた。
次の日から、将吾くんは保育園に登園していた。だが彼も、今年いっぱいでこの地から引っ越していく。もちろん彼の母親もだ。このことも最後に隅市さんと飲んだ時聞に聞いた。隅市さんの奥さんの働く薬屋も、即戦力の彼女にすぐに辞められては困るということで、少なくとも年末までは働いて欲しいと要望があったそうだ。その間、薬屋は隅市さんの奥さんの後任の働き手を探すそうだが、後任の薬剤師がみつかる、みつからないに関わらず、将吾くんと奥さんは年明けから秋田に赴く。隅市さんも初めの三カ月ぐらいは、息子と妻に逢えないのは寂しいが、仕事に集中するため、独り身の方が都合がいいと言っていた。
私としては将吾くんが保育園に居てくれる時間が長ければ長いほどよかった。彼という存在が、唯一隅市さんとの関係を保ってくれているような気がして、心強かった。隅市さんが去ったあと、彼の奥さんが将吾くんの送り迎えを変わって行うようになった。奥さんの勤め先がどこにあるのか知らなかったが、通勤距離があると見え、朝は我々より早く保育園に来て、将吾くんをあずけていたようだし、帰りも延長保育がほとんどだったように感じた。行きも帰りも、将吾くんの姿を見て、私はなんだかほっとしていた。朝行けば、将吾くんが結人の元へすぐに来てくれて、息子もすぐに私の傍から離れてくれたし、帰りは、「ゆいとのパパぁ」と笑顔で声をかけてくれて、私も笑顔になった。だからか、隅市さんが去って、落ち込みもしたが、私は比較的元気だった。全て、将吾くんのおかげだ。だが、隅市さんがいなくなって一週間が過ぎた頃、将吾くんの様子がおかしいと感じた。朝、保育園に行けば、彼は泣いていることが殆どで、結人が近寄っても、泣きやまず、結人を迎えに行くとき彼の様子を見れば、先生に抱っこされているということが目立った。結人に保育園での将吾くんの様子を聞けば、一緒に遊んでいると簡単に言うし、しつこく聞くと、機嫌が悪くなって、まぁ、三歳の子供に詳しい説明を求めることが無理な話なので、とにかく「遊んでいる」という一点で少し安心したりした。
しかし、将吾くんの異変の理由はあり、その異変の理由が招く結果を知った時、私は力が抜け落ちたような気がしたことを今でも覚えている。
「来週、私たちも引っ越します」
お盆前の金曜日の夕方、いつものように結人を迎えに行こうと家を出て、保育園の門をくぐり、運動場にさしかかったところ、保育園の職員室から出てきた隅市さんの奥さんを見ることができた。めずらしく今日は迎えが早いなと思いながらそちらに顔を向けていたら、彼女も私に気がつき、靴を履くとこちらに来て、右記のようなことを言った。そのことをたった今職員室で園長先生に告げ、部屋から出たところ、私と遭遇したのだ。夕方になっても運動場の周りの木々からは蝉の音がけたたましく鳴っていたが、奥さんから引っ越すということを聞いたあとの私には、その音は響かなかった。私の心は森閑としていた。ただ現象として蝉の音がうるさくて、奥さんの声が聞こえづらかった。でも理解できた。
「なんで……今年いっぱいは、こっちに……」
「それが、将吾が――」
と奥さんは、親を待つ園児がいる遊戯室を見ながら話した。
将吾くんは、父親である隅市さんと離れたことがよほど寂しかったらしく、家に帰ってもパパを呼びながら泣くこともあり、または、物を投げたり、奥さんを叩いたり、行動が荒れだすということもみえだしたようなのだ。その行動は保育園でも見られ、前まではなかったのに、友達をこついたり、押したりするというようなことがあると、先生からも相談があり、奥さんもしばらくしたら落ち着くだろうと様子をみることに決めたのだが、運よく、奥さんの後任のスタッフが早くもみつかり、それを機に、将吾くんの変化を職場の上司に相談し、できるだけ早く退職したいと希望したところ、上司はそれならと、一週間後の退職を了解してくれたのだ。
「隅市さんの仕事に差し支えは?」
と、私はさしでがましい質問をした。
「主人も、やはり将吾に逢えないのは寂しいと嘆いていました。昨日、引っ越しのことを言ったらとても喜んでいて……」
「そうですか……」
喜ぶべきなのかどうなのか、この場合よくわからなかったが、とにかく笑顔はみせてもいいはずなのに、私は笑えなかった。それから奥さんと二人して、パンダ組に行ってから帰り支度をして遊戯室に向かった。
次の週の金曜日、私が結人を迎えに保育園に行くと、運動場を走り回る将吾くんがいた。
その様子を運動場の中央で見守る母親の姿も目に入った。帰宅せず、保育園に留まる母親の真意はすぐにわかった。私と結人に別れを告げるためだ。
「今日でさよならですね」
私は奥さんに声をかけた。
「はい。最後に出輪さんと結人くんに挨拶がしたくて」
「結人を迎えに行ってきます」
私は、パンダ組で帰る用意をしてから、遊戯室に結人を迎えに行った。
「結人、今日で将吾くんとお別れだから、きちんと挨拶しようね」
遊戯室から出てから、私は結人に言った。
「もう、した。また遊びに行くねって言った」
「ああ、そうか」
私たちが運動場に行くと、将吾くんの母親は、跳びはねる息子を手招きしながら呼び、手を繋いでから一緒に我々の前に立ち並んだ。
「寂しくなります」
「主人ともども本当にお世話になりました」
「寂しくなる」
二度も言ったように、私は、本当にそう思った。
将吾くんが保育園からいなくなれば、結人はもちろんだが、息子以上に私が寂しさを感じるだろう。もう保育園に味方はいないという心境になることは間違いない。息子は絶対の味方で、それ以外では、隅市さんが去ったあと、彼の息子、将吾くんが保育園では唯一の味方ということを思っていたので、彼までもがいなくなる現実に私は耐えられるか、もうこの時から不安になっていた。
「隅市さんにもよろしくお伝えください」
「はい、伝えます。主人も、出輪さんに手紙を出したいと言っていましたが、なかなか時間がとれないようでして……。でも、もうすぐ手紙、書くだろうと思います」
門を出て、奥さんと将吾くんと別れた。
私は、彼らが見えなくなるまで見送ろうとその場に立ち止まったのだが、結人が帰ろうと急かすので、仕方なく彼らに背を向けた。
寂しい帰路になりかけたが、結人と繋ぐ手は、彼がはしゃぎながら歩くため、帰りの間、ずっと上下左右に激しく揺れ、そのせいで、たまに手が離れることもあった。横で無邪気にはしゃぐ結人の姿を見て、しょんぼりもしていられず、私も胸を張り、彼と合わせて手を振りながら歩いた。だが、隙間すきまに、寂しさは訪れる。晩御飯の時も、お酒の力もかり、気を張って家族の前では元気をつくりだしていたが、ふとした拍子に、無口になって、物想いにふけることがあった。
「広ちゃん?」
と妻に不審顔をむけられることもあった。
「あ、ああ……。冷やし中華、おいしいね」
「はぁ? 明日、買い物ついてきてねって言ったのよ」
「あ、あ、そうか、うん行く」
「大丈夫?」
この時の私の心理を覗けば、決して大丈夫ではなかっただろうが、それでも表面上はなんとか元気さを取り繕うことができた。次の日の土曜日は、妻の要望通り、電車で百貨店に行き、お中元の買い物もでき、日曜日は、家族全員でプールに出かけ、楽しんだ。だが、プール帰りの電車の中、斜陽を受ける私の表情は、沈鬱だったに違いない。妻が、
「どうしたの?」
と尋ねたことからでも、それはわかった。
「何でもないよ」
と言ったものの、本当は、もう未来の自分の心の動揺を予感していて、それに怯えている状態だった。
その未来はすぐに来た。
それは、次の日の月曜のことで、私はその日の朝、光を感じ目を覚ました。この当時我が家は電気代節約のため、ベランダに面した窓をあけ、風通しをよくして寝ていた。そのため、寝室の和室の襖もあけて夜中は扇風機だけはまわし、それだけで夏の夜を乗り切ろうとしていた。目を覚ました直後、すぐにだるさを感じた。短く浅い睡眠だったからか。暑さで眠れなかったわけでない。もやもやしたものが胸の裡にあり、前夜、寝床に入り、何回かまどろんだが、結局寝入ることはできず、もう寝なくていいやと開き直ったところ、いつのまにやら寝ていたようだった。目が覚めても身を起こさず、しばらく布団に横たわっていた。体が重い。気も重い。この感覚、久々に味わう、と思った。
隅市さんと逢う前には、結構な回数で味わっていた感覚。日曜日、プールの帰りに予感していたものがこれだった。
私は、元の状態に戻っていたのだ。隅市さんに逢う前の自分にまた戻ったのだ。
私は目を瞑った。途端、妻が目覚まし代わりに使用している携帯電話のアラームが鳴った。
混乱の日々が、また始まった。




